NHK民営化
'''NHK民営化'''(エヌエイチケイみんえいか)とは、[[日本放送協会|NHK]](日本放送協会)を[[民営化]]を目指して活動を行った一連の動向を指す。なお、諸外国の[[公共放送]]の運営方法についても参考として記す。 ==NHK民営化に関する国の動き== 特殊法人としてのNHKのあり方に注目が集まるようになったきっかけは、主として2001年4月の「[[聖域なき構造改革]]」を掲げる[[小泉内閣]]の誕生以降になる。[[内閣総理大臣]]であった[[小泉純一郎]]は、NHKの[[独立行政法人]]化に触れたことがある。ただし、小泉内閣は2001年12月、NHKの組織形態を特殊法人のまま現状維持とする「特殊法人等整理合理化計画」を[[閣議|閣議決定]]した。 2005年7月、NHKの不祥事の発覚をきっかけとした受信料不払いの急増を受け、[[内閣府]]の[[規制改革・民間開放推進会議]]([[議長]]・[[宮内義彦]][[オリックス (企業)|オリックス]]会長)は、NHKについて、[[限定受信システム|スクランブル放送]]化や民営化が望ましいとする中間報告をまとめた。 同年9月28日、[[自由民主党|自民党]]が圧勝した[[衆議院議員総選挙]]に伴って開かれた[[特別国会]]で、[[衆議院]]の代表質問が行われた。当時自民党幹事長の[[武部勤]]は、小泉内閣の特殊法人改革はあと3つを残すだけとなったとして、[[政策金融機関]]や[[公営競技]]と並んで、NHKを名指しし、改革の総仕上げに対する小泉の決意を尋ねた。 さらに、同年10月28日には、自民党の衆参両院[[議員]]19人が、「[[NHKの民営化を考える会]]」を発足させた(会長は[[愛知和男]]・元[[防衛庁長官]])。同会では、ホームページで一般視聴者の意見を募り、民営化も含めた放送法の見直しを目指している。 当時[[総務大臣]]の[[竹中平蔵]]は、同年11月4日の記者会見で、こうした自民党内のNHK民営化を求める動きについて「[[民主主義]]社会の議論であり、タブーはない」と理解を示した。また、同年12月6日には、NHKの経営形態や、受信料制度等について議論する有識者懇談会[[通信・放送の在り方に関する懇談会]]を、総務相の下に設けることを発表、半年ほどで結論を出すとした。 これと歩調を合わせ、規制改革・民間開放推進会議も同年12月21日、NHKの受信料制度を廃止し、視聴者の意思に基づく契約関係とすべきであるとの答申を、小泉に提出した。この答申では、仮に受信料制度を当面維持する場合であっても、受信料収入をもって行う[[公共放送]]としてのNHKの事業範囲は、真に必要なものに限定する必要があるとし、子会社の統廃合や、スクランブル化の早期検討などを求めた。この答申を受けた小泉首相は、翌日22日の政府・与党懇談会で、NHKについて、「民営化しないという閣議決定がある。いろいろな意見があるが、それを踏まえた方がよい」と発言した。この会議後、記者団に対して、「民営化ということではない、他の改革が議論されるのではないか」と述べた。これにより、政府・与党内で急速に高まったNHK民営化論は、小休止する形となった。 その上、小泉が2006年2月10日の閣僚懇談会等、複数回に渡ってNHKによる海外への情報発信の強化の検討を関係各方面に指示する等、NHKの機能強化を視野に入れる姿勢を強調している。かねてから「民間に出来ることは民間に」のコンセプトのもと、郵政民営化を代表とする公共セクターの民営化政策を強硬に進めてきた小泉が、NHKについては例外とする扱いを明確化した。 また、2006年1月26日、自民党の[[通信・放送産業高度化小委員会]]と総務部会が合同で、NHKの特殊法人性を維持する前提に立った「放送受信料の支払拒否に対する罰則の導入」を内容とする放送法改正の検討を始めた。これ以降、民営化論や受信料廃止論は、その実現が困難な状況となった。 しかし今なお、民営化に賛成する人物は多い。 ==NHK民営化の展望== ここでは、NHK民営化の是非ではなく、NHK民営化の可能性と、民営化に伴う課題について主に詳述する。 ===経営環境=== 以下は2004年度の情報を基に記す。