民俗学

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'''民俗学'''(みんぞくがく)は[[学問]][[wikt:領域|領域]]のひとつ。高度な[[文明]]を有する諸国家において、自国民の日常生活文化の歴史を、[[民間伝承]]をおもな[[資料]]として再構成しようとする学問。[[民族学]]や[[文化人類学]]の近接領域。 == 概要 == 民俗学は、[[風俗]]や[[習慣]]、[[伝説]]、[[民話]]、[[歌謡]]、生活用具、[[家屋]]など古くから民間で[[伝承]]されてきた有形、無形の[[民俗資料]]をもとに、人間の営みの中で伝承されてきた現象の歴史的変遷を明らかにし、それを通じて現在の生活文化を相対的に説明しようとする学問である。 この学問は、[[近代化]]によって多くの民俗資料が失われようとするとき、消えゆく[[伝統|伝統文化]]への[[ロマン主義]]的な憧憬や[[ナショナリズム]]の高まりとともに誕生した若い学問であり、日本もその例外ではない。日本の民俗学は、[[ヨーロッパ]]特に[[イギリス]]の[[ケンブリッジ (曖昧さ回避)|ケンブリッジ学派]]の強い影響をうけて、[[柳田國男]]や[[折口信夫]]らによって近代科学として完成された。通常は''folklore''の訳語とされるが、[[:en:folklore|folklore]]は[[民間伝承]](民俗)それ自体をも指すため、英語圏では民俗学をFolklore-Studiesや[[:en:Folkloristics|Folkloristics]]と呼ぶことも少なくない。 人間の生活には、誕生から、[[育児]]、[[結婚]]、[[死]]に至るまでさまざまな[[儀式]]が伴っている。こうした[[通過儀礼]]とは別に、普段の衣食住や祭礼などの中にもさまざまな習俗、習慣、しきたりがある。これらの風習の中にはその由来が忘れられたまま、あるいは時代とともに変化して元の原型がわからないままに行なわれているものもある。民俗学はまた、こうした習俗の綿密な検証などを通して伝統的な思考様式を解明する学問でもある。 == 民俗学の学問としての諸特徴 == [[時代]]や[[学者]]によってその定義は多岐にわたり、概説的に説明することはむずかしいが、大まかにいえば以下のような特徴を持つ学問である。 #[[研究]]の目的は、ある[[民族]]の[[伝統]]的な[[文化]]、[[信仰]]、風俗、[[慣習]]、[[思考]]の様式を解明することにある。また、こうした対象の歴史的変遷とともに、時代をさかのぼりながらその原初形態を明らかにしようとする傾向を持つ。 #研究の対象が自民族の[[基層文化]]である場合は、他民族の事例を自民族の研究の補助材料として使う場合が多い。 #研究の手法として、[[文献資料 (歴史学)|文献資料]]のほか、現代社会に残存する[[文化]]・[[風習]]・思考の様式を重視する。このため[[フィールド・ワーク]]による材料収集を行う。 #また[[未開]]であると考えられる他民族の文化・風習・思考の様式を、人間のプリミティブな[[精神]][[活動]]のあらわれであると考え、これを研究上の材料または補助材料とすることも多い(この点について、現在では[[ポストコロニアル理論|ポストコロニアル]]な考えからから批判が行われることがある)。「未開」と「古代」(始原)の同一視は民俗学の特色のひとつである。 #現代人が[[無意識]]のうちに行っていること、あるいは合理的な説明をつけながら行っていることのなかに、古代的な意味を見出す、という型の研究が多い。 #日本では[[文学]]研究・[[批評]]に大きな影響を与えており、この点で[[文化人類学]]・[[民族学]]とはことなった特色がある。 #特に[[日本]]の民俗学研究にあっては、その初期に大きな影響を与えた柳田國男、折口信夫の二人が強烈な個性の持主であり、西欧渡来の学問の手法を消化して日本独自のフォークロアを完成させたため、「柳田学」「折口学」といった名で呼ばれることもある。また、柳田自身、「新国学」と称して民俗学の体系化を試みており、[[近世]]以来の[[国学]]の影響も強い。 #日本民俗学は「[[在野]]の学」と表現され、他の諸学問と比較したときに最も特異とされる特徴でもある。