rxy

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本項目「rxy」は、先編集権が主張されています「同意を得ないリバート」「記事の置き換え・白紙化」等の不正改竄は荒らしとみなされブロックされますので、ご注意ください。また、このテンプレートを剥す行為も荒らしとみなされますのでご注意下さい。どうしても自分の意に沿う編集をされたい場合は「rxy (2)」という様な感じでフォークを立てて下さい。

rxyは重度のウィキホリック患者で凶悪なLTA。中の人は森谷辰也 少なくともウィキペディアの

LTA:ASPE
LTA:DCHANCE
LTA:SASHO
LTA:AKANE

などの本体(他にもLTAを行っている可能性あり。ウィキペディア有志の協力を得て調査中。)。また各種ウィキそれぞれ複数の不正な管理者アカウントを持っている。

詳しくは森谷辰也の項も参照の事。


なおこの記事の大半は、ユアペディア[1]において2019年11月3日に中の人60.104.118.246会話/履歴([この記事のの大幅改ざん未遂によって不正利用フィルターによって無期限ブロック済)によって削除されたもの。それだけ「都合の悪い真実」という事である。

MediaWikiとの出会い

MediaWikiにおける、現在確認できる最古の投稿はアンサイクロペディアにおける2006年12月16日七星会話/履歴名義で行っている。その4日後にはウィキペディアにも同名のアカウントを作成(のちに七星~jawiki会話/履歴に改名)、当時は香港在住であった。

その後2007年2月15日にはチャクウィキにもアカウントを作成、以後MediaWikiに魅せられる。……とここまでは全く問題ないのであるが、もともと記事の執筆能力は乏しく、特にユーモアが必要とされるアンサイクロペディアにおいては壊滅的、ウィキペディアにおいてもネット上に散在する情報を適当にまとめるぐらいの事しかできないなど、記事で貢献することは彼にはどだい不可能な事であった。アンサクロペディアで彼が最初に投稿した利用者:七星/広東糸瓜共和国などはその最たる例である。

それでも当初はごく普通の投稿にいそしんでいたが、そのうちに彼は野望を持つようになる。そう、権力欲である。このため、だんだんと記事の執筆はおざなりになり、記事を書かない割にやたらと運営に口を出すようになる。しかしもともと社会性に欠ける彼は、受け入れられる事はなく、それぞれのコミュニティから疎まれるようになる。

最初の転落

2007年4月、当時管理者の公選制のなかったアンサイクロペディアにおいて、彼はまんまと管理者権限(以下Admin権限)とビューロクラット権限(同BC権限)の獲得に成功する。しかしその後、チェックユーザ権限(CU権限)が実装されると自らCU権限を付与したばかりか、当時「CU権限付与はBC権限にのみ可」というコンセンサスを破り、あろうことか当時平管理者の獲加多支鹵大王会話/履歴に対し「私、本日CU権限をいただきました。獲加多支鹵さんもいります?」として実際に付与してしまった。当時はまだアンサイクロペディアのルールが緩かったとはいえ、彼がMediaWikiの特殊権限をあまりに軽く考えている事を示す発言であった。この発言が後の全権はく奪の一因となる。

2007年5月、アンサイクロペディアでは「BC権限者は自分で自分のアカウント名を変更してはいけない」という決まりがあったにも関わらず、またもルールを無視して自分で自分のアカウント名を変更してしまう。しかもその事を本人は全く悪いこととは思っておらず「え、まずかった?じゃあ戻してもいいよ」的な対応をしたためにコミュニティの怒りを買ってForum:七星氏の懲戒処分についてを発議され、5月31日に全権をはく奪された。

2回目の転落

2007年12月、チャクウィキにLTAが出没、アカウントを作っては荒らす(主に白紙化)という手口であった。荒らしは何度か繰り返され、当初はその正体が不明であったが、そのうちにある時利用者が「七星会話/履歴が怪しい」という事に気づき、その情報はじきに共有されていった。七星は公開プロクシを悪用して自ら荒らし、それを「発見」しては「荒らし対策のアドバイス」をするという行為(マッチポンプ)を行っていたのだった。同機は定かでないが、おそらくはAdmin権限狙いであろう。事実七星はウィキペディア、アンサイクロペディア、チャクウィキの3ウィキにおいて、現在に至るまでチャクウィキのみAdmin権限を獲得していない。

