石原信直

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石原 信直文久2年(1862年) ~ 大正11年(1922年))は日本警察官旧姓服部(はっとり)。

山下汽船社員石原潔の父。東京都知事石原慎太郎、俳優石原裕次郎兄弟の祖父。

経歴[編集]

伊予国(現愛媛県)出身。歴代、服部勘助を名乗った服部本家の血筋をひいている服部信義の二男[1]。石原家は石原安太夫の時代に、絶家となっていた。信直はそれを再興するため石原家に入った。[2]

警察官になり、愛媛県各地の派出所を随分転々とした。『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』30頁によれば、「石原家のルーツが、慎太郎が言うように没落士族だったとすれば、没落した元士族の信直が維新後の最も手っとりばやい生計の道として警察官となったのは、当時とすればごく常識的な選択だったといえる。」という。

大正11年(1922年)死去。

家族・親族[編集]

  • 妻・ササヨ
慶応3年(1867年)生~没
  • 長男・克己
  • 長女・壽万(すま、教員)
獣医兵庫県明石市の公吏(仕事は税務関係)などをしていた[3]
  • 二男・静夫
  • 二女・美壽(みす)
  • 三男・潔(山下汽船社員)
  • 四男・真砂(まさご)
慎太郎によれば、潔は自分が行きたくとも行けなかった大学に、末弟の真砂(まさご)だけはどうしても行かせたいと、学費を工面して東京の拓大に行かせたという[4]

参考文献[編集]

  • 佐野眞一『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』 講談社 2003年

関連[編集]

脚注・出典[編集]

  1. 『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』29頁によれば、佐野眞一は「服部家出身の信義の祖先が、本当に武田武士の流れをくむ服部本家の末裔だったかどうかまでは、調べようがなく確認がとれなかった。龍潭寺の住職によると約20年前の先代住職の頃、慎太郎本人から“石原家のルーツを知りたい”との連絡があったがそのときもはっきりしたことはとうとうわからずじまいだったという。」と記している
  2. 『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』29頁
  3. 『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』50頁
  4. 『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』155頁


テンプレート:石原慎太郎の家族