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2012年9月15日 (土) 23:51時点における版
スギヒラタケ(杉平茸、学名:Pleurocybella porrigens)は、キシメジ科スギヒラタケ属のキノコの一種。スギワカイ、スギワケ、スギカヌカ、スギカノカ、スギモタシ、スギミミ、スギナバ、シラフサ、ミミゴケ、オワケなど地方により様々な俗称で知られる。なお、スギヒラタケ属は一属一種の単型である。
特徴
晩夏から秋にかけてスギ、マツなどの針葉樹の倒木や古株に群生する白色の木材腐朽菌で、分布は広く北半球の温帯以北の地域で発生する。傘の大きさは、 2cm~7cm前後。縁は内側にまき、白色の傘に無柄で、形状は耳形から扇形に成長する。襞(ひだ)も白色で密度は高く、ひだの中ほどに枝分かれがある。なお、食用のヤキフタケに似ているが、ヤキフタケは傘にブナサルノコシカケに似た年輪の様な模様を生じるため模様の有無で見分けることが出来る。
原因不明の脳症
2004年までは北国では一般的な食用キノコとして知られており、肉質は薄いわりには歯ざわりが良く、味は淡白でくせがないため、和え物や味噌汁の具として、また塩漬けにして保存食として重宝されていた。
ところが、2004年(平成16年)秋、腎機能障害を持つ人が摂食して急性脳症を発症する事例が相次ぎ報告され、スギヒラタケが関与している疑いが強くなった[1]。同年中に東北・北陸9県で59人の発症が確認され、うち17人が死亡した。発症者の中には腎臓病の病歴がない人も含まれているため、政府では原因の究明が進むまで、腎臓病の既往歴がない場合も摂食を控えるように呼びかけている。
臨床所見
下痢や腹痛などの消化器系の中毒症状はなく、摂食後、2日から1ヶ月程度の無症状期間があり、初期症状は意図しない筋肉の収縮や弛緩を繰り返す「振戦」や発音が正しく出来ない「構音障害」、下肢の麻痺を示す。その後、意識の混濁や昏睡などの様々な意識障害を起こし、回復までには1~2ヶ月程度を必要とするが、回復期にはパーキンソン症候群に似た症状を呈することもある。病変は基底核、視床、前障、大脳皮質深部等に起き、組織学的には髄鞘の崩壊とアストロサイトの増生が特徴である。また、血清浸透圧や血清ナトリウム値の急激な変動を認めず、血液脳関門機能が障害を受けている。臨床的にはこの脳症の症状は炎症性ではなく「橋-橋外髄鞘崩壊症」に類似した病態が推定されている[2]。
治療
特異的治療方法は確立されておらず、対症療法として人工透析や脳炎等の合併症状に対する治療が主となる。
毒性の発見要因
スギヒラタケが原因と見られる急性脳炎が2004年以降急に発見された原因について、農学博士の吹春俊光は、著書の中で2003年に公布された改正感染症法の存在を指摘している。
それによれば、当時流行していたSARSなどの新興感染症や炭そ菌などのバイオテロに対処するために感染症法が改正された際、急性脳炎が全数把握対象疾患に指定されたことにより、急性脳炎の患者が発生した場合、行政への届出(診断した医師が最寄りの保健所を通じて都道府県知事(政令市長)に届出)が必要になった。そのため、その翌年のキノコのシーズン(2004年秋)になってから、これまで食菌として著名であったために原因として全く疑われていなかったスギヒラタケと急性脳炎の関連性が詳しく調べられるようになり、その結果スギヒラタケの毒性が初めて明らかになったのではないか(つまり、スギヒラタケは元々毒キノコで、これまでも被害者は出ていたが、誰もそれに気が付いていなかったとする説)という[3]。
併せて吹春は、スギヒラタケが突然変異したのではないかという説について、仮にスギヒラタケが突然変異して毒化したとして、それが東北・北陸の広範囲で同時に起こり、更に元々の毒をもたないスギヒラタケを2003年から2004年の間に一気に駆逐したとは考えにくい、と述べている[3]。
毒成分に関する研究
