山崎愛美
山崎 愛美(やまざき よしみ)とは、3歳と1歳の子供を1ヶ月間放置し、1歳の子供を餓死させた北海道苫小牧市の母親である。
「夜の仕事が楽しく、交際相手と一緒に住みたかったので、子どもを殺してしまおうと思った」と供述。2007年当時、21歳。
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苫小牧・白骨遺体、1歳児を数週間放置の母逮捕(2007年2月)
苫小牧市内の民家の物置から幼児の遺体が見つかった事件で、苫小牧署は2007年2月20日、死体遺棄の疑いで、同市高砂町一、無職山崎愛美(よしみ)(21)を逮捕した。遺体は同容疑者の三男・青空ちゃん(1歳)で、同署が司法解剖して死因などを調べている。
2006年秋ごろから少なくとも数週間、青空ちゃんを自宅に置いたまま外出し、死なせた疑いもあり、同署は保護責任者遺棄致死容疑でも追及する方針。遺体は当初、二男とみられていたが、二男は以前に死亡していたことが分かった。
事件は、山崎容疑者が子育てに悩んだ末、苫小牧市役所を訪れたのがきっかけで発覚したが、早い段階で自ら救いを求めていれば、悲劇を防げた可能性もあり、関係者にやるせなさが広がった。
山崎は2006年12月上旬、外出先から当時住んでいた同市旭町の市営住宅に戻ったところ、青空ちゃんの遺体を発見。対応に困り、遺体を段ボール箱に入れて、当時交際していた同市内の男性宅の物置内に遺棄した。
同容疑者は「自分勝手な行動から息子を死なせてしまい、気が動転した。警察に捕まりたくなくて遺体を移した」などと話し、容疑事実を認めている。
市営住宅の付近住民によると、2006年10月中旬から12月にかけて同容疑者の部屋から強い異臭が漂っていたという。同容疑者は当時、長男の陸斗ちゃん、三男の青空ちゃんと3人で暮らしていたが、子供を置いて家を留守がちにすることが多かった。
青空ちゃんは、同容疑者が長期間不在にして放置した間に餓死か病死したとみられる。目立った外傷はなかった。長男の陸斗ちゃんは現在、祖母と一緒におり、無事という。
同容疑者が退去後の市営住宅の室内に立ち入ったという住民は「部屋のあちこちがごみなどで汚れていた。罪のない子供がかわいそうだ」と複雑な表情を見せた。
同容疑者は2月に入って市営住宅を退去し現住所に転居後、子育てに悩み、苫小牧市に育児相談に訪れた。同市の依頼を受けて、室蘭児童相談所が対応に当たっていたが、同容疑者に青空ちゃんの所在を確認したところ、「三男はほかのところに預けてある」などとあいまいな説明に終始。不審に思った同相談所が同署に連絡し、事件が発覚した。
同相談所は、青空ちゃんが虐待を受けていた可能性があるとみて、保護に向けて準備を進めていただけに、「子供が犠牲になったことを非常に痛ましく感じる」(長野正稔所長)と悔やんでいる。
チャーハンが「最後の晩餐」。生ゴミ食べ生きていた長男
「幼子を2人きりにすれば2人とも餓死するはずだった」
苫小牧市の民家の物置から幼児の遺体が見つかった事件で、死体遺棄と殺人の罪で起訴された山崎愛美(21)は、当時1歳と3歳の男児の育児に嫌気がさし、2006年10月末、2人を残して家を出た。その前夜、冷蔵庫の残りものでつくったチャーハンを「最後の晩餐」として食べさせた。
山崎が自宅に戻ったのは、1カ月余り後の同12月4日。2人を置き去りにして、交際相手の家で暮らしていたが、1歳の青空(そら)ちゃんの遺体の腐乱化が進み、近所から悪臭の苦情が寄せられ、家の明け渡しを迫られていたため、通告されていた退去日に仕方なく戻った。
ドアを開けると。死んでいると思った長男が、飛び出してきて抱きついた。冷蔵庫の中にあった残飯やマヨネーズ、米、水、さらに生ゴミを食べて、生き延びていたのだ。冬だったが、昼間は暖房が自動的につくアパートだったため、凍死することもなかった。
3歳の長男は、自らの命をつなぐことはできたが、弟の世話まではできなかった。おむつもとれていないハイハイ歩きの赤ん坊の青空ちゃんは、1週間ほどで死亡したとみられる。暖房で腐乱化が進み、近所に悪臭が漏れた。
札幌地検の調べに対し、山崎は、「夜の仕事が楽しく、交際相手と一緒に住みたかったので、子どもを殺してしまおうと思った」と供述している。
母親が起訴事実認める。幼い兄弟置き去り餓死事件(2007年5月)
北海道苫小牧市の自宅に長男(現在4)と三男=当時(1)=を1カ月以上置き去りにし、三男を餓死させたなどとして、殺人と死体遺棄罪などに問われた無職山崎愛美(21)の初公判が28日、札幌地裁室蘭支部(杉浦正樹裁判長)で開かれ、山崎は「間違いありません」と起訴事実を認めた。
検察側は冒頭陳述で動機について「交際していた男性との別れ話などでうっせきする中、『ママ』と擦り寄ってきた子どもが煩わしくなり、殺すしかないと思った」と指摘、「自らの手で殺害するのを避けるため、放置して餓死させようと考えた」と述べた。
起訴状によると、山崎は2006年10月30日から12月4日にかけ、苫小牧市の自宅に長男陸斗ちゃんと三男青空ちゃんを置き去りにして青空ちゃんを餓死させ、段ボールに入れた遺体を知人宅の物置に放置した。
陸斗ちゃんは生のコメや冷蔵庫のマヨネーズ、ケチャップを食べて生き延びていた。
生ゴミ、生米くらって餓死免れた!鬼母に遺棄された5歳の「地獄絵」(2007年12月)
