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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>アップル・ブランデー</title>
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				<updated>2009-08-03T04:41:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アップル・ブランデー'''（Apple Brandy）とは、[[リンゴ]]の果汁を[[醗酵]]させて作った[[醸造酒]]（[[シードル|リンゴ酒]]）を[[蒸留]]して作られる、[[蒸留酒]]のことである。（アップル＝リンゴの、ブランデー＝焼いた酒＝蒸留酒）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
アップル・ブランデーは各地で作られているが、その内、特定の地域で作られたものを[[カルヴァドス]]と言う。したがって、カルヴァドスもアップル・ブランデーの範疇に入る。アップル・ブランデーの製法は、[[ブドウ]]の果汁を醗酵させて作った醸造酒（[[ワイン]]）を蒸留して作る[[ブランデー]]と、基本的には同じと考えて良い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ブドウの搾りカスを原料とする、いわゆる[[カストリ]]のブランデーが存在するように、リンゴの搾りカスに[[水]]を加えたものを醗酵させて作った醸造酒を蒸留して作る、いわゆるカストリのアップルブランデーも作られている。[[フランス語]]では、通常のアップル・ブランデーを「オー・ド・ヴィ・ド・シードル」、カストリのアップル・ブランデーを「オー・ド・ヴィ・ド・マール・ド・シードル」と呼んで区別する。ただし、カストリと聞くと悪いイメージを抱く者もいるが、粗悪品というわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フルーツ・ブランデーとしての位置付け ==&lt;br /&gt;
ブドウ以外の[[果物]]を原料としたブランデーと名のつく酒&amp;lt;!--蒸留酒とは限らない--&amp;gt;を、フルーツ・ブランデーとひとくくりにし、アップル・ブランデーもフルーツ・ブランデーの一種と分類されることもある&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
橋口孝司 『スピリッツ銘酒事典』 p.42 新星出版社　2003年5月15日発行 ISBN 4-405-09064-5&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。（なお、ブドウ原料の蒸留酒である通常の[[ブランデー]]は、フルーツ・ブランデーには分類されず、単にブランデー、または、グレープ・ブランデーと呼ばれ、果物を原料としているのにも関わらず、フルーツ・ブランデーとは区別される。）&lt;br /&gt;
しかし、チェリー・ブランデーやアプリコット・ブランデーやピーチ・ブランデーなどは、蒸留酒ではなく、[[リキュール]]に分類される&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
吉田 芳二郎 『カラーブックス 828 洋酒入門』 p.116 p.122 保育社 1968年8月1日発行 ISBN 4-586-50828-0&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。&lt;br /&gt;
これはアップル・ブランデーとは製法が異なっているためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== チェリー・ブランデー ===&lt;br /&gt;
例えばチェリー・ブランデーの場合は、[[サクランボ]]をブランデーに浸漬することで、サクランボの香味をつけて作られている。つまり、アップル・ブランデーや通常のブドウ原料のブランデーのように、果汁を醗酵させて醸造酒を作り、それを蒸留するという作り方がなされていないのだ。この点には注意が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、例えば[[キルシュヴァッサー]]のように、サクランボの果汁（[[果肉]]だけではなく、果肉と[[種子]]を圧搾して採取する果汁）を醗酵させて作った醸造酒を、蒸留して作った蒸留酒も存在する。しかし、アップル・ブランデーのように、いわゆるカストリのものは作られていない。フルーツ・ブランデーに分類されることのある蒸留酒で、いわゆるカストリのものが作られるのは、アップル・ブランデーだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、似た名前の酒として、キルシュという酒があるが、こちらはキルシュヴァッサーにダークチェリーを浸漬させて作られた、リキュールである&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
橋口孝司 『スピリッツ銘酒事典』 p.183 新星出版社　2003年5月15日発行 ISBN 4-405-09064-5&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、これらは、そのまま飲まれることもある他、[[カクテル]]の材料としても使用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アプリコット・ブランデー ===&lt;br /&gt;
アプリコット・ブランデーは、アプリコット（アンズ）の香味を加えたリキュールである。[[アンズ]]をブランデーに浸漬することで作られている。そのまま飲まれることもある他、しばしばカクテルの材料としても使用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ピーチ・ブランデー ===&lt;br /&gt;
ピーチ・ブランデーは、黄桃の香味を加えたリキュールである。そのまま飲まれることもある他、カクテルの材料としても使用される。これが使用されるカクテルとしては、[[ファジー・ネーブル]]などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プラム・ブランデー ===&lt;br /&gt;
スリボビッツ（チェコスロバキアやルーマニアで作られている）、&lt;br /&gt;
スリボバ（ブルガリアで作られている）、テュイカ（ルーマニアで作られている）、&lt;br /&gt;
ミラベル（フランスで作られている）は、&lt;br /&gt;
通常のブランデーと同じ製法で作られいる蒸留酒である可能性があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
キイチゴのブランデー、オー・ド・ビー・ド・フランボワーズ。&lt;br /&gt;
ナシのブランデー、オー・ド・ビー・ド・ボワール。&lt;br /&gt;
これも、通常のブランデーと同じ製法で作られいる蒸留酒である可能性があります。&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 吉田 芳二郎 『カラーブックス 828 洋酒入門』 保育社 1968年8月1日発行 ISBN 4-586-50828-0&lt;br /&gt;
* 稲 保幸 『洋酒とカクテル入門』 日東書院 1987年2月10日発行 ISBN 4-528-00361-9&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[シードル|リンゴ酒]]&lt;br /&gt;
* [[ブランデー]]&lt;br /&gt;
* [[ビッグ・アップル (カクテル)|ビッグ・アップル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.calvadoshof.com/Tunnel/aboutcalvados.html カルバドス(Calvados)について]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あつふるふらんて}}&lt;br /&gt;
[[category:蒸留酒]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=54877</id>
		<title>ビッグアップル (カクテル)</title>
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				<updated>2009-08-03T04:39:19Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|[[ウォッカ]]ベースの[[カクテル]]|[[ワイン]]ベースのカクテル|ビッグ・アップル (カクテル)}}&lt;br /&gt;
'''ビッグアップル'''は、[[ウォッカ]]ベースの[[カクテル]]の一種である。[[スクリュー・ドライバー]]のオレンジジュースをアップルジュースに変えただけだが、この名前はあまり知られていない。それはこのカクテルが単に'''ウォッカ・アップル'''若しくは'''ウォッカ・アップルジュース'''と呼ばれることが多いからと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 標準的なレシピ ==&lt;br /&gt;
* ウォッカ - 45ml&lt;br /&gt;
* アップルジュース - 適量&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作り方 ==&lt;br /&gt;
*グラスに氷を入れてから、材料を全てグラスに入れステアする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バリエーション ==&lt;br /&gt;
*ベースのウォッカを[[ジン (蒸留酒)|ジン]]に変えると「ジン・アップル」 &lt;br /&gt;
*ベースを[[クレーム・ド・カシス]]に変えると「カシス・アップル」&lt;br /&gt;
両者ともビッグアップル同様一般的にはあまり知られていないカクテルであり、[[居酒屋]]の一部でメニューに取り上げられている程度である。但しカシス・アップルは一部の[[カラオケボックス]]や[[コスプレ系飲食店|メイド喫茶]]のメニューにも取り上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[リンゴ]]&lt;br /&gt;
*[[カクテルの一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひつくあつふる}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウォッカベースのカクテル]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=54876</id>
		<title>ビッグ・アップル (カクテル)</title>
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				<updated>2009-08-03T04:38:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{Otheruses|ワインベースのカクテル|ウォッカベースのカクテル|ビッグアップル (カクテル)}} '''ビッグ・アップル'''は、[[シ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|[[ワイン]]ベースの[[カクテル]]|[[ウォッカ]]ベースのカクテル|ビッグアップル (カクテル)}}&lt;br /&gt;
'''ビッグ・アップル'''は、[[シャンパン]]ベースの[[カクテル]]の一種である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== レシピ ==&lt;br /&gt;
* シャンパン ＝ 120ml&lt;br /&gt;
* [[アップル・ブランデー]] ＝ 30ml&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 作り方 ====&lt;br /&gt;
よく冷やしたシャンパンとアップル・ブランデーを、フルート型のシャンパン・グラスに注ぎ、軽くステアすれば完成である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
* アップル・ブランデーには、[[カルヴァドス]]が指定されることもある。&lt;br /&gt;
* このカクテルにはシャンパンを使用するため、シャンパン1本分の代金を請求される場合がある。シャンパンは、一度栓を開けてしまうと、保存がきかないためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 花崎 一夫 監修 『自分でつくる おいしいカクテル』 永岡書店 2000年9月10日発行 ISBN 4-522-41081-6&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひつくあつふる}}&lt;br /&gt;
{{Sake-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:ワインベースのカクテル]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AB&amp;diff=54874</id>
		<title>ウォッカ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AB&amp;diff=54874"/>
				<updated>2009-08-03T04:29:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{Otheruses|蒸留酒|競走馬|ウオッカ}} '''ウォッカ'''（ロシア語: '''{{lang|ru|водка}}''' &amp;lt;small&amp;gt;ヴォートカ&amp;lt;/small&amp;gt;；ポーランド語: '''{...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|蒸留酒|競走馬|ウオッカ}}&lt;br /&gt;
'''ウォッカ'''（[[ロシア語]]: '''{{lang|ru|водка}}''' &amp;lt;small&amp;gt;ヴォートカ&amp;lt;/small&amp;gt;；[[ポーランド語]]: '''{{lang|pl|wódka}}''' &amp;lt;small&amp;gt;ヴートカ&amp;lt;/small&amp;gt;；[[ウクライナ語]]: '''{{lang|uk|горілка}}''' &amp;lt;small&amp;gt;ホリールカ&amp;lt;/small&amp;gt;）は、[[ロシア]]や[[ポーランド]]、[[ウクライナ]]など[[東ヨーロッパ|東欧]]・旧[[ソビエト連邦|ソ連]]圏で製造されている[[蒸留酒]]。[[日本]]の[[酒税法]]上は[[スピリッツ]]に分類される。[[大麦]]、[[コムギ|小麦]]、[[ライムギ|ライ麦]]、[[ジャガイモ]]など[[穀物]]を原材料とし、蒸留後、[[シラカバ|白樺]]の[[炭]]で[[濾過]]して作る。このため、一般に無味無臭無色である。ただし、フレーバード・ウォッカ（フレイバード・ウォッカ、フレーバー・ウォッカなどと表記されることもある）のように、香味が付けられているものも存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴォトカ、ウォトカ、ウォツカ、ウオッカとも表記される。なお、ウォッカの読みは日本における慣用とされ、むしろ原語発音に近いヴォトカ、ウォトカないしウォツカに修正される方向にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
成分は、ほとんどが[[水]]と[[エタノール]]であるため癖が少ない。このため、本来ウォッカを常飲していたロシア・東欧圏以外では、[[カクテル]]の材料の1つとして他の飲料と混ぜて飲むことが多い。一方、ロシア・東欧圏では「混ぜ物をしてウォッカを飲む」ということは邪道と目されている。[[スラブ諸語]]においては、ウォッカは「水 ({{lang|ru|вода}})」から派生した名詞である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[日本]]ではウォッカはひとつの酒類の[[名詞#狭義の名詞|固有名称]]であるように扱われているが、ロシアなどでは単に「蒸留酒」を表す[[一般名詞]]である。ロシアの少数民族で飲まれていたような蒸留酒も、ロシア語ではすべて「ウォッカ」と区分されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウォッカの種類 ==&lt;br /&gt;
=== 穀物 ===&lt;br /&gt;
; [[ライムギ|ライ麦]]&lt;br /&gt;
: ポーランド産が多い。&lt;br /&gt;
; グレーン&lt;br /&gt;
: 色々な穀物を原料としたもの。&lt;br /&gt;
; 小麦&lt;br /&gt;
: 小麦をメインとしたもの。&lt;br /&gt;
; 大麦&lt;br /&gt;
: フィンランド産に多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 穀物以外 ===&lt;br /&gt;
; ミルク&lt;br /&gt;
: ミルク等から抽出した乳糖を原料としたもの。&lt;br /&gt;
; フルーツ&lt;br /&gt;
: アメリカ産が多い。&lt;br /&gt;
; じゃがいも&lt;br /&gt;
: ポテトをメインとしたもの。&lt;br /&gt;
; ビート（[[甜菜]]）&lt;br /&gt;
: [[サトウダイコン]]をメインとしたもの。&lt;br /&gt;
; モラゼス&lt;br /&gt;
: サトウキビの廃糖液をメインとしたもの。蒸留方法等により[[ラム酒]]にもなる。&lt;br /&gt;
; フレーバード&lt;br /&gt;
: 生姜・唐辛子・[[パプリカ]]・ハーブ・レモン等で風味付けたもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
[[12世紀]]ごろから[[ロシア]]の[[地酒]]として飲まれるようになったといわれているが、[[11世紀]]の[[ポーランド]]で飲まれていたとする説もあり、詳細な起源は不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[14世紀]]のポーランドでは[[公衆衛生]]の概念が定着しており、ウォッカで[[食器]]などを消毒したり[[腋]]や[[足]]などを消臭する習慣があった。このことは[[1405年]]のポーランド王国の宮廷の記録に残っている。アルコールで消毒や消臭をする習慣はアラビアからポーランドへの陸上交易（当時はアジアとの[[貿易]]は船でなく陸上で行われ、ポーランドはヨーロッパの東西交易の中心地だった）によって伝わったものとされる。同時代のヨーロッパでは[[ペスト]]が大流行していたが、ポーランドのペスト被害は最小限に収まっている。当時の[[フランス]]や[[ドイツ]]ではペストの原因として、「[[ユダヤ人]]が井戸に毒を入れたから」という[[デマ]]とともにユダヤ人に対する迫害が激化したが、当時のポーランド国王[[カジミェシュ3世]]はそれを単なるデマだと考え、[[ポーランド王国]]はユダヤ人の西欧からポーランドへの[[移民]]や[[難民]]を積極的に受け入れ、以後ポーランドはヨーロッパでもっともユダヤ人の多い国となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1794年]]に[[シラカバ|白樺]]の活性炭でウォッカを濾過する製法が開発され、それ以降ウォッカは「クセの少ない酒」という個性を確立する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1917年]]の[[ロシア革命]]により、[[モスクワ]]のウォッカ製造会社の社長[[ウラジーミル・スミルノフ]]が[[フランス]]に亡命し、亡命先のパリでロシア国外では初めてウォッカの製造販売を始めた。このスミノフの工場に[[1933年]]、ロシアからアメリカに亡命していた[[ルドルフ・クネット]]が訪れた。クネットはアメリカとカナダにおけるスミノフ・ウォッカの製造権と商標権を買い取って帰国。以後、アメリカ産ウォッカの製造が始まり、アメリカは世界屈指のウォッカ消費国となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウォッカ戦争 ==&lt;br /&gt;
[[欧州連合]]における、ウォッカの定義に関する議論を俗にウォッカ戦争という&amp;lt;ref name=&amp;quot;20071218jijitsusin&amp;quot;&amp;gt;『EUのウオツカ戦争終結＝定義めぐり合意』2007年12月18日付配信　時事通信&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 穀物、ジャガイモが原料のもの以外はウォッカとして認めない - ポーランド、スウェーデンなど&lt;br /&gt;
* サトウキビやブドウが原料のものも認めるべき - イギリス、オランダなど&lt;br /&gt;
以上の二派に分かれ、5年の間議論が続けられた&amp;lt;ref name=&amp;quot;20071218jijitsusin&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
議論は2007年12月17日に決着し、「原材料を明記することによって、ウォッカと認める」という結論で双方が合意した&amp;lt;ref name=&amp;quot;20071218jijitsusin&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウォッカの生産国と主な銘柄 ==&lt;br /&gt;
=== 東欧 ===&lt;br /&gt;
==== ウクライナ ====&lt;br /&gt;
* スラヴァ&lt;br /&gt;
* ネミロフ&lt;br /&gt;
* ナレヴァイコ&lt;br /&gt;
* ミールナ({{lang|uk|Мірна}} / &amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot; style=&amp;quot;font-family: 'Palatino Linotype';&amp;quot;&amp;gt;М&amp;amp;#1123;рна&amp;lt;/span&amp;gt;) [[ウクライナ語]]で「厳選された」といった意味。さまざまな製造方法の製品が揃えられており、庶民的値段のもののうちでは、もっとも良いとされているものひとつ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== エストニア ====&lt;br /&gt;
* [[:ja:ヴィル・ヴァルゲ・ウォッカ|ヴィル・ヴァルゲ]] ([[:en:Viru Valge Vodka|Viru Valge]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ポーランド ====&lt;br /&gt;
[[ポーランド]]のウォッカは、主にプレミアムクラスは[[ライムギ|ライ麦]]、スタンダードクラスは[[ジャガイモ]]や[[果物]]などを原料としているものが多い。ポーランドでは[[中世]]の昔から、ピュアウォッカ（ヴトゥカ・チスタwótka czysta）だけでなく、[[ハーブ]]・[[スパイス]]・[[香木]]・[[果物]]などで香りをつけたフレーバード・ウォッカ、フレーバード・ウォッカの一種で原料のライ麦の香りを残したまま木の樽で熟成させるスタルカ（オールドウォッカ、ロシアのスタルカとは異なる）も多数製造されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主なウォッカは以下のとおり。この他にも多数のブランドがある。&lt;br /&gt;
* [[ズブロッカ]]（ジュブルフカ）(Żubrówka) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* スピリトゥス（[[スピリタス]]）・レクティフィコヴァヌィ (Spirytus Rektifikowany)&lt;br /&gt;
* ベルヴェデーレ・ヴトカ (Belvédére wódka)&lt;br /&gt;
* ヴィボロヴァ (Wyborowa)&lt;br /&gt;
* [[チェリーウォッカ]]（ヴィシニュフカ）(Wiśniówka) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* オジェフフカ (Orzechówka)&lt;br /&gt;
* ジトニャ・ヴトカ (Żytnia wódka)&lt;br /&gt;
* ショパン・クラシック (Chopin Classic)&lt;br /&gt;
* ショパン・ブラック (Chopin Black)&lt;br /&gt;
* マクシムス (Maksimus / Maximus)&lt;br /&gt;
* ダンスカ (Dańska)&lt;br /&gt;
* コペルニクス&lt;br /&gt;
** シーズンド (Copernicus seasoned) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
** ピュア (Copernicus pure)&lt;br /&gt;
* サクセス (Sukces)&lt;br /&gt;
* トルンスカ　(Toruńska)&lt;br /&gt;
* シリヴォヴィツァ・ポルスカ (Śliwowica polska) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ジギスムンドゥス・III・ヴァーサ (Sigismundus III Vasa) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* アルペイスカ (Alpejska)&lt;br /&gt;
* アマトル (Amator)&lt;br /&gt;
* チスタ (Czysta)&lt;br /&gt;
* グローバル・ライト (Global Light)&lt;br /&gt;
* グランド・マキシマム (Grand Maximum)&lt;br /&gt;
* マゾヴィェツカ・ジトニア (Mazowiecka Żytnia)&lt;br /&gt;
* ミレニアム (Millenium)&lt;br /&gt;
* スピリトゥス（[[スピリタス]]）・ドモヴィ・チスティ (Spirytus Domowy Czysty)&lt;br /&gt;
* ウニヴェルスム (Uniwersum)&lt;br /&gt;
* ズウォタ (Złota)&lt;br /&gt;
* ゾジャ (Zorza)&lt;br /&gt;
* アップルウォッカ（ヤブウコ） (Jabłko) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* クジェスカ (Krzeska) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ワゴドナ (Łagodna) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ルプチック (Lubczyk) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* トゥンドラ (Tundra)&lt;br /&gt;
* ウニヴェルスム・ブラックカラント (Uniwersum Black Currant) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ウニヴェルスム・ブラックカラント・ホワイト (Uniwersum Black Currant Biała) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* スタルカ&lt;br /&gt;
** スタルカ10年 (Starka 10) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
** タルカ15年 (Starka 15) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
** タルカ20年 (Starka 20) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
** タルカ25年 (Starka 25) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
** タルカ30年 (Starka 30) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
** スタルカ50年 (Starka 50) - オールドウォッカ&lt;br /&gt;
* シャンベラン (Szambelan)&lt;br /&gt;
* ポモルスカ (Pomorska)&lt;br /&gt;
* ポモルスカ・ゴーシュカ (Pomorska Gorzka) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ヴィルトゥオズ (Wiltuoz)&lt;br /&gt;
* ドヴル・アルトゥサ (Dwór Artusa)&lt;br /&gt;
* ジャズ (Jazz)&lt;br /&gt;
* バルサム・ポモルスキ (Balsam Pomorski) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* バルサム・ポモルスキ・ス・ジュラヴィナ（with クランベリー）(Balsam Pomorski z Żurawiną) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* グダンスキ・スピリトゥス（[[スピリタス]]） (Gdański Spirytus)&lt;br /&gt;
* スタロガルヅカ (Starogardzka Wódka)&lt;br /&gt;
* ヴトゥカ（ウォッカ）・グダンスカ (Wódka Gdańska)&lt;br /&gt;
* ビャワ・ダーマ (Biała Dama)&lt;br /&gt;
* ポロネーズ・ブラックラベル (Polonaise)&lt;br /&gt;
* ポロネーズ・ブルーラベル (Polonaise)&lt;br /&gt;
* ワンツト (Łańcut)&lt;br /&gt;
* ハルナシ (Harnaś)&lt;br /&gt;
* ツェーケー（シーケー） (CK)&lt;br /&gt;
* プロ・ポローニア (Pro Polonia) &lt;br /&gt;
* ポルカ (Polka)&lt;br /&gt;
* クラコヴィア・クラシック (Cracovia Classic)&lt;br /&gt;
* クラコヴィア・シュープリーム (Cracovia Supreme)&lt;br /&gt;
* タトラ (Tatra)&lt;br /&gt;
* フィドラー (Fiddler)&lt;br /&gt;
* クラコフスカ・ヴトゥカ (Krakowska Wódka)&lt;br /&gt;
* プシェプランカ・クラクフスカ (Przepalanka Krakowska) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* スピリトゥス（[[スピリタス]]）・クラコフスキ (Spirytus Krakowski)&lt;br /&gt;
* クラクス (Krakus)&lt;br /&gt;
* ルクスソーヴァ (Luksusowa)&lt;br /&gt;
* パン・タデウシュ (Pan Tadeusz)&lt;br /&gt;
* シヴハ (Siwucha) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
* ソプリツァ (Soplica)&lt;br /&gt;
* ジョウォンドコヴァ・ゴーシカ (Żołądkowa Gorzka) - フレーバード・ウォッカ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ロシア ====&lt;br /&gt;
* [[ロシアン・スタンダード]] ([[:en:Russian Standard|Russian Standard]] / Русский стандарт)。&lt;br /&gt;
: サンクトペテルブルクのお酒。ロシア語読みでは「ルースキー　スタンダールト」。&lt;br /&gt;
* バルティスカヤ (Балтийская)&lt;br /&gt;
: 「バルト(海)の」という意味。&lt;br /&gt;
* [[ストリチナヤ]] ([[:en:Stolichnaya|Stolichnaja]] / [[:ru:Столичная|Столичная]]) - 「首都の」を意味するウォッカ。厳密な読みは「スタリーチナヤ」&lt;br /&gt;
* プーチンカ&lt;br /&gt;
* クリスタル&lt;br /&gt;
* モスコフスカヤ ([[:en:Moskovskaya vodka|Moskovskaja]] / Московская) -  「モスクワの」ウォッカ。&lt;br /&gt;
* [[ストロワヤ]] (Stolovaja / Столовая) - ロシア語で「食卓の」を意味する。&lt;br /&gt;
* [[スタルカ]] ([[:en:Starka|Starka]] / [[:ru:Старка (напиток)|Старка]]) [[ブランデー]]とのハーフブレンド。&lt;br /&gt;
* ペルツォフカ (Pertsovka / Перцовка) - 唐辛子が漬けてあるため、赤く辛い。別名「ウクライナの剣」&lt;br /&gt;
* サルート ズラットグラヴァヤ (SALUTE ZLATOGLAVAYA / САЛУТЕ ЗЛАТОГЛАВАЯ)&lt;br /&gt;
* グジェリカ&lt;br /&gt;
* クレプカヤ&lt;br /&gt;
* サハリンスカヤ　(Сахалинская) - サハリンのウォッカ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他の地域 ===&lt;br /&gt;
* フィンランディア (Finlandia) （フィンランド）&lt;br /&gt;
* アブソルート (Absolut) （スウェーデン）&lt;br /&gt;
* レベル (Level) （スウェーデン）&lt;br /&gt;
* スヴェードッカ (Svedka) (スウェーデン)&lt;br /&gt;
* [[グレイグース]] (Grey Goose) （フランス）&lt;br /&gt;
* ケテルワン (Ketel One) （オランダ）&lt;br /&gt;
* 42 ビロウ (42 Below) （ニュージーランド）&lt;br /&gt;
* アイスバーグ (Iceberg) （カナダ）&lt;br /&gt;
* [[スカイ]] (SKYY) （アメリカ）&lt;br /&gt;
* スミノフ (Smirnoff) （アメリカ）&lt;br /&gt;
* ダイアモンド 100 (Diamond 100) （アメリカ）&lt;br /&gt;
* クレーター・レイク (Crater Lake) （アメリカ）&lt;br /&gt;
* マザマ (Mazama) （アメリカ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウォッカベースのカクテル ==&lt;br /&gt;
（英語名順）&lt;br /&gt;
* [[アキダクト]] Aqueduct&lt;br /&gt;
* [[バラライカ (カクテル)|バラライカ]] Balalaika&lt;br /&gt;
* [[ブラック・ルシアン]] Black Russian&lt;br /&gt;
* [[ブラッディ・シーザー]] Bloody Caesar&lt;br /&gt;
* [[ブラッディ・マリー]] Bloody Mary&lt;br /&gt;
* [[ブルー・ラグーン]] Blue Lagoon&lt;br /&gt;
* [[チチ]] Chi Chi&lt;br /&gt;
* [[カミカゼ_(カクテル)|カミカゼ]] Kamikaze&lt;br /&gt;
* [[モスコミュール]] Moscow Mule&lt;br /&gt;
* [[ルシアン]] Russian&lt;br /&gt;
* [[ソルティ・ドッグ]] Salty Dog&lt;br /&gt;
* [[スクリュー・ドライバー]] Screwdriver&lt;br /&gt;
* [[セックス・オン・ザ・ビーチ]] Sex on the Beach&lt;br /&gt;
* [[ウォッカ・バック]] Vodka Back&lt;br /&gt;
* [[スレッジハンマー#関連事項|ウォッカ・ギムレット]] Vodka Gimlet&lt;br /&gt;
* [[ウォッカ・ライム]] Vodka &amp;amp; Lime&lt;br /&gt;
* [[ウォッカ・マティーニ]] Vodka Martini&lt;br /&gt;
* [[ウォッカ・トニック]] Vodka &amp;amp; Tonic&lt;br /&gt;
* [[ウォッカ・リッキー]] Vodka Ricky&lt;br /&gt;
* [[ホワイト・ルシアン]] White Russian&lt;br /&gt;
* [[雪国 (カクテル)|雪国]] Yukiguni&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※一部の[[チューハイ|缶チューハイ]]はウォッカベースのものがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ドミトリ・メンデレーエフ]]（ウォッカの製造技術を標準化し、アルコール濃度を現在のものに定めたという俗説が広まっている）実際にはそのようなことはなかったという調査がある。&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.nichiro.org/00_news/news.cgi?action=vew&amp;amp;code=81 ISBN 978-4885956164 など参照。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[酒]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{アルコール飲料}}&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Vodka|ウォッカ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:うおつか}}&lt;br /&gt;
[[Category:蒸留酒]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウォッカベースのカクテル|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ロシアの食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウクライナの食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:ポーランドの食文化]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Vodka]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%B3_(%E8%92%B8%E7%95%99%E9%85%92)&amp;diff=54873</id>
		<title>ジン (蒸留酒)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%B3_(%E8%92%B8%E7%95%99%E9%85%92)&amp;diff=54873"/>
				<updated>2009-08-03T04:26:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''ジン'''（英語：''Gin''）とは、大麦、ライ麦、ジャガイモなどを原料とした蒸留酒。'''ジュニパーベリー'...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ジン'''（[[英語]]：''Gin''）とは、[[大麦]]、[[ライムギ|ライ麦]]、[[ジャガイモ]]などを原料とした[[蒸留酒]]。'''ジュニパーベリー'''（''Juniper berry''、[[セイヨウネズ|ねず]]の実）によって香り付けがされているのが特徴的。日本の[[酒税法]]上は[[蒸留酒|スピリッツ]]に分類される。そのまま飲むだけでなく、[[カクテル]]の材料としてもよく使われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
* [[1660年]]、[[オランダ]]の[[ライデン大学]]の医学部教授、[[フランシスクス・シルヴィウス]]が作った解熱・利尿用薬用酒、'''[[ジェネヴァ]]''' ('''Jenever''') がその起源。しかし、普通に飲んでも美味なため一般化していった。&lt;br /&gt;
* [[1689年]]、オランダの貴族であったオレンジ公ウイリアム（[[ウィリアム3世 (イングランド王)|ウィリアム3世]]）が[[イングランド]]国王として迎えられた際にこの酒もイギリスに持ち込まれ、人気を博するようになった。その際、名前も短く'''ジン'''と呼ばれるようになった。&lt;br /&gt;
* [[19世紀]]半ばに連続式蒸留器が発明されると、これまでより飛躍的に雑味が少なく、度数の高いスピリッツが蒸留できるようになり、ジンの製法も大きく様変わりした。原料自体は大きく変わらないが、まず連続式蒸留器で[[アルコール度数]]の高いスピリッツを作り、そこにジュニパーベリーなどの副材料を加えて単式蒸留する。これが現在主流である'''ドライ・ジン'''（'''Dry Gin''',「ロンドン・ジン」とも呼ばれる）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 種類 ==&lt;br /&gt;
; ドライ・ジン&lt;br /&gt;
: ロンドン・ジン、イングリッシュ・ジンなどとも呼ばれイギリス、ロンドンが主産地。&lt;br /&gt;
; ジェネヴァ&lt;br /&gt;
: 現在でもオランダで作られている、より原型に近いジン。オランダ・ジンとも呼ばれる。原料を[[糖化]]、[[醸造]]した液体に副材料を加え、単式蒸留する。&lt;br /&gt;
; オールド・トム・ジン（Old Tom Gin）&lt;br /&gt;
: ドライ・ジンが作られるようになる以前、雑味を抑えるために[[砂糖]]を加えたジン。[[カクテル]]の[[トム・コリンズ]]は本来このジンを材料とする。&lt;br /&gt;
; スロー・ジン（Sloe Gin）&lt;br /&gt;
: ジュニパーベリーの代わりにスローベリー（Sloe berry、[[スピノサスモモ]]の果実）を副材料とするジン。「ジン」と名が付いてはいるが、[[スピリッツ]]ではなく[[リキュール]]の一種となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ジンとカクテル ==&lt;br /&gt;
[[蒸留酒]]の中では比較的個性が強くない上、[[西ヨーロッパ]]では古くから知られているためカクテルの材料としては最も多く使われているものの一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジンを使った主なカクテル ===&lt;br /&gt;
* [[マティーニ]]&lt;br /&gt;
* [[ギブソン (カクテル)|ギブソン]]&lt;br /&gt;
* [[ギムレット]]&lt;br /&gt;
* [[ジン・フィズ]]&lt;br /&gt;
* [[ジン・トニック]]&lt;br /&gt;
* [[ピンク・ジン]]&lt;br /&gt;
* [[トム・コリンズ]]&lt;br /&gt;
* [[シンガポール・スリング]]&lt;br /&gt;
* [[ジン・バック]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な銘柄 ===&lt;br /&gt;
* ウィルキンソン WILKINSON&lt;br /&gt;
* エギュベル AIGUEBELLE （フランス）&lt;br /&gt;
* [[ギルビーズ]] GILBEY'S&lt;br /&gt;
* ケンジントン KENSINGTON&lt;br /&gt;
* [[コーク・ドライ・ジン]] CORK（アイルランド）&lt;br /&gt;
* [[ゴードンズ]] GORDON'S&lt;br /&gt;
* シーグラム SEAGRAM'S&lt;br /&gt;
* [[ジェネヴァ]] &lt;br /&gt;
* [[タンカレー]] TANQUERAY&lt;br /&gt;
* [[ビーフィーター・ジン|ビーフィーター]] BEEFEATER&lt;br /&gt;
* ビクトリアン・バット VICTORIAN VAT&lt;br /&gt;
* ピムリコ PIMLICO&lt;br /&gt;
* ブース BOOTH'S&lt;br /&gt;
* [[ブードルス・ジン|ブードルス]] BOODLES&lt;br /&gt;
* ブラックウッズ BLACKWOOD'S&lt;br /&gt;
* [[プリマス・ジン]] PLYMOUTH&lt;br /&gt;
* ブルームズバリ BLOOMSBURY&lt;br /&gt;
* [[ヘンドリックス・ジン]] HENDRICK'S&lt;br /&gt;
* [[ボルス]] BOLS （オランダ）&lt;br /&gt;
* [[ボンベイ・サファイア]] BOMBAY&lt;br /&gt;
* ライデン LEYDEN （オランダ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[酒]]&lt;br /&gt;
* [[蒸留酒]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{アルコール飲料}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しん}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ジンベースのカクテル|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:蒸留酒]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヨーロッパの食文化]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Gin]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC&amp;diff=54872</id>
		<title>ウイスキー</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC&amp;diff=54872"/>
				<updated>2009-08-03T04:24:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''ウイスキー'''（英：'''Whisky''' または '''Whiskey'''）は、蒸留酒の一つで、大麦、ライ麦、[[ト...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウイスキー'''（[[英語|英]]：'''Whisky''' または '''Whiskey'''）は、[[蒸留酒]]の一つで、[[オオムギ|大麦]]、[[ライムギ|ライ麦]]、[[トウモロコシ]]などの[[穀物]]を[[麦芽]]の[[酵素]]で[[糖化]]し、これを[[発酵]]させ[[蒸留]]したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ウイスキー」の名称は、[[ゲール語]]の '''uisce beatha'''（''ウィシュケ・ベァハ''、「命の水」の意）に由来する。日本語では'''ウィスキー'''または'''ウヰスキー'''、'''ウ井スキー'''とも表記され、漢字では'''火酒'''と書かれる。ただし酒税法での正式名称は「ウイスキー」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお昔は[[スコッチ・ウイスキー]]（モルトウィスキー）を Whisky、[[アイリッシュ・ウイスキー]]（グレーンウィスキー）を Whiskey と区別していた&amp;lt;ref&amp;gt;坂口 謹一郎 『世界の酒』 p.175 岩波書店 1957年1月17日発行&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
ウイスキーが歴史上はじめて文献に登場したのは、[[1405年]]の[[アイルランド]]である&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.theanswerbank.co.uk/Article2755.html|title=Who invented whisky - the Scots or the Irish?|language=英語|accessdate=2007-02-18}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。このときウイスキーは[[修道士]]たちによって製造されていた。[[スコットランド]]でも[[1496年]]に記録が残っているが、実際はウイスキーはこれより数百年も前からあったものと考えられている。初めてウイスキーが製造されたのがいつからで、それがどこでだったかはわかっておらず、この時期のアルコール飲料の製造記録は残っていないために推定することはむずかしい。またウイスキーは個別の集団によってそれぞれ独立に発明された可能性もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に蒸留アルコールが製造されたのは[[8世紀]]から[[9世紀]]にかけてであり、その場所は[[中東]]だった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www2.potsdam.edu/hansondj/Controversies/1114796842.html|title=History of Alcohol and Drinking around the World|accessdate=2007-01-23|language=英語|author=David J. Hanson, Ph.D.}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。蒸留の技術は、[[キリスト教]]の修道士らによって[[アイルランド]]と[[イギリス]]にもたらされた{{要出典|2009年3月}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蒸留の技法は収穫後の過剰な穀物を加工する手段として、アイルランドや英国においても（独立に、あるいはアラビアの技術に先立って）農民によって発見されていた可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 一般的な製法 ==&lt;br /&gt;
