組体操
組体操(くみたいそう) とは、体操を基礎にして身体のみを用いて行う集団演舞である。日本に於いては、学校で催される体育行事で生徒の強制的な参加により披露されるマスゲームの一種である。ただし文部科学省が定める学習指導要領では取り扱っていない。
呼称[編集]
「組み立て体操」と表記することもあるが、日本体育大学教授の荒木達雄は組立体操と組体操は性格も狙いも異なると主張しており[1]、端的には静的な造形美表現を組立体操、複数人の力を利用しあう動的な運動を組体操としている[2][3]。
日本でも倒立や回転運動を含むものをタンブリングやピラミッド(ピラミッドビルディングの略。二人以上で行なうものを指す)と呼んでいた[4]。戦前では「回転運動、組み立て運動」と呼ばれていた。
床運動を基礎とした集団で行う近代リズム体操は、女子6人から30人位で行われ、この種の競技は日本語で「団体徒手体操」(aesthethic group gymnastics、AGG、美的集団体操の意味)と呼ばれることもあり、欧米ではスポーツクラブによる競技会が開かれている。日本で生まれ世界に広がった男子組み立て体操 (日本英語でmens rhythmic gymnastic、欧米英語でJapanese group gymnastics) は、男子6人程度で行われるAGGに似た競技である。スタンツとは軽業を意味する米国の俗語であり (スタントマンを参照)、一人または数人で行われる小規模な演技である。四人程度でおこなわれるアクロバット体操 (acrobatic gymnastics) やチアリーディングの演目に含まれる5人程度で作るタワーに近い。
「組み立て体操」に相当する統一された英語表現はまだない。「mass gymnastic」という表現がアメリカの一部のマスコミで使用されることがあるが、これは集団で行われる体操であり立体的な組み立てを必ずしも含まないのでマスゲームに近い表現である。北朝鮮のアリラン祭で披露される発展型のアクロバット体操も、日本語の「組体操」とは異なる。中国語ではかつて「団体操」とよばれたが、現代中国の「団体操」は組み立てを含まないので、mass gymnastics、mass gameに近い意味となる。他方、アメリカ、イギリス以外の英語圏の国々 (例えばマレーシア) では「gymnastic formation」という表現が使用される。この意味は日本語の「組み立て体操」と同じである。ポルトガル語ではブラジル全土で通用する「ginástica montada」という表現があり、「組み立て体操」を意味する[5]インドネシアではKumitaisoと呼ばれる。現在、世界で最も組み立て体操が盛んな国は日本の学校管理下で行われる体育的行事で、修学終了後の社会生活一般において組み立て体操の練習や演舞・行事などの継続はほぼ皆無であるが、一部団体職員による演舞が行われている。
歴史[編集]
初歩的な組み立て体操は、紀元前2000年の古代エジプト文明の壁画に観察できる。中国では漢の時代の土偶にそれが見られる。ヨーロッパでは中世以後のイタリアで祭日などに披露された。19世紀にはドイツで近代的な組み立て体操が盛んに行われた記録がある。国民主義の高まりをみせた19世紀半ばごろから、ドイツで国民の健康と軍事教練を兼ね、合同で行なう体操運動が盛んになり、第一次世界大戦を前に欧米諸国にも広まり[6] これらは明治初期に日本にも伝播した[7]。
20世紀前半にはアメリカ体育連盟のカリキュラム研究会がタンブリングを全国で実施可能な種目として発表、20世紀のチェコスロバキア(当時の国名)では、国民的行事で数千人規模な組み立て体操がしばしば披露された。
20世紀の終わりまでは世界各地で披露されたが、21世紀には数千人規模の大規模な演技は減少した。日本以外では香港、マレーシア、ブラジル、で盛んである。チューク諸島(旧トラック諸島)では第一次世界大戦終結後の国際連盟決議にて大日本帝国の委任統治領となった時代に組み立て体操を含む運動会が持ち込まれ[8]、近年のインドネシアでは創価学会が主催する催しや研修にて”Soka Gakkai Kumitaiso Crew"、"Soka Youth Kumitaiso Crew(SYKC)"なる班が活動を行っている[9]。
日本では、戦前にも組み立て体操の著書がありのちに日本体育大学体操部を創設した浜田靖一(その後日本大学文理学部名誉教授)が明治神宮競技大会でその指揮にあたった[10]。こうしたタンプリング・ピラミッド・組み立て体操の類は、学校の運動会などでも披露される演目となっていたが、軽業的・奇術的に深入りしたものは毒々しく、教育的でないと警告されている。団結(和・協調性)と協力をテーマに戦前から練習に練習を重ね日本体育会体操練習所の学生が発表会などで披露していた。
しかし、日本の学校下に於ける組体操については1951年度版の中学・高校用指導要領に3段ピラミッドなど図解が掲載されていたがものの、それ以降の記載は無くなっている[11][12]。教員の専門は教科指導であるため演目指導を行っている学校では現場の裁量、判断において正規授業内容外で扱う活動が主となっている他、自治体などの判断で安全面を考慮し廃止するなど、行事から演目を外す学校も出てきている[13]。
