<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=Harukyan</id>
		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
		<link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=Harukyan"/>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/Harukyan"/>
		<updated>2026-04-07T06:39:56Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
		<generator>MediaWiki 1.25.1</generator>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E5%8B%9D%E7%BE%8E&amp;diff=325904</id>
		<title>中勝美</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E5%8B%9D%E7%BE%8E&amp;diff=325904"/>
				<updated>2016-07-11T13:47:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Harukyan: 大阪医療刑務所で病死&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:中勝美1.png|350px|thumb|中　勝美]]&lt;br /&gt;
'''中 勝美'''(なか かつみ)とは、生まれながらの犯罪者であり強姦魔かつ殺人鬼である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生い立ち ==&lt;br /&gt;
[[京都府]][[舞鶴市]]生まれ。子供の頃に母親が離婚し、後に再婚。母親の再婚相手の家の離れで暮らす。再婚相手は警察官だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中学生時分より脅迫、恐喝の犯歴があり、少年院を出たり入ったりしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 最初の殺人(1973年　25歳) ==&lt;br /&gt;
少年院出所後は、職を転々とするものの真面目に働く。京都や大阪で、自動車の見習工や警備員のバイト、飲食店などに勤務していた。24歳の時に知り合った[[ホステス]]の林 好子さんと舞鶴で同棲を始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし中が25歳の時、当時舞鶴市で同棲生活をしていたことを良く思わぬ、林さんの家族が林さんを[[滋賀県]]の実家に連れ戻した。そのことを知った中は、彼女の滋賀県にある実家まで追いかけた。その後、玄関前で待ち伏せをし、林さんとその兄を刺殺。更にそのあと、別の民家に立てこもり2名の人質を取った末、6時間も籠城。結果、中は警察の説得の応じ投降、逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『1973年9月17日草津市内で林さん兄妹を刺殺後、滋賀県の住宅で 人質2人とともに篭城（中勝美25歳、料理店員）』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たった懲役16年の判決。しかも12年で仮釈され出所した。[[1985年]]頃に出所。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 強姦に失敗し海上自衛官に捕まる(1991年　43歳) ==&lt;br /&gt;
夜道のいたずら男つかまえた。2自衛官「お手柄」舞鶴 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舞鶴市浜の市道で、[[1991年]][[9月12日]]午後7時25分ごろ、女性(21)にいたずらしようとした男を、同市余部下、海上自衛官・吉開勝治3佐(46)と同市桃山町、海上自衛官・吉田雄二郎海士長(26)が協力して取り押さえ、舞鶴東署に引き渡し。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べでは、男は同市朝来西町、グラインダー工員・中勝美容疑者(43)で、同時刻ごろ女性の自転車に後部から体当たりして転倒させた。[[自転車]]で通りかかった吉開3佐が悲鳴を聞いて駆けつけ、あわてて逃げる中勝美容疑者を40メートルほど追跡、騒ぎに気づいた吉田海士長とともに現行犯逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同署は、女性が顔などに約10日間のけがをしていたため、傷害と強制わいせつの疑いで調べている。自衛官2人には感謝状を贈ることにしている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時に転倒した女性に対して顔などを鈍器のようなもので執拗に殴っている。舞鶴女子高生殺害の被害者の小杉美穂さんも自転車に乗っていて同じようにバールのようなもので激しく殴られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件で中は懲役6年。[[1998年]]頃、満期出所する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2001年 舞鶴高3女子殺害事件発生(未解決事件) ==&lt;br /&gt;
[[2001年]][[11月17日]]、府立海洋高校13年の新谷茜さん(18歳舞鶴市多門院)が自宅から北西3.5km水深約60cmの志楽川で遺体で発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歯型などから5日夕から行方不明だった同市多門院、府立海洋高校3年の新谷茜さん(18)と確認された。首に鋭利な刃物で切られたような跡があったことから、府警は殺人事件とみて捜査を始めた。調べでは、新谷さんは、国道27号にかかる田中橋の上流約50メートルに、うつぶせの状態で浮かんでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新谷さんは宮津市内にある高校まで列車で通学していた。5日は、2時限で早退した。同級生に「舞鶴市内にある高専の学園祭に行く」と話していたという。同日夕、高専近くの友人宅を訪れたが、不在だったため、立ち去ったらしい。同日午後5時半ごろ、志楽川近くの 路上で1人でいるところを、知人が目撃している。それを最後に行方が分からなくなり、6日夕に家族が捜索願を出していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都府[[舞鶴市]]の[[志楽川]]で、[[府立海洋高校]]3年新谷茜さん(18)が遺体で見つかった事件で、茜さんは2001年11月5日に行方不明になった直後に殺害された可能性が高いことが11月18日、京都府警捜査1課の調べで分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、茜さんの死因は鋭利な刃物による首の刺し傷からの出血が気道に詰まった窒息死と判明。死後10日前後が経過していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同課は同日、舞鶴東署に捜査本部を設置、行方不明になった前後の足取りを調べるとともに、凶器などの発見を急いでいる。発見現場からは、所持していた手提げかばんや靴が見つかっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査本部は、茜さんが行方不明になった直後に殺害され、川に運ばれて捨てられたとみている。茜さんは5日、2時限目の授業が終わった後、学校を早退。男友達と学園祭が開かれていた舞鶴市内の高等専門学校を訪れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
茜さんの通っていた海洋高校では18日、緊急の職員会議を開いた。小林憲彦校長は「大変ショックで悲しい。新谷さんのごめい福を祈るとともに事件の解決を願っている」と声を詰まらせた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3年後の2004年 ===&lt;br /&gt;
京都府舞鶴市の志楽川で当時、海洋高3年の新谷茜さん(18)＝同市多門院＝が遺体で見つかってから2004年11月17日で丸3年を迎えた。殺人容疑で捜査を続けている府警捜査本部(舞鶴東署)は同日、発見現場近くのスーパーと[[JR東舞鶴駅]]前で市民に情報提供を求めるチラシを配り、捜査への協力を呼びかけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新谷さんは2001年11月5日夕、同市田中町で見かけられたのを最後に消息を絶ち、同17日に近くの志楽川で遺体で見つかった。府警は殺人容疑で捜査本部を設置。遺留品の捜索や聞き込みなどを続けているが、凶器が未発見で事件解明には至っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日は捜査員ら7人が、新谷さんの特徴などを書いたチラシとティッシュペーパーを田中町のスーパーなどで配布し、「ささいな情報でも連絡を」と協力を呼びかけた。チラシを受け取った主婦らは「あれからもう3年ですか」と話していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2008年　舞鶴高1女子殺害事件発生 ==&lt;br /&gt;
詳細は[[舞鶴高1女子殺害事件]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2008年11月15日 下着ドロ、賽銭ドロで逮捕 ==&lt;br /&gt;
この時、中勝美60歳。[[生活保護]]を受給し鉄屑拾いをして糊口を凌いでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2009年4月7日 女子高生の殺人容疑で逮捕 ==&lt;br /&gt;
詳細は[[舞鶴高1女子殺害事件]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2013年5月28日 大阪市西成区内のコンビニにてアダルト雑誌を万引きし現行犯逮捕 ==&lt;br /&gt;
京都府舞鶴市で平成20年5月、府立高校1年の小杉美穂さん＝当時(15)＝が殺害された事件で殺人罪などに問われ、2審・大阪高裁で無罪判決を受けた大阪市西成区梅南、無職、中勝美被告(64)＝検察側が上告＝が、自宅近くのコンビニでアダルト雑誌1冊を万引したとして、窃盗容疑で現行犯逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中容疑者は「家から持ってきた」と否認している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
28日午前7時45分ごろ、[[大阪市]][[西成区]]旭の「[[ファミリーマート]]花園町店」で、アダルト雑誌1冊(680円相当)を万引した。中容疑者が成人雑誌コーナーで雑誌を手に取り、シャツの下に隠して店外に出るのを、控室で防犯カメラ映像を見ていたアルバイトの女性店員(34)が発見。店内の男性客とともに店のすぐ近くの路上で中容疑者を取り押さえ、通報で駆けつけた署員に引き渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中容疑者が万引したのは人妻を特集した雑誌だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小杉さん殺害事件をめぐっては、大阪高裁が2012年12月、「被告を犯人とするには合理的疑いが残る」として、中容疑者を無期懲役とした1審京都地裁判決を破棄、逆転無罪を言い渡している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2014年 推定無罪を勝ち取る ==&lt;br /&gt;
=== 中勝美被告に1審無期懲役判決。京都地裁、笹野明義裁判長 ===&lt;br /&gt;
京都府舞鶴市で2008年に府立高校１年の小杉美穂さん(当時15歳)が殺害された事件で、殺人と強制わいせつ致死の罪に問われた中勝美被告(62)に対し、京都地裁は[[2011年]][[5月18日]]、無期懲役(求刑・死刑)を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[笹野明義]]裁判長は「被告が被害者の遺留品の特徴を知っていたことから犯人であることが強く推認される」とし、「犯行態様は冷酷残虐だが、周到に計画したり、ことさらに残忍な殺害方法を選択した事案とは異なり、死刑の選択がやむを得ないとまでは言い難い」と量刑理由を述べた。被告側は控訴する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判で被告側は一貫して無罪を主張。被告と事件を結びつける直接証拠がない中、防犯ビデオの画像鑑定や目撃証言など、検察側が積み重ねた状況証拠をいかに評価するかが最大の焦点となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決は、現場に至る道路で被告と被害者を見たとする目撃者2人の証言の信用性を認め、道路沿いの3カ所にある防犯ビデオの画像も目撃証言と合わせて検討し、「映っている男は被告であり、犯行現場近くに犯行時刻に近接した時間、被害者と一緒にいた」と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、検察側の画像鑑定は「単なる印象に基づくものが多い」として証拠能力を認めなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続いて被害者の遺留品を詳細に説明した被告の供述について検討。「自発的にされたと認められ、供述を求めた捜査官に違法なものはない」としたうえで、「非公表の特徴と合致する具体的な供述で、知る機会があるのは犯人の他にはほとんど考えられない」と検察側の立証に沿う判断をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
量刑について笹野裁判長は「経緯、動機に酌むべき点はない」と指弾したが、「同種前科の刑期終了後は暴力的犯罪を行っておらず、偶発的な面もある」などとして死刑回避の理由を述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件は裁判員制度の施行約１カ月前に起訴され、裁判官3人が審理した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都地裁は状況証拠の積み重ねによる立証を認め、無期懲役を言い渡した。[[和歌山毒物カレー事件]]([[1998年]])や[[仙台・筋弛緩剤混入点滴事件]]([[2000年]])と同様、直接証拠がない中で有罪を導いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
状況証拠による立証について[[最高裁]]は[[2010年]]4月、「犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が必要」との基準を示した。同年12月、[[鹿児島夫婦殺害事件]]([[2009年]])の[[裁判員裁判]]はこの基準を踏襲し、現場から被告の指紋が出ていたが無罪(求刑・死刑)を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回の判決では、防犯ビデオの画像と目撃証言を合わせ、検察側が主張する被告と被害者の事件前の足取りを認定し、被害者の遺留品に関する被告の供述調書も「自発的なもの」と認めた。しかし、ビデオ画像が不鮮明だったことには言及せず、別人物が犯行に及んだ可能性については「想像し難い」と説明しただけで、最高裁基準を厳密に検討した形跡は見られない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞鶴高1女子〈小杉美穂さん〉殺害事件。中勝美被告の無罪確定へ(2014年7月) ===&lt;br /&gt;
京都府舞鶴市で2008年、高一少女を殺害したとして、殺人罪などに問われた中勝美被告(65)について、[[最高裁]]第一小法廷([[横田尤孝]](ともゆき)裁判長)は、検察側の上告を棄却する決定をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無期懲役とした一審・京都地裁判決を破棄し、逆転無罪とした二審・大阪高裁判決が確定する。決定は8日付で、裁判官五人の全員一致。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中被告は一貫して否認。裁判では、凶器など直接証拠がない中、目撃証言など状況証拠の評価が争点となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
