チョ・スンヒ

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チョ・スンヒ
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チョ・スンフィ(1984年1月18日 - 2007年4月16日)は、バージニア工科大学銃乱射事件の犯人である在米韓国人バージニア工科大学の学生と教授・教員あわせて32人を射殺後に自殺した。 また、欧米の主要メディアは、高校時代の友人や教師の取材を通して、彼には家庭内などの安心できる場所では普通に話すことができるものの、学校などの特定の社会環境では極度の緊張により話せなくなる不安障害情緒障害)の一つ、場面緘黙症の傾向があったと報道した。

経歴[編集]

1992年一家で韓国ソウルからアメリカに移住。彼を含む家族4人は韓国籍。アメリカ永住権(グリーンカード)所有者である。

2005年11月二人の女子学生からストーカー行為で警察に告発された。その後、自殺の恐れがあるとして精神病院に短期間収容された。

2007年4月16日在学中のバージニア州バージニア工科大学で32人を銃で殺害した後自殺した(バージニア工科大学銃乱射事件)。最初に寮で2人を射殺、その約2時間半後に大学の教室で30人を無差別に射殺した。その後、アメリカNBCテレビに届いた小包によって、彼が1回目と2回目の殺人の間に自らを写した画像・動画や手紙を同局宛に送っていたことがわかった。

ストーカー行為の他にも放火の前歴があった。周囲からは異常人格者と思われ、指導教授にカウンセリングを勧められていた。

32人も殺害したチョの家族は周囲からの村八分や嫌がらせを受ける事を恐れ、隠居生活を強いられている。

事件の動機[編集]

チョ・スンヒには同室学生の恋人をストーカーし、担当教師や女学生のスカートの中を盗撮、また放火の前歴があった。

チョ・スンヒは、教室で女性教師や女性のクラスメートのスカートの中を盗撮していたことが発覚し、退学必至、女学生から同席拒否されていたため、これを逆恨みした。女性教師、女学生らは、顔面、下腹部にばかり5~20発も打ち込まれており、警察は見ない方が良いとDNA判定を勧めたほどであった。

女性教師の顔面は粉砕されて跡形もなかったが、これは「女生徒たちはあなたが盗撮してるのを知っている、気持ち悪がっているからやめなさい」と注意したことを逆恨みされたためであった。

また、ホロコーストの生き残りユダヤ人教授(Liviu Librescu氏、76歳)も、チョの歴史認識が異常であること、態度が悪いことを教室で注意したことを逆恨みされ、腹部、顔面に計20発撃ち込まれて死亡した。

弾丸は250発使用され、1人当たり5~20発撃ち込まれたことになる。

関連項目[編集]