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		<title>砥部焼 - 変更履歴</title>
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		<title>219.122.83.83: 新規</title>
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				<updated>2010-04-23T03:34:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;新規&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''砥部焼'''（とべやき）は、[[愛媛県]][[砥部町]]を中心に作られる[[陶磁器]]である。一般には、食器、花器等が多い。愛媛県指定無形文化財。別名'''喧嘩器'''とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後背の山地から良質の[[陶石]]が産出されていたことから、[[大洲藩]]の庇護のもと、発展を遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やや厚手の[[白磁]]に、呉須と呼ばれる薄い藍色の手書きの図案が特徴。砥部焼の多くは手作り成形のため、全国的に見ても決して大産地や有名産地ではないが、独特の風合いが愛好家に評価されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、近年ブームの[[讃岐うどん]]の器としても砥部焼はよく用いられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歩み==&lt;br /&gt;
砥部焼は、[[大洲藩]]・九代藩主、[[加藤泰候]]（かとう やすとき）の時代に、藩の財政を立て直すため、砥石くずを使った[[磁器]]づくりを命じたことに起源を発するといわれている。命じられた杉野丈助（すぎの じょうすけ）が砥部の五本松という所に[[登り窯]]を据え、苦労の末に[[1777年]]（安政6年）にようやく白地に藍色の焼き物作りに成功したといわれる。焼き物に必要な薪も近くの山々で豊富に採れたうえ、傾斜地に流れる渓流や小川は[[水車]]を据えるのに適しており、原料の砥石を砕き陶土にするのに盛んに用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
嘉永元年（[[1848年]]）、トンバリと呼ばれるレンガ造の窯が導入される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治期に入ると、[[廃藩置県]]により、工芸技術者の行き来が盛んになり、それまで各藩が抱え込み、門外不出とされた陶磁器作りの技術が流出し、瀬戸や唐津、あるいは京都などの当時の先進地の情報が砥部にもたらされるようになり、砥部焼も量産が可能となった。明治5年頃からは松前（現在の[[伊予郡]][[松前町 (愛媛県)|松前町]]）の唐津船で、販路を全国へと広げていった。もともと、松前は海に面しており、小船を生かし沿岸の街を行き来する商人が居た。ただ、松前は[[伊予松山藩|松山藩]]、砥部は[[大洲藩]]であり、住民の交流は乏しかったが、松前の商人が砥部焼の商品性に着目し、商品として扱うよう求めたものであり、これも廃藩置県の一つの副次効果といえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、輸出商品として、[[郡中港]]（現在の[[伊予港]]（[[伊予市]]））から出荷された時期もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日では、独立して窯を開く職人もみられ、また女性作家も増えているなど、日用工芸品としての道を歩んでいる。[[2005年]]（平成17年）[[12月27日]]愛媛県指定無形文化財。技術保持者として、酒井芳美氏（雅号・芳人、砥部町五本松）が認定される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[杉野丈助]]&lt;br /&gt;
*[[向井和平]]&lt;br /&gt;
*[[伊藤允譲]]&lt;br /&gt;
*[[木曜劇場|フジテレビ木曜劇場]]（当枠の多くの作品の劇中にて砥部焼の瀬戸物が供給されている）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.town.tobe.ehime.jp/index.html 砥部町]&lt;br /&gt;
*[http://irc.iyobank.co.jp/topics/close-up/no070.htm 水車小屋の紹介]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とへやき}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の陶芸]]&lt;br /&gt;
[[Category:都道府県指定無形文化財]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛媛県の文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:砥部町]]&lt;/div&gt;</summary>
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