「湯浅誠」の版間の差分
(新しいページ: '{{Otheruses|日本の運動家|同姓同名の中国問題の評論家|湯浅誠 (中国評論家)}} '''湯浅 誠'''(ゆあさ まこと、1969年 - )は、内閣府...') |
細 |
||
1行目: | 1行目: | ||
− | + | '''湯浅 誠'''(ゆあさ まこと、[[1969年]] - )は、内閣府政策参与・社会運動家・活動家・[[自立生活サポートセンター・もやい]]事務局長・[[反貧困ネットワーク]]事務局長。[[東京都]][[小平市]]出身。21世紀初頭に顕在化した日本の[[貧困]]問題に関する活動と発言を続け、「機会の平等」より「結果の平等」を訴え続けている[[プロ市民]]である。 | |
− | '''湯浅 誠'''(ゆあさ まこと、[[1969年]] - )は、内閣府政策参与・社会運動家・活動家・[[自立生活サポートセンター・もやい]]事務局長・[[反貧困ネットワーク]] | + | |
− | + | ||
[[Image:湯浅誠 1.jpg|300px|thumb|湯浅誠]] | [[Image:湯浅誠 1.jpg|300px|thumb|湯浅誠]] | ||
[[Image:湯浅誠 2.jpg|300px|thumb|湯浅誠]] | [[Image:湯浅誠 2.jpg|300px|thumb|湯浅誠]] | ||
14行目: | 12行目: | ||
== 経歴 == | == 経歴 == | ||
− | + | 新聞社勤務の父と、小学校教諭の母の間に生まれる。1988年に武蔵高等学校卒業後、1浪して東京大学に入学。児童養護施設のボランティアや映画鑑賞にのめりこんで授業にはあまり出席せず単位もろくにとれない有様だったが、5回生の夏に一念発起し学者を志して勉学に集中、一時的にボランティア活動から離れた。 | |
1995年の法学部卒業後は他大学の大学院に籍を置いた。翌1996年、東京大学大学院法学政治学研究科に入学、日本思想史の研究に従事し、活動と勉学を両立させていたが、父の死などをきっかけに2003年に単位取得退学、活動に専念した。 | 1995年の法学部卒業後は他大学の大学院に籍を置いた。翌1996年、東京大学大学院法学政治学研究科に入学、日本思想史の研究に従事し、活動と勉学を両立させていたが、父の死などをきっかけに2003年に単位取得退学、活動に専念した。 | ||
*[[1995年]]、大学院在学中から[[ホームレス]]支援などに関わる。 | *[[1995年]]、大学院在学中から[[ホームレス]]支援などに関わる。 | ||
*[[2000年]]、炊き出しの米を集める「[[フードバンク]]」を設立。 | *[[2000年]]、炊き出しの米を集める「[[フードバンク]]」を設立。 | ||
− | *[[2001年]]、ホームレスを支援する「[[自立生活サポートセンター・もやい]] | + | *[[2001年]]、ホームレスを支援する「[[自立生活サポートセンター・もやい]]」設立。「もやい」事務局長職は無給であり、大学院を辞めてからは毎月数万円で生活していたが、『貧困襲来』発表後、講演会などの収入で多少は持ち直したという。 |
*[[2003年]]、便利屋「[[アジア・ワーカーズ・ネットワーク]]」設立。 | *[[2003年]]、便利屋「[[アジア・ワーカーズ・ネットワーク]]」設立。 | ||
*[[2007年]]、「反貧困ネットワーク」結成を呼びかける。時の[[特命担当大臣]]・[[竹中平蔵]]の発言「日本に絶対的な意味での貧困は存在しない」に反論する論文を雑誌に掲載したことがきっかけで編集者に声をかけられ、[[山吹書店]]から『貧困襲来』を著す。 | *[[2007年]]、「反貧困ネットワーク」結成を呼びかける。時の[[特命担当大臣]]・[[竹中平蔵]]の発言「日本に絶対的な意味での貧困は存在しない」に反論する論文を雑誌に掲載したことがきっかけで編集者に声をかけられ、[[山吹書店]]から『貧困襲来』を著す。 | ||
27行目: | 25行目: | ||
==主張== | ==主張== | ||
===「五重の排除」=== | ===「五重の排除」=== | ||
