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'''聖域なき構造改革'''(せいいきなきこうぞうかいかく)とは、[[日本]]の[[小泉内閣]](2001年 - 2006年)が掲げた[[経済政策]][[スローガン]]。'''小泉構造改革'''とも呼称した。また、当事者たちは[[新世紀]][[維新]]とも称していた<ref>[http://www8.cao.go.jp/town/video/index.html 新世紀維新の構造改革をめざして](小泉内閣:タウンミーティング)</ref>。
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<nowiki>'''聖域なき構造改革'''(せいいきなきこうぞうかいかく)とは、[[日本]]の[[小泉内閣]](2001年 - 2006年)が掲げた[[経済政策]][[スローガン]]。'''小泉構造改革'''とも呼称した。また、当事者たちは[[新世紀]][[維新]]とも称していた<ref>[http://www8.cao.go.jp/town/video/index.html 新世紀維新の構造改革をめざして](小泉内閣:タウンミーティング)</ref>。
  
 
発想そのものは[[新自由主義]]経済派の[[小さな政府]]論より発したものである。[[郵政民営化|郵政事業の民営化]]、[[道路関係四公団]]の民営化等、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねること、いわゆる「'''官から民へ'''」、また、国と地方の[[三位一体の改革]]、いわゆる「'''中央から地方へ'''」を改革の柱としている。
 
発想そのものは[[新自由主義]]経済派の[[小さな政府]]論より発したものである。[[郵政民営化|郵政事業の民営化]]、[[道路関係四公団]]の民営化等、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねること、いわゆる「'''官から民へ'''」、また、国と地方の[[三位一体の改革]]、いわゆる「'''中央から地方へ'''」を改革の柱としている。

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'''聖域なき構造改革'''(せいいきなきこうぞうかいかく)とは、[[日本]]の[[小泉内閣]](2001年 - 2006年)が掲げた[[経済政策]][[スローガン]]。'''小泉構造改革'''とも呼称した。また、当事者たちは[[新世紀]][[維新]]とも称していた<ref>[http://www8.cao.go.jp/town/video/index.html 新世紀維新の構造改革をめざして](小泉内閣:タウンミーティング)</ref>。 発想そのものは[[新自由主義]]経済派の[[小さな政府]]論より発したものである。[[郵政民営化|郵政事業の民営化]]、[[道路関係四公団]]の民営化等、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねること、いわゆる「'''官から民へ'''」、また、国と地方の[[三位一体の改革]]、いわゆる「'''中央から地方へ'''」を改革の柱としている。 == 概説 == === 「聖域」とは === 政府、自民党が用いた例としては以下の2例を記す。{{要出典範囲|date=2013年6月|主として、元[[内閣総理大臣|首相]]の[[小泉純一郎]]が所属していた[[清和政策研究会]]と対立関係にある旧[[経世会]]の権益に属する分野のことをさす}}。 # 「ここまで進んだ小泉改革」(首相官邸ホームページより)では、行財政改革のページ(郵政民営化を初めとする特殊法人改革を紹介。P35)で、「聖域なき改革」という言葉を使用。 # 「骨太の方針」説明の中の、予算の編成について「聖域なく見直しを行う」という言葉を使用<ref>[http://web.archive.org/web/20090903131612/http://www.jimin.jp/jimin/closeup/2011/closeup.html クローズアップ あなたの生活こうなります](2009年9月3日時点の[[インターネット・アーカイブ]])</ref>。 === 「構造改革」とは === [[構造改革]]という用語自体は[[イタリア共産党]]書記長の[[パルミロ・トリアッティ]]が[[第二次世界大戦]]後に打ち出した路線が根源であり、[[議会制民主主義]]の枠内で政治・経済体制などの基本構造を根本的に変更し、社会問題を解決するという方針に基づく大規模な社会改革を指している。 構造改革とは「[[潜在GDP]]そのもの」を拡大させるための政策である<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、41頁。</ref>。[[経済学者]]の[[竹中平蔵]]は「日本は、[[供給]]側を重視して生産性を高めていく政策を掲げなくてはならない。