決定理由で横田裁判長は「事件現場近くで被害者と歩く被告と似た男を目撃したとする男性の証言は、取り調べを重ねるにつれ、年齢や目など被告の特徴と一致するように変遷している」と信用性を否定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中被告は捜査段階で「知人が被害者の化粧ポーチや下着を川に捨てるのを見た」と供述。一審は、中被告がポーチの色や形状などを詳細に説明した点を「犯人のほかに考えられない」と判断したが、横田裁判長は「遺留品の特徴について当初はあいまいだったが、長時間の取り調べで具体的になり、信用性に疑問がある」と取調官の誘導を示唆。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「二審の判断に事実誤認があるとは認められない」と結論付けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年5月の一審判決は検察側の死刑求刑に対し無期懲役、2012年12月の二審判決は無罪とした。中被告は二審判決後に釈放されたが、窃盗罪で実刑判決を受け、大阪拘置所で服役中。弁護士を通じ「無実が証明されてほっとしている。京都府警と検察官に強い憤りを持っている」とコメントした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都府舞鶴市の女子高生殺害事件の上告審で、最高裁第1小法廷は捜査機関による供述の示唆や誘導を否定して上告した検察側の主張を退けた。最高裁が証拠の内容を再検討して無罪を維持したことで、状況証拠の積み重ねによる有罪立証の難しさを改めて示す形となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
状況証拠による立証のあり方について、最高裁は2010年、大阪市の母子殺害放火事件の判決で「被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が含まれることを要する」と述べ、高いハードルを課している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記録が残る1983年以降、死刑求刑に対する無罪判決が最高裁で確定するのは、広島市の母娘3人殺害事件の上告棄却決定(2012年2月)に続き2例目。異例の事案だけに、小法廷も判例に沿って目撃証言や被告の供述の信用性を精査し、2審判断を「合理的」と結論付けたとみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直接証拠がない事件で、死刑求刑に対して被告が無罪を主張した裁判員裁判では、鹿児島地裁が夫婦殺害事件で2010年に無罪を、さいたま地裁が[[首都圏連続不審死事件]]で2012年に死刑を選択している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中勝美元被告、女性刺し現行犯逮捕。舞鶴高1女子殺害事件で無罪確定(2014年11月) ==&lt;br /&gt;
[[大阪府警]]は2014年[[11月5日]]、[[大阪市]]北区で女性を刺したとして、殺人未遂で、舞鶴高1女子殺害事件で逮捕・起訴され無罪判決が確定した無職、中勝美(66)を現行犯逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中は、5日午前8時40分ごろ、大阪市北区兎我野町の雑居ビルで女性(38)を刺した。府警曽根崎署や消防によると、女性は顔や胸、背中など約10カ所を刺された。中は「ママの上半身を数回ナイフで刺した」などと供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中は[[京都府]][[舞鶴市]]で[[平成20年]]5月、府立高校1年の女子生徒＝当時(15)＝が殺害された事件で殺人罪などに問われたが、2014年7月に無罪が確定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年5月には、[[大阪市]][[西成区]]のコンビニで雑誌を万引したとして窃盗で逮捕され、[[大阪地裁]]で同8月、懲役1年2月の実刑判決を言い渡されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現場は[[大阪市営地下鉄]][[谷町線]][[東梅田駅]]から東に約300メートルの繁華街。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞鶴高1の母親「驚きと憤り」無罪の男逮捕受け ===&lt;br /&gt;
中勝美容疑者(66)が殺人未遂で[[大阪府警]]に逮捕されたことを受け、[[京都府]][[舞鶴市]]で殺害された高校1年小杉 美穂さん＝当時15歳＝の母親(44)は5日、「一報を聞いて、驚きと共に憤りを感じた。一番恐れていたことが現実となってしまった」とのコメントを発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代理人の細川治弁護士が同日、京都地裁で記者会見してコメントを発表。母親は「捜査機関には（大阪の事件の）真相解明に向けて全力を挙げてほしい。被害に遭われた方の回復を心から願っています」とつづった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 医療刑務所で病死　大阪の殺人未遂事件で服役中に(2016年7月 67歳) ==&lt;br /&gt;
2014年11月５日に大阪市北区で女性を刺し、殺人未遂及び強制わいせつ致傷で2016年3月に大阪地裁で懲役16年の判決を受け服役中だった中勝美受刑者(67)が堺市北区の[[大阪医療刑務所]]で病死したことが、2016年7月11日に関係者への取材でわかった。[[大阪刑務所]]に服役中に体調を崩し医療刑務所に移送されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なか かつみ}}&lt;br /&gt;
[[Category:舞鶴市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:2013年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:1973年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:未解決の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代の殺人事件 (戦後)]]&lt;br /&gt;
[[Category:殺人の前科のある人物による殺人事件]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Harukyan</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%A8%B2%E6%AF%9B%E9%A7%85&amp;diff=284693</id>
		<title>稲毛駅</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%A8%B2%E6%AF%9B%E9%A7%85&amp;diff=284693"/>
				<updated>2015-04-20T15:34:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Harukyan: /* 歴史 */ 1993年改札口が自動改札化される、を追記&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:稲毛駅1.jpg|400px|thumb|稲毛駅]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:稲毛駅2.jpg|400px|thumb|稲毛駅]]&lt;br /&gt;
'''稲毛駅'''（いなげえき）は、[[千葉県]][[千葉市]][[稲毛区]]稲毛東三丁目にある、[[東日本旅客鉄道]]（JR東日本）[[総武本線]]の[[鉄道駅|駅]]である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
運転系統としては、[[急行線|快速線]]を走る[[総武快速線]]、および[[急行線|緩行線]]を走る[[中央・総武緩行線|中央・総武線各駅停車]]の2系統が停車する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
* [[1899年]]（[[明治]]32年）[[9月13日]] - [[総武鉄道]]幕張 - 千葉間に開業。旅客・貨物の取り扱いを開始。&lt;br /&gt;
* [[1907年]]（明治40年）[[9月1日]] - [[鉄道国有法]]により買収され、[[日本国有鉄道|国有鉄道]]の駅となる。&lt;br /&gt;
* [[1960年]] (昭和35年) [[10月1日]] - 稲毛駅東口開設促進会の働き掛けにより東口完成。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（[[昭和]]53年）[[3月31日]] - 貨物扱いを廃止。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56年）[[10月1日]] - [[総武快速線]]の停車駅となる。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）[[4月1日]] - [[国鉄分割民営化]]により、JR東日本の駅となる。&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（[[平成]]5年） - 改札口が自動改札化される。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（[[平成]]13年）[[11月18日]] - ICカード[[Suica]]供用開始。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）3月 - 上下[[エスカレーター]]・[[エレベーター]]設置。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 駅構造 ==&lt;br /&gt;
[[プラットホーム#形状と配置|島式ホーム]]2面4線を有する[[高架駅]]である。[[みどりの窓口]]（営業時間 6:00 - 22:00）、[[Suica]]対応[[自動改札機]]、指定席券売機が設置されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== のりば ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 2012年2月時点での現地のLED発車標ならびにLED電照式案内標の表記に準拠 ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!番線&amp;lt;!-- 事業者側による呼称 ---&amp;gt;!!路線!!行先&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 1&lt;br /&gt;
| {{Color|#ffd400|■}}総武線（各駅停車）&lt;br /&gt;
|[[西船橋駅|西船橋]]・[[秋葉原駅|秋葉原]]・[[新宿駅|新宿]]方面 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 2&lt;br /&gt;
| {{Color|#ffd400|■}}総武線（各駅停車）&lt;br /&gt;
|[[千葉駅|千葉]]方面&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 3&lt;br /&gt;
| {{Color|navy|■}}総武線（快速）&lt;br /&gt;
| [[船橋駅|船橋]]・[[錦糸町駅|錦糸町]]・[[東京駅|東京]]方面&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 4&lt;br /&gt;
| {{Color|navy|■}}総武線（快速）&lt;br /&gt;
|千葉方面&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用状況 ==&lt;br /&gt;
[[2013年]]度の一日平均乗車人員は50,138人で、JR東日本全体で93位、[[千葉市]]の駅の中では第3位であった（1位は[[千葉駅]]、2位は[[海浜幕張駅]]）。&lt;br /&gt;
1981年に快速が停車するようになってから、両隣の新検見川駅・西千葉駅の利用客を取り込み、急激に利用客が増えていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
JR東日本および千葉県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!年度&lt;br /&gt;
!一日平均&amp;lt;br/&amp;gt;乗車人員&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1990年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|56,742&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1991年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|57,272&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1992年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|57,016&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1993年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|57,384&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1994年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|56,399&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1995年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|55,653&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1996年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|54,782&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1997年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|53,053&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1998年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|52,206&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1999年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|51,943&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2000年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|51,487&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2001年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,940&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2002年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,297&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2003年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,172&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2004年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|49,613&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2005年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|49,323&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2006年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|49,770&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2007年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,096&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2008年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|51,076&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2009年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,694&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2010年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,276&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2011年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|49,472&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2012年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|49,465&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2013年&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:right;&amp;quot;|50,138&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 駅周辺 ==&lt;br /&gt;
