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千葉市(ちばし)は、千葉県西部の都市で、千葉県の県庁所在地である。政令指定都市及び業務核都市に指定されている。
目次
地理[編集]
千葉県のほぼ中西部に位置し、東京都心へおよそ40kmの地点にある。地形は、臨海部および各河川下流域に広がる平地と、周辺部の台地・谷津から構成される。郊外や臨海部を中心に大規模な住宅団地が多くある一方、若葉区、緑区には自然が多く残されており、大部分が森林や田畑の広がる豊かな農村地帯となっている。かつての海岸線は現在の国道14号・国道357号・国道16号をなぞる線にほぼ等しく、遠浅の海が広がっていたが、高度経済成長期以降の大規模な海面埋立により新たに広大な土地が誕生した。美浜区のほぼ全域及び中央区の一部がこれに該当する。現在の海岸線は中央区部分ではほぼ工業施設または港湾で占められている一方、美浜区部分には長大な人工海浜(いなげの浜、検見川の浜、幕張の浜)も造成されている。美浜区全域、中央区と花見川区の一部を除いて標高20m以上の下総台地に位置しており、緑区土気町等標高90m以上に位置する地域も存在する。なお最高地点は緑区板倉町の標高103.6m、最低地点は美浜区豊砂の標高0.7mである。
日本で13番目に多くの人口を抱える市であり、市域には多くの国道や高速道路が集まり、また県内鉄道網の要となっている都市である。昼夜間人口比率は97.5%[1]と首都圏の中では高く、東京のベッドタウン的機能を持ちながらも、支店経済都市として東京だけに依存しない独自の経済圏を形成しているといえる。
気候[編集]
面積も広いため地域によって気候は異なるが一般には、夏季はそれほど猛暑にはならず、冬季も暖かくて温和な太平洋側気候である。年平均気温は15.7度である。
千葉特別地域気象観測所(旧千葉測候所)の観測によると、1月の平均気温は5.7℃、最低気温は1.9℃と高く、沿岸部は東京湾からの風や高い水温の影響で、冬日になることは少なく、過去最低気温(1966年4月~)は-5.2℃(1967年2月13日)とかなり高い。一方、若葉区、緑区などの内陸部は風が弱く、放射冷却により連日の冬日となり、氷点下5度以下まで冷え込むことあるなど冷え込みが厳しく、中央区の港湾部に立地し、ヒートアイランドの影響も強い千葉特別地域気象観測所の観測気温とは大きく異なることがある。
8月の平均気温は26.7℃、最低気温は23.9℃であり、共に県内の気象観測地点の中では最も高く、熱帯夜日数も県内では最多である。これは、ヒートアイランドの影響に加え、海の側に立地する千葉特別地域気象観測所は東京湾から吹き付ける湿度の高い熱風の影響で夜になっても気温が下がりにくいからである。そのため、東京湾沿岸地域は日中は内陸部のような猛暑とはなりにくいものの、夜は非常に蒸し暑く過ごしにくい。一方、内陸部は逆に日中は沿岸部よりも気温が上がり暑くなるが、朝晩は下がり、熱帯夜日数も少ない。過去最高気温は38.4℃(2013年8月11日)である。
冬季、南関東を南岸低気圧が通過する場合、千葉市付近は暖気と寒気の境界線となりやすく、県内の東葛・葛南地域や東京・横浜が大雪の場合でも雨や霙となり、それほどの積雪とはななりくい場合も多く、年間平均降雪量も8cmと東京(11cm)や横浜(13cm)に及ばない。しかし、寒気の引き込みが強い場合は、時に、東京や横浜以上の大雪となることもあり、特に標高が100m前後と高く、気温が低い緑区土気などで降雪量が多くなりやすい。過去に関東平野部としては記録的な大雪を何度か観測しており、1951年2月14日から15日にかけての南岸低気圧の影響で内陸部の白井(現若葉区野呂町)で133cm、市街地に近い仁戸名(現中央区仁戸名町)で91cm、市街地の都(現中央区都町)で80cm[2]もの豪雪となったことがあるなど、低気圧の進路や寒冷渦の影響などによっては記録的な大雪となることがある。近年では、2014年2月8日から2月9日にかけて市内全域に猛烈な地吹雪が襲い、2月9日には積雪33cmを記録し、1966年の観測開始以来最大の大雪となった。特に内陸の若葉区や緑区土気などを中心に、積雪が40㎝~50㎝前後にまで達した地点もあった。
主要な河川[編集]
- 一級河川
- 二級河川
- 浜田川水系:浜田川
- 都川水系:都川、葭川、支川都川、坂月川
- 浜野川水系:浜野川
- 生実川水系:生実川
- 村田川水系:村田川、ミカダ川
歴史[編集]
古代[編集]