これは在野とアカデミズム(民俗学を職業としているか否か)を区別しない、[[学歴]]や[[職業]]に関わらず民俗事象に興味関心のある者は誰でも参加できる学問、といった感覚で用いられている。これらのことから、通常「在野の民俗学者」という言い方がされることは少ない(逆に「大学の民俗学者」という言い方がされることがある)。 #日本においては民俗学という名称が一般には通じにくいことがあり、[[民族学]]([[文化人類学]])と混同されたり、ミンゾクという言葉から政治的な活動、研究を行なっているという”勘違い”を受けたりすることが間々ある。大学においては「紛争などの民族問題を学びたい」、「[[アイヌ民族]]を勉強したい」という理由で民俗学研究会の扉をたたく学生がいるのも新入生の多い時期には良くある風景である(民族学については隣接学問でもあるので、研究会、学会の中には研究対象に含めている団体もある)。 == 民俗学史 == 日本で民俗学といった場合、一般には日本民俗学を指すが、海外を見ると19世紀の欧米を中心として、多くの国で民俗学に相当する学問が誕生している。誕生の経緯は国ごとの政治的社会的状況や民族学(文化人類学)等との関係によって多様である上に、他の社会科学のように国際的な交流が盛んではなく各国独自の進展をしてきたこともあって、一概に民俗学の歴史を語ることはできない。 === ヨーロッパの民俗学 === ヨーロッパで民俗学的な関心が高まった背景には、近代化と都市化、あるいは資本主義化による急激な社会変化を前に、消えゆく伝統文化への[[ロマン主義]]的な憧憬や[[民族意識]]の高まりが存在する。 ==== イギリス、フランス民俗学 ==== イギリスでは1846年、トムズ(William John Thoms)が古代文化の名残や民謡を''folklore''と名付けて民俗学研究の草分けとなったが、学問の組織化としては、1878年に[[ジョージ・ゴム]](George Laurence Gomme)らがロンドンに“Folklore Society"(民俗学協会)を設立した時期を端緒とする。[[進化主義]]人類学が波及力を持っていた19世紀末のイギリスでは、民俗学も庶民の習俗に見るキリスト教以前の残存(Survival)を対象にするとともに、自民族のみならず海外植民地を関心に入れるなど、人類学との近接性が顕著にみとめられる。それは1885年に民俗学の協会が設立されたフランスも同様であり、20世紀初頭にかけてサンティーヴ(Pierre Saintyves)、[[ロベール・エルツ]](Robert Hertz)、[[レヴィ=ブリュル]](Lucien Levi-Bruhl)、[[ファン・ヘネップ]](Arnold van Gennep)といった学者が、近代的な民俗学・人類学研究を進めた。彼らのアプローチに異同はあるにせよ、民間伝承の起源を遡及し原始的な民族心理の究明を重視する点では概ね共通している。またエルツやレヴィ=ブリュルは[[マルセル・モース|モース]](Marcel Mauss)や[[エミール・デュルケーム|デュルケーム]](Emile Durkheim)などと近く、ファン・ヘネップも後に[[ヴィクター・ターナー|ターナー]](Victor Turner)へ影響を及ぼすなど、人類学や[[社会学]]と不可分の位置にあったこともフランスの民俗学研究の特徴だった。 ==== ドイツ民俗学 ==== 一方、ヨーロッパにおいて最も盛んに研究が行われてきたドイツでは、民俗学はフォルクスクンデ(Volkskunde)と呼ばれ、フォルク(ドイツ民族/ドイツ国民)に共通する精神の発見という[[民族主義]]的な色彩が濃い学問であった。もともとドイツ語圏では哲学者の[[ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー|ヘルダー]](Johann Gottfried Herder)や童話作家や法学者として有名な[[グリム兄弟]]らが、ドイツ[[ロマン主義]]や[[ゲルマニスティック]]、[[神話学]]に基づく[[民謡]]や説話の民俗学的研究を行っていたが、1850年代にフォルクスクンデの名で科学的な学問体系を整えたのは[[ハインリッヒ・リール|リール]](Wilhelm Heinrich Riehl)である。