2004年以降の調査及び研究により、遊離シアン、シアン配糖体、レクチン、脂肪酸類、異常アミノ酸類が原因物質として疑われているが、致死性毒成分の特定および分離と発症機序の解明には至っていない。2010年時点に於いても様々なアプローチにより解明が試みられており、以下に主な研究を挙げる。
- 静岡大学の河岸洋和教授によれば、2004年に採取されたスギヒラタケを分析した結果、毒と思われる成分としてレクチンなど複数の成分を検出したが、水溶性で熱に強く高分子であるが毒性の解明は出来なかった[4]。
- 筋肉の細胞を壊す毒性がある可能性について、高崎健康福祉大の江口文陽教授が報告している。[5]
- 弘前大学医学部の研究では、『BALB/cマウスと免疫不全(T、B リンパ球機能不全)SCIDSマウスによる動物実験に於いて「腫瘍増殖の抑制作用」が認められたが同時に毒性も認められ、成分の熱水抽出物(50mg/ml の濃度)を腹腔内投与したものでは40%のマウスが死亡した』としている。また、致死毒成分の特定は行われていない。尚、この毒性物質と2004年に発生した食中毒事故と関係は明かではない。
- 類似した症状を呈する中毒症状としてサトウキビカビ脳症があり、サトウキビカビ脳症の原因物質は 3-ニトロプロピオン酸(3-NPA)とされている。スギヒラタケから3-ニトロプロピオン酸(3-NPA)の検出を試みたが、検出はされなかった[6]。
- 国立医薬品食品衛生研究所と理化学機器メーカー:日本ウォーターズ(株)が共同研究として、発症地域と未発症地域から採取されたスギヒラタケ及び一般的な食用キノコをサンプルとして、分析機器と多変量統計解析を駆使したアプローチにより、発症地域特有の化合物を探索している。これによりビタミンD3類縁体が確認されており、カルシウム血症による急性脳症の可能性を示唆しているが、科学的根拠は未だ示されていない[7]。
- スギヒラタケだけが含有する化学成分として、非タンパク質性のアミノ酸の3-ヒドロキシ-L-バリン (3-Hydroxy-L-valine ) が報告されていたが、この3-ヒドロキシ-L-バリンは、アジリジン誘導体 3,3-dimethylaziridine-2-carboxylic acid の分解物であったことが判明した[8]。なお、アジリジン誘導体はグリア細胞に対する毒性を有しており[9]毒性原因物質の候補として有力である。このアジリジン誘導体は不安定な物質であり、従来の抽出方法では得られていなかった。
分類
近年の分子系統学の研究によればホウライタケ科に属している。
スギヒラタケの画像
出典
脚注
- ↑ 下条 文武, 成田 一衛: 腎不全患者に集中発症したスギヒラタケ脳症 日本内科学会誌. 95: 1310-1315, 2006
- ↑ 山形大学第三内科 川並透 「脳画像と神経病理の立場から」日本内科学会雑誌 Vol. 95 (2006) , No. 7 pp.1323-1327
- ↑ 3.0 3.1 『きのこの下には死体が眠る!? 菌糸が織りなす不思議な世界』p.95-98 吹春俊光著、技術評論社 ISBN 978-4-7741-3873-2
- ↑ スギヒラタケ食中毒事件の化学的解明 天然有機化合物討論会講演要旨集
- ↑ 高崎健康福祉大学 江口文陽公式サイト
- ↑ スギヒラタケ関連脳症の原因物質の探索─3-ニトロプロピオン酸原因仮説の検討
- ↑ Biol.Pharm.Bull.29(12)2514-2518(2006) H.sasaki 他
- ↑ 天然ではじめてのアジリジン誘導体
- ↑ スギヒラタケ毒性分の合成と構造決定 - 北海道大学 大学院薬学研究院 薬品製造化学研究室
外部リンク
- スギヒラタケ林野庁
- スギヒラタケ画像など-社団法人農林水産技術情報協会
- スギヒラタケにある生物活性弘前大学医学部
- J-STAGE スギヒラタケに含まれる特徴的な長鎖脂肪酸についてJapan Science and Technology Information Aggregator,Electronic E-Journal 2006