朝赤龍太郎

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「朝赤龍がやられたようだな・・・」
~ 朝赤龍太郎 について、昼赤龍
「ククク…奴は四赤龍の中でも最弱…」
~ 朝赤龍太郎 について、夕赤龍
「玉飛鳥に負けるとは四赤龍の面汚しよ…」
~ 朝赤龍太郎 について、夜赤龍

朝赤龍太郎(あさせきりゅうたろう、Morning red Dragon、1981年8月7日 - )はモンゴル国出身の相撲レスラーである。常に「自分は朝青龍だ」とも聞こえかねない発言をしていて、朝青龍の遠い親戚や異父兄弟など、また詐欺師の可能性がある。朝青龍が休場の場所に不調だったりする。

来歴

蒙古相撲のナチンという地位についた男の次男で、子供の頃は馬の調教をしていた。朝青龍にモンゴル時代に弟子入りし、一緒に来日して、同じ高校の相撲部に所属した。2000年1月に師匠と同じ部屋に入門し、「朝赤龍」という四股名をもらったため、このころから稀に「ウソつき」と呼ばれる。なお、昔は大日本帝国出身の朝道龍なる人物がいたが、2009年3月場所にこのページで詐欺師とうたわれていることを知って、あわてて朝縄という四股名に改名し、潔白を証明しようという、無駄な抵抗をはじめた。 朝青龍新横綱場所に入幕して、師匠の横綱を間近に見ながら相撲を取り続ける。朝青龍土俵入りには弟子として、違う部屋の白鵬もどきロボットと一緒に土俵入りに加わる。 2007年11月14日、この場所は朝青龍サッカー転向直後(結局帰参)のため弟子1人日本に居た。そのため玉光に「朝青龍」と呼ばれてしまった。

師匠との違い

  •  師匠とは違って無名である。
  •  師匠とは違って独身である。
  •  師匠とは違って相撲一筋である。
  •  師匠とは違って現在反則技である「殴る・蹴る・突く」はあんまりしないかも。

師匠が見てないと弱かったりする

朝青龍不振場所(9勝以下) 朝赤龍不調場所(5勝以下) 朝赤龍好調場所(10勝以上)
2003年7月 2003年7月
2003年11月
2004年5月
2004年7月
2004年9月 2004年9月
2006年1月
2006年3月
2006年5月 2006年5月
2006年7月
2006年11月
2007年1月
2007年3月
2007年5月
2007年9月
2007年11月 2007年11月
2008年1月
2008年7月
2008年9月 2008年9月
2008年11月 2008年11月
2009年5月

関連項目

Bouncywikilogo.gif ウィキペディアにも、この項目「朝赤龍太郎」が執筆されています。ぜひこちらも読んでみてください。