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2010年8月19日 (木) 09:10時点における版

匿名(とくめい)とは、何らかの行動をとった人物が誰であるのかが分からない状態をさす。自分の実名・正体を明かさない事を目的とする。

各人の匿名性を保証する事により、各人のプライバシーが保護できるという利点があるが、一方で匿名であるのをよい事に悪事を行われかねないという欠点がある。

各人のプライバシーが保護されるという匿名性の利点を最大限に生かせる行為として告発がある。 匿名性が保証された方法で権力者や企業の不正を暴露する事で、不当な弾圧や差別を受ける事無く不正を公にする事ができる。

また寄付を初めとした社会的善行も匿名で行われることがある。 自分が誰であるのかを隠して寄付を行う事で、売名の為に寄付したのでは無い事を示す事ができ、しかも周囲から余計な詮索を受けずに寄付を行う事ができる。

一方で匿名性は悪事を助長しかねない一面がある。自分が誰であるのかを特定されなければ、後で自分の言動に対する責任を追及される危険が無いので、匿名であるのをよい事に、他人を誹謗中傷するといった悪事を行う者が現れかねない。

匿名性のレベル

一口に「匿名」といっても、強い匿名性から弱い匿名性まで様々なレベルがある。

Unlinkability

次の性質をUnlinkabilityという:任意のA,Bに対し、Aを行った人物とBを行った人物が同一人物であるかどうかを判定する事はできない。

各人にPseudonym(偽名、例えばペンネームハンドルネーム)を割り振れば一応の匿名性を確保できるが、この場合にはUnlinkabilityは満たされない。Aを行った人物のPseudonymとBを行った人物のPseudonymが同じかどうかを調べる事でAを行った人物とBを行った人物が同一人物であるか判定できるからである。

強い匿名性が要求される場合は、Unlinkableである事が望ましい。

「匿名」という言葉には細かく言えば2つの意味があり、Unlinkablityを満たさないと「匿名」と言わない場合と、Unlinkablityを満たさなくても「匿名」と言う場合がある。

Unlinkablityを満たす場合の「匿名性」と区別するため、Unlinkablityを満たさない場合の「匿名性」をPseudonymityという事がある。

Undeniability

Aを行ったのが自分でないという事を第三者に証明できるとき、deniableであるといい、そうでないときundeniableであるという。

今Aを行った可能性がある人物が100人いるとする。このうち99人が自分はAを行っていない事を証明したならば、最後の一人がAを行ったのだと結論づける事ができてしまう。

強い匿名性が要求される場合にはundeniableである事が望ましい。

Escrow Agent

完全に匿名性を保証してしまうと、匿名性を悪用する者が現れかねない。そこで一部の権限者(Escrow Agentと呼ばれる)にのみ、誰が誰であるのかを特定する権限を与える場合がある。Escrow Agentは追跡者、開示者などとも呼ばれる。

暗号理論と匿名性

匿名性を保証し、しかも同時に匿名性を悪用されない方法を見付ける事は、暗号理論における大きな研究テーマの一つである。匿名性に関わる代表的な暗号プロトコルとして以下のものがある。

グループ署名方式

各ユーザは、発行者という権限者と通信する事でグループに加わる事ができる。 グループのメンバーは、署名文を作成できる。 この署名文は署名者がグループに属する事を保証するが、 しかし署名文から署名者がどのメンバーであるのかを特定する事はできない。 ただし追跡者という権限者のみは例外的に署名者を特定する権限が与えられている。

グループ署名方式では、UnlinkabilityとUndeniabilityが保証されている。

グループ署名方式では、追跡者に署名者を特定できる権限を与える事で、 グループメンバーが匿名性を悪用する事を抑止できている、という利点がある。 しかし、グループ署名方式には追跡者に対しては一切の匿名性が保てないという欠点がある。 より匿名性を高めるために、署名者が指定回数以上の署名を行った場合にのみ、追跡者が署名者を特定できるグループ署名方式も存在する

電子投票方式

電子投票方式では投票者のプライバシーを保証する為、匿名性が要求される。

次の2つの要件が数学的に保証されるとき、電子投票方式は、安全であるという。

  1. どの投票者が誰に投票したのかは誰にも分からない。
  2. 投票結果は正しく集計される。

電子入札方式

電子入札方式においても、入札者のプライバシーを保証する為、匿名性が要求される。

次の2つの要件が数学的に保証されるとき、電子入札方式は、安全であるという。

  1. 落札者と入札者の入札金額だけが公知となる。その他の入札者がどの金額で入札したのかは誰にも分からない。
  2. 入札結果を偽ることはできない。

報道における匿名

報道においては、たとえば、「情報発信源を明確に明らかにしない」という約束で記者が実力者・役職者から談話をもらうことがある。そのような場合、「政府筋によれば」(以下同じ)「×国筋」「現地の信頼すべき消息筋」というように「筋」という接尾語を用いて発言者を隠蔽することが多い。

