伊佐真琴
提供: Yourpedia
2011年5月7日 (土) 09:25時点におけるスイポ (トーク | 投稿記録)による版 (ページの作成: {{Infobox baseball player |選手名 = 伊佐 真琴 |所属球団 = |役職 = |背番号 = |国籍 = {{JPN}} |…)
伊佐 真琴 No.
| |
[[画像:|0275px|]] | |
基本情報 | |
---|---|
国籍 | 日本 |
出身地 | 沖縄県 |
生没年月日 | 1977年1月29日((2024-1977)+((12-1)*100+(18-29)>=0)-1歳) -
|
身長/体重 | cm/ kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 投打 |
守備位置 | 投手、外野手 |
プロ入り | |
出場期間 | - 出場中
|
年俸 | |
経歴 | |
| |
■テンプレート ■ウィキプロジェクト |
伊佐 真琴(いさ まこと、1977年1月29日 - )は、日本の元社会人野球選手。三菱重工長崎に所属していた。
人物・来歴[編集]
那覇商時代は、高い身体能力、140km/hに迫る速球、大きなカーブで注目を浴びた。2年生の新チームからエースとなり、3年生となる1994年春には学校初となるセンバツへの出場(1回戦か敗退)・夏の甲子園と連続出場(夏の大会も初出場)を果たした。夏の甲子園大会では横浜高校の超高校級スラッガーだった紀田彰一を4打席連続敬遠をして、勝利をしている。
翌1995年に三菱重工長崎に入社。右上手の力強いフォームからの150km/hに迫る速球、変化の大きいカーブ、スライダー、連投の利くスタミナを持ち合わせながら、速球の制球難に悩み、2003年秋には外野手に転向した。打球処理後の返球で投手仕込みの強肩を披露し、しばしば走者を釘付けにした。また、俊足を活かした代走出場も務め、「野球が楽しかった」と自ら語るほどのびのびとしたプレーを見せた。
2004年限りで現役を引退。現在は社業に就くかたわら、三菱重工長崎の応援団長を務めている。
外部リンク[編集]
- [ttp://www.love-baseball.com/ 三菱重工長崎硬式野球部-LOVE BASEBALL-] - 本人インタビューのページがある