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既述の通り、生物科学分野において実験技術に関する障壁は低く、その上、産業分野での需要は薄い。他の理工系分野の博士卒者に比べ、生物科学分野の博士卒者の民間での専門職での就職は難しいものとなる。生物科学分野の専門職とは、食品業界や製薬業界での研究職があるという程度であり、これら職種の就職市場での規模は小さく、求職者同士で過当競争となる。博士学位取得の時点で通常は27歳を超えるので、専門分野以外での求職も難しい。結果、キャリアパスを描くことができない博士卒者が大量に生じている。現在では、ポスドク全体数のうち、ライフサイエンス分野のポスドクに属する者の数が圧倒的に多くなり、全体の4割を占めている状態にある<Ref>若手人材のキャリアパス多様化に向けて</Ref><ref>[http://blogos.com/article/10558/ BLOGOS 「ポスドク問題とは、バイオバブル崩壊の結果である」]</ref>。 | 既述の通り、生物科学分野において実験技術に関する障壁は低く、その上、産業分野での需要は薄い。他の理工系分野の博士卒者に比べ、生物科学分野の博士卒者の民間での専門職での就職は難しいものとなる。生物科学分野の専門職とは、食品業界や製薬業界での研究職があるという程度であり、これら職種の就職市場での規模は小さく、求職者同士で過当競争となる。博士学位取得の時点で通常は27歳を超えるので、専門分野以外での求職も難しい。結果、キャリアパスを描くことができない博士卒者が大量に生じている。現在では、ポスドク全体数のうち、ライフサイエンス分野のポスドクに属する者の数が圧倒的に多くなり、全体の4割を占めている状態にある<Ref>若手人材のキャリアパス多様化に向けて</Ref><ref>[http://blogos.com/article/10558/ BLOGOS 「ポスドク問題とは、バイオバブル崩壊の結果である」]</ref>。 | ||
− | また、博士以上の取得者となると年齢的には30歳近くか30歳を超えることになり、民間企業は同じ未経験者であれば、給与が安く、年下となる大学新卒の22歳や修士卒の24歳の若い人材を取りたがるため、[[年功序列]] | + | また、博士以上の取得者となると年齢的には30歳近くか30歳を超えることになり、民間企業は同じ未経験者であれば、給与が安く、年下となる大学新卒の22歳や修士卒の24歳の若い人材を取りたがるため、[[年功序列]]の慣習が残った日本では博士課程以上の新卒採用は業務と研究内容がある程度直結していない限り難しい。また、中途採用では企業の業務に直結した即戦力を求めるため、実務経験のない博士(時に生物系)さらにはポスドクの採用は極めて難しくなる。 |
これは、派遣社員やフリーターになったものが、なかなか正社員で採用されない理由と同じである。<ref>博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス) 榎木英介著</ref> | これは、派遣社員やフリーターになったものが、なかなか正社員で採用されない理由と同じである。<ref>博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス) 榎木英介著</ref> | ||
2014年5月21日 (水) 17:28時点における版
ピペドとは、分子生物学を専門とする大学院生やポスドクを揶揄した言葉である[1]。 2ちゃんねるの生物板を発祥とするインターネットスラングであり、現在では各種のウェブコミュニティに浸透している。
このスラングは、学会誌[1]や全国紙[2]、商業誌の漫画[3][4]などでも言及されており、一般社会においても認知が広まっている。
目次
由来
「ピペド」は、「ピペット土方(どかた)」もしくは「ピペット奴隷」というインターネットスラングを略したことに由来する。 分子生物学を研究テーマとする研究室においては、そこに所属する大学院生やポスドクが、定職に就ける見込みが無い中で労働集約的な長時間労働を強制されている実態があり[5]、その状況を土方や奴隷に見立てて「ピペット土方/奴隷」というスラングが生まれた。ピペットとは液体を計量するための実験器具の総称であるが、ここで指しているのは分子生物学分野の実験で多用されるマイクロピペットである。
なお、土方という呼称には差別的なニュアンスが含まれる可能性があるため、本稿ではこれらの言葉は使わず、「ピペド」を正式な用語として採用し解説することにする。