麦を発芽させ、その麦芽に含まれる酵素を利用して[[デンプン]]を糖化させる。この方法自体は[[ビール]]の仕込みとほぼ同じであり、これを[[濾過]]して[[麦汁|麦汁（ばくじゅう）]]を得、これを[[酵母]]によって発酵させると、[[アルコール (食品)|アルコール]]度数7-8%の「ウォッシュ」(Wash) と呼ばれる液体となる。これを単式蒸留器で[[蒸留]]する。一般に、複数回の蒸留を終えた際のアルコール度数は60～70%で、色は無色透明である（これを[[ニューポット]]と呼ぶ）。蒸留液は木製の樽に詰められ（スコッチ・モルト・ウイスキーでは通常、材木に[[オーク]]が用いられるが、これに限らない）、数年以上[[エイジング]]して熟成させることによって豊かな風味と色を呈する。ウイスキー原酒は熟成により、樽毎に異なる風味に仕上がるものであり、最終的にはこのいくつかの樽の原酒を調合し、香味を整えてから度数40%程度まで加水し、[[瓶詰|瓶詰め]]され出荷される。なお、[[ワイン]]と異なり瓶詰め後に熟成が進むことはない。また、低価格品でも高級品でも、同一メーカーであれば同じ原料と同じ製法であるところが、日本酒やワインなどの醸造酒とは大きく異なる点である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 飲み方 ==&lt;br /&gt;
飲み方は多様。そのままで（[[ストレート]]）、または水で割り（[[水割り]]）、もしくは[[氷]]を入れて（[[オン・ザ・ロック]]、[[クラッシュ]]）飲むほか、[[カクテル]]の材料として加えられることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* ウイスキーはアルコール濃度が高く（40%以上）、ストレートで飲む場合、水をともに用意し、ウイスキーと水とを交互に飲む作法がある（この水は[[チェイサー]]と呼ばれる）。風味をストレートで嗜んだ後の、重厚な舌触りや圧倒的な香気に覆い包まれた口中に水を含み呑むことで、清涼感の拡がる中に香味の余韻が際立ち、また[[消化器]]への刺激も軽減できる。&lt;br /&gt;
* 水割りでは、水とウイスキーの比によって、様々に変化する味わい、まろやかさを堪能できる。特にウイスキーと水とを1対1で割る「トワイス・アップ」（氷は加えない）は、ブレンダー（調合師）がウイスキーの試飲の際に用いる飲用法であり、適度にアルコールの強い香気を丸め、ウイスキーに含まれる味や香りを引き出し堪能する飲み方として、愛飲家は重んじている。そしてオン・ザ・ロックは氷が融けるにつれて変化する味を楽しむことができる。&lt;br /&gt;
* このほか日本においては、口当たり良い食中酒としてウイスキーに親しんできた独特の飲用文化から、水の比を多くした水割りも好まれる。&lt;br /&gt;
* もちろんカクテルの材料としてもウイスキーを楽しめるが、その中で最もポピュラーなのは[[炭酸水]]割りの[[ハイボール]]である。その他のウイスキーベースのカクテルとしては'''カクテルの女王'''と呼ばれている[[マンハッタン (カクテル)|マンハッタン]]やウイスキーを[[コーラ (飲料)|コーラ]]で割ったコークハイ等がある。&lt;br /&gt;
* [[ステーキ]]などの肉料理の[[フランベ]]にも[[ブランデー]]などと同様の使われ方をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウイスキーの種類 ==&lt;br /&gt;
=== 材料による分類 ===&lt;br /&gt;
==== モルト・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
大麦麦芽（モルト）のみを原料とするもの。一般的に、単式蒸留釜で2回（ないし3回）蒸留する。少量生産に適合的で、伝統的な製法。もっとも、大量生産や品質の安定が難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== グレーン・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
トウモロコシ、ライ麦、小麦などを主原料にするもの。連続式蒸留機による蒸留を経るため、モルトウイスキーに較べ香味に乏しく、通常はブレンデッドウイスキーに加えられ、風味を和らげる。しかし高級モルトウイスキー同様の長期熟成を行ったシングル・グレーンの最終商品も稀少ながら発売されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ブレンデッド・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
モルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーをブレンドしたもの。大量生産や品質の安定に適合的。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ライ・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
{{Main|ライ・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
主に[[北アメリカ]]で生産される。[[ライムギ|ライ麦]]を主原料とする。カナダとアメリカ合衆国ではそれぞれ定義が異なる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== コーン・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
{{Main|コーン・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
[[トウモロコシ]]を原料とする。アメリカン・ウイスキーにおいて原材料の80%以上にトウモロコシを用いたものを指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 産地による分類 ===&lt;br /&gt;
産地などによって原材料や製法に違いが見られ、そのため以下のように区別される。スコッチウイスキー、アイリッシュウイスキー、アメリカンウイスキー、カナディアンウイスキー、ジャパニーズウイスキーが世界の五大ウイスキーとされる。ただし、ジャパニーズウイスキーを含めることについては、日本のメーカーだけが主張している可能性&amp;lt;ref name=&amp;quot;hyperpress2002&amp;quot;/&amp;gt;、そして例えばウイスキーの本場である[[スコットランド]]の一般人がこのような認識を持っていない可能性&amp;lt;ref name=&amp;quot;hyperpress2002&amp;quot;/&amp;gt;を指摘する意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 英国・アイルランドのウイスキー ====&lt;br /&gt;
連合4か国のうち、以下のように、[[イングランド]]産のみが存在しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== スコッチ・ウイスキー =====&lt;br /&gt;
{{Main|スコッチ・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
[[スコットランド]]で造られるウイスキーを'''[[スコッチ・ウイスキー]]'''または単に'''スコッチ'''と呼ぶ。仕込みの際に、[[泥炭]]（ピート）で麦芽を燻蒸するため、独特の香気（スモーキー・フレーバー）があるのが特徴である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== アイリッシュ・ウイスキー =====&lt;br /&gt;
{{Main|アイリッシュ・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
[[アイルランド]]で造られるウイスキーを[[アイリッシュ・ウイスキー]]と呼ぶ。大麦麦芽のほか、未発芽の大麦や[[ライムギ|ライ麦]]、[[コムギ|小麦]]なども原料として使用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最大の特徴は、ピートによる燻蒸を行わないことと、単式蒸留器による蒸留回数が3回であること。これにより、一般的なスコッチウイスキーよりもまろやかな味わいに仕上がる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== ウェルシュ・ウイスキー =====&lt;br /&gt;
{{Main|ウェルシュ・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
古くから[[ウェールズ]]でもウイスキーは製造されていたが、[[1984年]]に一度この歴史が途絶えた。[[2000年]]に製造が再開され、[[2004年]][[3月1日]]に出荷された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== アメリカン・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]]で醸造されるウイスキーの総称。地域によって差があるが、他の地域のウイスキーではあまり用いられないトウモロコシを原料として用いる特色がある。&lt;br /&gt;
;[[バーボン・ウイスキー]]&lt;br /&gt;
:[[ケンタッキー州]][[バーボン郡 (ケンタッキー州)|バーボン郡]]を中心に造られるもので、単に'''バーボン''' (''Bourbon'') とも呼ばれる。[[トウモロコシ]]を主原料（50%以上79.99%まで。80%以上はコーン・ウイスキー ([[:en:Corn whiskey|Corn whiskey]]) に分類される）とし、内側を焼き焦がしたオーク樽で2年以上熟成させる。&lt;br /&gt;
;[[テネシー・ウイスキー]]&lt;br /&gt;
:[[テネシー州]]を中心に造られているウイスキー。広義のバーボン・ウイスキーに含まれることもある。バーボンとの違いは、蒸留したばかりの原酒を同州産の[[サトウカエデ]]の炭で濾過した後に樽で熟成するところ。有名なブランドには「[[ジャック・ダニエル]]」([[:en:Jack Daniel's|Jack Daniel's]]) などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== カナディアン・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
{{Main|カナディアン・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
[[カナダ]]原産。[[トウモロコシ]]を主原料とするベース・ウイスキーと[[ライムギ|ライ麦]]を主原料とするフレーバリング・ウイスキーをブレンドして作られ、アイリッシュ・ウイスキーより更におとなしい風味であることが一般的。一方で、少数だがスコッチスタイルのウイスキーも生産されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ジャパニーズ・ウイスキー ====&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- {{大言壮語|section=1}} --&amp;gt;{{Main|ジャパニーズ・ウイスキー}}&lt;br /&gt;
1918年より[[スコットランド]]に留学した[[竹鶴政孝]]によってスコッチ・ウイスキーの伝統的製法が持ち帰られたことが日本のウイスキー製造の端緒である。竹鶴は壽屋（現[[サントリー]]）に在籍し、1923年開設の[[山崎蒸溜所]]の初代所長となり、のちに[[ニッカウヰスキー]]を創業した人物であり、両社には竹鶴の（及びスコッチの）影響が色濃く残っていると云える。当初竹鶴の目指した本格的なウイスキーは高価格に加えスコッチ直系の重厚な風味が逆に敬遠されて飲まれず、庶民が飲めるのは[[トリスウイスキー|トリス]]をはじめとした安価だがあまり質の良くないウイスキーであった（中には原酒すら入っていない粗悪品もあったようである）。一方で高級品は舶来（ジョニ黒こと[[ジョニー・ウォーカー]]黒ラベルなど）が定番であった。その後、サントリーとニッカの両社は独自の発展を遂げ、技術も向上し21世紀初頭には国際的な品評会で高い評価を収めることが増えている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.whisk-e.co.jp/news/2007041901.html 2007年 ワールド・ウイスキー・アワード6部門全ての世界最優秀賞を発表]、株式会社 ウィスク・イー&amp;lt;/ref&amp;gt;。主な製品としては、廉価ブランドでは、[[トリスウイスキー]]、[[サントリーレッド]]、[[ブラックニッカ]]など。中価格帯ブランドでは、[[サントリーオールド]]、[[サントリーリザーブ]]、[[ニッカオールモルト]]、[[スーパーニッカ]]など。高価格ブランドでは、サントリーでは[[山崎 (ウイスキー)|山崎]]、[[白州 (ウイスキー)|白州]]、[[響 (ウイスキー)|響]]、ニッカでは[[竹鶴 (ウイスキー)|竹鶴]]、[[余市 (ウイスキー)|余市]]、[[宮城峡 (ウイスキー)|宮城峡]]、[[鶴 (ウイスキー)|鶴]]などがある。また、単一銘柄で普及価格商品と長期熟成の高級価格帯とを同時展開する、[[キリンディスティラリー]]（旧キリン・シーグラム）の[[富士山麓]]シリーズなどもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 日本の主なウイスキー製造会社 =====&lt;br /&gt;
主な[[メーカー]]としては&lt;br /&gt;
* [[サントリー|サントリー酒類]]&lt;br /&gt;
* [[ニッカウヰスキー]]&lt;br /&gt;
* [[キリンディスティラリー]]&lt;br /&gt;
* [[メルシャン]]&lt;br /&gt;
* [[本坊酒造]]&lt;br /&gt;
* [[宝ホールディングス|宝酒造]]&lt;br /&gt;
などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このほか、地方の小規模な酒造会社（多くは日本酒の蔵元を兼ねる）も少量ながらウイスキーを生産している。これらは「'''[[地ウイスキー]]'''」と呼ばれる。地ウイスキーのメーカーとしては以下のような例がある。&lt;br /&gt;
* [[札幌酒精]]（北海道）&lt;br /&gt;
* [[笹の川酒造]]（福島県）&lt;br /&gt;
* [[金升酒造]]（新潟県）&lt;br /&gt;
* [[東亜酒造]]（埼玉県）&lt;br /&gt;
* [[ベンチャーウイスキー]]（埼玉県）&lt;br /&gt;
* [[モンデ酒造]]（山梨県）&lt;br /&gt;
* [[玉泉堂酒造]]（岐阜県）&lt;br /&gt;
* [[相生ユニビオ]]（愛知県）&lt;br /&gt;
* [[若鶴酒造]]（富山県）&lt;br /&gt;
* [[江井ヶ嶋酒造]]（兵庫県）&lt;br /&gt;
* [[中国醸造]]（広島県）&lt;br /&gt;
* [[ヘリオス酒造]]（沖縄県）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウイスキーの日本国内市場での販売量は、2004年の1年間で、8万7500キロリットル余りと推計されており（課税および通関統計）、うちサントリーが約67%、ニッカウヰスキー（[[アサヒビール]][[子会社]]）が約21%と推計されている（日本経済新聞社推計）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他の産地 ====&lt;br /&gt;
;ドイツのウイスキー&lt;br /&gt;
:[[ドイツ]]ではスコッチ原酒を国内で熟成・ブレンド・瓶詰めしたレベルの高いウイスキーを生産している。&lt;br /&gt;
;タイ・ウイスキー&lt;br /&gt;
:[[タイ王国|タイ]]でのみ生産されている。ウイスキーとは呼ばれているが、[[焼酎]]の仲間である。[[米]]と糖蜜を主原料とし、発酵させたものを蒸留し、ウイスキーの香りを付けている。他のウイスキーより甘みが強いのが特徴。代表銘柄はメコン・ウイスキーで、[[秋篠宮文仁親王]]もファンだという。日本で一般的な飲み方の外に、特殊なものとして、ストレートを半口と[[ミネラルウォーター]]を交互に飲む方法と、タイ[[漢方薬]]などの[[薬草]]と混ぜて上記の方法で飲む'''ヤードーン'''と呼ばれる方法がある。&lt;br /&gt;
;インドのウイスキー&lt;br /&gt;
:[[インド]]ではイギリス植民地時代からスコッチウイスキーの製法に準じたウイスキーを製造しており、現在では[[5大ウイスキー]]に次ぐ生産量を誇っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
ウイスキーの良い点として、カロリーが低い、[[プリン体]]がほぼゼロ、何年も熟成する間に[[オーク]]樽から溶け出す「樽[[ポリフェノール]]（ワインなどよりも抗酸化力が強力）」が含まれている、[[チロシナーゼ]]と呼ばれるメラニン色素生成の働きを抑制する成分が含まれる（美白をもたらす可能性）、などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 雑学 ==&lt;br /&gt;
* 南米では写真を撮るときの合図に「ウイスキー」と言うことがある（他の地域では同様の合図に、[[チーズ]]、[[キムチ]]、[[テキーラ]]、[[キウイ]]がある）。&lt;br /&gt;
* また、[[1964年]]に[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]総裁選挙において、立候補した候補を応援する陣営のことを「[[ニッカウヰスキー|ニッカ]]・[[サントリー]]・[[トーマス・パー|オールドパー]]」といっていた（ニッカが2つの派閥、サントリーは3つの派閥を応援する。3つの派閥を応援しつつも結果的に応援しなかった人はオールドパーという）。&lt;br /&gt;
* アルファベットを正確に伝達するための[[NATOフォネティックコード|フォネティックコード]]で、「W」を表すのに「ウイスキー」を使う場合がある。&lt;br /&gt;
* [[アメリカ海軍]]は[[西側諸国]]に対して情報が公開されていなかった[[ソビエト連邦]]の[[潜水艦]]に対して上記のフォネティックコードを用いて命名をしていたが、そのうちのひとつ[[ウィスキー級潜水艦]]が[[座礁]]した事件が[[ウィスキー・オン・ザ・ロック]]と称された。&lt;br /&gt;
* [[Microsoft Windows CE]] バージョン4.0以降のコードネームには、ウイスキーの銘柄から取られた名称が付けられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Whisky}}&lt;br /&gt;
* [[アルコール飲料]]&lt;br /&gt;
* [[ウイスキーキャット]]&lt;br /&gt;
* [[密造酒]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{アルコール飲料}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ういすき}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウイスキー|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:蒸留酒]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウイスキーのコマーシャルソング|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Whisky]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E7%94%B0%E4%BD%B3%E5%BD%A6&amp;diff=54870</id>
		<title>野田佳彦</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E7%94%B0%E4%BD%B3%E5%BD%A6&amp;diff=54870"/>
				<updated>2009-08-03T04:13:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''野田 佳彦'''（のだ よしひこ、[[男性]]、[[1957年]][[5月20日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]]（4期）。[[民主党 (日本 1998-)|民主党]][[国会対策委員長]]を歴任。[[松下政経塾]]出身（1期生）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
==== 県議～民主党代表選挙立候補 ====&lt;br /&gt;
1957年5月20日[[千葉県]][[船橋市]]に[[陸上自衛隊]][[第1空挺団 (陸上自衛隊)|第一空挺団]]の隊員だった父の長男として生まれる。学生時代は[[立花隆]]に憧れて[[ジャーナリスト]]になることを希望していた。[[1980年]][[早稲田大学]][[政治経済学部]][[政治学科]]を卒業する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1985年]]松下政経塾を卒業し、家庭教師、都市ガスの点検員、私設教育相談所長、青年政治機構副幹事長を経て、[[1987年]]千葉県議会議員選挙に立候補、各新聞社の選挙予想では「野田は独自の戦い」と[[泡沫候補]]扱いだったが、当時最年少の29歳で当選する。千葉県議は2期務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1992年]][[日本新党]]結成に参加し、[[1993年]][[第40回衆議院議員総選挙]]には[[日本新党]]公認で千葉1区から立候補し当選する。日本新党では副代表幹事などを務め[[細川内閣]]を支えるが、[[1994年]]細川内閣は総辞職し、その後[[羽田内閣]]経て、野党となった日本新党は解党し、同年[[新進党]]結党に参加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]][[第41回衆議院議員総選挙]]では全選挙区最小得票差の105票差で落選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]][[第42回衆議院議員総選挙]]に民主党公認で当選し、国政に復帰する。民主党総務局長に就任。[[2001年]]民主党ネクスト・キャビネット（次の内閣）で行政改革・規制改革担当大臣に就任する。[[2002年]]8月[[菅直人]]、[[鳩山由紀夫]]の二枚看板（いわゆる「鳩菅体制」）に危機感を覚え、世代交代を図るため同じ松下政経塾の後輩に当たる[[前原誠司]]、[[松沢成文]]らと「第二期民主党をつくる有志の会」を結成。9月の代表選に立候補するにあたっては、前原との間でどちらが立候補するかで調整に難航するが、民主党若手議員を代表する形で野田が立候補する。代表選挙では敗北するものの、選挙戦を通じて認知度を得る。その後、鳩山代表に[[政策調査会長]]への就任を要請されるが、鳩山を支持するために代表選挙の出馬を取りやめた[[中野寛成]]の幹事長就任を「論功行賞」と批判し、就任を固辞する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[第44回衆議院議員総選挙]]では千葉13選挙区の中で野田の選挙区である[[千葉県第4区]]のみ唯一民主党として勝利した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 民主党幹部 ====&lt;br /&gt;
12月民主党国会対策委員長に就任する。国対委員長としては、[[審議拒否]]をしない方針で国会運営に臨んだ。[[2004年]]5月次の内閣の財務大臣に就任する。[[2005年]]9月の総選挙で民主党が大敗し、辞意を表明した[[岡田克也]]党代表の後任選びでは前原誠司を推し、中堅、若手議員をまとめ前原勝利の一因を作る。当初は幹事長に就任予定だったが、[[菅直人]]が固辞した国対委員長に就任した。[[2006年]]2月に[[永田寿康]]が引き起こした[[堀江メール問題]]では、当初このメールの信憑性を疑わず永田を擁護する対応をとったこともあり、国会論戦の指揮監督をおこなう立場として責任を取り国対委員長を辞任した。&lt;br /&gt;
なお、このメール問題について、2008年に刊行された民主党秘書らによる『民主党10年史』（第一書林）では「普通の企業なら当然備わっている危機管理と統治能力がなかった」 、「党執行部の仲良しグループ化が生んだ情報囲い込み」が原因だったと指摘している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 国対委員長辞任後 ====&lt;br /&gt;
科学技術政策ワーキングチームの座長として、宇宙の軍事利用の検討を行い、防衛目的の利用はできないという従来の政府解釈を転換し、非侵略での宇宙利用を容認する「宇宙条約」の締結を進める方針を示した。また、宇宙庁の設置に尽力している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年8月、「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張し、民主党代表選への出馬を表明したが、幹部の[[松本剛明]]に強く自制を求められるなどみずからのグループ[[花斉会]]をまとめきれず、さらにいわゆるメール問題の張本人の一人である野田の立候補には全党的に反発が強く、20人の推薦人の確保に目処が立たないため、出馬を断念した。これにより、小沢体制の継続が事実上決まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これについて2008年9月7日放送の[[たかじんのそこまで言って委員会]]でなぜ立候補を断念したのか真相を語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*演説力は「党内ナンバー1」と言われており、2005年の総選挙の際は、候補者の応援演説の依頼が岡田代表(当時)、菅直人、小沢一郎に次いで多かった。衆院選挙に初出馬した際にJR[[津田沼駅]]前で12時間連続で選挙演説したことがある。企業献金を受け取らず、個人献金のみで政治活動をしたり、毎朝、駅前での演説を県会議員になる前から20年間毎日続けるなどの活動は、松下政経塾出身者の選挙スタイルのパイオニアになっている。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
*地元の千葉県に松下政経塾の地域政経塾である千葉政経塾を地元の有志たちと共に設立するなど、地元の人材育成にも努めている。&lt;br /&gt;
*趣味は[[格闘技]]観戦で、最強と考えるプロレスラーはジャンボ鶴田。自身も[[柔道]]2段の有段者で、学生時代の大会で秒殺された相手が山下泰裕に秒殺されたというエピソードがある。超党派で作る格闘技振興議員連盟の会長を務めている。&lt;br /&gt;
*実弟は船橋市議会議員の[[野田剛彦]]。&lt;br /&gt;
*第162通常国会における[[施政方針演説]]で、[[小泉純一郎]]首相が凶弾に倒れながらも「男子の本懐」と漏らした[[濱口雄幸]]首相を自らになぞらえたことに対して、翌日の[[代表質問]]の場において原稿なしで痛烈な批判を行っている。&lt;br /&gt;
*政策通とされ若手保守系議員を中心とした「[[志士の会|野田グループ]]」の領袖である。&lt;br /&gt;
*[[国土審議会]]委員&lt;br /&gt;
* [[沖ノ鳥島]]が[[領土]]であることを批判した[[唐家セン|唐家璇]][[中国]]国務委員（副首相級）に対し、「[[南沙諸島]]を実行支配している貴国にとやかく言われる筋合いはない」と述べたことがある。更に、[[尖閣諸島]]に中国人活動家が上陸した折、日本の領土であることを確認する[[国会決議]]を提案したり、[[小泉純一郎]][[内閣総理大臣]]に宛てた[[質問主意書]]で「[[A級戦犯]]と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。戦争犯罪人が合祀されていることを理由に首相の靖国神社参拝に反対する論理は不可思議」、「[[南京大虐殺]]肯定派の論理は破綻している」と政府の戦後史観の対応の甘さを批判するなど、政治思想に関しては民主党内でも最右翼に分類されるが、行財政改革や社会保障に対する考え方はリベラルと言える。つまり政策ごとに是々非々で判断している政治家であると言える。これは野田に限られたことではなく、[[松下政経塾]]出身者に共通する政治スタンスである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[船橋市立薬円台小学校]]、[[船橋市立二宮中学校]]、[[千葉県立船橋高等学校]]、[[早稲田大学]]出身の政治学士。&lt;br /&gt;
* 1980年：[[松下政経塾]]に入塾（第一期生）&lt;br /&gt;
* 1987年：[[千葉県]]議会議員に[[無所属]]で立候補。当選。&lt;br /&gt;
* 1992年：千葉県議会議員に無所属で立候補。再選。&lt;br /&gt;
* 1993年：第40回衆議院議員選挙に[[日本新党]]公認で出馬。初当選。(1期目)&lt;br /&gt;
* 1996年：第41回衆議院議員選挙に[[新進党]]公認で出馬。105票差で落選。&lt;br /&gt;
* 2000年：第42回衆議院議員選挙に[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]公認で出馬。当選。(2期目)&lt;br /&gt;
* 2002年：[[民主党代表選挙]]に若手議員の統一候補として出馬。落選。&lt;br /&gt;
* 2002年：民主党の党国会対策委員長に就任。&lt;br /&gt;
* 2003年：第43回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選。(3期目)&lt;br /&gt;
* 2005年：第44回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選。(4期目)&lt;br /&gt;
* 2005年：党国会対策委員長に2度目の就任&lt;br /&gt;
* 2006年：党国会対策委員長を引責辞任&lt;br /&gt;
* 2007年：党広報委員長に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
党[[新潟県中越沖地震]]事務局長に就任。党国民運動委員長を歴任。党千葉県総支部連合会副代表。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[民主党国会議員一覧]]&lt;br /&gt;
*[[松下政経塾]]&lt;br /&gt;
*[[前原誠司]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.nodayoshi.gr.jp/ 衆議院議員 野田よしひこ]（公式サイト）&lt;br /&gt;
* [http://www.minshu-c.com/ 民主党千葉県総支部連合会]&lt;br /&gt;
* [http://www.mskj.or.jp/index.html 松下政経塾]&lt;br /&gt;
* [http://www.jiti.org/sj/ 千葉政経塾]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:のた_よしひこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員(1947-)]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:松下政経塾]]&lt;br /&gt;
[[Category:1957年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県出身の人物]]&lt;br /&gt;
{{wikipedia/ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E9%BE%8D&amp;diff=54869</id>
		<title>松本龍</title>
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				<updated>2009-08-03T04:09:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''松本 龍'''（まつもと りゅう、[[1951年]][[5月17日]] - ）は、[[日本]]の[[男性]][[政治家]]。[[衆議院議員]]（6期）。[[福岡県]][[福岡市]]出身。[[民主党]]（[[新政局懇談会]]）。民主党中央代表選挙管理委員長、福岡県総支部連合会代表。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
部落解放の父[[松本治一郎]]の孫。実家は祖父の代からの[[ゼネコン]]・[[松本組]]。自身も顧問を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[福岡市立馬出小学校]]から[[福岡市立福岡中学校]]、[[福岡県立福岡高等学校]]を経て[[中央大学]][[法学部]][[政治学科]]卒業。[[1980年]]、父松本英一（[[参議院議員]]）の[[秘書]]となる。[[1990年]]から[[衆議院議員]]。[[部落解放同盟]]副委員長。[[日韓議員連盟]]常任幹事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[民主党国会議員一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*[[一ノ宮美成]]、[[グループK21]]編『同和利権の真相4』（[[2005年]]、[[宝島社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.open-ryu.net/ 衆議院議員 松本りゅう]（公式サイト）&lt;br /&gt;
*[http://www.minsyuto.jp/ 民主党福岡県総支部連合会]&lt;br /&gt;
*[http://www.bll.gr.jp/ 部落解放同盟中央本部]&lt;br /&gt;
*[http://www.matsumotogumi.co.jp/index.htm 株式会社松本組]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{people-stub}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まつもと りゆう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員(1947-)]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本社会党の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:被差別部落]]&lt;br /&gt;
[[Category:部落解放同盟]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1951年生]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BF%E5%9E%A3%E9%80%80%E5%8A%A9&amp;diff=54868</id>
		<title>板垣退助</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BF%E5%9E%A3%E9%80%80%E5%8A%A9&amp;diff=54868"/>
				<updated>2009-08-03T04:05:51Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = いたがき たいすけ&lt;br /&gt;
|画像 = &lt;br /&gt;
|画像説明 = &lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1837年]][[5月21日]]&amp;lt;br /&amp;gt;（[[天保]]8年[[4月17日 (旧暦)|4月17日]]）&lt;br /&gt;
|出生地 = [[土佐国]][[高知藩]]（[[土佐藩]]）&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1919年]]（[[大正]]8年）[[7月16日]]&lt;br /&gt;
|死没地 = 東京市&lt;br /&gt;
|出身校 = &lt;br /&gt;
|所属政党 = &lt;br /&gt;
|称号・勲章 = [[従一位]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[勲一等旭日桐花大綬章]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[伯爵]]&lt;br /&gt;
|配偶者 = &lt;br /&gt;
|国旗 = &lt;br /&gt;
|職名 = 第17代[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]&lt;br /&gt;
|内閣 = [[第1次大隈内閣]]&lt;br /&gt;
|当選回数 = &lt;br /&gt;
|就任日 = [[1898年]][[6月30日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1898年]][[11月8日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 = &lt;br /&gt;
|元首職 = &lt;br /&gt;
|元首 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''板垣 退助'''（いたがき たいすけ、[[天保]]8年[[4月17日 (旧暦)|4月17日]]（[[1837年]][[5月21日]]） - [[大正]]8年（[[1919年]]）[[7月16日]]）は、[[日本]]の[[武士]]（[[土佐藩]]士）、[[政治家]]。[[幼名]]は猪之助。退助は元は[[通称]]で、[[諱]]は初め正躬（まさみ）。のち正形（まさかた）と改める。[[号 (称号)|号]]は無形（むけい）が有名だが、如雲（じょうん）とも号した。[[位階]][[勲等]]は[[従一位]][[勲一等]]。[[爵位]]は[[伯爵]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民権運動]]の主導者として知られ、生存時、一般庶民から圧倒的な支持を受けていた。また没後も、日本の民主政治の草分けとして人気が高く、[[太平洋戦争]]後、50銭[[政府紙幣]]、[[日本銀行券]]B100円券に肖像が用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[陸軍大臣]]などを歴任した[[板垣征四郎]]とは血縁関係はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
天保8年4月17日（1837年5月21日）、高知城下中島町（現・[[高知市]]）に[[土佐藩]]士・[[乾正成|乾（いぬい）栄六正成]]の長男として生まれた。[[乾氏|乾家]]は220石取りの[[馬廻]]役（[[上士]]身分）であり、同じ土佐藩士[[後藤象二郎]]とは幼な馴染みである。[[坂本龍馬]]等の[[郷士]]（下士身分）よりも恵まれた扱いを受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 幕末 ===&lt;br /&gt;
藩主・[[山内容堂]]の側用役から始まり、藩の要職を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[倒幕運動]]に参加し、武力倒幕を主張。[[戊辰戦争]]では土佐藩軍指令・東山道先鋒総督府参謀として従軍した。[[天領]]（旧幕府領）である[[甲府城]]の掌握目前の[[美濃国|美濃]]大垣に着いた[[慶応4年]]（[[1868年]]）2月14日が[[板垣信方]]の没後320年にあたるため、[[甲斐源氏]]の流れを汲む[[板垣氏]]の後継であるとの[[板垣退助#系譜|家伝]]を示して甲斐国民衆の支持を得ようと、先祖の旧姓とする板垣姓に改姓した。この改姓の後、退助の目論見どおり甲斐国民衆の支持を受け、[[甲州勝沼の戦い]]で[[近藤勇]]の率いる[[新撰組]]を撃破した&amp;lt;ref&amp;gt;[[甲州勝沼の戦い]]の後、甲斐国の[[武田氏]]一族の菩提寺である[[恵林寺]]に所蔵されていた[[板垣信方]]の肖像画に対面し、感激した退助は直筆で「わが祖」と書き入れたという。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[東北戦争]]では、[[仙台藩]]、[[会津藩]]などの攻略を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 明治政府の要職を歴任 ===&lt;br /&gt;
[[明治]]2年（[[1869年]]）に[[参与]]となる。これは新政府において、[[木戸孝允]]（長州藩）、[[西郷隆盛]]（薩摩藩）、[[大隈重信]]（佐賀藩）と共に、“第一期”での参与就任であった。すなわち板垣ら4人は、「薩長土肥」の藩閥新政府における筆頭藩士である。明治3年（[[1870年]]）に高知藩の[[大参事]]、明治4年（[[1871年]]）に[[参議]]となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治6年（[[1873年]]）に[[征韓論]]を主張するが欧米視察から帰国した[[岩倉具視]]らの欧米諸国家との[[国際関係]]を配慮した慎重論に敗れ、新政府は真っ二つに分裂。板垣は西郷隆盛らとともに下野した。（[[明治六年政変]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自由民権運動 ===&lt;br /&gt;
明治7年（[[1874年]]）に[[愛国公党]]を結成し、[[後藤象二郎]]らと[[民選議院設立建白書]]を建議したが却下された。また、高知に[[立志社]]を設立した。明治8年（[[1875年]]）に参議に復帰し[[大阪会議]]に参加したが、間もなく辞職して[[自由民権運動]]を推進した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治14年（[[1881年]]）、10年後に[[帝国議会]]を開設するという[[国会開設の詔]]が出されたのを機に、[[自由党 (日本)#自由党 (日本 1881-1884)|自由党]]を結成して総理（党首）となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国を遊説してまわり、党勢拡大に努めていた明治15年（[[1882年]]）4月、[[岐阜市|岐阜]]で遊説中に暴漢・相原尚褧に襲われ負傷した（[[岐阜事件]]）。その際、「'''板垣死すとも自由は死せず'''」と叫んだ。これは事件の直後、小室信介（案外堂）というジャーナリストが岐阜で行った演説の題名「板垣死ストモ自由ハ死セズ」が、板垣自身の発言として世間に広まったものである。これには異説もあり、当時板垣の秘書であった[[内藤魯一]]という人物が事件現場で叫んだとも言われ、板垣本人の言葉は「医者を呼んでくれ」だったと言う。なお、このとき板垣を診察した医者が[[後藤新平]]であった。板垣は後藤の才を見抜き「彼を政治家にできないのが残念だ」と語ったが、後藤は後に政治家となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月、[[後藤象二郎]]と洋行し、翌年の6月に帰国した。明治17年（[[1884年]]）10月、自由民権運動の激化で[[加波山事件]]が起き、自由党を一旦解党した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民権運動]]家の立場から、[[華族制度]]には消極的な立場であり、授爵の勅を二度断っていたが、明治20年（[[1887年]]）5月、「三度の拝辞は不敬にあたる」と周囲から諭され、三度目にして、やむなく[[伯爵]]位を授爵した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 帝国議会開設以後 ===&lt;br /&gt;
明治23年（[[1890年]]）、[[帝国議会]]開設後、旧自由党を[[立憲自由党]]として再興し、翌年、自由党に改称、総理に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治29年（[[1896年]]）、[[第2次伊藤内閣]]・[[第2次松方内閣]]に[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]として入閣する。明治30年（[[1897年]]）3月、自由党総理を辞任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治31年（[[1898年]]）、対立していた[[大隈重信]]の[[進歩党 (日本)|進歩党]]と合同して[[憲政党]]を組織し、日本初の[[政党内閣]]である[[第1次大隈内閣]]に内務大臣として入閣する。そのためこの内閣は通称'''[[隈板内閣]]'''（わいはんないかく、大隈の「隈」と板垣の「板」を合わせたもの）とも呼ばれる。しかし、内閣は内紛が激しく、4ヶ月で[[総辞職]]せざるをえなくなる。明治33年（[[1900年]]）、[[立憲政友会]]の創立とともに政界を引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は、明治37年（[[1904年]]）に機関誌『友愛』を創刊したり、明治40年（[[1907年]]）には全国の華族に書面で華族の世襲禁止を問う活動を行うなどの晩年を送った。大正8年（1919年）7月16日死去。法名は邦光院殿賢徳道圓大居士。なお、「一代華族論」という主旨から、子に襲爵させなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 評価 ===&lt;br /&gt;
* 板垣は日本の[[民主主義]]発展に大きな功績を残したが、彼自身は無欲恬淡、金銭欲も淡白でしたたかさがなく（端的に言えば「いい人」）、清濁合わせ呑むことが要求される政治家としては必ずしも有能だったとは言えない。土佐閥は[[武市瑞山]]、[[坂本龍馬]]、[[中岡慎太郎]]といった有能な人材が維新まで生き残れず、板垣が土佐閥の代表たる政治家として明治政府の中枢に入ったが、結局征韓論で敗れ、土佐閥は事実上失脚してしまった。また自由党党首時代、隈板内閣でも迷走することも多く、最後は自ら作った自由党の党員にも[[伊藤博文]]の作った政友会に走られ、寂しい晩年を過ごした。&lt;br /&gt;
* 一方、軍人としては[[戊辰戦争]]における[[東北戦争]]などで、指揮官として目覚ましい活躍を見せていた。しかし上述のように土佐閥の代表という事で軍人コースには入らずに政治の道へと進んだ。作家の[[司馬遼太郎]]は「[[翔ぶが如く]]」の中で「板垣に文官など務まるはずがなく(中略)軍人以外にどういう仕事も適していない」などと評している。&lt;br /&gt;
*自由民権運動の指導者であるため、一般には近代立憲的な[[自由主義]]の思想を持っていたとされ、また[[中江兆民]]がルソーを翻訳したことから、近代思想の輸入者というイメージもあるが、当時の政局は派閥争いの側面を持っており、少数派としての土佐藩の代理戦争的な側面もあり、また板垣そして中江も、思想的にはその基礎を[[王政復古]]に求めるものであり、[[天賦人権論]]も[[天皇制]]を基盤としたものだった&amp;lt;ref&amp;gt;[[坂野潤治]]・[[田原総一朗]]『大日本帝国の民主主義』[[小学館]],2006年,190頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エピソード ===&lt;br /&gt;
* [[リアリズム|現実主義]]であったため、少年時代自ら稲荷神社のお守りを厠に捨ててみて、神罰が起こるか試したことがある（結果神罰が起こらなかった）。&lt;br /&gt;
* 同様の主旨で、当時の人が[[食べ合わせ]]（「うなぎと梅干」、「てんぷらと西瓜」など）を食べると死ぬと信じていた[[迷信]]に対して、自ら人を集めて食べて無害なことを実証したことがある。&lt;br /&gt;
* 板垣家の宗旨は[[曹洞宗]]であり、退助自身の葬儀は遺志により仏式で行われたが、退助自身は[[プロテスタント]]でもあり、同郷の[[片岡健吉]]（初代[[衆議院議長]]）の入信などに多大な影響を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 武術 ===&lt;br /&gt;
* [[抜刀術|居合]]は故郷に伝わる[[無双直伝英信流]]谷村派を、後に第17代となる[[大江正路]]と共に修めていた。また、[[中山博道]]に[[無雙神傳英信流|夢想直伝英信流下村派]]の[[細川義昌]]を紹介した。&lt;br /&gt;
* [[柔術]]は呑敵流小具足術を本山団蔵に学んだ。明治15年（[[1882年]]）に岐阜で相原尚褧に襲われた際（[[岐阜事件]]）には負傷しながらも、相原の腹部に[[肘]]で[[当身技|当身]]を行った。板垣は、命が助かったのは師のおかげと本山に贈り物を贈ったところ、本山から皆伝を授けられたという。&lt;br /&gt;
* [[相撲]]愛好家としても知られていた。&lt;br /&gt;
*[[日本刀]]の収集家としても有名だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銅像 ==&lt;br /&gt;
*[[日光市|栃木県日光市]]の[[日光東照宮]]参道へと通じる神橋入口&lt;br /&gt;
*:日光東照宮に立て籠もる[[大鳥圭介]]ら旧幕臣達を説得し、また強硬に破壊を主張する薩摩藩を説得して日光山を戦火から守った功績によるものである&lt;br /&gt;
*[[岐阜県]][[岐阜市]]の[[岐阜公園]]（[[金華山 (岐阜県)|金華山]]の麓）&lt;br /&gt;
*:板垣遭難（[[岐阜事件]]）の地に大正6年に建てられた。&lt;br /&gt;
*[[高知県]][[高知市]]の[[高知城]]登城口&lt;br /&gt;
*:銅像の作者[[本山白雲]]（[[高村光雲]]の弟子）は退助の親族でもある。&lt;br /&gt;
*[[国会議事堂]]&lt;br /&gt;
*:中央広間の四隅の銅像のひとつ。他は、[[大隈重信]]像、[[伊藤博文]]像、そして空の台座となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
* [[明治]]20年（[[1887年]]）5月 [[伯爵]]受爵&lt;br /&gt;
* 明治29年（[[1896年]]）9月 [[勲一等旭日大綬章]]受章&lt;br /&gt;
* [[大正]]8年（[[1919年]]）7月 [[勲一等旭日桐花大綬章]]受章&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
*'''乾氏（板垣氏）''' [[江戸時代]]、代々[[土佐藩]]士で、家格は[[馬廻]]役（[[上士]]）。[[家紋]]は、「榧之内十文字」（戦国時代末期～明治時代中期）、「土佐桐」（明治中期以降）を用いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 家伝によると[[乾氏|乾家]]の初代・[[乾正信|加兵衛正信]]は、「甲斐の[[武田信玄|武田晴信（信玄）]]に仕えた部将・[[板垣信方]]の孫で、父[[板垣信憲]]が改易ののち誅されたため、遠江国[[周智郡]]乾村に籠居して乾氏に改め、[[山内一豊]]が掛川に封ぜられた際に仕えた侍」であるという。&amp;lt;ref&amp;gt;但し正信には嫡子がなく、永原（山内）刑部一照の次男、[[乾正行|平九郎]]を養子とした。退助はその末裔であり、正信との血縁は無い。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
　∴&lt;br /&gt;
乾正信(加兵衛)&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