高架下にショッピングモール「ペリエ」（かつては「めりーな」だった）があり、専用の[[改札|改札口]]が併設されている。&lt;br /&gt;
=== 東口 ===&lt;br /&gt;
* [[イオン (店舗ブランド)|イオン]] 稲毛店&lt;br /&gt;
* [[みずほ銀行]] 稲毛支店&lt;br /&gt;
* [[京葉銀行]] 稲毛支店&lt;br /&gt;
* [[千葉銀行]]、[[三菱東京UFJ銀行]]、[[千葉興業銀行]]の[[現金自動預け払い機|ATM]]や、[[ミスタードーナツ]]、[[松屋フーズ|松屋]]、[[ココス]]、[[ミニストップ]]などがある。&lt;br /&gt;
* 稲毛区役所&lt;br /&gt;
* 稲毛[[図書館]]&lt;br /&gt;
* [[千葉市立小中台小学校]]&lt;br /&gt;
* [[千葉県立千葉女子高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[敬愛学園高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[敬愛大学]]&lt;br /&gt;
* [[放射線医学総合研究所]]&lt;br /&gt;
* 稲毛病院&lt;br /&gt;
[[2005年]]に駅前交通流動改善の目的で駅前ロータリーが改修され、バス停留場の移転、一般車乗降個所の設置、ロータリー内の通行一方化（駅前ロータリー内を旋回できないようにした）などが行われた。しかし、駅前バスターミナルの一般車や[[タクシー]]の乗り入れ規定が曖昧なため、午後以降の降雨時は車両混雑がひどい。また、夜間になるとタクシープールに入りきれない客待ちタクシーがロータリーや駅入口道路を埋め尽くし、一般車はおろか、路線バスですら動けなくなる状態が慢性化している。&lt;br /&gt;
=== 西口 ===&lt;br /&gt;
* 千葉銀行 稲毛支店&lt;br /&gt;
* [[三井住友銀行]]、三菱東京UFJ銀行(ATM)&lt;br /&gt;
* [[マロンド]]（パン屋）&lt;br /&gt;
* 稲毛駅前[[郵便局]]&lt;br /&gt;
* [[千葉西警察署]] 稲毛駅前交番&lt;br /&gt;
* [[稲毛浅間神社]] - 毎年[[7月14日]]の前夜祭と、翌[[7月15日|15日]]の例大祭は賑わう。&lt;br /&gt;
* [[京成稲毛駅]]（[[京成千葉線]]） - 距離700m、徒歩約10分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バス路線 ==&lt;br /&gt;
=== 東口 ===&lt;br /&gt;
穴川十字路・スポーツセンター方面（[[京成バス]]、[[ちばシティバス]]）や、スカイタウン・平和交通本社・にれの木台方面（[[平和交通 (千葉県)|平和交通]]）へのバスが発着している。また、[[千葉内陸バス]]と[[東京空港交通]]の共同運行便である[[東京国際空港|羽田空港]] - 四街道・稲毛地区の空港リムジンバスも発着する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この駅からは[[独立行政法人]][[高齢・障害・求職者雇用支援機構]]（千葉[[職業能力開発促進センター]]、愛称：ポリテクセンター千葉）へのバス路線がある。乗り入れバス路線が多いため、バス停から駅構内までバス待ち客の長い列ができることが多い。&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:4em&amp;quot;| 乗り場&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:30em&amp;quot;| 経由地&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:18em&amp;quot;| 行先&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:14em&amp;quot;| 運行会社&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:5em&amp;quot;| 系統&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:7em&amp;quot;| 備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;3&amp;quot; | 1番&lt;br /&gt;
|[[穴川駅]]・[[スポーツセンター駅]]・[[あやめ台|あやめ台団地]]&lt;br /&gt;
|[[京成バス長沼営業所|草野車庫]]&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲01&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|穴川駅・スポーツセンター駅・草野車庫・[[千葉県立犢橋高等学校|犢橋高校]]入口&lt;br /&gt;
|こてはし団地&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲02&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|穴川駅・スポーツセンター駅・草野車庫&lt;br /&gt;
|犢橋高校入口&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲02&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; | 2番&lt;br /&gt;
|稲毛区役所・穴川駅・スポーツセンター駅・長沼原町&lt;br /&gt;
|山王町&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲31&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|稲毛区役所・穴川駅・スポーツセンター駅・長沼原町&lt;br /&gt;
|千葉センター（ポリテクセンター千葉）&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲32&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|稲毛区役所・穴川駅・スポーツセンター駅&lt;br /&gt;
|ザ・クイーンズガーデン稲毛&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲33&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|園生・宮野木市営住宅&lt;br /&gt;
|さつきが丘団地&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲41&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; |3番&lt;br /&gt;
|市立高校・[[千葉市立園生小学校|園生小]]入口&lt;br /&gt;
|京成団地&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲11&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; |4番&lt;br /&gt;
|第二あやめ入口・宮野木小学校・[[千葉県立千葉北高等学校|千葉北高校]]&lt;br /&gt;
|草野車庫&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲12&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|園生交差点・柏台小学校&lt;br /&gt;
|ファミールハイツ&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲21&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; |5番&lt;br /&gt;
|草野小入口&lt;br /&gt;
|急行 ザ･クイーンズガーデン稲毛&lt;br /&gt;
|京成バス&lt;br /&gt;
|稲34&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|羽田空港&lt;br /&gt;
|千葉内陸バス・東京空港交通&lt;br /&gt;
|高速バス&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; |6番&lt;br /&gt;
|創価学会前・西小中台団地&lt;br /&gt;
|にれの木台中央&lt;br /&gt;
|平和交通&lt;br /&gt;
|稲毛06&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; |車両には系統番号の表示なし&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; |7番&lt;br /&gt;
|創価学会前・あさま台入口&lt;br /&gt;
|平和交通本社&lt;br /&gt;
|平和交通&lt;br /&gt;
|稲毛16&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; |8番&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|稲毛サティ&lt;br /&gt;
|平和交通&lt;br /&gt;
|稲毛06・16&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|創価学会前・[[千葉市立検見川小学校|検見川小学校]]入口・[[幕張駅]]入口・イトーヨーカドー&lt;br /&gt;
|海浜幕張駅&lt;br /&gt;
|平和交通&lt;br /&gt;
|稲毛20&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 西口 ===&lt;br /&gt;
[[幸町 (千葉市)|幸町]]、高洲、高浜、[[稲毛海岸駅]]、[[稲毛海浜公園]]方面へのバス（[[千葉海浜交通]]、[[あすか交通]]、ちばシティバス）が発着している。&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:4em&amp;quot;| 乗り場&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:31em&amp;quot;| 経由地&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:15em&amp;quot;| 行先&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:14em&amp;quot;| 運行会社&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:5em&amp;quot;| 系統&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:7em&amp;quot;| 備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; | 1番&lt;br /&gt;
|稲岸公園・[[東京歯科大学|歯科大]]正門&lt;br /&gt;
|稲毛海岸駅&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|こじま公園&lt;br /&gt;
|稲毛海岸駅&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|こじま公園・稲毛海岸駅・高浜南団地&lt;br /&gt;
|海浜公園入口&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|こじま公園・稲毛海岸駅・高浜南団地&lt;br /&gt;
|[[千葉県立磯辺高等学校|磯辺高校]]&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|平日朝のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; | 2番&lt;br /&gt;
|高洲第二・[[千葉市立稲毛高等学校・附属中学校|稲毛高校]]・高浜車庫&lt;br /&gt;
|[[稲毛海浜公園]]プール&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|高洲第二・稲毛高校&lt;br /&gt;
|高浜車庫&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; |3番&lt;br /&gt;
|高洲一丁目・運輸支局入口・稲毛高校&lt;br /&gt;
|稲毛海岸駅&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|高洲一丁目・運輸支局入口・稲毛海岸駅・[[千葉県立千葉西高等学校|千葉西高校]]&lt;br /&gt;
|海浜病院&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;6&amp;quot; |4番&lt;br /&gt;
|幸町団地・幸町中央&lt;br /&gt;
|幸町小循環線&lt;br /&gt;
|あすか交通・ちばシティバス&lt;br /&gt;
|1-11・稲67&lt;br /&gt;
|ちばシティバスのみ系統番号の表示あり&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|幸町団地・幸町第二・幸町中央&lt;br /&gt;
|幸町大循環線&lt;br /&gt;
|あすか交通&lt;br /&gt;
|1-21&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; |車両には系統番号の表示なし&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|幸町団地・幸町中央・東京電力前&lt;br /&gt;
|[[西千葉駅]]&lt;br /&gt;
|あすか交通&lt;br /&gt;
|12-1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|幸町団地・千葉興銀本店・[[千葉みなと駅]]&lt;br /&gt;
|[[千葉駅]]西口&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲61&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|幸町団地&lt;br /&gt;
|ガーデンタウン&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲62&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|幸町団地&lt;br /&gt;
|幸町中央&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲65&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!rowspan=&amp;quot;7&amp;quot; |5番&lt;br /&gt;
|高洲プール前・プラウドシティヤオコー前・[[千葉西警察署]]&lt;br /&gt;
|[[検見川浜駅]]&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲50&lt;br /&gt;
|平日2本のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|高洲プール前・プラウドシティヤオコー前・歯科大入口&lt;br /&gt;
|稲毛海岸駅&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲53&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|高洲プール前・プラウドシティヤオコー前&lt;br /&gt;
|歯科大入口&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲55&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[ミハマニューポートリゾート]]第一&lt;br /&gt;
|新港車庫&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲71&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[千葉県自動車大学校]]前&lt;br /&gt;
|アクアリンクちば&lt;br /&gt;
|ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲81&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|稲毛海岸駅・高洲二中・[[検見川浜駅]]・[[海浜幕張駅]]&lt;br /&gt;
|[[千葉マリンスタジアム|QVCマリンフィールド]]&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|プラウドシティウエスト・千葉西警察署・イオン幕張店・海浜幕張駅・[[幕張メッセ]]中央&lt;br /&gt;
|[[イオンモール幕張新都心]]バスターミナル&lt;br /&gt;
|千葉海浜交通・ちばシティバス&lt;br /&gt;
|稲91&lt;br /&gt;
|ちばシティバスのみ系統番号の表示あり&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 隣の駅 ==&lt;br /&gt;
; 東日本旅客鉄道&lt;br /&gt;
: {{Color|navy|■}}総武線（快速）&lt;br /&gt;
:* [[ホームライナー千葉]]停車駅&lt;br /&gt;
:: {{Color|red|■}}通勤快速&lt;br /&gt;
::: '''通過'''&lt;br /&gt;
:: {{Color|navy|■}}快速&lt;br /&gt;
::: [[津田沼駅]] - '''稲毛駅''' - （[[黒砂信号場]]） - [[千葉駅]]&lt;br /&gt;
: {{Color|#ffd400|■}}総武線（各駅停車）&lt;br /&gt;
::: [[新検見川駅]] - '''稲毛駅''' - [[西千葉駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[日本の鉄道駅一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Inage Station}}&lt;br /&gt;
* [http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=146 JR東日本 稲毛駅]&lt;br /&gt;
* [http://kinenhi.web.fc2.com/K12Chiba/Inage.htm 快速電車稲毛駅停車記念碑]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いなけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:千葉市の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の鉄道駅 い|なけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:東日本旅客鉄道の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本国有鉄道の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:横須賀・総武快速線]]&lt;br /&gt;
[[Category:中央・総武緩行線]]&lt;br /&gt;
[[Category:稲毛区の交通|いなけえき]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Harukyan</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%95%A0%E5%B1%B1%E9%88%B4%E9%A6%99&amp;diff=284692</id>
		<title>畠山鈴香</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%95%A0%E5%B1%B1%E9%88%B4%E9%A6%99&amp;diff=284692"/>
				<updated>2015-04-20T15:18:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Harukyan: 不要な改行を削除&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:畠山鈴香1.jpg|350px|thumb|畠山　鈴香]]&lt;br /&gt;
[[Image:畠山鈴香2.gif|350px|thumb|殺された娘の彩香ちゃんと畠山　鈴香]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''畠山 鈴香'''（はたけやま すずか、[[1973年]][[2月2日]] - ）とは、秋田児童連続殺害事件の犯人である。[http://www.futatsui-h.akita-pref.ed.jp/ 秋田県立二ツ井高等学校]卒業。無期懲役刑に服している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田児童連続殺害事件は、[[2006年]]（[[平成]]18年）、[[秋田県]][[山本郡]][[藤里町]]で[[畠山鈴香]]が自分の娘・彩香ちゃん(享年9歳)と、その友達の米山豪憲君(享年7歳)を殺害した事件。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[2006年]]（平成18年）[[4月10日]]に小学校4年生の畠山　彩香ちゃん（当時9歳）が、自宅から10キロ離れた川で[[水死|水死体]]となって発見された事案で、[[秋田県警察|秋田県警]]では当初事故と判断していたが、5月に彩香ちゃんの2軒隣の米山　豪憲君（当時7歳）が5月18日午後に約12km離れた川岸で遺体で発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1ヶ月の間に二人も亡くなっていることに疑問を抱き再捜査を始めた。そして、[[6月4日]]に彩香ちゃんの母親・畠山鈴香を事件の容疑者として逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田県警は、初動捜査の不手際を完全に否定していたが、畠山鈴香のウソをうのみにし、当初は80人体制だった捜査員を20人にまで減らしていた。これについては[[漆間巌]][[警察庁長官]]も[[7月20日]]の定例会見の中で、「聞き込みなどが本当に十分だったのか、もう1度検証する必要がある」と秋田県警に苦言を呈している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この事件では、畠山鈴香（当時33歳）が当初「長女を事故だと断定した警察に不信感がある」などとしており、自らで長女の消息を求めるビラなどを付近に配布するなどの行動を起こしている。ところがビラを配るなどの畠山鈴香の行動はいささか不可解だという見解が、[[ニュース]]や[[ワイドショー]]などで大きく取り上げられることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、「畠山鈴香が事故ではなく事件にしたがったのは、犯罪被害者給付金目当てでは？」ともささやかれている。畠山鈴香は、供述内容をコロコロと変えたり、明らかに不自然な供述を繰り返しなどしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経緯 ==&lt;br /&gt;
=== 2006年 ===&lt;br /&gt;
[[Image:畠山彩香ちゃん.gif|350px|thumb|畠山　彩香ちゃん]]&lt;br /&gt;
[[Image:米山豪憲君.jpg|350px|thumb|米山　豪憲君]]&lt;br /&gt;
*4月9日&lt;br /&gt;
:秋田県[[藤里町]]の小学4年畠山　彩香ちゃん（当時9歳）が行方不明となった。&lt;br /&gt;
*4月10日&lt;br /&gt;
:行方不明となっていた小学4年畠山　彩香ちゃんが自宅から南へ約10km離れた能代市内の川で水死体として発見された。&lt;br /&gt;
*5月17日&lt;br /&gt;
: 午後3時、被害に遭った米山　豪憲君の友人が、約束の時間になっても、約束場所に現れないことが心配となり、自宅に行ったところ、米山　豪憲君が直前に下校途中に別れてから、自宅に帰っていないことが判明。&lt;br /&gt;
: 午後5時過ぎ、家族が[[秋田県警察|秋田県警]]に捜索願を提出。&lt;br /&gt;
*5月18日&lt;br /&gt;
: 午後3時、能代市の市道脇で、ジョギング中の男性が遺体を発見。秋田県警では、遺体の状況から[[殺人事件]]と断定し、捜査本部を設置。司法解剖の結果、米山　豪憲君の死因は首を絞められたことによる[[窒息死]]と判明。&lt;br /&gt;
*6月5日&lt;br /&gt;
: 捜査本部は、33歳の畠山鈴香（4月に水死した畠山彩香ちゃんの母親）を、米山　豪憲君の[[死体遺棄]]の疑いで[[逮捕]]。HS容疑者の自宅から血痕や、米山　豪憲君のものとみられる体液も分析の結果発見され、有力な物証とみている。&lt;br /&gt;
*6月6日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香が米山　豪憲君の殺害をほのめかす供述を始める。&lt;br /&gt;
*6月25日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を米山　豪憲君殺害容疑で再逮捕。&lt;br /&gt;
*7月14日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香は、4月に起こった畠山彩香ちゃんの水死事件に関して、「一緒に魚を見に行った際、橋から転落した。気が動転して助けを呼ばなかった」と供述。これまでの「長女（畠山彩香ちゃん）は『（米山　豪憲君に）人形を見せに行ってくる』と言ったきり戻ってこない」という供述を自らが覆す。&lt;br /&gt;
* 7月15日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香が「'''長女を橋からつき落とした'''」と供述。&lt;br /&gt;
* 7月18日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を畠山彩香ちゃん殺害容疑で再逮捕。同日、[[秋田地方検察庁]]は米山　豪憲君殺害容疑で畠山鈴香を[[起訴]]。&lt;br /&gt;
* 8月9日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を畠山彩香ちゃん殺害容疑で追起訴。前日、畠山鈴香は「なんで私が犯人なの？」などと今までの自身の供述を自身で真っ向否定する供述をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2007年 ===&lt;br /&gt;
* 9月12日&lt;br /&gt;
: 殺人と死体遺棄の罪に問われた畠山鈴香の初公判が[[秋田地方裁判所]]であった。畠山鈴香は、米山　豪憲君殺害は認めたものの、長女畠山彩香ちゃんの殺意を否認。また米山　豪憲君殺害についても、当時自分の精神状態が正常だったかどうか自信がないと述べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 畠山鈴香被告「極刑にしてほしい」(2007年10月) ====&lt;br /&gt;
秋田県藤里町で2006年4、5月に起きた連続児童殺害事件で、殺人と死体遺棄の罪に問われた畠山鈴香(34)の第6回公判が[[10月31日]]、[[秋田地裁]]([[藤井俊郎]]裁判長)で開かれ、前回に引き続き、弁護側の被告人質問があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
畠山は「（殺害した米山）豪憲君の遺族にどう償うのか」との質問に対し「米山さんの望む通りの刑を望みます」とし、「命をもって償うということか」と聞かれると「はい」と答え、その後の質問にも「極刑にしてほしい」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
畠山は逮捕後、拘置所内で、「取調室からたばこを持ち出して4本食べた。致死量は3本と知っていた。吐き気がして、2、3日口がしびれただけだった」と述べた。また、タオルで自分の首を絞めたり、鏡を割って腕を傷つけたほか、ボディーソープを容器の3分の1ほど飲む－－などの行為を2007年8月まで続けたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2008年 ===&lt;br /&gt;
* 3月19日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香の判決公判が秋田地裁であり、[[藤井俊郎]]裁判長は被告に[[無期懲役]]の判決を言い渡した。判決要旨としては、「2人の殺害は殺意を持って行われたが、計画性はない」「米山　豪憲君殺害時の刑事責任能力は認められる」というもの。[[弁護]]側は[[控訴]]し、[[検察]]側も控訴する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 畠山鈴香無期懲役判決―「大切なお子さんを奪ってしまい申し訳ない」土下座して謝罪も控訴へ ====&lt;br /&gt;
2006年におきた、秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、死刑を求刑されていた畠山鈴香被告に、無期懲役の判決が下された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
閉廷間際、被告は、殺害された米山豪憲君の両親に向かい、床に膝をついて土下座、泣きながら謝罪の言葉を述べた。弁護側は、この判決を不服として、即日控訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、殺人などの罪に問われた畠山鈴香（35）の判決公判が19日、秋田地裁で開かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
藤井俊郎裁判長は「凶悪、卑劣な犯行で、刑事責任は重大」とし、検察側の死刑の求刑に対し、無期懲役を言い渡した。争点となったのは、殺意の有無と被告の殺害時の責任能力の判定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決は、被告の当時9才の長女彩香ちゃんへの殺意は認めたが、米山豪憲君（当時7才）事件とともに、計画性は否定、極刑を回避した形。藤井裁判長は、「死刑の適用も十分考えられるが、酌量すべき点も少なからず認められ、躊躇を覚えざるを得ない」と述べたが、「内省が表面的にとどまる」との判断を加え、仮釈放は慎重にするよう求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決では、2件の事件ともに計画性を否定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彩香ちゃんが駄々に被告はいらだち、愛せずに悩み、新しい生活への足かせと感じていた彩香ちゃんが消えてくれるのではと思い、とっさに橋から落としたとした。また、彩香ちゃんを欄干に乗せた後、怖がって抱き付かれるまで突き落としていないことから、積極的な殺意があったとはいえないとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
豪憲君については、彩香ちゃんの死は事件だとする自分の主張に目を向けさせるためのとっさの殺害と判断。計画性はなかったとし、彩香ちゃん事件への疑いの目をそらすためとの検察側主張は退けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側は「真摯な反省は期待できず、矯正は不可能」として死刑を求刑していた。初公判で被告は「1年半前は嘘つき、卑怯でした。どう変わったか見てほしい」「極刑にしてほしい」と述べたこともあったが、審理の間、自身に都合の悪い質問には黙秘を繰り返し、公判中に書いた日記には「罪悪感はほとんどない」との記述もみられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弁護側は「更生の可能性は失われていない」として有期の懲役刑を求めていた。彩香ちゃんの事件について、橋の欄干で「お母さん、怖い」と急に抱き付いてきた彩香ちゃんを払いのけたための転落として、過失を主張。ショックで転落時の記憶を失っていたとし、自白は「検察官の強力な誘導」と反論した。豪憲君殺害についても、娘を亡くした喪失感による衝動的な殺害として偶発性を訴え、事件当時は心神耗弱状態だったとしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弁護側はこの判決を不服として、即日控訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は、閉廷間際、裁判長に突然「ひとついいですか」と声を掛け、米山豪憲君の両親への謝罪を申し出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
傍聴席を向き、サンダルをぬいで膝をついて土下座、「大事なお子さんを奪ってしまって申し訳ありませんでした」と述べ、泣きながら頭を下げた。豪憲君の父、勝弘さんは表情を変えず、母真智子さんは目を閉じて涙をこらえていた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
