呪術

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呪術(じゅじゅつ、magic)とは、目的を果たすためになんらかの現象を起こそうとする行為、もしくはその体系。その中でも、呼び手から見て、物理科学的ではない存在や力に働きかけていると判断されたり、単に儀式的行為と思われるものに用いられる呼称。

概要

英語のmagicの訳語には、「魔法」「魔術」「手品」などがあるが、人類学宗教学での学術用語としては、専らこの「呪術」が用いられる。

行為の目的が、社会に受け入れられるか否か、利他的か・利己的か、善意によるものか・悪意によるものか等により、白呪術黒呪術とに分ける場合もある。白呪術の例としては 「雨乞い」や「お祓い」などが代表的であり、黒呪術の例としては 「丑の刻参り」などがある。

何らかの儀式・呪文・物品に霊的な力があると考えている人にも利用される技術であり、この様式は近代から現代に掛けても、迷信などの形で残る物も見られる。

呪術とその効果

現代の先進国において、実質的にこれら呪術に何らかの効力があることを自然科学によって証明した例は、通常無いか、あるいは誤解であるケースが大半である。だが、これをより正確に言うならば、何からの行為に自然科学的な合理性があると証明されると、その段階で「呪術」という呼称を当てられるのが止められ、「技術」などとして再評価されるようになる、ということである。

例えば、"呪術"とレッテルを貼っていたものの、それに使用されていた物品を実際に自然科学的に検討してみたところ、実は何らかの薬理効果があった、というケースもある。それらは「薬草」と呼ばれるようになる。

また、心理学的な作用が結果として効果を発揮していると見られるケースや、行為者が意識的に心理効果を狙っているケースもある。暗示や催眠によるものなどである。このような心理効果の活用例には「プラセボ」と呼ばれる薬を用いた治療方法が挙げられるであろう。現代の西洋医学の医師が患者にプラセボを処方した時は、それは医師の"技術"のひとつと呼ばれ、医師の"呪術"と呼んでは不適切なように、発展途上国のヒーラーが医薬品が無い中で善意からプラセボを住民に処方しているのを"呪術"と決め付けることもまたあまり適切ではないであろう。

その一方で、「呪術」と呼ぶのにふさわしいものも確かにあるわけであるが、現代の先進国でも、その効果を素朴に信じている人も少なくない。例えば香港では、現在も「打小人」(ダーシウヤン)と呼ばれる、紙で作った人型を靴で叩いて行う黒呪術を代行することによって、報酬を得ている人たちがいる。日本でも数年おきにオカルトブームが起こっている。幸福を得るための「おまじない」と呼ばれる様々な方法を記載した書籍が販売され、一定の市場を形成している。

ただし、古くから中国人華僑華人を中心に信奉され近年日本でも流行している「風水」などのように、心理学的効果を見事に合理的に定式化している部分(技術)と、ひいき目に見ても効果が無く単に迷信と判断される部分(呪術)が混在しているような体系もあり、呪術と技術の線引きは決してたやすくないようである。

呪術と地域文化

これらは地域の文化思想と密接に結びついており、場合によってはタブーのような行為にも関連する。タブーを敢えて犯すことで災いを発生させられるという思想や、あるいはタブーによる祟り呪いまじない)の効果で無効化しようとする行為が挙げられる。

呪術では、何らかの経験則に沿って呪術の様式が体系化されており、これが民族間の交流で他文化に影響を与えることも多い。これの民俗学的調査により、民族間の交流や移動の経路などが判明する事もある。またこの分野は考古学とも関連し、過去の遺物より呪術の様式を解明し、当時の文化や交易の経路を追跡して調査する事もできる。

フレイザーによる研究

サー・ジェームズ・ジョージ・フレイザーは、人類学宗教学的観点から呪術を研究し、その成果を著作『金枝篇』(1890年-1936年)で発表した。

フレイザーは呪術と宗教を切り分け、呪術には行為と結果の因果関係や観念の合理的体系が存在するという観点から、呪術を宗教ではなく科学の前段階として捉えた。これを合理的過ぎるとする批判もあるが、それについては後ほど述べる。

フレイザーは、呪術を「類感呪術(または模倣呪術)」と「感染呪術」に大別した。

類感呪術(模倣呪術 imitative magic)は、類似の原理に基づく呪術である。求める結果を模倣する行為により目的を達成しようとする呪術などがこれに含まれる。

感染呪術(contagious magic)は、接触の原理に基づく呪術である。狩の獲物の足跡に槍を突き刺すと、その影響が獲物に及んで逃げ足が鈍るとするような行為がこれに含まれる。感染呪術には、類感呪術を含んだものも存在するとフレイザーは述べている。呪術を行使したい対象が接触していた物や、爪・髪の毛など身体の一部だった物に対し、類感呪術を施すような場合などである。

レヴィ=ストロースによる指摘

レヴィ=ストロースは著書『野生の思考』(1962年)において、呪術的な思考方式を内部的な事情から説明した。すなわち、アカデミックな世界では馴染みとなっている、学術的・明確な概念によって対象を分析するような思考方式(典型例として自然科学の思考方式)があるが、そのような条件が揃っていない環境では、思考する人は、とりあえず知っている記号・言葉・シンボルを組み立ててゆき、ものごとの理解を探るものであり、そのように探らざるを得ない、と指摘した。そして、仮に前者(アカデミックな思考)を「栽培種の思考」と呼ぶことができるならば、後者は「野生の思考」と呼ぶことができる、と述べた。

もっとも、それはちょうど、素人が「あり合わせの材料でする工作」(ブリコラージュ)のようなものであり、このような思考方式は、何も一部の学者が思っているように、いわゆる"未開社会"だけに見られるものでもなく、現代の先進国でも、広く人間というものは日常的にはそのような思考方法を採っていることを指摘した。

呪術を扱った作品


関連項目

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