国家珍宝帳
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国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう,List of rare tresures of the state )は光明皇后が聖武天皇の遺品を東大寺大仏に献納した際の目録である。
概要[編集]
756年(天平勝宝8年)6月21日の聖武天皇の七七忌に東大寺に納めた聖武天皇所縁の宝物の目録である。正式名は「天平勝宝八歳六月二十一日献物帳」であるが、「国家珍宝帳」と呼ばれる[1]
形状[編集]
軸端は白檀の撥形である。本紙部分は白麻紙を用いる。巻末に先帝の追福を願う跋文と「天平勝宝八歳六月二十一日」の日付が記載され、藤原仲麻呂、藤原永手、巨萬福信、賀茂角足、葛城戸主の官人の署名がある。墨界は薄い墨で引いた罫線である。企画立案事務は、皇后宮職を改組した紫微中台が担当した。藤原仲麻呂は紫微中台の長官であり、巨萬福信、賀茂角足、葛城戸主は次官である。藤原永手は侍従であった。 目録に記載された宝物は600点以上にのぼる。白麻紙と称する上質紙十八張を張り付いだ、縦25.8cm、横1474.0cmの長大な巻子である。楷書体で記された墨書の上に、一辺8.7cmの天皇御璽の印が料紙全体に三段ずつ押される。
書体[編集]
国家珍宝帳に記された文字は端正な楷書体とされている。しかし、堀江知彦は王羲之系統の書体の影響によるものと、特異な右払いを含む楷書体の2通りがあると指摘している。唐において最新の様式であった顔真卿初期の書体の影響を国家珍宝帳が受けていることを指摘されていた。書道史研究者の魚住和晃・神戸大学名誉教授は「国家珍宝帳」は王羲之の書法を極めた欧陽詢から唐代の新派につながる書法で書かれていると指摘する[2]。
管理概要[編集]
- 管理番号:北倉 158
- 形態:紙本 墨書
- 用途 : 書蹟・地図
- 技法 : 紙
- 寸法 : 本紙縦25.9cm 全長1474cm 軸長29.3cm
- 材質・技法 : 本紙白麻紙18張 墨書 朱印 軸端は白檀 軸木杉
注[編集]
- ↑ 藤田経世編(1972)『校刊美術史料 寺院篇 中巻』中央公論美術出版
- ↑ 正倉院学術シンポジウム「宝物のはじまりと国家珍宝帳」読売新聞