『日本後紀』大同元年正月癸巳(1月28日)条に、「千葉国造(ちはのくにのみやつこ)大私部直(おおきさいべのあたい、直はカバネ)善人」という人物が登場しており、大化改新以前より千葉に国造が置かれていた可能性が高く、律令制成立後も下総国千葉郡と呼ばれる郡が成立した。更に『倭名類聚鈔』には千葉郡にあった7つの郷の1つに「千葉郷」と呼ばれる郷があったことが記されており、同郷は現在の稲毛区穴川・黒砂付近を指していたと考えられている。
千葉氏の本拠地[編集]
平安時代に千葉氏の祖、平常重が千葉郡千葉郷・池田郷一帯に千葉荘を開き、池田郷亥鼻に拠点を築いて千葉介を名乗る。以後子孫が室町時代まで下総国守護職として周辺を支配した。
しかし、享徳の乱に乗じた原胤房と馬加康胤によって千葉胤宣が討たれ、千葉氏宗家が滅びた後は、千葉妙見宮の小さな門前町となった。
徳川藩政時代[編集]
江戸時代には、現在の千葉市域の大半が佐倉藩の領土(この他に、市域に生実藩・曽我野の2小藩の本拠地となった)となった。
戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで[編集]
戊辰戦争後の1871年8月29日の廃藩置県では、現千葉市は印旛県の領内に入れられた。しかし、1873年には印旛県と木更津県が合併されて千葉県が設置され、旧両県の境で千葉氏の本拠地でもあった現千葉市(亥鼻地区)に県庁が設置され、これ以後は千葉県の県庁所在地として発展することとなる。
市制施行により千葉市が誕生したのは、1921年(大正10年)1月1日のことである。この時点での市域は、現在の中央区の北半分から稲毛区の南東部にわたり、これは1889年(明治22年)に設定された千葉町の町域をそのまま引き継いだものであった。その後、徐々に周辺の町村を編入するとともに、海面の埋め立てを進め、現在の広大な市域が成立した。戦前、現在の川崎町の埋立地に日立航空機製作所と日立製作所などの軍施設が集中する軍都として発展したが、1945年(昭和20年)6月10日と7月7日に連合国軍による大規模な空襲(千葉空襲・七夕空襲)に見舞われ、市域の7割が壊滅する甚大な被害を受けた。
第二次大戦後[編集]
戦後、宮内三朗市長(名誉市民第1号)の元で大規模な埋め立てと市町村合併が行われ、京葉工業地域の中心都市として再建された。現在の緑区のうち、旧土気町であった部分はかつては上総国山辺郡(今の山武郡)に属していた地域である。
2003年(平成15年)2月、隣接する四街道市の住民の発議によって法定合併協議会が設置され、千葉市への編入として行政区名を「四街道区」とする方針が決まったが、四街道市議会内で編入への賛否が拮抗し、賛成派・反対派双方による発議により2004年(平成16年)5月16日に行われた、編入の是非を問う住民投票の結果、反対意見が賛成を上回った為に、千葉市への編入は白紙となった。
年表[編集]
- 1126年(大治元年) - 千葉常重が猪鼻の地に居館を築く。
- 1455年(享徳4年) - 原胤房に千葉城を急襲され、千田庄(現在の香取郡多古町)に逃れた千葉胤宣が(元号が変わって康正元年)8月12日、原胤房に加担した馬加康胤に討たれ千葉氏宗家が滅亡した。
- 1871年(明治4年)11月13日 - 廃藩置県により、木更津県、印旛県、新治県が設置される。
- 1873年(明治6年)6月15日 - 木更津県と印旛県が合併され、千葉県が設置される。県庁を両県の境となる千葉郡千葉町(現・千葉市中央区本千葉町)に設置。
- 1875年(明治8年)5月7日 - 新治県が分割され、利根川以南が千葉県に編入される。現在の千葉県域が形成される。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、千葉町、寒川村、登戸村、千葉寺村、黒砂村が合併し、千葉郡千葉町が発足。
- 1921年(大正10年)1月1日 - 千葉町が市制を施行し千葉市となる。全国で66番目・県内初の市制施行。
- 1937年(昭和12年)2月11日 - 千葉郡蘇我町、検見川町、都賀村、都村を編入。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 千葉郡千城村を編入。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 千葉郡犢橋村を編入。しかし、このとき犢橋村が村内の軍施設を千葉市に報告しなかったため、1979年(昭和54年)に信管付き不発弾が見つかり、騒ぎになる。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)2月1日 - 千葉郡生浜町、椎名村、誉田村を編入。
- 1959年(昭和34年)2月1日 - 印旛郡四街道町(現・四街道市)大日の飛地を編入。
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 千葉郡泉町を編入。