乾正行(金右衛門)&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正祐(与惣兵衛)　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正直(市郎兵衛)　乾友正(源五郎)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正方(庄右衛門尉)　　　　　　　　　乾十次郎　　　　　　　　　　　乾正房(七郎左衞門)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━┓　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　┃　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾加介　　　　乾正清(与惣左衛門)　　乾十助　　　　　　　　　　　　乾吉勝(弥五兵衛)&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┏━━━━━━╋━━━━━━━┳━━━━━━━━┓　　　　　　　　┣━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　┃　　　　　　　┃　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾直建(加助)　乾直弦(代之丞)　中山秀信(右兵衛)　乾弦正(四郎大夫) 乾正英(市郎兵衛)　乾正愛(政次郎)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正聡(丈右衛門)　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正壽(宅平)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾信武(庄右衛門)　　野本信照(久馬)　　　　　　　　　　　　　　　　乾正春(左八)　　　本山茂良(彦弥)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏━━━┻━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正成(栄六)　　　　　女　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正勝(弥太郎)　　乾正厚(市郎平)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┳━━┳━┳━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　┃　┃　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
板垣正形(退助)　　　乾久馬　女　女　女　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正士&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━┳━━━━┳━━━━━┳━━━┳━━━┳━┳━┳━┳━━━┓　　　┣━━━┳━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　┃　　　　┃　　　　　┃　　　┃　　　┃　┃　┃　┃　　　┃　　　┃　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
板垣鉾太郎　乾正士　荒木孫三郎　板垣正實　乾六一　兵　軍　婉　千代子　良子　乾一郎　美世子　朝&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━┳━━━━┳━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　┃　　　　┃　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
板垣武生　山内守正　板垣正貫　尾崎正　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　眞理子&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┣━━━━┳━━━━┓&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┃　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　女　　　秋山範子　板垣退太郎　板垣直磨&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┏━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　女　　　　男&lt;br /&gt;
江戸時代部分（御侍中先祖書系圖牒）より&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族 ==&lt;br /&gt;
* 正妻：[[林益之丞政護]]の妹&lt;br /&gt;
* 継妻：[[中山弥平治秀雅]]の次女&lt;br /&gt;
* 継妻：[[小谷善五郎]]の娘、鈴（りん）。[[天保]]11年8月15日（1840年9月10日）生。[[安政]]6年（1859年）婚姻。明治18年（1885年）6月28日没。&lt;br /&gt;
* 継妻：[[福岡孝悌]]子爵養女、絹子（きぬこ）。実は[[荒木伊三次]]の七女、絹（きぬ）。[[安政]]6年5月8日（1859年6月8日）生。明治22年（1889年）3月6日婚姻。昭和13年（1938年）4月13日薨。&lt;br /&gt;
* 長男：[[板垣鉾太郎]] - [[慶応]]4年5月15日（1868年7月4日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 次男（庶長子）：[[乾正士]] - [[慶応]]4年3月25日（1868年4月18日）生。母は[[萩原復斎]]の娘、龠（やく）。&lt;br /&gt;
* 三男（庶次子）：[[荒木孫三郎]] - 明治18年（1885年）10月6日生。母は荒木伊三次の七女。&lt;br /&gt;
* 四男：[[板垣正實]] - 明治22年（1889年）4月4日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 五男：[[乾六一]] - 明治30年（1897年）11月14日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 長女：兵 - [[片岡熊之助]]妻。万延元年6月18日（1860年8月4日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 次女：軍 - [[宮地茂春]]妻。元治元年3月15日（1864年4月20日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 三女：猿（のち婉と改める） - 初め[[安川甚一]]妻、後[[小川一真|小川一眞]]妻。明治5年5月16日（1872年6月21日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 四女：千代子 - [[浅野総一郎|浅野泰治郎]]（のちの二代目 浅野総一郎・[[浅野セメント]]社長）妻。明治26年（1893年）4月12日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 五女：良子 - [[小山鞆絵]]（東北大学教授）妻。明治28年（1895年）1月1日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 墓地 ==&lt;br /&gt;
* 薊野山（板垣山） - 山全体が乾氏専用の大きな墓地となっており、初代正信から退助までの10代の墓石が整然とあり、退助の墓は三番目の妻小谷氏と並んで建てられている。正信から退助まで全て「榧之内十文字」の紋が付けられている。退助の墓のみ「土佐桐」の紋が台座についている。高知県高知市薊野東町。&lt;br /&gt;
* 安楽寺 - 乾氏（板垣氏）の一族の墓がある。高知県高知市洞ヶ島町5-3。&lt;br /&gt;
* [[品川神社]] - 江戸で客死した退助の祖父信武の墓石以外は、退助を含め明治以降に亡くなった一族の墓石があり、退助の墓は四番目の妻福岡氏と並んで建てられている。明治以降の墓のため「土佐桐」の紋がついている。墓石のとなりには、[[佐藤栄作]]の筆による「板垣死すとも自由は死せず」の石碑がある。[[品川神社]]の社域がもと東海寺の寺域であったため、社殿裏が墓となっている。[[東京都]][[品川区]]北品川三丁目。[[品川区]]史跡に指定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
*『板垣政法論』、板垣退助述、[[植木枝盛]]記、[[五古周二]]編、自由楼、1881年&lt;br /&gt;
*『通俗無上政法論』、板垣退助立案、[[植木枝盛]]記、[[和田稲積]]編、絵入自由出版社、1883年&lt;br /&gt;
*『板垣伯意見書』、板垣退助述、[[憲政党]]党報局、1899年&lt;br /&gt;
*『板垣南海翁之意見』、板垣退助述、郷敏儒、1890年&lt;br /&gt;
*『[[愛国]]論』板垣伯立案、[[出射吾三郎]]編、吉田書房、1890年&lt;br /&gt;
*『[[自由党]]史』（上．下巻）、板垣退助監修、[[宇田友猪]]、[[和田三郎]]共編、五車楼、1910年、[[岩波文庫]]上.中.下巻　初版1958年.1997年ほか復刊&lt;br /&gt;
*『[[一代華族論]]』、伯爵 板垣退助著、社会政策社、1912年&lt;br /&gt;
*『選挙法改正意見』、板垣退助著&lt;br /&gt;
*『板垣退助先生[[武士道]]観』、板垣退助著、高知 板垣會、1942年&lt;br /&gt;
*『憲政と土佐』、板垣會編、1941年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 演じた俳優 ==&lt;br /&gt;
*阪東扇太郎：『[[大村益次郎]]』（1942年、映画）&lt;br /&gt;
*[[羅門光三郎]]：『暁の鼓笛隊』（1945年、映画）&lt;br /&gt;
*杉山昌三九：『花の白虎隊』（1954年、映画）&lt;br /&gt;
*小山源喜：『[[西郷隆盛]]』（1963年、[[NHK]]）&lt;br /&gt;
*[[有川博]]：『[[竜馬がゆく (NHK大河ドラマ)|竜馬がゆく]]』（1968年、[[NHK大河ドラマ]]）&lt;br /&gt;
*[[丹波哲郎]]：『[[柔]]』（1972年、NTV）&lt;br /&gt;
*[[勝部演之]]：『明治の群像』（1976年、NHKドラマ）&lt;br /&gt;
*[[村野武範]]：『[[獅子の時代]]』（1980年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*[[佐藤仁哉]] : 『[[竜馬がゆく#1982年版|竜馬がゆく]]』 （1982年、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[米倉斉加年]]：『[[春の波涛]]』（1985年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*[[あおい輝彦]]：『[[白虎隊 (日本テレビ系テレビドラマ)|白虎隊]]』（1986年、[[日本テレビ]][[年末時代劇スペシャル]]）&lt;br /&gt;
*[[船戸順]]：『[[田原坂 (テレビドラマ)|田原坂]]』（1987年、日本テレビ年末時代劇スペシャル）&lt;br /&gt;
*[[斉藤洋介]]：『[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]]』（1990年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*葛西和雄：『草の乱』（2004年、映画）&lt;br /&gt;
*[[片岡鶴太郎]]：『[[白虎隊 (テレビ朝日系テレビドラマ)|白虎隊]]』（2007年、[[テレビ朝日]]新春スペシャルドラマ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 補註 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Itagaki Taisuke}}&lt;br /&gt;
*[[岐阜事件]]&lt;br /&gt;
*[[大同団結運動]]&lt;br /&gt;
*[[高知市立自由民権記念館]]&lt;br /&gt;
*[[幕末の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[明治時代の人物一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*『南の海自由旗揚』[[牧岡安次郎]]編、摂海社、1880年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君功名伝』[[上田仙吉]]編、1882年&lt;br /&gt;
*『自由党総理板垣退助君遭難記実 第1報』[[細野省吾]]編、1882年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君演舌』[[前野茂久次]]編、1883年&lt;br /&gt;
*『東洋自由泰斗板垣退助君高談集 上編』[[斉藤和助]]編、共立支社、1885年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君伝 第1巻』[[栗原亮一]]、[[宇田友猪]]著、[[自由新聞|自由新聞社]]、1893年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/10.html 板垣退助 | 近代日本人の肖像]（[[国立国会図書館]]）&lt;br /&gt;
*[http://kindai.ndl.go.jp/BIBibList.php?tpl_wid=WBPL110&amp;amp;tpl_wish_page_no=1&amp;amp;tpl_select_row_no=&amp;amp;tpl_hit_num=14&amp;amp;tpl_bef_keyword=&amp;amp;tpl_action=&amp;amp;tpl_search_kind=1&amp;amp;tpl_keyword=&amp;amp;tpl_s_title=&amp;amp;tpl_s_title_mode=BI&amp;amp;tpl_s_title_oper=AND&amp;amp;tpl_s_author=%c8%c4%b3%c0%c2%e0%bd%f5&amp;amp;tpl_s_author_mode=BI&amp;amp;tpl_s_author_oper=AND&amp;amp;tpl_s_published_place=&amp;amp;tpl_s_published_place_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_published_place_oper=AND&amp;amp;tpl_s_publisher=&amp;amp;tpl_s_publisher_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_publisher_oper=AND&amp;amp;tpl_s_nengou=AD&amp;amp;tpl_s_published_year_from=&amp;amp;tpl_s_published_year_to=&amp;amp;tpl_s_ndc=&amp;amp;tpl_s_ndc_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_heading=&amp;amp;tpl_s_heading_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_heading_oper=AND&amp;amp;tpl_s_jp_num=&amp;amp;tpl_s_toc=&amp;amp;tpl_s_toc_oper=AND&amp;amp;tpl_item_oper=AND&amp;amp;tpl_sort_key=PUB_YEAR&amp;amp;tpl_sort_order=ASC&amp;amp;tpl_list_num=200&amp;amp;tpl_end_of_data= 著者＝“板垣退助”で検索]（[[近代デジタルライブラリー]]）&lt;br /&gt;
*[http://www.meiji-ishin.com/itagakizou.html 日光　板垣退助の像]&lt;br /&gt;
*[http://www.meiji-ishin.com/shinagawa.html 品川神社（板垣退助の墓所）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]|第13・14代：1896年 - 1896年&amp;lt;br /&amp;gt;第17代：1898年 - 1898年|[[芳川顕正]]&amp;lt;br /&amp;gt;芳川顕正|[[樺山資紀]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[西郷従道]]}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いたかき たいすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の貴族院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の華族]]&lt;br /&gt;
[[Category:幕末維新側人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治の元勲]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:高知県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:土佐国の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の紙幣の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民権運動の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1837年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1919年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:板垣氏|たいすけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:乾氏|まさかた]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Itagaki Taisuke]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E7%94%B0%E6%AD%A3%E4%B9%85&amp;diff=54867</id>
		<title>松田正久</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''松田 正久'''（まつだ まさひさ、弘化4年4月11日（1847年5月25日）-大正3（1914年）3月4日は、[[日...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''松田 正久'''（まつだ まさひさ、[[弘化]]4年[[4月11日_(旧暦)|4月11日]]（[[1847年]][[5月25日]]）-[[大正]]3（[[1914年]]）[[3月4日]]は、[[日本]]の[[政治家]]。[[男爵]]。幼名は猪吉郎。号は牛州・江村など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[肥前国]][[小城郡]]牛津（現在の[[佐賀県]][[小城市]]（旧[[牛津町]]））において、[[小城藩]]士横尾只七の次男として生まれた。13歳の時、同藩士松田勇七の養子となる。松田家は最下級の藩士で、副業として酒造業を営んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
維新後は、[[昌平坂学問所]]に派遣されるが、間もなく同校が廃止されたために[[西周_(啓蒙家)|西周]]から[[フランス語]]を学んだ。西の推薦によって[[陸軍省]]入りし、[[1872年]]には兵学研究のために[[フランス]]留学に赴いた。留学中に[[西園寺公望]]を識り、将来の日本には[[自由主義]]的な考えが必要と意気投合する。[[スイス]]の[[ローザンヌ]]で学んだ後、帰国後は陸軍省を辞して佐賀にて[[自由民権運動]]に参加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1879年]]には[[長崎県]]会議員に、のち同会議長に就任。[[自由党_(日本)|自由党]]、九州改進党に入党し、さらに西園寺とともに『[[東洋自由新聞]]』を創刊した。政府内では松田の才能を惜む意見もあり、自由民権運動が衰退した[[1887年]]、[[司法大臣]][[山田顕義]]の要請を受けて[[司法省]]の[[検事]]となり、翌年には[[中学造士館|鹿児島高等中学造士館]]の教頭に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1890年]]、[[第1回衆議院議員総選挙|第1回総選挙]]で佐賀を地盤として[[衆議院議員]]に当選、[[立憲自由党]]に参加する。民権派の中心人物と目され、同年9月には政府支持者による暗殺未遂事件があったといわれる。翌年、[[予算委員会|衆議院予算委員長]]として[[第1次松方内閣]]提出の予算案を廃案に追い込むが、[[第2回衆議院議員総選挙|第2回総選挙]]では、[[内務大臣 (日本)|内務大臣]][[品川弥二郎]]による選挙干渉事件により落選。[[1898年]]の[[第6回衆議院議員総選挙|第6回総選挙]]まで議席回復はならなかったが、この間に党内の政策・事務に専念し、[[伊藤博文]]と自由党との関係回復に努めた。西園寺の仲介によって伊藤の面識を得、次第にその信任を得るにいたった。[[憲政党]]による[[隈板内閣]]が成立すると、[[大蔵大臣]]として入閣し、直後の第6回総選挙で議席を回復した。同党分裂によって内閣はわずか4ヶ月で崩壊するが、のち旧自由党系の憲政党に属し、[[星亨]]とともに伊藤の首領とする新党結成運動に奔走した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1900年]]、伊藤を総裁とする[[立憲政友会]]では総務委員として党組織の編成にあたり、その功により[[第4次伊藤内閣]]では[[文部大臣]]を務めた。[[1903年]]に西園寺が第2代総裁となると、党務に不得手な西園寺に代わって党務を統括した。[[1904年]]3月、[[衆議院議長]]。[[日露戦争]]では、[[第1次桂内閣]]と議会との協力関係確立に尽力した。[[第1次西園寺内閣|第1次]]・[[第2次西園寺内閣|第2次]]西園寺内閣では法相と蔵相をつとめるなど、西園寺、[[原敬]]とともに政友会と内閣を支えて、[[刑法]]改正や日露戦後の財政再建などに尽力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[憲政擁護運動]]では原とともに中心的な役割を果たし、[[第1次山本内閣]]では法相として入閣。やがて西園寺が総裁を辞して松田を後任に推薦するが、[[大正]]2年（[[1913年]]）末に至って病状が悪化する。翌[[1914年]]、[[勅使]]が派遣されて男爵が授けられたものの、3月4日病没した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人柄 ==&lt;br /&gt;
*当時、[[河野広中]]・[[西郷従道]]と並んで「不得要領」、「狸親父」とも評されながらも温厚篤実な人柄で人望を集め、西園寺や星、原など同志を前面にたてて自身は裏方に徹した。原は松田の立ち回りの上手さへの不満を日記に記す一方で、その仕事ぶりを評しており、西園寺が次期総裁に推薦のも当然と考えていた。原は松田の急死によって後継総裁に就任するが、戸惑いを隠せなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*清貧でスキャンダルとは無縁だったが、西園寺が呆れるほどの物惜しみをすることも少なくなかった。松田が[[熱海]]に[[別荘]]を構えたとの情報を入手した記者が、その真相を確認すべく熱海を訪問したところ、建物は庶民の住宅と見紛う粗末なものだった。松田によれば、体調を崩して診察を受けたところ[[温泉]]療養を勧められたが、温泉宿では費用がかかるので別荘を建てて温泉を引いた方が安上りだと説明した、といわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[衆議院議長]]|第11代: 1904 - 1906|[[河野広中]]|[[杉田定一]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[大蔵大臣]]|1898 - 1898&amp;lt;br /&amp;gt;1908 - 1908|[[井上馨]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[阪谷芳郎]]|[[松方正義]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[桂太郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[文部大臣]]|第17代: 1900 - 1901|[[樺山資紀]]|[[菊池大麓]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[司法大臣]]|1906 - 1908&amp;lt;br /&amp;gt;1911 - 1912&amp;lt;br /&amp;gt;1913|[[波多野敬直]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[岡部長職]]&amp;lt;br /&amp;gt;松室致|[[千家尊福]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[松室致]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[奥田義人]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まつた まさひさ}}&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議長]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の検察官]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の華族]]&lt;br /&gt;
[[Category:佐賀県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1847年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1914年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%98%9F%E4%BA%A8&amp;diff=54865</id>
		<title>星亨</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''星 亨'''（ほし とおる、嘉永3年4月8日（1850年5月19日） - 明治34年（1901年）6月21日）は、[[明治...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''星 亨'''（ほし とおる、[[嘉永]]3年[[4月8日_(旧暦)|4月8日]]（[[1850年]][[5月19日]]） - [[明治]]34年（[[1901年]]）[[6月21日]]）は、[[明治時代]]の[[政治家]]（「星享」は誤表記）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
[[江戸]]の[[左官]]屋として生まれる。父が行方不明となり、母が星泰順と結婚し、星姓を名乗る。当初は医学を志していたが、[[英学]]に転向し、[[何礼之]]の元で英学を学び、後に英語教師として身を立てる。[[明治維新]]の後には[[陸奥宗光]]の推挙で[[明治政府]]に入り、一時[[横浜市|横浜]]税関長となるが、英国のクイーンを「女王」と訳し、「女皇」と訳すべしとするイギリス公使[[ハリー・パークス|パークス]]の抗議に、自説を主張し一歩も譲らず、いわゆる「女王事件」を引き起こし、引責辞任した。辞任後、法律研究のため[[イギリス]]に渡り、日本人初の[[法廷弁護士]]資格を取得した。帰国後は国内で司法省付属[[代言人]]（弁護士）の第1号となって活躍し、明治14年（[[1881年]]）には[[自由党 (日本)|自由党]]の議員（代議士）となり、[[政党政治]]の基礎作りの一翼を担った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[藩閥政治]]を批判し、明治20年（[[1887年]]）の[[三大事件建白運動]]に参加し、[[保安条例]]で東京を追われ、出版条例違反で投獄される。釈放後の明治25年（[[1892年]]）には自らの[[衆議院議長]]就任を公約として[[第2回衆議院議員総選挙]]に出馬、当選。公約どおり2代目議長に選ばれる。明治26年（[[1893年]]）に[[相馬事件]]の収賄疑惑によって議長不信任案が可決される。しかし、議長を不信任となったにも関わらず議長席への着席に固執したため、衆議院から[[除名]]された。次回選挙で当選し、政界に復帰する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
藩閥政治に対する批判者であったが、非藩閥の陸奥宗光からは引き続き可愛がられ、朝鮮政府の法律顧問や駐米公使を務める。[[第1次大隈内閣]]では[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]として入閣する予定であったが、[[内閣総理大臣|首相]]の[[大隈重信]]がこれを拒否したために[[憲政党]]分裂の原因を作った。[[第4次伊藤内閣]]において[[逓信大臣]]などを務めた。明治33年（[[1900年]]）発足の[[立憲政友会]]にも参加、[[伊藤博文]]からも信頼を受けるようになる。その逞しい政治手腕から「おしとおる」とあだ名された位だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
星は、[[積極財政]]をすすめて地域への利益誘導をはかり、支持獲得を目指す積極主義という政治手法をとった。一方で収賄などの噂も絶えず、日本の政党政治と利益誘導の構造すなわち金権型政党政治を築いたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本裏面史より見れば、三多摩の村野常右衛門、森久保作蔵など「[[大阪事件]]」以降の自由党右派の壮士たちを政界に引き入れたことで、たとえ星自身が金銭的に潔白であるとしても、[[東京市]]政の疑獄の数々には彼の責も大きいと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京市議会議長であった明治34年（1901年）、[[伊庭想太郎]]（[[心形刀流|心形刀流剣術]]第10代宗家）により市庁参事会室内で刺殺された。享年51。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 明治25年（1892年）[[11月29日]]、当時衆議院議長であった星に対する議長不信任案が166対119で可決された。だが、星はこれを「[[条約改正]]を支持する自分に対する[[硬六派]]（[[国民協会_(日本)|国民協会]]・[[立憲改進党]]ら）による嫌がらせでやましい所はない」として、これを拒否した（[[大日本帝国憲法]]下の[[議院法]]では衆議院議長は[[勅任官]]の扱いを受けて[[天皇]]に任免権があった）。そこで[[明治天皇]]に対して星の解任を求める[[上奏|上奏案]]を152対126で可決した。だが、天皇からは「議院自ら不明なりしとの過失」として衆議院の怠慢を責める勅答が下された（これは、星への不信任を当時[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]であった[[陸奥宗光]]への間接的攻撃とみた伊藤博文が[[土方久元]][[宮内大臣]]に要請して出させたものとされている）。そのため、星は尚も議長席に着席して議長の職務を続けようとした。このため、[[12月5日]]には星の登院停止1週間処分の決議が出された。だが、登院停止が切れた[[12月12日]]に星はまたも議長席に座ろうとした。そこで[[12月13日]]に[[懲罰]]にかけられて185対92で除名要件である三分の二を超える67％の賛成を得たため、除名処分となり、衆議院議員の資格を失った星は自動的に議長を解任された。&lt;br /&gt;
*墓所は東京[[大田区]]の[[本門寺|池上本門寺]]に所在。かつては本門寺境内に星の銅像も置かれていたが、第2次対戦中の金属供出のため、台座を残して撤去された。戦後、遺族により台座は本門寺に寄進され、現在は[[日蓮]]上人の像が置かれている。&lt;br /&gt;
*「星亨とその時代」全2巻　[[平凡社東洋文庫]]が、基本的伝記である。近年ワイド版が出た。&lt;br /&gt;
*数々の汚職疑惑で今も昔も金権政治の権化と評されているが、私生活では慎ましく実直であったと言われる。彼の存命中はもとより現代の政治家でも妾を持つことは珍しいことではないが、女性関係の潔癖さは彼を非難している側でさえも認めざるを得ず、また、家中にいる者は書生を含めて愛情を持って接したと伝えられる。自らの資産形成に対してもあまり意を用いなかったと見られ、暗殺後に明らかになった彼の遺産は1万円余りの借財だけだったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[明治の人物一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://210.128.252.171/portrait/datas/190.html?c=6 星亨 | 近代日本人の肖像]&lt;br /&gt;
*[http://ndl.go.jp/jp/data/kensei_shiryo/kensei/hoshitooru.html 星亨関係文書（寄託） | 国立国会図書館]&lt;br /&gt;
*[http://rokugou.cside.com/sub259hantihankai.htm 星亨のこと11回馬場辰猪とのけんか]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほし とおる}}&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議長]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の弁護士]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民権運動の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:暗殺された人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1850年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1901年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BF%E5%9E%A3%E9%80%80%E5%8A%A9&amp;diff=54864</id>
		<title>板垣退助</title>
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				<updated>2009-08-03T03:54:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{政治家 |各国語表記 = いたがき たいすけ |画像 =  |画像説明 =  |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = 1837年5月21日&amp;lt;br /&amp;gt;（天保8年[[4月1...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = いたがき たいすけ&lt;br /&gt;
|画像 = &lt;br /&gt;
|画像説明 = &lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1837年]][[5月21日]]&amp;lt;br /&amp;gt;（[[天保]]8年[[4月17日 (旧暦)|4月17日]]）&lt;br /&gt;
|出生地 = [[土佐国]][[高知藩]]（[[土佐藩]]）&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1919年]]（[[大正]]8年）[[7月16日]]&lt;br /&gt;
|死没地 = 東京市&lt;br /&gt;
|出身校 = &lt;br /&gt;
|所属政党 = &lt;br /&gt;
|称号・勲章 = [[従一位]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[勲一等旭日桐花大綬章]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[伯爵]]&lt;br /&gt;
|配偶者 = &lt;br /&gt;
|国旗 = &lt;br /&gt;
|職名 = 第17代[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]&lt;br /&gt;
|内閣 = [[第1次大隈内閣]]&lt;br /&gt;
|当選回数 = &lt;br /&gt;
|就任日 = [[1898年]][[6月30日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1898年]][[11月8日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 = &lt;br /&gt;
|元首職 = &lt;br /&gt;
|元首 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''板垣 退助'''（いたがき たいすけ、[[天保]]8年[[4月17日 (旧暦)|4月17日]]（[[1837年]][[5月21日]]） - [[大正]]8年（[[1919年]]）[[7月16日]]）は、[[日本]]の[[武士]]（[[土佐藩]]士）、[[政治家]]。[[幼名]]は猪之助。退助は元は[[通称]]で、[[諱]]は初め正躬（まさみ）。のち正形（まさかた）と改める。[[号 (称号)|号]]は無形（むけい）が有名だが、如雲（じょうん）とも号した。[[位階]][[勲等]]は[[従一位]][[勲一等]]。[[爵位]]は[[伯爵]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民権運動]]の主導者として知られ、生存時、一般庶民から圧倒的な支持を受けていた。また没後も、日本の民主政治の草分けとして人気が高く、[[太平洋戦争]]後、50銭[[政府紙幣]]、[[日本銀行券]]B100円券に肖像が用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[陸軍大臣]]などを歴任した[[板垣征四郎]]とは血縁関係はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
天保8年4月17日（1837年5月21日）、高知城下中島町（現・[[高知市]]）に[[土佐藩]]士・[[乾正成|乾（いぬい）栄六正成]]の長男として生まれた。[[乾氏|乾家]]は220石取りの[[馬廻]]役（[[上士]]身分）であり、同じ土佐藩士[[後藤象二郎]]とは幼な馴染みである。[[坂本龍馬]]等の[[郷士]]（下士身分）よりも恵まれた扱いを受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 幕末 ===&lt;br /&gt;
藩主・[[山内容堂]]の側用役から始まり、藩の要職を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[倒幕運動]]に参加し、武力倒幕を主張。[[戊辰戦争]]では土佐藩軍指令・東山道先鋒総督府参謀として従軍した。[[天領]]（旧幕府領）である[[甲府城]]の掌握目前の[[美濃国|美濃]]大垣に着いた[[慶応4年]]（[[1868年]]）2月14日が[[板垣信方]]の没後320年にあたるため、[[甲斐源氏]]の流れを汲む[[板垣氏]]の後継であるとの[[板垣退助#系譜|家伝]]を示して甲斐国民衆の支持を得ようと、先祖の旧姓とする板垣姓に改姓した。この改姓の後、退助の目論見どおり甲斐国民衆の支持を受け、[[甲州勝沼の戦い]]で[[近藤勇]]の率いる[[新撰組]]を撃破した&amp;lt;ref&amp;gt;[[甲州勝沼の戦い]]の後、甲斐国の[[武田氏]]一族の菩提寺である[[恵林寺]]に所蔵されていた[[板垣信方]]の肖像画に対面し、感激した退助は直筆で「わが祖」と書き入れたという。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[東北戦争]]では、[[仙台藩]]、[[会津藩]]などの攻略を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 明治政府の要職を歴任 ===&lt;br /&gt;
[[明治]]2年（[[1869年]]）に[[参与]]となる。これは新政府において、[[木戸孝允]]（長州藩）、[[西郷隆盛]]（薩摩藩）、[[大隈重信]]（佐賀藩）と共に、“第一期”での参与就任であった。すなわち板垣ら4人は、「薩長土肥」の藩閥新政府における筆頭藩士である。明治3年（[[1870年]]）に高知藩の[[大参事]]、明治4年（[[1871年]]）に[[参議]]となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治6年（[[1873年]]）に[[征韓論]]を主張するが欧米視察から帰国した[[岩倉具視]]らの欧米諸国家との[[国際関係]]を配慮した慎重論に敗れ、新政府は真っ二つに分裂。板垣は西郷隆盛らとともに下野した。（[[明治六年政変]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自由民権運動 ===&lt;br /&gt;
明治7年（[[1874年]]）に[[愛国公党]]を結成し、[[後藤象二郎]]らと[[民選議院設立建白書]]を建議したが却下された。また、高知に[[立志社]]を設立した。明治8年（[[1875年]]）に参議に復帰し[[大阪会議]]に参加したが、間もなく辞職して[[自由民権運動]]を推進した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治14年（[[1881年]]）、10年後に[[帝国議会]]を開設するという[[国会開設の詔]]が出されたのを機に、[[自由党 (日本)#自由党 (日本 1881-1884)|自由党]]を結成して総理（党首）となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国を遊説してまわり、党勢拡大に努めていた明治15年（[[1882年]]）4月、[[岐阜市|岐阜]]で遊説中に暴漢・相原尚褧に襲われ負傷した（[[岐阜事件]]）。その際、「'''板垣死すとも自由は死せず'''」と叫んだ。これは事件の直後、小室信介（案外堂）というジャーナリストが岐阜で行った演説の題名「板垣死ストモ自由ハ死セズ」が、板垣自身の発言として世間に広まったものである。これには異説もあり、当時板垣の秘書であった[[内藤魯一]]という人物が事件現場で叫んだとも言われ、板垣本人の言葉は「医者を呼んでくれ」だったと言う。なお、このとき板垣を診察した医者が[[後藤新平]]であった。板垣は後藤の才を見抜き「彼を政治家にできないのが残念だ」と語ったが、後藤は後に政治家となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月、[[後藤象二郎]]と洋行し、翌年の6月に帰国した。明治17年（[[1884年]]）10月、自由民権運動の激化で[[加波山事件]]が起き、自由党を一旦解党した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民権運動]]家の立場から、[[華族制度]]には消極的な立場であり、授爵の勅を二度断っていたが、明治20年（[[1887年]]）5月、「三度の拝辞は不敬にあたる」と周囲から諭され、三度目にして、やむなく[[伯爵]]位を授爵した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 帝国議会開設以後 ===&lt;br /&gt;
明治23年（[[1890年]]）、[[帝国議会]]開設後、旧自由党を[[立憲自由党]]として再興し、翌年、自由党に改称、総理に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治29年（[[1896年]]）、[[第2次伊藤内閣]]・[[第2次松方内閣]]に[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]として入閣する。明治30年（[[1897年]]）3月、自由党総理を辞任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治31年（[[1898年]]）、対立していた[[大隈重信]]の[[進歩党 (日本)|進歩党]]と合同して[[憲政党]]を組織し、日本初の[[政党内閣]]である[[第1次大隈内閣]]に内務大臣として入閣する。そのためこの内閣は通称'''[[隈板内閣]]'''（わいはんないかく、大隈の「隈」と板垣の「板」を合わせたもの）とも呼ばれる。しかし、内閣は内紛が激しく、4ヶ月で[[総辞職]]せざるをえなくなる。明治33年（[[1900年]]）、[[立憲政友会]]の創立とともに政界を引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は、明治37年（[[1904年]]）に機関誌『友愛』を創刊したり、明治40年（[[1907年]]）には全国の華族に書面で華族の世襲禁止を問う活動を行うなどの晩年を送った。大正8年（1919年）7月16日死去。法名は邦光院殿賢徳道圓大居士。なお、「一代華族論」という主旨から、子に襲爵させなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 評価 ===&lt;br /&gt;
* 板垣は日本の[[民主主義]]発展に大きな功績を残したが、彼自身は無欲恬淡、金銭欲も淡白でしたたかさがなく（端的に言えば「いい人」）、清濁合わせ呑むことが要求される政治家としては必ずしも有能だったとは言えない。土佐閥は[[武市瑞山]]、[[坂本龍馬]]、[[中岡慎太郎]]といった有能な人材が維新まで生き残れず、板垣が土佐閥の代表たる政治家として明治政府の中枢に入ったが、結局征韓論で敗れ、土佐閥は事実上失脚してしまった。また自由党党首時代、隈板内閣でも迷走することも多く、最後は自ら作った自由党の党員にも[[伊藤博文]]の作った政友会に走られ、寂しい晩年を過ごした。&lt;br /&gt;
* 一方、軍人としては[[戊辰戦争]]における[[東北戦争]]などで、指揮官として目覚ましい活躍を見せていた。しかし上述のように土佐閥の代表という事で軍人コースには入らずに政治の道へと進んだ。作家の[[司馬遼太郎]]は「[[翔ぶが如く]]」の中で「板垣に文官など務まるはずがなく(中略)軍人以外にどういう仕事も適していない」などと評している。&lt;br /&gt;
*自由民権運動の指導者であるため、一般には近代立憲的な[[自由主義]]の思想を持っていたとされ、また[[中江兆民]]がルソーを翻訳したことから、近代思想の輸入者というイメージもあるが、当時の政局は派閥争いの側面を持っており、少数派としての土佐藩の代理戦争的な側面もあり、また板垣そして中江も、思想的にはその基礎を[[王政復古]]に求めるものであり、[[天賦人権論]]も[[天皇制]]を基盤としたものだった&amp;lt;ref&amp;gt;[[坂野潤治]]・[[田原総一朗]]『大日本帝国の民主主義』[[小学館]],2006年,190頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エピソード ===&lt;br /&gt;
* [[リアリズム|現実主義]]であったため、少年時代自ら稲荷神社のお守りを厠に捨ててみて、神罰が起こるか試したことがある（結果神罰が起こらなかった）。&lt;br /&gt;
* 同様の主旨で、当時の人が[[食べ合わせ]]（「うなぎと梅干」、「てんぷらと西瓜」など）を食べると死ぬと信じていた[[迷信]]に対して、自ら人を集めて食べて無害なことを実証したことがある。&lt;br /&gt;
* 板垣家の宗旨は[[曹洞宗]]であり、退助自身の葬儀は遺志により仏式で行われたが、退助自身は[[プロテスタント]]でもあり、同郷の[[片岡健吉]]（初代[[衆議院議長]]）の入信などに多大な影響を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 武術 ===&lt;br /&gt;
* [[抜刀術|居合]]は故郷に伝わる[[無双直伝英信流]]谷村派を、後に第17代となる[[大江正路]]と共に修めていた。また、[[中山博道]]に[[無雙神傳英信流|夢想直伝英信流下村派]]の[[細川義昌]]を紹介した。&lt;br /&gt;
* [[柔術]]は呑敵流小具足術を本山団蔵に学んだ。明治15年（[[1882年]]）に岐阜で相原尚褧に襲われた際（[[岐阜事件]]）には負傷しながらも、相原の腹部に[[肘]]で[[当身技|当身]]を行った。板垣は、命が助かったのは師のおかげと本山に贈り物を贈ったところ、本山から皆伝を授けられたという。&lt;br /&gt;
* [[相撲]]愛好家としても知られていた。&lt;br /&gt;
*[[日本刀]]の収集家としても有名だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銅像 ==&lt;br /&gt;
*[[日光市|栃木県日光市]]の[[日光東照宮]]参道へと通じる神橋入口&lt;br /&gt;
*:日光東照宮に立て籠もる[[大鳥圭介]]ら旧幕臣達を説得し、また強硬に破壊を主張する薩摩藩を説得して日光山を戦火から守った功績によるものである&lt;br /&gt;
*[[岐阜県]][[岐阜市]]の[[岐阜公園]]（[[金華山 (岐阜県)|金華山]]の麓）&lt;br /&gt;
*:板垣遭難（[[岐阜事件]]）の地に大正6年に建てられた。&lt;br /&gt;
*[[高知県]][[高知市]]の[[高知城]]登城口&lt;br /&gt;
*:銅像の作者[[本山白雲]]（[[高村光雲]]の弟子）は退助の親族でもある。&lt;br /&gt;
*[[国会議事堂]]&lt;br /&gt;
*:中央広間の四隅の銅像のひとつ。他は、[[大隈重信]]像、[[伊藤博文]]像、そして空の台座となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
* [[明治]]20年（[[1887年]]）5月 [[伯爵]]受爵&lt;br /&gt;
* 明治29年（[[1896年]]）9月 [[勲一等旭日大綬章]]受章&lt;br /&gt;
* [[大正]]8年（[[1919年]]）7月 [[勲一等旭日桐花大綬章]]受章&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
*'''乾氏（板垣氏）''' [[江戸時代]]、代々[[土佐藩]]士で、家格は[[馬廻]]役（[[上士]]）。[[家紋]]は、「榧之内十文字」（戦国時代末期～明治時代中期）、「土佐桐」（明治中期以降）を用いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 家伝によると[[乾氏|乾家]]の初代・[[乾正信|加兵衛正信]]は、「甲斐の[[武田信玄|武田晴信（信玄）]]に仕えた部将・[[板垣信方]]の孫で、父[[板垣信憲]]が改易ののち誅されたため、遠江国[[周智郡]]乾村に籠居して乾氏に改め、[[山内一豊]]が掛川に封ぜられた際に仕えた侍」であるという。&amp;lt;ref&amp;gt;但し正信には嫡子がなく、永原（山内）刑部一照の次男、[[乾正行|平九郎]]を養子とした。退助はその末裔であり、正信との血縁は無い。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