− | 湯浅は自身の活動経験から、元首相[[小泉純一郎]]による「[[聖域なき構造改革]] | + | 湯浅は自身の活動経験から、元首相[[小泉純一郎]]による「[[聖域なき構造改革]]」以降の日本社会で顕在化した貧困において、個々の人間が貧困状況に追い込まれるプロセスには5つの排除構造が存在すると主張している。 |
;教育課程からの排除 | ;教育課程からの排除 | ||
− | :親世代が貧困状態である場合、その子供たちは多くの場合中卒あるいは高校中退で社会に出なければならず、社会的階層上昇(貧困脱出)のための技術や知識・学歴を獲得することが極めて難しい。この背景には、日本が[[経済協力開発機構|OECD]] | + | :親世代が貧困状態である場合、その子供たちは多くの場合中卒あるいは高校中退で社会に出なければならず、社会的階層上昇(貧困脱出)のための技術や知識・学歴を獲得することが極めて難しい。この背景には、日本が[[経済協力開発機構|OECD]]加盟諸国の中でも、学校教育費への公的支出のGDP比が下から2番目という、教育関係への公的支出が極端に少ない国であるという問題がある。 |
;企業福祉からの排除 | ;企業福祉からの排除 | ||
:小泉構造改革によって激増した[[非正規雇用]]の人々は、正規雇用の人々に与えられている[[雇用保険]]や[[社会保険]]、企業による福利厚生、安定した雇用などから排除されており、容易に貧困状態に滑り落ちてしまう。 | :小泉構造改革によって激増した[[非正規雇用]]の人々は、正規雇用の人々に与えられている[[雇用保険]]や[[社会保険]]、企業による福利厚生、安定した雇用などから排除されており、容易に貧困状態に滑り落ちてしまう。 | ||
35行目: | 33行目: | ||
:低負担・低福祉である日本社会では[[親族]]間の相互扶助が、社会的転落を防ぐ[[セーフティーネット]]としての重要な役割を果たしているが、貧困状態に陥る人々はもともと頼れる家族・親族がいない(たとえば家族・親族も[[ワーキングプア]]であるなど)ことが多い。 | :低負担・低福祉である日本社会では[[親族]]間の相互扶助が、社会的転落を防ぐ[[セーフティーネット]]としての重要な役割を果たしているが、貧困状態に陥る人々はもともと頼れる家族・親族がいない(たとえば家族・親族も[[ワーキングプア]]であるなど)ことが多い。 | ||
;公的福祉からの排除 | ;公的福祉からの排除 | ||
− | :「ヤミの[[北九州]]方式(水際作戦)」に代表されるように、現在の日本では[[生活保護]] | + | :「ヤミの[[北九州]]方式(水際作戦)」に代表されるように、現在の日本では[[生活保護]]担当の公務員は、申請者をあれこれ理由を付けて追い返す、門前払いにすることばかりに力を入れており、いよいよ追い詰められた状況でも生活保護受給にたどりつけない者が非常に多い。湯浅は現在、生活保護受給資格があるにもかかわらず「水際作戦」などによって生活保護から排除されている人々(漏給と呼ばれる)を600万人から850万人と見積もっている([[生活保護問題#水際作戦]]も参照)。 |
;自分自身からの排除 | ;自分自身からの排除 | ||
:上に述べた4つの[[社会的排除]]に直面した結果、自分自身の存在価値や将来への希望を見つけられなくなってしまう状態を言う。 | :上に述べた4つの[[社会的排除]]に直面した結果、自分自身の存在価値や将来への希望を見つけられなくなってしまう状態を言う。 | ||
===「自己責任の過剰」=== | ===「自己責任の過剰」=== | ||
− | 湯浅は日本社会に特徴的な病理として「[[自己責任]]」論を厳しく批判する。湯浅によると、日本社会に蔓延する自己責任論は、自他の持つ社会資本の格差(親の所得格差、人脈の有無など本人の努力以外の部分で社会における有利不利を決定づけるもの)を見落としているという。またこうした自己責任論はいわゆる「負け組」の人々においても内面化されてしまっており、所持金が底を尽きどうにもならなくなるまで「自己責任」で頑張り過ぎる者が非常に多いと湯浅は指摘している。「負け組」におけるこのような自己責任論の内面化の弊害として、より早い段階で各種の支援事業にアクセスすれば防げる事態の悪化([[自己破産]]や一家離散、[[自殺]]、[[無理心中]] | + | 湯浅は日本社会に特徴的な病理として「[[自己責任]]」論を厳しく批判する。