- 1969年(昭和44年)7月15日 - 山武郡土気町を編入。
- 1985年(昭和60年)6月1日 - 佐倉市の一部(下志津原、上志津原、上志津、下志津の各一部)を編入。
- 1992年(平成4年) - ロッテオリオンズの本拠地が川崎から千葉へ移転。これを機に千葉ロッテマリーンズへ改称。
- 1992年(平成4年)4月1日 - 政令指定都市に移行し、6区が発足。全国で12番目の移行。
- 2009年(平成21年)4月22日 - 現職市長・鶴岡啓一が収賄容疑で逮捕。
- 2010年(平成22年)5月20日 - 地域の福祉、健康等の増進及び人材の育成に貢献することを目的とし、淑徳大学と相互連携協定を締結。
議会[編集]
- 54人
- 4年
会派[編集]
会派名 | 議員数 | 所属党派 |
---|---|---|
自由民主党千葉市会議員団 | 17 | 自由民主党 |
民主党千葉市会議員団 | 9 | 民主党 |
公明党千葉市会議員団 | 8 | 公明党 |
日本共産党千葉市会議員団 | 6 | 日本共産党 |
未来創造ちば | 6 | 無所属 |
日本維新の会千葉市議会議員団 | 3 | 日本維新の会 |
市民ネットワーク | 2 | 市民ネットワーク・千葉県 |
みんなの党 | 2 | みんなの党 |
無所属 | 1 |
※2012年9月現在。
市長[編集]
現市長[編集]
- 熊谷俊人(くまがい としひと)
歴代市長[編集]
代 | 氏名 | よみがな | 就任年月日 | 退任年月日 |
---|---|---|---|---|
臨時代理 | 神田清治 | かんだ きよはる | 1921年1月1日 | 1921年3月7日 |
初代 | 1921年3月7日 | 1924年8月3日 | ||
2代 | 久保三郎 | くぼ さぶろう | 1924年8月4日 | 1928年8月13日 |
3代 | 神谷良平 | かみや りょうへい | 1928年8月14日 | 1932年7月10日 |
4代 | 財部実秀 | たからべ さねひで | 1932年7月11日 | 1933年8月8日 |
5代 | 加納金助 | かのう かねすけ | 1933年8月9日 | 1934年12月21日 |
6代 | 永井準一郎 | ながい じゅんいちろう | 1934年12月22日 | 1938年12月 |
7代 | 1938年12月 | 1942年12月 | ||
8代 | 1942年12月 | 1946年4月 | ||
9代 | 加納金助 | かのう かねすけ | 1946年6月8日 | 1947年4月 |
10代 | 1947年4月 | 1950年5月19日 | ||
11代 | 宮内三朗 | みやうち さぶろう | 1950年5月20日 | 1954年5月17日 |
12代 | 1954年5月18日 | 1958年4月19日 | ||
13代 | 1958年4月20日 | 1962年4月21日 | ||
14代 | 1962年4月22日 | 1966年4月21日 | ||
15代 | 1966年4月22日 | 1970年5月16日 | ||
16代 | 荒木和成 | あらき かずなり | 1970年5月17日 | 1974年4月22日 |
17代 | 1974年4月23日 | 1977年7月9日 | ||
18代 | 松井旭 | まつい あさひ | 1977年7月10日 | 1981年6月13日 |
19代 | 1981年6月14日 | 1985年6月15日 | ||
20代 | 1985年6月16日 | 1989年6月17日 | ||
21代 | 1989年6月18日 | 1993年6月19日 | ||
22代 | 1993年6月20日 | 1997年6月14日 | ||
23代 | 1997年6月15日 | 2001年6月30日 | ||
24代 | 鶴岡啓一 | つるおか けいいち | 2001年7月1日 | 2005年6月30日 |
25代 | 2005年7月1日 | 2009年5月1日 | ||
職務代行 | 藤代謙二副市長 | ふじしろ けんじ | 2009年5月1日 | 2009年6月14日 |
26代 | 熊谷俊人 | くまがい としひと | 2009年6月14日 | 2013年6月13日 |
27代 | 2013年6月14日 | 2017年6月13日(任期全うの場合) |
行政[編集]
千葉市の行政は千葉市役所を中心として6つの区が存在する。
行政区[編集]
以下の6区で構成されている。
行政区のイメージカラー[編集]
2000年(平成12年)に、市制施行80周年を記念して、それぞれの区を「イメージカラー」と「シンボルマーク」が発表された。
イメージカラーおよびシンボルマークの使用には各区の許可が必要である。ここでは色名についてのみ記載する。