工業の発展に伴う農村の疲弊を前にし、リールは社会政策的な意図も込め、伝統習俗の研究を通してドイツの統一的な民族精神を見出す点に民俗学の目的を定めた。1891年には[[ベルリン]]に民俗学協会が設立され、さらに20世紀前半には、初めて大学での民俗学ポストに就いたラウファー(Otto Lauffer)、『ドイツ民俗地図』を編集したスイスの[[ホフマン=クライヤー]](Eduard Hoffman-Kryer)、民族心理学のシュパーマー(Adolf Spamer)、上層文化/基層文化の二元理論を提出した[[ハンス・ハウマン|ナウマン]](Hans Naumann)など、多くの理論家が生まれた。 しかし現行の習俗を古代との連続性(Kontinuität)があるものと捉え、農村生活や農民に原初のドイツ民族精神を見出す民俗学は、本質的に[[民族主義]]的な政治[[イデオロギー]]に取り込まれやすい性格を有しており、1933年以降の[[国家社会主義]]時代には国民統治および[[人種主義]]の国策学問へと取り込まれていった。多くの学者は[[ナチズム]]に同調するような研究をせざるを得なかったが、少なからぬ学者が[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス]]党員として積極的に政治へ関わり、[[プロパガンダ]]作成や民俗行事の創出に関わった。そのため戦後の[[西ドイツ]]民俗学界は、完全に学問としての信頼を失ったフォルクスクンデの政治性を自己批判することを原動力に、再出発を図ることになる。[[ミュンヘン大学]]ではモーザー(Hans Moser)が中心となり、民族主義との親和性の高い過去遡及型の方法を放棄し、より実証的な歴史民俗学への道を模索した。またモーザーや[[チュービンゲン大学]]の[[ヘルマン・バウジンガー|バウジンガー]](Hermann Bausinger)は[[フォークロリズム|フォークロリスムス]](Folklorismus)の概念を提案することで、観光化された祭り・イベントや新たに創出される習俗を民俗学の対象に取り込み、変化しにくい伝統習俗のみに固執する旧い民俗学からの脱却を行った。バウジンガーは1971年、同大学の研究所からフォルクスクンデの名称を廃し、代わりに''Institut fur Empirische Kulturwissenschaft''(経験主義的文化研究所)の名を冠した。このように1970年代以降のドイツ民俗学では、戦前の清算を象徴するようにフォルクスクンデの名が消えつつあり、同時にその方法も歴史主義から文化人類学や歴史社会学など、社会科学寄りへと大きく変容しつつある。 === 日本民俗学 === 日本での民俗学は近世における[[国学]]や[[本草学]]にも源流が見られるが、本格的な研究が開始されたのは19世紀末である。一つの嚆矢となるのは[[坪井正五郎]]が[[東京人類学会]]を立ち上げた1886年であり、民族学・民俗学・[[自然人類学]]・[[考古学]]等を包含する「人類学」の研究として、「土俗」の調査が行われるようになった。一方、[[新渡戸稲造]]らと村落研究の勉強会を行っていた農商務省官僚の[[柳田國男]]は、1909年、宮崎県椎葉村で聞き書きした狩猟の話を「後狩詞記」(のちのかりのことばのき)として自費出版し、柳田民俗学の第一歩を踏み出す。1913年からは雑誌『郷土研究』を創刊するとともに、当時イギリス留学から帰国した[[南方熊楠]]にゴム編『The handbook of folklore(民俗学便覧)』を借り受け、それまで余技の道楽ととらえていた民俗学を学問として体系化する道筋をつけたのである。 ヨーロッパのフォークロアやエスノロジーが、残存の概念によって古代との連続性を持った基層文化を明らかにしようとするのに対して、柳田は人々の生活向上を初期のモチベーションに、民俗学の目的は常民生活の歴史的変遷と同時代の生活文化との関係を考察することにあると考えていた。柳田が民俗学を構築しようとした意図は重層的であり、一つには庶民の生活史を看過する既存の文献史学へのアンチテーゼとして、二つには[[進化主義]]的な民族学や「土俗学」との棲み分けとして、三つには[[地方改良運動]]に代表される当時の国内文化政策への対抗言説として等、時代状況を反映したさまざまな企図がもくろまれていたとされる。 