構造改革の本質は、供給側の強化である」と指摘している<ref>竹中平蔵 『あしたの経済学』 幻冬舎、2003年、105頁。</ref>。 == 「改革」の柱 == {{see also|骨太の方針}} ; 官から民へ * [[郵政民営化]] * [[道路公団民営化]] * [[市場化テスト]] * [[指定管理者制度]] * [[労働者派遣法]]の規制緩和 * [[独立行政法人]]や[[政策金融機関]]の統廃合 * [[構造改革特区]]や[[規制緩和]]の推進 ; 中央から地方へ {{Main|三位一体の改革}} * [[国庫|国庫支出金]]の改革 * [[地方交付税交付金]]の改革 * 税源移譲を含む税源配分の見直し ; その他の改革 * [[不良債権]]処理([[竹中プラン]]) * [[医療制度改革]] * [[特別会計]]改革 * [[自由貿易協定|FTA]]、[[経済連携協定|EPA]]の推進 * [[議員年金]]の廃止 等 == 経緯 == {{See also|構造改革#1940年体制}} 2001年5月5日、小泉純一郎首相は「所信表明演説」で「今の痛みに耐えて、明日を良くしようとする[[米百俵]]の精神こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないか」と述べた<ref>田中秀臣・安達誠司 『平成大停滞と昭和恐慌〜プラクティカル経済学入門』NHK出版〈NHKブックス〉、2003年、110頁。</ref>。 小泉個人は「構造改革なくして景気回復なし」と発言しており、郵政民営化や企業法整備などの日本国内の供給面での構造改革を通じた拡充と安定が日本経済の回復にも貢献すると考えていた。「改革」を巡っては、推進役として竹中平蔵を閣僚に起用し、[[骨太の方針]]などを発した[[経済財政諮問会議]]を[[司令塔]]として、[[自由民主党 (日本)|自民党]]の改革反対派議員や[[官公庁]]と対立することとなる{{Sfn|飯島勲|2006}}。 {{要出典範囲|自民党の一部の議員は郵政事業の民営化に反対したが、小泉の支持者達は反対派議員を十把一絡げにして「選挙に際して全国の特定局長OBによる組織『大樹』から支援を受けている為だ」と喧伝した。また、小泉内閣は財政の健全化のためとして[[公共事業]]費を削減しているが、これに対しても自民党議員の一部が反発した|date=2014年2月}}。 小泉はこうした構造改革に反対する議員達(後には、改革に反対する官庁なども含まれるようになる)を「[[抵抗勢力]]」と呼んだ。この抵抗勢力はあくまで小泉からの呼称という性格が強く、その議員や諸勢力が小泉と妥協する、あるいは小泉に屈服すると、小泉は「抵抗勢力が考えを改めて改革勢力に転換した」と称賛することもあった。郵政民営化に反対した[[亀井静香]]などは抵抗勢力の中心人物と目され、[[国民新党]]の結成と自民党からの除名へ発展した。ただし、自民党の[[自由民主党政務調査会|政務調査会長]]時代の公共事業の大幅削減実施や、[[運輸大臣]]としての道路公団入札改革などでは小泉による改革を先取りしていた。また、「抵抗勢力」と称された議員や諸団体の多くはこの用語を「小泉による[[レッテル]]貼り」として嫌う傾向があるが、亀井の場合はむしろ肯定的に受け入れ、自分こそが「真の改革派」と反論するために利用する場合もある。 公共事業の削減は地方経済の衰退、[[雇用]]の悪化を招くとする議論もあり、主に野党(政権を巡り対立)や[[労働組合]](公務員削減問題などで対立)、医師会([[診療報酬]]や医療費改革問題で対立)などは、本改革をさして「構造改悪」と揶揄したりした。 [[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|日米安全保障条約]]に基づいた[[在日米軍]]に対する財政支出(いわゆる「[[思いやり予算]]」)について依然として放漫に行われている(義務では無い)ことから、野党に「聖域ある構造改革」と揶揄されることがある。 [[2003年自由民主党総裁選挙]]では党内から「小泉おろし」が起こったが、小泉は「総裁選の私の方針が国政選挙の自民党の公約になる」と訴え、自民党総裁に再選された。 2005年夏には郵政民営化問題の衆議院審議に端を発した、[[衆議院解散]]、[[衆議院議員総選挙|総選挙]]が行われることになった(いわゆる[[小泉劇場]])。結果として自民党は大勝した。 しかし、国会[[召集]]後、相次いで[[一級建築士]]らによる[[構造計算書偽造問題]](耐震強度偽装問題)、[[ライブドア事件]]、[[村上ファンド]]事件、福井日銀総裁の株取引疑惑が明るみに出ると、規制緩和などの一連の「改革」の是非と企業倫理問題点が議論され{{要出典|date=2012年9月}}、それまで小泉内閣を支持していた国民の一部では小泉政権の「改革」を疑問視する声が出て、総選挙直後に比べて、支持率が減少するなどした。 「聖域なき構造改革」を提唱した小泉自身は[[2006年]][[9月]]に首相を退任。