　∴&lt;br /&gt;
乾正信(加兵衛)&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
乾正行(金右衛門)&lt;br /&gt;
　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正祐(与惣兵衛)　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正直(市郎兵衛)　乾友正(源五郎)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正方(庄右衛門尉)　　　　　　　　　乾十次郎　　　　　　　　　　　乾正房(七郎左衞門)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━┓　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　┃　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾加介　　　　乾正清(与惣左衛門)　　乾十助　　　　　　　　　　　　乾吉勝(弥五兵衛)&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┏━━━━━━╋━━━━━━━┳━━━━━━━━┓　　　　　　　　┣━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　┃　　　　　　　┃　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾直建(加助)　乾直弦(代之丞)　中山秀信(右兵衛)　乾弦正(四郎大夫) 乾正英(市郎兵衛)　乾正愛(政次郎)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正聡(丈右衛門)　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正壽(宅平)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾信武(庄右衛門)　　野本信照(久馬)　　　　　　　　　　　　　　　　乾正春(左八)　　　本山茂良(彦弥)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏━━━┻━━━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
乾正成(栄六)　　　　　女　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正勝(弥太郎)　　乾正厚(市郎平)&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━━━━━━┳━━┳━┳━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　┃　　┃　┃　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
板垣正形(退助)　　　乾久馬　女　女　女　　　　　　　　　　　　　　　　　　　乾正士&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━┳━━━━┳━━━━━┳━━━┳━━━┳━┳━┳━┳━━━┓　　　┣━━━┳━━┓&lt;br /&gt;
　┃　　　　┃　　　　┃　　　　　┃　　　┃　　　┃　┃　┃　┃　　　┃　　　┃　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
板垣鉾太郎　乾正士　荒木孫三郎　板垣正實　乾六一　兵　軍　婉　千代子　良子　乾一郎　美世子　朝&lt;br /&gt;
　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┣━━━━┳━━━━┳━━━━┓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　┃　　　　┃　　　　┃　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
板垣武生　山内守正　板垣正貫　尾崎正　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　眞理子&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┣━━━━┳━━━━┓&lt;br /&gt;
　　　　　　┃　　　　┃　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　女　　　秋山範子　板垣退太郎　板垣直磨&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┏━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　女　　　　男&lt;br /&gt;
江戸時代部分（御侍中先祖書系圖牒）より&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族 ==&lt;br /&gt;
* 正妻：[[林益之丞政護]]の妹&lt;br /&gt;
* 継妻：[[中山弥平治秀雅]]の次女&lt;br /&gt;
* 継妻：[[小谷善五郎]]の娘、鈴（りん）。[[天保]]11年8月15日（1840年9月10日）生。[[安政]]6年（1859年）婚姻。明治18年（1885年）6月28日没。&lt;br /&gt;
* 継妻：[[福岡孝悌]]子爵養女、絹子（きぬこ）。実は[[荒木伊三次]]の七女、絹（きぬ）。[[安政]]6年5月8日（1859年6月8日）生。明治22年（1889年）3月6日婚姻。昭和13年（1938年）4月13日薨。&lt;br /&gt;
* 長男：[[板垣鉾太郎]] - [[慶応]]4年5月15日（1868年7月4日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 次男（庶長子）：[[乾正士]] - [[慶応]]4年3月25日（1868年4月18日）生。母は[[萩原復斎]]の娘、龠（やく）。&lt;br /&gt;
* 三男（庶次子）：[[荒木孫三郎]] - 明治18年（1885年）10月6日生。母は荒木伊三次の七女。&lt;br /&gt;
* 四男：[[板垣正實]] - 明治22年（1889年）4月4日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 五男：[[乾六一]] - 明治30年（1897年）11月14日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 長女：兵 - [[片岡熊之助]]妻。万延元年6月18日（1860年8月4日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 次女：軍 - [[宮地茂春]]妻。元治元年3月15日（1864年4月20日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 三女：猿（のち婉と改める） - 初め[[安川甚一]]妻、後[[小川一真|小川一眞]]妻。明治5年5月16日（1872年6月21日）生。母は小谷氏。&lt;br /&gt;
* 四女：千代子 - [[浅野総一郎|浅野泰治郎]]（のちの二代目 浅野総一郎・[[浅野セメント]]社長）妻。明治26年（1893年）4月12日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
* 五女：良子 - [[小山鞆絵]]（東北大学教授）妻。明治28年（1895年）1月1日生。母は福岡氏。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 墓地 ==&lt;br /&gt;
* 薊野山（板垣山） - 山全体が乾氏専用の大きな墓地となっており、初代正信から退助までの10代の墓石が整然とあり、退助の墓は三番目の妻小谷氏と並んで建てられている。正信から退助まで全て「榧之内十文字」の紋が付けられている。退助の墓のみ「土佐桐」の紋が台座についている。高知県高知市薊野東町。&lt;br /&gt;
* 安楽寺 - 乾氏（板垣氏）の一族の墓がある。高知県高知市洞ヶ島町5-3。&lt;br /&gt;
* [[品川神社]] - 江戸で客死した退助の祖父信武の墓石以外は、退助を含め明治以降に亡くなった一族の墓石があり、退助の墓は四番目の妻福岡氏と並んで建てられている。明治以降の墓のため「土佐桐」の紋がついている。墓石のとなりには、[[佐藤栄作]]の筆による「板垣死すとも自由は死せず」の石碑がある。[[品川神社]]の社域がもと東海寺の寺域であったため、社殿裏が墓となっている。[[東京都]][[品川区]]北品川三丁目。[[品川区]]史跡に指定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
*『板垣政法論』、板垣退助述、[[植木枝盛]]記、[[五古周二]]編、自由楼、1881年&lt;br /&gt;
*『通俗無上政法論』、板垣退助立案、[[植木枝盛]]記、[[和田稲積]]編、絵入自由出版社、1883年&lt;br /&gt;
*『板垣伯意見書』、板垣退助述、[[憲政党]]党報局、1899年&lt;br /&gt;
*『板垣南海翁之意見』、板垣退助述、郷敏儒、1890年&lt;br /&gt;
*『[[愛国]]論』板垣伯立案、[[出射吾三郎]]編、吉田書房、1890年&lt;br /&gt;
*『[[自由党]]史』（上．下巻）、板垣退助監修、[[宇田友猪]]、[[和田三郎]]共編、五車楼、1910年、[[岩波文庫]]上.中.下巻　初版1958年.1997年ほか復刊&lt;br /&gt;
*『[[一代華族論]]』、伯爵 板垣退助著、社会政策社、1912年&lt;br /&gt;
*『選挙法改正意見』、板垣退助著&lt;br /&gt;
*『板垣退助先生[[武士道]]観』、板垣退助著、高知 板垣會、1942年&lt;br /&gt;
*『憲政と土佐』、板垣會編、1941年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 演じた俳優 ==&lt;br /&gt;
*阪東扇太郎：『[[大村益次郎]]』（1942年、映画）&lt;br /&gt;
*[[羅門光三郎]]：『暁の鼓笛隊』（1945年、映画）&lt;br /&gt;
*杉山昌三九：『花の白虎隊』（1954年、映画）&lt;br /&gt;
*小山源喜：『[[西郷隆盛]]』（1963年、[[NHK]]）&lt;br /&gt;
*[[有川博]]：『[[竜馬がゆく (NHK大河ドラマ)|竜馬がゆく]]』（1968年、[[NHK大河ドラマ]]）&lt;br /&gt;
*[[丹波哲郎]]：『[[柔]]』（1972年、NTV）&lt;br /&gt;
*[[勝部演之]]：『明治の群像』（1976年、NHKドラマ）&lt;br /&gt;
*[[村野武範]]：『[[獅子の時代]]』（1980年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*[[佐藤仁哉]] : 『[[竜馬がゆく#1982年版|竜馬がゆく]]』 （1982年、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[米倉斉加年]]：『[[春の波涛]]』（1985年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*[[あおい輝彦]]：『[[白虎隊 (日本テレビ系テレビドラマ)|白虎隊]]』（1986年、[[日本テレビ]][[年末時代劇スペシャル]]）&lt;br /&gt;
*[[船戸順]]：『[[田原坂 (テレビドラマ)|田原坂]]』（1987年、日本テレビ年末時代劇スペシャル）&lt;br /&gt;
*[[斉藤洋介]]：『[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]]』（1990年、NHK大河ドラマ）&lt;br /&gt;
*葛西和雄：『草の乱』（2004年、映画）&lt;br /&gt;
*[[片岡鶴太郎]]：『[[白虎隊 (テレビ朝日系テレビドラマ)|白虎隊]]』（2007年、[[テレビ朝日]]新春スペシャルドラマ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 補註 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Itagaki Taisuke}}&lt;br /&gt;
*[[岐阜事件]]&lt;br /&gt;
*[[大同団結運動]]&lt;br /&gt;
*[[高知市立自由民権記念館]]&lt;br /&gt;
*[[幕末の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[明治時代の人物一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*『南の海自由旗揚』[[牧岡安次郎]]編、摂海社、1880年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君功名伝』[[上田仙吉]]編、1882年&lt;br /&gt;
*『自由党総理板垣退助君遭難記実 第1報』[[細野省吾]]編、1882年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君演舌』[[前野茂久次]]編、1883年&lt;br /&gt;
*『東洋自由泰斗板垣退助君高談集 上編』[[斉藤和助]]編、共立支社、1885年&lt;br /&gt;
*『板垣退助君伝 第1巻』[[栗原亮一]]、[[宇田友猪]]著、[[自由新聞|自由新聞社]]、1893年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/10.html 板垣退助 | 近代日本人の肖像]（[[国立国会図書館]]）&lt;br /&gt;
*[http://kindai.ndl.go.jp/BIBibList.php?tpl_wid=WBPL110&amp;amp;tpl_wish_page_no=1&amp;amp;tpl_select_row_no=&amp;amp;tpl_hit_num=14&amp;amp;tpl_bef_keyword=&amp;amp;tpl_action=&amp;amp;tpl_search_kind=1&amp;amp;tpl_keyword=&amp;amp;tpl_s_title=&amp;amp;tpl_s_title_mode=BI&amp;amp;tpl_s_title_oper=AND&amp;amp;tpl_s_author=%c8%c4%b3%c0%c2%e0%bd%f5&amp;amp;tpl_s_author_mode=BI&amp;amp;tpl_s_author_oper=AND&amp;amp;tpl_s_published_place=&amp;amp;tpl_s_published_place_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_published_place_oper=AND&amp;amp;tpl_s_publisher=&amp;amp;tpl_s_publisher_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_publisher_oper=AND&amp;amp;tpl_s_nengou=AD&amp;amp;tpl_s_published_year_from=&amp;amp;tpl_s_published_year_to=&amp;amp;tpl_s_ndc=&amp;amp;tpl_s_ndc_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_heading=&amp;amp;tpl_s_heading_mode=ZI&amp;amp;tpl_s_heading_oper=AND&amp;amp;tpl_s_jp_num=&amp;amp;tpl_s_toc=&amp;amp;tpl_s_toc_oper=AND&amp;amp;tpl_item_oper=AND&amp;amp;tpl_sort_key=PUB_YEAR&amp;amp;tpl_sort_order=ASC&amp;amp;tpl_list_num=200&amp;amp;tpl_end_of_data= 著者＝“板垣退助”で検索]（[[近代デジタルライブラリー]]）&lt;br /&gt;
*[http://www.meiji-ishin.com/itagakizou.html 日光　板垣退助の像]&lt;br /&gt;
*[http://www.meiji-ishin.com/shinagawa.html 品川神社（板垣退助の墓所）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]|第13・14代：1896年 - 1896年&amp;lt;br /&amp;gt;第17代：1898年 - 1898年|[[芳川顕正]]&amp;lt;br /&amp;gt;芳川顕正|[[樺山資紀]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[西郷従道]]}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いたかき たいすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の華族]]&lt;br /&gt;
[[Category:幕末維新側人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治の元勲]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:高知県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:土佐国の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の紙幣の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民権運動の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1837年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1919年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:板垣氏|たいすけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:乾氏|まさかた]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Itagaki Taisuke]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%94%BE%E9%80%81&amp;diff=54155</id>
		<title>東京放送</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%94%BE%E9%80%81&amp;diff=54155"/>
				<updated>2009-07-06T05:31:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''株式会社東京放送'''（とうきょうほうそう、&amp;lt;span lang=&amp;quot;en&amp;quot; style=&amp;quot;font-style:italic; font-weight:bold;&amp;quot;&amp;gt;Tokyo Broadcasting Syoku, Inc.&amp;lt;/span&amp;gt;）は[[日本]]の[[一般放送事業者]]で、グループ統括会社。略称は商号の英訳の頭文字を採った「'''TBS'''（'''ティービーエス'''）」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[三井グループ]]の一員で、二木会（三井グループの社長会）・月曜会（三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合）・三井業際研究所（業種の枠を超えた異業際分野における知識集団としての機能を果す事を目的に設立された二木会の直属機関）に加盟している。また、[[プロ野球]]・[[横浜ベイスターズ]]の親会社でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 株式会社東京放送&lt;br /&gt;
|英文社名 = TOKYO BROADCASTING SYoku, INCORPORATED&lt;br /&gt;
|ロゴ = &lt;br /&gt;
|種類 = 株式会社&lt;br /&gt;
|市場情報 = {{上場情報 | 東証1部 | 9401 ||}}&lt;br /&gt;
|略称 = TBS&lt;br /&gt;
|国籍 = &lt;br /&gt;
|郵便番号 = 107-8006&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[赤坂 (東京都)|赤坂]]五丁目3番6号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-3746-1111&lt;br /&gt;
|設立 = [[1951年]]（昭和26年）[[5月17日]]&amp;lt;br&amp;gt;（登記日・株式会社ラジオ東京）&lt;br /&gt;
|業種 = [[:Category:日本の情報・通信業|情報・通信業]]|&lt;br /&gt;
|統一金融機関コード = &lt;br /&gt;
|SWIFTコード = &lt;br /&gt;
|事業内容 = [[放送法]]による一般放送事業（テレビの放送）及びその他放送事業|&lt;br /&gt;
|代表者 = [[井上弘]]（代表取締役社長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[財津敬三]]（代表取締役専務）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[城所賢一郎]]（代表取締役専務）&lt;br /&gt;
|資本金 = 54,926百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 単独: 277,400百万円&amp;lt;br /&amp;gt;連結:318,700百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年3月期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 単独: 534,322百万円&amp;lt;br /&amp;gt;連結:567,722百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 1,157人&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月末日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 楽天メディア・インベストメント - 15.71%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = [[TBSテレビ]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]] 他&lt;br /&gt;
|関係する人物 = &lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.tbs.co.jp/ www.tbs.co.jp]&lt;br /&gt;
|特記事項 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[Image:Tokyo Broadcasting System(TBS) in Akasaka .JPG|thumb|250px|東京・赤坂 TBSがあるTBS放送センター&amp;lt;br /&amp;gt;(愛称:ビッグハット)]]&lt;br /&gt;
日本の[[民放]]の先駆者として有名な存在で、[[1980年代]]までは、[[ドラマ]]・[[バラエティー]]・[[報道]]の各分野で高く評価され「'''民放の雄'''」「'''民放のNHK'''」「'''ドラマのTBS'''」「'''報道のTBS'''」と称されていた。しかし、80年代後半から[[1990年代]]にかけて、社内の官僚的体質により、斜陽の時代を迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その打開策として、[[1992年]]に行われたバラエティ&amp;amp;クイズ番組大改革（『[[わくわく動物ランド]]』『[[クイズダービー]]』『[[クイズ100人に聞きました]]』等、[[視聴率]]の高低、地域差などにもかかわらず、当時放送されていた1970年代〜1980年代前半からの人気長寿番組を次々と打ち切り、1992年10月から月曜〜木曜の19時台を『[[ムーブ (バラエティー)|ムーブ]]』と呼ばれるバラエティ番組枠とした）が結果的に失敗したこと、さらに1996年に発覚した「[[TBSビデオ問題|TBSビデオ事件]]」をはじめとした不祥事が多発した影響もあり、視聴率に関しては「冬の時代」を迎えることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]ごろから、スポーツの「[[K-1]] WORLD MAX」、「プロ[[ボクシング]]・[[亀田興毅]]戦独占中継」などにより視聴率が90年代の「冬の時代」よりは持ち直している。しかし、再び凋落現象が始まり、2000年代後半以降は番組編成に大鉈を振るうことが多くなっているなど、現在もレギュラー番組に弱みがある（後述）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
低迷する視聴率とは別に、質の高い番組が多いことで著名な局でもあり、放送関係の各賞の受賞回数は上位に位置する。天気予報に力を入れており、民放初の「八丈島のIP方式の天カメ（2004年）」や「[[動く天気図]]」･「コンピュータでの雨足予想（雨足くん）」などTBSによって生まれたものがよくある。今では当たり前となった「[[気温の前日比]]」もTBSが初めて行ったもの。また1980年代に「8時の空」という10分の気象情報番組では、各地の天気カメラをつなぐ「お天気カメラリレー」を開始。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]3月末をもって、視聴率不振が続く『[[ウォッチ!]]』『[[情報とってもインサイト|（特）情報とってもインサイト]]』『[[ジャスト (ワイドショー番組)|ジャスト]]』『[[JNNニュースの森]]』などの平日[[帯番組|ベルト番組]]を終了させるかつてない改編、通称「[[TBS平日ワイド大改編|'''TBSの変''']]」を敢行した。&lt;br /&gt;
*『[[ウォッチ!]]』の後枠には[[みのもんた]]司会の『[[みのもんたの朝ズバッ!]]』がスタート。&lt;br /&gt;
*『とってもインサイト』の後枠には『[[きょう発プラス!]]』を昼のJNNニュースと統合・拡大して2時間番組として開始。&lt;br /&gt;
*夕方[[ニュース]]枠は『[[イブニング・ファイブ]]（JNN枠は『[[JNNイブニング・ニュース]]』として区別）』として他局に追随し2時間のワイド編成となった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[4月3日]]からは『ジャスト』を終了して以降、[[再放送]]枠になっていた平日14時台に、1年ぶりの生情報番組『[[2時ピタッ!]]』がスタートした。&lt;br /&gt;
*『朝ズバッ!』『イブニング・ファイブ』は成功し番組は軌道に乗ったものの、『きょう発』『2時ピタッ』は視聴率で苦戦し、双方の番組出演者・スタッフが担当する時間帯を一部入れ替えた形で、『[[ピンポン!]]』『[[2時っチャオ!]]』を[[2006年]][[10月2日]]よりスタートさせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]にも大改編を実施。&lt;br /&gt;
*[[4月]]の春改編にて、従来日曜夕方に放映されていた『[[JNN報道特集]]』を土曜夕方に移動・拡大の上、『[[報道特集NEXT]]』としてリニューアルした。これに伴い、1992年から14年に渡って土曜18時に存在したMBS製作枠（アニメ・特撮枠、通称『[[毎日放送制作土曜夕方6時枠|土6]]』）が[[毎日放送制作日曜夕方5時枠|日曜17時]]に移動した。移動後第一作は『[[コードギアス 反逆のルルーシュR2]]』。&lt;br /&gt;
*[[10月]]の秋改編には、プライムタイムを中心に大改編を行った。視聴率が低調だった水曜日のプライムタイムの全番組が改編され、バラエティ番組の『[[悪魔の契約にサイン]]』を除き、『[[復活の日]]』『[[水曜ノンフィクション]]』『[[久米宏のテレビってヤツは!?]]』（MBS製作）と4番組中3番組がドキュメンタリー･情報番組に改編された。火曜日には20時からの2時間枠で『[[バラエティーニュース キミハ・ブレイク]]』が放送開始。かつての人気番組『ギミアぶれいく』（1989年～1992年）のリメイク企画である。&lt;br /&gt;
しかし、両改編共に結果は芳しくなく、特に水曜プライムタイムの各番組は視聴率が総じて一桁、『水曜ノンフィクション』に至っては5%以下の回が頻発している。また、2009年1月14日は『悪魔の～』を除いて視聴率が3番組共6.6％という珍事が起きた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]にもニュース番組を中心に大改編を予定しており『報道のTBS』の復活を狙っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;2009haru&amp;quot;&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/program/2009haru/ 2009春の新番組]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2009年]]春の改編で最終便ニュース『[[NEWS23]]』は、視聴率の低迷と番組の顔であった[[筑紫哲也]]の死去に伴い、30分程度のストレートニュースに縮小される。空いた30分を月曜日～木曜日の午後23時後半に『[[吉崎金門海峡|吉崎金門海峡（ゴールデンゲート）]]』というバラエティー番組ゾーンに切り替え、先行する『[[ネオバラエティ]]』（[[テレビ朝日]]）などの他局の同時間帯の番組に対抗する&amp;lt;ref name=&amp;quot;2009haru&amp;quot;&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/program/2009haru/ 2009春の新番組]&amp;lt;/ref&amp;gt;。なお、火曜日は毎日放送製作の番組になる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/program/mbs_samurai_tuto.html TBS「チュー's DAY コミックス」]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*『NEWS23』短縮の代替として、同年4月より月曜～金曜の17:50 - 19:50 (JST) の時間帯に超大型報道番組『[[総力報道!THE NEWS]]』が登場する。これにより『[[イブニング・ファイブ]]』&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081128-OHT1T00012.htm スポーツ報知:TBS「イブニング・ファイブ」来春打ち切り]&amp;lt;/ref&amp;gt;が終了する。空いた平日17時台には帯情報番組『[[サカスさん]]』&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/sacas-san/ TBS「サカスさん」]&amp;lt;/ref&amp;gt;となり、『総力報道!THE NEWS』の入る平日19時台で放送されていた番組を中心に終了・移動が多発する模様。&lt;br /&gt;
*昼の『[[ピンポン!]]』&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081127-OHT1T00111.htm スポーツ報知:TBS「ピンポン!」来年3月終了へ]&amp;lt;/ref&amp;gt;、平日13時台の『[[愛の劇場]]』『[[ひるドラ]]』も終了&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/12/19/05.html  愛の劇場　最多「五つ子」で40年の歴史に幕 スポーツニッポン ]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;oricon20081208&amp;quot;&amp;gt;[http://www.oricon.co.jp/news/movie/60895/full/ 島崎和歌子、昼ドラ“休止”に笑顔でコメント「ラストとは思わない」] [[オリコン|ORICON STYLE]] 2008年12月8日&amp;lt;/ref&amp;gt;し、平日11時～14時台に大型情報番組『[[ひるおび!]]』が開始される。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/hiru-obi/ TBS「ひるおび！」]&amp;lt;/ref&amp;gt;また、『ひるドラ』終了に伴い、同ドラマ枠製作局だった毎日放送・[[中部日本放送]]が代替として、『ひるおび!』の金曜日にCBCが13時台&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/program/cbc_soranavi.html TBS「ひるおび！『[[えなりかずき!そらナビ]]』]&amp;lt;/ref&amp;gt;、MBSが14時台&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tbs.co.jp/program/mbs_hiru-obi_bang.html TBS「ひるおび！『[[バンバンバン]]』」]&amp;lt;/ref&amp;gt;で全国ネット枠を与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、TBSが製作する[[テレビアニメ]]番組は自局または子会社の[[衛星放送|BSデジタルテレビ]]放送局・[[ビーエス・アイ|BS-i]]の、共に深夜枠（[[深夜アニメ]]）がほとんどである。&lt;br /&gt;
*TBS（JNN）ネットワークのアニメーション番組を長年支えてきたのは在阪準キー局の毎日放送（MBS）であり、本放送以来約10年ぶりにゴールデン帯で再放送された『[[まんが日本昔ばなし]]』をはじめ、最近では『[[機動戦士ガンダムSEED]]』や『[[鋼の錬金術師]]』など数多くの人気作品を製作してきた。&lt;br /&gt;
*また最近ではTBSが製作に携わりながら、当のTBSでは放映せず[[UHFアニメ]]として放映される作品もある（ただし、BS-iなどTBS関連の衛星放送局で放映することがあるほか、過去には[[RKB毎日放送]]で放映した作品もあった）。&lt;br /&gt;
*2007年10月より放映される『[[灼眼のシャナ#第2期|灼眼のシャナII (Second)]] 』は、UHFアニメ（第1期はMBSが[[幹事局]]担当のUHFアニメだった）史上初めて'''続編を在京キー局系列で放映する'''予定である（その逆は何度かあった）。&lt;br /&gt;
*近年まで毎日放送（MBS）・[[中部日本放送]]（CBC）製作深夜アニメの[[逆ネット]]には消極的だったが、2006年4月以降は両局ともに1本ずつ逆ネットしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
TBSが制作していた特撮番組としては「[[ウルトラマン]]」シリーズが有名であるが、時間帯などの関係で「'''平成ウルトラマン'''」シリーズと呼ばれる「[[ウルトラマンティガ]]」〜「[[ウルトラマンコスモス]]」はMBS、「[[ウルトラマンネクサス]]」以降はCBC制作となっている。&lt;br /&gt;
*また、[[仮面ライダーストロンガー]]以降の[[仮面ライダーシリーズ]]の放映権も持っていたが（制作は初代シリーズからのMBS）、[[2000年]]に製作された「'''平成ライダーシリーズ'''」の第一作となる[[仮面ライダークウガ]]からは、共同制作している[[東映]]が大株主である[[テレビ朝日]]が制作・放送している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の民放テレビ局では最後まで[[消費者金融]]会社の[[テレビコマーシャル|コマーシャル（CM）]]を解禁していなかったが、2001年[[4月1日]]に解禁した。当時、ラジオでは既にCMを解禁していたがテレビは「ビデオ問題」の反省と、当時の消費者金融会社の企業体質がネックとなっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テレビとは逆に、TBSラジオの[[聴取率]]は[[首都圏]]聴取率調査の首位を継続して獲得している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他局と合同出資した会社（[[フジテレビジョン]]との合同出資による[[ム・ーハ]]や、フジおよび[[テレビ朝日]]との合同出資による[[トレソーラ]]）を設立するなど、他のキー局との交流もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
赤坂本社内のスタジオ（報道用のNスタ・Sスタを除く）については、労働組合との深夜労働に関する取り決めの関係から、事前に延長使用届を提出していない場合24時に強制的に照明の電源が落とされる。そのため通常の番組収録では24時前に収録が終了するようにスケジュールを組むが、最近では『[[うたばん]]』など逆にそれを積極的に活用（というよりも笑いの要素の一つに利用）する番組も現れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ホリプロ]]とはパイプが太く、「[[赤いシリーズ]]」など古くから番組制作に関わっている。特に、ホリプロの[[和田アキ子]]を積極的に番組に起用していることでも知られる。また、[[ジャニーズ事務所]]や個人ではTBSの長寿ドラマ『[[渡る世間は鬼ばかり]]』の主演を務めている[[泉ピン子]]などとも結びつきが強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年以降は行政処分が下されるような重大な不祥事や類似した不祥事が多く起きている。（[[東京放送#TBSの不祥事・事件|下記参照]]）ほか、[[ガチンコ!]]に代表されるような多くのヤラセ番組を制作してきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら一連の不祥事の影響で、視聴率、人気共に低迷しており、名実ともにキー局の中では最低のテレビ局であり、平均視聴率一桁（8%台半ば）の番組が多い（1990年代の「冬の時代」の平均視聴率は4～5%だった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
視聴率悪化、野球差し替えの時の再放送を認めない、地方局のローカル枠の増大を認めないため、多くの地方系列局から嫌われているのは事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
番組制作に関しては、保守的なところがあり、新しいものをやりたがらない傾向があると言われている。体質的に、他であたったような企画、よそで人気番組をやっている人を使うということが多く、パクリのTBSとも呼ばれている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.cyzo.com/2009/06/post_2223.html 視聴率崩壊、大幅改変も失敗......TBSはもう「何をやってもダメ」なのか] 日刊[[サイゾー]] 2009年6月23日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 放送地域 ==&lt;br /&gt;
[[放送対象地域]]は[[関東広域圏]]であるが、放送区域は難視聴対策により[[沖縄県]]の[[大東諸島]]も含まれる。また、アナログ放送は[[山梨県]]・[[福島県]]・[[静岡県]]でも受信可能。（デジタル放送では現状受信不可）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 呼出符号、呼出名称、チャンネル===&lt;br /&gt;
* [[識別信号|呼出符号]]（コールサイン）&lt;br /&gt;
** [[地上アナログテレビジョン放送]] - JORX-TV（2001年9月30日まではJOKR-TV）&lt;br /&gt;
** [[地上デジタルテレビジョン放送]] - JORX-DTV&lt;br /&gt;
** アナログ波音声多重放送 - JORX-TAM（2001年9月30日まではJOKR-TAM）&lt;br /&gt;
** アナログ波文字多重放送 - JORX-TCM（2001年9月30日まではJOKR-TCM）&lt;br /&gt;
** アナログ波データ多重放送 - JORX-TDM（2001年9月30日まではJOKR-TDM）&lt;br /&gt;
* [[識別信号|呼出名称]]（コールネーム）&lt;br /&gt;
** 地上アナログテレビジョン放送 - '''TBSテレビジョン'''（2001年9月30日までは''東京放送''）&lt;br /&gt;
** 地上デジタルテレビジョン放送 - '''TBSデジタルテレビジョン'''&lt;br /&gt;
* チャンネル&lt;br /&gt;
** 地上アナログテレビジョン放送 - 送信所：[[東京タワー]] 第6チャンネル（映像出力50kw、音声出力12.5kw）&lt;br /&gt;
** 地上デジタルテレビジョン放送 - 送信所：東京タワー [[リモコンキーID]]は6、物理チャンネル22チャンネル（出力10kw）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== アナログ放送の主な中継局 ====&lt;br /&gt;
（カッコ内の数字は[[地上デジタルテレビジョン放送|アナアナ変換]]以前の周波数）&lt;br /&gt;
* [[東京都]]&lt;br /&gt;
** 大井町 - 72ch（[[品川区]]大井町地区では東京(タワー)6chを視聴している世帯がほとんどである）&lt;br /&gt;
** 八王子 - 37ch（←55ch ＊八王子市周辺でも、東京6chを視聴している世帯が多い） &lt;br /&gt;
** 多摩 - 53ch（←24ch ＊多摩市も東京6ch視聴者が多い）&lt;br /&gt;
** 新島 - 56ch（[[垂直偏波]]）&lt;br /&gt;
** 八丈島 - 6ch&lt;br /&gt;
** 三宅島 - 6ch&lt;br /&gt;
** 小笠原父島 - 55ch&lt;br /&gt;
* [[茨城県]]&lt;br /&gt;
** 水戸、（ひたちなか） - 40ch（垂直偏波）&lt;br /&gt;
** 鹿嶋 - 37ch &lt;br /&gt;
** 日立 - 56ch&lt;br /&gt;
** 高萩 - 55ch&lt;br /&gt;
* [[栃木県]]&lt;br /&gt;
** 宇都宮 - 55ch（←23chだった）&lt;br /&gt;
** 日光（鬼怒川） - 56ch&lt;br /&gt;
** 矢板 - 42ch&lt;br /&gt;
* [[群馬県]]&lt;br /&gt;
** 前橋 - 56ch&lt;br /&gt;
** 富岡 - 55ch（垂直偏波）&lt;br /&gt;
** 桐生 - 55ch&lt;br /&gt;
** 沼田 - 55ch&lt;br /&gt;
* [[埼玉県]]&lt;br /&gt;
** 本庄 - 55ch（垂直偏波）&lt;br /&gt;
** 秩父、（小鹿野） - 18ch かつては55chだった&lt;br /&gt;
* [[千葉県]]&lt;br /&gt;
** 成田 - 55ch（←23ch）&lt;br /&gt;
** 銚子 - 55ch&lt;br /&gt;
** 香取佐原 - 56ch&lt;br /&gt;
** 勝浦 - 55ch&lt;br /&gt;
** 館山、(千倉) - 56ch（垂直偏波）&lt;br /&gt;
* [[神奈川県]]&lt;br /&gt;
** 山下町 - 73ch *東京6chの視聴者多し{{要出典}}&lt;br /&gt;
** 横浜[[みなとみらい21|みなと]] - 56ch *東京6chの視聴者が多い&lt;br /&gt;
** 横須賀久里浜 - 39ch（北方向は水平偏波・南方向は垂直偏波）&lt;br /&gt;
** 平塚 - 37ch（垂直偏波） *千葉県南房総西部からの視聴者も存在する&lt;br /&gt;
** 小田原、（箱根、真鶴、湯河原） - 56ch&lt;br /&gt;
* [[沖縄県]]&lt;br /&gt;
** 南大東島 - 56ch&lt;br /&gt;
** 北大東島 - 44ch&lt;br /&gt;
など&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== デジタル放送の主な中継局 ====&lt;br /&gt;
* 茨城県&lt;br /&gt;
** 水戸 - 15ch&lt;br /&gt;
* 栃木県&lt;br /&gt;
** 宇都宮 - 15ch&lt;br /&gt;
* 群馬県&lt;br /&gt;
** 前橋 - 36ch&lt;br /&gt;
* 神奈川県&lt;br /&gt;
** 平塚 - 22ch（垂直偏波）&lt;br /&gt;
など&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ネットワーク ==&lt;br /&gt;
*'''[[Japan News Network|JNN（Japan News Network）]]'''という名称で、日本の[[民間放送]]で初めて[[ニュース系列]]を各地方局と結び、全国的なニュース取材体制を確立した先駆者である。そのため、[[1996年]]、[[TBSビデオ問題]]（[[オウム真理教]]ビデオ事件）が発生するまでは、「'''報道のTBS'''」と呼ばれていた。&lt;br /&gt;
*一般の番組供給系列のネットワークは「TBSネットワーク」と呼称されている。但し、JNNを運営する「JNNネットワーク協議会」による付帯事業として行われ、完全に別組織とはなっていない。 &lt;br /&gt;
**このためか一般には『TBSネットワーク』の名称は浸透しておらず、『TBS系』、やニュース系列と同様に『JNN系』と呼称される場合が多い。 実際、TBSもスポーツ中継のオープニングキャッチで「JNN SPORTS」と出していた時期がある等（1993年頃）、「JNN」をTBS系のネットワークそのものの愛称として使用した例もあった。原則的にJNN協定が適用されるニュース番組に関して加盟社共同制作という形をとる（そのため「製作著作」のクレジットが出ない）のに対して、適用外のネットワーク番組は、製作した各社それぞれで著作権を持ち、製作局のロゴがクレジットされるのが両者の違いである。&lt;br /&gt;
**なお、TBSネットワーク扱いで放送している番組には、TBS以外の局の製作番組でもネットワーク・シンボルである『[[ジ～ン]]』が製作局ロゴの隣に付加される（例: 製作著作 [[毎日放送]] '''''人''（ジ～ン）'''但し一部例外あり）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※TBSは『ジ～ン』をステーション・シンボルとしても使用しているのでローカル番組でも表示される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CS放送 ==&lt;br /&gt;
東経124・128度[[通信衛星|CS放送]]（[[SKY PerfecTV!]]）でニュース専門局[[TBSニュースバード]]（旧・JNNニュースバード）及び、過去のコンテンツを生かした[[TBSチャンネル]]の2つのチャンネルを放送している。2つのチャンネルは東経110度CS放送（[[e2 by スカパー!]]）では委託放送事業者である[[C-TBS]]を通じて放送され、また一部の[[ケーブルテレビ]]でも放送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 分社化 ==&lt;br /&gt;
[[2001年]]9月までは[[東京]]の[[キー局]]では唯一の[[ラジオ]]･テレビ兼営局であったが、2001年10月にラジオ事業を子会社「[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]」（通称、TBS R&amp;amp;C）に分割して、東京放送自体はテレビ単営局となった。コールサインの「[[JOKR]]」はTBS R&amp;amp;Cが継承し、東京放送は新たにテレビに交付された「JORX-TV」のコールサインを使用する事になった。呼出名称もTBS R&amp;amp;Cが「てぃーびーえすらじお」、東京放送が「TBSテレビジョン」にそれぞれ変更された。（それまではテレビ・ラジオ共に「TBS」「とうきょうほうそう」）2004年10月に本体から分割していた「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」のテレビ番組制作3社を再統合し、また送信部門を除くテレビの現業部門全般を「業務委託」というかたちで移管する目的でテレビジョン放送の事業会社'''[[TBSテレビ|株式会社TBSテレビ]]'''を設立、実質的にテレビ放送事業も分社化した。株式会社東京放送は、テレビジョン放送の免許を保有する放送事業者ではあるものの、事業[[持株会社]]として'''TBSグループの統括会社'''の位置付けとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]10月1日付けで、全従業員の約8割にあたる約820人（報道記者やアナウンサーも含まれている）が子会社の[[TBSテレビ]]へ出向となった。2005年度以後、本社での採用は行われず入社の従業員は子会社への採用となったが、これには労働組合やTBSのOBからの反発が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 分社化に伴うアナウンス放送 ====&lt;br /&gt;
[[2001年]][[10月1日]]にラ・テ併設から分社化され、当社がテレビ放送専業となりコールサインも変更されたことに伴い、[[9月30日]]の23時59分から10月1日の0時にまたぐ時間帯に、[[木村郁美]]が出演してコールサインの変更を知らせる告知放送を行った（ラジオでも同様に行われた。[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ#完全分社化に伴う告知放送|TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 制作部門 ===&lt;br /&gt;