特色[編集]
一般にダンスやマスゲームと同様に、得点を争うのでは無く演舞者の団結した行動を一般観衆に見せるために行うことが多い。日本の学校における運動会は強制的に参加させられる行事であり観覧者に向けた催しが目的ではないが来場者や保護者に向けた高度に統率、指導された集団教育の成果を発表する目的も含めて行われる。そのため、赤組・白組ではなく男子・女子全員、5・6年生合同などといった団体分けをしたりする。古典的演技種目では十秒ほどの姿勢保持が必要である。そのため、バランスや筋力・筋持久力が発達した小学校高学年・中学校・高等学校で主に行い、それ以外の学年でもダンスのクライマックスの決め技に行うこともある。また、幼稚園の遊戯でも、二段から四段ピラミッド、三段タワー等の演目を指導している園がある[14][15][16]。組み立て体操の古典的な実演方法は、リーダー(一般には参加しない) が吹く笛の合図で期を組み立てるのが日本では定番の他、かけ声による同期も用いられる。
日本の学校では教員や児童・生徒たちの選曲による音楽(流行曲や行進曲など)、BGMを流して形を作り出す場合もある。「カリブ海の海賊」のテーマ音楽は好まれている。2010年にフィラデルフィアで行われた東部アメリカのNGOでは太鼓がBGMとして使われた。笛や太鼓を用いず音楽にあわせて行う組み立て体操は演技者の高度な訓練を必要とする。ブラジルやマレーシアのNGOではこの方法がしばしばもちいられる。1998年日本の大阪で行われた演技では、3000人が音楽を唯一の同期信号として組み立て体操を披露した。少数の学校だが、プールの中で組み立てを行う学校もある[17][18]。
演技[編集]
日本の学校管理下で行う練習などでは先に組を決め、2人技から練習を行っていく。基本的に背の小さい人あるいは体重の軽い人が上のポジションになる(後者の場合、下の人よりも上の人の身長の方が高い、ということもある)[19]。日本ではV字バランスや肩倒立等の個人技に始まり、2人組の技の中でも事故が多くペアで行う倒立や肩車とその一種の通称「サボテン」などの2人組演技[20]、3人組や6人組などの小集団技と続き、重大事故の危険があるピラミッドやタワーなどの大技をクライマックスに用いることが多く、学校における体育的行事は一般観覧者に向けた目的で催される行事ではないが、教諭の指導成果として観覧者の評価が大きいのも特徴である。演目の性質として一糸乱れぬ統率力と集団行動が求められ、基の完成への速やかな遂行が必要な事から負傷者が出た際には、事故の現場から直接な緊急要請を行わずに負傷した生徒を直ちに移動[21] させて代替生徒を参加させるのが一般的である。基の完成の為には苦を堪える必要があり恐怖や不平、激痛を露わにするのは好ましくなく禁句という風潮が普通であり[22] 日本の学校での体育祭や運動会の催事では伝統や絆などが重んじられる[23]。負傷した生徒は見学、入院に至る負傷を負った生徒には学級全員で励ましの手紙を書いて渡すなどのケアを行う場合がある[24]。
世界各地のNGOによる一般参加者の演技はきわめて多彩であり、二次元波、人間ロケット(大砲)、風車、ヘリコプター、歩行人間城壁、歩行ピラミッド、人間起こし(カタパルト)、三段壁、カタルーニャ式ピラミッド、ポセイドンの柱、回転三段円塔、瞬間直立三段円塔、三段平面塔、四段円塔、稀に五段円塔が披露される。開催国や地域によって演目は大きく異なる。1982年に日本で立ち上がった六段円塔はギネスブックに記載された。マレーシア、香港、ブラジル、インドネシア、フィリピンの演目は日本や東ヨーロッパの技を基本としながらも独自の進化を遂げ、それぞれの地域の強い特色が見られる。かつては組み立て、姿勢を保持した状態での静止の繰り返しであったが、21世紀におけるマレーシア、香港、ブラジルの演技は極めて動的である。ブラジル国内でも、サンパウロとリオデジャネイロ、ニテロイの演技はスタイルが異なる。リオデジャネイロの演技は小規模ではあるが独創的であり芸術的完成度が高い。2011年10月のリオデジャネイロのヒバウタ劇場での舞台上演技では、五基の四段瞬間直立ピラミッドが一瞬で屹立した。インドネシアの回転式二段扇も動的な動きが取り入れられている。
規模[編集]