事件事故報道では、被害者となった人物の氏名が明かされることにより、暴力的・攻撃的な取材(メディア・スクラム)が行われ、また名が世間に広まることにより、従来の静謐な生存環境が破壊されるという現象が広範に発生している。これらを二次被害という。とくに子供など、何らの反論手段を持たない社会的弱者にとって、二次被害によって受ける傷は甚大なものである。二次被害を防止するため、捜査当局が報道に対して被害者の個人情報を漏洩することを禁止すべきだという論議が急速に高まっている。

加害者に目を移すと、被疑者・加害者少年の匿名報道が少年法61条で義務付けられている少年犯罪など一部を除くと、日本では実名報道がほとんどである。マスメディアの多くは被疑者が警察などの公権力から人権侵害を受けるのを防ぐために実名報道は必要だと主張している。

これらの主張に対しては、実名報道はプライバシーを侵害することがあり、被害者やその家族を苦しめるだけでなく冤罪であることが分かった被疑者に取り返しのつかないダメージを与える、刑に服した後の元犯罪者の更生の機会を奪っているという批判がある。

逆に警察などの公権力に対しては匿名性を高くして報道する傾向がある。「*県警の調べで分かった」「*日までに逮捕した」という言い回しが代表的で、これでは「県警」の「誰」からの情報・いつの事なのか分からず、権力チェックとなり得ていないとの批判がある。また、公権力からの情報操作に見舞われやすいとの指摘もある。

スウェーデンでは事件報道において一般市民は原則匿名で、政治家・上級公務員・警察幹部・大企業経営者・労働組合幹部など社会的に大きな影響力のある「公人」が事件に関与したとされる場合に限って実名で報道される。スウェーデン以外の国でも、たとえば「**警察の*警部が話したところによると」と発表した者の実名・階級・役職を詳細に報道することが多い。

民主主義の基礎としての匿名

公務員選挙において票を投ずることは、最も基礎的なレベルでの政治的意思の情報発信であるが、匿名で行うこととされている(秘密投票)。これは、投票者の投票結果を他者が確認できないようにすることで、候補やその関係者による脅迫・買収等を行いにくくすることが目的である。選挙において匿名が保証されない場合は、投票行動に対して軍事力・警察力を背景にして圧力をかけることが可能となることから、民主主義を標榜する独裁政治に陥ることがある。

日本においては、日本国憲法第15条4項で選挙において投票は匿名であることが義務付けられている。さらに、投票者の無責任も明示している(同項後段)。

ネットワークにおける匿名

インターネットが一般に普及する以前に盛んであったパソコン通信においては、通常各個人に対して一つのIDが発行されていた。この環境では、IDを用いずに活動することは難しかった。また、通常書き込み者のIDも他者にわかるようになっており、最終的にはそのIDのもとで自身の発言・行為に責任を負うことになっていた。

そのような流れから、パソコン通信に参加していた者の間では、インターネット上でもハンドルのもとで自身の発言・行為に責任を負うのがネチケットとされることがあった。しかしながら、インターネットが一般化するにつれて、パソコン通信の経験のない者が増え、例えば日本では匿名掲示板2ちゃんねる」の台頭もあって、自身固有のハンドル名さえ使わない匿名化が広がっている。匿名掲示板あるいは匿名化の支持者は、匿名によって自身への攻撃のリスクを低減できると、また忌憚のない発言が可能になると主張する。これに対して反発する者は、無責任な発言や誹謗中傷名誉毀損、脅迫などの犯罪行為までもが横行しているなどとしている。

インターネットで発言や行動をした場合、本格的に追及すればほぼ判明してしまうが、特定のサーバーに対し多大な負担を掛けて潰す等といった極端な荒らし行為や犯罪を犯さない限り、追及を受ける危険性は少なく、容易には自分の正体を明らかにされない。そのため一般的にインターネットでは自分の正体を明かさずに発言や行動ができると思われており、それがチャット電子掲示板で他人への誹謗中傷を繰り返したり犯罪の温床を作り出しているという意見もある。

米国Blogでは、基本的に実名での情報発信、実名での反論を行う事が主流であり、匿名での参加は容認されない。米国のBlogが社会的影響力を保有するまでに成長しつつあるのは、匿名性を極力排除した事によって発信される情報の信用性が保たれているからだとする見方もある。一方の日本では、多くのインターネットコミュニティで匿名が容認されているため、事実であるか疑わしい情報が氾濫しているという見方もある。「組織的な誹謗中傷(コメントスクラム)による他者への攻撃が多発している」とする見方もあるが、匿名であるため組織的であるかは不明であるほか、通常の質問等を攻撃と受け取っている場合もあるようである。

匿名での発言は自身の行為に責任を負う意志の無い事を表しているとして、匿名あるいは実質上匿名であるハンドル(「名無しさん」「通行人」「通りすがり」の類い、または「あああ」などその場限りの捨てハンドル)の使用を明確に禁じるコミュニティもある。またソーシャル・ネットワーキング・サービスという形で、既存の参加者が信頼できる人物のみ新規の参加を認める形で、責任ある発言を維持しようとするコミュニティも出現している。

関連項目

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