射 (圏論)
数学において、射(英:morphism、モルフィズム)とは2つの数学的構造の間で構造を保存する過程を抽象化したものである。
最もありふれた例は、何かしらの形で構造を保存する関数や写像である。集合論では、例えば、射はただの関数である。群論では群の準同型写像である。位相幾何学においては、これは連続関数にあたる。普遍代数において、射は一般的に準同型写像として知られている。
射や、間に射が定義されるような構造(対象)についての抽象的な学問が圏論の一部を形成している。圏論において、射は必ずしも関数である必要はなく、たいていは2対象(集合でなくてもよい)の間の矢印(arrow)として捉えられる。ある集合の要素を別の集合にマッピングするというより、これは単純にドメインとコドメインの間の何かしらの関係、という事しか表さない。
射は抽象的なものであるにも関わらず、多くの人々の直観は(そして実際多くの術語は)具体圏のそれから来ている。具体圏では対象は何かしら付加的な構造を持った集合で、射はその構造を保存する関数である。
- (en:morphism (23:05, 30 October 2005) より翻訳]])
- 注:射にあたる概念を英語でarrowと言い表すこともあり、そのためarrowの訳として「射」を充てる書物もある。この記事では、arrowをあくまで「矢印」と訳すことでmorphismとの区別をつけているが、実際は表裏一体の概念である。
定義[編集]
圏(category) C は、 対象(object)の類(class)と、射の類、という2つのデータによって与えられる。
全ての射において2つの演算が定義される。即ち、ドメイン(もしくはソース)とコドメイン(もしくはターゲット)である。
射はしばしばそのドメインとコドメインの間を結ぶ矢印(arrow)として記述される。即ち、射fがドメインXとコドメインYを持つとき、f : X → Yと表現される。XからYへの全ての射の集合はhomC(X,Y) もしくは単純に hom(X, Y) と書く。(MorC(X,Y) や Mor(X, Y)と書くものもいる)
任意の3対象X, Y, Zに対して、二項演算 hom(X, Y) × hom(Y, Z) → hom(X, Z) が定められ、これを 合成(composition)と呼ぶ。f : X → Y と g : Y → Z の合成は <math>g\circ f</math> もしくは gf と書く。 (fg と書かれる場合もある)射の合成はしばしば可換図式を使って記述される。例えば、以下の図のように示される。
射は2つの公理を満たさなければならない。
- 恒等射(identity): 任意の対象 X に対し、射 idX : X → X が存在する。これをXにおける恒等射(identity morphism)と呼ぶ。任意の射 f : A → B に対し、<math>{\rm id}_B\circ f=f=f\circ{\rm id}_A</math> が常に成り立つ。
- 結合性(associativity): <math>h\circ(g\circ f)=(h\circ g)\circ f</math> は示された射の合成が定義される限り、必ず成り立つ。
C が具体圏のとき、合成は普通の関数の合成であり、恒等射は普通の恒等関数であり、結合性は自動的に成り立つ。(関数の合成は結合的である)
ドメインとコドメインは射を定める情報の一部でしかないことに注意されたい。例えば、集合の圏では、射は関数であり、2つの関数は順序対の集合としてみれば同じものとみなせるかもしれないが、それぞれは別々のコドメインを持つ。これらの関数は圏論においては別個のものである。そのため、(定義次第であるが、多くの場合は)hom集合 hom(X, Y) は互いに素である事が要求される。しかし、これが問題になることは事実上ない。何故なら、これらが互いに素でない場合でも、ドメインとコドメインを射にくっつけることで(つまり、順序付けられた3つ組の2つ目と3つ目として指定することで)互いに素とすることができるからである。
様々な射[編集]
- f : X → Y を射とする。ここで射 g : Y → X が存在して <math>f\circ g={\rm id}_Y</math> かつ <math>g\circ f={\rm id}_X</math> であった場合、 f は 同型射 (isomorphism)と呼ばれ、g はf の逆射(inverse morphism)と呼ばれる。逆射は存在すれば一意に定まる。g が逆射 f によって同型射となることは容易に確かめられる。同型射を伴う2つの対象は 同型(isomorphic)もしくは同値(equivalent)と呼ぶ。同型射は、圏論における射の種別としては最も重要なものである。
- 射 f : X → Y は、任意の射 g1, g2 : Y → Zにおいて <math>g_1\circ f=g_2\circ f</math> ならば g1 = g2 が成り立つとき全射(epimorphism)である。エピ(epi)もしくは エピック(epic)とも呼ばれる。具体圏における全射はsurjectiveな射を指す(やはり全射と訳す)が、任意の圏でこれが成り立つとは限らない。
- 射 f : X → Y は、任意の射 g1, g2 : Z → Xにおいて<math>f\circ g_1=f\circ g_2</math> ならば g1 = g2 が成り立つとき単射(monomorphism)である。モノ(mono)もしくはモニック(monic)とも呼ばれる。具体圏における単射は injectiveな射を指す(やはり単射と訳す)。
- f が全射かつ単射であるとき、f を 全単射(bimorphism)と呼ぶ。ここで、全ての同型射は全単射であるが、一般的には全ての全単射が同型射になるとは限らない。例えば、可換環の圏において、埋め込み Z → Q は全単射であるが同型射ではない。全ての全単射が同型射になるような圏はbalanced categoryと呼ばれる。例えば、Set (集合の圏)は balanced category である。
- 射 f : X → X はXにおける 自己射(endomorphism)と呼ぶ。
- 同型射である自己準同型射は自己同型射(automorphism)と呼ばれる。
- f : X → Y および g : Y → Xが <math>f\circ g={\rm id}_Y</math> を満たすとき、 f がエピックかつ g がモニックで、<math>g\circ f</math> : X → X が 冪等(idempotent)であることが示せる。この場合、f, g は 分裂(split)と呼ばれる。f はgの レトラクション(retraction)であり、gはf の断面(section、もしくは切断)と呼ばれる。全射でありかつ分裂な単射である、もしくは単射でありかつ分裂な全射であるような任意の射は必ず同型射になる。
以下も参照されたい。
例[編集]
- 普遍代数(例えば群、環、加群など)から見出された具体圏において、射は準同型写像(homomorphism)と呼ばれる。同型射、単射、全射、自己射、自己同型射といった概念は各々の定義において全て用いられる。
さらなる例は圏論を参照のこと。
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