痴漢冤罪

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痴漢冤罪(ちかんえんざい)とは、痴漢行為をしていない者が、痴漢行為者として疑いをかけられ、有罪となった結果、警察司法機関により不当な処遇・処分を受けることをいう。また、それによる社会的制裁も含まれる場合がある。警察官や裁判官の中には推定無罪の原則を無視する者もおり、問題視されている。

概要

日本では元来は痴漢を犯罪視する傾向が弱かった。しかし社会的に、痴漢という犯罪を撲滅しようと言う動きが高まる中で、混雑している電車内において痴漢行為をしていない者が告発され、無実の罪を着せられる冤罪事件が多くメディアに取り上げられ、社会問題として注目されている。

その背景は、満員電車内での痴漢行為が誤認を起こしやすい状況下の犯罪であることがいえ、身動きできないほど混雑した車内において、過失や不可抗力で女性の身体に接触してしまう場合が多々起こりうる。これを女性が痴漢と勘違いしたり(思い込み)、また実際に痴漢に遭った場合でも混雑からその実行者を誤認し、無関係な人間を訴えてしまう危険がある。そして、近年の痴漢冤罪案件で多い陥れや示談金目当てなどの虚偽申告(虚偽告訴)の問題である。

さらに、被害者と目撃者の証言だけで客観的な物的証拠がないまま誤認された者を長期間拘留する警察側の問題(代用監獄)、誤認された者(痴漢冤罪被害者)の反証を採用しない日本の裁判所側の問題も指摘されている。これ以外に痴漢被害を装った示談金目的の喝取や面白半分のゲーム感覚、学校や職場への遅刻の言い訳づくり、個人的な怨嗟による冤罪事件もあり、多くの男性が冤罪被害に遭う可能性のあるこれらの事件は、1990年代末からマスコミなどで頻繁に取り上げられるようになった。1996年までは客観的証拠の裏づけのない痴漢事件の起訴は少なかったが、1997年以降は痴漢の送検件数が急増し、無罪判決も増加した。これに伴い冤罪事件の数も増加したとみられる。

また、痴漢の罪を着せるために故意に虚偽の申告を行った(やってもいない罪を着せた)場合は虚偽告訴罪(旧称・誣告罪)となる。痴漢にあっていないにもかかわらず示談金を要求する行為は恐喝罪等になりうる。そして、故意・過失により虚偽の申告を行いそれにより冤罪被害者に損害を負わせた場合、民事上の不法行為責任を負うこともある(民法709条、710条)。

痴漢冤罪事件

鉄道バスなどの公共交通機関の車内で、痴漢被害に遭った女性またはそう主張する女性が、近傍に居合わせた無関係な男性犯罪者として告発する様な事件をいう。例えば男性が女性の後に二人並んで立っている場合で、一方が女性に対し触れるなどの痴漢行為をし、もう一方の無関係な男性の手を誤って掴み、その男性が疑われるというケースなどが考えられる。また、まれなケースとして実際の痴漢被害がないにもかかわらず、手近な男性を痴漢犯人として通告し、示談金を要求する、結果として逮捕勾留起訴、さらには有罪冤罪)に至らしめ、懲戒免職処分を受けさせるなど、当該男性とその家族の社会的地位・生活までをも脅かす悪質な事例もある。

被害者女性が、痴漢加害者が誰か正確に認識できず、告訴をためらっていた場合でも『警察が責任を持つ』『後戻りはできない』と警察が被害者に告訴を強要する場合もある。判決の理由として「原告の(被害体験)供述は臨場感がある」といった判決理由も多い。また、加害者ではない者を告発した者(おおむね女性)は虚偽告訴罪で起訴されることは絶対にない。

取り締まる側が通報者に過度に協力的な体制は、自らの業務意義を間違った形で肯定するための手段に陥りがちな点も見込まれる(俗にいう「検挙のための検挙」)。これらがこういったケースを後押ししている起因の一つとして存在する。

もうひとつは被害者側の女性においても、中高生の自己防衛意識の暴走や成人してもなおその特性をもった女性においては、実際に相手にまったくその気がなくとも被害意識、精神的被害が事実として発生していることも考えられるため、被害者本位の加害者が発生する可能性がある。

痴漢冤罪事件の無罪判決が確定してもなお、破壊されたままの社会的地位につき、誣告者に対する損害賠償請求民事訴訟を起こしても敗訴する場合がほとんどであり、どのように救済すべきか社会問題化している。

