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2015年5月27日 (水) 20:44時点における版
肖像権(しょうぞうけん)とは、肖像(人の姿・形及びその画像など)が持ちうる人権のこと。大きく分けると人格権と財産権に分けられる。プライバシー権の一部として位置づけられるものであるが、マスメディアとの関係から肖像権に関する議論のみが独立して発展した経緯がある。
目次
概要
肖像権は他人から無断で写真を撮られたり無断で公表されたり利用されたりしないように主張できる考えであり、人格権の一部としての権利の側面と、肖像を提供することで対価を得る財産権の側面をもつ。また、肖像を商業的に使用する権利をとくにパブリシティ権と呼ぶ。一般人か有名人かを問わず、人は誰でも断り無く他人から写真を撮られたり、過去の写真を勝手に他人の目に晒されるなどという精神的苦痛を受けることなく平穏な日々を送ることができるという考え方は、プライバシー権と同様に保護されるべき人格的利益と考えられている。
著名人や有名人は肖像そのものに商業的価値があり財産的価値を持っている[1]。
肖像権が注目されるようになったのは、新聞や雑誌、映画などの普及によって個人の私的生活が世間に知られる可能性が強まった19世紀後期以後の事である。1890年に発表されたアメリカのサミュエル・ウオーレンとルイス・ブランデルズの共著による論文「プライバシーの権利」が肖像権に触れた最初の文章とされている要出典。
法律との関連
日本を含む多くの民主主義国家では、憲法に「表現の自由」が規定されており、公共の場所では、肖像権より表現の自由が優先される場合が多い。
米国
米国においては、被写体の肖像権よりも、写真などの撮影者や、それらを加工した編集者の権利が最優先されるという考え方が一般的である。これは米国憲法修正第1条に定められている「表現の自由・言論の自由」は民主主義の絶対条件であり、「何ごとよりも優先される」という考え方によるものである。
パブリシティ権に関しては、1953年のアメリカ「ヘーラン事件」がパブリシティ権が認められるようになったきっかけとされる。これはプロ野球選手から肖像写真の独占使用権を得たチューインガム会社が、これを勝手につかった同業他社に対して使用の差止めと損害賠償を請求した事件であり、判決は、選手はプライバシー権に加えてそれとはまた別にその肖像がもつ商業的・広告的価値を排他的な特権として有しており、許諾された者以外は使用してはいけないとするものであった。その後法制化が行われ米国のうち18州は州法としてパブリシティ権を規定した。たとえばニューヨーク州市民権法51条では「広告商業目的のために自己の氏名・肖像・声を、書面による同意なく使用している者に対して、差止め及び損害賠償の請求を認める」としており書面による同意の必要性を規定している[2]。
日本
日本においては、日本国憲法第21条に表現の自由が明記されており、肖像権に関することを法律で明文化したものは存在せず、刑法などにより刑事上の責任が問われることはない。しかし、民事上では、人格権、財産権の侵害が民法の一般原則に基づいて判断され、差止請求や損害賠償請求が認められた例がある。
- 原則として肖像権は認められないものの、法廷内における刑事被告人の様子を描いた絵を公表した場合は、肖像権の侵害が認められる場合がある[3]。
- 競走馬といった人間以外の対象の場合、たとえパブリシティー価値を持つものであっても肖像権は認められない(ダービースタリオン事件[4])。
- この判例は重要であり、パブリシティ権が純粋な財産権ではなく「人格権に根ざすものである」ことを判示しており学説的にも争いがある[5]。
著作権を根拠に肖像の保護が可能であるとする主張があるが、著作権の保護の対象は被写体ではなく肖像を創作した撮影者等の著作者であるため、自らが撮影した写真などの場合を除いては、著作権によって肖像の利用を止めることはできない。なお昭和45年まで効力のあった旧著作権法(明治32年3月4日法律第39号)第25条では、写真館などで撮影した肖像写真の著作権が撮影の依頼者に帰属する旨規定されていた[6][7]。
