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2020年1月13日 (月) 01:12時点における最新版

実名報道じつめいほうどう)とは、マスメディアなどがある事象を報道する際、関係者や情報提供者の実名、あるいは関係する団体名を明示すること。報道の正確性の向上や公権力の監視を行なうために必要不可欠なものと従来考えられてきた。

日本では少年法において、家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者を実名報道を含めて人物の特定が可能な情報を伝えること(推知報道)を禁じている。

この規定について様々な論議があるほか、一部の週刊誌などではあえてこれに反して実名を伝える報道機関もある。

また、実名報道は報道被害につながるとの懸念もある。特に犯罪被害者については1990年代以降匿名での報道を求める声が強くなってきた。これを受けて政府内では実名報道を制限しようとする動きもあるが、各報道機関は、新聞社等の各メディア側が責任を持って個々に判断すべきとして、これに激しく反発している。

日本における状況[編集]

日本において、主要報道機関は実名報道を原則としている。ただし以下の場合などでは匿名で報道されることが多い。

  • 情報源を秘匿する場合[1]
  • 風評被害のおそれがある場合(企業名など)
  • 犯罪報道において、被疑者が未成年である場合(後述)
  • 被疑者に精神障害の疑いがある場合
  • 別件逮捕の被疑者や、参考人として事情聴取されている人物
  • 性犯罪事件の被害者
  • 被疑者が属する同国籍の者に差別を誘発する可能性がある外国人の場合

また、一般に通名を用いている人物に対して、戸籍に登録されるなどした公式の名前ではなく、通名により報道する事も多い。その典型が在日コリアン芸能人である。

さらに、新技術の発表などでは、会社名、部門名、研究の中心人物名のどれで発表するかについてはマスコミ自身が判断基準を持って行なっているとは思われない。

少年法61条と実名報道[編集]

現在日本で実名報道を制限している法令としては少年法がある。少年法61条において、家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者について本人を特定できる情報を報道すること(推知報道)が禁じられている。

第61条
家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。

これは、少年の名誉・プライバシーを保護することによって健全な育成をすすめる目的で定められている。この条文で直接に成長発達権を保障するものと考える意見も多い。ただし罰則が設けられているわけではない。そのため一部の週刊誌などでは実名が掲載されることが多々ある。

あくまでも少年法で禁止しているのは家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者に対してであり、逮捕者や指名手配者は含まれていない。

同様の概念は、少年司法の運用のための国際連合最低基準規則(北京規則)、および子どもの権利条約にも見ることができる。

しかし、こうした規定は表現の自由としての知る権利報道の自由を侵害し、違憲であるとする批判がある。プライバシーの保護と表現の自由が対立することを認めたうえで後者に優越的地位を認め、一定の条件下においては推知報道も許されるというものである。

1998年に起きた堺通り魔事件をめぐって、実名報道された男性が報道を行った新潮社に対して損害賠償と謝罪広告を求める訴えを起こしたが、2000年大阪高裁において新潮側が勝訴した。

歴史[編集]

ここでは、戦後日本における実名報道の歴史を記す。

1950~70年代[編集]

戦後しばらくは、実名報道の争点として少年法61条の扱いが注目された。

1950年日大ギャング事件では、未成年である犯人の実名を伝えた報道各社に対し、最高裁判所事務総長名で新聞協会に警告が発せられた。

1958年8月に起きた小松川高校女子生徒殺人事件でも、未成年であった犯人(および被害者)が実名で報道された。この事件を受けて日本新聞協会は最高裁側と協議を行い、同年12月に「少年法第61条の扱いの方針」を定めた。すなわち、犯人が逃走中の場合など社会的利益の擁護が強く優先する場合を除いて、原則として20歳未満の非行少年については推知報道をすべきでないとした。