この事件に巻き込まれてしまったが最後、早期に冤罪が確定しても「痴漢と疑われる人」など、確実に社会的地位/信頼性などの被害を受ける。

冤罪の可能性

最近は痴漢をしていないのに逮捕されるという、痴漢の誤認逮捕(いわゆる「痴漢冤罪」)の案件が頻繁に報告されている。日本は他の近代法治国家と同様に推定無罪の原則を採っているが、「痴漢を含む(特に男性から女性への)性犯罪」に関しては事実上推定有罪の原則がまかり通っており、容疑者がいわゆる「悪魔の証明」をしない限りは被害者の訴えのみで有罪が確定するケースが大半である。しかしながら、痴漢など性犯罪に限らず、被害者の証言とそれに伴う状況証拠の検証のみで有罪が確定することは一般的であり、例えば「Aさんに殴られた」という軽微な暴行事件についても被害者の訴え以外に証拠を集めることは困難であり、被害者の証言をもとに検証するしかないのが現実である。そのため、司法の問題点を指摘する意見もあるが、治安を守るうえでの限界という意見もある。

また、自称・痴漢の被害者や第三者が冤罪をでっち上げている可能性もある。例えば、女が意図的に痴漢被害をでっち上げ、男性に多額の示談金を要求する悪質なケースも存在した(痴漢行為自体は事実だったとしてもこれは恐喝罪である。同一人相手に恐喝を繰り返せば脅迫罪も加重される)。また、「痴漢があった」とはいっても、その加害者が痴漢の加害を訴えている男性ではない場合もある。

濡れ衣を着せられた冤罪被害者は、仮に冤罪であることが明白になっても社会的信頼を完全に失うばかりでなく、冤罪に伴う失職など生活基盤を脅かされても補償はされないものと推測され、冤罪加害者への賠償請求は精神的苦痛による慰謝料が通るかどうかの程度である。また、冤罪被害を恐れて公共交通機関を利用できなくなるなどの心理的打撃も考えうる。これらの問題は逮捕された時点であたかも犯罪者であるかのように扱う報道機関の影響も考えられる。

  • 痴漢を目撃した場合、あるいは被害者が痴漢の事実を訴えている際に周囲にいる人には、被疑者の身柄を現行犯逮捕することができる。ただし、目撃者が被害者一人だけの場合、違法逮捕になる恐れもあり、十分な状況の把握が必要になる。
  • 痴漢冤罪の発生を防ぐためにも、加害者とされている人物が本当に加害者であるかどうかについては、慎重な精査が求められる。
  • また逆に、物的証拠が残らないという痴漢犯罪の性質上、加害者ではないと主張する男性が本当に加害者ではないのかについても、慎重な精査が求められる。

確定した痴漢冤罪事件

  • 2009年平成21年) - 2006年平成18年)4月、防衛医科大学校教授が小田急線の成城学園前駅から下北沢駅の乗車期間中、車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして強制わいせつ罪に問われ、30日間に渡り拘留された。一審二審で実刑とされたが、2009年4月最高裁第三小法廷(裁判長田原睦夫)は「被害者の証言は不自然で、信用性に疑いがある」として、逆転無罪が確定した。被害者の女子高校生は痴漢被害を受けても車内では逃れようとせず、また一旦下車したあとも再び同教授のそばに乗るなどの不自然な証言をしていた。ただし有罪と見た裁判官は5人中2人おり、堀籠幸男裁判官は、「犯人との争いや乗客の関心の的となることに対する気後れ、羞恥心などから我慢していた被害者が、我慢の限界に達して反撃に出ることは十分にありえる」「この時間帯が多数の乗客が押し入るように乗り込んでくることへの認識に欠ける」として、「一旦下車したあとも再び同教授のそばに乗った」ことを論拠に被害者の証言を退ける意見に反論した。判決は「客観証拠が得られにくい満員電車内の痴漢事件では、特に慎重な判断が求められる」と今後同種の事件に少なからず影響を与えるだろう、と判断を示した。痴漢事件で最高裁が逆転無罪の判決を確定させたのは初めてである。なお、同教授は無罪確定後に復職が認められたものの、そのキャリアに約3年もの空白を作られることになってしまった。
  • 2011年平成23年)5月6日の午前0時40分頃、神戸市須磨区の路上で、私服で痴漢の警戒中だった県警須磨署の女性巡査(25)の胸を右手で触ったとして 競艇選手・森下祐丞(26)が現行犯逮捕された。しかし神戸地裁は、女性巡査の証言について「事実を曲げて証言している可能性がある」として信用性を否定し、同年11月15日に無罪判決を言い渡し11月30日に確定した。女性巡査は「被告が約5メートル手前から手を上げて向かってきた。身がすくんで立ち止まると手のひらが右胸を覆う感触を覚えた」と証言していたが、裁判官は「護身術を身につけた巡査が、身がすくんで反応がないまま触られたのは不自然。逮捕して引き返せなくなった可能性がある」と指摘した。

