検察官
検察官(けんさつかん)は、検察権行使の権限主体である。
検察庁法第3条の法律規約により、検察官は、検事総長、並びに、次長検事、検事長、並びに、検事、副検事とされる。
検察官の職務義務は、検察庁法第4条で、
刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う
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と規定されている。
目次
検察官の社会地位
「検察庁」は、「検察官」の事務を統括する官署にすぎず、法律上は、検察官が独任制官庁として単独で検察権を行使し、裁判所に公訴を提起することにより、公判を維持する権限を有する。検察官は、職務を執行する上において、上命下服の関係に立つ。
個々の検察官の裁量は、そのため、決裁制度を通じて、制限され、一貫した取扱いが図られている。検察官は、尚、裁判の訴訟期間内に、交代するなどしても、訴訟上の効果は、変化しない。
検察庁は、司法権、立法権、行政権の三権の内、行政権を持つ行政に帰属する官庁である。検察庁は、国民の権利保持の観点から、俗に準司法機関とも呼称されている。日本国憲法第77条の法律規約では、「検察官は、最高裁判所の規則に従わなければならない」と規定されている。
検察官の定員は、2012年(平成24年)、副検事以外の検察官1810名、副検事899名で、合計2709名である。
身分証明書は制定されていないので、必要な場合は側近の検察事務官が代理で「検察事務官証票」を示す。公務執行の際は必ず検察官徽章(秋霜烈日章)を身に付ける。
検察官の職務
検察官は、刑事訴訟についての公訴を裁判所に提訴することにより、裁判所に法律の正当な適用を請求し、かつ、裁判の執行を監督する権限を有する。また、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、または意見を述べ、また、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を執行する。(参考 検察庁法第4条)。地方公共団体が罰則の定めのある条例を制定しようとするときは、検事が審査する。
主として刑事裁判における公判を受け持つ他、検察庁法第六条や刑事訴訟法第191条の規定に基づき、大型経済犯罪や政界絡みの汚職事件等、単独で犯罪の捜査を行う場合もあるが、警察とは異なり実力を以て、「犯罪を予防鎮圧する機能(行政警察活動)」はなく、そのため、専ら行政警察活動を適切に遂行し得るために警察官に付与されている武器の携帯使用、職務質問、立入権限、保護、交通規制等の権限は保有しない(警察官職務執行法、道路交通法参照)。
人事訴訟において訴訟担当者として被告となる場合があり、訟務検事として行政訴訟や国家賠償請求訴訟で国の代理人を務めることもある。
死刑執行の際は、刑事施設の長又はその代理者と供に執行に立ち会うこととされている(刑事訴訟法第477条)。
一般人が現行犯人を逮捕した時の引渡し先に指定されている(刑事訴訟法第214条)。
権限
検察官は以下の非常に強い権限を与えられている。
- 検察官起訴独占主義・国家訴追主義
- 検察官が国家を代表して国家の名の下に犯罪者を裁きにかける、という近代刑事法学上重要な考え方の一つである(刑事訴訟法247条)。
- 検察官起訴便宜主義
- 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないと検察官が判断した場合には、検察官は公訴を提起しないことができる(刑事訴訟法248条)。これは起訴便宜主義と呼ばれ、訴追を必要としないと判断された事件については起訴猶予処分(不起訴処分の一種)にすることができる。検事でパス(パイ)してシャバに出られることから、俗に検パイ(けんパイ)とも呼ばれる。
- 起訴独占主義の例外
- 起訴独占主義の数少ない例外として準起訴手続(刑事訴訟法262条~269条)がある。これは、刑法、破壊活動防止法(破防法)、団体規制法(オウム規制法)における公務員の職権濫用などの罪について検察官が公訴を提起しない場合に、その罪の告訴・告発者が不服なときに裁判所に付審判を請求できる制度で、付審判制度の決定があったときは、公訴の提起があったものとみなされる(刑事訴訟法267条)。またこの時、裁判確定までの検察官としての職務は、裁判所が指定する弁護士(指定弁護士)が務めることとなり、この職務に当たる弁護士はいわゆる「みなし公務員」となる(刑事訴訟法268条)。