その後も浅沼稲次郎暗殺事件連続ピストル射殺事件などでは未成年である容疑者の実名が報道されたが、1970年代になると非行少年に対する実名報道は見られなくなった。

一方、プライバシーの権利が注目されるにつれ、私生活を暴こうとするマスコミの姿勢に対して誤報などの際に批判が聞かれるようになった。

三億円強奪事件をめぐって、1969年に犯行現場近くに住む男性が別件逮捕で取り調べを受けたが、このとき多くの報道機関が実名入りで私生活を書きたてた。直後に男性は無実とわかり、人権侵害が問題視された。

1974年に起きた松戸OL殺人事件においては、警察の捜査方法に対して早くから疑問の声があがっていたが、マスコミは逮捕された男性を犯人視する報道を続けた。男性は一審で有罪となったが1991年二審で無罪と認定された。この事件は後に浅野健一らによる匿名報道論の出現につながっていく。

1980年代~[編集]

この時期、加害者に比べて被害者が保護されないという不満の声が多くあがるようになり、実名報道論議に大きな影響を与えた。また、いわゆる「政治離れ」が進むとともに既存メディアと民衆の乖離が徐々に見られるようになり、「第四の権力」視されるマスコミに対して規制論も叫ばれるようになった。

1989年、女子高生コンクリート詰め殺人事件が発生し、その残虐性に世間は驚愕した。この時『週刊文春』は逮捕された少年を実名で報道した。このことは大きな論議を呼び、商業主義であるという批判も噴出したが、これに続いて1992年の市川一家4人殺人事件、1994年の連続リンチ殺人事件、1997年の神戸連続児童殺傷事件、1998年の堺通り魔事件などで、雑誌メディアが次々と実名報道した(連続リンチ殺人事件については実名に酷似した仮名)。

一方、報道被害の問題が頻繁に取り上げられるようになり、これと実名報道を結びつける意見が強まっていった。すでに1987年には日弁連が「人権と報道に関する関する宣言」の中で匿名報道を求めるといった動きがあったが、1990年代に入り松本サリン事件神戸連続児童殺傷事件東電OL殺人事件和歌山毒物カレー事件文京区幼児殺害事件などで事件のたびに報道被害の深刻さが指摘され、マスコミの姿勢に疑問がもたれるようになった。報道機関側は放送倫理・番組向上機構の設立や新聞倫理綱領の改訂などの対策をとったが、自浄作用が疑問視される中で犯罪被害者の早期保護が叫ばれた。

こうした中で、2000年代に入って政府内でマスコミの規制を求める動きが活発になった。2001年から2002年にかけて、個人情報保護法案人権擁護法案が議論された。報道各社はこれらを「メディア規制法案」として激しく反発したが、一方で読売新聞が対案を出して政府が審議に応じるなど、足並みがそろわなかった。

2005年には犯罪被害者を支援する基本計画案において、事件・事故の被害者を実名・匿名のいずれで発表するかを警察が判断する方針を政府がうちだし、激しい議論がおこっている。

2006年山口女子高専生殺害事件で、犯人とみられる同級生の男子学生(19)について、『週刊新潮』が再犯のおそれがあると判断し実名を公表した。同誌発売日の午後になってこの男子学生が自殺していたことが判明。その直後から日本テレビテレビ朝日読売新聞が実名報道した。3社はその理由として(1)少年法の目的である少年の保護、更生が少年の死亡により不可能になったこと(2)事件が非常に重大かつ残虐なものであったことを挙げている。この事件では少年の実名や、少年が逃走に使ったバイクの情報をもっと早く公表すべきだったとする意見がある。この件に関連し、『週刊新潮』と同一発売日の『週刊文春』が、「現実に殺人を起している人物が逃走しているのに、なぜ容疑者の氏名、顔写真等を全く公開しないのか」と迫る意図で、容疑者のイニシャルの一部や目隠し写真を誌上に載せている事例もある。

在日外国人を始めとする通名の扱いについても議論があり、報道各社の判断は分かれている。

諸外国における状況[編集]

イギリス・アメリカ[編集]