痴漢「別人の疑いが濃厚」被告男性に逆転無罪(2012年4月)

JR東海道線の電車内で痴漢行為をしたとして神奈川県迷惑行為防止条例違反に問われた男性(52)に対し、東京高裁井上弘通裁判長)は2012年4月26日、懲役4月、執行猶予3年の横浜地裁判決を破棄し、逆転無罪の判決を言い渡した。

男性は2010年4月、同県藤沢市のJR藤沢駅に停車中の車内で、女子高生の下半身を触ったとして、下車後に現行犯逮捕された。女子高生は犯人を目撃しておらず、ホーム上で警察官が犯人とみて携帯電話で撮影した人物の後ろ姿と、この男性が同一人物かどうかが争点となった。

弁護側は控訴審で、画像解析の鑑定を提出。弁護人によると、この日の判決は、肩などの特徴が男性と異なるとした鑑定結果に基づき、「別人の疑いが濃厚と言わざるを得ない」としたという。

痴漢冤罪の疑いのある事件

  • 1999年9月、帰宅途中の沖田光男(本人が実名を公表)は、JR中央線の車内で周囲の迷惑を顧みずに大声で携帯電話を使用していた若い女に「携帯をやめなさい」と注意した。女は「わかったわよ!」と言い放って携帯を切った。その後に沖田が国立駅で下車し南口のロータリーを自宅に向かって歩いていたところ、密かに尾行していた女が駅前の交番で「あの人に痴漢された」とウソを言ったため、沖田は警察官に痴漢の現行犯で逮捕された。沖田が犯行を一貫して否認したため警察は沖田を21日間も拘留したが、被害を訴えた女が検察への出頭を3度もすっぽかしたため、裁判が不可能となり、証拠不十分で不起訴処分となった。女性の証言には矛盾点が多くある。当時車内は7割程度の混雑で痴漢行為のしづらい状況。沖田が股間を腰に押し付けてきたと訴えた女は身長170cm、当時7cmのヒールを履いており180cmほど。一方、沖田の身長は164cmでかなり無理があるうえ、被害を訴えた女と当時通話していた男性は、女が痴漢に対して「何やってんのよ」と怒鳴ったとの証言を否定し「沖田さんが携帯使用を注意する声しか聞こえなかった」と証言した。その後、沖田は被害を訴えた女に1100万円の損害賠償を請求。東京地裁では「携帯電話の使用を注意されるようなことで虚構の痴漢被害を申告するとは、通常想定できない」という理由で請求を棄却。高裁も同様の判決だったが、最高裁で被告の女が「ここまでうそを言うことにあきれています。痴漢をしたのはこの人で間違いありません、わたしはうそをついていません」と反論したものの高裁に差し戻された。2009年11月26日差し戻し控訴審が東京高裁で行われ大橋寛明裁判長は「女性の証言には疑問があり痴漢行為があったと認めることは困難」として痴漢行為を認定した1審判決は誤りだったと認める一方、賠償請求は退けた。。
  • 2005年3月18日西武池袋線の車内で白いハーフコートを着た男性に痴漢されたと訴え、A(現在受刑者のため氏名は伏せる)が痴漢行為を行ったとして男性Bに私人逮捕された。しかし、当時のAの服装は女性が訴えた服装とは違う服装であったが検察によって起訴された。この事件を扱ったテレビ番組は、捜査状況から警察は失態を犯し、繊維などの付着等で判断する科学的捜査が行えず、有罪と立証するための科学的根拠が一切なかったと結論付けている。また当時Aは難病の強皮症を患っており裁判でも主治医が「強皮症の患者は手を下に下げる事は拷問に等しくそのような状態で100%痴漢行為を行う事ができない」と証言したが裁判では「痴漢行為は不可能ではない」と判断され有罪判決が下る。Aは控訴上告したが服装の相違点についても判決では「服装が一致していなくても犯人であることは否定できない」としていずれも訴えを棄却、刑が確定し2010年収監された。しかし、強皮症によって痴漢行為が一切不可能であることを主張した主治医の意見が証拠として見直され再審請求がおこなわれることとなった。再審が行われれば刑が確定した痴漢冤罪事件では初めてのケースとなる
  • 2008年12月8日朝電車内で女性に痴漢行為をしたとして、愛知県迷惑防止条例違反の罪に問われ一審で無罪だった同県労働福祉課の職員(52)の判決公判で、名古屋高裁は2010年11月24日、罰金50万円の逆転有罪判決を言い渡した。職員は名鉄名古屋本線の国府宮―名古屋間を走行中の電車内で、女性会社員=当時(28)=の両足の間に背後から右足を入れて動かし、太もも付近にすり付けたなどとして現行犯逮捕、起訴されたが職員は捜査段階から容疑を否認していた。被告人質問で「電車内はかなり混んでおり、脚が当たったかもしれないが、痴漢はしていない」と主張していた。この事件では女性の衣服から被告の服の繊維は検出されず、証拠は女性と痴漢行為を目撃したとされる交際男性の供述のみであったため、判決の行方が注目されていた。
  • 2009年12月10日深夜、JR新宿駅で私大職員(当時25)が突然、酔った若者2人に階段から突き落とされたうえ殴る、蹴るの暴行を受けた。茶髪の若者が馬乗りになって暴行を加える姿を見た利用客が駅員に通報。若者と同じグループの女が「私大職員が腹を触った」と主張したため、私大職員は痴漢容疑で逮捕された。頭を打つなど重傷を負ったまま翌朝5時まで厳しい取調べを受けたうえ、事情聴取に応じる確約書まで書かされた私大職員は、釈放された直後に電車に飛び込み死亡した。この事件では女子大生は被害届を出さず帰宅。私大職員は被疑者死亡のまま痴漢容疑で書類送検された。暴行を加えた若者に対しては取調べもなく、情報も非公開とされている。。私大職員を痴漢犯人と決め付ける取調べの様子は私大職員が持っていたボイスレコーダーに全て記録されており、警察の対応に対して批判があつまった。虚偽告訴の疑いもある。