人格権に関しては、「公権力が『正当な理由無く』個人を撮影してはならない」とする最高裁判例が存在する[8]。この判例における法源としては、憲法13条(幸福追求権)が挙げられる[9]。ただし、捜査の過程において高度な蓋然性が認められる場合はこの限りではない(山谷監視カメラ事件)。
判例
一般人の肖像は商業的価値を考慮したパブリシティ権ではなく肖像権そのものが検討の対象となる可能性がある。
インターネット上に公開された写真が原因で、誹謗中傷の的となっていた女性が起こした裁判では、「原告女性の全身像に焦点を絞り込み、容貌を含めて大写しに撮影したものであるところ、このような写真の撮影方法は、撮影した写真の一部にたまたま特定の個人が写り込んだ場合や不特定多数の者の姿を全体的に撮影した場合とは異なり、被写体となった原告女性に強い心理的負担を覚えさせるものというべきである」[10]として肖像権の侵害を認定し精神的苦痛に対する損害賠償として35万円を支払う判決がくだされた。
また一般人女性がメイクのサンプル目的として撮影された肖像を出会い系サイトに無断で利用されたとして訴えた事件(東京地裁平成16年(ワ)19075号)では、原告女性の同意の範囲外での使用は別に同意を得る義務があったとし、原告の肖像権侵害による精神的損害をみとめ被告カメラマンと会社が連帯して120万円を支払うよう判決した。
- 京都府学連事件(最高裁判所昭和44年12月24日大法廷判決)- 警察による撮影は、理由がある限り適法・合憲と判断されている。
- アイヌ民族肖像権訴訟(1985年) - アイヌ民族の少女(チカップ美恵子)の写真に「滅び行く民族」というキャプションを付けて無断で書籍に掲載した事例。1988年に和解。
- 「街の人」肖像権侵害事件(東京地裁平成17年9月27日)- 財団法人「日本ファッション協会」がウェブサイトに被写体原告女性に無断で掲載した写真について330万円の賠償を求めた訴訟。
- 女性の胸の部分には赤い文字で大きく「SEX」と書かれており、インターネット上にて誹謗中傷の的となっていた。
- 東京地裁は、女性の権利が侵害されたとして慰謝料など35万円の支払いを被告側に命じた[11]。
盗撮
現在、日本国内で刑事において盗撮行為を罰する際の法的根拠は「肖像権の侵害」ではなく、各地方公共団体が定める迷惑防止条例や映画館での映画作品盗撮を禁止した映画の盗撮の防止に関する法律にある。そのため、迷惑防止条例に違反していない場合、無断で肖像を撮影・公開されても、刑事の面で罰せられることはない。しかし、条例レベルでの規制はまちまちであり、被写体が写真及び映像の画面上の一定以上の割合を占めた時点で、無許可撮影が条例に抵触する場合があり、公道や海岸で景色を撮る場合でも注意が必要である。
社会的反響が大きい事案の場合は、当該肖像権よりも、公に報道することの方が優越的利益がある。ただし、公に報道するための優越性の立証の責任も負うこととなり、範囲を逸脱した使用や、それに付随する名誉毀損、侮辱などの行為は違法となる可能性がある。そのため、民事においては著名人であっても私生活を許可なく撮影(盗撮)された場合は人格権の侵害が認められる場合がある。
人格権
人格権 も参照 被写体としての権利でその被写体自身、もしくは所有者の許可なく撮影、描写、公開されない権利。すべての人に認められる。みだりに自分の姿を公開されて恥ずかしい思いをしたり、つけ回されたりする恐れなどから保護するというもの。犯罪の関係者(被害者・加害者・両者の周囲の人々)などが侵害されて問題となることが多い。
ただし、被写体が不特定多数の人々に見られることを前提としている場合、及び撮影内容から個人が特定できない場合などは一般的に人格権が認められない要出典。