2000年より制作部門が分社化し、番組制作は''「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」''が行っていたが、2004年10月より「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」のテレビ番組制作3社を統合・再合併し、テレビ事業全般を行う子会社「'''[[TBSテレビ|株式会社TBSテレビ]]'''」を発足させた。東京放送からの業務委託というかたちで制作以外にも編成・営業・事業・報道・技術・美術などテレビ現業業務も行い、実質テレビ送信・経理以外のテレビ放送事業も本体から切り離した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これにより、「テレビはTBSテレビ」「ラジオはTBS R&amp;amp;C」と放送業務の殆どを子会社行うことによって、TBS本体は実質的に持株会社としてTBSグループ各社を統括する立場となっている。なお、株式会社東京放送は、今後も[[著作権]]、テレビジョン放送[[免許]]人、およびテレビジョン放送の[[送信]]業務、[[営業指揮権]]、[[主編成権]]などは引き続き保持する。その為、TBSテレビ制作の番組のクレジットテロップも「制作：TBSテレビ、製作著作：TBS」という表記となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、アメリカの[[三大ネットワーク]]ではTBSと同様に本体会社と制作部門が別会社になっている場合が多く&amp;lt;ref&amp;gt;例：TBSと業務提携している[[CBS]]は自社制作番組をCBS PRODUCTIONS,INC.やCBS STUDIOS,INC.などの系列会社が制作を行っている。&amp;lt;/ref&amp;gt;、TBSが海外テレビ局の標準的な制作・運営手法を一部取り入れたと考えることも出来る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 資産 ==&lt;br /&gt;
*TBSはこれまで培った放送での技術・コンテンツだけではなく、優良な資産を多数抱えている。中でも不動産においては、本社のある[[東京都]][[港区_(東京都)|港区]][[赤坂_(東京都)|赤坂]]の超一等地を始め、[[横浜市]][[青葉区_(横浜市)|青葉区]]の[[緑山スタジオ・シティ]]など、広大かつ超高値の土地を保有している。赤坂では後述のように再開発を進めており、完成後はオフィスビル・高級賃貸マンション・劇場などによる不動産経営も行なう事になっている。プロ野球[[横浜ベイスターズ]]のオーナー企業でもあり、また半導体製造機器メーカー[[東京エレクトロン]]の創業時に出資、現在も同社の筆頭株主でもある。これらを含めたTBSの保有株式も貴重な存在である。こうした一連の資産の総額は時価にすると膨大な金額に達する。だが[[宅地建物取引主任者]]資格保持者の数が足りないことから、不動産の活用にはいまだにいたっていない。&lt;br /&gt;
*こうした国内屈指の資産を持つ優良企業である反面、後述のように安定株主がいないという現状もあり、「買収されやすい」「お買い得である」と日々言われていた。&lt;br /&gt;
*本社機能が新社屋（ビッグハット）に移転した後も、旧社屋は「赤坂メディアビル」として機能してきた。また周辺部には[[ライブハウス]]「[[赤坂BLITZ]]」や[[劇団四季]]の[[ミュージカル]]専用劇場「[[赤坂ミュージカル劇場]]」（劇団四季が専用の[[JR東日本アートセンター四季劇場［春］]]、[[JR東日本アートセンター四季劇場［秋］|［秋］]]に移転後、多目的ホール[[赤坂ACTシアター]]として改装オープン）もあった。しかし、「TBS赤坂五丁目再開発計画」に伴い、旧社屋やBLITZ、ACTシアターは取り壊され、2007年には超高層オフィスビル『[[赤坂Bizタワー]]』や賃貸マンション、劇場『[[赤坂ACTシアター|（新）赤坂ACTシアター]]』・ライブハウス『[[赤坂BLITZ|（新）赤坂BLITZ]]』がある文化施設棟が完成する予定である。&amp;lt;br&amp;gt;なお「日本最大のライブハウス」としてオープンし、閉館が惜しまれた（旧）赤坂BLITZは、2004年12月[[横浜市]][[みなとみらい]]地区に移転し、最大1700人を収容し日本のライブハウスで初めてサラウンド音響システムを導入したライブハウス「[[横浜BLITZ]]」として新たにオープンした。なお、横浜BLITZは『（新）赤坂BLITZ』がオープン後も運営を継続し、2つのBLITZは共存予定である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== TBS株をめぐる動き ==&lt;br /&gt;
=== 主な株主 ===&lt;br /&gt;
:''[[2007年]][[3月31日]]現在''&lt;br /&gt;
#楽天メディア・インベストメント株式会社 (15.71%)&lt;br /&gt;
#株式会社[[イーエム・プランニング]] (9.91%)&lt;br /&gt;
#日本マスタートラスト信託銀行株式会社（退職給付信託口・株式会社[[電通]]口） (4.89%)&lt;br /&gt;
#[[日本マスタートラスト信託銀行]]株式会社（信託口） (4.73%)&lt;br /&gt;
#[[日本生命保険]]相互会社 (4.11%)&lt;br /&gt;
#[[資産管理サービス信託銀行]]株式会社（金銭信託課税口） (3.34%)&lt;br /&gt;
#株式会社[[三井住友銀行]] (3.01%)&lt;br /&gt;
#株式会社[[毎日放送]] (2.81%)&lt;br /&gt;
#[[三井物産]]株式会社 (2.25%)&lt;br /&gt;
#[[日本トラスティ・サービス信託銀行]]株式会社（信託口） (2.08%)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新聞社との関係 ===&lt;br /&gt;
TBSは元々競願4社を統合して設立された会社で、内3社が新聞社をバックに設立された会社-毎日新聞系の「ラジオ日本」、読売新聞系の「読売放送」、朝日新聞系の「朝日放送」であった（注:この「ラジオ日本」は現在の[[アール・エフ・ラジオ日本]]とは全くの別会社である。なお「朝日放送」と大阪・[[朝日放送|朝日放送(ABC)]]も別会社であるが、元々は同じ企画で生まれた会社である）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開局当時、ラジオ東京のスタジオは東京・有楽町の毎日新聞と同じビルに置かれ、人事面でも毎日色が強かったがこれは上記各社の内「ラジオ日本」だけが開局準備を進めていたことによるものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、ラジオ東京＝TBSはこれら新聞各社とは一線を画し、徐々に新聞支配からの脱却を図っていった。ラジオニュースは開局当初より読売・朝日・毎日の順番で一日交替制による『三社ニュース』として放送しており、編集権は一切新聞社が掌握していた。このため、出稿社が異なる度、同じ題材を扱うニュースの内容に齟齬が生じる結果となり、ニュース編集方針に一貫性を欠くきらいがあった。1955年9月の[[砂川闘争]]の取材よりラジオ東京独自の取材による内容をニュースとして放送することが認められ、以降臨時ニュースを中心に独自取材のニュースも放送されるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テレビニュースは自社製作ながら、月～土曜日の夜に『[[読売・朝日・毎日3社ニュース|三社ニュース]]』の枠が設けられ、読売・朝日・毎日各社の記者が出演して放送された。後にテレビ版『三社ニュース』は各社製作のニュース映画に替わり放送時間も夕方に変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1959年JNNが結成される際は、地方局の殆どが地元新聞社と深い繋がりがあったため、ラジオ東京は特定の新聞色を出さない条件でニュースネットワークへの参加を地方局に呼びかけた。このため同じ新聞3社が出資していながら読売色の強かった日本テレビに対して、ラジオ東京は全国ネットワークの形成で優位に立った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1961年、創立以来均衡を保った新聞各社出身の常勤役員は毎日出身者のみとなったが、却ってこれら毎日出身役員を中心に自主性が強まり、寧ろ新聞色の薄い局と呼ばれるようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1963年、TBSは新聞3社とラジオニュースに関する覚書を交わし、同年4月より海外ニュースを共同通信社経由に切り替え、一部TBS自主取材のニュースを新聞社提供ニュースに挿入できる事になり、編成権の自主権を一部確保した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1973年12月20日、読売・朝日・毎日の各首脳が覚書を交わし、読売と朝日が持つTBS株式は毎日へ譲渡されることとなり、翌1974年2月に実施される。このため4月からテレビ『三社ニュース』枠は『[[毎日新聞ニュース]]』だけになるが、ラジオの定時ニュースタイトルは「TBSニュース」に変更。完全に編成権はTBS側に移った。5月30日毎日新聞社とTBSは両社社長連名で相互の協力関係と独自性の尊重をうたった覚書を締結。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1975年10月、テレビ開局以来の『毎日新聞ニュース』が打ち切られ、代わりに毎日新聞協力の『[[テレポート6|テレポートTBS6]]』がスタート。1977年、毎日新聞は経営危機の克服のためTBS株式の大部分を放出。また逆に毎日新聞新社設立時にはTBSが出資する事となり、完全に両社の立場は対等となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1978年、ラジオのプロ野球中継で、讀賣ジャイアンツ主催試合を中継するため放送権を持つ読売新聞社と交渉に入り、10月読売新聞協力の報道・情報番組を放送する事で1979年以降のジャイアンツ主催試合の放送権を確保。4年振りにラジオでの『[[読売新聞ニュース]]』が復活したが、1992年テレビでの[[佐川急便]]事件報道で読売新聞社と係争関係になり、ラジオナイターの独占中継権も覆ったため、1993年『読売新聞ニュース』の放送を中止し現在に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような歴史から、TBSは在京キー局で唯一新聞社との関係が薄く、安定株主が存在せず買収されやすいと言われていて、2005年2月の[[ライブドア]]による[[ニッポン放送の経営権問題|ニッポン放送株取得]]を受け日興プリンシパル・インベストメンツに[[新株予約権]]を割り当てるポイズンピルや第三者割当増資を行うなどの防衛策を実施したが、同年10月の[[楽天]]による株式の大量取得を防ぐことはできなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 最近の動き ===&lt;br /&gt;
*2002年より[[プロ野球]][[横浜ベイスターズ]]のオーナー企業となったが、後述のように[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]のオーナー企業である楽天がTBS株の取得を進めているため、[[野球協約]]の規定により球団を手放す可能性がある。現在は[[USEN]]などが球団買収に食指を動かしている。&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
*[[2005年]][[10月13日]]、[[電子商店街|ネット関連事業]]大手の[[楽天]]が系列会社の楽天メディア・インベストメント等を通し、TBSの全発行済み株式の15.46%を取得した旨株式大量保有報告書を[[財務局|関東財務局]]に提出するともにその事実を発表した。&amp;lt;!--楽天はTBSに対し共同[[持株会社]]によるTBSグループと楽天グループの経営統合を提案している（{{N|楽天がTBSに経営統合申し入れ}}）。なお、楽天側は「当社は[[ファンド]]ではない、あくまでも戦略的な投資」である事を強調している。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*（[[2005年]][[10月26日]]、楽天はさらにTBSの普通株式を買い増し、19.09%の株式を保有している旨を関東財務局に報告・発表した。）&lt;br /&gt;
*[[2005年]][[10月14日]]、[[村上世彰]]が代表を務める[[M&amp;amp;Aコンサルティング|M&amp;amp;Aコンサルティング（いわゆる「村上ファンド」）]]が系列会社の[[MACアセットマネジメント]]を通しTBSの全発行済み株式の7.45%を取得している事が、関東財務局に提出された株式大量保有報告書にて明らかになった。&amp;lt;!--村上ファンド側はTBS経営陣に対し株式非公開化を含むMBO（現経営陣による自企業買収）を提案したと見られる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*TBSは安定株主対策として毎日放送や電通に第三者割当増資を行った他、系列局に対しても株式の取得を要請した。&lt;br /&gt;
*[[2005年]][[11月30日]]、TBSと楽天は、&lt;br /&gt;
**「放送とインターネットの連携」協議・検討する「業務提携委員会」の設置。&lt;br /&gt;
**楽天は経営統合の提案をいったん取り下げる。&lt;br /&gt;
**協議期間中、楽天はTBS株式の保有比率を10％未満まで低下させる。これを超える保有TBS株式については[[みずほ信託銀行]]に信託する。（信託分のTBS株式の議決権は同銀行に移行する）&lt;br /&gt;
**楽天のTBSに対する最終的な出資比率等については、両者で協議する。&lt;br /&gt;
**協議期間については[[2006年]][[3月31日]]までとし、延長できるものとする。&lt;br /&gt;
**以上を要旨とした覚書を取り交わし、両社は敵対的状態から和解した。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[8月24日]]、TBSは自社およびJNN/TBS系列各局の財政基盤を強固にする事を目的として「放送持株会社」を新設し、TBSと一部系列地方局をその傘下に置く持株会社制への移行を検討していることが分かった、早ければ[[2007年]][[秋]]にも実現したい考えである。　「放送持株会社」について総務省は同一企業による株式保有比率を20％未満とするよう制限がかけられる見通しで、移行が実現すればTBSは強力な買収防衛策を備える。&lt;br /&gt;
*2006年[[12月1日]]、[[ABCマート]]の三木正浩会長が経営するイーエム・プランニングが、TBS株5.05%を取得し、楽天に次ぐ第2位の株主となったことが判明した。&lt;br /&gt;
*2006年[[12月27日]]、イーエム・プランニングの持ち株比率が7.76%に増加。（同日、関東財務局に提出された大量保有報告書の報道による）&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[6月18日]]、ABCマートの三木正浩会長が経営するイーエム・プランニングが、TBS株の6%強を売却し、株式保有率が3.35%に低下していたことが判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== TBSの不祥事・事件 ==&lt;br /&gt;
[[報道被害]]や[[偏向報道]]、[[虚偽報道]]などを防ぐために、役員・従業員が守るべき行動基準として[http://www.tbs.co.jp/company/koudou_top.html TBSグループ行動憲章]が定められている。しかし、TBSの起こした不祥事の件数は他の民放[[キー局]]と比較して群を抜いて多く、とくに2000年以降は行政処分が下されるような重大な不祥事や、類似した不祥事をたびたび引き起こしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同局は『[[8時だョ!全員集合]]』から続く『[[風雲!たけし城]]』や『[[SASUKE]]』など大規模なセットを駆使した番組を得意としているが、事故がつき物にも関わらず関係機関への通報の遅れや事故の再発が目立っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不祥事の発表や謝罪についても重大事件の最中や株主総会の後に行うことがあり視聴者やマスコミからの非難を避けようとする意図があるのではないかと見る向きがある。また、同局の謝罪には当事者意識が欠如していて誠意が無いとする批判もある。場合によってはまったく発表されないこともある。またオウム問題事件の発覚後、特に顕著に続き、[[ウルトラマン]]シリーズの主演俳優暴行事件等による降板問題による放映打ち切り、[[まんが日本昔話]]の期間限定後の打ち切りなど、視聴者である日本全国津々浦々のちびっ子達にトラウマを植えつけるなど偏向報道批判に対する視聴者への報復行為とも取れる事態が続き、一部2ちゃんねるなどのネット界、雑誌等で嫌がられ批判が相次いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[プロ野球]]においては[[横浜ベイスターズ]]の筆頭株主であるが、セリーグを贔屓しているといったことや、横浜ベイスターズや[[読売ジャイアンツ]]に肩入れしすぎといった内容の批判がある。[[ボクシング]]の亀田父子に対しても擁護や応援など、亀田家を増長させるような報道・実況に終始していると批判されている（後述）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--「政治部の力が強くなるとともに体制擁護化し、沖縄国際大学へ米軍ヘリが墜落した事故を報道しないなど在沖米軍の事故事件にたいする報道は、他の民放キー局より極端に少ない。」この件コメントアウト。触れられている事件については系列局の琉球放送が他社同様に取材し、JNNニュースでも幾度となく報道されている。「報道しない」という表現は事実誤認にあたる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== TBSビデオ問題 ===&lt;br /&gt;
{{main|TBSビデオ問題}}&lt;br /&gt;
TBSビデオ問題とは、TBSワイドショー番組のスタッフが、[[坂本堤]]弁護士が[[オウム真理教]]（現アーレフ）を批判している映像をその放送直前である1989年10月26日にオウム真理教幹部に見せ、直後に起きた[[坂本堤弁護士一家殺害事件]]の発端を作った事件である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[1995年]][[10月]]にTBSビデオ問題が[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]により初めて報道された。TBSは当初から一貫してその報道内容を否定していたが、[[1996年]][[3月25日]]に当時のTBS社長・[[磯崎洋三]]がビデオを見せたことを公式に認め謝罪した。TBSがこの半年余り疑惑の渦中にいる間、[[筑紫哲也]]は自身の番組『[[筑紫哲也 NEWS23]]』においてTBSの姿勢に疑問を示していたが、社長自らが過ちを認めた3月25日の放送において筑紫は「'''視聴者との信頼関係という点においてTBSは死んだに等しい'''」と発言し、各方面に大きな波紋を広げた。このことは[http://www.tbs.co.jp/news23/onair/taji/solist.html 『NEWS23』公式サイト「多事争論」の1995年～1996年辺り]に記されているが、地下鉄サリン事件以前のオウムを擁護した筑紫の発言は削除されている。&lt;br /&gt;
*TBSはこの問題の責任を取るとして[[ワイドショー]]を全廃した。またテレビ、ラジオ放送の両方で、[[1996年]][[4月30日]]19時から4時間近く『視聴者（聴取者）のみなさまへ』というタイトルの検証・謝罪番組を放送した。&lt;br /&gt;
*担当スタッフの処分公表後の1週間(1996年5月20日～24日)、『[[筑紫哲也 NEWS23|NEWS23]]』第1部終了(23:50)以後の深夜放送を休止した。この間、NEWS23第2部をネットしている放送局は『[[ドキュメントD・D]]』などを代替番組として放送し、『NEWS23』第2部をネットしていない放送局は通常の編成で放送した。ラジオの深夜放送は通常通り行われた。尚、この時もTBSテレビのみだが1996年5月20日23時50分から5分間特別番組『視聴者のみなさまへ』を放送した。また1996年夏に開かれたTBS放送番組審議会での提言の履行とTBSビデオ問題の改善措置として、1997年1月から自己検証番組・自己批評番組『[[TBSレビュー]]』の関東地区での報道が開始された。&lt;br /&gt;
*しかし1995年5月7日および14日の『[[報道特集]]』の放送で、オウム真理教関連事件の報道中に[[麻原彰晃]]の顔などを無関係な場面で頻繁に挿入する、いわゆる[[サブリミナル効果|サブリミナル]]手法を用いたために非難が集中した。TBSは「サブリミナル手法は番組テーマを際立たせる手法として用いただけ」と釈明したが、旧郵政省が厳重注意を行い、結局TBSは「視聴者が感知できない映像使用はアンフェアであった」と謝罪した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2000年以降の主な事件・不祥事 ===&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
*[[2001年]][[10月16日]]、『[[うたばん]]』の収録中、アイドルグループ「[[モーニング娘。]]」の[[紺野あさ美]]（現在は卒業）が、スタジオ内の深さ90cmの溝に転落する事故が発生。右ひざ上に合計12針を縫う怪我を負った。TBS側は謝罪したものの、デビューを目前に控えていた紺野は出演予定のコンサートやテレビ番組のキャンセルを余儀無くされた。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www15.ocn.ne.jp/~rousai/ 芸能関連労災問題連絡会の芸能関係労災事故例を参照]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2002年]][[5月5日]]、[[緑山スタジオ]]での『[[筋肉番付]]』収録中、[[京都大学]]1年の男性中国人留学生と[[東海大学]]3年の男子学生（いずれも当時）が、競技中に頚椎などを損傷する重傷、更に1人が頚椎捻挫を起こす事故が発生。[[5月24日]]、TBSは『筋肉番付』の打ち切りを決定し、後に同番組は終了した&amp;lt;ref&amp;gt;TBS総務局広報部 『[http://www.tbs.co.jp/pressreleases/20020513.html 「筋肉番付」について]』 東京放送、2002年5月13日。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2002年[[7月]]中旬～[[8月]]上旬、[[神栖市|神栖町]]における[[ヒ素]]汚染問題において、TBSが「旧[[日本軍]]の[[毒ガス]]兵器の仕業」といった[[捏造報道]]を各[[報道番組]]で流していたことが発覚した。&lt;br /&gt;
*[[2003年]][[3月29日]]、[[塩川和則]]メディア推進局副理事（当時）が[[東京国税局]]より9千数百万円の申告漏れを指摘され、内7000万円は不正な所得隠しであると認定された。これは取締役として属していた子会社の[[TBSテレビ|TBSエンタテインメント]]（当時）から番組制作費を下請けプロダクションへ水増し発注し、水増し分をキックバックさせて得ていたものとされる。塩川は不正を認めなかったが、TBSは「会社の信用を傷つけた」として諭旨解雇処分とした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2003-3-29&lt;br /&gt;
| url = http://www.janjan.jp/media/0303282479/1.php?action=tree&lt;br /&gt;
| title =TBSの脱税副理事、イラク開戦の日に発表&lt;br /&gt;
| publisher = [[JANJAN]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2003年[[11月2日]]放送の『[[サンデーモーニング]]』で、[[石原慎太郎]][[東京都]][[知事]]の「私は日韓合併の歴史を100%正当化する'''つもりはない'''」という発言を、[[スーパー (映像編集)|テロップ]]で「100%正当化する'''つもりだ'''」と改変して報道。石原知事はこれを[[捏造]]と反論し、後にTBS側が誤りを認めこれを訂正、関係者4名が[[書類送検]]された。なお石原知事は[[名誉毀損]]の罪でTBSを[[訴訟|刑事告発]]したが、[[東京地方検察庁|東京地検]]は「TBSに故意なし」として不起訴処分とした。これを受けて石原知事は[[民事訴訟]]に切り替えたが、後に両者は和解した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2003-6-23&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_06/g2006062311.html&lt;br /&gt;
| title =「おわびもできず…」TBS、石原知事とやっと和解&lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[3月5日]]放送の報道特別番組『告白～私がサリンを撒きました～オウム10年目の真実』で、インタビューに出演した男性に、伝聞に基づく情報を実際に目撃したかのように証言させたとする[[やらせ]]疑惑が発覚した。TBSは誤解をまねく不適切な表現があったと謝罪したが、やらせについては否定した&amp;lt;ref&amp;gt;TBS総務局広報部 &lt;br /&gt;
『[http://www.tbs.co.jp/pressreleases/20040424.html 週刊誌「FLASH」の記事について]』 東京放送、2004年4月24日。&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;TBS総務局広報部 「[http://www.tbs.co.jp/pressreleases/20040430.html 04年4月、井上社長定例記者会見の概要について]」 東京放送、2004年4月30日。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2004年[[7月26日]]、ニュース番組で、[[代理母出産]]を行った[[タレント]]の[[向井亜紀]]の講演での発言について、「生みの親」を批判する印象を抱かせるように報道したため、視聴者から向井側へ非難がよせられた。これに対し向井側は発言の一部のみを切り取って放送するTBSの手法を非難して抗議した。のちにTBSは誤りを認め向井側へ謝罪した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2004-7-30&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2004_07/g2004073001.html&lt;br /&gt;
| title =またやったTBSお粗末VTR…向井亜紀激怒&lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[2005年]][[5月11日]]、公式サイトに掲載されていたコラム「ダッグアウト」にて、[[毎日新聞社|毎日]]・[[朝日新聞社|朝日]]・[[読売新聞社|読売]]の各新聞社からの記事盗用が発覚した。1本のコラムに複数の記事から盗用していた例もあり、盗用された記事は計39件にも及んだ。TBSは当初「外部のフリーライターがやったこと」と発表していたが、のちに当時の編成制作本部スポーツ局担当部長が行い、フリーライターがやったように見せかける偽装工作である事が判明し、同部長は解雇された。また、その後の社内調査でこれとは別に3件の盗用があることが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2005-5-13&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_05/g2005051307.html&lt;br /&gt;
| title =TBS記事盗用、35本に…コラム開始早々からだった &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2005-6-30&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_06/g2005063005.html&lt;br /&gt;
| title =TBS新たに盗用発覚…ドラマの解説文を外部HPから &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[5月6日]]放送の健康情報番組『[[ぴーかんバディ!]]』で紹介された白インゲン豆を使った[[ダイエット]]法を行った視聴者から、激しい[[嘔吐]]や[[下痢]]の症状を訴える苦情が30数件あったことが判明した。TBSは番組内やニュース番組、ウェブサイトなどで「豆は生で食べるとお腹をこわす恐れがある」などとテロップで注意喚起を行い、取締役2人を減俸、制作局長を2〜3日間の出勤停止とする処分を行った。この問題について[[総務省]]はTBSに対し、総務大臣名での[[行政指導]]の処分を下した。これは行政指導としては最も重い処分であり、同様の問題を引き起こせば電波停止（これまでに例が無い「免許剥奪」となる可能性も否定できない）もあり得るとした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2006-6-28&lt;br /&gt;
| url = http://www.j-cast.com/2006/06/28001931.html&lt;br /&gt;
| title =白インゲンダイエット 本当は効果なし?&lt;br /&gt;
| publisher = [[J-CAST]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**なお免許剥奪については、放送局の経営面への影響が大きく、[[言論の自由]]・[[表現の自由]]にも関係するため、日本で2007年7月以前に行われた例は無いが&amp;lt;ref&amp;gt;開局した後、資金難などの理由により廃局となった放送局は存在する。[[過去日本に存在した放送局]]を参照。&amp;lt;/ref&amp;gt;、1993年に発生した[[椿事件]]での[[テレビ朝日]]、2007年に発生した『[[あるある大辞典]]』捏造問題での[[関西テレビ放送]]に対しては、実際に免許剥奪を視野に入れた検討が行われた。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[6月29日]]放送の『[[筑紫哲也 NEWS23|NEWS23]]』で、[[小泉純一郎|小泉首相]](当時)の[[靖国神社|靖国参拝]]について、米国[[共和党]]の[[ヘンリー・ハイド]][[下院]]国際関係委員長の「'''行くべきでないと強く感じているわけではない'''」という発言を、字幕テロップで「'''行くべきではないと強く思っている'''」と改変して報道した。のちに字幕に正確ではない表現があったと釈明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2006-7-8&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_07/g2006070801.html&lt;br /&gt;
| title =TBSがまた“超訳”小泉の靖国参拝のコメントで &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2006年]][[7月14日]]、[[ウィキペディア]]の[[wiki:茂原岳人|茂原岳人]]の記事において、TBSに割り当てられている[[IPアドレス]]のIP202.33.68.223が「レイプ癖は今後も健在の見込み。」と投稿していたことが発覚した。また、TBSばかりではなく、[[小西規勝]]は[[NHK]]からの荒らし編集を行っている可能性がある。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[7月21日]]放送の『[[JNNイブニング・ニュース|イブニング・ニュース]]』での旧[[日本軍]][[731部隊]]の特集において、VTRに[[安倍晋三]]（当時は[[内閣官房長官|官房長官]]）の写真入り小道具が映り、「ゲリラ活動?」というテロップがそれに重なるなど、安部のイメージダウンを狙った印象操作とも取れる放送があった。TBSは誤解を招いたとして謝罪したが、放送自体は意図的なものではないと釈明した。→「[[JNNイブニング・ニュース#疑惑を持たれた報道|JNNイブニング・ニュース]]」の項目を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]8月、[[緑山スタジオ]]での『[[KUNOICHI]]』の収録中に参加者が感電し病院で手当てを受ける事故が発生したが、TBSは[[神奈川県警察|県警]]や消防への通報及び事故の公表を行わなかったことが判明した。また、事故の際他の参加者への事故の説明を一切行っていなかった。TBSは安全確認の徹底に努めるとして謝罪した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2006-9-13&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_09/g2006091301.html&lt;br /&gt;
| title =またTBS…今度は収録中の感電事故を通報せず &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2006年[[12月15日]]放送の『[[はなまるマーケット]]』で紹介された[[湯|熱湯]]を使った[[便器]]清掃法を行った視聴者から、「試したら便器にひびが入った」との苦情が寄せられていたことが判明した。同様の問い合わせがあった日本衛生設備機器工業会からの指摘で、番組と公式サイトで同清掃法による便器破損についての注意喚起を行った&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2006-12-20&lt;br /&gt;
| url = http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/television/32205/&lt;br /&gt;
| title =「はなまるマーケット」に苦情…便器清掃法実践→ひびが入った&lt;br /&gt;
| publisher = [[産経新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月6日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[2月3日]]放送の『[[人間!これでいいのだ]]』において、[[千葉工業大学]]情報科学部教授（当時）らの研究論文を無断使用していたことが判明した。TBSは無断使用や不適切な表現について謝罪したが、[[捏造]]や[[やらせ]]は否定した。→「[[人間!これでいいのだ#論文無断使用問題|人間!これでいいのだ]]」の項目を参照。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[2月11日]]放送の[[サンデージャポン]]で、[[柳澤伯夫]][[厚生労働大臣]]の国会での別個の質問に対する答弁を、一つの質問に対する答弁を行っているように編集して放送した。後にTBSは不適切な編集だったとして謝罪した&amp;lt;ref&amp;gt;TBS総務局　広報IRセンター 『[http://www.tbs.co.jp/company/newsrelease/20070214.html 「サンデー・ジャポン」　柳沢厚生労働大臣に対する質疑に関して不適切な編集処理]』 東京放送、2007年2月14日。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2007年[[2月26日]]、[[日曜劇場]]『[[華麗なる一族 (テレビドラマ 2007年)|華麗なる一族]]』2/25放送分で小道具として使われた架空の新聞、「西日新聞」（実在する[[福岡県]]の[[ブロック紙]]・[[西日本新聞]]とは無関係）に『[[公明党]]も「非武装中立」』という実在の[[政党]]名を利用した見出しがあった。完全な[[やらせ]]行為であるが、TBSは一切、謝罪していない。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hikoma.blog89.fc2.com/blog-entry-60.html 詳細が記された場所]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2007年[[3月3日]]、[[緑山スタジオ]]での『新[[SASUKE]]2007』の収録中、お笑いコンビ[[ブラックマヨネーズ]]の[[小杉竜一]]が左肩を脱臼する事故が発生した。横浜市・青葉消防署に通報し緊急搬送されたが、事故の公表も警察への通報も行わなかったことが判明した。放送では小杉の競技の模様はオンエアーされたが、脱臼に関する部分は一切カットされていた。その後、小杉を含む計5人が負傷し、内1人は足を複雑骨折して全治6ヶ月の重傷で入院していることが判明した。TBS側は｢けがは通常起こりうる範疇のもの｣と釈明した。また、一連の事故に対するマスコミのTBS批判に対し、井上社長は定例記者会見で「不当なバッシング」と述べた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-4-2&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_04/g2007040203.html&lt;br /&gt;
| title =TBSまた事故隠し…ブラックマヨネーズ、収録中ケガ &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-5-3&lt;br /&gt;
| url = http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070503/sng070503004.htm&lt;br /&gt;
| title =【コラム・変】不当なバッシング！？&lt;br /&gt;
| publisher = [[産経新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2007年[[3月12日]]、『[[HERO'S]]』の選手紹介VTRで、[[2ちゃんねる]]によく似た[[電子掲示板|インターネット掲示板]]を取り上げ、[[桜庭和志]]を非難する投稿があったと放送した。しかし、この掲示板は実際には存在せず、既存の掲示板をまねて担当ディレクターが自ら作成したものであることを認めた。しかし内容（桜庭への批判）についての捏造については否定した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-3-13&lt;br /&gt;
| url = http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/13/news080.html&lt;br /&gt;
| title =“2ちゃんねるそっくり”掲示板放映　TBS「担当者が作成」&lt;br /&gt;
| publisher = [[ITmedia]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2007年[[3月28日]]、[[1月22日]]に放送された『[[みのもんたの朝ズバッ!]]』において、[[不二家]]の[[不二家#期限切れ原材料使用問題|期限切れ原材料使用問題]]に関する一連の報道の中で、根拠の無い情報で不二家を批判していたことが発覚した。のちにTBSは情報の正確性については誤りを認め謝罪したが、やらせや捏造については否定した。尚『[[みのもんたの朝ズバッ!]]』はこの他にも物議を醸した発言や事件が頻出しており、問題視されている。{{main|TBS不二家捏造報道問題}}&lt;br /&gt;
*2007年[[4月25日]]、『第二週刊アサ（秘）ジャーナル』で、[[全地形対応車|バギー]]によるタイムトライアルの収録中に、出演者の[[江口ともみ]]が転倒する事故が発生し、腎臓を損傷し手術で摘出するという重症を負った。TBSは謝罪したが、後に収録はバギーを管理する[[那須バギーパーク]]の安全に対する警告がありながら強行されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-4-26&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_04/g2007042603.html&lt;br /&gt;
| title =TBSまた事故！江口ともみ重傷、夫のつまみ枝豆は… &lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;永本悦巳 「[http://www.nasu-buggy.com/press_070502.htm プレスリリース『テレビ番組収録中の事故について』]」 那須バギーパーク、2007年4月29日。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]後半から[[2007年]]初頭にかけ、『[[サンデージャポン]]』で放映された時事ニュースに関する秋葉原での街頭インタビューで、少なくとも4件（[[Microsoft Windows Vista]]発売、[[ホワイトカラーエグゼンプション]]問題、[[メイド喫茶]]従業員が暴漢に襲われた事件、[[ハロプロ]]未成年メンバーの喫煙による解雇）において、全て同一の人物がインタビューを受けていたことが判明した。後に番組関係者からこの人物への出演依頼とインタビューの回答内容の指示が明らかになった。TBSは演出の範囲内だと考えているが視聴者に誤解を与えかねないものだったと釈明した。詳細は「[[サンデージャポン#問題になった放送内容|サンデージャポン]]」の項目を参照のこと。&lt;br /&gt;
*2007年[[4月19日]]、2002年の『スポーツマンNo.1決定戦　芸能人サバイバルバトル』の収録において、俳優の[[金子昇]]が手首を骨折する怪我を負っていたことが判明した。『[[KUNOICHI]]』『[[SASUKE]]』の事故と同様に事故の公表や警察への通報を行っていなかった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-4-19&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_04/g2007041915.html&lt;br /&gt;
| title =TBSの番組で俳優、金子昇が骨折…5年前の収録で&lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2007年[[6月6日]]、関東アマチュア選手権ゴルフ大会へ出場するアマチュアゴルフ選手[[石川遼]]を巡って、大会前に『[[ピンポン!]]』関係者による同伴競技者などへ[[盗聴]]依頼を行っていたことが発覚。また、大会が行われた5日には『[[イブニング・ファイブ]]』による無許可でのコース上空の[[ヘリコプター]]による飛行を行ったことが判明。TBSはいずれについても謝罪したが、その後の不誠実な対応に関東ゴルフ連盟は法的措置も検討していると明らかにした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-6-6&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_06/g2007060612.html&lt;br /&gt;
| title =盗聴に盗撮…ハニカミ襲ったTBSストーカー取材&lt;br /&gt;
| publisher = [[ZAKZAK]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-6-7&lt;br /&gt;
| url = http://www.j-cast.com/2007/06/07008252.html&lt;br /&gt;
| title =TBS「盗聴」「無断ヘリ」　井上社長の「他人事謝罪」&lt;br /&gt;
| publisher = [[J-CAST]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。→盗聴依頼については「[[ピンポン!#不祥事|ピンポン!]]」の項目を参照。ヘリコプターの無許可飛行については「[[イブニング・ファイブ#問題になった放送内容|イブニング・ファイブ]]」の項目を参照。&lt;br /&gt;
*2007年[[9月17日]]、同日の9月17日に放送された「[[ピンポン!]]」での「どうなる年金Q&amp;amp;A」内で、[[舛添要一]][[厚生労働大臣]]に対し一方的に批判をし著しい不利益を被ったとして、同大臣が「公平な放送を明記した放送法に違反する行為で見過ごせない」とし、TBS側に対し文書で抗議し謝罪を要求した上で[[放送と人権等権利に関する委員会]]に申し立てを行う方針を示した。また、同日コーナー内で「番組出演を舛添大臣に要請したが出演を拒否された」と司会者の福澤朗が発言したが、これが事実無根であることが発覚し、9月18日放送の番組内において訂正した。&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-9-18&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkansports.com/entertainment/f-et-tp0-20070918-257863.html&lt;br /&gt;
| title =舛添厚労相がTBS「ピンポン！」に抗議&lt;br /&gt;
| publisher = [[日刊スポーツ]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 9月18日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-9-19&lt;br /&gt;
| url = http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/09/19/01.html&lt;br /&gt;
| title =舛添氏“出演拒否”はTBSが偽造？&lt;br /&gt;
| publisher = [[スポーツニッポン]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 9月19日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2007年10月11日、[[内藤大助]]対[[亀田大毅]]の世界タイトルマッチで「実況、解説が不公平である」という抗議電話が相次いだ。ラジオ放送ではまったく正反対といっていい内容である（亀田の深刻な反則行為についてテレビでは「亀田、若さが出てしまいました」であったのに対しラジオの実況は「亀田、最低の試合！」と非難していた）こともあり物議をかもすことになる。結果的に、大々的に報道された亀田大毅の世界戦は敗北。その際反則を連発した大毅や反則を指示した亀田史郎・興毅父子に非難が浴びせられた。問題の根本であるにも拘らず、TBSはその後も単独独占生中継であるにもかかわらず[[マスジャーナリズム]]を例に挙げ視聴者もろともお互い様であると閉め括り、ネット界、視聴者からの批判が相次いだ。同時にTBSに対しても、[[朝日新聞]]・[[毎日新聞]]・[[産経新聞]]から[[10月16日]]朝刊において名指しで批判を受けた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-10-16&lt;br /&gt;
| url = http://news.livedoor.com/article/detail/3346935/&lt;br /&gt;
| title = 「亀田親子を増長させた」　朝日と毎日に批判されたTBS&lt;br /&gt;
| publisher = [[livedoor]] news&lt;br /&gt;
| accessdate = 10月22日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。また亀田兄弟の世界戦中継の際には、興毅・大毅ともに、番組の開始から実際に試合が開始されるまでの時間が非常に長く、視聴者からの苦情がTBSに殺到した。&lt;br /&gt;
* 2007年[[10月14日]]、その日の昼に放送された「[[アッコにおまかせ!]]」において、[[初音ミク]]特集の内容がソフト自体とは無関係な「[[おたく|オタク]]」を面白おかしく取り上げたとして、インターネット上から批判が相次いだ。なお、このコーナーの取材時には台本が用意されており、本来のソフトに関する情報や説明を行なっていたにも関わらず、その内容は全てカットされた&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-10-15&lt;br /&gt;
| url = http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/15/news008.html&lt;br /&gt;
| title = TBS「アッコにおまかせ」の初音ミク特集に批判相次ぐ&lt;br /&gt;
| publisher = [[ITmedia]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 10月22日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-10-15&lt;br /&gt;
| url = http://www.j-cast.com/2007/10/15012237.html&lt;br /&gt;
| title = TBSまた「印象操作報道」疑惑 「事前の打ち合わせと全然違う」&lt;br /&gt;
| publisher = [[J-CAST]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 10月22日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。こうした批判に対しTBSは「謝罪のコメントを出す予定はない。具体的にどの辺が問題なのか指摘してもらいたい」とコメントした&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-10-24&lt;br /&gt;
| url = http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20359336-2,00.htm&lt;br /&gt;
| title = 創業社長が明かす、仮想歌手「初音ミク」にかける想い&lt;br /&gt;
| publisher = [[CNET Japan]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 10月24日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2007年11月19日、「みのもんたの朝ズバッ!」で、[[香川・坂出3人殺害事件]]について放送中に、みのもんたが「普通電話しない?（略）警察署に行って届け出てる。普通だったらそのまま電話しないかねぇ?」「不思議だねぇ」などと、被害者の家族である男性を犯人扱いするコメントをした。&lt;br /&gt;
* 2007年[[11月30日]]、横綱[[朝青龍]]記者会見のため[[両国国技館]]近くで待機していたTBS腕章着用者の屋外喫煙が他局で生中継された。公道上か国技館敷地内かは不明だが、公道上であれば[[墨田区]]禁煙条例違反、国技館敷地内であっても国技館指定の喫煙所ではない。&lt;br /&gt;
* 2007年[[12月19日]]、ワイドショーがどんな話題を放送したか放送時間のデータの提供を「批判的な記事を書くのなら資料は出せません」 とMSN産経の取材をTBSが断ったことが明らかとなった&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-18&lt;br /&gt;
