福岡海の中道大橋飲酒運転事故
福岡海の中道大橋飲酒運転事故(ふくおかうみのなかみちおおはしいんしゅうんてんじこ)とは、2006年(平成18年)8月25日に福岡市東区の海の中道大橋で、市内在住の会社員の乗用車が、飲酒運転をしていた当時福岡市職員の今林大の乗用車に追突され博多湾に転落し、会社員の車に同乗していた3児が死亡した事故。
概要
年齢はいずれも事故当時のもの。
2006年8月25日22時50分ごろ、33歳の会社員・その29歳の妻・3児の家族5人が乗っていた乗用車(トヨタ・ランドクルーザープラド)が、福岡市西部動物管理センターに勤務していた22歳の今林大(以下、「今林」とする)が運転する乗用車に海の中道大橋で追突された。追突された会社員の車は橋の欄干を突き破り、そのまま博多湾に転落した。事故車は水没し、この結果4歳の長男・3歳の次男・1歳の長女が水死した。また会社員と妻も軽傷を負っている。 追突後、今林は逃走を図ったが、追突により乗用車の左前部が大破していたことから事故現場の300m先で停止した。逃走をあきらめた今林は被害者を救助することもなく、水を飲むなど飲酒運転の隠蔽工作を試みた後に身柄を確保され、翌26日の早朝に逮捕された。当夜今林は自宅や複数の飲食店で飲酒をしており、事故直前には現場近くの交差点で停車中の車に衝突しそうになったという目撃証言がある。事故当時、今林は80km/hぐらい出していたと供述する。飲酒量もビール数本に焼酎数杯と、相当量の酒を飲んでいる。また、複数の友人・知人に身代わりを依頼し、断られている事も判明。
事故後に今林に大量の水を飲ませ飲酒運転を隠蔽した22歳の大学生が証拠隠滅容疑で、飲酒運転と知りながら同乗した32歳の会社員が道路交通法違反(飲酒運転幇助)の容疑で逮捕された。この後、今林は危険運転致死傷罪と道路交通法の救護義務違反(ひき逃げ)で起訴され、福岡市は被告人を分限免職した。福岡市には900件を超える苦情があり、8月28日に山崎広太郎市長が陳謝した。山崎は「飲酒運転は厳罰」を表明。なお、事件から約3か月後の2006年11月19日の福岡市長選挙では、山崎は新人の吉田宏に敗れた。
弁護人は「飲酒運転の影響はまったくなく途中の追突もない正常な運転で、わき見が原因」、「被害者の父親は居眠り運転をしていた」と主張した。これについて被害者の父親は「私個人に非があるような言い分は許せない」と批判した。被害者家族は億単位の損害賠償を要求している。
一審の福岡地方裁判所は業務上過失致死傷罪のみを認定し、懲役7年6月とするが、検察が控訴。さらに今林側も量刑を不服として控訴した。この際、初公判で、「悔やんでも悔やみきれません」「まっ黒な海の中でたくさんの水を飲み、苦しみながら亡くなった子どもたちのことを思うと、どうおわびして良いか、言葉が見つかりません」「私にできることを誠心誠意行い、償っていきたい」と涙ながらに反省と償いの言葉を口にしたにもかかわらず、判決を不服として控訴した被告人に批判が続出した。二審の福岡高等裁判所は危険運転致死傷罪を認定し、道路交通法違反と併合して懲役20年の判決を下した。今林は上告したが、2011年10月31日、最高裁は上告を棄却する決定をした。5人中4人の裁判官が危険運転致死傷罪が成立すると判断したが、田原睦夫(弁護士出身)は危険運転致死傷罪は成立しないとの反対意見をしめした。
最高裁判例
- 事件名=危険運転致死傷,道路交通法違反被告事件
- 事件番号=平成21(あ)1060
- 裁判年月日=2011年(平成23年)10月31日
- 判例集=刑集第65巻7号1138頁
裁判要旨
- 危険運転致死傷罪の要件である「正常な運転が困難な状態」とは、事故の容態のほか、事故前の飲酒量および酩酊状況、事故前の運転状況、事故後の言動、飲酒検知結果等を総合して判断すべきである。
- 刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは、アルコールの影響によって前方を注視し、そこにある危険を的確に把握し、対処することができない状態も含まれる。
- 飲酒により酩酊状態にあった被告人が、直進道路上において高速度で普通乗用自動車を運転中に、先行車両の衝突直前までにその存在に気付かず、先行車両に衝突し、死傷者を発生させた事例において、被告人はアルコールの影響により前方を注視し、そこにある危険を的確に把握し対処することができない状態にあり、危険運転致死傷罪が成立する。
- 法廷名=第三小法廷
- 裁判長=寺田逸郎
- 陪席裁判官=那須弘平、田原睦夫、岡部喜代子、大谷剛彦
- 多数意見=寺田逸郎、那須弘平、岡部喜代子、大谷剛彦
- 意見=大谷剛彦
- 反対意見=田原睦夫
- 参照法条=刑法208条の2第1項前段
事件の影響
- 市幹部の処分
- 山崎市長は9月26日、自身の10月分の給料を20%減額すると発表した。また、男性が勤務していた動物管理センターを統括する保健福祉局の担当者として、中元弘利副市長も10月分給料の10%を自主的に返上することを表明した。また、9月29日には、保健福祉局長が10月分給料を10%減給、生活衛生部長・動物管理センター所長・人事部長が文書訓戒、総務企画局局長が戒告、西部動物管理センター所長が厳重注意という処分内容を発表する。
- 祭りイベント
- 男性が市職員であったことから、2007年以降、学校関係施設を中心にアルコールの販売を中止した。
- 飲酒運転の社会問題化
- この事件を契機に、飲酒運転関連事件・事故などが重大な社会問題となり、マスメディアも特集した。危険運転致死傷罪を逃れようとする隠蔽工作やひき逃げも問題視された。危険運転致死傷罪の立件が困難なことから「逃げ得」になっていると批判された。「逃げ得」解消を図るために、2007年道路交通法改正により、飲酒運転とひき逃げの罰則が強化された。
- 日本航空はこの事故を受け、機内ビデオで「降機後に車を運転する予定のお客様は、搭乗中の飲酒を控えるように」と乗客に注意を呼びかけるようになった。また、スターフライヤーも就航当初は夕方以降の便においてビールを無償提供していたが、この事故を受けて取りやめた。
- キリンフリーの登場
- 麒麟麦酒はこの事故を受け、モルトスカッシュの生産を中止し、キリンフリーの開発に着手。そして2009年4月8日、日本初であるアルコール0.00%のノンアルコールビールテイスト飲料・キリンフリーが発売され、瞬く間に大ヒットとなった。