前者の例としては公共の場でイベントに出演したり、デモ活動に参加するといった場合が挙げられる。これらの例では、当人が被写体となることを事前許諾していると認められるため、肖像権を主張できない要出典。なお、近年では人格権保護の立場から、イベント会場やスポーツ競技場などにおいては運営側が撮影の自粛や撮影する場合の配慮を求めることがある[12]。ただし、警察といった公権力がデモ活動の参加者を理由なく撮影することは人格権の侵害となると認められている。(京都府学連事件)
後者の例としては、後ろ姿で撮られていたり、顔面を除いた身体の一部分のみが撮影されている場合が挙げられる。また、被写体が明らかに観光客と認められる場合も含まれる。後者の例では、いずれも個人の特定が実質的に不可能であり、人格を保護するという法益に反していない。ただし、衣服の上から身体の一部のみを撮影する場合であっても、人を著しく羞恥させ、又は不安を覚えさせるような卑わいな撮影の仕方(言動)をした場合、各都道府県が定める迷惑防止条例に違反する恐れがある[13]。ただし、これは私人間における例外規定であり、被写体が著名人であれば後述の財産権を侵害する恐れがある。
現在では、映像が残っている過去のテレビ番組を公開するに当たっては、肖像権に配慮して、被写体の人物をすべて割り出した上でその人物若しくは関係者・芸能事務所に再放送・公開の許可を得ることがある(NHKアーカイブスなど)。その場合、一人でも、確認もしくは公開の許可が下りなかった場合は映像加工した上で公開することがある(場合によっては公開が不可能となることがある)。ただし、これは問題を避けるため業界により行われる自主規制であり、法令に基づくものではない。
パブリシティ権
著名性を有する肖像が生む財産的価値を保護する権利。著名性を有するということから、おのずとタレントなどの有名人に認められることになる。有名人の場合はその性質上個人のプライバシーが制限される反面、一般人には認められない経済的価値があると考えられている。例えば、有名人を起用したテレビコマーシャルや広告・ポスター・看板などを使って宣伝を行うとより多くの人が関心・興味を持つようになるなど効果が期待され、結果的に有名人には集客力・顧客吸引力があると言える。この経済的価値を「パブリシティー権」(あるいはパブリシティー価値)と呼ぶこともある。アイドル歌手などの写真を勝手に販売したり、インターネットで配布するなどして問題になることが多い。
民法に定められている権利が憲法に定められている権利に負ける恐れがあるため、近年、芸能事務所が契約を結ぶ際には、契約書の中に「事前の承諾なしには画像の修正等は認めない」、「過度の修正は認めない」、「加工物の権利は芸能プロダクション側に譲渡するものとする」などを事細かに明記するのが通例となっている。
肖像権に関する問題の例
- スター・ウォーズ・キッド - 私人の動画が本人の許可を得ず流出し、インターネット上で流行した事例。
- 映画靖国 YASUKUNI問題 - 映画制作者が靖国神社の許可を取らずに施設内を撮影したとされる。
- 特に参拝している自衛官の許可を取らないまま出演させ、映画宣伝のメイン映像にまで使用した点が問題とされている。また、主な出演者の一人であった刀匠は、作品内容が自身が想定していたものと異なっていたため、肖像権を根拠に自身を撮影した映像を削除するように要求した(ただし、これは肖像権というよりは期待権の侵害に近い)。
- 映画監督は少なくとも刀匠に関しては事前の許諾があったと主張している。この口頭契約において不実告知が適用できるかどうかが論点となっている。ただし、主に問題となっているのは刀匠の配偶者の発言シーン(事前に許諾を取らなかったとされているため)。
- この件に関してドキュメンタリー作家の森達也は、ドキュメンタリーにおいて全ての被写体から撮影許諾を取るは事実上不可能であり、どんな内容であろうと全被写体の撮影許可を取るという慣行もないとしている[14]。