1935年には柳田を中心に「[[民間伝承の会]]」が設立され、機関誌の発刊や民俗学講習会が行われた。またこの時代に柳田は概説書を精力的に執筆しており、学説史の中では学問としての組織や方法が整った1930年代半ばを民俗学の完成時期と見なすのが一般的である。1949年、「民間伝承の会」は'''日本民俗学会'''と改称され、この頃から大学にも民俗学の[[講座]]が設置されるようになった。それまでの民俗学は柳田邸で行われる[[木曜会]]や雑誌上において柳田が学徒を直接指導し、その成果が子弟を通じて全国に広まっていくという意味で、アカデミズムの枠外で展開した一種の運動体だったが、戦後の学制の中では[[東京教育大学]]や[[國學院大學]]、[[成城大学]]などにおいて専門教育が開始されることにより、現在にまで至る教育・研究の制度的枠組みが誕生した。 == 民俗学研究法 == 民俗学の調査手法としては、庶民の生活を総体的に把握するという目的を果たすため、農山漁村を中心とした集落に滞在し、聞き取り(聞き書き)調査や紙資料を含む文字資料(金石文、棟札など)の収集、建築物や[[民具]]など物質文化の記録、あるいは生業、共同労働、[[年中行事]]、[[通過儀礼|人生儀礼]]などの場への[[参与観察]]、そして[[民俗誌]]の記述が主体となる。[[フィールドワーク]]の蓄積からエスノグラフィーを描くことを重視するという意味では[[文化人類学]]の手法に近似するが、[[マリノフスキー]]以降の近代人類学が研究者個人による数ヶ月~数年の長期滞在調査を基本とするのに対し、民俗学では数日~数ヶ月スパンの中短期調査を繰り返し行うことが多く、また複数研究者による共同調査が実施されることも多い。 初期の民俗学では日本各地から集められた[[民俗資料]]を類型化・比較し、日本全体の枠組みの中で民俗事象の歴史的変遷を明らかにするという「[[重出立証法]]」が採られた。ジョージ・ゴム(George L. Gomme)の著作を元に柳田国男が提唱したこの方法論は長く民俗学の基礎理論だったが、一方では[[山口麻太郎]]や[[和歌森太郎]]などからは民俗の地域性を過小評価する方法論だとする批判意見も出された。学説史の中で最も影響力のある批判は[[福田アジオ]]によるもので、民俗を日本全体での比較ではなく、それが伝承される村落や信仰組織等と切り離さずに分析すべきという「個別分析法」を提唱した。[[ラドクリフ=ブラウン|構造機能主義]]人類学の影響が色濃い福田の方法は、村落社会において民俗を捉え、それが生活の中で相互に連関しながら全体として有している意味を明らかにしようとする。民族全体のスケールの大きい歴史を追ってきたそれ以前の民俗学に比べ、福田の方法論は小規模集落(ムラ)の歴史それ自体をより実証的に描こうとする点に特色があり、同世代の[[宮田登]]が提唱する地域民俗学とともにポスト柳田民俗学の方法論として影響した。 もともと民俗学は[[文化人類学]]や[[社会学]]、[[宗教学]]、[[歴史学]]など多くの分野と密接に関連しており、ライフヒストリー研究やパフォーマンス理論、[[社会史]]、身体論等、研究対象によってはそれらの分野に通じる方法論が用いられることも多々ある。いずれにせよ民俗学の研究方法は分析的(Analytical)というよりは記述的(Descriptive)であり、対象へのインテンシブな調査を元に[[厚い記述]]([[ギルバート・ライル]])を目指す、いわゆる[[質的研究]]の一つに位置づけられる。 == 研究対象と資料 == *生活(衣、食、[[民家]]、民具) *風習(家族制度、社会制度、通過儀礼、社会集団、生業と産業、四季の行事、まつり、遊技・競技・娯楽) *説話・歌曲・俗諺(伝説とお伽話、俗曲・俗謡、諺・謎、諺詩・俚諺) *信仰(神道、仏教、霊魂と来世、妖怪変化、予兆と卜占、魔術、病気と民間療法) 上に掲げた伝承されてきたさまざまな民俗事象が、民俗学の研究対象として説明されることが多いが、ドイツの民俗学者[[ハンス・ナウマン]]([[:de:Hans Naumann|Hans Naumann]])は、民俗学の研究対象を「[[基層文化]]」すなわち、表層文化に対して、素朴で集団的、また類型的な日常的生活文化、[[伝承]]性の濃厚な文化としている。