- さらに起訴独占主義の例外として2009年(平成21年)5月21日から検察官が不起訴にした事件で検察審査会が起訴相当を2回議決した場合も、公訴が提起されたものと看做され、指定弁護士が検察官の職務にあたる制度が設けられた。
なお、検察官に強い権限が集中していることから、公訴権と捜査権を分離した方が良いとする意見など、様々な批判が寄せられている。
任官
最高検察庁の検事総長(国務大臣待遇)・次長検事(大臣政務官待遇)、各高等検察庁の検事長(準副大臣・大臣政務官待遇)は認証官であり、内閣によって任免され天皇から認証される。
また、事件処理に必要な検察官が足りないとの理由の際に、法務大臣は区検察庁の検察事務官のうち一定の者にその庁の検察官の事務を取り扱わせており(検察庁法附則36条)、このような検察事務官を検察官事務取扱検察事務官という。
また、法務省設置法附則4項は、「当分の間、特に必要があるときは、法務省の職員(検察庁の職員を除く)のうち、百三十三人は、検事をもってこれに充てることができる。」と定めている。この規定に基づき、法務省の要職(官房長・局長レベルを含む)は検事(裁判所から出向した裁判官出身者が検事に任命された上で行われる場合もある)が検事としての官職のまま充て職(法務事務官の官職を兼ねず、検事の官職のみを有したまま法務省の職に就く)の形で占める例が多い(課長などの役職者とならない場合は「局付(きょくづき)検事」と呼ばれる)。ただし、法務事務次官については、検事出身者が、一時的に検事の官職を解かれて就任するのが慣例である。
欠格
検察庁法第20条により、以下に該当する者は検察官になれない。
罷免
検察官には政治的中立を求められるため、手厚い身分保障が与えられている。
検察官適格審査会の職務不適格議決(認証官である検事総長や次長検事や検事長については法務大臣の罷免勧告も要する)又は職務上義務違反、国民全体奉仕者にふさわしくない非行(日本国憲法第15条違反)による懲戒免職以外では検察官を意に反して辞めさせることはできない。
採用
検察官は、裁判官や弁護士と同様にして、原則として、法科大学院課程修了または司法試験予備試験合格を経て新司法試験に合格した者で最高裁判所司法研修所における修習(司法修習)を終えた者が検事として採用され、この者が「検察官」となる。
この他に検察事務官、裁判所書記官、警察官、皇宮護衛官、海上保安官、自衛隊警務官等を一定年数経験した者が、「副検事」として採用される場合や、3年以上法律学を研究する大学院が設置されている大学における法律学の教授・准教授であった者などから採用されることもある。
なお、法曹一元制をとっているアメリカ合衆国をはじめとした英米法圏においては、「検察官」は国や州に雇用された「弁護士(lawyer)」の一種という位置づけである。
名称
検察庁法に基づく職階制上の官名としては検事総長、次長検事、検事長、検事、副検事が、職名としては検事正、上席検察官があるが、単独の「検察官」という表記はこれらの総称であり、あるいは訴訟法上の地位であって官名・職名ではないため、辞令等での表記に「検察官」は用いられない。
ただし、検察官も「(旧)刑訴規則五六条二項にいわゆる官名と解することができる」とした判例がある。これに対し「検事」は身分を指す。
旧大日本帝国憲法下の官吏区分呼称であった勅任官・奏任官・判任官の名残で、検察庁の官吏には一級・二級・三級(算用数字でなく漢数字で表記)の別があり、検事長以上は一級、検事は一級または二級、副検事は二級となっている。各自に発せられる辞令に「検事一級」、「副検事二級」のように記載される。かつては、「一級に叙する」又は「二級に叙する」と叙級発令の形式であった。また、検察官以外の検察庁の官僚にも同様の区別があり、検事総長秘書官は二級、検察事務官は二級または三級、検察技官は二級または三級とすることとなっている。これらの級の区分はいずれも検察庁法に定められている。
検察官の官名
- 検事総長
- 検察官の職階の最高位にして最高検察庁の長であり、全ての検察庁の職員を指揮監督する(7条1項)。認証官である。
- 次長検事
- 検察官の職階の一つ。認証官である。最高検察庁に属し、検事総長を補佐する。また、検事総長に事故のあるとき、又は欠けたときは、その職務を行う(検察庁法第7条第2項)。「次長検事」の職は、一般的に、「検事長」より上位の職であるものの、検察官俸給法における報酬額については「検事総長」、「東京高等検察庁検事長」に次いで3番目であり、東京高等検察庁の検事長以外の検事長(その他の検事長)と同額である。