| url = http://sankei.jp.msn.com/life/trend/071218/trd0712180814000-n1.htm &lt;br /&gt;
| title = 【変】TBSの情報制限&lt;br /&gt;
| publisher = [[MSN産経ニュース]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月18日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。TBSの広報は批判的な記事になるならワイドショーだけではなく、ドラマの批判記事でも情報を出さないと通告した。またJ-CASTニュースもTBSに「週刊誌の内容をもとに質問してくるような姿勢は心外」と今後一切取材拒否されている&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-03-26&lt;br /&gt;
| url = http://www.j-cast.com/2007/03/26006401.html&lt;br /&gt;
| title = セクハラ騒動に「みの」激怒 「TBSは絶対許さない」&lt;br /&gt;
| publisher = [[J-CAST]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月18日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。TBS広報はJ-CASTニュースの取材に対し、「批判は受け止めており、『いいことだけを書いて下さい』とは申し上げておりません。書くのは自由ですが、TBSが著作権を持っており、情報や素材を出しませんという権利はあります」と説明し&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-20&lt;br /&gt;
| url = http://www.j-cast.com/2007/12/20014801.html&lt;br /&gt;
| title = 「批判記事なら協力しません」　TBSがメディアの取材拒否&lt;br /&gt;
| publisher = [[ J-CAST]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月20日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、「公正かつ透明な企業活動を行うため、社会一般が必要としている情報を適時・適切に開示する。TBSグループにとって好ましくない情報も同様に扱い、説明責任を果たすために開示する」というTBSグループ行動基準第12条を反故にした&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-20&lt;br /&gt;
| url = http://www.tbs.co.jp/company/koudou_top.html&lt;br /&gt;
| title = TBS会社情報　TBSグループ行動憲章&lt;br /&gt;
| publisher = TBS&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月20日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。TBSに早く反省してもらいたいという人も多い。&lt;br /&gt;
*2007年[[12月29日]]、タレントの[[みのもんた]]とTBSが、「[[みのもんたの朝ズバッ!]]」での発言や取材方法などをめぐり、東京都内のごみ収集業の会社員から1100万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こされていたことが明らかになった。平成19年1月11日早朝、夫を殺害したとされる被告人の事件で現場となった渋谷区のマンション前から生中継で、現場近くで家庭ゴミの収集中だった男性は取材をしようとするアナウンサーに撮影を拒んだ。みのは「映っちゃってるよ、もう十分」「手首を生ゴミと一緒に出したってことは、この収集車が集めに来てるわけ？」などと発言した。 原告側はみのの発言に「撮影を拒む原告をあざ笑った。さらに遺体の一部を運搬したかのような印象を与え、放送後、子供がいじめられるなどの被害を受けた」「名誉を傷つけられた」と主張している&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-30&lt;br /&gt;
| url = http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071230/trl0712300153001-n1.htm&lt;br /&gt;
| title = 撮影拒否に「映っちゃってるよ、もう十分」　「朝ズバッ！」みのさん訴えられる&lt;br /&gt;
| publisher = [[MSN産経ニュース]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月30日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2008年[[3月7日]]放送された『[[みのもんたの朝ズバッ!]]』での富山市における国道8号高架化事業についての報道に関し、同年[[3月11日]]富山市から意見書を提出された。意見書によると、TBSは国道沿線の18の町会のうち17町会が工事を容認しているにもかかわらず、反対している住民の意見しか報じないなど「反対者側の立場にたった一方的な報道」を行ったとしている&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-3-13&lt;br /&gt;
| url = http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20080313/10689.html&lt;br /&gt;
| title = 一方的報道とＴＢＳに意見書　高架化事業で富山市&lt;br /&gt;
| publisher = [[北国新聞社]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 3月13日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[3月28日]]、福島県[[会津若松市]]は2月16日に放送された「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!」で、[[若松城]]について「旧幕府軍が城を明け渡したとんでもない理由とは」との出題に対し「糞尿が城にたまり、その不衛生さから」を正解とし、それが理由のすべてのように放送され[[戊辰戦争]]時の若松城のイメージを損なうとして、TBSと番組制作会社に24日付で抗議文を郵送したことを公表した。番組制作会社の資料問い合わせ等により放送前に知った市と会津若松市観光公社が内容の見直しを要請していた&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-3-28&lt;br /&gt;
| url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080328-OYT1T00388.htm&lt;br /&gt;
| title = ＴＢＳ番組に会津若松激怒、鶴ヶ城開城「不衛生だから」？&lt;br /&gt;
| publisher = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 3月28日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-3-27&lt;br /&gt;
| url = http://local.election.ne.jp/kanke/5981.html&lt;br /&gt;
| title = 【 あるテレビ番組への抗議 】&lt;br /&gt;
| publisher = [[会津若松市長 菅家 一郎のブログ]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 3月27日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[3月29日]]、生放送の「[[王様のブランチ]]」に映画[[カンフーくん]]の宣伝に来ていた主演のチャン・チュワンが殺陣の最中に棒が頭に当たって約7cmを切り床や服を血で染める大出血を起こした。また放送後に行われた舞台挨拶では一切触れられなかった&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-3-27&lt;br /&gt;
| url = http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200803/sha2008033004.html&lt;br /&gt;
| title = 「王様のブランチ」生放送でカンフーくん流血、優香も大慌て&lt;br /&gt;
| publisher = [[サンケイスポーツ]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 3月30日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 同日、生放送の「[[オールスター感謝祭]]」でお笑いコンビ[[次長課長]]の[[河本準一]]が、1コーナー「大相撲赤坂場所」（体にローションを塗って相撲を取るゲーム）で、マットを被せた発泡スチロール製の土俵で胸を強打し、右胸の肋骨を骨折。全治1ヶ月の怪我をした&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-3-29&lt;br /&gt;
| url = http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080401k0000m040033000c.html&lt;br /&gt;
| title = 次長課長：河本さん、収録中に全治１カ月の骨折&lt;br /&gt;
| publisher = [[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 3月31日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2008年6月21日にTBSが放送した『[[報道特集NEXT]]』では、日朝実務者協議（6月11日から12日まで開催）を終えての担当者の帰国報告と政府関係者会議が6月13日にあり、この席上の当初において[[外務大臣|外相]][[高村正彦]]は、[[北朝鮮]]（[[朝鮮民主主義人民共和国]]）船籍の[[貨客船]]「[[万景峰号|万景峰92]]」の日本入港について全面的に解禁するよう主張した、と報じた。これに対して、外相高村は、「100％嘘であります」として否定するとともに、報道の取り消しを求めた。抗議については今後検討する、とした&amp;lt;ref&amp;gt;　&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-6-23&lt;br /&gt;
| url = http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_0806.html#8-A&lt;br /&gt;
| title = 外務大臣会見記録（6月23日付） 日朝協議に関する誤った報道について&lt;br /&gt;
| publisher = 日本国[[外務省]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 6月26日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2008年[[7月30日]]に内藤大助選手が勝利したWBCフライ級タイトルマッチの終了直後に亀田興毅選手がリングに上がったことをめぐりTBSに苦情や問い合わせの電話などが殺到した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月7日]]、詐欺容疑で逮捕され、[[大阪拘置所]]に拘留された[[小室哲哉]]容疑者に[[アッコにおまかせ!]]スタッフが取材の過程で差し入れをしていたことが判明。番組では不適切とし、同9日の番組内で謝罪。&lt;br /&gt;
:また、同日に死去した「[[NEWS23]]」初代キャスターの[[筑紫哲也]]氏の訃報のニュースにて同番組の3月28日放送分の映像の一部が使用されていたが、映像中に（TBSの）ウォーターマークがそのまま表示されていたため、系列局（[[毎日放送]]や[[山陽放送]]など）ではTBSと系列局のウォーターマークが重なってしまうというハプニングが発生した。&amp;lt;ref&amp;gt;ただし、TBS以外の[[JNN]]系列局でなおかつ地上デジタル放送にのみ起こった現象のため、TBSやアナログ放送では何も起こらなかった&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2008年[[12月12日]]放送の[[ピンポン!]]で[[愛知県]][[田原市]]が[[トヨタ]]の業績悪化で約70億円の法人市民税がなくなり「道路は穴が開いても放置」、「河川は氾濫」、「小中学校の耐震化工事が出来なくなる」と誤った内容を伝え、市から抗議&amp;lt;ref&amp;gt;　&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-12-16&lt;br /&gt;
| url = http://www.city.tahara.aichi.jp/news/tv_news.html&lt;br /&gt;
| title = 財政運営に関するテレビ報道について&lt;br /&gt;
| publisher = [[愛知県]][[田原市]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月16日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;を受けた。実際には田原市は、小中学校の校舎のうち98.4%が既に耐震化工事を完了しており、公共施設などの維持管理に関する予算も確保する予定である。抗議を受けてTBSは謝罪、どう対応するかを両者で話し合っている&amp;lt;ref&amp;gt;　&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2008-12-27&lt;br /&gt;
| url = http://www.asahi.com/national/update/1226/NGY200812260014.html&lt;br /&gt;
| title = 「税収減り道路の穴放置」報道　ＴＢＳが田原市に謝罪&lt;br /&gt;
| publisher = [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月27日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2008年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2008年12月に千葉県東金市で発生した児童殺害事件において、知的障害者である容疑者に対して、TBSの女性記者による不適切な取材活動が、「事件をめぐる一部の報道こそ、捜査をかく乱し、差別も助長した」として警察、弁護側双方から指摘されている。TBSが弁護団のクレームを受けた後も、不適切な映像を流し続けている事を受けて、弁護団は告発の動きを進めていると報道されている。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.cyzo.com/2009/01/post_1464.html 幸満ちゃん殺害事件の裏にTBSのモラルなき蛮行]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2009年[[1月7日]]、制作局に勤務する男性社員がファイル交換ソフトを利用して他局の人気番組を違法にダウンロードし著作権侵害をしていたことが分かった&amp;lt;ref&amp;gt;　&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2009-1-7&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/gei/200901/g2009010702_all.html&lt;br /&gt;
| title = またTBS…今度は社員PCから女子アナ××写真流出&lt;br /&gt;
| publisher = [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 1月7日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2007年[[1月11日]]の「[[みのもんたの朝ズバッ!]]」で生放送中に殺人事件をめぐる取材を受け、無関係にも関わらずプライバシーなどを侵害されたとして、ごみ収集車の運転手が、みのと[[東京放送ホールディングス]]に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は2009年[[4月14日]]、TBS側に120万円の支払いを命じた&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2009-4-14&lt;br /&gt;
| url = http://www.asahi.com/national/update/0414/TKY200904140285.html&lt;br /&gt;
| title = 朝ズバッ！生放送で無承諾撮影は違法　ＴＢＳに賠償命令&lt;br /&gt;
| publisher = [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 4月14日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2009年[[4月25日]]、4月11日放送の「[[情報7days ニュースキャスター]]」で、国道と大阪府道の清掃作業をめぐり、通常実施しない清掃作業を業者に依頼し、国と地方の「二重行政の現場」として報道していたことが明らかとなった。内容は、府の委託で府道を清掃車で掃除していた業者が、国道との交差点の手前で車の回転ブラシを路面から上げて清掃を中断、交差点を渡るとブラシを下げて清掃を再開させるというもの。「国道に差しかかると掃除をやめなくてはならない」「国道が通る交差点は国が掃除することになっているという」とのナレーションも入ったが、実際には業者は通常、効率を考えて国道との交差点もブラシで清掃していた。業者によれば、番組スタッフから「交差点でブラシを止めてくれないと取材にならない」と依頼され、応じたものだという。国土交通省近畿地方整備局が「事実誤認と考えられる」と指摘し、TBSはこれを認め、「行きすぎた表現でした。誤解を与えかねない表現になったことをおわびします」と同番組で謝罪した。一方で広報部は「やらせとは言えないと思う」と説明している&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2009-4-26&lt;br /&gt;
| url = http://www.asahi.com/national/update/0426/OSK200904250084.html&lt;br /&gt;
| title = 「これが二重行政の現場」…実はＴＢＳ依頼でやっただけ&lt;br /&gt;
| publisher = [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 4月26日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この問題に関連し、[[大阪府知事]][[橋下徹]]は「行き過ぎた表現と言っているが、事実ではないわけだから虚偽だろう。私的流用がなければ裏金じゃないといっている行政の弁明と同じ」と批判した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2009-4-27&lt;br /&gt;
| url = http://www.asahi.com/politics/update/0427/OSK200904270054.html&lt;br /&gt;
| title = 橋下知事「虚偽報道で国責めるのアンフェア」ＴＢＳ批判&lt;br /&gt;
| publisher = [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 4月27日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 備考 ===&lt;br /&gt;
*また近年ではTBS倒産を告げる旨の、「TBSの経営難を暴露する」謎の[[怪文書]]がマスコミ内で出回る事態が発生し、経営破綻も真実（現実）味を帯びてきている。かつて「ドラマのTBS」「報道のTBS」などと呼ばれた同局だが、近年の相次ぐ不祥事の為落ちぶれていく一方である。社運をかけたドラマ「[[魔王 (日本のテレビドラマ)|魔王]]」や「[[恋空]]」等が視聴率の獲得で大失敗し、視聴率では[[テレビ朝日]]に抜かれ、果ては[[テレビ東京]]との接近戦になるなど凋落の一途をたどる状況である。度重なる不祥事のために年々減少する広告費が原因であり、数100億円レベルの大赤字を抱えているといわれる状態である。低迷する視聴率のせいで広告スポンサーがつかず、仮についても安い広告費しかつかないため（特に、同局で2009年2月中旬まで放送されていた'''[[復活の日 (テレビ番組)|毎週水曜夜7時台]]、ならびに同[[悪魔の契約にサイン|毎週水曜夜8時台]]の各番組が最も顕著に表れていた'''）番組の制作費は以前の半分にまで落ち、出演タレントに支給される手弁当もランクが落ちてきてしまっている。経営破綻やTBS倒産も真実（現実）味をおび、もはや末期的状況なTBSである&amp;lt;ref&amp;gt;『恐怖の都市伝説　ファィナルズ』実話ナックルズ編集部、発行所[[ミリオン出版]]、[[大洋図書]]発売、2009年。124頁。ISBN 978-4-8130-2090-5。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
*[[1951年]]（昭和26年）5月、東京都千代田区霞ヶ関に資本金1億5千万円で株式会社ラジオ東京設立（設立登記5月17日）。 初代社長は[[足立正]]。&lt;br /&gt;
*1951年（昭和26年）[[12月25日]]、東京都千代田区有楽町のスタジオより全国6番目に民間[[中波放送]]の本放送開始。（[[識別信号|コールサイン]]'''JOKR'''、[[周波数]]1130kHz、出力50kW）&lt;br /&gt;
*[[1953年]]（昭和28年）8月、周波数を950kHzに変更。&lt;br /&gt;
*1953年（昭和28年）12月、&amp;quot;KRT&amp;quot;を略称とする。（'''K'''abusikigaisha'''R'''adio'''T'''okyoから由来するが、テレビ放送開始をにらんだJO'''KR'''-'''T'''Vにも因むといわれる。実際その通りになったのだが、世間一般には余り浸透していなかった。）&lt;br /&gt;
*[[1955年]]（昭和30年）4月1日、東京都港区赤坂一ツ木町で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始。（呼出符号JOKR-TV、チャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。世間一般では新聞のテレビ欄表記から「'''KRテレビ'''」と呼ばれた。）&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）10月31日、同局初の[[ビデオテープレコーダ|VTR]]を使ったテレビドラマ『[[私は貝になりたい]]』（橋本忍脚本、岡本愛彦演出。VTRは前半で使用し、後半は生放送）を放送。大反響を呼び、この年の[[芸術祭]]大賞を受賞した（尚、番組は全編[[ビデオテープ]]にて保存されている）。&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）8月1日、皇太子ご成婚パレード中継での取材協力を機に、[[日本放送協会|NHK]]に対抗する日本初のニュースネットワークとして「[[JNN]]（Japan News Network）」を結成。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）1月17日、テレビ送信所を赤坂から[[東京タワー]]に移転。映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）9月10日、カラーテレビ本放送を開始（カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。ちなみに[[日本放送協会|NHK]]、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]と共に東京地区では初だった）。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）10月、[[東京証券取引所]]第一部に[[株式]]を[[株式公開|上場]]。 &lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）[[11月29日]]、'''株式会社東京放送'''と商号変更し、略称を&amp;quot;TBS&amp;quot;とする。&amp;lt;!--これをきっかけに、以後「ラジオ○○」だったラテ兼営局が「○○放送」と改称するなど地方局でも社名変更が相次ぐ。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*この頃、「東京テレビ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。&lt;br /&gt;
*1961年（昭和36年）8月、電波を象徴した新社名ロゴタイプ(筆写体)制定。(デザイン:[[今道潤三]]、製作:市川景)&lt;br /&gt;
*1961年（昭和36年）9月、コーポレートカラー｢光の3原色(青･赤･緑＝能力･熱意･責任)｣制定。車両の塗装等に使用開始。&lt;br /&gt;
*1961年（昭和36年）10月、｢光の3原色｣による社旗、社章(バッジ)制定。&lt;br /&gt;
*1961年（昭和36年）10月12日、赤坂のテレビスタジオ隣に本社社屋完成。ラジオスタジオおよび本社機構を移転。&lt;br /&gt;
*1961年（昭和36年）12月1日、社名呼称を'''TBS'''に統一（公用文等を除き、原則｢東京放送｣を使用しない）。&lt;br /&gt;
*1962年（昭和37年）日本初のラジオ1波による[[AMステレオ]]放送の実験放送を行う（1964年まで。AM/FM方式）。&lt;br /&gt;
*1962年[[10月1日]]史上初の“[[ニュースキャスター|キャスター]]ニュース”且つネットワーク制作参加ニュース『[[JNNニュースコープ]]』スタート（初代キャスターは現・[[参議院]][[議員]]の[[田英夫]]と元[[読売新聞]]記者の[[戸川猪佐武]]）。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）10月10日、[[東京オリンピック]]開始に伴い、テレビ放送で、同社初の放送でのカラーVTRの稼動を始める（この開会式が、TBSが録画したもので残っている最古のカラービデオである）。&lt;br /&gt;
*1965年（昭和40年）5月2日、ラジオネットワーク「[[Japan Radio Network|JRN]]（Japan Radio Network）」を結成。&lt;br /&gt;
* 1967年（昭和42年）1月15日、『[[東芝日曜劇場]]・女と味噌汁』（1965年から始まった連続シリーズ）が局初のカラーテレビドラマ（カラーVTR録画・再生）として制作、放送。&lt;br /&gt;
*1968年（昭和43年）9月30日、この日の夕方のテレビ『[[JNNニュースコープ]]』からテレビニュース報道のカラー放送を開始。これに伴い、カラーフィルムによるニュース取材を開始。&lt;br /&gt;
*1969年（昭和44年）12月31日、『[[日本レコード大賞|輝く!日本レコード大賞]]』をテレビ生中継（カラー）で放送。以後、毎年同局の大晦日の看板番組となる。&lt;br /&gt;
*1971年（昭和46年）11月、ラジオの出力を100kWに増力。&lt;br /&gt;
*1973年（昭和48年）12月20日、[[読売新聞社]]・[[朝日新聞社]]・[[毎日新聞|毎日新聞社]]の3社首脳間で[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]とTBSの新聞資本を統一する合意が成立。翌1974年（昭和49年）2月、創立時からの新聞資本が毎日新聞社だけになる。&lt;br /&gt;
*1974年（昭和49年）11月19日、[[近畿地方]]の準キー局が、これまでの[[朝日放送|朝日放送（ABC）]]から[[毎日放送|毎日放送（MBS）]]に変更することで基本合意。ABCはこれまでMBSとネットを組んでいた[[テレビ朝日|日本教育テレビ（NET。現・テレビ朝日）]]とネットを組むことになる。翌1975年（昭和50年）3月31日からTBS-MBSの新ネットワークがスタート。テレビネットワークのいわゆる“[[腸捻転]]”が解消される。&lt;br /&gt;
*1977年[[8月29日]]、史上初の3時間ドラマ『海は甦る』（江藤淳・作、仲代達矢主演）を放送。なお番組中、スポンサーの[[日立製作所]]も史上初の3分CMを4本放送。&lt;br /&gt;
*1978年（昭和53年）[[11月20日]]、テレビ[[音声多重放送]]を開始（実用化試験放送。初めの放送は「[[JNNニュースコープ]]」の2ヶ国語放送。ステレオ放送第1号は同月25日の「[[クイズダービー]]」）。&lt;br /&gt;
*1978年（昭和53年）[[11月23日]]、ITU（国際電気通信連合）の取り決めでラジオの周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもって、周波数を954kHzに変更。&lt;br /&gt;
*1981年（昭和56年）3月、[[横浜市]]緑区（現：[[青葉区_(横浜市)|青葉区]]）に緑山スタジオ・シティ完成。&lt;br /&gt;
*1981年（昭和56年）春頃、テレビ音声多重ステレオ放送で、音声媒体としてPCMデジタルプロセス（録音から編集、再生まで全て）を採用した当時としては画期的な番組を放送する（多分、世界初。内容は[[小沢征爾]]指揮によるストラビンスキー『春の祭典』。同じ演奏を映像と音声は別々にタイム・コード同期されて記録、編集し、再生され送出された。勿論放送自体はアナログである）。&lt;br /&gt;
*1983年（昭和58年）11月、テレビ音声多重本放送開始。&lt;br /&gt;
*1986年（昭和61年）4月、テレビ文字多重本放送開始。&lt;br /&gt;
*1987年（昭和62年）10月、テレビ24時間放送開始。    &lt;br /&gt;
*1989年（平成元年）8月24日、テレビ・[[クリアビジョン]]の本放送を開始。&lt;br /&gt;
*1990年（平成2年）頃、日本の放送業界で初めてテレビ放送の送出媒体として、D-2方式による[[ソニー]]製デジタルVTRを稼動開始（初めはCM送り出しに使用された）。&lt;br /&gt;
*1990年（平成2年）12月2日、創立40周年事業として[[秋山豊寛]]特派員を乗せた宇宙船（[[ソユーズ]]）を[[ソビエト連邦|ソ連]]・[[カザフ]]のバイコヌール宇宙基地から打ち上げる（「TBS宇宙プロジェクト」）。&lt;br /&gt;
*1991年（平成3年）9月30日、[[コーポレート・アイデンティティ]]（ミクロコスモス＝製作:下河内護）導入。これに伴い、長年親しまれてきた&amp;quot;筆写体&amp;quot;マーク廃止。&lt;br /&gt;
*1992年（平成4年）3月15日午前9時、ラジオのAMステレオ放送の本放送を開始。&lt;br /&gt;
*1992年（平成4年）12月30日、『[[39時間テレビ|元旦まで感動生放送！史上最大39時間テレビ]]』を放送。&lt;br /&gt;
*1994年（平成6年）3月、｢ミクロコスモス｣によるシンボルマーク、簡略形マーク、社名ロゴタイプを廃止。新ロゴタイプ(製作:小河原義一)に統一し、同28日から使用開始。(現在も使用されている。)&lt;br /&gt;
*1994年（平成6年）10月3日、現社屋「TBS放送センター」（愛称 : ビッグハット）に移転。旧社屋は「赤坂メディアビル」に改称。正面ゲート守衛詰所・車両検問所の建屋は、円盤形の屋根がついていることからビッグハットにちなみ、“スモールハット”と称されている。この日は21時から約2時間、新社屋移転の特別番組が生放送された（運用開始したA・Bスタジオからの生放送や社屋移転で運用を終了した旧社屋Gスタジオ内部の様子も放送された）。&lt;br /&gt;
*1998年（平成10年）4月1日、CS「JNNニュースバード」放送開始。(06年4月「[[TBSニュースバード]]」に名称変更)&lt;br /&gt;
*2000年（平成12年）2月、TBSグループ、JNN、TBSネットワークの共通新シンボルマークとして、漢字の“'''人'''”をモチーフにした「[[ジ～ン]]」(一般公募)を制定。『ニュースの森』（当時）や『ニュース23』など全てのJNNニュース番組の[[サブタイトル]]や、MBSやCBCなど系列局制作も含めた全国ネット番組の[[クレジットタイトル]]などで表示されている（現在はJNNニュース番組での表示は一部を除き無し）。また一部系列局でも、ローカルニュース番組のセットに使用されたことがある(現在は廃止されている)。&lt;br /&gt;
*2000年（平成12年）3月21日、完全連結子会社としてラジオ現業部門を行う 株式会社[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]、テレビの娯楽番組制作を行う 株式会社''TBSエンタテインメント''、テレビのスポーツ番組制作を行う 株式会社''TBSスポーツ''を設立・分社化。&lt;br /&gt;
*2000年（平成12年）12月1日午前11時、系列のBSデジタル放送「[[ビーエス・アイ|BS-i]]」（デジタルBS6Ch）放送開始。&lt;br /&gt;
*2001年（平成13年）3月1日、完全連結子会社として情報番組・情報生番組の制作を行う 株式会社''TBSライブ''を設立・分社化。&lt;br /&gt;
*2001年（平成13年）10月1日、中波放送局の免許（コールサイン：JOKR）を株式会社TBSラジオ＆コミュニケーションズに承継。これに伴いテレビ局のコールサインを変更（JOKR-TV→JORX-TV、呼出名称も「東京放送」から「TBSテレビジョン」に変更）。&lt;br /&gt;
*2002年（平成14年）7月1日、CS放送局「[[TBSチャンネル]]」放送開始。&lt;br /&gt;
*2003年（平成15年）7月1日、系列会社の株式会社木下プロダクションを商号変更・連結子会社化、事実上の第二エンタテインメント制作分社となる株式会社[[ドリマックス・テレビジョン]]を設立。 &lt;br /&gt;
*2003年（平成15年）12月1日午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送開始。（簡易マスターで対応）&lt;br /&gt;
*2004年（平成16年）キャッチフレーズに“'''チャンネル・ロック'''”を採用。[[デジタルTV]]もアナTV同様6chであるのを受け、固定(lock)や音楽(rock)の意味を込めた。&lt;br /&gt;
*2004年（平成16年）10月、TBSエンタテインメント、TBSスポーツ、TBSライブの子会社3社が再合併し株式会社[[TBSテレビ]]発足。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）2月7日 地上デジタルテレビジョン放送の送出を簡易マスターから本格統合型マスターに移行して運用開始。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）4月   [[TBS平日ワイド大改編]]『TBSの変』実施。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）7月20日 TBSと[[カルチュア・コンビニエンス・クラブ|カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC]]/[[TSUTAYA]])は、[[DVD]]ソフトの市場拡大に対応する映像ソフト事業の強化と、モバイルやインターネットを利用したコンテンツ事業の拡大を目的とした企画会社「TCエンタテインメント株式会社」を共同で設立する事を発表した。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）8月30日 TBSと[[日興プリンシバル・インベストメンツ]]は、韓国最大のドラマ制作会社「[[キム・ジョンハク プロダクション]]」に共同投資することを発表した。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）8月31日 TBSは、[[ADSL]]事業を行う[[イー・アクセス]]の子会社で[[携帯電話]]などの[[モバイル]][[ブロードバンド]]通信事業を行うイー・モバイルに100億円の出資を行うと発表。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）9月2日 TBSと[[三井物産]]は、2006年春スタート予定の携帯電話向け[[地上デジタル放送]]（1セグ放送）のデータ放送領域を活用した新サービスを検討する企画会社を「TMモバイル企画」（仮称）を9月下旬に都内に設立することで合意した。&lt;br /&gt;
*2005年（平成17年）11月1日 PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス『TBS BooBo Box』を開始。&lt;br /&gt;
*2006年（平成18年）3月1日 生番組のほとんど全部がハイビジョン化される。&lt;br /&gt;
*2006年（平成18年）4月1日 地上デジタルテレビジョン[[ワンセグ]]の本放送を開始。また、テレビのサービスエリアである関東区域内の報道取材が原則としてすべてハイビジョン化される（民放初）。&lt;br /&gt;
*2007年（平成19年）3月下旬 生番組系で使用される字幕（テロップ）・CGシステムの更新を開始。4月22日をもって完全に新システムへ移行完了。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビネットワーク構築の歴史 ==&lt;br /&gt;
*1955年（昭和30年）4月1日 ラジオ東京テレビとして開局。この時点でネット局はなし。&lt;br /&gt;
*1956年（昭和31年）12月1日 この日テレビ放送開始の[[中部日本放送]]と同日開局の[[大阪テレビ放送]]とネットを組む。（※　どちらも[[日本テレビ放送網]]とのクロスネットであった。）&lt;br /&gt;
*1957年（昭和32年）4月1日 この日テレビ放送開始の[[北海道放送]]とネットを組む。（※　日本テレビ放送網とのクロスネットであった。）&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）3月1日 この日テレビ放送開始のラジオ九州（※　ラジオ九州は同年8月1日西部毎日テレビ放送と合併して[[RKB毎日放送]]と改称した。）とネットを組む。（※　日本テレビ放送網とのクロス）&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）8月1日 この日まで開局した5局でニュースネットワーク協定に調印（※　[[Japan News Network|JNN]]の土台となる。）&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）8月28日 大阪テレビ放送・RKB毎日放送がクロスネットからマストバイネット局となる。（※　[[読売テレビ放送]]・[[テレビ西日本]]が開局し両局が日本テレビステーション・ネット局を宣言したため）&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）11月22日 この日開局した[[関西テレビ放送]]とも一部に限りネットを組む。&lt;br /&gt;
*1958年（昭和33年）12月25日 この日開局した[[東海テレビ放送]]と中部日本放送が番組に限りネットを共有。（※　日本テレビクロスネットも同じであった。東海テレビ放送は翌年の3月1日以降[[フジテレビジョン]]・日本教育テレビ（現：[[テレビ朝日]]）ともクロス＝カルテットクロスを編成する。）&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）3月1日 この日テレビ放送開始の[[毎日放送]]と一部に限りネットを組む。（※　関西テレビ・大阪テレビと共に同年2月1日開局の日本教育テレビ（現：[[テレビ朝日]]）・同日開局の[[フジテレビジョン]]とのトリプルクロスを共有していた。）&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）4月1日 [[札幌テレビ放送]]開局。これにより北海道放送はクロスネットを日本テレビ放送網からフジテレビジョン・日本教育テレビに段階的に変更。（完了したのはこの年の大晦日）。&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）8月1日 前年にニュースネットワーク協定に調印した5局とこの日までに開局ないしテレビ放送開始の[[東北放送]]・[[新潟放送]]・[[信越放送]]・[[静岡放送]]・[[北陸放送]]・[[日本海テレビジョン放送]]・[[山陽放送]]・[[中国放送]]・[[長崎放送]]・[[熊本放送]]・[[南日本放送]]の11局と番組販売参加の[[南海放送]]・[[高知放送]]の2局でニュースネットワーク[[Japan News Network|JNN]]を結成。（以降現在の社名で表記した。）&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）9月1日 この日テレビ放送開始の[[IBC岩手放送]](当時は岩手放送)がJNNに加盟。&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）10月1日 この日テレビ放送開始の[[大分放送]]がJNNに加盟。&lt;br /&gt;
*1959年（昭和34年）12月15日 この日テレビ放送開始の[[山陰放送]]がJNNに加盟し日本海テレビジョン放送が脱退。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）2月1日 ラジオ東京テレビ・中部日本放送・[[朝日放送]]（※　朝日放送は1959年3月1日に大阪テレビ放送を子会社化（＝ABC大阪テレビ放送）し3ヵ月後の6月1日に吸収合併し同社のテレビ局とした。）・RKB毎日放送が四社連盟に加盟し[[JNN基幹局]]となる。これによりマストバイネット固定となる。これにより中部日本放送は[[東海テレビ放送]]との番組クロスネット共有を、朝日放送は関西テレビ放送・毎日放送との番組トリプルクロスネット共有を解消した。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）3月1日 [[北海道放送]]が[[JNN基幹局]]となる。（※　これにより四社連盟は五社連盟と改称。）ただし、特例により[[東芝日曜劇場]]製作参加にとどまった。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）4月1日 この日テレビ放送開始の[[秋田放送]]が番組販売でJNNに参加。&lt;br /&gt;
*1960年（昭和35年）10月1日 この日テレビ放送開始の[[宮崎放送]]がJNNに加盟。&lt;br /&gt;
*1963年（昭和38年）4月1日 この日開局の[[福島テレビ]]が番組販売でJNNに参加。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）9月1日 [[RKB毎日放送]]が番組に限り[[日本テレビ放送網]]とのクロスネット復活。（※　理由はそれまでの系列局[[テレビ西日本]]が[[フジテレビジョン]]系列となったため。）&lt;br /&gt;
*1969年（昭和44年）4月1日 &lt;br /&gt;
**[[北海道放送]]が[[北海道テレビ放送]]の全道テレビ放送開始によりマストバイネット開始。&lt;br /&gt;
**[[RKB毎日放送]]が[[福岡放送]]の開局により番組のみの[[日本テレビ放送網]]クロスネットを取りやめてマストバイネットが復活。（※　五社連盟加盟局のマストバイネット化完了。）&lt;br /&gt;
**[[山陽放送]]が[[岡山放送]]の開局によりマストバイネット局となる。&lt;br /&gt;
*1969年（昭和44年）12月1日 この日開局の[[青森テレビ]]番組販売でJNNに参加。&lt;br /&gt;
*1970年（昭和45年）4月1日 この日開局の[[テレビ山梨]]・[[テレビ山口]]・[[テレビ高知]]がJNNに加盟。後者の加盟により[[高知放送]]が番組参加でのJNNを取りやめる。&lt;br /&gt;
*1971年（昭和46年）10月1日 [[福島テレビ]]が[[福島中央テレビ]]とのネット交換によりJNNに加盟。&lt;br /&gt;
*1972年（昭和47年）5月15日 [[沖縄県]]の施政権返還により[[琉球放送]]が正式にJNNに加盟。（※　復帰前の沖縄ではまず1959年（昭和34年）11月1日[[沖縄テレビ放送]]がテレビ番組のテープネットを開始し1960年（昭和35年）6月1日テレビ放送開始の琉球放送と共有する事となる。そして琉球放送がJNN特派員配置局の位置付けとなりマイクロネット回線が開通した1964年（昭和39年）9月1日以降は琉球放送に集中していった。1995年10月より３局以下地区では珍しいマストバイ局となり現在へ。）&lt;br /&gt;
*1972年（昭和47年）7月22日 [[山陰放送]]が山陰相互乗り入れにより[[島根県]]のみから島根県・[[鳥取県]]両県での放送に移行。&lt;br /&gt;
*1974年（昭和49年）11月18日 [[毎日放送]]に「1975年3月31日から朝日放送に代わりネットを開始する」と、同時に[[朝日放送]]に「1975年3月30日をもってネットを打ち切り翌日から毎日放送とネットを開始する。」と通告する。&lt;br /&gt;
*1975年（昭和50年）3月31日 &lt;br /&gt;
**[[朝日放送]]がJNN・五社連盟を脱退し[[毎日放送]]がJNN・五社連盟に加盟。（[[腸捻転]]解消。）&lt;br /&gt;
**[[青森テレビ]]がJNNに正式加盟。&lt;br /&gt;
*1975年（昭和50年）10月1日 [[東北放送]]・[[中国放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1979年（昭和54年）7月1日 [[静岡放送]]がマストバイネット開始。&lt;br /&gt;
*1983年（昭和58年）4月1日&lt;br /&gt;
**[[福島テレビ]]がJNNを脱退し[[FNN]]に加盟。（※　同年12月3日まで[[TBS福島支局]]を設置して対処する。）&lt;br /&gt;
**[[山陽放送]]が岡山・香川相互乗り入れの第2回実施により[[岡山県]]のみから岡山県・[[香川県]]両県での放送に移行。&lt;br /&gt;
*1983年（昭和58年）12月4日 この日開局の[[テレビユー福島]]がJNNに加盟。同時にマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1989年（平成元年）10月1日 &lt;br /&gt;
**この日開局の[[テレビユー山形]]がJNNに加盟。&lt;br /&gt;
**[[熊本放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1990年（平成2年）10月1日 この日開局の[[チューリップテレビ]]がJNN加盟。&lt;br /&gt;
*1991年（平成3年）4月1日 [[信越放送]]・[[長崎放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1991年（平成3年）10月1日 [[北陸放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1992年（平成4年）10月1日 &lt;br /&gt;
**この日開局の[[あいテレビ]]がJNNに加盟。これにより[[南海放送]]が番組販売でのJNN参加を取りやめる。&lt;br /&gt;
**[[秋田放送]]が番組参加でのJNN参加を取りやめる。[[秋田県]]の取材は[[IBC岩手放送|岩手放送]]・[[東北放送]]が受け持つ。&lt;br /&gt;
*1994年（平成6年）10月1日 [[南日本放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1995年（平成7年）4月1日 [[あいテレビ]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1996年（平成8年）10月1日 [[IBC岩手放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*1997年（平成9年）4月1日 [[テレビユー山形]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
*2000年（平成12年）1月1日 [[新潟放送]]がマストバイネットを開始。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所在地 ==&lt;br /&gt;
*[[東京都]][[港区_(東京都)|港区]][[赤坂_(東京都)|赤坂]]5丁目3番6号 TBS放送センター&lt;br /&gt;
*[[郵便番号]]:107-8006（テレビ・ラジオ各TBS制作番組宛ての番号は「107-8066」、因みに東京都港区赤坂の郵便番号は〒107-0052。）&lt;br /&gt;
*[[電話番号]]:03-3746-6666&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アクセス ===&lt;br /&gt;
*[[東京地下鉄千代田線|千代田線]][[赤坂駅 (東京都)|赤坂駅]]から徒歩約1分&lt;br /&gt;
*[[東京地下鉄銀座線|銀座線]]・[[東京地下鉄丸ノ内線|丸ノ内線]][[赤坂見附駅]]から徒歩約5分&lt;br /&gt;
**港区コミュニティーバスちぃばすも利用可能。&lt;br /&gt;
*[[東京地下鉄南北線|南北線]]・銀座線[[溜池山王駅]]から徒歩約5分&lt;br /&gt;
*[[都営地下鉄大江戸線|都営大江戸線]]・[[東京地下鉄日比谷線|日比谷線]][[六本木駅]]、[[東京地下鉄半蔵門線|半蔵門線]]・銀座線・都営大江戸線[[青山一丁目駅]]へは港区コミュニティーバスちぃバスを利用。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スタジオ ==&lt;br /&gt;
=== TBS放送センター（ビッグハット） ===&lt;br /&gt;
（スタジオは全部で9か所）&lt;br /&gt;
*''Aスタジオ''（HD/SD、4F、260坪）…本社最大のスタジオ[[アッコにおまかせ!]]、[[関口宏の東京フレンドパークII]]、[[さんまのSUPERからくりTV]]、[[ブロードキャスター]]、[[うたばん]]、[[ドッカ～ン!]]など&lt;br /&gt;
*''Bスタジオ''（HD/SD、4F、260坪）…本社最大のスタジオ[[どうぶつ奇想天外!]]、[[学校へ行こう!MAX]]、[[COUNT DOWN TV|CDTV]]、[[恋するハニカミ!]]、[[中居正広の金曜日のスマたちへ|金スマ]]、[[オールスター感謝祭]]など&lt;br /&gt;
※AスタジオとBスタジオは連結使用が可能&lt;br /&gt;