中央区 | エネルギッシュ・レッド |
---|---|
花見川区 | フラワーピンク |
稲毛区 | ブライト・イエロー |
若葉区 | フレッシュ・グリーン |
緑区 | エバー・グリーン |
美浜区 | マリンブルー |
産業[編集]
千葉市は農工商のバランスが取れた都市である。
工業[編集]
臨海部(中央区川崎町、新浜町、蘇我町、美浜区新港を中心とした地域)は千葉港を中心とした京葉工業地域の一角をなし、中央区部分にはJFEスチール東日本製鉄所(旧川崎製鉄千葉製鉄所)、東京電力千葉火力発電所などが所在し、美浜区新港には食品や金属加工関連の事業所が多い。また、北部地域(花見川区千種町、稲毛区六方町を中心とした地域)では、鉄鋼加工や機械工業が盛んである。
商業[編集]
第二次大戦前には旧省線千葉駅(のちの旧国鉄千葉駅 (初代))、旧京成千葉駅、県庁を結ぶ現・栄町通りがメインストリートとなっていた。しかし、戦災(千葉空襲)を経て第二次大戦後の都市整備に伴い、両千葉駅が移転したことで新駅周辺に商業集積が移動。特に国鉄千葉駅(二代目。現JR千葉駅)前にはそごう千葉店、ニューナラヤ(現・千葉三越)といった大型小売店が店舗を構えたことから、千葉県最大・関東有数の商業拠点として栄えてきた。
バブル景気の時期には、幕張新都心や、蘇我地区などの臨海部に商業施設が建設され、郊外での大型ショッピングセンターなどが相次いで建設された。これ以来、地域が幕張(美浜区)を中心とした西半分と、亥鼻城近辺(中央区)を中心とする東半分に大きく二分されており、幕張が優遇される一方で、亥鼻城周辺(中心市街地)が冷遇される傾向が大きい要出典。
概して、幕張新都心は大企業や多国籍企業が多く立地し、中心市街地(JR・千葉都市モノレール千葉駅、JR東千葉駅、JR本千葉駅、亥鼻城近辺)は古くからの地元商店街的な色彩が目立つ。
また、一部の企業が支店や支社を千葉市に置いて千葉県と茨城県を管轄下に置いているケースも見られ、小さいながらも広義の東関東の拠点都市としての機能がある。
農業[編集]
東京首都圏の近郊農業地。若葉区や緑区、花見川区北部には広大な農地が広がる。落花生やニンジンなどの畑作が中心だが、ブドウや梨などの果樹栽培もある。酪農も盛んで、飼養頭数、産出額は県下2位である[4]。また落花生の生産量、作付け面積共に、隣接する八街市についで全国2位である[5]。
姉妹・友好都市[編集]
姉妹都市[編集]
- アスンシオン市(パラグアイ共和国・首都)
- ノースバンクーバー市(カナダブリティッシュコロンビア州)
- ヒューストン市(アメリカ合衆国テキサス州)
- ケソン市(フィリピン共和国)
- モントルー市(スイス連邦)
友好都市[編集]
地域[編集]
市街地[編集]
千葉市の市街地は千葉駅から京成千葉中央駅、本千葉駅周辺、幕張新都心近辺に位置するが、#商業の節で前述の通り、市街地は東の千葉駅・亥鼻城跡近辺と、西の幕張新都心に大きく二分されている。
千葉駅周辺
千葉駅から千葉中央駅周辺には千葉都市モノレールや企業のオフィスビルや銀行などが立ち並び、百貨店はそごう千葉店や千葉三越、千葉パルコなどが林立する。また市街地中心部に位置する中央公園は市民の憩いの場として様々なイベントが行われている。JR千葉駅の駅ビルにはペリエが入居する。千葉中央駅の駅ビルにはミーオが、奥の東口には京成ホテルミラマーレが入居する。周辺地域も含めた千葉都市圏の人口は172万人に及ぶ要出典。
県庁周辺
県庁周辺には、かつての下総国守護所があった亥鼻城跡を囲むように、千葉県警察本部、千葉市消防局、千葉地方検察庁・千葉区検察庁、千葉地方裁判所・千葉家庭裁判所など行政機関が集中する。一方、市街地は地場資本の奈良屋(後に専門店ビル・セントラルプラザ)・田畑(現・千葉パルコ)・扇屋(後にジャスコ傘下入り)といった百貨店が並び、ダイエーや丸井、十字屋、緑屋が進出するなど活況を呈していたが、現在では空洞化が深刻化しダイエー千葉店、セントラルプラザなどが次々に閉店し、その跡地はマンションや駐車場が造られ、また、市街地から少し逸れた中央区栄町地区は、かつては県下一の賑わいを誇っていたが、千葉空襲で焼け野原となったあと、風俗店、キャバレー、小料理屋などが集中する歓楽街と化し、国鉄千葉駅が現在の位置に移転した後は商業拠点としては完全に衰退している。現在の栄町には韓国系商店や風俗店(ソープランド・店舗型ヘルス・ホテルヘルス・風俗案内所・デリヘル)が目立つ地域もあり、日本有数のソープ街・コリアンタウンとなっているが、市は地元商店会と共に栄町の再生に取り組み始めている。
幕張新都心
