石井一家
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三代目石井一家(いしいいっか)は、大分市泉町に本拠を置く日本の暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の2次団体。 旧石井組(いしいぐみ)。
初代の石井一郎は任侠史に残る暴力派だが、山口組が まだ関西でローカルな存在だった頃から将来の姿を予見していたとされる。山口組の力を借りず僅か数年で1000名近い組員を抱える大組織を形成。但し石井組内部においては幾多の派閥が拮抗しており、山口組は清水光重、山本 広を目付役として積極的に組の運営に介入したとされる。
別府抗争、急行高千穂号事件、夜桜銀次事件等で、戦後のヤクザ抗争史に名を残した。
歴代総長
最高幹部
- 総長・江口 亨
- 顧問・井根 義秀(宮崎県宮崎市)
- 顧問・角野 大(宮崎県宮崎市)
- 若頭・岸本 隆秀(北斗会々長/大分県中津市)
- 若頭代行・井戸岡 久勝(三代目江口組々長/大分県大分市)
- 若頭補佐・川越 邦行(二代目井根組々長/宮崎県宮崎市)
- 若頭補佐・三宮 武彦(三宮組々長/宮崎県東諸県郡国富町)
- 若頭補佐・黒木 清光(黒清会々長/宮崎県宮崎市)
- 若頭補佐・松田 久志(城士会々長/宮崎県都城市)
- 若頭補佐・桜井 一生(桜井組々長/大分県別府市)
- 特別相談役・君島 賢俊(君島総業会長/東京都中野区)
- 常任相談役・神崎 一弘(神崎組々長/宮崎県日南市)
- 舎弟頭・児玉 英司(二代目山口会々長/宮崎県延岡市)
- 舎弟頭補佐・山口 久仁男(山仁組々長/宮崎県日向市)
- 舎弟頭補佐・清山 忠義(清山組々長/大分県日田市)
- 本部長・首藤 治(二代目大友会々長/大分県大分市)
- 組織委員長・穂園 博文(穂園組々長/宮崎県宮崎市)
- 秘書・児島 太(児島組々長/宮崎県延岡市)
- 秘書・多田 章彦(多田組々長/大分県大分市)
- 秘書・生野 靖道(三代目川近組々長/大分県大分市)
若中
- 穂園 稔(石穂会々長/宮崎県宮崎市)
- 谷中 哲也(大谷総業会長/宮崎県宮崎郡佐土原町)
- 小林 邦博(小林組々長/宮崎県日向市)
- 児玉 大成(児玉組々長/宮崎県宮崎市)
- 幸松 強(二代目幸松組々長/大分県杵築市)
- 新藤 益也(藤征会々長/宮崎県児湯郡高鍋町)
- 池内 隆昭(誠龍会々長/宮崎県児湯郡新富町)
- 緒方 久雄(二代目角野組々長/宮崎県宮崎市)
- 神田 幸治(神田組々長/宮崎県延岡市)
- 矢野 勝博(勝生会々長/宮崎県宮崎市)
- 根本 倫夫(根本組々長/宮崎県宮崎市)
主な出身者
- 二代目 副組長・稲葉 実(稲葉組組長) - 後に稲葉一家総長、五代目山口組若中。
- 二代目 副組長・宮脇與一(宮脇組組長) - 後に三代目山口組若中、一和会専務理事。 六代目山口組 二代目弘道会 二代目髙山組 宮脇組組長は実子
- 二代目 副組長・川近幸男(川近組組長) - 後に三代目山口組若中。 死去後、川近組は二代目石井組預かり
- 初代 舎弟・「夜桜銀次」こと平尾国人
- 二代目 組長相談役・高橋辰馬(高橋組組長) - 石井一郎の5厘下がりの兄弟分。 石井の死去後、二代目石井組分家、絶縁・引退
- 高橋組 舎弟・荒木美喜雄(大下英治著「跡目」主人公)
外部リンク
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