湯浅によると、日本社会に蔓延する自己責任論は、自他の持つ社会資本の格差(親の所得格差、人脈の有無など本人の努力以外の部分で社会における有利不利を決定づけるもの)を見落としているという。またこうした自己責任論はいわゆる「負け組」の人々においても内面化されてしまっており、所持金が底を尽きどうにもならなくなるまで「自己責任」で頑張り過ぎる者が非常に多いと湯浅は指摘している。「負け組」におけるこのような自己責任論の内面化の弊害として、より早い段階で各種の支援事業にアクセスすれば防げる事態の悪化([[自己破産]]や一家離散、[[自殺]]、[[無理心中]]など)を湯浅は挙げている。 |
==著書== | ==著書== | ||
55行目: | 53行目: | ||
*『反貧困と派遣切り 派遣村がめざすもの』 [[福島みずほ]]共著, 七つ森書館, 2009年 | *『反貧困と派遣切り 派遣村がめざすもの』 [[福島みずほ]]共著, 七つ森書館, 2009年 | ||
*『正社員が没落する』 [[堤未果]]との共著 角川新書 | *『正社員が没落する』 [[堤未果]]との共著 角川新書 | ||
− | |||
− | |||
− | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
64行目: | 59行目: | ||
*[[自立生活サポートセンター・もやい]] | *[[自立生活サポートセンター・もやい]] | ||
*[[リプラス]] | *[[リプラス]] | ||
+ | *[[プロ市民]] | ||
==外部リンク== | ==外部リンク== | ||
83行目: | 79行目: | ||
[[Category:東京都出身の人物]] | [[Category:東京都出身の人物]] | ||
[[Category:1969年生]] | [[Category:1969年生]] | ||
+ | [[Category:日本の左翼]] |
2011年10月15日 (土) 22:01時点における最新版
湯浅 誠(ゆあさ まこと、1969年 - )は、内閣府政策参与・社会運動家・活動家・自立生活サポートセンター・もやい事務局長・反貧困ネットワーク事務局長。東京都小平市出身。21世紀初頭に顕在化した日本の貧困問題に関する活動と発言を続け、「機会の平等」より「結果の平等」を訴え続けているプロ市民である。
学歴[編集]
経歴[編集]
新聞社勤務の父と、小学校教諭の母の間に生まれる。1988年に武蔵高等学校卒業後、1浪して東京大学に入学。児童養護施設のボランティアや映画鑑賞にのめりこんで授業にはあまり出席せず単位もろくにとれない有様だったが、5回生の夏に一念発起し学者を志して勉学に集中、一時的にボランティア活動から離れた。 1995年の法学部卒業後は他大学の大学院に籍を置いた。翌1996年、東京大学大学院法学政治学研究科に入学、日本思想史の研究に従事し、活動と勉学を両立させていたが、父の死などをきっかけに2003年に単位取得退学、活動に専念した。
- 1995年、大学院在学中からホームレス支援などに関わる。
- 2000年、炊き出しの米を集める「フードバンク」を設立。
- 2001年、ホームレスを支援する「自立生活サポートセンター・もやい」設立。「もやい」事務局長職は無給であり、大学院を辞めてからは毎月数万円で生活していたが、『貧困襲来』発表後、講演会などの収入で多少は持ち直したという。
- 2003年、便利屋「アジア・ワーカーズ・ネットワーク」設立。
- 2007年、「反貧困ネットワーク」結成を呼びかける。時の特命担当大臣・竹中平蔵の発言「日本に絶対的な意味での貧困は存在しない」に反論する論文を雑誌に掲載したことがきっかけで編集者に声をかけられ、山吹書店から『貧困襲来』を著す。
- 2008年12月、著書『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』にて平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞、大佛次郎論壇賞を受賞。同月31日には、社会問題化したいわゆる「派遣切り」への緊急対策として、他のNPOと協力の上で日比谷公園に「年越し派遣村」を開設。“村長”として運営を取り仕切った。