後任者である[[安倍晋三]]は就任後初の会見で「構造改革を加速させ、補強していきたい」と語り、政策面では基本的に小泉路線を継承した<ref>[http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2006/09/26press.html 安倍内閣総理大臣記者会見 2006年9月26日] 総理就任記者会見冒頭で「まず初めに、はっきりと申し上げておきたいことは、5年間小泉総理が進めてまいりました構造改革を私もしっかりと引き継ぎ、この構造改革を行ってまいります。」と述べ、むしろ加速させたいとの考えを示した。</ref>。 == 成果 == === 非公務員化と民営化 === {{See also|日本の民営化の一覧#聖域なき構造改革(2001-)}} 政府職員の[[非公務員化]]と[[民営化]]を推進し、国家公務員数を半減させた。 [[特殊法人等改革基本法]]を成立させ特殊法人等改革推進本部を設置し、「'''新独立行政法人の役職員は、原則として非国家公務員とする'''」方針を打ち出した。 {| class="wikitable" style="width:98%" |+ 2001年1月 政府職員数<ref name="safetyjapan">{{Cite report|author=日本再建のため行革を推進する700人委員会|title=独立行政法人は民営化か廃止すべき |journal=Safety Japan|date=2006-02-20 |url=http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/53/index.html}}</ref> |- ! [[行政機関]](除自衛官) 84.1万人 ! [[特殊法人]] 42.7万人 |} {| class="wikitable" |+ 2003年3月 政府職員数<ref name="safetyjapan" /> ! colspan=13| 行政機関 80.7 万人 ! colspan=2| 政府系機関 ! 民営化済 |- | 治安関係||国税||社保・労働||河川・道路・湾口||防衛(除自衛官)||入管・税関||登記||その他||国有林||[[日本郵政公社|郵政現業]]||造幣印刷||国立病院||国立学校||[[独立行政法人|独法]]||[[特殊法人]] || rowspan="2"| [[JR東日本]](7.5) <br>[[JR東海]](2.2)<br>[[JR西日本]](3.9) |- |style="text-align:right"| 4.9 ||style="text-align:right"|5.6 ||style="text-align:right"|4.1 ||style="text-align:right"|2.0 ||style="text-align:right"|2.4 ||style="text-align:right"|1.3 ||style="text-align:right"|1.2 ||style="text-align:right"|11.5 ||style="text-align:right"|0.6 ||style="text-align:right"|28.6 ||style="text-align:right"|0.7 ||style="text-align:right"|4.4 ||style="text-align:right"|13.4 ||style="text-align:right"|1.9 ||style="text-align:right"|26.1 |- |colspan=16 style="font-size:90%; text-align:right" | ※その他は、食料(9300)、統計(8200)、航空安全(6900)、気象(6100)、外交(5400)、特許(2500)など |} {| class="wikitable" |+ 2006年3月 政府職員数<ref name="safetyjapan" /> ! colspan=10| 公務員 66.4万人 ! colspan=4 rowspan=2 | 非公務員 |- ! colspan=8| 行政機関 33.2 万人 ! colspan=2| 公務員身分の[[外郭団体]] |- | 治安関係||国税||社保・労働||河川・道路・湾口||防衛(除自衛官)||登記||その他||国有林||特定独法||[[日本郵政公社|郵政公社]]||非特定独法||[[国立大学法人]]||特殊法人 |- |style="text-align:right"| 6.3 ||style="text-align:right"|5.6 ||style="text-align:right"|4.0 ||style="text-align:right"|2.9 ||style="text-align:right"|2.4 ||style="text-align:right"|1.2 ||style="text-align:right"|10.8 ||style="text-align:right"|0.5 ||style="text-align:right"|7.1 ||style="text-align:right"| 26.1 ||style="text-align:right"|5.1 ||style="text-align:right"|11.8 ||style="text-align:right"|18.9 |- |colspan=14 style="font-size:90%; text-align:right" | ※2007年に郵政公社は民営化された |} また、あわせて[[議員年金]]を廃止した。 === 特別会計改革と政策金融機関再編 === [[財政投融資]]改革を行い、それにあわせて不要となった[[特別会計]]の廃止・再編も行われた。 * 21あった[[特別会計]]を、18に統廃合。 * [[政府系金融機関]]の[[住宅金融公庫]]は独立行政法人[[住宅金融支援機構]]に、[[国民生活金融公庫]]・[[中小企業金融公庫]]・[[農林漁業金融公庫]]を統合し株式会社[[日本政策金融公庫]]に改組し、非公務員化された。 * [[郵政民営化]]を行い、官営金融であった[[郵便貯金]]・[[簡易保険]]は民営化され、残債は独立行政法人[[郵便貯金・簡易生命保険管理機構]]が引き継いだ。 === 地方への税源移譲 === '''[[三位一体の改革]]'''を行い、「[[義務的経費]]は全額移譲、その他の経費は8割を目処に移譲」を目指し、約3兆円の地方自治体への税源移譲が行われた{{Sfn|飯島勲|2006|pp=289-294}}。 === 規制緩和 === 2001年に政府は'''規制緩和推進3か年計画'''を閣議決定し、2003年時点で222件の規制緩和措置を行った。 新規参入規制(需給調整規制)の緩和 * [[酒類販売業免許]]を改正し、免許発行数を制限する「需給調整基準」規制を完全撤廃 * [[アルコール専売法]]を廃止<ref>第1条 アルコールノ製造、輸入、収納及売渡ノ権能ハ国ニ専属ス</ref>。代わって[[アルコール事業法]]を施行。 * [[卸売市場法]]を改正し、開設許可についての需給調整規制(17条2項2号)を廃止。 * [[割賦販売法]]を改正し、新規参入についての需給調整規制(15条3項)を削除。 * [[銀行法]]を改正し、新規銀行免許発行についての需給調整規制(4条2項3号)を削除。 * [[貨物自動車運送事業法]]を改正し、第一種貨物利用運送事業への参入については許可制を登録制に緩和。 従事資格の緩和 * [[農地法]]を改正し、株式会社による農地経営を解禁。 * [[医薬品]]について15製品群を[[医薬部外品]]に指定替えし、胃腸薬等を一般店舗で販売できるように。 行政手続の簡素化 * [[警備業法]]について5条を改正、公安委員会の警備業認定については「主たる営業所所在地」の管轄公安委一つのみの届出で済む。 * [[療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令]]を改正し、電子[[レセプト]]処理を大臣指定制から届出制に緩和。 資格免許制度の合理化 * [[税理士法]]を改正し、[[税理士試験]]受験資格について業務従事経験年数を一律3年に短縮。 * [[公認会計士法]]を改正し、[[公認会計士試験]]について特定者に課していた一次試験を撤廃、全員が二次試験からの受験に。 民活導入 * [[自動車損害賠償保障法]]を改正し、[[自動車損害賠償責任保険]]及び自動車損害賠償責任共済における政府[[再保険]]制度を廃止。 * [[道路交通法]]を改正し、民間人による[[駐車監視員]]制度を導入。 * [[会社法]]を改正し、[[株式会社]]の最低資本金を1円からに。 * [[地方自治法]]を改正し、[[指定管理者制度]]を新設。 * [[私立学校法]]を改正し、[[私立学校審議会]]委員の登用について割合・経歴身分・手続きを厳密に定めた制度を廃し各都道府県の判断で構成できるように、かつ[[財務諸表]]の公開を義務づけ。 === 医療制度改革 === {{See also|医療制度改革|日本医師会#医療制度改革を巡る論争}} 30兆円を超える[[医療費#国民医療負担|国民医療負担]]の膨張に歯止めを打つため、小泉は患者・医療機関・保険者の「三方一両損」による改定を指示し、以下の改定が行われた{{Sfn|飯島勲|2006|pp=81-100}}。 * 患者の自己負担割合を3割に改定 * 医療機関に対しては、[[診療報酬]]のマイナス2.7%改定を実施。 * [[協会けんぽ|政管健保]]の保険料率の値上げ。 == 「改革」による影響 == * 経済は、[[バブル崩壊]]以降の懸念であった[[不良債権]]処理を解決した企業・銀行の業績が回復し、[[ニューエコノミー]]への転換により活性化し、景気は一時的に上向いた([[第14循環]])。一方で転換の影響によって労働構造が変化(多数の熟練者を求める社会から、少数の創造的な社員と多数の単純作業を求める社会へと変化)し、多数の[[非正社員]]を生んだ<ref>[[山田昌弘]]『新平等社会』{{要ページ番号|date=2014年4月}}</ref>。2003-2007年の日本の就業形態別就労状況によると、[[派遣労働者]]の割合は2.7%増え、日本の労働人口約6600万人の中の約200万人となった<ref>三橋貴明 『経済ニュースの裏を読め!』 TAC出版、2009年、92頁。</ref>。