福島悪魔払い殺人事件

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江藤 幸子

福島悪魔払い殺人事件(ふくしまあくまばらいさつじんじけん)とは、1995年平成7年)福島県須賀川市で発覚した祈祷師・江藤幸子(当時47歳)と信者らが、除霊と称して信者7人に激しい暴行を加え、殺害と重傷を負わせた事件。

事件

1994年の暮れから1995年の6月まで、祈祷師・江藤幸子宅にて「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、江藤幸子の娘・裕子(当時23歳)と信者の男で江藤の愛人の根本裕(当時21歳)と同じく信者の男関根満雄(当時45歳)が中心となって、『悪魔払い』や『御用』と称して殴る蹴るなどの暴行を加え、4名を殺害、2名を傷害致死、1名に重傷を負わせる。

同年7月5日、重傷を負った女性信者Z(当時37歳)の入院をきっかけに、警察が江藤幸子宅を家宅捜査したところ、信者6名の腐乱遺体を発見。4人を逮捕。後に被害者であるEも、暴行に加わっていたことが発覚して逮捕された。

6人の遺体

福島県須賀川市に住む男性が「6月頃から息子が行方不明になっている」と須賀川署に捜索願を出したのが事件の発端だった。   署員が息子(43歳)の妻・X子(当時37歳)から事情を聞いていたところ、2人とも5月上旬から6月中旬にかけて、市内の祈祷師・江藤幸子(当時47歳)方に身を置いていたことがわかった。

X子は江藤宅で数人から暴行を受けて入院しており、7月5日、署員らは同市小作田の江藤方を傷害容疑で家宅捜索した。

すると1階八畳間で、男性2人、女性4人の計6つの腐乱遺体を発見。布団の中で寝ている状態で、一部はミイラ化していたという。江藤と、信者と見られる江藤の長女裕子(当時23歳)、元自衛官の根本裕(当時21歳)、同県鏡石町の土木作業員関根満雄(当時45歳)が緊急逮捕された。遺体を放置していたことについて、「魂は死んでいないので、そのまま寝かせていた」と供述。信者らは遺体の悪臭が消えたら蘇生すると信じて疑わなかった。

7月6日、遺体となって発見されたうち5人の身元が判明する。それぞれ死後数ヶ月たっており、何かで叩かれたような後があった。

・関根満雄の妻・A子さん(56歳) ・市内の無職男性Bさん(56歳) ・その妻・C子さん(48歳) ・その長女・D子さん(19歳) ・市内の無職男性E(43歳)

さらに同10日、6体目の遺体が同県滝根町の元店員F子さん(27歳)のものと判明。F子さんは5月の連休中から行方がわからなくなっていた。

須賀川の祈祷師

江藤は地元の高校を卒業後、同級生と結婚。一男三女をもうけている。事件の6年ほど前に、近くの市営住宅から、阿武隈川沿いの振興住宅地に引っ越してきており、当初は化粧品のセールスの仕事をしていた。   江藤の夫はペンキ職人だったが、腰を痛めて仕事をやめてからは、ギャンブルに狂い、借金から新築したばかりの家を手離す寸前までいく。こうしたことから夫婦そろってある岐阜に本部を置く宗教団体入信。夫婦は「おがみやさん」という宗教活動を始めるが、勝手に宗教団体の本部の名前を使ったことから2年で破門となった。

1992年ごろ、夫が失踪すると、江藤は教祖としての才能を見せ始め、徐々に信者を獲得するようになった。江藤宅は土日を中心に若い人が多く集まり、近くの空地には車が停められるようになった。ナンバーは「練馬」など、遠方からやってくる人も多かった。   近所には昼夜問わず、太鼓を叩く音や、お祈りする声が聞こえてきたという。近くに住むある女性が、江藤に診てもらったところ、「だんだん足が動かなくなります。手も動かなくなります」と催眠のようなものをかけられた。江藤はこの行為について、「汚れた肉体を殺し、魂を浄化するためのもの」と説明し、女性は気味が悪くなったという