定義と問題点
「ピペド」とは、「主にミクロ生物学の分野において、不安定な身分(ポスドクなどの任期職もしくは大学院生)で研究に従事している者」である。
「ピペド」という言葉は、生物学全般に対して使われるのではなく、語の由来にもなっているマイクロピペットを用いて実験を行う事の多い、分子生物学や生化学を中心としたミクロ生物学に限定される事が普通である。マイクロピペットはミクロ生物学の分野に限らず、マクロ生物学や化学・物理の世界でも用いられる事はあるが、通常はこれらの分野に対しては「ピペド」という言葉は用いない。
この分野に限定される理由は以下のような事である。
理科系としての素養
他の理科系の分野、すなわち物理、数学、工学、マクロ化学といった分野で大学院まで進学すれば必然的に数学、統計学、プログラミング、ネットワーク、論理的思考などのスキルは研究遂行の前提として身に着けざるを得ず(努力と学歴に見合うかはともかく)一定の市場価値は認められる。一方、分子生物学、生化学といった分野では、発見探索的な研究テーマを掲げることが主であり、「数打てば当たる」という確率的な要素の強い研究計画の下でピペットを操作し続け実験を繰り返すことが多い。このため、数打つために労働量を要求される。教員側にも体力勝負やまぐれ当たりで一山当てた山師が散見され、拡大再生産の一途を辿っている。言わば物質について知見があまり得られていなかった時代の錬金術のようなものである。年を食っているだけで何ら追加価値がないととらえられる確率が他分野よりも高い。
手技それ自体の価値
有機合成、分析化学などは土方作業とは言われるものの専門性があり社会的需要はあるのに対し、ピペット操作は単純作業であり社会的需要も高くないため専門性・社会的価値が低い。あまつさえ当該分野の研究者を求める場合ですら実際やることはピペット実験がほとんどであり、実験系を総括・指揮するごく一部の人間以外の大部分の実働部隊として高いコストを払って大学院卒業者を雇う理由がない。
研究内容
また、生物学の源流が博物学であるため、科学が進んだ現代であっても博物主義の思想から脱却できない。そのため、研究内容は無数にある因子(遺伝子、タンパク質等)の同定や機能の分類を行っているものが大部分を占める。さらに、系を換えただけの焼き直しも多くきりがない。他の分野のように大量の研究結果から一定の法則を見出すことを目指した研究(モデル化、シミュレーション、データマイニングなど)や、生体の性質を利用したデバイス等の応用性の高い研究を行うことは少ない[6]。前述のようにピペット作業を反復して繰り返すため、論理的思考力や高度な技術は身に付かない。
教育内容
これには教育課程にも問題がある。大抵の生物系の講義は『細胞の分子生物学』(通称:セル)、『Essential細胞生物学』(通称:エッセンシャル)といった図鑑的な教科書、あるいは、教員の自己宣伝本的な偏向した教科書を使って1~2年かけて講義がなされる。これらの教科書には数式・化学式はほとんどなく、学生は教科書に書いている各因子の種類やその関係性を言葉で暗記することに力を注がざるを得ない。一方研究室ではセミナー形式で担当する学生が自分の研究と関連する原著論文を発表するということが多い。しかし、論文は実験結果の写真やグラフを図表にし、厳密とは言い切れない数値の差から結論を出したものが多いため(厳密には統計学での検定が必要)、ここでも学生は数理的な思考力が身に付かない。
テーマ構築
また、研究室での研究テーマにも問題がある。生物の研究は莫大な費用が必要であり(その大半が生物学者が作れない試薬や機材に費やされる)、研究費は研究室の教員が科研費等から競争的に取得したものである。そのため、研究室として行うべき研究の方向性が具体的に決まっており、教員があらかじめ数年の期間で研究のロードマップを決めていることが多い。つまり、大学院生・ポスドクは自由に研究テーマを決めることができず、教員によって与えられたテーマを実験手法まで相当に限定・制約されてこなすことになる。実験の手法はすでに確立・最適化された手技を教員や上の院生が指導し頭ではなく体で覚えさせるため、たとえ内容が理解できていなくとも言われたままに手を動かしていればそれなりの結果が出てしまうことも多々ある(このため生物の研究が料理に例えられることが多い。料理を作るときになぜそのタイミングで煮たり、調味料を入れたりするのかなどを考えないのと同じである。味付けが各家庭で異なる如く謎の隠し味や変法も数限りなくある。)。