正社員の割合は2001年から2006年の6年間に72%から67%にまで低下し、約230万人減少している<ref>総務省『労働力調査』</ref>。2002-2006年の5年間で、非正社員は320万人増加し、正社員は93万人減少している<ref>森永卓郎 『「騙されない!」ための経済学 モリタク流・経済ニュースのウラ読み術』 PHP研究所〈PHPビジネス新書〉、2008年、94頁。</ref>。[[労働者派遣法]]の改正は、短期的には失業率を減らし企業・労働者の双方に利益をもたらしたとされるが、長期的には[[派遣切り]]・[[ワーキングプア]]問題を生み出し「[[産業の空洞化]]」にもつながった<ref>多根清史 『ガンダムがわかれば世界がわかる』 宝島社〈宝島社新書〉、2013年、148頁。</ref>。 * 構造改革特区では地方での限定的な[[規制緩和]]を行い、一定の成果を挙げ、地方の景気や雇用の掘り起こしがなされた。 * [[社会福祉]]・[[公共サービス]]の縮小。 == 学者の見解 == 経済学者の[[ポール・クルーグマン]]は、2001年7月6日のコラムで「改革の中心は『銀行の不良債権処理』と『非効率な公共事業削減』であるが、今日本にある危機は非効率ではなく需要不足である。小泉改革は問題をさらに悪化させる可能性が高い。竹中大臣は、改革が最終的に需要サイドも改善すると主張していた。そうかもしれないがこれは無謀である。過激な政策は、それがうまくいくとの確信があって取られるものではなく、ひょっとするとうまくいくかもしれないとの思いで実行されるものである。小泉政権のスローガンは『改革か破滅か』である。うまくいくことを願うが、結果として『改革そして破滅』になる可能性が高い」と述べていた<ref>[http://shuchi.php.co.jp/article/1693 小泉元首相の「脱原発」論の不毛〔1〕]PHPビジネスオンライン 衆知 2013年11月19日</ref>。 経済学者の[[都留重人]]は、 #構造改革そのものが自己目的化している #不良債権処理、民営化などが[[潜在成長率]]を引き上げる根拠が乏しい などの批判をしている<ref>田中秀臣 『経済政策を歴史に学ぶ』 ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、111頁。</ref>。 経済学者の[[竹森俊平]]は、小泉政権の目的が事実上「何をしているのか解らない」状態であったと指摘している<ref>田中秀臣 『経済政策を歴史に学ぶ』 ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、47頁。</ref>。 経済学者の[[ジョセフ・E・スティグリッツ]]は「郵政民営化を大きな争点にしたことによって、より根本的な問題から目をそらすことになった」と指摘している<ref>田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、120頁。</ref>。 === 定義 === 経済学者の[[佐和隆光]]は「私の考えでは、構造改革とは日本の[[市場経済]]を自由、透明、公正なもにつくりかえる、つまり『市場主義改革』である。小泉構造改革の具体的中身は不良債権処理と財政改革であり、私の定義では構造改革ではない」と指摘している<ref>日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、309頁。</ref>。 経済学者の[[野口旭]]、[[田中秀臣]]は「構造改革そのものは、基本的に効率性促進を目的としたミクロ的政策である」と指摘している<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、29頁。</ref>。 田中秀臣は「構造改革とは資源の効率的配分を促す政策であり、[[マクロ経済政策]]([[財政政策]]・[[金融政策]])は景気を改善させるために用いる政策である。双方は目的が違うため、矛盾・対立するものではなく、むしろ補完関係になることが多い」と指摘している<ref>田中秀臣 『経済論戦の読み方』 講談社〈講談社新書〉、2004年、96-97頁。</ref>。田中は「循環的(短期的)視点と構造的(長期的)視点は対立するものではなく、双方それぞれの視点から見た適切な経済政策が割り当てられる」と指摘している<ref>田中秀臣 『経済論戦の読み方』 講談社〈講談社新書〉、2004年、40頁。</ref>。 経済学者の[[岩田規久男]]は「無駄をなくし生産性を高めるための経済政策としては、規制・ルールを変えて市場の性能を良くする構造改革を割り当てるべきである」と指摘している<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、43頁。</ref>。 === 不良債権処理 === 竹中平蔵は「不良債権処理は、景気をよくするための必要条件であるが、十分条件ではない」と指摘している<ref>竹中平蔵 『あしたの経済学』 幻冬舎、2003年、87頁。</ref>。 