問題点と改善された点

問題点

悪魔の証明
本来、刑事裁判における犯罪の証明には、捜査機関が「被告人が犯罪をした証拠」を提出する必要がある。しかし、痴漢の場合は物的証拠がほとんど残らないという犯罪の性質上、被害を受けた者の「この人が痴漢をした」との証言(犯人識別供述)と被疑者の自白程度しか証拠がないことが少なくなく、その証言ないし自白が信用されるものと認定されれば、具体的な物証がなくとも実際に犯罪をなしたとみなされる傾向にある。
これを防ぐには、被告人が「痴漢をしていない証拠」を示し、100%揃える必要があるが、これが悪魔の証明と呼ばれるものである。すなわち痴漢をしていないことを証明するのは、絶対に不可能であることが問題点として指摘されている。このような構造になった原因として、もともと日本では軽微な性犯罪であるとみなされていた痴漢に対する社会的サンクション(制裁)が軽く、弱い立場の女性が泣き寝入りすることも多く、これを是正するために警察や裁判所が女性を守ることに重点を置いた対応をするようになったことを挙げる意見がある。
長期拘留
痴漢行為の冤罪を主張し否認を続けた場合、警察・検察により数ヵ月~1年以上長期間にわたって勾留され、容疑を認めるまで解放されない。そのため容疑者としての勾留であっても周囲には勾留=逮捕=有罪確定と誤認される可能性がある。それを怖れ、痴漢をした事実がなくても、警察からの早期解放を目的に罪を認める場合がある。この場合、前科がつき数万~数十万円の罰金を支払うことになるが、前科は一定期間すれば記録には残らない。また、再犯を犯さない限り犯罪の事実は社会に公表されることはない。これに対し、冤罪だと主張した場合は実名報道されるケースが多い。
最終的に冤罪であると認められた場合でも、裁判の判決まで1年~数年を要するうえ、逮捕前に勤めていた職場への復職もほとんど不可能になる。この不利益は冤罪被害者本人に限らず、家族が重い鬱病になった事例や、離婚に追い込まれた事例もある。痴漢冤罪に巻き込まれる男性が家計を主に支える人間である場合、世帯の収入が激減することも大きな問題であり、参考文献に示された事例では痴漢冤罪被害者が失職した例もある。最終的に無罪となった事例では、被害者の勤務先が休職扱いとした例も複数ある。
示談金目的の冤罪
混雑している車両で起こるため、別な無関係の乗客を間違えて訴えてしまったり、携帯電話の使用を注意された腹いせで訴えた例、当たり屋的に痴漢を訴え示談金を要求する例)、遅刻の理由作りのためにその場で捏造して訴えた例、さらに痴漢が発生した時間帯に「現場」となった電車に乗っていなかったにもかかわらず、後日誤認逮捕され2週間勾留されてしまったケースさえある[1]ことから、誰しもが加害者側とみなされてしまう可能性があり、混雑した列車に乗車していないから痴漢冤罪の恐れはないと安心はできない。