- ただし、給与体系=指揮命令系統上の階級ではないことに留意する必要がある。
- 検事長
- 検察官の職階の一つ。高等検察庁の長。認証官である。所属の高等検察庁、並びにその管轄区域内の地方検察庁及び区検察庁の職員を指揮監督する(8条)。なお、検察官俸給法における報酬額については、東京高等検察庁検事長は他の検事長とは区別されており、その俸給の額は検事総長についで2番目とされ、次長検事及び東京高等検察庁以外の検事長を上回る。
- 検事
- 検察官の職階の一つであり、検事一級と検事二級とに分かれる。検事一級の資格は法第19条、検事二級の資格は法第18条でそれぞれ規定されている。
- 副検事
- 検察官の職階の一つ。詳細は副検事の記事を参照。
検察官の職名
- 検事正
- 検察官の職名の一つで、地方検察庁の長。一級の検事をもって充てられる。所属の地方検察庁、並びにその管轄区域内の区検察庁の職員を指揮監督する(検察庁法第九条)。
- 次席検事
- 検察庁法ではなく、検察庁事務章程2条に定められている職。高等検察庁及び地方検察庁にそれぞれ1名が置かれ、その庁に所属する検察官の中から法務大臣が任命する。所属する庁の検事長又は検事正の職務を助け、また、検事長又は検事正に事故のあるとき、又は欠けたときは、その職務を臨時に行う。また、記者会見に出席し、発表を行う。
- 三席検事
- 検察庁事務章程四条三項、検察庁事務章程四条第四項に定められている職務。組織内に部が設置されない比較的規模の小さな地方の地方検察庁(非部制庁)にそれぞれ1名が置かれ、その庁に所属する検察官の中から法務大臣が任命する。所属する庁の検事正と次席検事の双方に事故のあるとき、又は欠けたときは、その職務を臨時に行う。
- 部長
- 検察庁事務章程6条に定められている職。最高検察庁、高等検察庁、東京地方検察庁、大阪地検等と言った首都圏内に位置する比較的規模の大きい地方検察庁、東京区検察庁には、庁ごとに検察庁事務章程別表第一において規定された部が設置される。その検察庁の部(臨時の部を除く)には、責任者として部長が置かれ、その庁に所属する検察官の中から、法務大臣により任命される。その部の所管事務を総括し、所属職員の指揮監督を行う。
- 各検察庁によって設置される部は異なるが、具体的には、総務部長、刑事部長、特別捜査部長、特別刑事部長、公安部長、交通部長、公判部長等がある。
- 支部長
- 検察庁事務章程三条に規定されている職務。高等検察庁支部、及び、地方検察庁支部にそれぞれ一名置かれ、その支部に勤務する検察官の中から法務大臣が任命する。支部に関する庁務を掌理し、支部職員を指揮監督する。
- 上席検察官
- 検察官の職名の一つ。2人以上の検事又は検事及び副検事の所属する区検察庁にそれぞれ1名置かれ、検事をもって充てられる。区検察庁の長として、職員を指揮監督する。
- 上席検察官の置かれない区検察庁においては、所属の検事又は副検事(副検事が2人以上属する場合は検事正の指定する副検事)が区検察庁の長として、職員を指揮監督する。
検察官同一体の原則と法務大臣の指揮権
検察官はそれぞれが検察権を行使する独任官庁である。検察官は刑事裁判における訴追官として審級を通じた意思統一が必要であることから、検察官は検事総長を頂点とした指揮命令系統に服する(検察官同一体の原則)。
検察官が事務の途中で交代しても、同一の検察官が行ったと同じ効果が発生する。また、検察捜査の殆どは地方検察庁の検察官が直接行うため、上級庁(最高検察庁と高等検察庁)は、地方検察庁から報告を受けて了承や指示はするものの、上級庁自身が逮捕をして直接捜査を担当することはほとんどない(例外として、1957年の売春汚職事件で「2人の代議士を収賄容疑で召喚」と誤報した読売新聞記者を名誉毀損罪で逮捕・取調べをした東京高等検察庁と、2010年に大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件で特捜部長・特捜副部長・主任検事を証拠偽造罪や犯人隠避罪で逮捕・取調べ・起訴をした最高検察庁がある)。
検察官は、例外を除き起訴権限を独占する(国家訴追主義)という極めて強大な権限を有し、刑事司法に大きな影響を及ぼしているため、政治的な圧力を不当に受けない様に、ある程度の独立性が認められている。端的なものが法務大臣による指揮権の制限である。