野口旭、田中秀臣は「不良債権は確かに銀行の信用創造機能を阻害するが、その処理さえすれば景気が回復すというわけではない」と指摘している<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、14-15頁。</ref>。 エコノミストの[[リチャード・クー]]は、経済の停滞は、不良債権によって銀行がリスクを恐れて[[貸し渋り]]を行っているため起きているのではないとしており、政府の強引な不良債権処理は、資産価格の下落を通じていっそう悪化してしまうと指摘していた<ref>田中秀臣 『経済論戦の読み方』 講談社〈講談社新書〉、2004年、56-57頁。</ref>。 [[森永卓郎]]は「1996年頃には、首都圏の商業地の地価はバブルが始まった1986年頃の水準に戻っている。つまり、バブルの調整は終わっている。1996年以降に発生している不良債権は、不動産価格の下落・景気低迷による経営悪化、つまり[[デフレーション]]の深化によるものである」と指摘している<ref>森永卓郎 『日本経済50の大疑問』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、42頁。</ref>。 野口旭、田中秀臣は「既存の不良債権をいくら処理しても、[[デフレ]]不況が解消されない限り、問題は解決しない」と指摘している<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、16頁。</ref>。 岩田規久男は「デフレ下で、銀行が不良債権を処理したからといって、[[債務不履行]]のリスクが小さく、高金利を払ってくれる成長企業が突然現れるわけではない」と指摘していた<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、239頁。</ref>。 [[中野剛志]]は「小泉改革で不良債権処理が成功したかのように言われているが、それは世界経済の景気拡大によって輸出主導で景気が回復したおかげに過ぎない。景気が回復したから、不良債権が減少したのであって、不良債権が減少したから景気が回復したのではない」と指摘している<ref>中野剛志 『レジーム・チェンジ-恐慌を突破する逆転の発想』 NHK出版〈NHK出版新書〉、2012年、82頁。</ref>。 === 格差拡大 === 原田泰は「小泉構造改革で格差が拡大したとよく言われるが、そもそも格差が拡大したという証拠がなく、構造改革によってどのような格差がどれだけ拡大したかという分析などはどこにもない。格差拡大は高齢化に伴う現象であり、高齢化の影響を調整してみると、格差は広がっていないというのが多くの経済学者の分析結果である」と指摘している<ref>[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3564 誤った認識で3本の矢を狂わせるな]WEDGE Infinity(ウェッジ) 2014年3月3日</ref>。 経済学者の[[八代尚宏]]は「小泉純一郎政権は、『官から民へ、国から地方へ』という明確な政策理念を掲げ、与党内で大きな抵抗を受けつつも、郵政民営化の公約を実現した。経済活性化のための不良債権処理や[[財政再建]]のための公共事業費削減など、あえて国民の痛みを伴う政策を進め、構造改革特区など地域主導の規制改革も盛り上げた。それにもかかわらず、小泉首相が退陣した後、『構造改革で格差が拡大した』という流言が広がった。しかし、小泉政権のどの政策が、どういったメカニズムで所得格差を拡大させたかという検証はまったくなされていない。小泉政権の[[市場原理主義]]で、[[所得格差]]が広がったと言われる。小泉政権の掲げた『新自由主義』とは、どの国にも存在していない『市場原理主義』ではない。従来の日本の『官僚制民主主義』を排し、新旧・内外の多様な事業者を対等な立場で競争させる『公平な審判』としての政府の役割を徹底させることに過ぎない」と指摘している<ref>[http://shuchi.php.co.jp/article/1145 いまこそ小泉構造改革に学ぶとき]PHPビジネスオンライン 衆知 2012年9月18日</ref>。 経済学者の[[大竹文雄]]は、もし派遣労働が自由化されていなければ、さらに悪い雇用形態に甘んじるか失業するかしか選択肢がなく、経済格差はもっと広がっていたと指摘している<ref>田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、47頁。</ref>。 日本の非正規雇用者の内、派遣社員の割合は5%である(2010年時点)<ref name="sekaiichi214">飯田泰之 『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで』 エンターブレイン、2010年、214頁。</ref>。経済学者の[[飯田泰之]]は「1990年代前半から非正規雇用者の数は増加している。非正規雇用者の増大は、2000年代に入ってからの小泉内閣の規制緩和によって起きたとは言えない。非正規雇用拡大の原因は、派遣労働の解禁ではなく、[[デフレ]]不況の影響によるものである」と指摘している<ref name="sekaiichi214" />。 [[勝間和代]]は「小泉改革による不良債権の処理と公共事業の削減は評価できる。ただし、デフレ下で社会保障の削減は乱暴であった。日本社会の底が抜けてしまい、医療・介護・教育・ワーキングマザーの問題など悪化した」と指摘している<ref>勝間和代 『自分をデフレ化しない方法』 文藝春秋〈文春新書〉、2010年、173頁。</ref>。 森永卓郎は「[[相続税]]の減税は、金持ちの子は金持ちになるということである。小泉改革は、[[機会平等|機会の平等]]と言っているが矛盾している」と指摘している<ref>森永卓郎 『「騙されない!」ための経済学 モリタク流・経済ニュースのウラ読み術』 PHP研究所〈PHPビジネス新書〉、2008年、108頁。</ref>。 === 潜在成長率 === 2001年秋以降、「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンは、「構造改革なくして経済成長なし」という表現に変化した<ref name="nihongata182" />。『平成13年度版 経済財政白書』の副題は、「改革なくして成長なし」であり、同白書の「成長」は、「潜在成長率」を指している<ref name="nihongata182" />。 野口旭、田中秀臣は「構造改革の意義とは、『現実のGDP』『現実の成長率』の改善ではなく、潜在GDP・潜在成長率の改善である」と指摘している<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、52頁。</ref>。 田中秀臣、[[安達誠司]]は「潜在成長率は『政策変数』ではなく、政府がコントロール可能な数字ではない。政府が『潜在成長率』を政策目標としてコントロールすることは妥当ではなく、その『結果』は極めて確実性に欠けるだろう」と指摘している<ref>田中秀臣・安達誠司 『平成大停滞と昭和恐慌〜プラクティカル経済学入門』NHK出版〈NHKブックス〉、2003年、46-47頁。</ref>。 ポール・クルーグマンは、構造改革が期待成長率を操作できるという見通しについて、「暗躍への跳躍」と批判していた<ref>田中秀臣 『経済政策を歴史に学ぶ』 ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、88頁。</ref>。 岩田規久男は「小泉首相は、構造改革による一時的な低成長は『痛み』を伴うと述べている。『改革なくして成長なし』とは『痛みなくして成長なし』と言っているに等しい」と指摘していた<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、238頁。</ref>。岩田は「民間投資が抑制されている分野での規制改革、都市再生を促す規制改革、民間投資を呼び込む公共投資などは、デフレ対策と矛盾しない需要創出型構造改革であり、長期的には投資された設備・社会資本が生産能力を高め、経済を成長させる」と指摘している<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、251頁。</ref>。 === 景気への影響 === 野口旭、田中秀臣は「構造改革の目的は、経済の供給側の効率化であり、景気回復ではない<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、9頁。</ref>」「構造改革が必要となるのは、政府の規制などによって、『資源配分の歪み』が生じており、社会的に望ましい生産・消費水準が達成できなくなっている状況においてである<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、30頁。</ref>」と指摘している。 田中秀臣は「景気を回復させる手段は、財政・金融政策というマクロ経済政策であり、構造改革ではない。[[ヤン・ティンバーゲン#ティンバーゲンの定理|政策の割り当て]]の錯誤に陥っているのが『構造改革なくして景気回復なし』である」と指摘している<ref name="nihongata182">田中秀臣 『日本型サラリーマンは復活する』 日本放送出版協会〈NHKブックス〉、2002年、182頁。</ref>。田中は「確かに規制緩和・民営化は重要であるが、デフレを放置したままではその効果は非常に限られてしまう。この政策では『総需要を増やす』『国民が使えるお金を増やす』といった視点が抜け落ちている。構造改革は、企業のシェア争いを激化させるだけの政策である」と指摘している<ref>田中秀臣・上念司 『震災恐慌!〜経済無策で恐慌がくる!』 宝島社、2011年、93頁。</ref>。 岩田規久男は「『政策の割り当て』を間違えて、構造改革を景気対策に割り当てると、『[[合成の誤謬]]』に陥り、構造改革自体が失敗する」「デフレを放置したまま構造改革を進めても、[[マクロ経済]]全体の安定にはつながらない。マクロ経済が安定して初めて、構造改革は成功する」と指摘していた<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、44頁。</ref>。