「東洋ボール殺人事件」の版間の差分
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被害者・小笠原一也の姿は見るも無残に変わり果てており、頭部はバスケットボール状に腫れあがり、舌は半分ちぎれ、全身青あざだらけで、「確認してくれ」と警察に呼びだされた被害者の父親が「確認できない」と答えるしかなかったほどである。 | 被害者・小笠原一也の姿は見るも無残に変わり果てており、頭部はバスケットボール状に腫れあがり、舌は半分ちぎれ、全身青あざだらけで、「確認してくれ」と警察に呼びだされた被害者の父親が「確認できない」と答えるしかなかったほどである。 | ||
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「伊藤リオンと、グループのリーダーの両親だけが500万円を1回で払って、あとの5~6人の家族が200万円ずつぐらいかな。あとは一銭も払ってもらってません<ref>[http://www.news-postseven.com/archives/20101225_9143.html リオン容疑者らに息子殺された父「リオンは筋の通ったワル」]女性セブン2011年1月6・13日号。</ref>」 | 「伊藤リオンと、グループのリーダーの両親だけが500万円を1回で払って、あとの5~6人の家族が200万円ずつぐらいかな。あとは一銭も払ってもらってません<ref>[http://www.news-postseven.com/archives/20101225_9143.html リオン容疑者らに息子殺された父「リオンは筋の通ったワル」]女性セブン2011年1月6・13日号。</ref>」 | ||
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+ | 小笠原一也の高校時代の同級生の女の子が、この事件に大きなショックを受けて精神を病み、最終的に2001年7月30日にオーストリアのウィーンで精神分裂症の自称指揮者の男と共に、ドナウ川に身を投げ自殺した。「私は19歳で死ぬ」と周囲に漏らしており、実際にその通りになった。 | ||
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+ | 自殺の仕方があまりにもセンセーショナルだったので、作家の大崎善生の目に留まり『ドナウよ、静かに流れよ』というノンフィクション小説の題材になっている。 | ||
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2018年1月11日 (木) 20:57時点における版
東洋ボール殺人事件(トーヨーボールさつじんじけん)は、暴走族・関東連合と狂走連盟との抗争中、無関係の少年が殺害された事件である。未成年グループが起こした殺人事件というだけでなく、犯行に使われた車が女優三田佳子名義のものだったことでも世間の注目を集めた。
事件の概要
2000年5月13日午前1時ごろ、大田区池上3丁目のボウリング場「トーヨーボール」の駐車場において、友人たちとダンスの練習をしていた寿司職人見習いの少年・小笠原一也(18)は、突然20数人の暴走族グループ(関東連合)に襲撃される。友人たちは血まみれになりながらも散り散りに逃げだし、小笠原一也も自分の車に飛び乗り逃げ出そうとするも、慌ててギアを入れ間違えてガードレールに乗り上げてしまった。関東連合はタイヤが宙に浮き身動きが取れなくなった車に群がり、運転席から小笠原一也を引きずり出す。なおもガードレールに必死にしがみ付き「勘弁してください!、勘弁してください!」と懇願する小笠原一也に殴る蹴るの暴行を加えた上、頭部をマグライトで殴打、乗ってきた車に強引に押し込み連れ去った。関東連合は世田谷市場の空き地に小笠原一也を連れ込み、約1時間半にも渡っておぞましい暴力を繰り広げる。やがて全く動かなくなった小笠原一也を再び車に乗せ、慈恵医科大学の看護婦寮の前に置き去りにして逃げ去った。偶然通りかかったタクシー運転手が瀕死の被害者を見つけ通報、救急車で杏林大学病院に搬送されるも脳挫傷で14日夜に死亡した。
被害者・小笠原一也の姿は見るも無残に変わり果てており、頭部はバスケットボール状に腫れあがり、舌は半分ちぎれ、全身青あざだらけで、「確認してくれ」と警察に呼びだされた被害者の父親が「確認できない」と答えるしかなかったほどである。
被害者の父親の証言
10年前、東京大田区で暴走族グループ23人が、敵対する暴走族グループと間違えてまったく関係のない少年5人を突然襲撃する事件が発生した。襲われた少年たちのなかの1人Aさんは、約1時間半に渡り拉致され暴行を受けたあと解放されたが、脳挫傷で間もなく死亡した。
この事件で、傷害致死容疑で逮捕された暴走族グループのなかに、市川海老蔵殴打事件で逮捕された伊藤リオン容疑者(27)がいた。亡くなったAさんの父親・Bさんを訪ねると、10年前にリオン容疑者が関与したこの事件の顛末を聞いた。
大切な息子を失ったBさんの悲しみは底知れない。しかし、リオン容疑者に対しての恨み言は出てこなかった。
「伊藤リオンは、『申し訳ないことをした』『(亡くなったAさんが)毎晩夢に出てくる』っていって、とても反省してるといっているって聞いたよ。今回の事件(海老蔵殴打事件)があって、段ボール箱をひっくり返して当時の調書を読み返したんだよ。彼はそんなに芯から悪い人間じゃないと思いますよ。ワルはワルなんだけども、筋は通っている。警察や検事の供述書類を見ても、きっちりと事件のことを振り返って正直に話している。他の暴行犯の証言と比べてもあの男だけは正直だった。素直な感想もいっていたしね。そこで嘘をついているかどうかは、他の22人の供述と照らし合わせればすべてわかりますからね」
Bさんは息子の死を受けて、犯人グループ23人に対して、1人一律500万円の損害賠償請求の裁判を起こした。 他の人が「出所して真面目に払います」といったり、親が「息子が刑期を終えて出てきたら払わせます」といってうやむやにしてしまうなか、リオン容疑者はその賠償金もすぐに払ったという。
「伊藤リオンと、グループのリーダーの両親だけが500万円を1回で払って、あとの5~6人の家族が200万円ずつぐらいかな。あとは一銭も払ってもらってません[1]」
被害者と仲が良かった女の子も自殺
小笠原一也の高校時代の同級生の女の子が、この事件に大きなショックを受けて精神を病み、最終的に2001年7月30日にオーストリアのウィーンで精神分裂症の自称指揮者の男と共に、ドナウ川に身を投げ自殺した。「私は19歳で死ぬ」と周囲に漏らしており、実際にその通りになった。
自殺の仕方があまりにもセンセーショナルだったので、作家の大崎善生の目に留まり『ドナウよ、静かに流れよ』というノンフィクション小説の題材になっている。
関連項目
TOP-Jの副代表を務めた人物が、雑誌メンズエッグ(大洋図書)のインタビューにて、東洋ボール殺人事件について言及している。
脚注
- ↑ リオン容疑者らに息子殺された父「リオンは筋の通ったワル」女性セブン2011年1月6・13日号。
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