*''Cスタジオ''（HD対応、4F、180坪）…バーチャル対応スタジオ [[はなまるマーケット]]、[[2時っチャオ!]]、[[みのもんたのサタデーずばッと]]、[[チャンネル☆ロック!]]、[[サンデーモーニング]]、[[噂の!東京マガジン]]、[[報道特集]]、[[時事放談]]など&lt;br /&gt;
*''Dスタジオ''（HD対応、2F、180坪）…情報系生番組専用スタジオ [[みのもんたの朝ズバッ!]]、[[ピンポン!]]、[[オビラジR]]、[[王様のブランチ]]、[[サンデージャポン]]など&lt;br /&gt;
*''Eスタジオ''（HD/SD、3F、約24坪）…BS用スタジオ、中継番組の送出サブ など&lt;br /&gt;
*''Fスタジオ''（HD/SD、3F、約24坪）…BS用、バーチャル用スタジオ、中継番組の送出サブ など&lt;br /&gt;
*''Nスタジオ''（HD/SD、2F、180坪）…[[ニューススタジオ|ニュース専用スタジオ]] [[JNNニュース]]、[[イブニング・ファイブ]]、[[筑紫哲也 NEWS23]]、など&lt;br /&gt;
*''Pスタジオ''（HD/SD、約25坪）…当初は外が見えるガラス張りのパノラマスタジオとして利用されていた 中継番組の送出サブ [[MLB主義`05]]など&lt;br /&gt;
*''Sスタジオ''（SD、オープンフロアの為面積不明）…CS[[TBSニュースバード]]専用&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[緑山スタジオ・シティ]] ===&lt;br /&gt;
（[[横浜市]][[青葉区 (横浜市)|青葉区]]緑山）全スタジオがハイビジョン対応。[[渡る世間は鬼ばかり]]、[[3年B組金八先生]]、[[サラリーマン金太郎]]、[[温泉へ行こう!_(テレビドラマ)|温泉へ行こう!]]等、ドラマ全般の製作を行っており、TBS所有のスタジオではあるが、管理・運営は子会社である「株式会社緑山スタジオ・シティ(SMC)」が行っている。 基本的に貸しスタジオの為、[[コマーシャル|CM]]や他局（[[日本放送協会|NHK]]、[[東海テレビ放送|東海テレビ]]ほか）の番組などTBS以外の収録も多い&lt;br /&gt;
*''M1スタジオ''（180坪）…&lt;br /&gt;
*''M2スタジオ''（180坪）…&lt;br /&gt;
*''M3スタジオ''（180坪）…&lt;br /&gt;
*''M4スタジオ''（240坪）…渡る世間は鬼ばかり&lt;br /&gt;
*''M5スタジオ''（240坪）…&lt;br /&gt;
*''オープンロケ地''（20,000坪、2,000坪）[[SASUKE]]、[[KUNOICHI]]、[[風雲!たけし城]]等&lt;br /&gt;
**一時はオープンスタジオと呼んでいたが、名称が変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== TBS・砧スタジオ ===&lt;br /&gt;
（[[世田谷区]][[砧地域 (世田谷区)|砧]]、[[東京メディアシティ]]（TMC）内）TBS専用のスタジオではあるが、CMや他局の番組などレンタルによるTBS以外の収録も多い。緑山と同じく株式会社緑山スタジオ・シティが管理している。&lt;br /&gt;
*''K1スタジオ''（HD/SD、200坪）…[[スパスパ人間学!]]など&lt;br /&gt;
*''K2スタジオ''（SD、200坪）…[[リンカーン (テレビ番組)|リンカーン]]など &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道用サテライトスタジオ ===&lt;br /&gt;
*'''国会記者会館'''（[[千代田区]][[永田町]] [[国会]]記者会館内）&lt;br /&gt;
*'''東証アローズ'''（[[中央区 (東京都)|中央区]][[日本橋兜町]] [[東京証券取引所]] 東証アローズ メディア・センター内）&lt;br /&gt;
* '''[[警視庁]]記者クラブ'''（千代田区[[霞が関]] 警視庁内）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 情報カメラ設置ポイント ==&lt;br /&gt;
TBSの情報カメラは八丈島、銚子を除きすべてHD対応&lt;br /&gt;
*[[東京都]]&lt;br /&gt;
**[[赤坂]]（本社屋上）&lt;br /&gt;
**浜崎橋&lt;br /&gt;
**[[新宿駅|新宿駅南口]]（小田急新宿サザンテラス） &lt;br /&gt;
**[[京王井の頭線|井の頭線]][[渋谷駅]] &lt;br /&gt;
**[[隅田川]]&lt;br /&gt;
**[[皇居|皇居前]]&lt;br /&gt;
**[[東京駅]]（[[東京国際フォーラム]]）&lt;br /&gt;
**[[東京国際空港|羽田空港]]第1ターミナル・第2ターミナル&lt;br /&gt;
**[[八丈島]]（IP伝送による情報カメラ）&lt;br /&gt;
*[[神奈川県]]&lt;br /&gt;
**[[横浜市|横浜]]&lt;br /&gt;
**[[江の島]] &lt;br /&gt;
**[[小田原市|小田原]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県]]&lt;br /&gt;
**[[銚子市|銚子]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--使用頻度こそ低いものの、銚子市内にも情報カメラを設置してあります--&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[成田国際空港]]&lt;br /&gt;
*[[新潟県]]&lt;br /&gt;
**苗場スキー場（苗場プリンスホテル屋上・冬季のみ。尚、苗場スキー場がある地域は、[[新潟放送|BSN新潟放送]]の放送エリアである。）&lt;br /&gt;
*このほか、[[静岡放送|SBS静岡放送]]が自社エリア内である静岡県[[伊東市]]および[[熱海市]]に設置している情報カメラも専用回線により受信可能（TBSからのカメラ操作はできないが、SBSの了解のもと、映像の独自使用が可能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== TBSテレビ番組一覧 ==&lt;br /&gt;
{{main|TBSテレビ#TBSテレビ制作番組一覧}}&lt;br /&gt;
主な分類は以下の通り。基本的には[[TBSテレビ|株式会社TBSテレビ]]が制作を担当している。&lt;br /&gt;
*[[TBSテレビ番組一覧#ニュース・情報|ニュース・情報]] … [[JNNニュース]]、[[みのもんたの朝ズバッ!]]、[[ピンポン!]]、[[イブニング・ファイブ]]、[[筑紫哲也 NEWS23]]など。[[報道番組]]では[[JNN報道特集]]、[[みのもんたのサタデーずばッと]]、[[サンデーモーニング]]。[[情報番組]]系では[[はなまるマーケット]]、[[王様のブランチ]]、[[世界・ふしぎ発見!]]、[[ブロードキャスター]]、[[サンデージャポン]]など。&lt;br /&gt;
*[[TBSテレビ番組一覧#スポーツ|スポーツ番組]] … [[ザ・プロ野球]]、[[スーパーサッカー]]、[[J-SPORTS_(番組)|J SPORTS]]など。&lt;br /&gt;
*[[TBSテレビ番組一覧#バラエティ|バラエティ]] … 一般バラエティでは[[関口宏の東京フレンドパークII]]、[[学校へ行こう!MAX]]、[[アッコにおまかせ!]]、[[ズバリ言うわよ!]]など。 [[クイズ]]では[[さんまのSUPERからくりTV]]、[[オールスター感謝祭]]（年2回特番）など。&lt;br /&gt;
*[[TBSテレビ番組一覧#音楽|音楽]] … [[うたばん]]、[[COUNT DOWN TV|CDTV]]、[[日本レコード大賞|輝く!日本レコード大賞]]など。&lt;br /&gt;
*[[TBSテレビ番組一覧#ドラマ|ドラマ]] … [[ナショナル劇場]]、[[月曜ゴールデン]]、[[金曜ドラマ]]、[[日曜劇場]]ほか（2007年現在）&lt;br /&gt;
*報道特別番組については、[[JNN報道特別番組]]を参照。&lt;br /&gt;
*[[特別番組]] … [[DOORS_(テレビ番組)|史上空前のアドベンチャーパーク「DOORS」]]（2005年9月19日、2006年1月4日(再放送)）、[[コトバーチャランド]]（2006年1月1日 23:45～25:09）、[[ニューイヤー駅伝]]（2006年1月1日 8:30～14:30）、[[さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル]]（2006年1月4日 18:30～20:54）、[[里見八犬伝 (2006年)|TBSテレビ50周年新春ドラマ特別企画・里見八犬伝]]（2006年1月2日、3日 21:00～23:24）&lt;br /&gt;
*この他にも[[ドミノ倒し]]・世界記録への挑戦!も放送された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京放送（TBS）で流れるCM ==&lt;br /&gt;
{{main|TBSテレビ#TBSテレビで流れるCM}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アナウンサー==&lt;br /&gt;
2005年現在は子会社・[[TBSテレビ]]への出向という扱いであるが、番組はテレビ（[[ビーエス・アイ]]を含む）、[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ|ラジオ]]双方に出演している。&lt;br /&gt;
;男性&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[松下賢次]]（1975年入社）&lt;br /&gt;
*[[宮澤隆]]（1975年入社）&lt;br /&gt;
*[[鈴木順]]（1976年入社）&lt;br /&gt;
*[[中村秀昭]]（1979年入社）&lt;br /&gt;
*[[林正浩]]（1979年入社）&lt;br /&gt;
*[[柴田秀一]]（1981年入社）&lt;br /&gt;
*[[浦口直樹]]（1983年入社）&lt;br /&gt;
*[[椎野茂]]（1984年入社）&lt;br /&gt;
*[[岡田泰典]]（1986年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[戸崎貴広]]（1986年入社）&lt;br /&gt;
*[[清原正博]]（1988年入社）&lt;br /&gt;
*[[佐古忠彦]]（1988年入社）&lt;br /&gt;
*[[向井政生]]（1988年入社）&lt;br /&gt;
*[[小林豊_(アナウンサー)|小林豊]]（1989年入社）&lt;br /&gt;
*[[斎藤哲也]]（1989年入社）&lt;br /&gt;
*[[岩井健浩]]（1990年入社）&lt;br /&gt;
*[[安東弘樹]]（1991年入社）&lt;br /&gt;
*[[清水大輔]]（1993年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[初田啓介]]（1993年入社）&lt;br /&gt;
*[[升田尚宏]]（1994年入社）&lt;br /&gt;
*[[小笠原亘]]（1996年入社）&lt;br /&gt;
*[[土井敏之]]（1996年入社）&lt;br /&gt;
*[[安住紳一郎]]（1997年入社）&lt;br /&gt;
*[[伊藤隆太]]（1997年入社）&lt;br /&gt;
*[[駒田健吾]]（1998年入社）&lt;br /&gt;
*[[新タ悦男]]（1998年入社）&lt;br /&gt;
*[[佐藤文康]]（1999年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[藤森祥平]]（2001年入社）&lt;br /&gt;
*[[高野貴裕]]（2003年入社）&lt;br /&gt;
*[[赤荻歩]]（2004年入社）&lt;br /&gt;
*[[蓮見孝之]]（2004年入社）&lt;br /&gt;
*[[伊藤隆佑]]（2006年入社）&lt;br /&gt;
*[[井上貴博]]（2007年入社）&lt;br /&gt;
*[[杉山真也]]（2007年入社）&lt;br /&gt;
*[[井上貴博]]（2007年入社&lt;br /&gt;
*[[山本匠晃]]（2008年入社）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;女性&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[吉川美代子]]（1977年入社）&lt;br /&gt;
*[[長峰由紀]]（1987年入社）&lt;br /&gt;
*[[有村美香]]（1990年入社）&lt;br /&gt;
*[[秋沢淳子]]（1991年入社）&lt;br /&gt;
*[[長岡杏子]]（1994年入社）&lt;br /&gt;
*[[小川知子_(アナウンサー)|小川知子]]（1995年入社）&lt;br /&gt;
*[[小島慶子]]（1995年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[堀井美香]]（1995年入社）&lt;br /&gt;
*[[木村郁美]]（1996年入社）&lt;br /&gt;
*[[広重玲子]]（1996年入社）&lt;br /&gt;
*[[小倉弘子]]（1997年入社）&lt;br /&gt;
*[[外山惠理]]（1998年入社）&lt;br /&gt;
*[[海保知里]]（1999年入社）&lt;br /&gt;
*[[豊田綾乃]]（1999年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[久保田智子]]（2000年入社）&lt;br /&gt;
*[[山内あゆ]]（2000年入社）&lt;br /&gt;
*[[竹内香苗]]（2001年入社）&lt;br /&gt;
*[[山田愛里]]（2002年入社）&lt;br /&gt;
*[[小林麻耶]]（2003年入社）&lt;br /&gt;
*[[高畑百合子]]（2003年入社）&lt;br /&gt;
*[[青木裕子_(TBS)|青木裕子]]（2005年入社）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*[[新井麻希]]（2005年入社）&lt;br /&gt;
*[[岡村仁美]]（2005年入社）&lt;br /&gt;
*[[出水麻衣]]（2006年入社）&lt;br /&gt;
*[[水野真裕美]]（2006年入社）&lt;br /&gt;
*[[加藤シルビア]]（2008年入社）&lt;br /&gt;
*[[枡田絵理奈]]（2008年入社）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴代アナウンサー ==&lt;br /&gt;
=== 異動したアナウンサー ===&lt;br /&gt;
;男性&lt;br /&gt;
*[[志賀大士]]（1996年入社、現TBSテレビ第3制作部ディレクター）&lt;br /&gt;
*[[原山理一郎]]（1989年入社、現TBSテレビ第4制作部）&lt;br /&gt;
*[[岡崎潤司]]（1986年入社、広報部→アナウンス部デスク）&lt;br /&gt;
*[[武方直己]]（1986年入社、広報部）&lt;br /&gt;
*[[中村尚登]]（1981年入社、報道局記者）&lt;br /&gt;
*[[杉山真喜人]]（1988年入社、報道局外信部→コンテンツ事業局コンテンツ事業部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;女性&lt;br /&gt;
*[[川戸惠子]]（解説委員）&lt;br /&gt;
*[[小笠原保子]]（1989年入社、報道局記者）&lt;br /&gt;
*[[牧嶋博子]]（1983年入社、報道局記者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 退社したアナウンサー ===&lt;br /&gt;
;男性&lt;br /&gt;
*[[青木靖雄]]（現在は嘱託としてTBSニュースバード「ビジネス・ナビ」で東証アローズからのリポートを担当）&lt;br /&gt;
*[[芥川隆行]]（故人、[[ナレーター]]、「[[水戸黄門 (ナショナル劇場)|水戸黄門]]」の初代ナレーションや「[[スクール☆ウォーズ]]」などTBSドラマのナレーションで茶の間に長年親しまれた）&lt;br /&gt;
*[[有馬隼人]]（[[アメリカンフットボール]]選手）&lt;br /&gt;
*[[生島ヒロシ]]（タレント、[[生島企画室]]会長）&lt;br /&gt;
*[[池谷三郎]]（故人）&lt;br /&gt;
*[[池田孝一郎]]&lt;br /&gt;
*[[石井智]]（故人、主に[[ゴルフ]]や[[マラソン]]の実況で活躍）&lt;br /&gt;
*[[石川顯]]（1964年入社~2001年夏に定年退職 現在でもフリーのスポーツアナとして活躍中）&lt;br /&gt;
*[[稲川英雄]]（故人）&lt;br /&gt;
*[[今村稔]]&lt;br /&gt;
*[[榎本勝起]]&lt;br /&gt;
*[[大沢悠里]]（現在、[[大沢悠里のゆうゆうワイド]]MCほか）&lt;br /&gt;
*[[岡部達]] （ボクシング中継、[[3時にあいましょう]]の司会などを担当）&lt;br /&gt;
*[[柄沢晃弘]]（現：[[WOWOW]]アナウンサー）&lt;br /&gt;
*[[川戸貞吉]]&lt;br /&gt;
*[[久米宏]]（キャスター、[[オフィス・トゥー・ワン]]所属）&lt;br /&gt;
*[[小坂秀二]]（故人。相撲評論家・歯科医）&lt;br /&gt;
*[[小島一慶]]（「[[どうぶつ奇想天外|どうぶつ奇想天外!]]」ナレーター、[[アステラス製薬 明日も元気!]]MC）&lt;br /&gt;
*[[五味陸仁]]（定年退職。主に報道番組を担当）&lt;br /&gt;
*[[近藤美矩]]（1972年入社~2003年夏に定年退職、現在は嘱託として「ドキュメント258」ナレーションや「TBSラジオニュース」などを担当）&lt;br /&gt;
*[[下村健一]]（キャスター、[[ジャーナリスト]]。[[みのもんたのサタデーずばッと]]レギュラー）&lt;br /&gt;
*[[杉山真太郎]]（「[[水戸黄門 (ナショナル劇場)|水戸黄門]]」の2代目ナレーター、故人）&lt;br /&gt;
*[[鈴木史朗]]（[[クリエイティブ・メディア・エージェンシー|CMA]]所属のタレント）&lt;br /&gt;
*[[鈴木治彦]]（フリーキャスター、評論家）&lt;br /&gt;
*[[高野昭平]]（[[メディア・スタッフ]]取締役相談役）&lt;br /&gt;
*[[高橋進_(アナウンサー)|高橋進]]&lt;br /&gt;
*[[多田護]]（CMA所属、毎年BS-iのマスターズゴルフの放送で登場）&lt;br /&gt;
*[[田中宏明]]（ジャーナリスト）&lt;br /&gt;
*[[土屋統督]]&lt;br /&gt;
*[[中村陽介]]&lt;br /&gt;
*[[奈良陽]]（故人、CMA所属、TBSラジオでニュースキャスターを担当）&lt;br /&gt;
*[[新村尚久]]&lt;br /&gt;
*[[林美雄]]（在籍中に逝去）&lt;br /&gt;
*[[平野貞一]]&lt;br /&gt;
*[[藤田和弘]]（1994年夏に定年退職）&lt;br /&gt;
*[[桝井論平]]（本名は桝井貞之、フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
*[[松永邦久]]（現・CMA常務取締役、TBSアナウンススクール事務局長）&lt;br /&gt;
*[[松宮一彦]]（故人、「[[ザ・ベストテン]]」の追っかけマンやラジオ「サーフ＆スノー」のDJで有名だった）&lt;br /&gt;
*[[宮内鎮雄]]（2005年春に定年退職、現在はナレーションを中心に務める）&lt;br /&gt;
*[[宮澤祐介]]（1993年入社、報道局記者→アメリカ留学→NGOグループ所属）&lt;br /&gt;
*[[山田修爾]]（1969年入社、HDソフト部長、[[アナウンス部]]長、経営企画局担当局次長等を経て2005年9月に定年退職、現・CMA常務取締役。[[ドリーム・プレス社]]監修）&lt;br /&gt;
*[[山田二郎]]&lt;br /&gt;
*[[山本文郎]]（1994年定年3ヶ月前で退職。フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
*[[吉村光夫]]（NPO法人鉄道模型の会代表）&lt;br /&gt;
*[[料治直矢]]（故人）&lt;br /&gt;
*[[渡辺謙太郎]]（故人、メディア・スタッフ元代表取締役会長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;女性&lt;br /&gt;
*[[雨宮塔子]]（1993年入社、フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
*[[有村かおり]]（1983年入社、現・CMA所属）&lt;br /&gt;
*[[石井和子]]（[[気象予報士]]）&lt;br /&gt;
*[[今井登茂子]]&lt;br /&gt;
*[[岩崎直子]]&lt;br /&gt;
*[[宇野淑子]]（1964年入社~2002年春定年退職、作家）&lt;br /&gt;
*[[遠藤泰子]]&lt;br /&gt;
*[[大沼真理]]&lt;br /&gt;
*[[香川恵美子]]（[[セントルイス・カージナルス]]の[[田口壮]]選手の妻）&lt;br /&gt;
*[[川田亜子]]&lt;br /&gt;
*[[木場弘子]]（[[千葉大学]]特命[[教授]]、[[野球評論家]][[与田剛]]氏の妻）&lt;br /&gt;
*[[木元教子]]（評論家）&lt;br /&gt;
*[[桐本幸子]]&lt;br /&gt;
*[[見城美枝子]]（現：[[青森大学]]教授）&lt;br /&gt;
*[[神津栄子]]&lt;br /&gt;
*[[進藤晶子]]（1994年入社、フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
*[[須賀雅子]]&lt;br /&gt;
*[[菅原牧子]]（1968年入社、「[[講談社]]ラジオブックス」の[[プロデューサー]]）&lt;br /&gt;
*[[戸田恵美子]]（1987年入社、現・CMA所属）&lt;br /&gt;
*[[中島みち|中島道]]（ノンフィクション作家・中島みち）&lt;br /&gt;
*[[野口雅子]]&lt;br /&gt;
*[[福島弓子]]（[[シアトル・マリナーズ]]の[[イチロー]]選手の妻）&lt;br /&gt;
*[[藤田恒美]]&lt;br /&gt;
*[[三雲孝江]]（現：イブニング・ファイブキャスター）&lt;br /&gt;
*[[渡辺真理]]（キャスター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アナウンサー以外で在籍==&lt;br /&gt;
;男性&lt;br /&gt;
*[[青柳脩]]（CMA代表取締役社長）&lt;br /&gt;
*[[秋山豊寛]]（日本初の宇宙飛行士、現在は農家）&lt;br /&gt;
*[[井沢元彦]]（作家）&lt;br /&gt;
*[[居作昌果]]（テレビ制作会社「[[タイクス]]」元代表、故人）&lt;br /&gt;
*[[大山勝美]]（ドラマプロデューサー・演出家、テレビ制作会社「カズモ」代表）&lt;br /&gt;
*[[久世光彦]]（ドラマ演出家、作家、故人）&lt;br /&gt;
*[[小杉隆]]（元[[文部大臣]]）&lt;br /&gt;
*[[近藤邦勝]]（ドラマプロデューサー・演出家、テレビ美術会社「[[アックス (会社)|アックス]]」社長を経て現在は「[[ドリマックス・テレビジョン]]」社長）&lt;br /&gt;
*[[実相寺昭雄]]（演出家・脚本家・[[映画監督]]、故人）&lt;br /&gt;
*[[新堀俊明]]（[[日本大学]]教授・尚、かつては[[JNNニュースコープ]]キャスターを担当していた。）&lt;br /&gt;
*[[杉田秀男]]（元[[日本スケート連盟]]理事、[[フィギュアスケート]]選手・審判）&lt;br /&gt;
*[[田畑光永]]（CMA所属ジャーナリスト、元[[神奈川大学]]教授・新堀と同様、かつてJNNニュースコープキャスター担当。）&lt;br /&gt;
*[[円谷一]]（演出家・プロデューサー、「[[円谷プロダクション]]」二代目社長、故人）&lt;br /&gt;
*[[弟子丸千一郎]]（TVプロデューサー、テレビ美術会社「アックス」会長）&lt;br /&gt;
*[[服部晴治]]（在籍中に死去。TVプロデューサー、[[大竹しのぶ]]の元夫）&lt;br /&gt;
*[[樋口潮]]（『[[筋肉番付シリーズ]]』『[[ZONE_(テレビ番組)|人間解析ドキュメント・ZONE]]』などをプロデュース。現在はテレビ制作会社「[[Monster9]]」を設立し、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の『[[海筋肉王 ～バイキング～|海筋肉王]]』などをプロデュースしている。）&lt;br /&gt;
*[[堀川とんこう|堀川とんこう（堀川敦厚）]]（ドラマプロデューサー・演出家・映画監督）&lt;br /&gt;
*[[松岡憲治]]（人生評論家、フジテレビ『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』にもレギュラー出演した）&lt;br /&gt;
*[[脇田時三]]（ドラマ演出家・監督、テレビ制作会社「[[テレパック]]」代表）&lt;br /&gt;
*[[渡辺岳夫]]（[[作曲家]]・故人）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;女性&lt;br /&gt;
*[[石井ふく子]]（TVプロデューサー）&lt;br /&gt;
*[[小渕優子]]（衆議院議員、故･[[小渕恵三]]元[[内閣総理大臣]]の娘）&lt;br /&gt;
*[[堂本暁子]]（元衆議院議員、千葉県知事）&lt;br /&gt;
*[[吉永春子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== オープニング・クロージング（テレビ）==&lt;br /&gt;
TBSラジオのオープニング・クロージングは[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*「赤坂鉄塔」バージョン - KRT開局～[[1961年]][[3月]]&lt;br /&gt;
*「モノクロ夕日」バージョン - 1961年4月～[[1962年]]12月&lt;br /&gt;
*「[[ガラス棒 (東京放送)|ガラス棒]]」90秒バージョン（ナレーション：[[藤田恒美]]） - [[1963年]][[1月]]（[[1973年]][[1月]]よりカラー化）～[[1987年]][[9月]]／30秒バージョン（同） - 1973年[[10月]]～[[1991年]]9月&lt;br /&gt;
**このガラス棒映像は筆記体ロゴが変更になるまで長らく使われた。&lt;br /&gt;
*ミクロコスモスバーション（ナレーション：[[林美雄]]） - [[1991年]]9月末～[[1994年]]3月27日&lt;br /&gt;
**TBSロゴがミクロコスモスに変更されたことから全面的に改められた。CGで[[万華鏡]]のような背景の中に太陽系の惑星が次々と出てくる映像。この代からステレオ化され、音声多重放送のコールサインも告げられる。また、テロップ・ナレーションから「東京放送」の名称が消えた。オープニング・クロージングは共通。周波数情報などのテロップは順に出てきて奥に小さく消えてゆく。60秒。&lt;br /&gt;
*地球バージョン（ナレーション：林美雄） - 1994年3月28日～[[2000年]]3月&lt;br /&gt;
**ミクロコスモスのロゴが不評により変更になったため、音楽・ナレーションはそのまま映像を差し替えた。CGで地球を映しながら、英語で書かれた周波数情報、コールサインを地球に沿う形で流してゆくものである。&lt;br /&gt;
*獏と子供KRバージョン（ナレーション：[[ケイ・グラント]]） - 2000年[[4月]]～[[2001年]]9月&lt;br /&gt;
**「ジーン」の制定により、全面的に変更となったもの。アニメーションを使い、従来の映像に比べると柔らかい印象になった。なお、「東京放送」の名称は出ないが、「Tokyo Broadcasthing System」の英語名称がナレーション・映像に使われている。&lt;br /&gt;
*獏と子供RXバージョン（ナレーション：林美雄） - 2001年10月～[[2003年]]3月&lt;br /&gt;
**TBSラジオ分社化に伴い、コールサインが「JORX-TV」となったための変更。尚、ナレーションの林アナは[[2002年]][[7月]]に亡くなったものの、[[2003年]]春の変更迄はこのバージョンが使用された。&lt;br /&gt;
*現行ショートバージョン（ナレーション：[[吉川美代子]]） - [[2003年]]4月～&lt;br /&gt;
**他局同様、放送終了後はフィラー化したため、オープニング・クロージングも簡略化される傾向が強い。このバージョンもその例に漏れない。なお、デジタル放送用もほぼ同じだが、アナログで「Tokyo Broadcasthing System」とコールする部分は、「'''東京放送'''です」とアナウンスし、ガラス棒バージョン終了以来久々に「東京放送」の名称が使われるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== キャッチフレーズ ==&lt;br /&gt;
*もうひとつの家族6チャンネル（1980年4月～1981年3月）&lt;br /&gt;
*TBS For The Best!（1981年4月～1987年3月）&lt;br /&gt;
*もっと素敵に、TBS（1987年4月～1991年3月）&lt;br /&gt;
*やるテレビ。ぼくはリアルだ。TBS（1991年4月～1992年3月）&lt;br /&gt;
*テレビが好きです。TBS（1992年4月～1992年9月）&lt;br /&gt;
*人間の味がする。TBS（1992年4月～1993年3月）&lt;br /&gt;
*テレビ道。TBS（1993年4月～1994年3月）&lt;br /&gt;
*YES,TBS.（1994年4月～1996年3月）&lt;br /&gt;
*TBS6（1996年10月～1999年4月）&lt;br /&gt;
*夢をつなぐ橋。TBS（1999年4月～2000年3月）&lt;br /&gt;
*未来箱（みらいっぱこ）。TBS（2000年4月～2001年3月）&lt;br /&gt;
*TBooS（2001年10月～2004年3月）&lt;br /&gt;
*チャンネル・ロック!!TBS（2004年4月～）&lt;br /&gt;
本局のアナログテレビジョン放送のチャンネルは「'''6'''」であり、デジタルテレビジョン放送のリモコンIDも「'''6'''」である。&lt;br /&gt;
現在のキャッチフレーズ“チャンネル・ロック!”は「6チャンネル」と「チャンネルはそのまま」をかけており、番組の最後に流れる「クロスプログラム」（次の番組の告知）でも右上に「チャンネル・ロック」と表示される（関東のみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお近年は、デジタルテレビジョン放送のリモコンIDがTBSと同じ「'''6'''」となる系列地方局でも、当該地域向けにTBSが用意する宣伝映像の中で、密かに「チャンネル・ロック」のフレーズが出てくることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== コーポレート・スローガン ===&lt;br /&gt;
*この窓は、キミのもの。TBS（2003年4月～2006年3月）&lt;br /&gt;
*「おもしろくって、ためになる」テレビ局 TBS （2006年4月～）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 局マスコット ==&lt;br /&gt;
黒豚をモチーフにした[[BooBo]]（ブーブ）がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビの[[時刻出し]] ==&lt;br /&gt;
:放送開始時～9:53:00（土曜日は9:24:00）まで。&lt;br /&gt;
::「[[みのもんたの朝ズバッ!]]」と「[[みのもんたのサタデーずばッと]]」はカスタムで表示（2つの番組のデザインは別々のもの）。CM中は通常フォントで表示。&lt;br /&gt;
:平日 11:55:15～12:55:20&lt;br /&gt;
::「[[ピンポン!]]」第2部内。CM中は非表示。2007年2月26日より表示開始。2007年4月20日まで昼の時刻表示は「12:00」と表示していた。&lt;br /&gt;
:平日 16:54:00～18:55:00&lt;br /&gt;
::「[[イブニング・ファイブ]]｣内。CM中は非表示。&lt;br /&gt;
*かつては、平日の午前は10:19:00まで（2005年3月25日まで、含むCM中）の表示があった。また、1997年10月頃、ごく短期間であったが、月～木曜23:55:00～翌0:49:00の間の表示もあった(0:00の表示であった。CM中は非表示)ほか、かつては[[フィラー]]で放送していた｢ミッドナイトウェザー｣([[TBSニュースバード|TBSニュースバード(旧:JNNニュースバード)]]放送開始前)開始から“ミッドナイトウェザー”専用フォントで表示があった。&lt;br /&gt;
*尚、[[2007年]][[7月17日]]の[[明石家さんちゃんねる]]では、冒頭で｢SNNニュース｣([[JNNニュース]]をもじったもの)を放送したが、この枠では全国ネットで時刻表示がされていた。(21:00～21:02頃、ただし番組内では09:0Xで表示。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 制作映画 ==&lt;br /&gt;
*1980年 [[天平の甍]]&lt;br /&gt;
*1992年 [[課長島耕作]]（[[田原俊彦]]）&lt;br /&gt;
*1993年 [[高校教師_(テレビドラマ)|高校教師]]&lt;br /&gt;
*1994年 Jリーグを100倍楽しく見る方法!!&lt;br /&gt;
*1995年 1・2の三四郎&lt;br /&gt;
*1995年 [[アンネの日記]]&lt;br /&gt;
*1997年 [[義務と演技]]&lt;br /&gt;
*1998年 [[大安に仏滅!?]]&lt;br /&gt;
*1998年 [[アンドロメディア]]&lt;br /&gt;
*1998年 [[スプリガン]] （アニメ）&lt;br /&gt;
*1999年 [[催眠_(小説、映画)|催眠]]&lt;br /&gt;
*1999年 [[秘密_(小説、映画)|秘密]]&lt;br /&gt;
*1999年 [[カラオケ_(映画)|カラオケ]]&lt;br /&gt;
*1999年 [[サラリーマン金太郎]]&lt;br /&gt;
*2000年 [[ケイゾク|ケイゾク／映画 ～Beautiful Dreamer～]] &lt;br /&gt;
*2000年 [[はつ恋]]&lt;br /&gt;
*2000年 [[クロスファイア]]&lt;br /&gt;
*2001年 [[連弾]]&lt;br /&gt;
*2001年 [[陰陽師]]&lt;br /&gt;
*2002年 [[突入せよ! あさま山荘事件]]&lt;br /&gt;
*2002年 [[ピンポン_(漫画)|ピンポン]]&lt;br /&gt;
*2002年 [[命_(映画)|命]]&lt;br /&gt;
*2002年 [[DRIVE_(映画)|DRIVE]]&lt;br /&gt;
*2002年 [[マッスルヒート]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[黄泉がえり]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[あずみ]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[恋愛寫眞|恋愛寫眞 College of Our Life]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[ドラゴンヘッド]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[陰陽師II]]&lt;br /&gt;
*2003年 [[木更津キャッツアイ 日本シリーズ]] &lt;br /&gt;
*2004年 [[半落ち]]&lt;br /&gt;
*2004年 [[ゼブラーマン]]&lt;br /&gt;
*2004年 [[アップルシード|APPLESEED]] （アニメ）&lt;br /&gt;
*2004年 [[世界の中心で、愛をさけぶ]]&lt;br /&gt;
*2004年 [[下妻物語]]&lt;br /&gt;
*2004年 [[Jホラーシアター]]（感染／予言）&lt;br /&gt;
*2004年 [[スチームボーイ]] （アニメ）&lt;br /&gt;
*2004年 [[いま、会いにゆきます]]&lt;br /&gt;
*2005年 [[あずみ2 Death or Love]]&lt;br /&gt;
*2005年 [[四日間の奇蹟]]&lt;br /&gt;
*2005年 [[NANA]]&lt;br /&gt;
*2005年 [[この胸いっぱいの愛を]]&lt;br /&gt;
*2005年 [[あらしのよるに]]（アニメ）&lt;br /&gt;
*2006年 [[嫌われ松子の一生 (映画)|嫌われ松子の一生]]&lt;br /&gt;
*2006年 [[日本沈没]]&lt;br /&gt;
*2006年 [[涙そうそう_(映画)|涙そうそう]]&lt;br /&gt;
*2006年 [[木更津キャッツアイ ワールドシリーズ]]&lt;br /&gt;
*2006年 [[NANA2]]&lt;br /&gt;
*2006年 [[犬神家の一族]]&lt;br /&gt;
*2007年 [[どろろ (映画)|どろろ ～DORORO～]]（実写版）&lt;br /&gt;
*2007年 [[そのときは彼によろしく]]&lt;br /&gt;
*2007年 [[憑神]]&lt;br /&gt;
*2007年 [[Life 天国で君に逢えたら]]&lt;br /&gt;
*2007年 [[包帯クラブ]]&lt;br /&gt;
*2007年 [[恋空]] &lt;br /&gt;
*2007年 [[クローズZERO]] &lt;br /&gt;
*2008年 [[チーム・バチスタの栄光]] &lt;br /&gt;
*2008年 [[映画 クロサギ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
備考：最近の日本映画は「[[製作委員会方式]]」で作られる作品が主流で、TBSが製作・出資に関わる映画は、準キー局の[[毎日放送]]も製作委員会に名を連ねている作品が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== イベント ==&lt;br /&gt;
*[[アナフェスタ]]&lt;br /&gt;
*[[TBSアニメフェスタ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連制作会社 ==&lt;br /&gt;
* [[タイクス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主なグループ会社 ==&lt;br /&gt;
系列放送局各社に関しては「[[JNN]]」の項目を参照。&amp;lt;!-- ※なお、このほかに[[テレビユー福島]]、[[テレビ高知]]、[[あいテレビ]]、[[青森テレビ]]、[[テレビユー福島]]、[[新潟放送]]、[[チューリップテレビ]]、[[テレビ山口]]、[[RKB毎日放送]]にも、筆頭株主ないし主要株主として名を列ねているとのこと。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 連結子会社 ===&lt;br /&gt;
[[2005年]][[3月31日]]現在で28社存在する。尚、同年[[4月1日]]に株式会社ティ・ビー・エス・ラジオ・アンド・コミュニケーションズは株式会社TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズに、株式会社ペックは株式会社TBSトライメディアに各々商号を変更している。&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBSテレビ]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBSサービス]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBSビジョン]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[日音]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[緑山スタジオ・シティ]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[アックス (会社)|アックス]]&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
*株式会社[[東放制作]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBSトライメディア]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[赤坂ビデオセンター]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[ドリマックス・テレビジョン]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[プロカム]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[サウンズ・アート]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[横浜ベイスターズ]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 持分法適用関連会社 ===&lt;br /&gt;
2005年3月31日現在で4社存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*株式会社[[ティ・エル・シー]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[東通]]&lt;br /&gt;
*株式会社[[ビーエス・アイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他出資会社 ==&lt;br /&gt;
[[東京エレクトロン]]株式会社、株式会社[[トレソーラ]]、株式会社[[キッズステーション]]その他JNN各社を含む70社程度に出資していると思われる（既に売却したものを除く）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連法人 ==&lt;br /&gt;
;学校法人[[東放学園]]&lt;br /&gt;
:[[東放学園専門学校]]、[[東京アナウンス学院]]などを運営。設立時はTBSの教育事業本部として発足。放送・映像・音響技術者、アナウンサー・ナレーター、テレビタレントなど、メディア関連人材の養成機関である。現在も現場実習やグループ社員の講師派遣等、TBSとの繋がりは深い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[TBSビデオ問題]]&lt;br /&gt;
* [[TBS不二家捏造報道問題]]&lt;br /&gt;
* [[横浜F・マリノス]] （公式スポンサー）&lt;br /&gt;
* [[横浜ベイスターズ]]（親会社） &lt;br /&gt;
* [[阪急コミュニケーションズ]]（元・TBSブリタニカ）&lt;br /&gt;
* [[通信と放送の融合]]&lt;br /&gt;
* [[ジ～ン]]&lt;br /&gt;
* [[東京レコード]]（かつてTBS番組関連の[[レコード]]を発売していた[[レーベル]]）&lt;br /&gt;
* [[ディスコメイトレコード]]（かつて存在していたTBSグループのレコード会社、販売はビクター音産（現：[[ビクターエンタテインメント]]））&lt;br /&gt;
* [[金曜ドラマ]]&lt;br /&gt;
* [[日曜劇場]]&lt;br /&gt;
* [[JNN]]&lt;br /&gt;
* [[新・調査情報 passingtime]]&lt;br /&gt;
* [[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
** [[西山事件]]&lt;br /&gt;
** [[社会党]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.tbs.co.jp/ TBS]&lt;br /&gt;
*[http://news.tbs.co.jp/ News i] - TBSの動画ニュースサイト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうきょうほうそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:TBS|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のテレビ局]]&lt;br /&gt;
[[Category:三井グループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:衛星役務利用放送事業者]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都のマスメディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:東証一部上場企業]]&lt;br /&gt;
[[category:毎日新聞社]]&lt;br /&gt;
[[Category:横浜ベイスターズ]]&lt;br /&gt;
[[Category:JNN|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:関東地方の放送]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価学会]]&lt;br /&gt;
[[Category:八百長]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=TBS%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93&amp;diff=54154</id>
		<title>TBSテレビ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=TBS%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93&amp;diff=54154"/>
				<updated>2009-07-06T05:02:26Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社|&lt;br /&gt;
社名=株式会社TBSテレビ|&lt;br /&gt;
英文社名=TOKYO BROADCASTING SYSTEM TELEVISION,INC|&lt;br /&gt;
種類=[[株式会社]]|&lt;br /&gt;
市場情報=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
略称=TBSテレビ|&lt;br /&gt;
国籍=&amp;lt;!--本社所在地に「東京放送の項を参照」が3つも表示されるのでコメントアウト [[東京放送]]の項を参照--&amp;gt;|&lt;br /&gt;
郵便番号=&amp;lt;!--本社所在地に「東京放送の項を参照」が3つも表示されるのでコメントアウト [[東京放送]]の項を参照--&amp;gt;|&lt;br /&gt;
本社所在地=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
電話番号=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
設立=2000年（平成12）[[3月21日]]|&lt;br /&gt;
業種=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
事業内容=テレビ番組の企画、制作及び営業業務の受託等|&lt;br /&gt;
代表者=井上弘（代表取締役社長）|&lt;br /&gt;
資本金=3億円|&lt;br /&gt;
売上高=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
従業員=1,048名|&lt;br /&gt;
決算期=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
主要株主=[[東京放送]]の項を参照|&lt;br /&gt;
外部リンク=[http://www.tbs.co.jp/ 東京放送]|&lt;br /&gt;
特記事項=旧株式会社TBSエンタテインメント、2004年株式会社TBSライブ、株式会社TBSスポーツと合併|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社TBSテレビ'''(''TOKYO BROADCASTING SYSTEM TELEVISION, INC.'')は株式会社'''[[東京放送]]'''(TBS)の連結子会社で、同局の[[テレビ番組]]の制作、編成、報道、技術、営業等、[[テレビ|テレビジョン]]放送（送信）と総務・経理部門を除く、テレビ部門の現業全般を担当するTBSのテレビ事業会社である。 なお、同社は放送免許を保有していない（放送免許は親会社の東京放送が保有）ため、厳密に言うと「放送事業者」ではなく「テレビ番組製作会社」である。そのためTBSテレビは[[日本民間放送連盟|民放連]]には加盟していない。（東京放送が加盟している）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、報道記者、[[アナウンサー]]等、TBS本体の経理・総務の部門を除く約8割の従業員が「出向」という形で同社の所属となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同局のテレビ事業全般を担当するが、[[著作権]]、放送（送信）業務、営業指揮権、主編成権などは放送免許の[[免許人]]であるTBSが引き続き保持する。よってテレビ番組の[[クレジットタイトル|クレジット]]も「制作:TBSテレビ、製作著作:TBS''[[ジ～ン|人]]''」という表記になっている。（TBSエンタテインメント、TBSスポーツ、TBSライブ時代も同様だった）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
月曜会（三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合）に加盟しており、[[三井グループ]]の一員でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革・概要 ==&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12）[[3月21日]]&lt;br /&gt;