幕張新都心地区には、多くの企業が入居する超高層ビルや中高層マンション。イベントや国際会議などが開かれる幕張メッセや、千葉ロッテマリーンズのホーム球場QVCマリンフィールド。ベイエリアには、人工海浜やヨットハーバーなどが整備されている。
インフラ整備の状況[編集]
- 下水道普及率:96.7%(2007年(平成19年)度末)
教育[編集]
学校教育[編集]
大学[編集]
※ 千葉市内に本部を置く大学は太字で表示
国公立
- 千葉大学
- 西千葉キャンパス(稲毛区)
- 亥鼻キャンパス(中央区)
- 東京大学
- 生産技術研究所千葉実験所(稲毛区)
- 検見川セミナーハウス・総合運動場(花見川区)
- 千葉県立保健医療大学(美浜区)
私立
- 淑徳大学
- 千葉キャンパス(中央区)
- 千葉第2キャンパス(中央区)
- 敬愛大学
- 稲毛キャンパス(稲毛区)
- 千葉経済大学(稲毛区)
- 東京情報大学(若葉区)
- 植草学園大学(若葉区)
- 東京歯科大学(美浜区)
- 神田外語大学(美浜区)
- 放送大学
- 本部・千葉学習センター(美浜区)
- 帝京平成大学
- 幕張キャンパス(美浜区)
- LEC東京リーガルマインド大学
- 千葉キャンパス(中央区)
短期大学[編集]
私立
- 千葉明徳短期大学(中央区)
- 千葉経済大学短期大学部(稲毛区)
- 日本基督教短期大学(稲毛区)
- 植草学園短期大学(若葉区)
専修学校[編集]
私立32校の専修学校がある。千葉県専修学校一覧#千葉市参照。
高等学校[編集]
県立
市立
- 稲毛区
- 美浜区
私立
|
小学校・中学校[編集]
千葉市の小学校・中学校の数は、以下の表の通り(千葉市教育委員会事務局、学校教育部学事課より)。
設置者 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
千葉市立 | 113校(1分校) | 56校 |
国立 | 1校 | 1校 |
千葉県立 | - | 1校 |
私立 | 1校 | 3校 |
学校名のリストおよび各学校の記事については、各区記事および千葉県小学校一覧#千葉市・千葉県中学校一覧#千葉市を参照。
特別支援学校[編集]
国立
- 千葉大学教育学部附属特別支援学校(稲毛区)
県立
- 千葉県立千葉特別支援学校(花見川区)
- 千葉県立桜が丘特別支援学校(若葉区)
- 千葉県立仁戸名特別支援学校(中央区)
- 千葉県立袖ケ浦特別支援学校(緑区)
- 千葉県立千葉聾学校(緑区)
市立
- 千葉市立養護学校(若葉区)
- 千葉市立養護学校真砂分校(美浜区)
- 千葉市立第二養護学校(稲毛区)
- 千葉市立高等特別支援学校(美浜区)
各種学校[編集]
- 千葉朝鮮初中級学校(花見川区)
千葉市のナンバースクール[編集]
中学校 1947年(昭和22年)から、以下の中学校はナンバースクールであった。 1952年(昭和27年)の新宿中学校・蘇我中学校の開校により、ナンバースクールは廃止された。
- 一中 加曽利中学校
- 二中 末広中学校
- 三中 葛城中学校
- 四中 椿森中学校
- 五中 緑町中学校
- 六中 小中台中学校
- 七中 花園中学校
※ 四中の椿森中学校は、校舎が定まらず翌1948年(昭和23年)に開校した。
現在では、千葉市にナンバースクールがあったことを知っている人は少なくなったが、緑町中学校の校章が数字の「五」を象っていることや、中学校の名簿の順番が加曽利中学校から始まることなどに名残が残っている。
高等学校 1950年(昭和25年)から1961年(昭和36年)まで、以下の高等学校はナンバースクールであった。
- 一高 千葉高等学校
- 二高 千葉女子高等学校
- 三高 千葉東高等学校
千葉市周辺では、今でも千葉高等学校のことを「いちこう」(一高)と呼ぶ人がいる。
千葉二高時代には、若干ではあるが男子がいて、現在でも千葉女子高等学校出身の老齢の紳士がいるらしい。
学校教育以外の教育訓練施設[編集]
- 千葉県生涯大学校(中央区)(市民大学)
- アジア経済研究所開発スクール(美浜区)
- 関東職業能力開発大学校附属千葉職業能力開発短期大学校(中央区)(職業能力開発促進法に基づく職業能力開発短期大学校)
文化施設[編集]
博物館[編集]
科学館[編集]
美術館[編集]
動物公園・植物園[編集]
文化ホール[編集]
コンベンションセンター[編集]
市民活動センター[編集]
スポーツ施設・公園[編集]
千葉市の施設[編集]
- 青葉の森公園野球場
- 青葉の森公園陸上競技場
- 千葉公園野球場
- 千葉競輪場
- フクダ電子アリーナ
- 稲毛海浜公園
- 稲毛海浜公園球技場
- 稲毛海浜公園プール
- 稲毛ヨットハーバー
- いなげの浜
- アクアリンクちば
- 花見川サイクリングコース
- 泉自然公園・平和公園サイクリングコース
