かけそば

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かけそば(掛けそば・掛け蕎麦)は、蕎麦に入れて熱いつゆを掛けた日本料理である。単に「掛けかけ)」とも呼ぶ。

もともとは「ぶっかけそば」と称した。年越し蕎麦のように、寒い時期の蕎麦としては特に好まれる食べ方ともなっている。

茹でた麺は冷水や氷水で〆て「ぬめり」をとり麺のコシを出したあと、熱湯で湯がいてから熱いつゆの中に入れる。この手間を省いて、冷水で〆なかったり茹で置きの蕎麦を使用する店もあるが、味に厳しい店では行わない。冷水で〆ず、熱いつゆを入れた器に茹でた蕎麦とそのお湯をそのまま入れた蕎麦は「釜揚げ蕎麦」という。

を使用して食べる。つゆはだしに「かえし(醤油タレ)」を入れて作る。かけそばの場合は「蕎麦湯」が提供されない店もある。 「そば通」はもりそばを好むともされるが、昔はかけそばもな食べ方が難しいそば通の食べ物であった。

蕎麦ではなくうどんを使用した料理は「かけうどん」と言う。

歴史

かけそばは、元禄時代にせっかちな江戸っ子の荷運び人夫などが「つゆを付けてから食べる蕎麦(蕎麦切り)は面倒」と思い、蕎麦につゆを掛けて食べるようになったのが始まりである。寒い時期には、熱いつゆで食べた。寛延4年刊の『蕎麦全書』には新材木町にあった「信濃屋」の「ぶっかけ」が始まりとの記述がある。冷たいつゆを掛けていたが、寒い時期には熱いつゆを掛けるようになり、寛政からはそれを「かけそば」と呼ぶようになっていった。当時は『蕎麦全書』においても、下品な食べ方とされていた。従来のつゆにつけて食べる蕎麦は「もりそば」と呼び、区別するようになった。料理を器一つで食す簡便さが重宝がられ、各地域へ広がった。

現代では、冷たいつゆを使用したかけ蕎麦は「ぶっかけそば」と呼んで区別する場合がある。「冷かけ」・「冷やし○○」と呼ぶ場合もある。

種物

かけそばに様々な種をのせた種物(たねもの)が登場した。例えば「月見そば」は、生の鶏卵を割ってかけそばにのせたもの、「花巻そば」は海苔をのせたものである。 守貞漫稿には「芝海老の油あげ、三、四を加ふ」、また1827年川柳に「沢蔵主天麩羅蕎麦が御意に入る」とあるように、江戸前芝海老天ぷら(つまみ揚げ・かき揚げ)が使用された。当時、蕎麦屋も天麩羅屋も屋台売りが大流行してそれらが立ち並んでいた。

たぬきそば・たぬきうどん、きつねそば・きつねうどんが特に知られているが、揚げ玉と油揚げの両方を入れたものを「むじなうどん」「むじなそば」と呼ぶ。名前の由来は「たぬき」でも「きつね」でもない「おばけ」ということ、そして小泉八雲の『怪談』に登場する「ムジナ」(のっぺらぼう妖怪が営む蕎麦屋の屋台が登場する)から来ていると考えられる。

蕎麦ではないが「天ぬき」は「天ぷらのかけそば」から蕎麦を抜いたものであり、天ぷらがツユに入っている料理。このような蕎麦を入れず、種と汁だけのものを「○○ぬき」と言う(単なる「ぬき」は、一般的に「天ぬき」を示す)。

各地方独特の種を使用したり特徴的なつゆを使用したかけそばが広がっていった。様々な種物は郷土料理町おこしの為のご当地グルメともなっている。その他のかけそばの種類については「蕎麦#蕎麦料理の種類」を参照。

本来は、かけそばは「だし汁をかけただけのそば」を言う。東京ではこのようなものを指し、かけうどんも同様であるが、地域によっては熱い汁をかけたものは種物であっても、かけそば・かけうどんという。

店舗

立ち食いそばなどの簡易な店では、冷凍もしくはチルドの蕎麦を湯がいてそのまま熱いつゆに入れ提供する事が多い。生麺をゆでて冷水で〆て提供する店も少数ある。

現代の立ち食いソバより以前に、江戸時代には屋台の蕎麦屋があり、これは大人気となっている。

小売商品

生蕎麦や乾麺、チルド麺も商品として販売されている。

関連項目