そしてついにチャクウィキにチェックユーザー機能が配備されるに至って彼の運命は決することになる。チェックユーザーの配備が決まった際、彼は全く技術力のない利用者をチェックユーザに指名しようとするも失敗、結局チェックユーザー権限は1月3日にMuttley会話/履歴に付与され、その5日後の1月8日に七星アカウントは無期限ブロックを受けた。ここから彼の、Muttleyに対する敵視が始まることとなった。ちなみに無期限ブロックの原因を作ったのは他ならぬ自分自身であり、Muttleyこそ被害者である。

一旦ウィキ撤収へ

アンサイクロペディアで全権はく奪、チャクウィキで無期限ブロックを受けた七星であったが、面の皮の厚さを活かし、ウィキペディアではAdmin権限を獲得するための活動を続けていた。しかし2008年5月30日、ウィキペディアでDed氏(現:Ded~jawiki会話/履歴)がチャクウィキやアンサイクロペディアでの悪事を暴露すると、彼は慌てふためき、利用者ページを削除、会話ページも削除しようとする(会話ページは規則によって削除されず)。6月2日に利用者ページに「ほぼ全ウィキで撤収準備中」と書き、同6月21日でほぼ七星としての活動は終了した。

実験ウィキ設立

時期は定かでない(七星としての活動を終えて間もなくと思われる)が、彼は、オレリ名義で自ら実験用のウィキを立ち上げる。MediaWikiサイトは明確なコンセプトがなければ存続はできないが、このサイトは当初から明確なコンセプトがなかったにも関わらず、自ら「過疎ウィキ」と称しながらも2017年9月現在も存続している。もちろん自らの多重アカウントで見せかけの繁栄を作り出しているからである[1]

このサイトは実は実験ウィキで、彼自身がMediaWikiの学習をするほか様々なオプションを多用し、荒らしを防止すると同時に自ら他のMediaWiki荒らしを行う際の仮想対象ともしていたのだった。

なおこのウィキは上記の目的であるため、まともな利用者は近づいてはいけない。また自らがLTAであるため、アカウント作成のハードルが異常に高く、CAPTCHAを5つクリアしなければできないようになっている。またモラルゼロのウィキでもあり、実際に不正にチェックユーザーを取られて、他のウィキで無辜の利用者に冤罪を着せようとするなど、悪質である。

どうしても近づくなら何らかの方法でIPアドレスを秘匿することをお勧めする。生IPでは、編集はもちろん、閲覧もしてはならない。サーバそのものが彼の所有であるため、アクセスしただけでIPがログに残るからである。

ウィキペディアでの活動

実験ウィキでの成果は、まずはウィキペディアで悪用された。手口は多重アカウントを用いて多数の投稿を行う一方、管理者にするためのアカウントを決めて活動し、あるタイミングで自ら立候補するという手口である。この際に多重アカウントを用いることもあるが、基本的に「よくわからない立候補者にはとりあえず賛成する」という間抜けなウィキペディアンの支持を得て最初の管理者権限を2010年5月13日に獲得することに成功、さらにその10日後には2つ目の管理者権限を獲得する。

なおウィキペディアでは同一人物が複数の管理者権限を持つことは認められておらず、ルール違反であるが、当の本人はもちろん承知の上で意に介さず、さらに管理者権限を増やしていく。

ウィキペディアの管理者権限など、面倒くさいので筆者なら頼まれてもやりたくないのだが、自ら望んで複数の管理者アカウントを持つ彼は、極度のウィキホリック患者であることを示すものである。