検察庁は行政機関であり、国家公務員法の規定に基づき、その最高の長である法務大臣は、当然に各検察官に対して指揮命令が可能だが、この指揮権については検察庁法により、「検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」として、具体的事案については、検事総長を通じてのみ指揮ができるとした(詳細は指揮権 (法務大臣)を参照)。前述の検察官同一体の原則から、検察官は検事総長を頂点とした指揮命令系統として、検察権は行政権に属して統一されている。
公訴権濫用論
原則として公訴権を検察官のみに付与し、広い裁量を認めていることから、権限濫用の危険性がある。 起訴が行われなかった場合には検察審査会が一応のチェック機能を果たすことが期待されている一方で、 起訴が行われた場合についての権限濫用の有無を判断する制度的な担保は存在していないことから、チェック機能が果たされない。
これら不当な起訴を行った場合には「公訴権の濫用」として公訴は棄却されるべきであるとする説が有力に唱えられた。
最高裁判所 (日本)は、原審が検察官の公訴権濫用を認定し公訴を棄却した事件の上告審において、 検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効とすることはありえるが、それは公訴提起自体が犯罪行為を構成するなどの限定的な場合に限られるとして極めて限定的な解釈を示した上で、検察官の上告を棄却し公訴棄却の原審判決を維持するという判示を行っている。
近年では、従来の公訴権濫用論から離れた新しい視点により、刑事手続きを打ち切ることを可能とする「手続きの打切り論」も唱えられている。
公判専従論
戦前、検察官は公判のみならず捜査の主宰者として強大な権限を有していたが、戦後における刑事訴訟制度の改革によって、アメリカ合衆国にならい、公訴機関と捜査機関を分離し、当事者が事実を裁判で争う弾劾的な捜査観が強く打ち出された。その結果、検察官から捜査権を排除し、公訴権のみを持たせて公判に専念させ、捜査については別個に専門の捜査機関が実施すべきであるとする公判専従論が1960年代に学識者から有力に主張された。公訴権と捜査権とを分離することにより、人権保護に繋がるという考えに基づいたものである。検察の捜査護持論は、実体的真実が捜査主宰の検察の手中にあり(公判中心主義の否定)、裁判所に対して検察官の心証を引き継ぐようにもとめ、また検面調書を重視するよう求めるものであり、戦後の当事者主義刑事裁判を形骸化すると批判された。検察捜査の必要性と警察の第一次捜査権限もともに承認されたが、新刑訴法が検察官に捜査権を認めたのも、当時の警察の状況からするいわば過渡期的措置であり、現在もなお、検察官の上塗り捜査による取り調べ・検面調書中心の状態が続いていることは、深く反省すべきとする主張もなされている。検察に比べ、警察のほうが人員や装備、科学捜査力などに優位があり、基本的、科学的な捜査については一般に警察が扱い、検察官は必要に応じ補充的な捜査を行っているが、検察官の厚い身分保障等から政治家の汚職や会社犯罪などについて自ら基本的捜査を行うことも必要であり、日本人は自白が多いことから、司法警察職員と検察官が重複して取り調べることは十分に意味があるとする意見もあり、実際、知能犯罪について行う検察官の独自捜査は一定の評価を受けている。だが、近年においては、検事による証拠捏造等、度重なる検察不祥事を背景に、公訴機関でもある検察官が直接捜査し、被疑者を逮捕した事件については、そのまま起訴されることが前提となっており、その結果、無理な捜査が行われているのではないかという批判や、検察部内で発生した不祥事案や検察官が関係する事件に対する捜査についても、検察自身で行うのは公平性に欠くとする批判も一部にある。ライブドア事件で検察と争った堀江貴文は、自身のブログで「検察の独自捜査権を奪うべきだ。その代わりFBI的な組織を警察庁に設ければいい。検察と警察がある程度パワーバランスをとってお互いに牽制しあう体制にすれば冤罪は減る」(2009-12-21)などの意見を述べている。また、検察制度に詳しい成城大学の指宿信教授は、検察へのチェック機能を働かせるために、公訴権と捜査権を分離することや、検察官の倫理規定の制定、査察制度の導入などを主張している。
他の捜査機関との関係