この事件の裁判は、迅速化を図って、公判前整理手続きが適用された。証拠が膨大だったことなどから、手続きは長期化し、最後の起訴から初公判まで1年以上がかかった。しかし、公判開始後は月に数回、集中的に開廷、並行して被告の精神鑑定が実施されるなど、異例の態勢がとられ、2007年9月の初公判から13回で結審、半年で判決を迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺意や責任能力以前に、なぜ起きたのかもあいまいな、謎の多いこの事件。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼少時代に、被告が極端で陰湿ないじめにあっていたことなどが、法廷で明らかにされたにも関わらず、よく言われる「いじめによる“心の闇”が原因で…」というような論調を、今回はあまり多くは見かけない。死刑は厳しすぎるという声が高まらない背景には、いじめに関しては同情しても、それとは何の関係もない幼児を、自己の気分と衝動だけで、あっさりと殺害したことは、やはり理解しがたく、残酷で浅はかな犯行は許せるものではないからだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二転三転する主張、不安定な精神状態を露呈する様子は、演技なのか、それとも気分のムラか。被告の姿は、まだ見えてこない。事件は、高等裁判所で引き続き争われることとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 判決要旨 ====&lt;br /&gt;
'''長女彩香ちゃん殺害'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年4月9日午後6時40分過ぎごろ、大沢橋の欄干のすき間から川面を見せ、暗くて魚が見えないことを納得させようとしたが、彩香ちゃんが「見たい見たい」と言って帰ろうとしなかったため、急激にイライラした感情を高め、とっさに突き落とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋の欄干という極めて危険な場所に我が子を座らせ、助けを求める行為に対し、拒むかのように押し返して転落させ、転落後に救護活動を一切行っていない状況などから、殺意に基づき突き落としたという事実を強く推認することができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
留置場で「検事さんのネクタイが4日間同じで、笑いをこらえるのに必死だった」などと話しており、捜査段階で殺意を認めた自白調書に任意性・信用性を認めることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''米山豪憲君の殺害'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相当の信用性を認めることができる捜査段階の精神鑑定（苗村鑑定）によると、彩香ちゃん殺害後、急速に記憶を抑圧し始め、2006年4月11日ごろには彩香ちゃんを欄干から落下させた記憶は、すぐには想起されない状態になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判段階の精神鑑定（西脇鑑定）によれば、彩香ちゃん殺害直後に重篤な健忘が生じたとのことであり、被告の公判供述に沿う内容になっている。しかし、西脇鑑定は母親による乳幼児殺傷事案のほとんどが無理心中であるとの前提に立ち、被告が複数回にわたって自殺を決行しているとの事実認識に基づいているところ、これらの認識は直ちに首肯しうるものとは言えず、公判供述と西脇鑑定は採用することができない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記憶の抑圧それ自体が行為の是非を弁別し、行動制御能力に影響を及ぼすとは考えられず、犯行当時の完全責任能力を認めるのが相当である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「被告が彩香ちゃんを殺害したのではないか」という嫌疑をそらすべく、2006年5月17日午後3時過ぎ、豪憲君に「彩香の思い出に何かもらってほしいんだけれども」と声をかけた時点で殺害を決意していたと疑うことも不可能ではない。しかし、死体処分の準備をした形跡はなく、被告は捜査・公判を通じ「殺害しようと決意したのは、豪憲君を自宅に誘い入れた後」と供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は豪憲君の姿を間近で見ているうちに「彩香はいないのに、なんでこんなに元気なのか」と思い「彩香ちゃんの死が事故ではなく（他人が起こした）事件であるとの主張に目を向けさせる絶好の機会は今しかない」との考えがわき上がり、とっさに首に腰ひもを巻き付け窒息死させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''量刑の理由'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼い児童らの無警戒につけ込んでおり、各犯行が凶悪かつ卑劣であることは論をまたない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は彩香ちゃん出生直後から「愛したくても愛せない」といった悩みを長年抱き、生活を変えようにも彩香ちゃんが足かせになっているなどと感じていた。父親の介護に疲れ逃れたいと夢想する中、彩香ちゃんが駄々をこねたのを契機に疎ましさが爆発し「彩香ちゃんを排除すれば未来が開けるのではないか」と、とっさに考え殺害に至った。母親として果たすべき責任を放棄したいという動機は、極めて身勝手かつ短絡的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「怖い」と言いながら抱きつくように助けを求めてきた我が子を突き落とした犯行態様は非道極まりない。彩香ちゃんは可能性に満ちていたはずの未来をわずか9歳で奪われ、母親に愛されようとけなげに振る舞っていた彩香ちゃんの「母親に裏切られた」という衝撃や絶望感の深さを考えると哀れというほかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自分が彩香ちゃんを殺した」という現実から目を背けたいという身勝手極まりない思いから豪憲君殺害に至った経緯に酌むべき事情はみじんもない。無抵抗の豪憲君の首を数分間力いっぱい絞め、息を吹き返すかのような様子を見せるや、さらに絞め続け確実に殺害しており、強固な殺意に基づく卑劣かつ残虐で執拗かつ冷酷な犯行である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
豪憲君は家族の愛情を一身に受けて健やかに育っていたのに、わずか7歳で生涯を終えさせられ、無限の可能性のすべてを奪われた。豪憲君が受けた恐怖、絶望、悲しみ、苦しみは想像を絶し言葉では言い尽くせない。遺族の怒りや悲しみは限りなく深く、極刑を望むのは自然である。(鑑定人への言動から)被告の反省には疑問の念を持たざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、彩香ちゃん殺害は父親の介護や母子家庭であるがゆえの不安、思うように就職できない不満など、必ずしもすべてを被告の責めに帰すことのできない事情により衝動的・突発的に敢行された。豪憲君殺害当時、被告は自らが彩香ちゃんを殺害した事実を明確に認識していなかったのも事実であり、記憶を保ちつつ連続殺人を行った場合に比べ、悪質性は多少なりとも減じられる。計画性も認められない。学校内の盗みにより高校で停学処分を受けているが前科前歴は無く、矯正教育を試みる余地がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらを総合考慮し、多くの裁判例で示された量刑動向も踏まえると、死刑を選択するほかないと断じることにはちゅうちょを覚えざるを得ず、贖罪のため全生涯をささげることを強く求める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお仮釈放に当たっては、刑事責任が重大であることに加え、内省が表面的にとどまるという性格特性の改善が容易でないことにも十分留意されることを希望する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2009年 ===&lt;br /&gt;
*3月25日&lt;br /&gt;
:控訴審判決が[[仙台高等裁判所]]秋田支部であり、[[竹花俊徳]]裁判長は地裁判決を支持し、弁護・検察双方の控訴審を棄却。弁護側のみ上告。&lt;br /&gt;
*5月19日&lt;br /&gt;
:弁護側が上告を取り下げたため、地裁が下した無期懲役判決が確定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 畠山鈴香の生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 「ばい菌」と呼ばれ使い走り ===&lt;br /&gt;
初公判以来初めて、自らの口で事件の経緯を語った畠山鈴香(34)。秋田地裁（藤井俊郎裁判長）で開かれた第5回公判で、弁護側の質問に答え、畠山は父の暴力や学校でのいじめを詳述。高校卒業後、栃木県の温泉旅館で働いたこと、結婚と離婚などを語り、事件に至る半生が浮き彫りになった。また、長女彩香ちゃんへの虐待は否定、母として愛情をもって育てたと述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 虐待といじめ ===&lt;br /&gt;
小学校高学年になると父が振るう暴力の対象となり、中学に入るとエスカレート。殴るける、髪の毛を引っ張り引きずり回されるなどしたという。弁護側は初公判の冒頭陳述で「幼少時からの虐待がかい離性障害を生む原因になった」と主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「心霊写真」「ばい菌」などと呼ばれるなど、小学校から始まったいじめの被害を淡々と述べた。友達がいないことを苦に、万引きした文房具を配って気を引こうともした。中学時代はほとんど無視され、高校時代はリーダー的存在の使い走りになっていじめに遭うのを避ける工夫をしたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
栃木へ高校卒業後は、父親の暴力から逃れたい思いもあり、友人を通じて知り合った男性と駆け落ちのように栃木県へ。温泉旅館で住み込みで働いた。仕事仲間との飲み会やバーベキューは楽しい思い出だという。仲居やコンパニオンとして働き、畠山の実家がある[[二ツ井町]]（現能代市二ツ井町）に戻り、この男性と結婚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[秋田県立二ツ井高校]]の卒業アルバム ===&lt;br /&gt;
[[Image:畠山鈴香の卒業文集.jpg|600px|thumb|卒業文集]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鈴香の&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
1年間、長い人は3年間どうもでした。&lt;br /&gt;
すぐには仕事をやめてこないけれど二ツ井に帰ってきた時は遊んでやってください！&lt;br /&gt;
帰ってきたらまっすぐビューホテルの？？？の？？？のでよろしく！&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という書き込みに対し、同級生の寄せ書きは&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
「会ったら殺す！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あと二度と会うことはないだろう。じゃーな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ひゃ～な。帰ってくんなョ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「bye2　一生会わないでしょう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「bye2　目の前に来んな!!」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「やっと離れられる。3年間はちょっと…」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「秋田から永久追放」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「仕事やめで秋田さかえってくるなョ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「秋田の土は二度とふむんじゃねえぞ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もうこの秋田には帰ってくるなョ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いつもの声で男ひっかけんなよ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あれッ!?　おめいだったった～（お前いたのか）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「元気でな。ビューさは来るなよ。（ビューには来るなよ。）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「顔を出さないよーに」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「山奥で一生過ごすんだ♪」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「はたらいてもあまされるなよ！（戻されるなよ）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「戦争に早く行け」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いままでいじめられた分、強くなったべ。俺達に感謝しなさい。」&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
[http://www.futatsui-h.akita-pref.ed.jp/ 教師が何の疑問も抱かず、この寄せ書きをアルバムに印刷配賦した秋田県立二ツ井高校の公式HP]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 結婚と離婚 ===&lt;br /&gt;
元夫とは口論が絶えずほどなく離婚。元夫は証人尋問で「（畠山被告は）家事をしなかった」「（栃木時代は）夕食は車で約30分かかるコンビニまで買いに行った」と証言していたが、被告は29日の公判で「洗濯は私がしていた」「夕食は肉じゃがなどを作り置きしていた。コンビニへ行ったことはない」など、家事はしていたと反論。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（元夫が口論の末）鋲（びょう）付きのジャンパーを彩香ちゃんに投げつけたので離婚を決意した」と述べた。元夫はこれまでの公判で「当時は（そのジャンパーを）持っていなかった」と証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 一家総破産!!　米山豪憲君殺害の畠山鈴香の哀れな人生。そして、悲惨な彩香ちゃんの9年の生涯 ===&lt;br /&gt;
畠山鈴香は、[[パチンコ]]と病的な夜遊びの挙句、数百万円の借金を抱えて自己破産していた。しかし、鈴香の実家も同じだった。ダンプの運送会社を経営していた実家も、経営に行き詰って破産していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「実は、鈴香も[[生活保護]]を受けていましたが、実家も生活保護を受けていました。鈴香は、能代の高校卒業後、栃木県内の[[鬼怒川温泉]]にあるホテルで仲居として就職したんですが、2年で辞めて秋田に戻ったんです。21歳の時、実家の経営していた運送会社の1歳年下のトラック運転手と付き合うようになり、結婚して、24歳の時に彩香ちゃんを生んだ。しかし、家事は一切やらず、パチンコ三昧の毎日で借金ばかり作っていたことにダンナも愛想をつかして、家を出て行ってしまったといいます」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彩香ちゃんが生まれて半年後に離婚した。以来、聞こえはいいが、鈴香は女手一つで彩香ちゃんを育ててきた。離婚後は、スーパーやパチンコ店、さらにはスナックでホステスをやったかと思えば、宴会のコンパニオン、そして生命保険の営業外交員など、職を転々としていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「保険外交員の時は、色仕掛けで寝取って契約を取っていたといいます。朝日ヶ丘団地でも色仕掛けで複数の男性に営業をかけていたようです」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、パチンコ癖は治らず、さらに夜遊びも重なって自己破産した。町営の朝日ヶ丘団地の家賃はもちろん、公共料金も滞納する始末で「家庭生活はメチャクチャだった。彩香ちゃんは、家ではカップラーメンとかろくなものを食べさせてもらえなかった。だから、学校の給食の時間が一番の楽しみだったといいます」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨年の暮れまで能代市内の[[デリヘル]]で働いていた。馴染みの客は自宅に呼んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「客の男を自宅に連れ込むときは、彩香ちゃんを外に追い出していました。真冬の寒い夜に家に入れてもらえないんですから悲惨です。見かねた近所の人が家に上げて、食事をさせてやったこともたびたびあったそうです」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺害された豪憲君の家は、遊び場だった。学校が終わると、みんな豪憲君の家に集まって遊んでいた。彩香ちゃんと豪憲君は、その中でも一番仲がよかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とにかく、鈴香の育児放棄、虐待は近所でも知られていた。狭い住宅街のはずだが、どこか空しさが残る。彩香ちゃんは、汚れたままの衣服で学校に通っていたという話であるが、学校の先生も、見てみない振りをしていたのか？　もはやコミュニティーも崩壊していたのであろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「地元の噂では、豪憲君のお父さんも鈴香と関係にあったと言われてます。豪憲君のお父さんは、コンピュータのプログラマーで昼間は自宅にいることが多かったといいます。だから、子供たちも集まってきやすかったんでしょうが、鈴香も自宅を行き来できたのかもしれませんね」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この噂は、今や朝日ヶ丘団地では知らない人がいないという。現時点では、鈴香1人のために、この小さな団地はメチャクチャだ。真相を解明して、事件が解決するまでには、豪憲君はもちろんだが、このままでは水死した彩香ちゃんも浮かばれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 娘への虐待否定 ===&lt;br /&gt;