ウィキペディアについては、まだ調査が十分ではないが、少なくとも下記のアカウントで管理者権限を獲得している。

また、これ以外にも多数のソックパペットや寝かせアカを持っている。

アンサイクロペディア攻撃へ

実験ウィキでの成果を使い、彼はLTAとしてアンサイクロペディアに復活する。主目的は仇敵・Muttleyを最高権力者の座から引きずりおろすことであった。彼は実験ウィキの運用中に並行して獲得した様々な不正アクセス手段(特に当初はTORノードなど)を使い、当時はまだ各種の不正アクセス手段に精通していなかったMuttleyを含むCU権限者の神経を逆なでするような活動を行い、主にMuttleyに大量のブロックを連発させ、さらにブロックされたアカウントから「冤罪」と称してコミュニティに救済を依頼するなどの工作を行った結果、2012年1月25日に全権はく奪に成功する。その際の彼の喜びようは半端でなく、2ちゃんねるのヲチスレを独占するような投稿の他、ウィキペディアのMuttleyの会話ページにまで書き込みを行っている。

アンサイクロペディアでの誤算

2017年5月になって、彼にとってアンサイクロペディアで誤算が発生する。なんとMuttleyが復帰したのである。Muttley自身は当初「私は単なる投稿者として戻ってきた」としていたが、SHINJI会話/履歴の熱心な誘いを受け、見習いから始めて8月には正式に管理者となってしまった。彼はMuttleyの復帰当初から極端に警戒し、それまで暇つぶしに荒らしていたチャクウィキを完全に忘れてアンサイクロペディアに集中する。

その後、LTAとして次々にソックパペットが検挙されたが、表向きMuttleyはこれらブロックには一切関わっていないにも関わらず「今まで(自分にとって)平和だったのにそうでなくなったのは100%Muttleyのせい」として、今もMuttleyを警戒し続けている。

特にCU権限に関しては極めて敏感になっており、Muttleyの管理者事前審議の段階から「管理者は構わないが、CUには断固反対する」と半ば自らの正体を晒すような言動を行ってまで反対している。

なお、現在(2017年9月2日)までに検挙された多重アカウントは次の通り。

また、どうやらLotusreal会話/履歴に会話ページに何か書き込まれた利用者はブロック確定とされており、現在の該当者は下記のアカウントである。

以下、馬鹿馬鹿しいのでアカウントをいちいち記載しない。

アンサイクロペディアへの報復

アンサイクロペディアを追い出されたrxyは、その後、開拓者名義でウソペディアに侵入する。ウソペディアで開拓者に権限を付けさせる傍ら、あらかじめ権限を獲得し、信頼を得ていたMirahezeというホスティングサイトへとウソペディアを移動させるとともに、アンサイクロペディアの新規ページ作成停止問題に便乗して、ロンダリング専用の捨て垢トーダインを用いて、自称アイヌ語版・琉球語版なるアンサイクロペディアもどき(実質的な日本語版のパクリ)を創立。

スチュワードとして活動しているウィキペディアや開拓者アカウントをCVTデビューさせたMirahezeで稼いだ、英語圏を中心とする世界からの信頼を武器に裏から海外アンサイクロペディア勢に対して根回しし、結果として、ウソペディアとフォークアンサイクロペディアを、それぞれ公式に日本語版Illogicopedia、アイヌ語・琉球語版アンサイクロペディアとして認めさせるに至った。

しかしながらそれで飽きたのか、エンペディアとウィキペディアにかかりきりになるために、突如開拓者アカウントを放棄。きっと、その気になればアンサイクロペディアなんて吹き飛ばせるんだよアピールをしたかったのだろう。きっと。

脚注

  1. この手法は彼の常套手段であり、チャクウィキやアンサイクロペディア、ウソペディアでも用いられている。この手法によって存在感をアピールし、完全排除を免れようという狙いなのは、もちろんバレバレである。一方、この手法を取るアカウントはとりあえずは執筆するため、いくつかのウィキでは議論への介入などがない限り泳がせる方向性が採用されている。

関連項目

森谷辰也 - 中の人。
RxyはクロスウィキLTA会話/履歴 - 改ざんを防止するため、利用者ページで悪事が紹介されている。いうまでもなくrxyとは森谷辰也の事である。