いずれにせよ、上に掲げたそれぞれは、民俗学における基本的な[[資料]]となっており、その意味から[[民俗資料]]と称される。 {{main|民俗資料}} 「民俗資料」の語の使用は、柳田國男が最初であり、折口信夫も用いているが、2人とも当初からはっきりした規定をしているわけではなかった。ただし、柳田は『民間伝承論』のなかで、 #目に映ずる資料<体碑>…たとえば研究者が旅行の途中でも観ようとすれば可能な、形をとった事物行為伝承 #耳に聞こえる言語資料<口碑>…多少とも地元の言葉に通じて、耳を働かさなければつかみ得ない口頭伝承。言語芸術。 #心意感覚に訴えてはじめて理解できる資料<心碑>…旅人ではつかむことの不可能な、同郷人、同国人の感覚によらなければ理解できない類の心意伝承。 という三分法の類別を提示しており、さらにこれを、1.有形文化・生活技術誌―旅人の学、2.言語芸術・口承文芸―寄寓者の学、3.生活解説・生活観念・生活の諸様式―同郷人の学、というふうに趣旨説明している。 いっぽう折口は、 #周期伝承(年中行事) #階級伝承(老若制度・性別・職業・生得による区別) #造形伝承 #行動伝承(舞踊・演劇) #言語伝承(諺・歌謡・伝説説話) という民俗資料の分類をおこなっている。 はば広く「民俗資料」の語が一般に定着し、明確な概念規定が法令上なされたのは、[[1954年]](昭和29年)の「[[文化財保護法]]」の第一次改正において「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習及びこれに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件でわが国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」として[[文化財]]のひとつとして保護の対象となって以来であった。以後、[[文化庁]]文化財保護部(現在の文化財部)によって「[[無形の民俗資料記録]]」なども編まれるに至っている。 「民俗資料」の名称とともに、そのなかで資料価値の高いものが文化財となって、保護の対象となりうることの了解が社会で広がり、今日では文化財の分類名称としての「民俗資料」は「[[民俗文化財]]」と改称されている。その一方で、現代では、文化財の指定の有無とは関係なく、民俗学において、庶民の生活史の推移の理解のために必要な伝承資料全般を'''民俗資料'''と呼称している。 == 日本民俗学の変化 == 都市化によって民俗学が主たるフィールドとしてきた閉鎖性の高い農村は実質的に消滅し、一見伝統的な生活様式を保っているように見える地域にも、[[過疎化]]や観光開発、産業構造の変化等、古いタイプの[[民俗調査]]ではカバーしきれない状況が生まれつつある。また民俗学の黎明期には日本の人口の多くを占めてきた農村人口も、現在では都市人口に圧倒され、都市住民および都市の生活様式が一般性を持つに到った。こうした対象の変化に対して、現代の民俗学はさまざまな新分野を開拓しつつある。 「民俗の消滅」が盛んに議論された1970年代~80年代にかけては、[[都市民俗学]]のブームやアメリカ民俗学の影響を受けた[[都市伝説]]研究の隆盛が見られた。また1990年代以降は[[観光人類学]]の影響を受けた地域開発・観光化の研究、[[文化財]]制度の研究等、現代社会のシステムと地域の関係を問う動きが増加する。更に同時期には[[国民国家]]論批判の文脈から柳田国男の民俗学観の批判的検証が盛んに行われ、柳田民俗学が中心的に扱ってこなかった漂泊民などのいわゆるサンカ、「非常民」、性を主題とする研究に焦点が当てられることも増加した。 また、[[大韓民国|韓国]]や[[台湾]]、[[中国]]、[[モンゴル]]、[[東南アジア]]などで[[比較民俗学]]の観点から実地調査を行ったり、ヨーロッパの[[村落]]を調査する試みも現れている。 == 現在の日本民俗学界 == 戦後学問としての民俗学の体系がおおよそ完成し、大学などにおける研究が盛んになったが、民間における研究活動が収縮したわけではなく、「[[在野]]」と「アカデミズム」が混在または並立する日本民俗学独特の研究体制が存在する。 