NHKの経常事業支出約7,457億円は、この時、民放1位となっていた[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の売上高の約1.6倍。ただし、フジテレビのみとの比較では、NHKは全国各地のローカル放送を行い、フジテレビは全国放送の番組を制作するが関東以外のローカル放送は制作しない。 [[各国語学講座|語学講座]]や「[[きょうの料理]]」などは、[[視聴率]]そのものは低いが、[[NHK出版]]によるテキストの出版で収益を上げており、他の番組も含めた各種テキストは、合計で3,830万部を販売している。 NHKの根拠法である[[放送法]]によれば、NHKは、[[公共の福祉]]のために、営利を目的としない[[全国放送]]を行い、「受信設備を設置した者」から徴収される[[NHK受信料|受信料]]によって運営される。総務省は「公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会」という部会を開いている<ref>[http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/kohei_futan/ 公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会]</ref>。放送法によれば、NHKを全く視聴していない世帯からも受信料支払い義務は発生する。その一方、受信料を1円も払わずとも、NHKを視聴し続けることは技術的には全く不都合は生じない(デジタル放送では受信料支払いの案内が表示される)。 NHK本体は[[法人税]]を免除されていることは勿論、旧[[日本郵政公社]]などとは異なり、余剰利益を[[国庫]]に納める義務もない。[[公認会計士]]による[[監査|外部監査]]が義務付けられていない([[株式会社]]ではないことから[[会社法]]の適用はなく、また、放送法にも外部監査についての規定がないため)。一方で会計検査院による監査を受け、予算決算は国会の承認を得る必要があり、一定の監視下にあるとも言える。 ===NHK民営化の課題=== 民営化にあたって、NHKが放送している[[国会中継]]や[[学校放送]]のような、公共性は高いが収益性が低かったり視聴率が獲れない番組の継続が問われる。[[テレビ朝日]]や[[テレビ東京]]をはじめ、民放の多くが学校放送を[[打ち切り]]としている。 NHKを株式会社化する際、政府がその株式を保有した場合[[議決権|株主議決権]]を通じた国家の干渉の可能性や、[[国営放送]]と化し[[プロパガンダ]](ホワイト・ブラック両方の)に用いられる可能性が考えられる。 持株会社ではない完全民間企業(会社法上の株式会社)とした場合でも、放送法上では非[[一般放送事業者]]として受信料制度を維持することも理論上は可能である。 ===NHKの国営化および廃止=== [[国営放送|国営]]化によることで、受信料制度を廃止してNHKの放送を無料化し、予算(の大半)を国費によって運営すると、NHKが提供しているサービスを維持するためには受信料収入と同額に近い国庫負担が予想される。また、NHKを廃止、つまり法人として解散することは、既契約者からの反発が多く予想される上、16,153人(2004年度、子会社等含む)に上る局員の再[[雇用]]の問題を発生させることになる。 ==諸外国の公共放送== 参考までに、日本以外の公共放送はどのような経営環境にあるか、幾つかの事例を挙げる: ===フランス=== [[フランス]]では古くから公共放送がCMによる広告収入を得ている。元々、民放[[テレビジョン放送局|テレビ]]・[[ラジオ]]局が存在せず、全局は公共放送を統括する[[フランス国営放送]](RTF、[[1949年]]~[[1964年]])、フランス公共放送([[ORTF]]、1964年~[[1974年]])の傘下であった。しかし、[[1982年]]に、時の[[共和国大統領 (フランス)|大統領]][[フランソワ・ミッテラン]]の下で、公共放送による放送の独占が廃止され、[[1986年]]には、時の[[フランスの首相|首相]][[ジャック・シラク]]の主導によって、公共放送のうち、視聴率の最も高い[[TF1]](Télévision Française 1)が民営化、大手建設会社の[[ブイグ]]の傘下となった。 