示談金の支払いをもって刑事告発を取下げて貰ったり、電車内で自他問わず痴漢を捕まえた場合鉄道各社から謝礼が支払われることもあるため、小遣い稼ぎのためのでっちあげを誘発するひとつの要因となっている。2000年にはJR常磐線で千葉県松戸市河原塚の女子高生(当時)が示談金目当てで痴漢被害をでっちあげ、後の捜査でこの女子高生が「示談金目当ての痴漢被害常習犯」であったことが発覚している(痴漢冤罪被害となった男性は無罪が言い渡された)。
2008年3月11日には大阪市営地下鉄御堂筋線で示談金目当てに痴漢事件を捏造した男女が虚偽告訴罪で逮捕・起訴された。この事件では、警察が被疑者、被害者、目撃者の証言を詳細に照合した結果、被害者と目撃者の証言の決定的な矛盾を突き止め、被疑者の会社員の無実を証明したものであったが、駅員から引渡された被疑者に対し、警察署員が被疑者の弁明も聞かず「白状したら許したる」と不適切な発言を行い、家族にも連絡せずに留置して取調べを行ったため、家族から警察・消防に捜索願が出されるなど、警察の人権軽視も浮き彫りになっている。なお、事実の発覚後大阪府警は被疑者に一切の謝罪もせず、「自分たちもだまされた」とするコメントを行っている。
虚偽告訴罪の法定罰は最低3ヶ月、最高で10年の懲役のため、虚偽告訴の内容と量刑が不釣合いとなるケースがある。

改善された点

痴漢冤罪に対する世論の高まりと共に、痴漢被害を主張する者の衣服の指紋の採取、容疑者の指に付着した衣服の繊維や被害者の体液や皮膚の組織などのDNA鑑定などの、より先進的かつ客観的な物的証拠が求められるようになり、これらの物的証拠は、起訴段階もしくは審理において重要視されるようになりつつある。しかし、列車が揺れた際に偶然手が触れたなどの場合、無実であるにもかかわらず物的証拠が残ってしまう可能性もある。

しかし、一方で依然として被害者とされる相手の供述のみで、起訴、有罪(場合によっては実刑)とされる場合がほとんどである。2008年1月17日には電車内で、専門学校生の女性の胸を服の上から右ひじで触ったということで、滋賀県警鉄道警察隊員は現行犯で男性を逮捕、男性は一貫して無罪を主張したが、大津地裁は有罪判決を下した。

痴漢冤罪に対する有識者の見解

ジャーナリストの有田芳生は、金銭目的の「痴漢被害捏造犯」の存在に言及しており、また「痴漢冤罪に巻き込まれたくない」という理由で「家に帰るときは電車を使わずなるべくタクシーで帰宅している」と本人のブログで発言している。[2]

作家の阿川弘之は、自らが痴漢冤罪の被害に遭いかけたという経験から「男性専用車両」の導入を提唱している。同様に、利用客の男性などからの「男性専用車両」を切望する声も少なくない。同様に性平等主義者の女性、及び女性専用車両に乗らなかったせいで周囲の男性から軽い暴力を受けた女性からの「男性専用車両」を切望する声も少なくない。

痴漢をめぐる社会的変化

痴漢冤罪による無罪判決がマスコミなどで頻繁かつ大々的に取り上げられるようになった結果、企業・組織の側でも従業員が逮捕されても初犯に限り、即座に懲戒免職としない傾向が見られるようになった。失職する場合本人が留まりづらく、自ら退職する場合が多かったが、近年では人格的に信用されている個人の場合、社員仲間が被疑者を支援し、その家族を支える事例も見られる。