本来、研究とはテーマを考えることから始まり、目的を決め、それに至る研究手法を練り、得られた結果をどのように考察するか、その次にどうすればよいか、などを試行錯誤しながら進んでいくことで研究者としての資質や論理的思考力を身に付けるものである。そしてその過程で価値ある専門的技術をも習得する。しかし、前述のようなピペド作業は単なる肉体労働の奉仕作業にすぎず、学費と時間を費やした見返りがほとんど得られないという状況に陥る。
似て非なるもの
ちなみに、医師免許を有する者がポスドクもしくは大学院生の身分で、こういった分野の研究に従事している事も多いが、そういった者をピペドとは言わない。あくまで「不安定な身分(学生、院生、任期制職)で」というのが条件である。従って、非任期職についている者(もしくは非任期職に就職する事が決まっている者)についてもピペドという言葉は使わない。
他の「土方」との差異
関連語としてIT土方やメディア土方がある。いずれも、それぞれの労働環境の劣悪さから生じた俗称だが、これらの用語は、働いて賃金を得る被雇用者につけられるのに対し、ピペット土方の場合、研究を行ったり教育を受ける目的で学費を払っている院生や、キャリアパスであるはずのポスドク等につけられており、IT土方やメディア土方とピペット土方では、語が表す問題構造がまったく異なっている。大学という教育研究機関で労働集約的な研究体制が敷かれ、労働義務がないはずの大学生・大学院生が非教育的な搾取構造へと巻き込まれざるを得ない生物科学分野の現状を、ピペット土方という言葉は表していると言える。
経緯
1991年11月、文部省(当時)の大学審議会は、「大学院の量的整備について」という答申で、2000年までに大学院生を倍増させるという目標を設定した[7]。実際に目標は達成され、2000年時点の大学院在学者数は20万5000人となり、91年の9万8650人に対して倍以上の人数へと達した。それに伴い、博士号取得者も増加した[8]。
更に政府は96年の第1次科学技術基本計画で「ポストドクター等1万人計画」を打ち出し、ポスドクや博士課程の院生に給与や研究費を助成する支援事業を拡充した。2008年の時点で、日本国内のポスドクの数は1万6000人に達し、96年時点の6000人から2.6倍以上となっている[9](しかし、実質的に「ポスドク」と呼ばれる研究者は、奨学金を得ているポスドクや理化学研究所などの独立行政法人に任期付きで雇われているポスドク、国の大型プロジェクトで雇われているポスドクなど様々であり、2004年の時点で、「実際の国内ポスドクの数は2万人以上」と試算されていた[8])。
しかしながら、大学・短大の教員のポストの需要は、全分野を合わせても毎年9000人から1万人程度であり、アカデミックポストとポスドク・博士卒者の人数の需給関係は崩れている。任期終了後に失職する博士学位取得者が増大し、雇用不安が広がり、2000年代前半、ポスドク問題として認識されるに至った[8]。
このような状況がある中、2000年代前半にはミレニアム・プロジェクトなどの大型プロジェクトがいくつも立ち上がり、研究費で雇われるポスドクの数も増えた[10]。ヒトゲノム計画などが進行し、バブル的な状況にあったバイオ分野はその筆頭である[8]。バイオ分野に関するプロジェクトにおいては、個別的解析はそのほとんどを大学の大学院生を実質的な働き手として使っていた[11]。しかし、プロジェクト終了後、プロジェクトに動員された院生やポスドクたちの就職や研究の見通しが立たないことが問題視され、日本の科学行政が抱える問題を浮き彫りにする形となった[11]。生命科学系プロジェクトが終了する数がピークとなった時期は2006年度から2007年度にかけてであるが[12]、これを受ける形でピペドというスラングが2006年に発生し、2007年までに急速に浸透した。
既述の通り、生物科学分野において実験技術に関する障壁は低く、その上、産業分野での需要は薄い。他の理工系分野の博士卒者に比べ、生物科学分野の博士卒者の民間での専門職での就職は難しいものとなる。生物科学分野の専門職とは、食品業界や製薬業界での研究職があるという程度であり、これら職種の就職市場での規模は小さく、求職者同士で過当競争となる。博士学位取得の時点で通常は27歳を超えるので、専門分野以外での求職も難しい。結果、キャリアパスを描くことができない博士卒者が大量に生じている。現在では、ポスドク全体数のうち、ライフサイエンス分野のポスドクに属する者の数が圧倒的に多くなり、全体の4割を占めている状態にある[13][14]。