1994年末、江藤は信者2家族10人ほどと同居を始める。この頃から、「悪魔祓い」「御用」と呼ばれる暴力がエスカレートし始めた。

江藤は集団生活のなかで、信者である根本裕と愛人関係となり、「○○様」と呼ばせていたが、同居するA子さんが根本裕に色目を使ったと思いこみ、その嫉妬から江藤は「悪いキツネが憑いている」と、A子さんの全身を太鼓ばち叩いた。さらに自身の長女である裕子や、A子さんの夫である関根にまで殴るように指示し、死亡させた。

その後も、Bさん一家、Eさんさん夫婦を無数の打撲などで死に至る挫滅症候群で死亡させた。殺害されたのは江藤のやり方に疑いを持った者や、借金の申し出を断った者だったという。暴行を受け重傷を負い、事件発覚のきっかけとなったZも、こうした儀式に参加した1人だった。

裁判 

1995年8月16日福島地検は「殺意を認定するだけの具体性のある証拠が得られなかった」と殺人罪ではなく、傷害致死罪福島地裁に起訴。

9月18日、殺人罪で起訴。

1997年3月、仙台高裁、Zに懲役3年、執行猶予5年の判決。 

精神鑑定のため3年間の公判中止を経て、2002年5月10日、福島地裁・原啓裁判長は「自己中心的に信者を次々殴り殺したのは、宗教的行為とは言えない。責任はあまりに大きく極刑で臨むしかない」と江藤に死刑を言い渡す。また根本裕と裕子に無期懲役、関根満雄に懲役18年を言い渡した。江藤は即日抗告した。

2005年11月22日仙台高裁田中亮一裁判長は「社会に与えた不安と衝撃は軽視できない」と控訴を棄却。

2008年9月16日最高裁藤田宙靖裁判長は上告を棄却。江藤の死刑が確定。藤田裁判長は「なぶり殺しともいえる陰惨な犯行で、6人の命を奪った結果は重大。自らを神の使いとする宗教的集団を形成し、絶対的な祈祷師力を背景に、信者に暴行を加え死亡させたもので、刑事責任は際だって重い」と指摘。

  • 1997年3月、仙台高裁にてZに懲役3年執行猶予5年の判決(控訴せず確定)。
  • 2001年11月16日、福島地裁の論告求刑にて、検察は江藤幸子に死刑を、裕子と根本裕に無期懲役、関根満雄に懲役20年をそれぞれ求刑。
  • 2002年5月10日、福島地裁の第一審にて、江藤幸子は死刑、裕子と根本裕に無期懲役、関根満雄に懲役18年判決。
  • 2003年11月11日、仙台高裁の第二審にて、裕子と根本裕に無期懲役、関根満雄に懲役18年の判決(いずれも上告せず確定)。
  • 2005年11月12日、仙台高裁の第二審にて、江藤幸子に死刑判決(即日上告)。
  • 2008年9月16日、最高裁が江藤幸子の上告を棄却。死刑確定。戦後日本では10人目の女性死刑囚である。
  • 2012年9月27日、仙台拘置支所において、江藤幸子の死刑が執行された。享年65。女性死刑囚の執行は、1997年の夕張保険金殺人事件の死刑囚以来15年ぶりで、1950年以降では4人目である。

裁判の焦点

弁護側は(1)魂が清められているという宗教的確信から、信者が死んだという認識はなかった(2)心神耗弱状態で正常な判断能力を欠いていた――と主張、殺意を否認した。

これに対し、検察側は「最初の2人が死んだことを認識しながら、5人に対して『御用』を続けており、未必の故意があった」と反論していた。

江藤被告側の弁護士は公判後、「死刑適用の判例基準に照らし、今回の件が死刑に当たるかは疑問だ」とのコメントを発表した。

一審判決は「幸子被告は自分の神格的権威を保つため、邪魔者を排除しようと『御用』を始めた」と認定し、未必の殺意を認めた。また精神鑑定の結果より、判決は江藤被告には善悪を認識し、行動する能力は十分にあったとして責任能力を認めた。

2003年7月に始まった控訴審で、弁護側は1回目の鑑定が極めてずさんだったとして再鑑定を求め、同年9月、実施が決まった。再鑑定は2005年3月に終了した。2回目の鑑定の鑑定人は朝日新聞の取材に「犯行はきわめて閉鎖的な空間の中で長期間行われていた」とし、「被害者と加害者を包括した相互作用を考慮しないといけない。犯行は、被害者が動物、加害者が神という、完全に憑き物の状態でエスカレートしていった側面もある」と話す。  二審の判決理由で田中裁判長は「憑依トランスに陥ったとしても短時間の一時的なことにすぎない」と指摘、責任能力を認めた一審判決に「事実誤認はない」とした。