TF1はその後、新規参入した民放テレビ局である[[ラ・サンク]]を競争の末、倒産に追い込んだ。同様にTF1との競争に破れ、経営難となった公共放送[[フランス2|アンテンヌ2]](Antenne 2)は、同じ公共放送FR3(France Régions 3)と新たに「[[フランス・テレビジョン]]」として統合することとなった。フランス・テレビジョンは、政府が株式の100%を保有する株式会社である。TF1は現在でも、視聴率と広告収入の両方でトップを独走しており、[[ビデオ]]配給や[[映画]]制作、スポーツ([[ユーロスポーツ]])・ニュース([[LCI]])専門放送局の運営などにも進出している。 対して、公共放送フランス・テレビジョンに属するFrance 2は、[[2004年]]の[[平均]]視聴率で、TF1におよそ1.5倍もの差を付けられ、又、[[誤報]]も相次いでいる。F2の財源の約3分の2は、テレビ受信機使用権料(受信料)で賄われている。 他にもフランスには、[[カナル・プリュス|カナル+]](Canal +)というユニークな地上波の有料テレビ局がある。この[[チャンネル (テレビ放送)|チャンネル]]を視聴するには、[[エンコード|デコーダー]]を購入し、カナル+と視聴契約を結ばなければならない。カナル+は、[[1984年]]に最初の民放局としてスタートしたが、大[[株主]]が政府系企業であったため、政府の間接的な支配を受けていた。後に、政府はこの政府系企業の株式を放出し、カナル+は完全な民間放送となっている。[[2000年]]には、[[ヴィヴェンディ]]及び[[シーグラム]]と合併し、[[ヴィヴェンディ・ユニバーサル]]となった。 カナル+は、収入の20%を映画産業へ投資することを義務付けられている代わりに、最新映画の放送が地上波では唯一認められている。さらに、スポーツの独占放映や[[ポルノ]]等、公共放送にはない魅力的なコンテンツが視聴できることから、契約者が順調に増加し、現在では、13ヶ国でおよそ1,400万もの加入件数を誇っている。 ===イギリス=== [[イギリス]]では[[1985年]]に、[[マーガレット・サッチャー|サッチャー政権]]が公共放送[[英国放送協会|BBC]](British Broadcasting Corporation)の民営化を目指し、[[文化経済学]]者の[[アラン・ピーコック]]を長とする放送調査委員会を設置したことがある(「ピーコック委員会」)。ピーコック委員会は、視聴者主権と市場原理導入を理由に、BBCの財源として、広告収入ではなく、視聴料収入が望ましいとした。しかし、有料放送はその実現が当面は困難であるため、ピーコック委員会は受信料制度の維持を勧告した。これを受け、サッチャー政権はBBCの民営化を断念した。 政府による[[世論調査]]では、「受信料は財源としてベストではない」との結果が示された。文化省は[[2005年]]に、次なる特許状の有効期限である[[2016年]]までは受信料制度を継続すると発表したが、それ以降の財源については、数年後に議論することとした。 こうした流れの中で、BBCの有料放送化を要求する声も再燃している。BBCの独立諮問[[委員会]]は[[2004年]]に、5~6年以内に受信料制度を改め、[[視聴者]]との[[契約]]料や広告料、公的基金をBBCの新たな財源とするよう文化省に求めた。[[野党]][[保守党 (イギリス)|保守党]]も、受信料制度の廃止を求めるリポートを提出し、話題を呼んだ。英国では、各種[[デジタルテレビ]]の[[世帯普及率]]は既に約62%(2005年)に達している。BBCは[[2004年]]以降、10%以上の人員削減や、商業部門の子会社の売却等、大胆なリストラを進めている。 視聴率の面でBBCの主チャンネルである[[BBC One]]は、先進各国では珍しく民間放送の[[ITV (イギリス)|ITV]]の主チャンネルのITV 1に勝っている。