検察官は訴追機関であると同時に、あらゆる犯罪を捜査する権限も有する。
実際には、補充的な捜査にとどまることが多いが、捜査は公訴の提起(あるいは起訴便宜主義による処分等)をするための前段行為であり、公訴の提起に関する一切の権限は基本的に検察官が独占していることから、他の捜査機関(一般司法警察職員・特別司法警察職員)との関係で、検察官には一定の地位と権限が付与されている。
戦前、検察官は捜査を主宰するとされ、強い指揮権限が認められていた。もっとも、法の建前は別として、現実には通常の捜査は警察が主として行い、検察官は補充的な役割を担っていた。
警察と検察はその所属官庁を異にし、検察官の指揮権を実行あらしめるための身分上の監督権を与えなかったこともあって、検察官の指揮命令の徹底を欠き、現実には捜査の二元化をきたしていたともいわれている。戦後においては、公訴機関と捜査機関を原則としてそれぞれ分離し、人権保護が図られた。
その結果、警察は第一次捜査機関としての役割を担うこととなり、検察官と対等・独立の協力関係を確立したが、公訴提起・公判維持の観点から検察官には依然、一定の指揮権限を与えている。但し、警察官は正当な理由がある場合はこれを拒否できる。なお、不当な指示が行われて問題となったものとしては、平成13年、福岡高裁判事妻ストーカー事件で福岡地検が脅迫事件の被疑者が福岡高裁判事の妻であったため、逮捕の方針を任意捜査にするよう指示したとされる問題がある。同事案では、福岡地検次席検事が捜査情報を漏洩したとされ、警察との関係が著しく悪化し、検察は警察等の捜査関係機関に対する理解が十分でないとの批判を受け、法務省では警察官の活動等に対する理解を深めるための具体的方策を検討していくこととなった。本件については、平成13年3月、福岡高検検事長が福岡県警本部を訪れ、福岡県警本部長に謝罪した。また、平成22年には大阪地検の検事が大阪府警貝塚署の刑事に捜査報告書の改変をさせた事例があり、その後、当該検事は懲戒処分を受けたが、強い批判を招いた。平成23年には、福島地検が東北地方太平洋沖地震後に、福島県警察と十分な協議をせず一方的に勾留中の被疑者の釈放指揮を行ったが、釈放された被疑者の中には性犯罪者なども含まれていた他、釈放された後に建造物侵入で再び逮捕された者もおり、福島地検が地検庁舎を一時閉鎖していた事実と併せて国民の強い批判を浴びた。その結果、福島県警察との関係が悪化し、福島地検検事正が更迭される事態となった。
検察官は警察官等に対して、一般的指示権、一般的指揮権、具体的指揮権を有するほか、正当な理由がなくこれらの検察官の指揮に従わない場合、検事総長、検事長、検事正は従わない司法警察職員の懲戒の請求を公安委員会に対してすることができる。検察官自身には懲戒権限はない。
- 一般的指示(刑事訴訟法第193条1項)
- 検察官が管轄区域の司法警察職員に対し、公訴の遂行を全うするために行う一般的指示である。これは公訴提起及び維持に関わる限度での一般的準則を定めるおもで、例えば、捜査書類書式例などが検事総長名で指示されている。これはあくまでも一般的準則を定めるものであり、捜査を捜査として監視・監督するわけではない。また、一般的指示により、個々の事件捜査を直接指示することがないよう、昭和28年7月の第16回国会において付帯決議がなされている。
- 一般的指揮(刑事訴訟法第193条2項)
- 検察官が管轄区域の司法警察職員に対し、捜査の協力を求めるため必要な一般的指揮である。これは2つ以上の捜査機関が一つの事件を捜査する場合、その間の調整を目的としたものである。同時並行で競合して捜査する場合に、捜査の協力を求めるために必要な範囲で行われるものである一般的な調整権限である。
- 具体的指揮(刑事訴訟法第193条3項)
- 検察官が自身が独自に捜査を行う場合に、検察官の責任において司法警察職員を指揮して独自捜査を補助させるものである。補助命令とも呼ばれる。武装、訓練など、警察官でなければ実施が難しい捜査を補助するためのものであり、あくまでも警察官でなければ行い得ない補助を念頭においているものである。従って、単なる雑務等の補助を命ずる趣旨のものではなく、本来の警察業務に支障をきたすまでの補助を命ずることはできない。検察官と司法警察職員とが同一事件を捜査する場合、検察官が司法警察職員から引継ぎを受け、自らの指揮の下に捜査を行わせることが出来るという説も有るが、司法警察職員に第一次捜査権を付与しており、検察官と間は協力関係にあると定めていることから、法との整合性に疑問がある。これはあくまでも検察官が独自に捜査を行う場合に補助をさせるものであって、第一次捜査権を有する警察自身が捜査中の事件について具体的指揮を行うものではないと解される。