2008年7月15日の弁論で、弁護側は「当時は健忘が多く、通常の生活を送るのも困難な心神喪失状態だった」と主張。

二審での精神鑑定が「一時的に心神耗弱状態だった」と判断したことを挙げ、「少なくとも殺人罪でなく過失致死罪に当たる」とした。また「被害者は宗教的理由から自分のためと認識しており、御用を受けることに同意していた」と述べた。

一方、検察側は「犯行は被害者が心服していたことに乗じたもので悪質。動機は同居男性への独占欲と、神という自分の体面を保つための自己中心的なもの。一時的に憑依トランスになったとしても、正常時に被害者を選んでおり完全責任能力があった」と述べ、上告棄却を求めた。   藤田裁判長は「執拗な暴行を加え続けた犯行は、なぶり殺しともいえる陰惨な犯行で、6人の命を奪った結果は重大。自らを神の使いとする宗教的集団を形成し、絶対的な力を背景に、信者に暴行を加え死亡させたもので、宗教的集団による事件として社会に与えた影響も大きい」と指摘した。

そして「自らを神などとする宗教集団をつくり、その絶対的な力を背景に、自ら、あるいは信者に命令して暴行を加えており、宗教的影響は否定できないが、刑事責任は共犯者に比べて際立って重い」などとして、「死刑は追認せざるを得ない」と結論付けた。

弁護側は「憑依状態で心神喪失のため無罪。少なくとも心神耗弱で減刑すべきだ」と主張していたが、藤田裁判長は「完全な責任能力を認めた高裁の判断は是認できる」として退けた。

死刑執行(2012年9月)

法務省9月27日、死刑を執行した確定死刑囚2人は江藤幸子死刑囚(65)=仙台拘置支所=と、松田幸則死刑囚(39)=福岡拘置所=で、同日午前に執行したと明らかにした。

確定判決などによると、祈祷師だった江藤死刑囚は平成6年12月~7年6月、福島県須賀川市で、共同生活していた信者を、除霊と称して太鼓のばちで殴るなどし、4人を殺害、2人を死亡に至らせ、1人に重傷を負わせた。1審福島地裁は「教えを妄信していることに乗じ暴行した」として死刑を選択。仙台高裁、最高裁も1審判断を支持した。

松田死刑囚は平成15年10月、熊本県宇城市(旧松橋町)で、木下啓子さん=当時(54)=方に押し入り、木下さんと、同居していた三浦隆雄さん=(同54)=の胸を包丁で刺して殺害、現金約8万円と腕時計などを奪った(熊本・松橋町強盗殺人事件)。被告側は金品目的の殺害ではないと主張したが、1審熊本地裁は強盗殺人罪の成立を認め、死刑を言い渡し、2審福岡高裁も支持。その後、上告を取り下げて死刑が確定していた。

民主党政権下での死刑は、千葉景子法相時代の2010年7月以降、2012年3月の小川敏夫法相時代まで1年8カ月間執行がなく、2011年は19年ぶりの「執行年」となっていた。

参考文献

  • アスペクト 「特集アスペクト38 実録 戦後殺人事件帳」
  • 笠倉出版社 「江戸・明治・大正・昭和・平成 日本の女殺人犯101」 日高恒太朗
  • 学習研究社 「図説宗教と事件」 
  • 社会思想社 「20世紀にっぽん殺人事典」 福田洋 
  • 新潮社 「日本の大量殺人総覧」 村野薫
  • 水声社 「犯罪地獄変」 犯罪地獄変編集部編
  • 宝島社 「別冊宝島 殺人百貨店 日本人はどういう理由で人を殺すのか?」
  • 東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
  • ミリオン出版 「別冊ナックルズ 昭和三大事件」 
  • ミリオン出版 「死刑囚のすべて」
  • 鹿砦社 「女性死刑囚 十三人の黒い履歴書」 深笛義也

関連項目