アルド・チッコリーニ
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アルド・チッコリーニ(Aldo Ciccolini, 1925年[1]8月15日[2] - 2015年[3]2月1日[4])は、イタリアのピアノ奏者。[5][6][7][8][9]
ナポリ出身。4歳の頃からマリア・ミリアローロにピアノを学び、8歳までに人前で演奏できるほどに上達した。9歳でフランチェスコ・チレアに認められてサン・ピエトロ・ア・マイエッラ音楽院に入学し、パオラ・デンツァにピアノ、アキーレ・ロンゴに作曲を学んだ。16歳の時から演奏活動を行う。1947年に音楽院を卒業後、パリに留学してマルグリット・ロンとアルフレッド・コルトーの薫陶を受けた。1949年にロン=ティボー国際音楽コンクールのピアノ部門でヴェンツィスラフ・ヤンコフと一位を分け合い、ヨーロッパ各地はもとより南アフリカや南アメリカ大陸まで演奏旅行に出かける。1950年には北アメリカに行き、ディミトリ・ミトロプーロスの指揮するニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団と共演。1954年にはロンドンに初登場。1969年にフランス国籍を取得し、1971年から88年までパリ国立高等音楽院で教鞭を執った。
パリ近郊アニエール=シュル=セーヌにて死去。