「在野」においては、戦前から日本各地に地方学会と呼ばれる学会、研究会が組織され、地域に根ざした研究活動がなされており、日本民俗学の大きな一角を担っている。会名に都道府県名を冠した団体が多い。[[石仏]](石造物)、特定の[[宗派]]などの専門特化した研究団体も多く設立され、地域、分野など様々な切り口で研究がなされており、[[自治体]]誌編纂や[[文化財]]調査にも活躍している。 大学においては、民俗学関係の[[大学院]]教育が充実さを増し、[[國學院大學]]、[[成城大学]]、[[神奈川大学]]、[[筑波大学]]などが著名である。また、1950年代に正規の学科、研究科のほかに学生や卒業生、教職員などを対象にした研究会、[[学生サークル]]が多く設立された。正課授業などと連携して研究や教育が積極的に行なわれていたり([[國學院大學]]、[[成城大学]]などの学生サークル)、民俗調査([[民俗採集]])や資料収集に特化したり([[中央大学]]の研究会など)、形式、目的は様々だが、いずれも[[民俗資料]]収集や研究者養成に大きく貢献するなど、日本民俗学界において重要な地位を占めている。 研究団体の多くは、入会に際して職業、学歴、住所等問われないのが一般的であり、日本民俗学会も民俗学に興味がある、会費納入などの一般的な条件を除いては会員資格を特に定めていない(但し会員による紹介と理事会の承認が必要とされている)。これには、会員資格を特に定めないことにより、民俗事象に関心があるという以外に共通項がない者同士の横のつながりを持たせるという機能がある。 研究を行う者の職業は、民俗学の研究を職業としている者のほかには、会社員、[[公務員]]、自営業、主婦、[[農業]]、無職(定年退職した者など)など様々であり、学生や大学等の研究者の中には民俗学を専門にしていない(まったく関わりが無い分野)者もいる。これにより、学会などでの発表や会合で名乗る肩書きは、在住都道府県名と氏名を名乗ることが慣習として行なわれてきたが、最近では在籍研究機関名を名乗る者も出てきている。ちなみに研究機関に所属していない研究者が在職の会社名を名乗ったり、無職、主婦などの職業名で名乗ることはあまり無い。 研究職以外の者が研究を続けるには、本人の意志、家族の協力、経済的余裕(研究費用は原則自己負担になる。特に民俗採訪の際の交通費や滞在費、資料の購入費がかさむ)、時間的余裕などの一定の要件が必要になってくる。サラリーマン(特に公務員)では、兼職や副業と誤解されたり、”趣味にかまけている”といった評価を受けたりしないためにも、場合によっては勤務先の理解も必要な場合がある。 民俗学研究者の定義もこうなるとあいまいになる。地元の[[義経]]や[[弘法大師]]の[[伝説]]などが実話であることの証拠や資料探しに奔走している者やいわゆる[[郷土史]]家と呼ばれる者の中には民俗学研究者を名乗る者がたまにあり、誰でも”研究者”を名乗れてしまう問題もある。 日本民俗学の中心的な機関は日本民俗学会であり、本格的研究を行なっている者はほぼ会員になっている(同学会の歴史に柳田が大きく関わっているため”反柳田”的な研究者の中にはあえて入らない者もいる)が、事実上、日本民俗学会会員=民俗学者という構図が暗黙の了解として存在していた。 なお、同学会の会員では、会員名簿の情報の範囲において、近年は大学等の研究者、博物館学芸員、文化財関係者などの割合が増えている。また、現在の同学会の役員は、ほぼ全員が大学等の研究者であり、必然的に大卒以上の学歴を所持している。 研究を始めるきっかけも様々で、単純に自らの住む地域の文化・風習に興味を持ったというものから、他分野([[社会学]]・[[歴史学]]・[[経済学]]・[[農学]]等)の研究者・出身者が隣接分野として興味を持ち始めるもの、民俗事象に関連がある[[趣味]]([[歴史]]散策、[[旅行]]、[[鉄道]]、[[登山]]、[[神社]][[仏閣]]めぐりなど)を通じて興味を持ち始めるものなど多種多様である。民俗学自体が他の諸学問などと密接に、有機的に関わりがあることを表している。