英米においては実名報道には積極的である。イギリスでは、法廷侮辱法によって陪審に予見を与える報道は禁じられているものの、実名報道自体は認められている。アメリカでは憲法修正1条言論の自由が強く保障されており、実名報道を求める声は強い。

こうした考えは、権力が行使される過程を明らかにすることによって市民による監視が可能になるとする理念(Open Justice)から来ている。逮捕勾留に関して情報が隠されること自体が人権侵害であるとも考えられている。

ただ、一般に逮捕時の報道よりも裁判記事が重視される傾向にある。また逮捕後の有罪率が高い日本では「逮捕=その者が犯人」と思われやすいのに対し、逮捕後の有罪率がそれほど高くなく逮捕された容疑者を必ずしも犯人と同視しないことから、基礎事情が異なる。

少年事件における報道はそれぞれ制限があり、イギリスでは原則18歳未満の少年が審理される場合は匿名、アメリカは各州によって異なる。ただし大きな事件の場合、世論の後押しもあって実名が掲載される場合も多い。

近年では両国とも犯罪報道の過熱化が進んでおり、タブロイド紙によるセンセーショナルな報道は議論を呼ぶこともある。

フランス[編集]

フランスも実名報道が原則である。ただし、推定無罪原則に反したり不必要に私生活を暴くような記事は厳しく規制される。

スウェーデン[編集]

スウェーデンは原則匿名である。犯罪報道の場合、公人を除けば有罪判決が出ても匿名で扱われる。制度の背景には情報公開制度が高度に発達していることに対する安心感のほか、タブロイド紙に分類されるメディアが少ないこと、また政府が新聞社に助成金を出して保護していることなどがあると言われている。

韓国[編集]

「李某さん」「李某容疑者」と姓に「某(なにがし)」とつける匿名に近い報道が行われている(韓国では同じ名字を持つ人が多いため匿名に近い)。 なお、2文字の名字(南宮など)の場合も同じ。

実名報道をめぐる論議[編集]

一般に匿名報道論の主張として、本人の意に反して実名が報道されることによってプライバシーの侵害など報道被害につながることがあげられる。

これに対し実名報道論の主張は多岐にわたるが、おおむね以下のように分類できる。

優越的地位
プライバシーの権利などは憲法13条の幸福追求権から間接的に導かれるのに対し、表現の自由は憲法で強く保障されているので、これに優越的地位があるというもの。ほぼ無条件に優越性を認めるものと、実際には個別具体的に判断するものに分かれる。
ただし、これは基本的に「国家によって報道が規制されることの害悪性」を説いたものであり、中にはこの説を採りつつも実名報道そのものには懐疑的な論者も存在する。
記事が読者に与える信憑性
記事の正確性・説得力を読者(視聴者)に伝えるためには、実名報道が不可欠であるとする考え方。
公権力の監視
実名に基づく記事を扱うことで、マスコミ、および記事を見る国民が公権力を監視しやすくなるという考え方。特に、事件の経緯や捜査の実態など、警察に対する監視の必要が強く主張される。一般に報道関係者が最も重視していると言われる機能の一つ。
また、情報源を秘匿するために匿名を用いることがあるが、こうした手法が乱用されると誤報情報操作が発生しやすいと指摘されている。
応報的制裁
事件を起こした者に対して、氏名などの情報を公表することによって社会的制裁を加えるべきだとする説。犯罪者をさらし者にすることによって一般予防効果も期待できるとする。
特に、中堅以上の企業は被疑者や被告、(元)受刑者の氏名をチェックし、マークする部署もあるので、刑を終えて社会復帰したとしても、該当の企業へは一切就職させないようにすることもできる。
また、日本においては捜査機関が逮捕した者が有罪になるケースがきわめて多く、このことが応報的制裁が支持される理由であると考えられる。
しかし、憲法において私的制裁が明確に禁止されている中で、一私企業にすぎないマスコミがそのような権限を主張することに対して極めて厳しい批判がある。
犯罪行為による「人権の減少」
犯罪行為を行えばその人物の社会的評価は低下するので、保護される名誉やプライバシーも限られたものになるという考え方。
また、犯罪者にはそもそも人権は認められないのだという主張も一部に存在する。女子高生コンクリート詰め殺人事件の際、犯人の少年を実名報道した『週刊文春』はその理由として「野獣に人権はない」などと主張している。
しかし、単に逮捕されたに過ぎない時点でその者を「犯罪者」として確定したものと扱うことに説得力が十分といえない。
また、人権は憲法で誰にでも保障されているものである以上、一週刊誌に犯罪容疑者の人権の有無を決定する権限は存在せず、「犯罪行為で人権が減少する」との考え方には説得力が乏しいという意見が強い。