痴漢冤罪事件を扱った作品

痴漢冤罪を主題としたものと、副次的に痴漢冤罪を扱っているものとに分かれる。

主題とした作品

映画

  • それでもボクはやってない
    • 主人公は警察に『罰金を払えば釈放してやる』と勧められたが拒否し、さらに弁護士に『有罪率99.9%』などと痴漢冤罪裁判の現状を知らされたが、それでも否認し、検察に起訴され、泥沼の裁判を争うことを決意する。

テレビドラマ

  • 誰かが嘘をついている
    • ごく普通のサラリーマン・佐藤敏昭は会社へ出勤する途中、降りた駅で女子高生に袖をつかまれ、痴漢をしたとして警察に拘留されてしまう。敏昭には全く身に覚えのないことであり、無実を訴え続けたが、それとは裏腹に彼の社会的地位や家庭は崩壊していくストーリーである。
  • 土曜ワイド劇場京都のテミス女裁判官・美人判事を襲う夫殺しの罠!チカン裁判不連続殺人事件』
    • 妻と1人の娘を持つ夫が電車内で痴漢の濡れ衣を着せられ、高額な示談金要求され(ゆすり目的)、追い討ちをかけられた妻が1人の娘を残して自殺を図り、でっち上げされた事に気がついた夫が痴漢冤罪を仕立て上げた女性2人に対して復讐殺人の道を選んだ(殺害されたのは女性1人のみであり、もう1人の女性は殺害されず、最後に女裁判官にビンタを受ける羽目になった)。

小説

  • 懲戒の部屋
    • 筒井康隆1968年に発表した小説。満員電車で痴漢に間違われたサラリーマンが手酷い懲罰を受けるストーリー。同作は短編集『アルファルファ作戦(早川書房より刊行。のち中公文庫)』に収録されていたが、2002年に同作を表題作とする短編集『懲戒の部屋 ~自薦ホラー傑作集Ⅰ~(新潮文庫)』に収録された。なお、同作は1997年に舞台化されている[1]

エピソードの1つとして扱った作品

テレビドラマ

  • 弁護士のくず』第6話
    • 主人公コンビの担当することになった容疑者は、電車の中で突然痴漢を訴えられ、証人もいることから逮捕される。彼は示談を断り、法廷での対決を訴えた。社会的名誉も家庭での信頼も失いながら、それでも「やっていないものはやっていない」と主張する容疑者。証人の証言をもとにしたシミュレーションの結果に不審を感じた主人公コンビは、被害者と証人が嘘をついているのではないかと睨む。

漫画

  • カバチタレ!
    • 痴漢をでっち上げて金を巻き上げる女子高生に濡れ衣を着せられて、罰金を払い釈放された男性に対し、主人公は、相手側に金を払って告訴を取り下げてもらう方法を勧めている。なお、作中では、この男性は準強制わいせつ罪で罰金を科されているが、実際、準強制わいせつ罪は強制わいせつ罪と同じく6か月以上10年以下の懲役になり、罰金刑は存在しない(刑法ではない迷惑防止条例違反には罰金刑がある)。このように本作は、濡れ衣を着せられる羽目になっても、泥沼の裁判で争うことは否定的に描いている。
  • ミナミの帝王
    • 『カバチタレ!』と同じく、示談金目当ての女子高生親子(母親は名うての女詐欺師)に濡れ衣を着せられた男性が無実を訴え、泥沼の裁判で争う話がある。作中、被告人の弁護士によって女子高生の虚偽証言や女子高生親子が示談金目当てに行った冤罪であることが明らかにしたが一審では敗訴。男性は控訴した(控訴審は行われたが作中では歓声のみ描かれておりどのような判決が下りたかは不明)しかし男性は会社を解雇となり社会的信用は大幅にダウン、家族が保釈金のためトイチの利息で金を借りるが団結し裁判に立ち向かうストーリーとなっている
  • さよなら絶望先生』(久米田康治著)第84話「古事つけ記」
    • 主人公の糸色望は、痴漢冤罪を恐れるあまり、電車に乗るや両手を手錠で釣り革の金具に繋ぐ。発車後、女性が「やめてください!」と叫ぶ声が聞こえ、すかさず「自分がやった」と名乗り出る。しかし、痴漢そのものが無かった(自暴自棄になった男性がケータイを水に浸そうとし、それを日塔奈美(糸色の教え子の女子高生)が「やめて~」と叫んだだけだった。刑事が糸色に「なぜ虚偽の申告をした?」と尋ねると、「やってなくても否認したら長期に渡って拘束され、社会的信用もなくなる。やってなくても自白したらすぐに帰れる」と答え、痴漢冤罪の怖さを訴えた。なお、この回は『それでもボクはやってない』を捻って「それでもボクはやりました!」と叫んだり、フィギュア萌え族に触れたり、と偏見の恐ろしさに触れている。