- 懲戒・罷免の訴追(刑事訴訟法第194条)
- 司法警察職員が上記、検察官の指示、指揮に正当な理由無く従わなかった場合に、検察官には司法警察職員を処分する権限はない。その管理者、懲戒・罷免権者にその訴追を求め得るだけである。この条文の反対解釈から、司法警察職員は正当な理由がある限り、検察官の指揮に従う必要はない。懲戒の請求はそれ自体が重大問題であることから、この請求権者は検事総長、検事長、検事正に限られており、現在まで一度も請求がなされたことはない。検事総長、検事長又は検事正自身には懲戒権限はないため、この正当性の判断は懲戒罷免権者が第一次捜査機関としての司法警察職員の責務を鑑み、独自に判断する事となっている。立法趣旨も「最後の決定権はすべて公安委員会または懲戒罷免権者にまかせる」こととされているところである。なお、公務員は上司の指揮命令に従う義務があることから、司法警察職員の組織上の上司の指揮と刑事訴訟法上の検察官の指揮のいずれかが優先されることになるか解釈が分かれているが、法の趣旨では、正当性の判断を公安委員会又は懲戒罷免権者に委ねているため、個々具体的に判断されることとなる。公安委員会の管理権と検察官の指揮権が相反する場合にどちらが優先されるかについては、あくまでも正当性の判断主体は公安委員会であること、法が公安委員会と検察官の関係を指揮関係ではなく、協力関係としていること、公安委員会は民主主義的意思を反映してること、警察の捜査は自治事務とされており、基本的運営は自治体が行い諸経費についても自治体が負担していること、検察官自身はあくまでも行政機関に過ぎないことなどから、最終的に公安委員会の管理権が優先される。公安委員会が懲戒の訴追を退けた場合、この決定は最終的のものであって、懲戒請求をした検察官はこれに従わざる得ず、当否を争う方法はない。もちろん、この場合においても検察官自身での独自捜査は可能である。この条文については、第一次捜査機関である司法警察職員の士気を低下させていないかどうか、通常、警察官の人事について権限を与えられていない公安委員会が刑事訴訟法上では人事権の一部である罷免・懲戒権限を与えられていることの矛盾など批判もある。これは司法警察活動(犯罪の捜査)に関してのものであり、行政警察活動(犯罪の鎮圧等)に関しては、ともに検察官の権限はなく、当然指揮の問題も発生しない。
検事総長を務めた伊藤栄樹は、自著『秋霜烈日』(朝日新聞社)で検察と警察との関係に触れ、「検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ」としている。
検察官の確認機能
- 検察審査会は、公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、選挙権を有する国民の中からくじで選ばれた検察審査員が、検察官が被疑者を起訴しなかったことの当否を審査し、また、検察事務の改善に関する建議又は勧告を行う。
- 検察官適格審査会は個々の検察官が職務遂行に適するか否かを審査する機関である。全ての検察官を3年ごとに定時審査するほか、法務大臣の請求により、または職権で各検察官を随時審査する。
アメリカ合衆国の検察官
アメリカ合衆国の検察官は、建国よりフランス式の検察官制度を採用したが、米国の司法制度においては官僚よりも弁護士あるいは公選された政治家としての性格が濃いとされる(刑事裁判も「x対y州事件」と呼ばれる)。日本の検事正の相当する地方検事や州検事は公選制が主である。ただ、弁護士との大きな違いは、刑事事件の原告官となるだけでなく、常に米国の検察官は連邦(国)や州や県の米国の訴訟代理人となる点に特色があるとされる。
関連項目
参考文献
- 平野龍一『刑事訴訟法』(有斐閣)
- 『法学セミナー増刊 現代の検察』(日本評論社)
- 別冊宝島編集部編『暴走する「検察」』(宝島社)
- 産経新聞特集部『検察の疲労』(角川書店)
- 魚住昭『特捜検察の闇』(文藝春秋)
- 郷原信郎『検察の正義』(ちくま新書)
- 野村二郎『日本の検察』(講談社現代新書)
- 秦野章『角を矯めて牛を殺すことなかれ』(光文社)
- 『コーポレート コンプライアンス季刊第18号 政治とカネと検察捜査』(講談社)