離婚後、彩香ちゃんと2人で十和田湖に出掛け、遊覧船を見て「（彩香ちゃんが）『これに乗るの』とはしゃいでいた」などの思い出を披露。仲良し親子ぶりをアピールした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
複数の周辺住民による「離婚後に交際男性が自宅に来た時、彩香ちゃんが戸外に出されていた」との証言について「ありません」と否定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「朝食は買い置きのパンなどを食べ、夕食は両親の実家で食べさせていた」「風呂に入るのを嫌がることが多かったが、実家で弟や母親と入っていた」と育児放棄も否定した。服の汚れについても「（彩香ちゃんは）気に入った服を何回も着たがったので洗えなかった」などとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年からは精神科に通院し、2005年には処方された薬を一度に飲んで自殺しようとし未遂に終わったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側が冒頭陳述で、登下校中の子供の列に車が突っ込み死亡した事故に絡み、友人に「彩香があの中にいれば良かったのに」とメールしたことを明らかにしたが、弁護人が「内心、子供の死を願ったことは」と質問すると「ない、あれば口にしている」と彩香ちゃんへの殺意を否定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 再捜査要請の経緯 ===&lt;br /&gt;
彩香ちゃんの遺体が発見された翌日、畠山は能代署員から「彩香ちゃんが落ちた可能性のある場所の一つ」として、自宅の向かいの藤琴川の河原に案内された。案内した2人の署員から「滑ったとみられる跡があり、靴の裏の砂利の成分が似ている」「事件より事故の方が気の持ちようが違うのでは」と言われ「（彩香ちゃんの）単独事故で終わらせるのではないか」と不信感を募らせたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「途中で彩香ちゃんを落としてしまったことを思い出すことはあったか」と弁護人に問われると、畠山被告は「いいえ」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 報道などをめぐる問題 ==   &lt;br /&gt;
この事件では、畠山鈴香が身を寄せていた実家にメディアが殺到し（[[メディアスクラム]]）、一部メディアは畠山鈴香が外出する際に追走したりし、周辺住民の間からもメディアの取材に対する苦情やトラブルが相次いで起こった。こうした事態を重く見たBPO（[[放送倫理・番組向上機構]]）は、5月24日、放送各社に「節度をもって取材に当たる」よう要望する事態にまで発展。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この[[メディアスクラム]]は、[[1994年]]（平成6年）に起こった[[松本サリン事件]]や[[1998年]]（平成10年）に[[和歌山毒物カレー事件]]でも問題になったが今回の事件ではこれらの教訓が全く生かされなかったとの指摘も出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、畠山鈴香が逮捕される前から畠山鈴香に関する[[プライバシー]]が、[[週刊誌]]を中心にセンセーショナルに報道された。これについてある週刊誌の記者は、[[東京新聞]]の取材に対し「この事件に対する世間の関心は非常に高い。いろいろな噂がある中で何が真実かを確認するには、本人に取材せざるを得ない。やむを得ないのではないか」（[[2006年]][[6月8日]]付東京新聞）と報道の意義を強調している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、畠山鈴香が特定・逮捕されていない段階でこうした報道がなされたことに対しては「逮捕されていない人が、逮捕されたかのような扱いで、[[推定無罪]]という考え方がどこかへ飛んでいってしまっている」（[[松本サリン事件]]で[[報道被害]]を受けた[[河野義行]]2006年6月8日付東京新聞）と言った批判も出ている。結果的に翌年の[[香川・坂出3人殺害事件]]でこの危惧は現実のものとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[産経新聞]]が[[6月6日]]付けの社説でこうした過熱取材を自己批判する社説を掲載したり、[[東京新聞]]が[[6月8日]]付けの紙面でメディアスクラムを検証するなど報道する側からもこうした過熱取材に対する疑問が提起された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、畠山鈴香の高校生時代の卒業アルバムがテレビで公開され、畠山鈴香が高校時代に[[いじめ]]に遭っていたとも取れる寄せ書きが卒業アルバムに記載されており、畠山鈴香の母校・[[秋田県立二ツ井高校]]や同級生に対して非難が殺到した。ちなみにその卒業アルバムには畠山鈴香の将来として「自殺・詐欺・強盗・全国指名手配・変人大賞・女優・殺人・野生化」と書かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、この事件は「狭い田舎の町で短期間で2人もの子供が亡くなる」という特異性や、地元住民などはもとから「長女の死は事故ではない」と考えていた。報道各社は加熱取材を冷まそうとしていたが、報道各社のサツ回りの中で「実は長女の母親が捜査線上に浮かんでいる」という情報を警察関係者から聞き、ある1社が抜け駆けて紙上で「長女の母親犯人説」を大々的に掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、このことについて[[警察不祥事]]に関係した著書の多い[[黒木昭雄]]は著書で警察の意図的な情報リークの可能性を指摘している。畠山鈴香の証言に依拠するところが多く娘に関しては証拠不足なことや、畠山鈴香が嘘つきだと宣伝する事で捜査怠慢をごまかすような側面があったためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[大阪2児餓死事件]] - 下村早苗による放置死&lt;br /&gt;
* [[西淀川区女児虐待死事件]] - 食べ物を与えず、薄着でベランダに放置&lt;br /&gt;
* [[小野市冷蔵庫男児遺体事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はたけやま すすか}}&lt;br /&gt;
[[Category:児童虐待]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネグレクト]]&lt;br /&gt;
[[Category:いじめ]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:1973年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:生い立ちが悲惨な人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:秋田県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Harukyan</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%95%A0%E5%B1%B1%E9%88%B4%E9%A6%99&amp;diff=260696</id>
		<title>畠山鈴香</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%95%A0%E5%B1%B1%E9%88%B4%E9%A6%99&amp;diff=260696"/>
				<updated>2014-11-21T03:33:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Harukyan: /* 報道などをめぐる問題 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:畠山鈴香1.jpg|350px|thumb|畠山　鈴香]]&lt;br /&gt;
[[Image:畠山鈴香2.gif|350px|thumb|殺された娘の彩香ちゃんと畠山　鈴香]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''畠山 鈴香'''（はたけやま すずか、[[1973年]][[2月2日]] - ）とは、秋田児童連続殺害事件の犯人である。[http://www.futatsui-h.akita-pref.ed.jp/ 秋田県立二ツ井高等学校]卒業。無期懲役刑に服している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田児童連続殺害事件は、[[2006年]]（[[平成]]18年）、[[秋田県]][[山本郡]][[藤里町]]で[[畠山鈴香]]が自分の娘・彩香ちゃん(享年9歳)と、その友達の米山豪憲君(享年7歳)を殺害した事件。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[2006年]]（平成18年）[[4月10日]]に小学校4年生の畠山　彩香ちゃん（当時9歳）が、自宅から10キロ離れた川で[[水死|水死体]]となって発見された事案で、[[秋田県警察|秋田県警]]では当初事故と判断していたが、5月に彩香ちゃんの2軒隣の米山　豪憲君（当&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時7歳）が5月18日午後に約12km離れた川岸で遺体で発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1ヶ月の間に二人も亡くなっていることに疑問を抱き再捜査を始めた。そして、[[6月4日]]に彩香ちゃんの母親・畠山鈴香を事件の容疑者として逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田県警は、初動捜査の不手際を完全に否定していたが、畠山鈴香のウソをうのみにし、当初は80人体制だった捜査員を20人にまで減らしていた。これについては[[漆間巌]][[警察庁長官]]も[[7月20日]]の定例会見の中で、「聞き込みなどが本当に十分だったのか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、もう1度検証する必要がある」と秋田県警に苦言を呈している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この事件では、畠山鈴香（当時33歳）が当初「長女を事故だと断定した警察に不信感がある」などとしており、自らで長女の消息を求めるビラなどを付近に配布するなどの行動を起こしている。ところがビラを配るなどの畠山鈴香の行動はいささか不可解だ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という見解が、[[ニュース]]や[[ワイドショー]]などで大きく取り上げられることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、「畠山鈴香が事故ではなく事件にしたがったのは、犯罪被害者給付金目当てでは？」ともささやかれている。畠山鈴香は、供述内容をコロコロと変えたり、明らかに不自然な供述を繰り返しなどしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経緯 ==&lt;br /&gt;
=== 2006年 ===&lt;br /&gt;
[[Image:畠山彩香ちゃん.gif|350px|thumb|畠山　彩香ちゃん]]&lt;br /&gt;
[[Image:米山豪憲君.jpg|350px|thumb|米山　豪憲君]]&lt;br /&gt;
*4月9日&lt;br /&gt;
:秋田県[[藤里町]]の小学4年畠山　彩香ちゃん（当時9歳）が行方不明となった。&lt;br /&gt;
*4月10日&lt;br /&gt;
:行方不明となっていた小学4年畠山　彩香ちゃんが自宅から南へ約10km離れた能代市内の川で水死体として発見された。&lt;br /&gt;
*5月17日&lt;br /&gt;
: 午後3時、被害に遭った米山　豪憲君の友人が、約束の時間になっても、約束場所に現れないことが心配となり、自宅に行ったところ、米山　豪憲君が直前に下校途中に別れてから、自宅に帰っていないことが判明。&lt;br /&gt;
: 午後5時過ぎ、家族が[[秋田県警察|秋田県警]]に捜索願を提出。&lt;br /&gt;
*5月18日&lt;br /&gt;
: 午後3時、能代市の市道脇で、ジョギング中の男性が遺体を発見。秋田県警では、遺体の状況から[[殺人事件]]と断定し、捜査本部を設置。司法解剖の結果、米山　豪憲君の死因は首を絞められたことによる[[窒息死]]と判明。&lt;br /&gt;
*6月5日&lt;br /&gt;
: 捜査本部は、33歳の畠山鈴香（4月に水死した畠山彩香ちゃんの母親）を、米山　豪憲君の[[死体遺棄]]の疑いで[[逮捕]]。HS容疑者の自宅から血痕や、米山　豪憲君のものとみられる体液も分析の結果発見され、有力な物証とみている。&lt;br /&gt;
*6月6日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香が米山　豪憲君の殺害をほのめかす供述を始める。&lt;br /&gt;
*6月25日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を米山　豪憲君殺害容疑で再逮捕。&lt;br /&gt;
*7月14日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香は、4月に起こった畠山彩香ちゃんの水死事件に関して、「一緒に魚を見に行った際、橋から転落した。気が動転して助けを呼ばなかった」と供述。これまでの「長女（畠山彩香ちゃん）は『（米山　豪憲君に）人形を見せに行ってくる』と言ったきり戻&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ってこない」という供述を自らが覆す。&lt;br /&gt;
* 7月15日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香が「'''長女を橋からつき落とした'''」と供述。&lt;br /&gt;
* 7月18日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を畠山彩香ちゃん殺害容疑で再逮捕。同日、[[秋田地方検察庁]]は米山　豪憲君殺害容疑で畠山鈴香を[[起訴]]。&lt;br /&gt;
* 8月9日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香を畠山彩香ちゃん殺害容疑で追起訴。前日、畠山鈴香は「なんで私が犯人なの？」などと今までの自身の供述を自身で真っ向否定する供述をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2007年 ===&lt;br /&gt;
* 9月12日&lt;br /&gt;
: 殺人と死体遺棄の罪に問われた畠山鈴香の初公判が[[秋田地方裁判所]]であった。畠山鈴香は、米山　豪憲君殺害は認めたものの、長女畠山彩香ちゃんの殺意を否認。また米山　豪憲君殺害についても、当時自分の精神状態が正常だったかどうか自信がないと述&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 畠山鈴香被告「極刑にしてほしい」(2007年10月) ====&lt;br /&gt;
秋田県藤里町で2006年4、5月に起きた連続児童殺害事件で、殺人と死体遺棄の罪に問われた畠山鈴香(34)の第6回公判が[[10月31日]]、[[秋田地裁]]([[藤井俊郎]]裁判長)で開かれ、前回に引き続き、弁護側の被告人質問があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
畠山は「（殺害した米山）豪憲君の遺族にどう償うのか」との質問に対し「米山さんの望む通りの刑を望みます」とし、「命をもって償うということか」と聞かれると「はい」と答え、その後の質問にも「極刑にしてほしい」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