2人組の基から、一つの基に100人を要するものまで規模は様々であり。演技の質の美しさも大切であるが、多数の参加者による集団美は観覧者に深い感動[25] を与える。30人から100人程度の演技者の場合は、舞台や講堂で披露される。100人から500人の規模では、体育館で披露される。それ以上の場合は、グラウンドで行われる。スパルタキアーダ (東欧諸国総合体育大会) では、50人くらいの単位でグループを組み、同じ演技を100グループくらいで同時に行った。演技者は総数5000人を超えるので、参加者の数の点では世界最大であった。チェコスロバキアの首都プラハには1万人の演技者、22万人の観客を収容できるストラーホフ大競技場 (英語、Great Strahov Stadium、チェコ語 Velky strahovsky stadion) があり、組み立て体操を含む大規模なマスゲームはそこでおこなわれた。1982年9月18日 - 19日に日本の西武球場で行われた「創価学会・第2回世界平和文化祭」での3500人による演技は、巨大な単一組み上げとしては世界最大であったと考えられる。他方、ブラジルのリオデジャネイロは小規模な組み立て体操を得意し、会場の大きさの都合などの場合によっては20人未満の演技も行われた。
服装[編集]
日本の学校で行われる組体操の服装は基本的に体操服に裸足という格好だが、踊りなどと組み合わせる場合はそれに合わせたユニフォームを着たり小道具を持つ事がある。指導教諭が生徒に強制する権限は無いものの上半身にプライベートゾーンが無い男子は、一律上半身裸で行う事がある。裸足である理由として、
- 摩擦力が増すため、サボテン、カタルーニャ式ピラミッド、ポセイドンの柱など人の上に乗る技では滑りにくくなること
- ピラミッドなど人の上に乗る技の時に下段の人の負担が減ること
- 紐がほどけたり、靴が脱げることから来るトラブルをなくせること
- バラバラの靴を履くより統一感があること
などがある。男子参加者が多数で男子が上半身裸で無い場合、ユニフォーム購入のための費用が予算に負担を強いる場合がある。統一性を高めるため体操帽は赤か白のどちらかに合わせるほか、脱げる事を考えて最初からかぶらない場合もある。重量種目の最下段のメンバーは運動靴を履く場合がある。日本以外のNGOによる演技では個性的なユニフォームが用いられる。香港國際創價學會の金鷹體操隊ユニフォームは世界的に見ても大変特徴的である。
事故[編集]
「組体操における事故」を参照
脚注[編集]
- ↑ 荒木達雄、組立体操と組体操 日本体育学会大会予稿集 第67回(2016) p.62_1,
- ↑ 体育科教育2016年5月号12頁、大修館書店。本号は「組体操・組立体操は変われるか、どう変わるべきか」を特集としており、紙面全体でも組体操、組立体操の両記が多数見られる。荒木は日本体育大学教授として寄稿。
- ↑ 「二人組・組体操 これが、本来の組体操演技です!!」、荒木が教授を務めている 日本体育大学体操研究室 による動画。
- ↑ タンブリングとピラミッド『新要目に基く運動会催し物選集』小学校体育研究会編、(三友社, 1936)
- ↑ Coordenadoria Cultural da BSGI realiza sua 6ª Convenção Brasil Soka Gakkai Internacional 2016年2月
- ↑ 『ドイツ体操祭─ドイツ体操運動の構築』ドイツ体操連盟編、晃洋書房、2003年
- ↑ 安藤豊、「「大正期」における「武官教師」(体操科担任教員)創出の試み」 北海道大學教育學部紀要 1977年 30巻 p.45-72
- ↑ 運動会の「組み立て体操」高さ制限!見せ場だけど事故は後絶たず 大阪市教委 産経WEST 2015年9月1日
- ↑ Kenshu Sokahan National K2 2012 Soka Gakkai Indonesia
- ↑ 『昭和スポーツ史論: 明治神宮競技大会と国民精神総動員運動』入江克己、不昧堂出版, 1991
- ↑ 衆議院議員初鹿明博君提出組体操が学習指導要領から外されたことに関する質問に対する答弁書平成二十八年二月十二日受領 答弁第一〇七号 内閣衆質一九〇第一〇七号 平成二十八年二月十二日内閣総理大臣 安倍晋三
- ↑ 組み体操、揺れる現場 高さ制限や中止、支持も根強く 朝日新聞デジタル 2010年10月8日
- ↑ 組み体操は危険? 達成感も…見直しに賛否両論
- ↑ バディスポーツ幼児園の真価「勝つ」と「克つ」 決して公平でないこの世を生き抜く力 BLOGOS 2015年11月25日
- ↑ 子供たちが泣きながら走る「スポ根幼児園」に入園希望者殺到 NEWSポストセブン
- ↑ 啓明校区福祉まつり! 公明党サイト内 寝屋川市議会 いけぞえ義春のホームページ 2011年11月6日
- ↑ 倉敷市立船穂小学校・六年生のページ・プール開き
- ↑ 浜松市立大平小学校・水泳選手を励ます会!
- ↑ 3人技以降、1グループの中に2人技で上の人が複数いる場合は、基本的に最も小さい人が1番上のポストになることが多い。
- ↑ 教員140人が組み体操を学ぶ NHK東海 2016年7月12日
- ↑ 組み体操でけが、世田谷区を提訴 東京の当時小6男子 北海道新聞 2017年3月4日
- ↑ 「痛い」は禁句 組体操の指導法 ▽組体操リスク(12) Yahooニュース2015年9月27日
- ↑ 組体操事故の被害生徒が馳文科相に怒りの手紙 Yahoo!ニュース 2016年2月24日
- ↑ 学校はなぜ「巨大組体操」をやめられないのか 東洋経済オンライン 2015年9月17日
- ↑ 鈴木みつよし市政報告 第8号 2015年10月16日