- 2009年10月、菅直人副総理大臣兼国家戦略担当大臣に要請され、内閣府へ政策参与として参加が内定。
主張[編集]
「五重の排除」[編集]
湯浅は自身の活動経験から、元首相小泉純一郎による「聖域なき構造改革」以降の日本社会で顕在化した貧困において、個々の人間が貧困状況に追い込まれるプロセスには5つの排除構造が存在すると主張している。
- 教育課程からの排除
- 親世代が貧困状態である場合、その子供たちは多くの場合中卒あるいは高校中退で社会に出なければならず、社会的階層上昇(貧困脱出)のための技術や知識・学歴を獲得することが極めて難しい。この背景には、日本がOECD加盟諸国の中でも、学校教育費への公的支出のGDP比が下から2番目という、教育関係への公的支出が極端に少ない国であるという問題がある。
- 企業福祉からの排除
- 小泉構造改革によって激増した非正規雇用の人々は、正規雇用の人々に与えられている雇用保険や社会保険、企業による福利厚生、安定した雇用などから排除されており、容易に貧困状態に滑り落ちてしまう。
- 家族福祉からの排除
- 低負担・低福祉である日本社会では親族間の相互扶助が、社会的転落を防ぐセーフティーネットとしての重要な役割を果たしているが、貧困状態に陥る人々はもともと頼れる家族・親族がいない(たとえば家族・親族もワーキングプアであるなど)ことが多い。
- 公的福祉からの排除
- 「ヤミの北九州方式(水際作戦)」に代表されるように、現在の日本では生活保護担当の公務員は、申請者をあれこれ理由を付けて追い返す、門前払いにすることばかりに力を入れており、いよいよ追い詰められた状況でも生活保護受給にたどりつけない者が非常に多い。湯浅は現在、生活保護受給資格があるにもかかわらず「水際作戦」などによって生活保護から排除されている人々(漏給と呼ばれる)を600万人から850万人と見積もっている(生活保護問題#水際作戦も参照)。
- 自分自身からの排除
- 上に述べた4つの社会的排除に直面した結果、自分自身の存在価値や将来への希望を見つけられなくなってしまう状態を言う。
「自己責任の過剰」[編集]
湯浅は日本社会に特徴的な病理として「自己責任」論を厳しく批判する。湯浅によると、日本社会に蔓延する自己責任論は、自他の持つ社会資本の格差(親の所得格差、人脈の有無など本人の努力以外の部分で社会における有利不利を決定づけるもの)を見落としているという。またこうした自己責任論はいわゆる「負け組」の人々においても内面化されてしまっており、所持金が底を尽きどうにもならなくなるまで「自己責任」で頑張り過ぎる者が非常に多いと湯浅は指摘している。「負け組」におけるこのような自己責任論の内面化の弊害として、より早い段階で各種の支援事業にアクセスすれば防げる事態の悪化(自己破産や一家離散、自殺、無理心中など)を湯浅は挙げている。
著書[編集]
自著[編集]
- 『あなたにもできる! 本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』 同文舘出版, 2005年8月, ISBN 4495568612
- 『貧困襲来』 山吹書店, 2007年7月, ISBN 4903295109
- 『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』 岩波新書, 2008年4月, ISBN 4004311241
- 『どんとこい、貧困!』 理論社
共著[編集]
- 『もうガマンできない! 広がる貧困』 宇都宮健児、猪股正共著, 明石書店, 2007年7月、ISBN 4750325848
- 『働けません。「働けません。」6つの“奥の手”』 日向咲嗣、吉田猫次郎、李尚昭、春日部蒼、しんぐるまざあず・ふぉーらむ共著, 三五館, 2007年12月, ISBN 4883204073
- 『1995年 未了の問題圏』 中西新太郎編, 雨宮処凛, 中島岳志, 栗田隆子, 杉田俊介共著, 大月書店, 2008年9月, ISBN 427233056X
- 『反貧困と派遣切り 派遣村がめざすもの』 福島みずほ共著, 七つ森書館, 2009年
- 『正社員が没落する』 堤未果との共著 角川新書