また、博士以上の取得者となると年齢的には30歳近くか30歳を超えることになり、民間企業は同じ未経験者であれば、給与が安く、年下となる大学新卒の22歳や修士卒の24歳の若い人材を取りたがるため、年功序列の慣習が残った日本では博士課程以上の新卒採用は業務と研究内容がある程度直結していない限り難しい。また、中途採用では企業の業務に直結した即戦力を求めるため、実務経験のない博士(時に生物系)さらにはポスドクの採用は極めて難しくなる。 これは、派遣社員やフリーターになったものが、なかなか正社員で採用されない理由と同じである。[15]
意義
最近では、ポスドク問題(あるいは余剰博士問題)や学歴難民といった言葉が、テレビや新聞などの各種メディアでも取り上げられる事が多くなり、博士の就職難は一般市民にも認知されるようになってきている。しかし現状ではまだまだ、全分野の博士・ポスドクをひとまとめに捉える段階から脱しきれておらず、特定の研究分野が抱える固有の問題点が見落とされがちである。「ピペド」という言葉により、特に余剰博士問題の深刻な生物学系の分野に焦点を当てて問題提起を行える事が期待されるという点で一定の意義があると考えられる。
理系の学科別のニーズの動向
マイナビが企業に対して実施した専攻別のニーズアンケートでも、生物系は11位であり低いものとなっている。 そのような関係で学部生を中心に専攻ロンダリングを行うという傾向もでてきている。[16]
【今後理系人材としてニーズの高い「学科系統」上場(102社)】 上位5つ選択(1を5ポイント、2を4ポイント、3を3ポイント、4を2ポイント、5を1ポイントで計算し、その数値を合算して集計)
1位:電気・電子系 320
2位:機械系 306
3位:情報工学系 146
4位:化学系 143
5位:材料系 122
6位:土木・建築系 97
7位:数学・情報科学系 69
8位:経営・管理系 50
9位:物理系 42
10位:農学系 33
11位:生物系 20
12位:航空宇宙・船舶海洋系 20
13位:薬学系 19
14位:その他理系 18
15位:医療・保険・看護系 8
16位:資源系 7
17位:獣医・畜産系 1
18位:医学・歯学系 1
19位:地学系 0
関連項目
外部リンク
脚注
- ↑ 1.0 1.1 (社) 日本生化学会機関誌「生化学」80巻、第8号778ページ、において「労働集約的な生物系の一面を揶揄したものと思われるが、「ピペド(ピペット奴隷などの略)」という酷い表現もネット上ではそれなりに普及している。」と博士課程の定員割れ問題ので取り上げられている。
- ↑ (WEB魚拓)(声)若手研究者 「ピペド」の現実 朝日新聞
- ↑ 『ピペドン』の由来について、「『月刊スピリッツ』で連載中の作品で、生命科学とかそこら辺が絡んでる話です。研究者のネット隠語で「ピペット奴隷」という意味の「ピペド」という言葉を編集さんから教えてもらったので使おうと思ったのですがそのままじゃ恥ずかしいので「ン」をつけました。」と説明されている(羽生生純の絵答え 第24回)。
- ↑ 研究者マンガ「ハカセといふ生物(いきもの)」技術評論社
- ↑ BLOGOS 「STAP問題が照らし出した日本の医学生物学研究の構造的問題」
- ↑ この少ない例外として、生物物理学、バイオインフォマティクス、システム生物学、生体高分子化学など。これらは物理学、情報科学といった博物学とは源流が異なる分野から派生した領域であるためである。
- ↑ WEDGE Infinity 「ポスドクは今の半分以下でいい 「産学連携」を大学変革のトリガーに」
- ↑ 8.0 8.1 8.2 8.3 日経バイオビジネス 2004.05 「大学院は出たけれど・・・」
- ↑ 第2回 バイオ系専門職における男女共同参画社会の大規模調査の分析結果
- ↑ 朝日新聞 2007年5月17日 朝刊 15頁 私の視点
- ↑ 11.0 11.1 現代化学 2007年5月号 タンパク3000がのこしたもの
- ↑ 生命科学系主要プロジェクト一覧
- ↑ 若手人材のキャリアパス多様化に向けて
- ↑ BLOGOS 「ポスドク問題とは、バイオバブル崩壊の結果である」
- ↑ 博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス) 榎木英介著
- ↑ 【4】今後理系人材としてニーズの高い「学科系統」 http://saponet.mynavi.jp/release/needs/rikou/2008/03.html