GcG

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GcGはウィキペディアの勇者の一人。2010年3月、ウィキペディア日本語版より事実上の追放処分を食らったが、その後もメーリングリストや2ちゃんねるなどで策動している。

輝かしい経歴[編集]

Wikipediaが色々な意味で盛り上がりを見せていた2005年にアカウント作成。自然科学関連の記事で執筆活動を続ける。

利用者ページが作成されたのは2005年8月。[1]この時の利用者ページには「NULLPO!」とのみ書かれており、2ちゃんねらーであることを堂々と公言して憚らない本人の姿勢が伺える。

2006年9月、勇者としての最初の片鱗を見せる。「独裁政治」の記事において、本人曰く、方針に準拠し、ウィキペディアへの掲載基準を満たしているとして、ウィキペディアの管理者を独裁者と揶揄したIPの編集[2]を復活させ、「Vandarism,確信犯」として竹麦魚からブロックを受ける。このブロックによって、GcGの勇者としての素質が開化したと指摘する専門家は多い。

勇者として覚醒したGcGは、利用者ページで端くれの錬金術師、ikedat76、PeachLoverなど、所謂「自警」と揶揄されるユーザー達への皮肉を書きつづる。そして2006年11月、暴言を根拠にGordon Sに誣告され、2週間の投稿ブロックを受ける。(wiki:Wikipedia:投稿ブロック依頼/femtowaros

2007年に入ると2chでの活動を開始し、同じく2ちゃんねる組であったYassieやNekosuki600、Loniceraなどと親睦を深める。Nekosuki600やYassieからは舎弟扱いされて可愛がられていた。当時Jawpで圧政を敷いていたAphaiaの追放にも大きく寄与した。

しかし2008年、海獺によって暴言を理由にブロックされ、さらにブロック延長依頼が提出され、1ヶ月のブロック延長となった。このブロック依頼では、GcGの記事執筆能力の高さを評価する反面、優秀な執筆者でもコミュニティを疲弊させるような言行は許さんという指摘が寄せられた。指摘を寄せたユーザーの多くは自警であった。

2008年5月、硫化水素の記事で硫化水素の生成方法を記述するか否かを巡り複数のユーザーと対立、管理者裁量でブロックされた上、追認と延長の動議が提出され、5年という超長期のブロックが課される。裁量ブロックを課したのは海獺、延長動議を提出したのは赤井彗星、5年ブロックを課したのはおはぐろ蜻蛉であった。ブロック依頼では延長に反対する意見が多く、賛成派も延長は数ヶ月から1年が妥当と判断するものが多かった。にもかかわらず5年もの長期ブロックが課されたことについては、様々な憶測が飛びかっている。海獺がおはぐろ蜻蛉を脅して「5年ブロックさせた」という説が有力である。

ブロック後、GcGは2chちくり板におけるウィキペディアスレ(通称・ロニスレ)に、必ず報復してやるからなと捨て台詞を残す。

半年後、メーリングリストで反省の弁を述べ、執筆能力の高さを買われブロックが解除される。師匠であるYassieも、無論解除に賛成した。しかし、GcGがかつてつるんでいたLoniceraは管理者の職を解かれてウィキペディアを去り、Nekosuki600は痴呆老人としての悪評がコミュニティに浸透してかつてほどの影響力を阻喪して久しかった。GcGの外堀は、着実に埋まっていった。外堀を埋める作業に最も躍起になったのは海獺であることは言うまでも無い。

しかしブロック解除から1ヵ月も絶たぬ内に、FXSTのソックパペットClubpathがメーリングリストで喚いているのに便乗し、メーリングリストに先の反省は全く真摯なものではない虚言であったと堂々と宣告。[3]真摯に反省していると騙され、ブロック解除に賛成した間抜けなユーザー共を激怒させた。

その後はclubpathに荷担して騒動を過熱させるなど、活動はエスカレートの一途を辿る。そしてKoba-chanによって「善意が無駄になっている」として5年間のブロックが「掛けなおされる」。この措置について、同じ管理者である健ちゃんから「権限濫用ではないか」と指摘されコメント依頼が提出される。そのコメント依頼の場でKoba-chanは「小学生に高等教育を教えても理解できない」など、侮辱的な発言を繰り返したり、責任転嫁と言い逃れに終始し、自爆を続けていった。結果的にこれがKoba-chan解任の遠因となった。Koba-chanの本性を焙り出したのはGcGの勇者としての最大の功績であると言われている。

GcGに掛け直された5年のブロックは、コミュニティの追認を得られず解除された。しかし、その後「改めて」提出されたブロック依頼で多数の無期限ブロック(追放に準拠した措置)を所望する賛成票が集まった。そしてRidenによって6年間のブロックがかけられた。

5ヵ月後、メーリングリストで再度反省の弁を述べる。この間、ブロック中のユーザーが会話ページのみ編集可能に出来るという機能が搭載されており、GcGは会話ページにおけるブロックを解除される。対話の末、いすかがブロック解除依頼を提出し、継続票も集まったが、賛成票がそれを上回った為、Peccaflyによってブロックが解除される。勿論師匠Yassieも解除に賛成した。ちなみに解除依頼を提出したいすかは海獺のソックパペットとよく言われているが、GcG同様Yassieの舎弟の一人である。

解除されたGcGは最初は殊勝な姿勢をとっていた。しかし勇者としての衝動が抑えきれなくなり、wiki:ナプキン (生理用)wiki:職務質問などの記事で暴走。目ざとい海獺によってブロック依頼が再度提出。圧倒的多数の賛成票により無期限の投稿ブロックとなった。ブロックされたGcGは会話ページで不服を申し立てたが、黙殺され会話ページ編集も禁止となった。

総ブロック回数10回、まさにウィキペディアの勇者に相応しい最後であった。

なお、最後のブロック依頼を、Nekosuki600は「海獺の報復動議」と断定していたが、どこが報復依頼なのかと、優良編集者である光舟氏をはじめ、コミュニティ一同は失笑していた。これによりNekosuki600は痴呆老人としての評価を不動のものとした。

結論[編集]

海獺がいなければ追放されなかった……かもしれない。