また、大学生が民俗学関係の大学・研究室・サークルに入った理由としては、「田舎が好き」、「[[妖怪]]や[[都市伝説]]に興味がある」、「[[民謡]]、[[昔話]]が好き」、「[[博物館]]に就職したい」などを挙げる者が多く、入学当初に学問体系としての民俗学自体に関心がある者は比較的少ない。 民俗学界において在野性やアカデミズムに関する議論は、職業などによる区別(差別)、日本民俗学史上の多くの民間研究者の功績などの問題があるためあまりされてこなかった(最近では[[2005年]]の第57回日本民俗学会年会において「野の学問とアカデミズム」がテーマとして取り上げられた)。議論を間違えると、学歴や職業によって対立が起こりかねない。また、大学等の研究者の中にはこの在野性を嫌うものもおり、これらを排除して大学などに所属する職業民俗学者のみを民俗学研究者とする「普通の学問」にすべき、[[考古学]]や[[天文学]]のように民俗学者と民俗学ファンといった形でたとえ緩やかにでも区分すべきという論調も見られる。 在野性を帯びるという特性から、大学関係者を除いて上下関係や師弟関係もほとんど無く、他分野の研究者からは自由な学風と評されることも多い。しかし反面、”みんなで研究”という雰囲気や、特に地方学会において学術研究的思考や論文執筆に不慣れな者が多いことから、情緒的、趣味的と揶揄されたり、[[妖怪]]や[[方言]]、[[民謡]]、[[昔話]]といった”素人受け”をする分野を抱えることなどから、民俗学を非科学的なイメージで捉える者も少なからずいる。また、他の学問分野や諸趣味、海外の民俗学界などと連携や共有できる部分が多くあるものの、これまではあまり積極的にされてこなかった。日本民俗学界は、これからは社会の変化に対して民俗学がどうあるべきかといった議論はもちろん、こうした他分野や社会とどういった関わりを持つことが出来るのか模索していくことになる。 == 日本の代表的な民俗学研究団体 == <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *日本民俗学会 *日本民俗[[音楽]]学会 *日本民俗[[建築]]学会 *日本山岳[[修験]]学会 *民俗[[芸能]]学会 *西郊民俗談話会 *山村民俗の会 *[[柳田國男]]記念伊那民俗学研究所([[長野県]]) </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[成城大学]]民俗学研究所 *成城大学民俗学研究会 *[[國學院大學]]民俗学研究会 *[[中央大学]]民俗研究会 *[[神奈川大学#日本常民文化研究所|日本常民文化研究所]] *[[近畿大学]]民俗学研究所 </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *青森県民俗の会([[青森県]]) *秋田民俗学会([[秋田県]]) *茨城民俗学会([[茨城県]]) *相模民俗学会([[神奈川県]]) *埼玉民俗の会([[埼玉県]]) *長野県民俗の会([[長野県]]) *新潟県民俗学会([[新潟県]]) *美濃民俗文化の会([[岐阜県]]) *加能民俗の会([[石川県]]) *伊勢民俗学会([[三重県]]) *滋賀民俗学会([[滋賀県]]) </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *岡山民俗学会([[岡山県]]) *広島民俗学会([[広島県]]) *土佐民俗学会([[高知県]]) *宮崎県民俗学会([[宮崎県]]) *鹿児島民俗学会([[鹿児島県]]) </div> </div><br style="clear: left;" /> == 日本の代表的な民俗学者 == <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[赤坂憲雄]] *[[赤田光男]] *[[赤松啓介]] *[[荒木邦夫]] *[[石塚尊俊]] *[[伊波普猷]] *[[岩井宏實‎]] *[[大間知篤三]] *[[大月隆寛]] *[[大島建彦]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[大藤時彦]] *[[小野重朗]] *[[折口信夫]] *[[小松和彦]] *[[五来重]] *[[今和次郎]] *[[桜井徳太郎]] *[[桜田勝徳]] *[[下野敏見]] *[[澁澤敬三]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[白石昭臣]] *[[菅豊]] *[[菅江真澄]] *[[関敬吾]] *[[瀬川清子]] *[[高群逸枝]] *[[高取正男]] *[[竹田旦]] *[[武田豊四郎]] * [[田中忠三郎]] *[[谷川健一]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[千葉徳爾]] *[[中桐確太郎]] *[[中山太郎 (民俗学者)|中山太郎]] *[[西村真次]] *[[野村純一]] *[[野本寛一]] *[[早川孝太郎]] *[[福田晃]] *[[福田アジオ]] *[[南方熊楠]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[宮田登]] *[[宮本常一]] *[[宮本馨太郎]] *[[柳田國男]] *[[和歌森太郎]] *[[政岡伸洋]] *[[倉石忠彦]] *[[篠原徹]] *[[川村邦光]] *[[乾武俊]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[飯島吉晴]] *[[柳宗悦]] *[[祝宮静]] *[[内藤正敏]] *[[西垣晴次]] *[[神崎宣武]] *[[竹内利美]] *[[岡正雄]] *[[近藤雅樹]] *[[吉岡郁夫]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> *[[務台理作]] </div><br style="clear: left;" /> == 民俗にかかわるライターやノンフィクション作家 == *[[佐野眞一]] *[[小泉八雲]] ==関連項目== <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> '''主な学派・理論''' *[[歴史民俗学]] *[[都市民俗学]] *[[宗教民俗学]] *[[環境民俗学]] *[[比較民俗学]] *[[地域民俗学]] *[[仏教民俗学]] *[[女性民俗学]] *[[応用民俗学]] *[[民具学]] *[[神話学]] *[[民俗芸能研究]] *[[口承文学]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> '''諸学問''' *[[歴史学]] *[[文化人類学]] *[[社会学]] *[[宗教学]] *[[言語学]] *[[方言学]] *[[民族学]] *[[建築学]] *[[博物館学]] *[[考古学]] *[[文学]] *[[哲学]] </div> <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> '''諸用語''' *[[基層文化]] *[[常民]] *[[伝承]] *[[怪談]] *[[野生の思考]] *[[構造主義]] *[[ハレとケ]] *[[都市伝説]] *[[手締め]] *[[民俗資料]] *[[民俗資料の分類]] *[[民俗文化財]] </div><br style="clear: left;" /> ==外部リンク== *[http://wwwsoc.nii.ac.jp/fsj/ 日本民俗学会ホームページ] *[http://www.rekihaku.ac.jp/ 国立歴史民俗博物館] {{神道 横}} {{DEFAULTSORT:みんそくかく}} [[Category:民俗学|*]] [[Category:人文科学]] [[de:Erzählforschung]] [[en:Folkloristics]] [[et:Folkloristide loend]] [[fi:Folkloristiikka]] [[ko:민속학]] [[lv:Folkloristika]] [[mk:Фолклористика]] [[nn:Folkloristikk]] [[no:Folkloristikk]] [[ro:Listă de folclorişti]] [[sv:Folkloristik]] [[zh:民俗學]] {{Wikipedia/Ja}}