幼い長男・陸斗ちゃん(5)と三男・青空ちゃん(当時1)を自宅に1か月以上置き去りにし、青空ちゃんを死亡させて死体を遺棄したとして、母親に懲役15年の判決が下された。
生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいた。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ遅いよ」と駆け寄った。
「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の哀れ
苫小牧市の自宅に幼い長男と三男を1か月以上放置し、三男を死亡させて遺体を遺棄したとして、殺人と死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた無職・山崎愛美(21)の判決公判(杉浦正樹裁判長)が2007年12月18日、札幌地裁室蘭支部でひらかれ、懲役15年(求刑懲役20年)が言い渡された。
裁判長が「幼い兄弟の飢えと苦痛は想像を絶する。計画的で非情で残酷な犯行」とまで形容した、「置き去り」のおぞましい実情とはどんなものだったのか。弁護側は「(被告の)不幸な生い立ちや、経済的な困窮」を挙げて情状酌量を求めていたが、判決や各紙の報道などから見える事件の実態はまさしく「地獄絵図」である。
事件は山崎が2006年10月30日、自宅に鍵をかけた時から始まる。山崎は長男・陸斗ちゃんと三男・青空ちゃんの存在を疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えた。山崎はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいた。幼い青空ちゃんは餓死したが、陸斗ちゃんは生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズを食べて命をつないでいた。
山崎は裁判のなかで、陸斗ちゃんが生きていることに驚き、陸斗ちゃんは「ママ、遅いよ」と駆け寄ってきたと証言している。その後、山崎は三男の遺体を交際相手の家にある物置に遺棄した。自分を放置したにも係らず「ママ、遅いよ」と駆け寄る陸斗ちゃんの姿はなんとも哀れだ。しかし、生きていた陸斗ちゃんにとっては、弟の遺体を横に生活した体験は地獄ともいえる。
「(死んだ三男の)口の中に虫いっぱい入ってた」
山崎の母(46)に対して行った取材のなかで明らかになった、事件後に陸斗ちゃんが発したとされる言葉を次のように紹介している。
- 「ママ怖い」
- 「そら(青空)、動かない(『そら』は三男の名前)」
- 「口の中に虫いっぱい入ってた。ママ取ってた」
- 「ビニールかぶせた。口にガムテープ張った」。
陸斗ちゃんは青空ちゃんの傷んだ遺体を愛美被告が隠そうとする様子を見ていたとみられる。事件後には山崎が書き込んでいたと見られる携帯電話サイトがインターネット上で大きな話題を呼んでいた。そこには、
「あなたに逢えて、本当によかった(ハート)幸せ(ハート)愛してる(ハート)心から本当にそう思うよ(ハート)もぅ離さないでね」
と書かれていた。2人の幼子に向けたものではないことだけは確かだ。
厚生労働省が公表している児童相談所への児童虐待相談件数(2006年度)は3万7323件。そのうち育児を放棄する「ネグレクト」(保護の怠慢ないし拒否)は38.5%の1万4365件にも上る。
保育園と児童家庭課に突き放され
道内で児童虐待の悲劇が相次いでいる。責められるべきは身勝手な親だが、幼子の命を守るために、関係機関も教訓を得なければならない。
「楽しい生活がしたかった。もう面倒を見たくない、2人とも殺してしまえと思った」
苫小牧市の市営住宅に幼い兄弟を放置し、1人を死なせた母親の山崎愛美(よしみ)は、そう供述した。
中学時代に、非行に走り児童相談所に入所した。その後、結婚や出産、離婚を経験し、夜の仕事を転々とした。子供を残し、深夜のバーに顔を出して飲み始めることもしばしば。知人らには「(子供は)友人や母親に預けている」と話していた。
兄弟が市営住宅に残されていた間、山崎と暮らしていた男性(27)も「子供は預けていると言っていた。遊びたい盛りの女の子だった」と話した。
長男と青空ちゃんは2006年6月、公立保育園を退園した。休みがちで送り迎えもきちんとしないことから、実質的に退園させられた形だった。山崎は8月に再度、入園を申し込んだが、「定員オーバー」を理由に断られていた。
さらに、子供たちの置き去りを企てた10月末、山崎は仕事を始めたことなどを理由に、生活保護を打ち切られようとしていた。このころ、山崎は生活苦などから、市児童家庭課に「子供を預かってほしい」と相談していた。山崎は同課に、交際相手と同居していることや、夜の仕事をしているので面倒が見切れないと訴えた。
しかし、この訴えが災いした。男性との同居が「内縁関係」とみなされ、11月に入ると同課から児童扶養手当の解除を求められた。以後、山崎から児童家庭課への連絡は途絶えた。
ある市関係者は「児童家庭課が相談と手当受給の両方の窓口となっていることが問題。相談のつもりなのに手当の打ち切りを求められて、行き場を失ったのでは」と指摘する。
市幹部は「もっと頑張っている母親がいるのも現実。本人に『命を大切にする』という考えがなければ、どれだけ制度を整えても役に立たない」と話す。