報道する側の実名について[編集]

報道関係者が実名報道の重要性を力説する反面、報道関係者の実名が出ることが少ないという批判も多い。日本の新聞には署名記事が少ないことや[2]、報道関係者が事件を起こした場合の報道は消極的になることがあり、恣意的である(「社員のプライバシー」などと理由をつけることも多い)などである。

また、日本のマスコミは警察官や検察官の名前を報じないことがほとんどで、公権力の監視に役立っていないことや、捜査機関の情報操作に遭いやすいという批判も多い。

実名報道すべき範囲[編集]

実名報道派と匿名報道派に共通しているのが政治家や官公庁・大企業の幹部などのいわゆる公人は実名で報道すべきということである。

一般市民に関しては、実名報道派は被疑者・被告人・受刑者は実名、それ以外は匿名を求める傾向が強く、匿名報道派は全て原則匿名を求める傾向が強い。

問題点[編集]

議論を伝えるべきマスコミが当事者ということもあり、論点がかみ合わなかったり感情論に陥ることが多くあると言われている。特に1980年代に匿名報道論が提示されてしばらくは一方的な議論がしばしばあった。また加害者の実名報道を促進する一方で被害者は匿名にという論理がそもそも感情論であるという批判がある。記者クラブ制度によって報道機関が独占的に実名を入手していることに対する不満、報道機関の自主規制に対する不信感も対話を困難にしている。

一方、報道被害を考える際に実名報道論議は根本的な解決にはならないという意見もある。マスコミのセンセーショナルな姿勢や報道の人物中心主義にこそ本質的な問題があるというものである。

脚注[編集]

  1. 被疑者の知人や不祥事を起こした組織の元関係者に対して顔を撮影しないかもしくはモザイクをかけて取材することがよく見られる。声もボイスチェンジャーで変えることがある。しかし、捏造の温床となる危険性が指摘されている。
  2. 毎日新聞』は原則として記者の署名を入れているが、署名の入っていない記事もある。

関連書籍[編集]

  • 浅野健一『犯罪報道の犯罪』(学陽書房(1984年)、講談社、新風舎)順にISBN 4313830499,ISBN 4061839926,ISBN 4797493925
  • 浅野健一、山口正紀 『匿名報道―メディア責任制度の確立を』 学陽書房、1995年。ISBN 4313817026
  • 田島泰彦、新倉修(編) 『少年事件報道と法―表現の自由と少年の人権』 日本評論社、1999年。ISBN 4535511829
  • 松井茂記 『少年事件の実名報道は許されないのか―少年法と表現の自由』 日本評論社、2000年。ISBN 4535512582
  • 高山文彦 『少年犯罪実名報道』 文藝春秋、2002年。ISBN 4166602616
  • 読売新聞社(編) 『「人権」報道―書かれる立場、書く立場』 中央公論新社、2003年。ISBN 4120033554
  • 中馬清福 『新聞は生き残れるか』 岩波書店、2003年。ISBN 400430833X
  • 高橋シズヱ、河原理子(編) 『〈犯罪被害者〉が報道を変える』 岩波書店、2005年。

関連項目[編集]

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