畠山は逮捕後、拘置所内で、「取調室からたばこを持ち出して4本食べた。致死量は3本と知っていた。吐き気がして、2、3日口がしびれただけだった」と述べた。また、タオルで自分の首を絞めたり、鏡を割って腕を傷つけたほか、ボディーソープを容器の3分の1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほど飲む－－などの行為を2007年8月まで続けたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2008年 ===&lt;br /&gt;
* 3月19日&lt;br /&gt;
: 畠山鈴香の判決公判が秋田地裁であり、[[藤井俊郎]]裁判長は被告に[[無期懲役]]の判決を言い渡した。判決要旨としては、「2人の殺害は殺意を持って行われたが、計画性はない」「米山　豪憲君殺害時の刑事責任能力は認められる」というもの。[[弁護]]側は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[控訴]]し、[[検察]]側も控訴する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 畠山鈴香無期懲役判決―「大切なお子さんを奪ってしまい申し訳ない」土下座して謝罪も控訴へ ====&lt;br /&gt;
2006年におきた、秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、死刑を求刑されていた畠山鈴香被告に、無期懲役の判決が下された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
閉廷間際、被告は、殺害された米山豪憲君の両親に向かい、床に膝をついて土下座、泣きながら謝罪の言葉を述べた。弁護側は、この判決を不服として、即日控訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、殺人などの罪に問われた畠山鈴香（35）の判決公判が19日、秋田地裁で開かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
藤井俊郎裁判長は「凶悪、卑劣な犯行で、刑事責任は重大」とし、検察側の死刑の求刑に対し、無期懲役を言い渡した。争点となったのは、殺意の有無と被告の殺害時の責任能力の判定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決は、被告の当時9才の長女彩香ちゃんへの殺意は認めたが、米山豪憲君（当時7才）事件とともに、計画性は否定、極刑を回避した形。藤井裁判長は、「死刑の適用も十分考えられるが、酌量すべき点も少なからず認められ、躊躇を覚えざるを得ない」と述べた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が、「内省が表面的にとどまる」との判断を加え、仮釈放は慎重にするよう求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決では、2件の事件ともに計画性を否定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彩香ちゃんが駄々に被告はいらだち、愛せずに悩み、新しい生活への足かせと感じていた彩香ちゃんが消えてくれるのではと思い、とっさに橋から落としたとした。また、彩香ちゃんを欄干に乗せた後、怖がって抱き付かれるまで突き落としていないことから、積&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極的な殺意があったとはいえないとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
豪憲君については、彩香ちゃんの死は事件だとする自分の主張に目を向けさせるためのとっさの殺害と判断。計画性はなかったとし、彩香ちゃん事件への疑いの目をそらすためとの検察側主張は退けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側は「真摯な反省は期待できず、矯正は不可能」として死刑を求刑していた。初公判で被告は「1年半前は嘘つき、卑怯でした。どう変わったか見てほしい」「極刑にしてほしい」と述べたこともあったが、審理の間、自身に都合の悪い質問には黙秘を繰り返し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、公判中に書いた日記には「罪悪感はほとんどない」との記述もみられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弁護側は「更生の可能性は失われていない」として有期の懲役刑を求めていた。彩香ちゃんの事件について、橋の欄干で「お母さん、怖い」と急に抱き付いてきた彩香ちゃんを払いのけたための転落として、過失を主張。ショックで転落時の記憶を失っていたとし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、自白は「検察官の強力な誘導」と反論した。豪憲君殺害についても、娘を亡くした喪失感による衝動的な殺害として偶発性を訴え、事件当時は心神耗弱状態だったとしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弁護側はこの判決を不服として、即日控訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は、閉廷間際、裁判長に突然「ひとついいですか」と声を掛け、米山豪憲君の両親への謝罪を申し出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
傍聴席を向き、サンダルをぬいで膝をついて土下座、「大事なお子さんを奪ってしまって申し訳ありませんでした」と述べ、泣きながら頭を下げた。豪憲君の父、勝弘さんは表情を変えず、母真智子さんは目を閉じて涙をこらえていた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
この事件の裁判は、迅速化を図って、公判前整理手続きが適用された。証拠が膨大だったことなどから、手続きは長期化し、最後の起訴から初公判まで1年以上がかかった。しかし、公判開始後は月に数回、集中的に開廷、並行して被告の精神鑑定が実施されるなど&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、異例の態勢がとられ、2007年9月の初公判から13回で結審、半年で判決を迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺意や責任能力以前に、なぜ起きたのかもあいまいな、謎の多いこの事件。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼少時代に、被告が極端で陰湿ないじめにあっていたことなどが、法廷で明らかにされたにも関わらず、よく言われる「いじめによる“心の闇”が原因で…」というような論調を、今回はあまり多くは見かけない。死刑は厳しすぎるという声が高まらない背景には&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、いじめに関しては同情しても、それとは何の関係もない幼児を、自己の気分と衝動だけで、あっさりと殺害したことは、やはり理解しがたく、残酷で浅はかな犯行は許せるものではないからだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2転3転する主張、不安定な精神状態を露呈する様子は、演技なのか、それとも気分のムラか。被告の姿は、まだ見えてこない。事件は、高等裁判所で引き続き争われることとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 判決要旨 ====&lt;br /&gt;
'''長女彩香ちゃん殺害'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年4月9日午後6時40分過ぎごろ、大沢橋の欄干のすき間から川面を見せ、暗くて魚が見えないことを納得させようとしたが、彩香ちゃんが「見たい見たい」と言って帰ろうとしなかったため、急激にイライラした感情を高め、とっさに突き落とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋の欄干という極めて危険な場所に我が子を座らせ、助けを求める行為に対し、拒むかのように押し返して転落させ、転落後に救護活動を一切行っていない状況などから、殺意に基づき突き落としたという事実を強く推認することができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
留置場で「検事さんのネクタイが4日間同じで、笑いをこらえるのに必死だった」などと話しており、捜査段階で殺意を認めた自白調書に任意性・信用性を認めることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''米山豪憲君の殺害'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相当の信用性を認めることができる捜査段階の精神鑑定（苗村鑑定）によると、彩香ちゃん殺害後、急速に記憶を抑圧し始め、2006年4月11日ごろには彩香ちゃんを欄干から落下させた記憶は、すぐには想起されない状態になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判段階の精神鑑定（西脇鑑定）によれば、彩香ちゃん殺害直後に重篤な健忘が生じたとのことであり、被告の公判供述に沿う内容になっている。しかし、西脇鑑定は母親による乳幼児殺傷事案のほとんどが無理心中であるとの前提に立ち、被告が複数回にわたっ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
て自殺を決行しているとの事実認識に基づいているところ、これらの認識は直ちに首肯しうるものとは言えず、公判供述と西脇鑑定は採用することができない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記憶の抑圧それ自体が行為の是非を弁別し、行動制御能力に影響を及ぼすとは考えられず、犯行当時の完全責任能力を認めるのが相当である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「被告が彩香ちゃんを殺害したのではないか」という嫌疑をそらすべく、2006年5月17日午後3時過ぎ、豪憲君に「彩香の思い出に何かもらってほしいんだけれども」と声をかけた時点で殺害を決意していたと疑うことも不可能ではない。しかし、死体処分の準備を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
した形跡はなく、被告は捜査・公判を通じ「殺害しようと決意したのは、豪憲君を自宅に誘い入れた後」と供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は豪憲君の姿を間近で見ているうちに「彩香はいないのに、なんでこんなに元気なのか」と思い「彩香ちゃんの死が事故ではなく（他人が起こした）事件であるとの主張に目を向けさせる絶好の機会は今しかない」との考えがわき上がり、とっさに首に腰ひも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を巻き付け窒息死させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''量刑の理由'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼い児童らの無警戒につけ込んでおり、各犯行が凶悪かつ卑劣であることは論をまたない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被告は彩香ちゃん出生直後から「愛したくても愛せない」といった悩みを長年抱き、生活を変えようにも彩香ちゃんが足かせになっているなどと感じていた。父親の介護に疲れ逃れたいと夢想する中、彩香ちゃんが駄々をこねたのを契機に疎ましさが爆発し「彩香&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちゃんを排除すれば未来が開けるのではないか」と、とっさに考え殺害に至った。母親として果たすべき責任を放棄したいという動機は、極めて身勝手かつ短絡的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「怖い」と言いながら抱きつくように助けを求めてきた我が子を突き落とした犯行態様は非道極まりない。彩香ちゃんは可能性に満ちていたはずの未来をわずか9歳で奪われ、母親に愛されようとけなげに振る舞っていた彩香ちゃんの「母親に裏切られた」という衝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
撃や絶望感の深さを考えると哀れというほかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自分が彩香ちゃんを殺した」という現実から目を背けたいという身勝手極まりない思いから豪憲君殺害に至った経緯に酌むべき事情はみじんもない。無抵抗の豪憲君の首を数分間力いっぱい絞め、息を吹き返すかのような様子を見せるや、さらに絞め続け確実に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺害しており、強固な殺意に基づく卑劣かつ残虐で執拗かつ冷酷な犯行である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
豪憲君は家族の愛情を一身に受けて健やかに育っていたのに、わずか7歳で生涯を終えさせられ、無限の可能性のすべてを奪われた。豪憲君が受けた恐怖、絶望、悲しみ、苦しみは想像を絶し言葉では言い尽くせない。遺族の怒りや悲しみは限りなく深く、極刑を望&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
むのは自然である。(鑑定人への言動から)被告の反省には疑問の念を持たざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、彩香ちゃん殺害は父親の介護や母子家庭であるがゆえの不安、思うように就職できない不満など、必ずしもすべてを被告の責めに帰すことのできない事情により衝動的・突発的に敢行された。豪憲君殺害当時、被告は自らが彩香ちゃんを殺害した事実を明&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確に認識していなかったのも事実であり、記憶を保ちつつ連続殺人を行った場合に比べ、悪質性は多少なりとも減じられる。計画性も認められない。学校内の盗みにより高校で停学処分を受けているが前科前歴は無く、矯正教育を試みる余地がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらを総合考慮し、多くの裁判例で示された量刑動向も踏まえると、死刑を選択するほかないと断じることにはちゅうちょを覚えざるを得ず、贖罪のため全生涯をささげることを強く求める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお仮釈放に当たっては、刑事責任が重大であることに加え、内省が表面的にとどまるという性格特性の改善が容易でないことにも十分留意されることを希望する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2009年 ===&lt;br /&gt;
*3月25日&lt;br /&gt;
:控訴審判決が[[仙台高等裁判所]]秋田支部であり、[[竹花俊徳]]裁判長は地裁判決を支持し、弁護・検察双方の控訴審を棄却。弁護側のみ上告。&lt;br /&gt;
*5月19日&lt;br /&gt;
:弁護側が上告を取り下げたため、地裁が下した無期懲役判決が確定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 畠山鈴香の生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 「ばい菌」と呼ばれ使い走り ===&lt;br /&gt;
初公判以来初めて、自らの口で事件の経緯を語った畠山鈴香(34)。秋田地裁（藤井俊郎裁判長）で開かれた第5回公判で、弁護側の質問に答え、畠山は父の暴力や学校でのいじめを詳述。高校卒業後、栃木県の温泉旅館で働いたこと、結婚と離婚などを語り、事件に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
至る半生が浮き彫りになった。また、長女彩香ちゃんへの虐待は否定、母として愛情をもって育てたと述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 虐待といじめ ===&lt;br /&gt;
小学校高学年になると父が振るう暴力の対象となり、中学に入るとエスカレート。殴るける、髪の毛を引っ張り引きずり回されるなどしたという。弁護側は初公判の冒頭陳述で「幼少時からの虐待がかい離性障害を生む原因になった」と主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「心霊写真」「ばい菌」などと呼ばれるなど、小学校から始まったいじめの被害を淡々と述べた。友達がいないことを苦に、万引きした文房具を配って気を引こうともした。中学時代はほとんど無視され、高校時代はリーダー的存在の使い走りになっていじめ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に遭うのを避ける工夫をしたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
栃木へ高校卒業後は、父親の暴力から逃れたい思いもあり、友人を通じて知り合った男性と駆け落ちのように栃木県へ。温泉旅館で住み込みで働いた。仕事仲間との飲み会やバーベキューは楽しい思い出だという。仲居やコンパニオンとして働き、畠山の実家があ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る[[二ツ井町]]（現能代市二ツ井町）に戻り、この男性と結婚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[秋田県立二ツ井高校]]の卒業アルバム ===&lt;br /&gt;