- 中田スポーツセンター球技場
- 千葉ポートパーク
- 千葉ポートアリーナ
- 千葉市昭和の森公園
千葉県の施設[編集]
- 千葉県総合スポーツセンター
- 千葉県総合スポーツセンター陸上競技場
- 千葉県総合スポーツセンター第2陸上競技場
- 千葉県野球場
- 千葉県総合スポーツセンターサッカー・ラグビー場
その他[編集]
- 千葉マリンスタジアム - 2011年(平成23年)より命名権売却によりQVCマリンフィールドへと名称変更。
- 東京大学検見川総合運動場
国際機関[編集]
医療機関[編集]
- 平山病院
- 柏戸病院
- 千葉大学医学部附属病院
- 小泉医院
- 津田胃腸科
- 神田耳鼻咽喉科
- 高木産婦人科
- さつきが丘医院
- いまにし肛門科
- 高根産婦人科
交通[編集]
高速道路とICなど[編集]
有料道路[編集]
- 千葉外房有料道路
- 鎌取IC、平山IC、誉田PA、高田IC、誉田IC、大木戸IC、大野PA、板倉IC
国道[編集]
中央区中央・本町の広小路交差点は国道14号の終点と国道51号の起点を兼ねており、戦前から千葉市における国道の結節点であった。
県道[編集]
主要地方道
一般県道
千葉市に残る道路元標位置[編集]
- 大正八年十一月十四日千葉県告示第二百九十五号/大正九年一月九日千葉県告示第一号
旧町村名 | 番地先 | 目標物 | 状態 |
---|---|---|---|
千葉町 | 寒川字北長洲989番ノ1地先 | 羽衣公園 | 現存 |
蘇我町 | 今井字神明前262番地先 | なし | 不明 |
生実浜野村 | 浜野字東町1130番地先 | 浜野交差点 | 現存 |
検見川町 | 検見川字東上宿38番地先 | なし | 不明 |
幕張町 | 馬加字南寺口806番地先 | なし | 不明 |
椎名村 | 富岡字平台259番地先 | なし | 不明 |
誉田村 | 野田字上宿291番地先 | 野田十字路→緑土木事務所へ移設 | 現存 |
白井村 | 野呂字北ノ谷218番地先 | 白井小学校はす池 | 現存 |
更科村 | 上泉字下表耕地111番地先 | 消防団器具置場 | 現存 |
千城村 | 大宮字宮ノ谷688番地先 | 大宮神社 | 現存 |
都村 | 加曽利字田向696番地先 | なし | 不明 |
都賀村 | 作草部字屋舗748番地先 | なし | 不明 |
犢橋村 | 長沼字屋敷24番地先 | なし | 不明 |
土気本郷町 | 土気字馬場1727番地先 | なし | 不明 |
鉄道と駅[編集]
- 中心駅:千葉駅・京成千葉駅
- 蘇我駅 - 浜野駅
- 千葉 - 蘇我間は外房線に直通運転
バス[編集]
市域の殆どで広義の京成グループの会社の手による路線バスが運行されている。また、公営交通(市営バス)の運行実績はない。
乗車方法は一部の均一路線を除き、基本的に後乗り前降り後払い方式。運賃は整理券を用いた区間制を採っている。
市内に於いて、バス共通回数券は現在発行されていない。ただし、東洋バス・千葉シーサイドバス・九十九里鉄道を除く各社では非接触型ICカードであるPASMO・Suicaが利用できる。
- 以上は、京成グループの事業者である。
プロスポーツチーム[編集]
- 千葉ロッテマリーンズ(パシフィックリーグ) 1992年(平成4年) -
- ジェフユナイテッド市原・千葉 2003年(平成15年) - ※ 2010年(平成22年)〜はJ2
名所旧跡・観光地・祭事[編集]
概要[編集]
東京湾を望む幕張地区(美浜区)に、全国的に有名なイベントや会議などが開催される複合的コンベンション施設の幕張メッセや、千葉ロッテマリーンズの本拠地千葉マリンスタジアムなどがある。近年では、「花の都・ちば」を都市イメージとして確立すべく事業を展開している。
名所・旧跡[編集]
- 加曾利貝塚
- 亥鼻城跡
- 千葉寺(板東札所第二十九番札所)
- 千葉神社
- 稲毛浅間神社
- 昆陽神社
- 大日寺(千葉氏歴代墓碑)
- 宗胤寺
- 子安神社
- 重俊院
- 生実陣屋
- 旧制千葉医科大学付属病院(現千葉大学医学部本館)
- 千葉刑務所
- 旧千葉県庁舎(1911年(明治44年)竣工のルネッサンス様式)
- 検見川送信所
その他の観光スポット[編集]
祭事[編集]
- 千葉市花火大会
- 千葉の親子三代夏祭り
- 稲毛浅間神社例大祭
- ベイサイドジャズ千葉
文化財[編集]
- 市内の国指定文化財一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 重要文化財(工芸品) | 短刀 銘国俊 (名物愛染国俊) | 千葉市 | 個人 | 昭和10年4月3日 | - |