岩田は「無駄をなくし、稀少な資源を効率的に使うことはもちろん重要であるが、需要が不足している状況で、無駄だけを削減しても、無駄と切り捨てられた人・土地・設備などが他の企業で有効利用されるとは限らない」「それらを他の企業に有効利用されるようにするためには、需要不足を解消するマクロ経済安定化政策が必要である」と指摘している<ref>岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、237頁。</ref>。 野口旭、田中秀臣は「構造改革やリストラ必要ではあるが、総需要が不足している状態では、むしろデフレを促進させる要因となる」と指摘している<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、181頁。</ref>。 森永卓郎は「小泉政権が標榜している『改革』の多くは、経済を縮小させていく『デフレ政策』である」と指摘していた<ref>森永卓郎 『日本経済50の大疑問』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、15頁。</ref>。 竹森俊平は「コイズミノミクスとは、一言でいって『輸出主導の経済成長』である。実際、小泉首相が就任してから、日本の輸出依存度(輸出額をGDPで割った値)は約2倍に拡大している」と指摘している<ref>[http://shuchi.php.co.jp/article/1857 [アベノミクス]一票の格差是正こそ最強の3本目の矢〔2〕]PHPビジネスオンライン 衆知 2014年3月20日</ref>。 経済学者の[[原田泰]]は「小泉政権・第1次安倍政権下では、[[公共投資]]が減少しているのが特徴的である。政府最終消費支出も横ばいであり、両者を合わせても政府支出は減少していた。すなわち、[[財政政策]]は抑制されていた中で[[GDP]]が伸びていたのである。小泉政権下の[[金融緩和]]と緊縮財政の組み合わせという政策が成功したことを再認識すべきである」と指摘している<ref>[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3650 公共事業が持つ景気抑制効果 第2の矢の再考を]WEDGE Infinity(ウェッジ) 2014年4月2日</ref>。 経済学者の[[高橋洋一 (経済学者)|高橋洋一]]は「小泉政権は、積極的な[[マクロ経済政策]]を行っていなかったが、税収の[[ビルト・イン・スタビライザー]]が機能し、受動的なマクロ経済政策となっていた。実際のデータを見る限り、[[ケインズ経済学|ケインズ的]]な景気した支え機能を持っていた」と指摘している<ref>田中秀臣 『経済政策を歴史に学ぶ』 ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、42-43頁。</ref>。 田中秀臣は「小泉政権の構造改革路線は、当初の改革路線が早々に放棄され、経済政策的に何もしなかったこと=目標の喪失が起きたと評価できる。[[財政政策]]の緊縮を避けたことと、[[為替介入]]がその後の景気回復に大きく貢献した」と指摘している<ref>田中秀臣 『経済政策を歴史に学ぶ』 ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、10頁。</ref>。また田中は「2003-2006年末まで回復基調だったと言われているが、偽物の景気回復でしかなかった。外需による輸出産業を中心に企業収益は改善したが、名目賃金はまったく伸びなかった。名目成長率が伸びない限り、所得水準は上がらないからである」と指摘している<ref>田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、18-19頁。</ref>。 === レントシーキング === 田中秀臣は「構造改革は慎重に進めないと、新たな権益を発生させる可能性がある。例えば、特定の集団・個人に企業を払い下げてしまえば、本来の構造改革と逆行することになる」と指摘している<ref>田中秀臣 『経済論戦の読み方』 講談社〈講談社新書〉、2004年、101頁。</ref>。 == 脚注 == <references/> == 参考文献 == * 飯島勲 『小泉官邸秘録』 日本経済新聞社、2006年。ISBN 4532352444。 == 関連項目 == * [[構造改革]] * [[行政改革]] ** [[増税なき財政再建]] * [[産業構造の転換]] * [[第14循環]] * [[失われた20年]] * [[労働ビッグバン]] * [[竹中平蔵]] * [[トリクルダウン理論]] * [[格差社会]] == 外部リンク == * [http://www.kantei.go.jp/jp/kouzoukaikaku/kouzoukaikaku.html 首相官邸 小泉構造改革] {{DEFAULTSORT:せいいきなきこうそうかいかく}} [[Category:スローガン]] [[Category:平成時代の政治]] [[Category:平成時代の経済]] [[Category:小泉純一郎]] [[Category:経済政策]]