牧村利貞
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牧村 利貞(まきむら としさだ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。
天文15年(1546年)、稲葉良通(一鉄)の子・稲葉重通の子として生まれる。外祖父が牧村政倫であったことから、政倫の後を継いで伊勢岩出城主となる。
織田信長の死後、豊臣秀吉に仕えて馬廻となる。天正12年(1584年)、高山重友の勧めを受けてキリシタンとなる。小牧・長久手の戦い、四国征伐、九州征伐にも参加した。天正18年(1590年)、秀吉より伊勢国内において2万650石を与えられた。
文禄元年(1592年)からの朝鮮出兵にも舟奉行として参加するが、文禄2年(1593年)7月10日、朝鮮において病死した。享年48。
実子の牛之助は幼少のため、家督は弟の稲葉道通が継いだ。
利休七哲の一人でもある。