主題としていない作品

メインストーリーには直接絡まないが、サブキャラクター(レギュラー)の設定に関わるものなど。

  • ももえのひっぷ』(コージィ城倉著、全4巻)
    • サブキャラクター(レギュラー)である目白勇気(元弁護士)の背景として、第4巻で次の点が語られている。
      • 痴漢を訴えた女子高生とその目撃者である母親の証言から40歳のサラリーマンが逮捕される。否認し続けたため裁判は長期化し母親は心労で他界、判決は有罪。ところがその後、同じ事件が繰り返されていたことがわかり親子での示談金目当てであったことが判明する。弁護士(目白)は救えなかったお詫びとして40歳サラリーマンに500万円を払い、それを補うために犯罪に手を染めてゆく。

司法の変化

痴漢の場合、物的証拠がほとんど残らないため、女性の訴えが他の訴訟に比して重要視される傾向にあった。しかし女性の保護が行きすぎると冤罪の訴えの多発を招き、それに対するより戻しとして今日、物的証拠などの間接的な証拠が裁判において求められる傾向がある。しかしながら未だに2010年11月24日の名古屋高裁の判決のように被害者本人と交際相手の証言のみでも有罪になる場合がほとんどである。元裁判官で、現弁護士である井上薫へのインタビューに寄れば「逃げてしまった方が一面では有効かも知れない」と言うぐらい司法は痴漢冤罪に関していまだ厳しいのが現状である。

参考文献

  • 秋山賢三、荒木伸怡、庭山英雄、生駒巖(共編著)『痴漢冤罪の弁護』現代人文社、2004年12月、ISBN 4877982337
  • 池上正樹『痴漢「冤罪裁判」 男にバンザイ通勤させる気か!』(小学館文庫)、小学館、2000年11月、ISBN 4094048014
  • 植草一秀事件を検証する会(編著)『植草事件の真実 ひとりの人生を抹殺しようとするこれだけの力』ナビ出版、2007年2月、ISBN 4931569161
  • 小澤実『左手の証明 記者が追いかけた痴漢冤罪事件868日の真実』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2007年6月、ISBN 4901491660
  • 小泉知樹『彼女は嘘をついている』文藝春秋、2006年12月、ISBN 4163687009[3]
  • 周防正行 『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり』 幻冬舎、2007年1月、ISBN 4344012739
  • 鈴木健夫 『ぼくは痴漢じゃない! 冤罪事件643日の記録』(新潮文庫)、新潮社、2004年6月、ISBN 4101012210
  • 痴漢えん罪被害者ネットワーク(編)『Stop!痴漢えん罪 13人の無実の叫び』現代人文社、2002年11月、ISBN 4877981136
  • 長崎事件弁護団(編)『なぜ痴漢えん罪は起こるのか 検証・長崎事件』現代人文社、2001年12月、ISBN 4877980725
  • 夏木栄司『でっちあげ 痴漢冤罪の発生メカニズム』角川書店、2000年11月、ISBN 404883648X
  • 前川優「推定有罪 すべてはここから始まった - ある痴漢えん罪事件の記録と記憶」(ブログ「週刊金曜日からのおしらせ」第19回「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」優秀賞 2008年12月12日)
  • 矢田部孝司、矢田部あつ子(共著)『お父さんはやってない』太田出版、2006年12月、ISBN 4778310462[4]

関連項目

外部リンク

脚注

  1. 「筒井ワールド 4」 BIG FACE 1997年2月5日 - 11日 両国シアターX 「座敷ぼっこ」「こぶ天才」「懲戒の部屋」「最高級有機質肥料」 脚本、演出:伊沢弘 監修:川和孝 出演:千田隼生 佐藤昇 吉宮君子 名倉右喬 津川友美 他