2 | 史跡 | 加曽利貝塚 | 若葉区桜木町141他 | 千葉市 | 昭和46年3月22日 | 縄文時代中期から後期。 日本最大級の馬蹄形貝塚。 |
3 | 〃 | 月ノ木貝塚 | 中央区仁戸名町289-1他 | 千葉市・他 | 昭和53年3月16日、平成14年3月19日 | 繩文時代中期から後期。馬蹄形貝塚。 |
4 | 〃 | 荒屋敷貝塚 | 若葉区貝塚町726-1他 | 千葉市・他 | 昭和54年3月13日 | 縄文時代中期前半。馬蹄形貝塚。 |
5 | 〃 | 犢橋貝塚 | 花見川区さつきが丘1-18 | 千葉市 | 昭和56年12月9日 | - |
- 市内の登録有形文化財一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 登録年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 建造物 | 千葉市民ギャラリー・いなげ (旧神谷伝兵衛稲毛別荘) |
稲毛区稲毛1-8-35 | 千葉市 | 平成9年5月7日 | 大正7年竣工。鉄筋コンクリート2階建。 |
2 | 〃 | 千葉トヨペット本社(旧勧業銀行本店) | 美浜区稲毛海岸4-5-1 | 千葉トヨペット株式会社 | 平成9年7月15日 | 明治32年6月竣工。昭和40年に現在地に移築。木造2階建。 |
3 | 〃 | 千葉県水道局千葉高架水槽 | 千葉市中央区矢作町670 (誉田給水場千葉分場内) |
千葉県水道局 | 平成19年7月31日 | 昭和12年2月竣工。正12角形の配水塔。高さ30m、5階建。 土木学会選奨土木遺産。 |
- 市内の千葉県指定文化財は千葉県指定文化財一覧を参照のこと。
千葉市を舞台とする作品[編集]
映画[編集]
- 『指導物語』
- 『ゴジラvsメカゴジラ』
- 『ゴジラ2000 ミレニアム』
- 『雨の翼』
- 『縮図』
TVドラマ[編集]
- 『やっぱり猫が好き』
小説[編集]
漫画[編集]
- 『うちの大家族』(重野なおき)
- 『幕張』(木多康昭)
- 『幕張サボテンキャンパス』(みずしな孝之)
- 『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(谷川ニコ)
- 『弱虫ペダル』
- 『あっちこっち』
出身有名人[編集]
芸能[編集]
- 相葉雅紀 (歌手、嵐) :花見川区
- 依知川絵美(女優、タレント):花見川区
- 市原悦子(女優):中央区
- 植草克秀(歌手、俳優、少年隊):中央区
- 忍成修吾(俳優):若葉区
- 菊地浩輔(チーモンチョーチュウ、お笑い芸人)
- 劇団ひとり(お笑いタレント、俳優):花見川区
- 小島よしお(お笑い芸人、出生地は沖縄県):稲毛区
- 鈴木理子(子役):美浜区
- 竹原ピストル(ミュージシャン、俳優)
- 永島敏行(俳優):中央区
- Nanami(ファッションモデル、タレント)
- 仁藤優子(歌手、女優):若葉区
- PATA(ギタリスト・X JAPAN)
- 東山千栄子(女優):若葉区
- 水夏希(元宝塚歌劇団雪組男役トップスター):稲毛区
- 八島広樹(お笑い芸人・EE男):花見川区
- 山里亮太(お笑い芸人・南海キャンディーズ):花見川区
- 横山だいすけ: 歌手 、 俳優 :緑区
- 吉野紗香(女優、タレント):稲毛区
- ルイ(ミュージシャンSCREW):稲毛区
スポーツ[編集]
千葉ロッテマリーンズ[編集]
- 佐藤幸彦(球団編成部):花見川区
- 高瀬智弘(球団職員):稲毛区
- 立川隆史(1994年 - 2004年在籍):美浜区
- 寺村友和(1998年 - 2000年在籍):稲毛区
- 伊与田一範(2002年 - 2003年在籍):花見川区
- 浅間敬太(2003年 - 2008年在籍):若葉区
ジェフユナイテッド市原・千葉[編集]
- 岡本昌弘(元U-20日本代表):緑区
それ以外の野球選手[編集]
- 五十嵐亮太(福岡ソフトバンクホークス):稲毛区
- 石井一久(元埼玉西武ライオンズ):若葉区
- 大塚晶則(元テキサス・レンジャース他):花見川区
- 大野雄次(元ヤクルトスワローズ他):中央区
- 小笠原道大(中日ドラゴンズ):美浜区
- 小川龍也(中日ドラゴンズ):花見川区
- 片岡易之(読売ジャイアンツ):花見川区
- 掛布雅之(元阪神タイガース)(新潟県三条市生まれ):中央区
- 川島亮(元東京ヤクルトスワローズ・東北楽天ゴールデンイーグルス):稲毛区
- 近藤健介(北海道日本ハムファイターズ):美浜区
- 澤崎俊和(広島東洋カープコーチ):若葉区
- 高橋由伸(読売ジャイアンツ):中央区
- 横川史学(読売ジャイアンツ):花見川区
それ以外のサッカー選手[編集]