<ref>ただ、[[チャンネル5]]が開局するまでの40年近く民放と呼べる局はITVのみだったこと、BBCはBBC Oneの他に地上波のチャンネルとして[[BBC Two]]があること、また公共放送として設立し広告収入のみで運営する[[チャンネル4]]があると、イギリスの環境は日本と、またヨーロッパとも異なる。</ref> ===イタリア=== [[イタリア]]の公共放送である[[イタリア放送協会]](RAI)は、受信料と広告料を主な財源としている。イタリアでは、RAIがテレビ・ラジオ放送を独占してきたが、[[1976年]]に、民営の[[ローカル局]]設立を合憲とする[[憲法裁判所]]の[[判決]]が出てからは、放送への参入が事実上、自由化された。もっとも、RAIの独占は、全国放送では相変わらず認められていたため、[[1984年]]には、全国[[ネットワーク (放送)|ネットワーク]]を有する民放が一部の地域で突然の放送停止命令を受けた。この珍事件をきっかけに、[[1990年]]に放送法規が整備されることとなる。 だが、民放に対する規制が緩く、ほぼ野放し状態であったことから、[[メディアセット]]社のような寡占企業の台頭をも許した。首相の[[シルヴィオ・ベルルスコーニ]]率いる同社は、現在では、4つの主要民放テレビ局のうち、3つ(Rete 4、Canale 5、Itaria 1)を支配している。ベルルスコーニは、[[テレビ|テレビ放送]]への影響力をさらに強めるため、[[2003年]]にテレビ・ラジオ制度再均衡法(提出した通信大臣の名にちなみ「[[ガスパリ法]]」)を議会で可決させた。この法律によって、RAIの分割民営化が定められたほか、[[マスメディア]]の寡占規制が緩和される事になっていた。時の大統領[[カルロ・アツェリオ・チャンピ]]がガスパリ法への署名を拒否したため、法案は議会へと再び戻されたが、結局、若干の修正を経て2004年に成立した。 この結果、RAIは、受信料を用いた事業と、広告収入等による事業とに分離され、受信料は公共サービスのみに充てられることとなった。また、政府は[[2005年]]以降、RAIの株式を一部放出した。この計画では、1株主の保有できる株式の上限を全体の1%(子会社等を通しても2%)までとしている。 ===アメリカ=== [[アメリカ合衆国|アメリカ]]の公共放送は、初めから受信料制度自体が存在しない。また、日本のNHKのような一つの組織ではなく、全米に分散する数百の[[非営利団体|NPO]]によるテレビ局のネットワークという形をとっている。そのネットワークの統括する組織が[[公共放送サービス]](Public Broadcasting Service、PBS)である(アメリカの民放と同様)。PBSは政府から独立したNPOである。 ==その他== 2000年12月には、当時テレビ朝日社長の[[広瀬道貞]]がNHKの分割民営化に言及している。ただし、民放テレビ・ラジオ局の業界団体である[[日本民間放送連盟]]は、NHK民営化には否定的である。 ==参考文献== *粟津孝幸 『NHK民営化論』 [[フジサンケイ ビジネスアイ|日本工業新聞社]]、2000年10月。ISBN 4-526-04660-4 *田原茂行 『視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる』 [[草思社]]、2005年9月。ISBN 4-7942-1438-3 *鈴木秀美 『放送の自由』 [[信山社出版]]、2000年6月。ISBN 4-7972-2165-8 ==脚注== {{Reflist}} ==関連項目== *[[特殊法人]] *[[特殊会社]] *[[NHKの不祥事]] *[[NHK受信料]] ==外部リンク== *[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO132.html 放送法全文 (法令データ提供システム)] *[http://www.nhk.or.jp/ NHKオンライン] {{NHK}} {{DEFAULTSORT:えぬえいちけいみんえいか}} [[Category:日本放送協会|みんえいか]] [[Category:民営化]]