[[Image:畠山鈴香の卒業文集.jpg|600px|thumb|卒業文集]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鈴香の&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
1年間、長い人は3年間どうもでした。&lt;br /&gt;
すぐには仕事をやめてこないけれど二ツ井に帰ってきた時は遊んでやってください！&lt;br /&gt;
帰ってきたらまっすぐビューホテルの？？？の？？？のでよろしく！&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という書き込みに対し、同級生の寄せ書きは&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
「会ったら殺す！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あと二度と会うことはないだろう。じゃーな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ひゃ～な。帰ってくんなョ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「bye2　一生会わないでしょう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「bye2　目の前に来んな!!」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「やっと離れられる。3年間はちょっと…」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「秋田から永久追放」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「仕事やめで秋田さかえってくるなョ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「秋田の土は二度とふむんじゃねえぞ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もうこの秋田には帰ってくるなョ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いつもの声で男ひっかけんなよ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あれッ!?　おめいだったった～（お前いたのか）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「元気でな。ビューさは来るなよ。（ビューには来るなよ。）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「顔を出さないよーに」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「山奥で一生過ごすんだ♪」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「はたらいてもあまされるなよ！（戻されるなよ）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「戦争に早く行け」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いままでいじめられた分、強くなったべ。俺達に感謝しなさい。」&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
[http://www.futatsui-h.akita-pref.ed.jp/ 教師が何の疑問も抱かず、この寄せ書きをアルバムに印刷配賦した秋田県立二ツ井高校の公式HP]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 結婚と離婚 ===&lt;br /&gt;
元夫とは口論が絶えずほどなく離婚。元夫は証人尋問で「（畠山被告は）家事をしなかった」「（栃木時代は）夕食は車で約30分かかるコンビニまで買いに行った」と証言していたが、被告は29日の公判で「洗濯は私がしていた」「夕食は肉じゃがなどを作り置き&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
していた。コンビニへ行ったことはない」など、家事はしていたと反論。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（元夫が口論の末）鋲（びょう）付きのジャンパーを彩香ちゃんに投げつけたので離婚を決意した」と述べた。元夫はこれまでの公判で「当時は（そのジャンパーを）持っていなかった」と証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 一家総破産!!　米山豪憲君殺害の畠山鈴香の哀れな人生。そして、悲惨な彩香ちゃんの9年の生涯 ===&lt;br /&gt;
畠山鈴香は、[[パチンコ]]と病的な夜遊びの挙句、数百万円の借金を抱えて自己破産していた。しかし、鈴香の実家も同じだった。ダンプの運送会社を経営していた実家も、経営に行き詰って破産していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「実は、鈴香も[[生活保護]]を受けていましたが、実家も生活保護を受けていました。鈴香は、能代の高校卒業後、栃木県内の[[鬼怒川温泉]]にあるホテルで仲居として就職したんですが、2年で辞めて秋田に戻ったんです。21歳の時、実家の経営していた運送会社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の1歳年下のトラック運転手と付き合うようになり、結婚して、24歳の時に彩香ちゃんを生んだ。しかし、家事は一切やらず、パチンコ三昧の毎日で借金ばかり作っていたことにダンナも愛想をつかして、家を出て行ってしまったといいます」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彩香ちゃんが生まれて半年後に離婚した。以来、聞こえはいいが、鈴香は女手一つで彩香ちゃんを育ててきた。離婚後は、スーパーやパチンコ店、さらにはスナックでホステスをやったかと思えば、宴会のコンパニオン、そして生命保険の営業外交員など、職を転&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
々としていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「保険外交員の時は、色仕掛けで寝取って契約を取っていたといいます。朝日ヶ丘団地でも色仕掛けで複数の男性に営業をかけていたようです」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、パチンコ癖は治らず、さらに夜遊びも重なって自己破産した。町営の朝日ヶ丘団地の家賃はもちろん、公共料金も滞納する始末で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「家庭生活はメチャクチャだった。彩香ちゃんは、家ではカップラーメンとかろくなものを食べさせてもらえなかった。だから、学校の給食の時間が一番の楽しみだったといいます」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨年の暮れまで能代市内の[[デリヘル]]で働いていた。馴染みの客は自宅に呼んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「客の男を自宅に連れ込むときは、彩香ちゃんを外に追い出していました。真冬の寒い夜に家に入れてもらえないんですから悲惨です。見かねた近所の人が家に上げて、食事をさせてやったこともたびたびあったそうです」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺害された豪憲君の家は、遊び場だった。学校が終わると、みんな豪憲君の家に集まって遊んでいた。彩香ちゃんと豪憲君は、その中でも一番仲がよかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とにかく、鈴香の育児放棄、虐待は近所でも知られていた。狭い住宅街のはずだが、どこか空しさが残る。彩香ちゃんは、汚れたままの衣服で学校に通っていたという話であるが、学校の先生も、見てみない振りをしていたのか？　もはやコミュニティーも崩壊し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ていたのであろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「地元の噂では、豪憲君のお父さんも鈴香と関係にあったと言われてます。豪憲君のお父さんは、コンピュータのプログラマーで昼間は自宅にいることが多かったといいます。だから、子供たちも集まってきやすかったんでしょうが、鈴香も自宅を行き来できたの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かもしれませんね」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この噂は、今や朝日ヶ丘団地では知らない人がいないという。現時点では、鈴香1人のために、この小さな団地はメチャクチャだ。真相を解明して、事件が解決するまでには、豪憲君はもちろんだが、このままでは水死した彩香ちゃんも浮かばれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 娘への虐待否定 ===&lt;br /&gt;
離婚後、彩香ちゃんと2人で十和田湖に出掛け、遊覧船を見て「（彩香ちゃんが）『これに乗るの』とはしゃいでいた」などの思い出を披露。仲良し親子ぶりをアピールした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
複数の周辺住民による「離婚後に交際男性が自宅に来た時、彩香ちゃんが戸外に出されていた」との証言について「ありません」と否定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「朝食は買い置きのパンなどを食べ、夕食は両親の実家で食べさせていた」「風呂に入るのを嫌がることが多かったが、実家で弟や母親と入っていた」と育児放棄も否定した。服の汚れについても「（彩香ちゃんは）気に入った服を何回も着たがったので洗えなか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
った」などとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年からは精神科に通院し、2005年には処方された薬を一度に飲んで自殺しようとし未遂に終わったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側が冒頭陳述で、登下校中の子供の列に車が突っ込み死亡した事故に絡み、友人に「彩香があの中にいれば良かったのに」とメールしたことを明らかにしたが、弁護人が「内心、子供の死を願ったことは」と質問すると「ない、あれば口にしている」と彩香ち&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゃんへの殺意を否定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 再捜査要請の経緯 ===&lt;br /&gt;
彩香ちゃんの遺体が発見された翌日、畠山は能代署員から「彩香ちゃんが落ちた可能性のある場所の一つ」として、自宅の向かいの藤琴川の河原に案内された。案内した2人の署員から「滑ったとみられる跡があり、靴の裏の砂利の成分が似ている」「事件より事故&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の方が気の持ちようが違うのでは」と言われ「（彩香ちゃんの）単独事故で終わらせるのではないか」と不信感を募らせたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「途中で彩香ちゃんを落としてしまったことを思い出すことはあったか」と弁護人に問われると、畠山被告は「いいえ」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 報道などをめぐる問題 ==   &lt;br /&gt;
この事件では、畠山鈴香が身を寄せていた実家にメディアが殺到し（[[メディアスクラム]]）、一部メディアは畠山鈴香が外出する際に追走したりし、周辺住民の間からもメディアの取材に対する苦情やトラブルが相次いで起こった。こうした事態を重く見たBPO（&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[放送倫理・番組向上機構]]）は、5月24日、放送各社に「節度をもって取材に当たる」よう要望する事態にまで発展。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この[[メディアスクラム]]は、[[1994年]]（平成6年）に起こった[[松本サリン事件]]や[[1998年]]（平成10年）に[[和歌山毒物カレー事件]]でも問題になったが今回の事件ではこれらの教訓が全く生かされなかったとの指摘も出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、畠山鈴香が逮捕される前から畠山鈴香に関する[[プライバシー]]が、[[週刊誌]]を中心にセンセーショナルに報道された。これについてある週刊誌の記者は、[[東京新聞]]の取材に対し「この事件に対する世間の関心は非常に高い。いろいろな噂がある中で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何が真実かを確認するには、本人に取材せざるを得ない。やむを得ないのではないか」（[[2006年]][[6月8日]]付東京新聞）と報道の意義を強調している。しかし、畠山鈴香が特定・逮捕されていない段階でこうした報道がなされたことに対しては「逮捕されてい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ない人が、逮捕されたかのような扱いで、[[推定無罪]]という考え方がどこかへ飛んでいってしまっている」（[[松本サリン事件]]で[[報道被害]]を受けた[[河野義行]]2006年6月8日付東京新聞）と言った批判も出ている。結果的に翌年の[[香川・坂出3人殺害事件]]でこの危惧は現実のものとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[産経新聞]]が[[6月6日]]付けの社説でこうした過熱取材を自己批判する社説を掲載したり、[[東京新聞]]が[[6月8日]]付けの紙面でメディアスクラムを検証するなど報道する側からもこうした過熱取材に対する疑問が提起された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、畠山鈴香の高校生時代の卒業アルバムがテレビで公開され、畠山鈴香が高校時代に[[いじめ]]に遭っていたとも取れる寄せ書きが卒業アルバムに記載されており、畠山鈴香の母校・[[秋田県立二ツ井高校]]や同級生に対して非難が殺到した。ちなみにその卒&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
業アルバムには畠山鈴香の将来として「自殺・詐欺・強盗・全国指名手配・変人大賞・女優・殺人・野生化」と書かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、この事件は「狭い田舎の町で短期間で2人もの子供が亡くなる」という特異性や、地元住民などはもとから「長女の死は事故ではない」と考えていた。報道各社は加熱取材を冷まそうとしていたが、報道各社のサツ回りの中で「実は長女の母親が捜査線上に浮&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かんでいる」という情報を警察関係者から聞き、ある1社が抜け駆けて紙上で「長女の母親犯人説」を大々的に掲載した。なお、このことについて[[警察不祥事]]に関係した著書の多い[[黒木昭雄]]は著書で警察の意図的な情報リークの可能性を指摘している。畠山&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鈴香の証言に依拠するところが多く娘に関しては証拠不足なことや、畠山鈴香が嘘つきだと宣伝する事で捜査怠慢をごまかすような側面があったためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[大阪2児餓死事件]] - 下村早苗による放置死&lt;br /&gt;
* [[西淀川区女児虐待死事件]] - 食べ物を与えず、薄着でベランダに放置&lt;br /&gt;
* [[小野市冷蔵庫男児遺体事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はたけやま すすか}}&lt;br /&gt;
[[Category:児童虐待]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネグレクト]]&lt;br /&gt;
[[Category:いじめ]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:1973年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:生い立ちが悲惨な人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:秋田県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Harukyan</name></author>	</entry>

	</feed>