- 木之本興三(日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事、ワールドカップ2002年大会日本代表団長):中央区
- 羽生直剛(FC東京、元日本代表、ジェフ千葉に在籍経験あり):花見川区
- 村井慎二(大分トリニータ、元日本代表、ジェフ千葉に在籍経験あり)
- 山岸智(サンフレッチェ広島、元日本代表、ジェフ千葉に在籍経験あり):稲毛区
- 守田達弥(アルビレックス新潟):若葉区
- 名良橋晃(元湘南ベルマーレ他、元日本代表):花見川区
- 中島崇典(横浜FC):稲毛区
- 伊藤哲也(元サンフレッチェ広島他):花見川区
- 加藤弘堅(ザスパクサツ群馬):若葉区
- 秋葉忠宏(ザスパクサツ群馬監督、元アトランタ五輪代表):若葉区
- 中後雅喜(東京ヴェルディ):稲毛区
- 米倉恒貴(ガンバ大阪):稲毛区
野球・サッカー以外のスポーツ選手[編集]
- 荒馬大五郎(別名:宮城野 江戸時代大相撲で活躍した力士):花見川区
- 池田勇太(ゴルフ):若葉区
- 木村悠(プロボクサー)
- 琴富士孝也(元大相撲力士、現タレント):稲毛区
- 村主千香(フィギュアスケート):若葉区
- 村主章枝(フィギュアスケート):若葉区
- 長塚京子(テニス):稲毛区
- 原田哲也(オートバイ・ロードレース):緑区
- 清宮幸子(旧姓「植竹」プロボウリング):美浜区
- 清水弘子(プロボウリング):中央区
諸分野[編集]
- 荒木淳一(画家):稲毛区
- 遠山清彦(衆議院議員):中央区
- 遠藤玲子(フジテレビアナウンサー):若葉区
- 岡崎武士(漫画家):緑区
- 柏原兵三(作家):緑区
- 神崎武法(公明党元代表):稲毛区
- 椎名誠(作家):花見川区
- 重野なおき(漫画家):花見川区
- 瀬崎明日香(ヴァイオリニスト):花見川区
- 高橋治(作家):美浜区
- ときた洸一(漫画家):緑区
- 徳光雅英(福島中央テレビアナウンサー):稲毛区
- 戸部洋子(フジテレビアナウンサー):美浜区
- 中江利忠(朝日新聞社顧問・元社長):緑区
- 野間美由紀(漫画家):緑区
- 浜崎正樹(福岡放送アナウンサー):花見川区
- 日高里菜(声優)
- 藤島康介(漫画家):緑区
- 本宮ひろ志(漫画家):緑区
- 増山麗奈(画家):若葉区
- 山川健一(作家):稲毛区
- 渡貫博孝(前佐倉市長):稲毛区
- Sachi(モデル兼シューズデザイナー):稲毛区
- 青柳隆志(日本文学者・声優)
- 河村塔(漫画原作者)
- 浜田ブリトニー(漫画家):中央区
- 石井健太郎(将棋棋士)
その他[編集]
市外局番[編集]
もともとの市外局番は「0472」[6]だったが、政令指定都市昇格4週間後の1992年(平成4年)4月29日から「043」に変更され、市内局番は200番台になった。新規加入は300番台が割り当てられる(ちなみに市外局番「0434」であった佐倉市、四街道市、八街市なども同日に「043」になり、市内局番は400番台になった)[7]。 ただし、花見川区の八千代市に接している一部の地域(柏井町・柏井・横戸町・横戸台など)は買い物等の生活基盤が八千代市であること等を理由に住民の希望(NTTの都合の説もあり)で市外局番が「047」(変更前は0474-8nで単位料金区域も八千代市扱い)となっており、同じ千葉市内でありながら「043」地域から「047」地域に電話をする際(逆も)には市外局番からかけなければならない。
キャラクター[編集]
「花の都・ちば」のシンボルキャラクターとして、“ちはなちゃん”が使用されている。パンフレットや看板などによく印画されているため、街中でも見る事ができる。
脚注[編集]
- ↑ 千葉市:主要統計指標
- ↑ 『千葉県の気候・気象(千葉県の自然誌本編3)』103、670頁、千葉県気象月報・区内気象月表原簿(昭和26年2月)
- ↑ 山本宏行「千葉市選挙管理委員会告示第17号」『千葉市選挙管理委員会告示第17号』千葉市役所、2009年6月15日。
- ↑ 千葉市農業の概要
- ↑ ちば旬鮮図鑑 ちばの落花生 千葉県
- ↑ 緑区土気地区は、04757
- ↑ ほかに、若葉区、稲毛区各一部が0434を使用していた。
外部リンク[編集]
- 行政
- 千葉市
- 千葉市広報課 公式YouTubeチャンネル(Adobe Flash video)
- 千葉市広報課(@Chiba_city_PR)- Twitter
- 千葉市集客観光課(@chiba_citysales)- Twitter 旧名:千葉市シティセールス推進室
- 千葉市役所広聴課(@chiba_kocho)- Twitter
- 千葉市役所 - Facebook
- 議会
- 教育
- 千葉市生涯学習センター(@chibagakushu)- Twitter
- 観光