- 大日本スクリーン製造の関連会社である『マイザ』が製作・販売したCD『百人の顔』は、一般人約100人の顔写真を収録しているが、これについて、広告など商業目的利用への十分な説明が無いまま撮影し販売し、CDに収録の写真を使用した業者と被撮影者との間で、トラブルが頻発している。CDの販売は中止されたものの、既に販売されたCDは回収不能状態である[15]。
パブリシティ権
- ジョン・レノン事件 - 営団地下鉄(現:東京メトロ) が遺族のオノ・ヨーコらに無断で、アンディ・ウォーホル作のジョン・レノンをコラージュした肖像画のプリペイドカードを発売した問題。営団地下鉄は、販売を自粛した。
- ジャニーズ事務所など、所属タレントの写真を一部例外を除いてウェブサイトでの公開を許可していない芸能事務所がある[注 1]。
- スティーブ・マックイーン事件 - 映画栄光のル・マンの主演俳優の映像を、日本公開時のタイアップ企業宣伝に本人の許可を得ずに使用した事例。当時の日本では肖像権についてあまり知られておらず、裁判所も「日本の慣行上問題はない」として不法行為成立のために必要とされる過失は認められないとして、損害賠償請求を否定する判断をした[16]。
- 下記のケースでは大衆との接触を職業とする者としての著名人に対する肖像権の侵害は認めなかったが、財産的権利の侵害として訴えの一部が認められた。
- おニャン子クラブ事件-一審の東京地裁ては「みだりに使用されない人格権をもつ」としたが東京高裁は「タレントらの人格を傷つけるものではない」とした[17]。
- マーク・レスター事件[18]
脚注
出典
- ↑ このほか、肖像権・関連著作権に厳格とされる事務所は研音グループ・オフィス・トゥー・ワン・イザワオフィス(ナベプログループ)など。また、一部の音楽事務所・声優事務所でも肖像権等に厳格な会社がある。
注釈
関連項目
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- ↑ 以上の節は公益社団法人日本写真家協会 | 写真著作権と肖像権 | 著作権法のあらまし - 「著作権研究「肖像権・撮る側の問題点(公益社団法人日本写真家協会会報)」」より引用
- ↑ 以上の節は「知っておくべき肖像権判例集(講演)」村上重俊(村上法律事務所)より引用
- ↑ 最高裁平成15(受)281号 損害賠償請求事件(肖像権侵害)
- ↑ 東京高裁平成13年(ネ)第4931号 製作販売等差止等請求控訴事件
- ↑ 「知っておくべき肖像権判例集(講演)」村上重俊(村上法律事務所)
- ↑ 山本桂一『著作権法』(有斐閣、昭和44年)248-250頁
- ↑ (旧)著作権法 | 国内法令 | 著作権データベース | 公益社団法人著作権情報センター CRIC
- ↑ 最高裁判例 昭和40(あ)1187 公務執行妨害、傷害事件 昭和44年12月24日 最高裁判所大法廷 判決
- ↑ 最高裁昭和40(あ)1187号 公務執行妨害、傷害被告事件
- ↑ 東京地裁平成16年(ワ)第18202号
- ↑ “街でパシャ、サイトに無断掲載 肖像権侵害で35万円支払い命令/東京地裁”. 読売新聞. (2005年9月28日). "判決は、「ファッションを紹介する公益性は認められるが、本人が特定できる全身写真を掲載する必要はない」と述べた。"
- ↑ 日本中学校体育連盟
- ↑ 札幌高裁平成19(う)73号 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件
- ↑ 言論の自由を宝の持ち腐れにしないために - マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム
- ↑ 顔写真:無断で広告に CD販売、回収不能--東京の業者 毎日新聞 2009年1月4日
- ↑ NMRC:スティーブ・マックィーン事件 | ネットワーク音楽著作権連絡協議会
- ↑ NMRC:おニャン子クラブ事件 | ネットワーク音楽著作権連絡協議会
- ↑ NMRC:マーク・レスター事件 | ネットワーク音楽著作権連絡協議会