** 株式会社ティ・ビー・エス・エンタテインメント設立。&lt;br /&gt;
** 株式会社ティ・ビー・エス・スポーツ設立。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13）[[3月22日]]&lt;br /&gt;
** 株式会社ティ・ビー・エス・ライブ設立。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]（平成16）[[10月1日]]&lt;br /&gt;
** 株式会社ティ・ビー・エス・エンタテインメントを存続会社として、株式会社ティ・ビー・エス・スポーツ及び株式会社ティ・ビー・エス・ライブと合併し、商号を'''株式会社TBSテレビ'''に変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 補足&lt;br /&gt;
TBSテレビジョン（東京放送）の新聞[[番組表|ラ・テ欄]]等番組表のおける表記は、ラジオ東京時代（1955年～1960年）は「'''KRテレビ'''」（←JO''KR''-TV）、TBS社名変更後の1960年から1961年秋ごろまでは「'''東京テレビ'''」（東京放送テレビ）としていたが、以後は「'''TBSテレビ'''」で統一している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== TBSテレビ制作番組一覧 ==&lt;br /&gt;
現在[[東京放送|TBSテレビジョン]]（JOKR-TV：放送開業時から[[2001年]]9月まで/JORX-TV：2001年10月以降から現在）で放送している、または過去に放送された番組の一覧である。&lt;br /&gt;
ここに挙げられている番組のうち、現在放送中であるTBS著作の番組は、すべてテレビ事業会社『'''株式会社''TBSテレビ'''''』が「制作」という形をとっており、従来の制作プロダクションはTBSテレビからの受注というかたちとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]（平成12年）の分社化でドラマ、バラエティ、音楽番組などを担当する'''株式会社TBSエンタテイメント'''、スポーツ番組を担当する'''株式会社TBSスポーツ'''を設立。&lt;br /&gt;
さらに[[2001年]]（平成13年）には[[情報番組]]を担当する'''株式会社TBSライブ'''を設立した。&lt;br /&gt;
この3社が2004年10月に合併し、さらに編成、報道、テレビ営業等、放送（送信）と総務・経理を除くテレビの現業部門全般を行うTBSのテレビ事業会社『'''株式会社[[TBSテレビ]]'''』として再始動。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具体的な番組については次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※HDは[[ハイビジョン]]制作の番組である（終了の分も含む）。☆印はCS放送TBSチャンネルで現在放送中あるいは過去（1回だけの放送を含む）に放送されていた番組である。★印の番組はTBSニュースバード、'''i'''表記のある番組はBS-iでも放送している番組。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
※×は毎日放送にネットしない番組。●は中部日本放送にネットしない番組。略称はTBS系列のない秋田県（ABS（[[秋田放送]]）・AKT（[[秋田テレビ]]））・福井県（FBC（[[福井放送]]））・徳島県（JRT（[[四国放送]]））でも放送されているもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道・情報 ===&lt;br /&gt;
==== ニュース・情報ワイド番組 ====&lt;br /&gt;
* [[JNNニュース]]※HD&lt;br /&gt;
** [[JNNフラッシュニュース]]※HD&lt;br /&gt;
; 朝のニュース（ワイド番組含む）&lt;br /&gt;
* [[みのもんたの朝ズバッ!]]（月～金5:30～8:30）※HD [[青森テレビ|ATV]]・[[宮崎放送|MRT]]など一部地域は5:55からの飛び乗り、[[東北放送|TBC]]は7:25頃～8:27の間未放送、[[山陰放送|BSS]]・MRTはED未放送。&lt;br /&gt;
* [[みのもんたのサタデーずばッと]]（土5:45～7:30）※HD&lt;br /&gt;
;; 《終了した番組》&lt;br /&gt;
* [[モーニングジャンボ]]&lt;br /&gt;
** [[モーニングジャンボJNNニュースショー]]&lt;br /&gt;
* [[モーニングジャンボおはよう地球さん]]&lt;br /&gt;
* [[8時の空]]&lt;br /&gt;
* [[おはよう720]]&lt;br /&gt;
* [[おはよう700]]&lt;br /&gt;
* [[テレビ列島7時]]&lt;br /&gt;
* [[朝のホットライン|朝のホットライン→ホットライン]]&lt;br /&gt;
* [[砂川啓介 いま!朝です]]&lt;br /&gt;
* [[ドーナツ6]]&lt;br /&gt;
* [[地球!朝一番]]&lt;br /&gt;
* [[JNNおはようニュース&amp;amp;スポーツ]]&lt;br /&gt;
* [[8時のニュース]]&lt;br /&gt;
* [[JNNニュースコール]]&lt;br /&gt;
* [[あなたにオンタイム|あなたにオンタイム→JNNニュースオンタイム]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・ウェーブ|THE WAVE]]&lt;br /&gt;
* [[ビッグモーニング]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・フレッシュ!|ザ・フレッシュ!→フレッシュ!]]&lt;br /&gt;
* [[おはよう天気5:00]]（通称・おは天）&lt;br /&gt;
* [[お天気クジラ]]&lt;br /&gt;
* [[おはようクジラ]]&lt;br /&gt;
* [[いちばん!エクスプレス]]&lt;br /&gt;
* [[エクスプレス (テレビ番組)|エクスプレス]]&lt;br /&gt;
* [[いちばん!]]&lt;br /&gt;
* [[おはよう!グッデイ]]&lt;br /&gt;
* [[あさがけウォッチ!]]&lt;br /&gt;
* [[ウォッチ!]]&lt;br /&gt;
; お昼のニュース（ワイド番組含む）&lt;br /&gt;
* [[ピンポン!]]（月～金11:00～13:00）※HD 関東地区以外は11:30から&lt;br /&gt;
;; 《終了した番組》&lt;br /&gt;
* [[きょう発プラス!]]※HD&lt;br /&gt;
* [[JNNニュース1130]]&lt;br /&gt;
* [[ベストタイム]]&lt;br /&gt;
* [[ニュースフロント]]&lt;br /&gt;
; 夕方のニュース（ワイド番組含む）&lt;br /&gt;
* [[イブニング・ファイブ]]（月～金16:54～18:55）※HD×●&lt;br /&gt;
** [[JNNイブニング・ニュース]] （月～金17:50～18:16（イブニング・ファイブ内）、土18:30～19:00、日17:00～17:30）※HD&lt;br /&gt;
* [[あすのそら色]]（日曜18:24～18:30）&lt;br /&gt;
;; 《終了した番組》&lt;br /&gt;
* [[JNNニュースコープ]]&lt;br /&gt;
* [[テレポート6]]（首都圏ローカル）&lt;br /&gt;
* [[JNNニュースの森]]&lt;br /&gt;
* [[健康天気予報]]&lt;br /&gt;
; 夜のニュース&lt;br /&gt;
* [[筑紫哲也 NEWS23]] （月22:54～24:25 火～木22:54～23:50 金23:30～24:35）※HD 一部地域は「月+」（23:55～24:25）・「金曜深夜便」（24:20～24:35）未放送。&lt;br /&gt;
;; 《終了した番組》&lt;br /&gt;
* [[JNNニュースデスク]]&lt;br /&gt;
* [[JNNスポーツデスク]]&lt;br /&gt;
* [[ネットワーク (ニュース番組)|JNNネットワーク]]&lt;br /&gt;
* [[JNNニュース22プライムタイム|ニュース22プライムタイム]]&lt;br /&gt;
* [[JNNニュースデスク'88・'89]]&lt;br /&gt;
* [[情報デスクToday]]&lt;br /&gt;
* [[JNN SPORTS&amp;amp;NEWS]]&lt;br /&gt;
; その他のニュース&lt;br /&gt;
* [[JNN報道特集]]★（日17:30～18:24）※HD&lt;br /&gt;
* [[CBS Evening News]]★&lt;br /&gt;
* [[選挙開票特別番組 票決!ライブ]]★'''i''' ※HD&lt;br /&gt;
* [[TBSニュース]]※HD&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 情報系番組 ====&lt;br /&gt;
; 《TBS報道局制作》&lt;br /&gt;
* [[時事放談]]（日6:00～6:45）※HD ★'''i'''&lt;br /&gt;
* [[日本列島あしたのお天気]]※HD&lt;br /&gt;
; 《旧TBSライブ制作》&lt;br /&gt;
* [[ブロードキャスター]]（土22:00～23:24）※HD&lt;br /&gt;
* （関口宏の）[[サンデーモーニング]] （日8:00～9:54）※HD&lt;br /&gt;
* [[噂の!東京マガジン]]（日13:00～13:54）×●&lt;br /&gt;
; 旧TBSエンタテイメント制作&lt;br /&gt;
* [[はなまるマーケット]]（月～金8:30～9:55）※HD BSS・MRTは「[[スーパーモーニング]]」（テレ朝系）を放送&lt;br /&gt;
* [[2時っチャオ!]]（月～金14:00～15:53）※HD×&lt;br /&gt;
* [[王様のブランチ]]（土9:30～14:00）※HD '''i''' ×●&lt;br /&gt;
* [[王様のお夜食]]（金曜日深夜、終了）&lt;br /&gt;
; [[毎日放送|MBS]]制作&lt;br /&gt;
* [[知っとこ!]]（土7:30～9:25）※HD&lt;br /&gt;
** [[八木治郎ショー]]&lt;br /&gt;
** [[八木治郎ショー・いい朝8時]]→[[すてきな出逢い いい朝8時]]&lt;br /&gt;
** [[リアルタイム (テレビ番組)|リアルタイム]]&lt;br /&gt;
** [[サタモニ!]]&lt;br /&gt;
** [[新伍Niタッチ!]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 終了した番組 =====&lt;br /&gt;
* [[そこが知りたい]]☆&lt;br /&gt;
* [[見ればなっとく!]]&lt;br /&gt;
* [[スパスパ人間学!]]（旧'''TBSライブ'''製作）●&lt;br /&gt;
* [[モーニングジャンボ]]&lt;br /&gt;
* [[モーニングジャンボ奥さま8時半です]]&lt;br /&gt;
* [[さわやかワイド]]&lt;br /&gt;
* [[モーニングEye]]&lt;br /&gt;
* [[3時にあいましょう]]&lt;br /&gt;
* [[スーパーワイド]]&lt;br /&gt;
* [[素敵なあなた]]&lt;br /&gt;
* [[わいわいティータイム]]&lt;br /&gt;
* [[情報!もぎたてサラダ]]&lt;br /&gt;
* [[笑顔がいちばん!]]&lt;br /&gt;
* [[情報スペースJ]]→[[スペースJ]]&lt;br /&gt;
* [[草野満代の朝なま報道局]]×●&lt;br /&gt;
* [[お天気ネットワーク]]&lt;br /&gt;
* [[はぴひる!]]&lt;br /&gt;
* [[情報とってもインサイト|（特）情報とってもインサイト]]&lt;br /&gt;
* [[ジャスト (情報番組)|ジャスト]]●&lt;br /&gt;
* [[情報ドラマチック もくげき!]]×●&lt;br /&gt;
* [[きょう発プラス!]]※HD&lt;br /&gt;
* [[2時ピタッ!]]※HD×&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ドキュメンタリー・教養 ====&lt;br /&gt;
* [[皇室アルバム]]（毎日放送・1975年3月まで[[テレビ朝日|NET（現：テレビ朝日）]]系列で放送）（土5:30-5:45）&lt;br /&gt;
* [[夢の扉 ～NEXT DOOR～]]（日18:30～19:00、[[NTTドコモ|NTTDoCoMoグループ]]提供）&lt;br /&gt;
* [[情熱大陸]]（日23:00～23:30、[[毎日放送]](MBS)制作）☆（スペシャルライブのみ） AKT&lt;br /&gt;
* [[世界遺産 (テレビ番組)|世界遺産]]（日23:30～0:00、[[ソニー|SONY]]提供）※HD☆'''i''' ABS&lt;br /&gt;
* [[ドキュメント・ナウ]]（月25:25-25:55）&lt;br /&gt;
* [[CBSドキュメント]]（金25:55-26:50）×●（関東ローカル）★&lt;br /&gt;
* [[バース・デイ]]（木24:55-25:25）×&lt;br /&gt;
* [[報道の魂]]（毎月第3日25:20～25:50）×●（関東ローカル）★&lt;br /&gt;
; 終了した番組&lt;br /&gt;
* [[ニッセイワールドドキュメント]]&lt;br /&gt;
** [[日曜特集・新世界紀行]]☆→[[浪漫紀行・地球の贈り物]]→[[世界謎紀行・神々のいたずら]]→[[神々の詩]]→[[未来の瞳]]&lt;br /&gt;
* [[兼高かおる世界の旅|兼高かおる・世界の旅]]&lt;br /&gt;
* [[世界の子供たち]]&lt;br /&gt;
* [[世界めぐり愛]]&lt;br /&gt;
* [[女神の天秤]]&lt;br /&gt;
* [[中村敦夫の地球発22時]]（[[毎日放送]]）&lt;br /&gt;
* [[地球発19時]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[北緯35度の風]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[ZONE (テレビ番組)|ZONE]]&lt;br /&gt;
* [[世界の結婚式]]&lt;br /&gt;
* [[野生の王国]]（毎日放送、1975年3月まで[[テレビ朝日|NET（現：テレビ朝日）]]系列で放送）☆&lt;br /&gt;
* [[生きものばんざい]]（毎日放送、1975年3月までNET（現：テレビ朝日）系列で放送）&lt;br /&gt;
* [[真珠の小箱]]（毎日放送、1961年7月から1975年3月までNET（現：テレビ朝日）系列で放送 2002年3月で打ち切り）&lt;br /&gt;
* [[道浪漫]]（毎日放送）☆&lt;br /&gt;
* [[情報ドラマチック もくげき!]]&lt;br /&gt;
* [[イチバン!]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スポーツ ===&lt;br /&gt;
; 旧TBSスポーツ制作&lt;br /&gt;
* [[J-SPORTS (番組)|Jスポ]] （日 夜0:10～0:50）※HD 一部地域では0:30で放送終了&lt;br /&gt;
* [[スーパーサッカー]] (PLUS J-SPORTS) （土 夜0:00～0:45）※HD&lt;br /&gt;
* [[J-LEAGUE WIDE]]☆'''i'''（[[Jリーグ|J1リーグ]]中継、随時）※HD（一部試合を除く）特に、特定したチームはないが[[浦和レッドダイヤモンズ]]や[[ジュビロ磐田]]の試合をよく中継する。&lt;br /&gt;
* [[ザ・プロ野球]]（プロ野球中継）'''i'''※HD（一部試合を除く）&lt;br /&gt;
* [[全国高校野球選手権大会中継]]（朝日放送、1974年まで。1975年からは[[テレビ朝日|NET（現：テレビ朝日）]]系列へ移行）&lt;br /&gt;
* ''[[筋肉番付シリーズ]]''&lt;br /&gt;
** [[筋肉番付シリーズ#筋肉番付|筋肉番付]]→[[筋肉番付シリーズ#体育王国|体育王国]]→[[筋肉番付シリーズ#黄金筋肉（ゴールデンマッスル）|黄金筋肉（ゴールデンマッスル）]]&lt;br /&gt;
** [[筋肉番付シリーズ#スポーツマンNo.1決定戦|スポーツマンNo.1決定戦]]&lt;br /&gt;
** [[SASUKE]]&lt;br /&gt;
* [[ニューイヤー駅伝]] '''i'''※HD（毎年1月1日、[[群馬テレビ]]へもネット）&lt;br /&gt;
* [[全日本実業団女子駅伝]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[世界陸上選手権]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[東レ・パン・パシフィック・テニス]] '''i'''（[[GAORA]]でも放送）&lt;br /&gt;
* [[三井住友VISA太平洋マスターズ]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[カシオワールドオープンゴルフトーナメント|カシオワールドオープン]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[バレーボール世界選手権|世界バレー]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[バスケットボール世界選手権|世界バスケ]] '''i'''&lt;br /&gt;
* [[MLB主義]](野球シーズン 2004年～)&lt;br /&gt;
* MLBスタジアム（主に土曜深夜（日曜未明）2:40～）※HD '''i'''&lt;br /&gt;
* ''[[西武ライオンズ]]情報番組''&lt;br /&gt;
** [[がんばれライオンズ]]（1979年～1986年）&lt;br /&gt;
** [[ナイスプレー!!ライオンズ]]（1987年・1988年）&lt;br /&gt;
** [[ナイスプレー!!ライオンズ サタデースペシャル]]（1989年～1996年）&lt;br /&gt;
** [[レッツゴー!ライオンズ]]（1997年～2002年）&lt;br /&gt;
* [[YKKアワー キックボクシング中継]]&lt;br /&gt;
* [[わいわいスポーツ塾]]&lt;br /&gt;
* [[JNNスポーツチャンネル]]&lt;br /&gt;
** [[JNN SPORTS&amp;amp;NEWS]]&lt;br /&gt;
* [[ZONE (テレビ番組)|ZONE]]&lt;br /&gt;
* [[FIFAコンフェデレーションズカップ]]など、[[FIFAワールドカップ|W杯]]を除く[[国際サッカー連盟|FIFA]]公認のナショナルチーム間の国際大会は、[[フジテレビジョン]]系列及びTBS系列が共同放送制作している。（他に[[バレーボール]]のオリンピック世界予選の中継も[[2004年]]アテネ大会のときに行ったことがある）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティ ===&lt;br /&gt;
特記以外'''旧TBSエンタテインメント'''制作&lt;br /&gt;
; 月曜日&lt;br /&gt;
* [[関口宏の東京フレンドパークII]] （18:55 - 19:54）※HD&lt;br /&gt;
; 火曜日&lt;br /&gt;
* [[ぴったんこカン・カン]] （18:55 - 19:54）&lt;br /&gt;
* [[学校へ行こう!MAX]] （19:54 - 20:54）&lt;br /&gt;
* [[ズバリ言うわよ!]] （21:00 - 21:54）※HD&lt;br /&gt;
* [[リンカーン (テレビ番組)|リンカーン]] （22:00 - 22:54）&lt;br /&gt;
; 水曜日&lt;br /&gt;
* [[水トク!]]（18:55 - 20:54）※HD（内容による）&lt;br /&gt;
* [[明石家さんちゃんねる]]（21:00 - 21:54）※HD&lt;br /&gt;
* [[世界バリバリ★バリュー]]（22:00 - 22:54）※HD（毎日放送）&lt;br /&gt;
; 木曜日&lt;br /&gt;
* [[徳光和夫の感動再会&amp;quot;逢いたい&amp;quot;]]（18:55 - 19:54）※HD [[ローカルセールス枠]]&lt;br /&gt;
* [[うたばん]]（20:00 - 20:54）&lt;br /&gt;
; 金曜日&lt;br /&gt;
* [[ランキンの楽園]]（18:55 - 19:54）（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[ドリーム・プレス社]]（20:00 - 20:54）&lt;br /&gt;
* [[中居正広の金曜日のスマたちへ]]（21:00 - 21:54）&lt;br /&gt;
* [[恋するハニカミ!]] （23:00 - 23:30、[[花王]]提供）&lt;br /&gt;
; 土曜日&lt;br /&gt;
* [[王様のブランチ]] （9:30 - 14:00）※HD&lt;br /&gt;
* [[ヤレデキ!世界大挑戦]] （19:00 - 19:56）※HD [[テレビ山口|tys]]は「[[SMAP×SMAP]]」（フジ系）を放送。&lt;br /&gt;
* [[地球!ジオグラTV]] （19:56 - 20:54）※HD&lt;br /&gt;
* [[日立 世界・ふしぎ発見!]]（21:00 - 21:54、[[日立グループ]]提供）※HD ABS・FBC・JRT（いずれも一週遅れ）&lt;br /&gt;
; 日曜日&lt;br /&gt;
* [[週刊!健康カレンダー カラダのキモチ]]（7:00 - 7:30、[[テルモ]]提供）（CBC）&lt;br /&gt;
* [[がっちりマンデー!!]] （7:30 - 8:00）&lt;br /&gt;
* [[サンデージャポン]] （10:00 - 11:24）※HD&lt;br /&gt;
* [[アッコにおまかせ!]] （11:45 - 12:54）※HD&lt;br /&gt;
** [[全員正解あたりまえ!クイズ]]（終了）&lt;br /&gt;
* [[さんまのSUPERからくりTV]] （19:00 - 20:00）※HD&lt;br /&gt;
* [[どうぶつ奇想天外!]]☆ （20:00 - 20:54）※HD&lt;br /&gt;
* [[世界ウルルン滞在記&amp;quot;ルネサンス&amp;quot;]] （22:00 - 22:54）※HD（毎日放送） AKT&lt;br /&gt;
; 深夜番組&lt;br /&gt;
* [[オビラジR]]（月24:55 - 25:25 火・水・木24:25 - 24:55）&lt;br /&gt;
* [[ネプ理科]]（火23:55 - 24:25）※HD&lt;br /&gt;
* [[バース・デイ]]（木24:55 - 25:25）&lt;br /&gt;
* [[アイチテル!]] （水23:55 - 24:25）&lt;br /&gt;
* [[Goro's Bar]] （木23:55 - 24:25）※HD&lt;br /&gt;
* [[クチコミ (テレビ番組)|クチコミ]]（木24:55 - 25:25）&lt;br /&gt;
* [[R30]] （金24:40 - 25:25）※HD&lt;br /&gt;
* [[所萬遊記]] （金25:25 - 25:55）&lt;br /&gt;
; 終了した番組&amp;lt;!--あれば追加願います--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[8時だョ!全員集合]]&lt;br /&gt;
* [[飛べ!孫悟空]]&lt;br /&gt;
* [[加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ]]&lt;br /&gt;
* [[KATO&amp;amp;KENテレビバスターズ]]&lt;br /&gt;
* [[お笑い頭の体操]]&lt;br /&gt;
* [[新婚さんいらっしゃい!]] （朝日放送、1975年4月から[[テレビ朝日|NETテレビ(現・テレビ朝日)]]系列で放送）&lt;br /&gt;
* [[ぎんざNOW]]☆&lt;br /&gt;
* [[夕やけロンちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[アップルシティ500]]&lt;br /&gt;
* [[たのきん全力投球!]]&lt;br /&gt;
* [[パリンコ学園No.1]]&lt;br /&gt;
* [[ピンキーパンチ大逆転!]]&lt;br /&gt;
* [[欽ちゃんの週刊欽曜日]]☆&lt;br /&gt;
* [[たけしのお笑いサドンデス]]&lt;br /&gt;
* [[ゲーム・史上最大の作戦]]&lt;br /&gt;
* [[風雲!たけし城]]☆&lt;br /&gt;
* [[ギミア・ぶれいく]]&lt;br /&gt;
* [[THE・プレゼンター]]&lt;br /&gt;
* [[総天然色バラエティー 北野テレビ]]&lt;br /&gt;
* [[テレビ探偵団]]&lt;br /&gt;
* [[街かどテレビ11:00]]&lt;br /&gt;
* [[TVジェネレーション]]&lt;br /&gt;
* [[テレビの王様]]&lt;br /&gt;
* [[山田邦子のしあわせにしてよ]]&lt;br /&gt;
* [[ホビーにくびったけ!]]&lt;br /&gt;
* [[しあわせ家族計画]]☆&lt;br /&gt;
* [[オフレコ!]]☆&lt;br /&gt;
* [[快傑熟女!心配ご無用]]&lt;br /&gt;
* [[マダムんむん]]&lt;br /&gt;
* [[サバイバー (テレビ番組)|サバイバー]]☆（CSの再放送はアメリカ版のみ）&lt;br /&gt;
* [[ガキバラ帝国2000!]]&lt;br /&gt;
* [[USO!?ジャパン]]&lt;br /&gt;
* [[ガチンコ!]]&lt;br /&gt;
** [[☆愛と誠☆]]&lt;br /&gt;
* [[学校へ行こう!]]&lt;br /&gt;
* [[ここがヘンだよ日本人]]&lt;br /&gt;
* [[所さんの20世紀解体新書]]&lt;br /&gt;
* [[ウンナンのホントコ!|ウッチャンナンチャンのホントのトコロ→ウンナンのホントコ!]]&lt;br /&gt;
** [[ウッチャきナンチャき]]&lt;br /&gt;
* [[ウンナンの桜吹雪は知っている]]&lt;br /&gt;
* [[ウンナンの気分は上々。]]☆&lt;br /&gt;
* [[生生生生ダウンタウン]]&lt;br /&gt;
* [[ぶっちゃけ!99]]&lt;br /&gt;
** [[ディスカバ!99]]&lt;br /&gt;
* [[Toki-kin急行 好きだよ!好きやねん]]&lt;br /&gt;
* [[お笑いLIVE10!]]&lt;br /&gt;
* [[爆笑問題のバク天!]]&lt;br /&gt;
* [[人間!これでいいのだ]]&lt;br /&gt;
** [[ぴーかんバディ!]]&lt;br /&gt;
* [[アスリート応援TV! ニッポン!チャ×3]]&lt;br /&gt;
* [[ドッカ〜ン!]]&lt;br /&gt;
* [[キャプテン☆ドみの]]&lt;br /&gt;
* [[ムーブ (バラエティー)|ムーブ]]→[[ザッツ!]]&lt;br /&gt;
** '''ムーブ'''&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 月曜日--&amp;gt;[[関口宏の東京フレンドパークII|関口宏の東京フレンドパーク]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 火曜日--&amp;gt;[[三宅裕司のぎゃっぷウォーズ]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 水曜日第1-2クール--&amp;gt;[[島田弁護協会]]（島田紳助）&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 木曜日--&amp;gt;[[上岡龍太郎の男と女ホントのところ]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 水曜日第3-4クール--&amp;gt;[[テレビ進学塾]]（島田紳助）&amp;lt;!--クイズ出題・解答に「オールスター感謝祭」のシステムを使用--&amp;gt;&lt;br /&gt;
** '''ザッツ！'''&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 月曜日--&amp;gt;[[関口宏のPAPAパラダイス]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 火曜日--&amp;gt;[[ウェディングベル]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 水曜日--&amp;gt;[[コサキンルーの怒んないで聞いて!!]]&lt;br /&gt;
*** &amp;lt;!-- 木曜日--&amp;gt;[[上岡龍太郎vs50人]]&lt;br /&gt;
* [[ワンダフル]]&lt;br /&gt;
* [[Pooh!]]&lt;br /&gt;
** [[ラブセン!]]&lt;br /&gt;
** [[ウンナンさん]]&lt;br /&gt;
*** [[UN街]]&lt;br /&gt;
** [[新すぃ日本語]]&lt;br /&gt;
*** [[新すぃ○○!]]&lt;br /&gt;
** [[ロンロバ!金メダル]]&lt;br /&gt;
** [[サイボーグ魂]]（'''TBSスポーツ'''制作）&lt;br /&gt;
** [[恋愛マスター]]&lt;br /&gt;
** [[ブーケをねらえ!]]&lt;br /&gt;
* [[チャレンジ大魔王]]&lt;br /&gt;
* [[ドラゴン&amp;amp;ボールアワー]]&lt;br /&gt;
* [[天才!トコロ店]]&lt;br /&gt;
* [[魂のワンスプーン]]&lt;br /&gt;
* [[コロンブスのゆで卵]]&lt;br /&gt;
* [[土曜深夜族]]&lt;br /&gt;
*[[平成名物TV]]&lt;br /&gt;
** [[三宅裕司のいかすバンド天国]]&lt;br /&gt;
** [[三宅裕司のえびぞり巨匠天国]]&lt;br /&gt;
** [[IKE IKE CLUB]]（イケイケクラブ）&lt;br /&gt;
** [[ヨタロー]]&lt;br /&gt;
** [[オフィスヒット]]&lt;br /&gt;
* [[星期六我家的電視]]（せいきろくわがやてきでんし。読みは「'''どようびのうちのテレビ'''」。平成名物TVの後番組）&lt;br /&gt;
** [[三宅裕司の天下御免ね!]]&lt;br /&gt;
** [[ますこっとたわー]]（平成名物TVから継続）&lt;br /&gt;
* [[TV版!ミッドナイト☆パーティー]]（[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ|TBSラジオ]]「[[シンデレラドリーム ミッドナイト☆パーティー|「ミッドナイト☆パーティー」]]」と同時[[サイマル放送|サイマル生放送]]）&lt;br /&gt;
* [[ハナタカ天狗]]&lt;br /&gt;
* [[あざーっす!]]&lt;br /&gt;
* [[ゲンセキ]]&lt;br /&gt;
* [[オオカミ少年]]&lt;br /&gt;
* [[ダウンタウン汁]]&lt;br /&gt;
* [[笑撃60!]]&lt;br /&gt;
* [[企画工場なりあがり]]&lt;br /&gt;
* [[ネプベガス]]&lt;br /&gt;
* [[10カラット]]&lt;br /&gt;
* [[恋愛脳℃]]&lt;br /&gt;
* [[激あま〜い]]&lt;br /&gt;
* [[パブロクの犬]]&lt;br /&gt;
; 不定期番組&lt;br /&gt;
* [[徳光&amp;amp;安住の感動再会&amp;quot;逢いたい!&amp;quot;スペシャル]]&lt;br /&gt;
* [[オールスター赤面申告!ハプニング大賞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== トーク番組 ====&lt;br /&gt;
（いずれも終了した番組）&lt;br /&gt;
* [[悪友親友]]&lt;br /&gt;
* [[女と男 聞けば聞くほど…]]&lt;br /&gt;
* [[だぅもありがと!]]&lt;br /&gt;
* [[金曜気分で!]]&lt;br /&gt;
* [[MOGITATE!バナナ大使|もぎたて!バナナ大使]]&lt;br /&gt;
* [[噂的達人]]（読み:「うわさのたつじん、[[ダイハツ工業|DAIHATSU]]提供）&lt;br /&gt;
* [[すばらしき仲間]]（[[中部日本放送|CBC]]制作、[[本田技研工業|HONDA]]提供）&lt;br /&gt;
; 以下[[毎日放送]]制作全国ネット&lt;br /&gt;
* [[Ryu's Bar 気ままにいい夜]]（[[日本たばこ産業|JT]]提供）&lt;br /&gt;
* [[今宵はKANKURO]]&lt;br /&gt;
* [[植木等デラックス]]（JT提供）&lt;br /&gt;
* [[たかじん・ナオコのシャベタリーノ]]（JT提供）&lt;br /&gt;
* [[1×1]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== クイズ ===&lt;br /&gt;
'''旧TBSエンタテインメント'''制作&lt;br /&gt;
* [[オールスター感謝祭]]&lt;br /&gt;
** [[クイズ!当たって25%]]（終了）&lt;br /&gt;
* [[ぴったし カン・カン]]（終了）&lt;br /&gt;
** [[ぴったんこカン・カン]] （火18:55 - 19:54）&lt;br /&gt;
* [[世界バリバリ★バリュー]] （水22:00 - 22:54、毎日放送制作）&lt;br /&gt;
* [[日立 世界・ふしぎ発見!]] （土21:00 - 21:54、日立グループ提供）☆※HD ABS・FBC・JRT&lt;br /&gt;
* [[どうぶつ奇想天外]] （日20:00 - 20:54、旧TBSライブ制作）☆※HD&lt;br /&gt;
* [[世界ウルルン滞在記]]&lt;br /&gt;
** [[世界ウルルン滞在記&amp;quot;ルネサンス&amp;quot;]] （日22:00 - 22:54、[[毎日放送]]制作） AKT&lt;br /&gt;
* [[推理サスペンスクイズ決定版!!5分で解けるトリックストーリー]]（特別番組）&lt;br /&gt;
; 終了した番組&lt;br /&gt;
* [[クイズまるごと大集合]]&lt;br /&gt;
* [[クイズダービー]]☆&lt;br /&gt;
* [[クイズテレビずき]]&lt;br /&gt;
* [[クイズ100人に聞きました]]☆&lt;br /&gt;
* [[ザ・チャンス!]]&lt;br /&gt;
* [[クイズ三角関係]]&lt;br /&gt;
* [[クイズ日本昔がおもしろい]]&lt;br /&gt;
* [[ベルトクイズQ&amp;amp;Q]]&lt;br /&gt;
* [[スーパーダイスQ]]&lt;br /&gt;
* [[人生ゲームハイ&amp;amp;ロー]]&lt;br /&gt;
* [[霊感ヤマカン第六感]]（[[朝日放送]]、1974年10月 - 1975年3月の半年間のみ放送。1975年4月 - 9月の半年間は[[関西]]ローカルに格下げ。同年10月からNETテレビ（現・[[テレビ朝日]]）系列で全国ネットを再開）&lt;br /&gt;
* [[アップダウンクイズ]]（毎日放送、1975年3月まではNETテレビ系列で放送）&lt;br /&gt;
* [[がっちり買いまショウ]]（毎日放送、1975年3月まではNETテレビ系列で放送）&lt;br /&gt;
* [[新伍のワガママ大百科]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[世界まるごとHOWマッチ!!]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[クイズ!!ひらめきパスワード]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[ダウトをさがせ!]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[クイズMr.ロンリー]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[クイズ悪魔のささやき]]&lt;br /&gt;
* [[クイズこれはウマい!]]&lt;br /&gt;
* [[クイズおみごと日本]]（[[中部日本放送]]）&lt;br /&gt;
* [[クイズ天国と地獄]]&lt;br /&gt;
* [[わくわく動物ランド]]&lt;br /&gt;
* [[おサイフいっぱいクイズ! QQQのQ]]&lt;br /&gt;
* [[探険! ホムンクルス 〜脳と体のミステリー〜]]（TBSライブ制作）&lt;br /&gt;
* [[クイズ!家族でGO!!]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[8時です!みんなのモンダイ]]&lt;br /&gt;
* [[おしえてアミーゴ!!]]&lt;br /&gt;
* [[仰天くらべるトラベル]]&lt;br /&gt;
* [[特捜!芸能ポリスくん]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[親子クイズ 国語算数理科社会]]&lt;br /&gt;
* [[島田検定!! 国民的潜在能力テスト]]&lt;br /&gt;
** [[島田検定SUPER!!]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・チーター]]&lt;br /&gt;
* [[あなた説明できますか?]]&lt;br /&gt;
** [[夏休みSP 対決ビンゴ旅]]&lt;br /&gt;
** [[答えて!メロス]]&lt;br /&gt;
* [[クイズ!日本語王]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 音楽 ===&lt;br /&gt;
旧'''TBSエンタテイメント'''制作&lt;br /&gt;
* [[日本レコード大賞|輝く!日本レコード大賞]]※HD☆&lt;br /&gt;
* [[うたばん]] （木19:57～20:54）&lt;br /&gt;
* [[COUNT DOWN TV]]([[COUNT DOWN TV|CDTV]]) （土 夜0:55～1:40） ABS&lt;br /&gt;
** [[突然バラエティー速報!!COUNT DOWN100]](前身)&lt;br /&gt;
** [[U-CDTV]]（金曜深夜、終了）&lt;br /&gt;
* [[月光音楽団]]（月曜深夜0:30～0:55）&lt;br /&gt;
* [[開運音楽堂]]（日曜早朝4:45～5:10）&lt;br /&gt;
* [[日本有線大賞|発表!日本有線大賞]]※HD☆&lt;br /&gt;
; 終了した番組&lt;br /&gt;
* [[ロッテ 歌のアルバム]]&lt;br /&gt;
** [[ロッテ歌のアルバムNOW]]&lt;br /&gt;
* [[TBS歌謡曲ベストテン]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・ベストテン]]&lt;br /&gt;
** [[トップスターショー・歌ある限り]]&lt;br /&gt;
* [[TBS歌のグランプリ]]☆&lt;br /&gt;
* [[家族そろって歌合戦]]&lt;br /&gt;
* [[サウンド・イン&amp;quot;S&amp;quot;]]☆&lt;br /&gt;
* [[音楽派トゥギャザー]]&lt;br /&gt;
* [[オーケストラがやってきた]]&lt;br /&gt;
* [[ゆかいな音楽会]]&amp;lt;!-- [[積水ハウス]]提供 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[わくわく動物ソング]]&lt;br /&gt;
* [[歌う天気予報|歌う天気予報→お天気ポップス]]（-1987[[日音]]制作。深夜放送終了前の音楽天気予報）&lt;br /&gt;
* [[おめざめポップス]]（1987-1990[[日音]]制作。ビデオクリップ）&lt;br /&gt;
* [[平成名物TV]][[いかす!!バンド天国]]&lt;br /&gt;
** [[別冊イカ天ベスト天]]&lt;br /&gt;
* [[シャボン玉プレゼント]]（[[朝日放送]]制作、1975年4月以降は[[テレビ朝日|NETテレビ]]＝テレビ朝日系列で放送）&lt;br /&gt;
* [[シャボン玉こんにちは]]&lt;br /&gt;
* [[キラリ☆熱熱CLUB]]（深夜）☆&lt;br /&gt;
* [[流行歌酒場]]（深夜）☆&lt;br /&gt;
* [[MTVジャパン]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[P-KISS]]→[[ポップ・テン!]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[I LOVE BAND!]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[HOTチャート有線]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[ナリキーばんど講座]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[メジャーステージ]]（深夜、月1回）&lt;br /&gt;
* [[NOWアーティスト]]（深夜、月1回）&lt;br /&gt;
* [[音楽的-LA]]（深夜）&lt;br /&gt;
* [[パンティー・パーティー]]（深夜、[[山瀬まみ]]司会）&lt;br /&gt;
* [[歌いこみ音楽隊!]]&lt;br /&gt;
* [[月曜組曲]]&lt;br /&gt;
* [[熱戦!歌謡ダービー]]&lt;br /&gt;
* [[ビッグ・ウェンズデイ|ビッグ・ウェンズディ]]（毎日放送制作、[[ライジングプロダクション]]制作協力）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドラマ・映画 ===&lt;br /&gt;
'''TBSテレビ'''制作1部（旧TBSエンタテイメント）、[[ドリマックス]]などが制作。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
※ドラマ番組は基本的にハイビジョン制作（1999年以降制作分）、字幕放送&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== テレビドラマ ====&lt;br /&gt;
; 現在放送中の作品 （2007年12月現在）&lt;br /&gt;
: '''[[日曜劇場|日曜夜9時]]''' [[ハタチの恋人]]&lt;br /&gt;
: '''[[ナショナル劇場|月曜夜8時]]''' [[浅草ふくまる旅館]]（第2シリーズ）（[[テレパック]]製作）&lt;br /&gt;
: '''[[TBS木曜9時枠の連続ドラマ|木曜夜9時]]''' [[3年B組金八先生]]（第8シリーズ）&lt;br /&gt;
: '''[[TBS木曜10時枠の連続ドラマ|木曜夜10時]]''' [[ジョシデカ!-女子刑事-]]&lt;br /&gt;
: '''[[金曜ドラマ|金曜夜10時]]''' [[歌姫 (舞台)|歌姫]]&lt;br /&gt;
: '''月～金曜昼1時''' [[愛の劇場]] [[愛のうた!]]&lt;br /&gt;
: '''月～金曜昼1時半''' [[ドラマ30]] [[熱血ニセ家族]] （[[中部日本放送|CBC]]制作）&lt;br /&gt;
==== 特撮 ====&lt;br /&gt;
; 毎日放送制作（TBS系列へ変更後）&lt;br /&gt;
* [[仮面ライダーシリーズ]]&lt;br /&gt;
** [[仮面ライダーストロンガー]]&lt;br /&gt;
** [[仮面ライダー (スカイライダー)]]&lt;br /&gt;
** [[仮面ライダースーパー1]]&lt;br /&gt;
** [[仮面ライダーBLACK]]&lt;br /&gt;
** [[仮面ライダーBLACK RX]]&lt;br /&gt;
* [[宇宙鉄人キョーダイン]]&lt;br /&gt;
* [[大鉄人17]]&lt;br /&gt;
; [[円谷プロダクション|円谷プロ]]制作&lt;br /&gt;
* [[ウルトラシリーズ]]（[[ウルトラQ]] ～ [[ウルトラマン80]]）&lt;br /&gt;
** 平成ウルトラマン（[[ウルトラマンティガ]]、[[ウルトラマンダイナ]]、[[ウルトラマンガイア]]、[[ウルトラマンコスモス]]）☆&lt;br /&gt;
** 海外製作作品（[[ウルトラマンパワード]]、[[ウルトラマンG|ウルトラマングレート]]）&lt;br /&gt;
** 毎日放送系で放映 [[ウルトラマンネオス]]&lt;br /&gt;
** [[ウルトラマンネクサス]]、[[ウルトラマンマックス]]、[[ウルトラマンメビウス]]（CBC制作）&lt;br /&gt;
* [[怪奇大作戦]]&lt;br /&gt;
* [[ウルトラファイト]]&lt;br /&gt;
* [[トリプルファイター]]&lt;br /&gt;
* [[SFドラマ 猿の軍団|猿の軍団]]（[[小松左京]]原作）&lt;br /&gt;
* [[アンドロメロス]]&lt;br /&gt;
* [[電光超人グリッドマン]]&lt;br /&gt;
; [[東映]]制作&lt;br /&gt;
* [[キャプテンウルトラ]]&lt;br /&gt;
* [[妖術武芸帳]]&lt;br /&gt;
* [[千の目先生|好き!すき!魔女先生]]（朝日放送制作）&lt;br /&gt;
* [[美少女戦士セーラームーン (実写)|美少女戦士セーラームーン]] （CBC、東映、電通、CAZBE制作）&lt;br /&gt;
; [[東宝]]制作&lt;br /&gt;
* [[1・2・3と4・5・ロク]]&lt;br /&gt;
* [[禁じられたマリコ]]&lt;br /&gt;
; [[宣弘社]]制作&lt;br /&gt;
* [[月光仮面]]&lt;br /&gt;
* [[シルバー仮面]]（制作協力：[[日本現代企画]]）&lt;br /&gt;
* [[アイアンキング]]（制作協力：日本現代企画）&lt;br /&gt;
; その他&lt;br /&gt;
* [[新諸国物語 笛吹童子]] （[[大映テレビ室]]）&lt;br /&gt;
* [[コメットさん]] （[[国際放映]]）☆&lt;br /&gt;
* [[走れ!ケー100]]（CAL製作）&lt;br /&gt;
* [[へんしん!ポンポコ玉]] （[[国際放映]]制作）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アニメ ===&lt;br /&gt;
現在においては他系列と比べても、年間での作品本数は[[2006年|2006]]・[[2007年]]共に好調で安定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アナログ放送での自社制作作品では画面端をカットしての4:3映像で放送がほとんどで、毎日放送制作の作品については[[額縁放送]]の実施が多数である。（ほか例外あり）&lt;br /&gt;
;現在放送作品&lt;br /&gt;
*[[逮捕しちゃうぞ (アニメ)#第3期|逮捕しちゃうぞフルスロットル]]（木曜 25時25分から）&lt;br /&gt;
*[[CLANNAD (ゲーム)|CLANNAD]]（木曜 25時55分から）&lt;br /&gt;
*[[灼眼のシャナ#第2期|灼眼のシャナII (Second)]] (MBS)（金曜 25時55分から）&lt;br /&gt;
*[[機動戦士ガンダム00]] (MBS)（土曜 18時00分から）&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
; 料理番組&lt;br /&gt;
* [[チューボーですよ!]]（土23:30～24:00、[[サントリー]]提供）&lt;br /&gt;
;; 以下終了した番組&lt;br /&gt;
* [[料理天国]]（サントリー提供）☆&lt;br /&gt;
* [[イシバシ・レシピ|イシバシ・レシピ→イシバシ・レシピ2]]&lt;br /&gt;
* [[キッチンパトロール]]（[[食糧庁]]提供）&lt;br /&gt;
; 以下毎日放送製作全国ネット&lt;br /&gt;
* [[石坂・森口のくっきん夫婦]]&lt;br /&gt;
* [[近藤正臣の味覚人情報]]&lt;br /&gt;
* [[THEおいしい番組!]]&lt;br /&gt;
; 以下CBC制作全国ネット&lt;br /&gt;
* [[食べて極楽!]]（1993年7月～9月「みかん絵日記」の後番組。この番組を最後にCBC発ゴールデンタイム全国ネット番組が消滅）&lt;br /&gt;
; 教育番組&lt;br /&gt;
* [[ワンツー・ジャンプ]]&lt;br /&gt;
* [[クボジュンのえいごっこ]] '''i'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 特別番組枠 ====&lt;br /&gt;
; 特別枠&lt;br /&gt;
* [[水トク!]] （水18:55～20:54）&lt;br /&gt;
** [[水曜特番]](終了)&lt;br /&gt;
*** [[ピン子の時間]]&lt;br /&gt;
* [[金スペ!]] （終了） ABS&lt;br /&gt;
** [[スーパーフライデー]]&lt;br /&gt;
** [[金曜テレビの星!]]&lt;br /&gt;
* [[水曜プレミア]] （終了）&lt;br /&gt;
** [[水曜ロードショー_(TBS)|水曜ロードショー]]&lt;br /&gt;
* [[月曜ロードショー]]&lt;br /&gt;
** ザ・ロードショー→火曜ロードショー→火曜ビッグシアター&lt;br /&gt;
* [[日立テレビシティ]]&lt;br /&gt;
* [[日曜・特バン]]&lt;br /&gt;
; 単発特別番組&lt;br /&gt;
* [[オールスター赤面申告ハプニング大賞]]&lt;br /&gt;
* [[さんま・玉緒のあんたの夢をかなえたろかスペシャル]]&lt;br /&gt;
* [[笑いの祭典!! ザ・ドリームマッチ'05]]&lt;br /&gt;
* [[DOORS (テレビ番組)|DOORS]]&lt;br /&gt;
* [[中居正広のテレビ50年名番組だョ!全員集合笑った泣いた感動したあのシーンをもう一度夢の総決算スペシャル]]&lt;br /&gt;
; 長時間特別番組&lt;br /&gt;
* [[年末長時間特別番組]]&lt;br /&gt;
* [[ファイトTV24・やればできるさ!]]&lt;br /&gt;
; 深夜&lt;br /&gt;
* [[ランク王国]]&lt;br /&gt;
; 番宣番組&lt;br /&gt;
* [[チャンネル☆ロック!_(テレビ番組)|チャンネル★ロック!]]&lt;br /&gt;
; BSアナログハイビジョン実用化試験放送&lt;br /&gt;
* TBS high6to9（ハイシックストゥナイン）※HD&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== TBSテレビで流れるCM ==&lt;br /&gt;
=== JNN系列全国ネット番組&amp;amp;関東ローカル ===&lt;br /&gt;
;主なCMのみ&lt;br /&gt;
*[[プロクター・アンド・ギャンブル]]&lt;br /&gt;
*[[サントリー]]&lt;br /&gt;
*[[日産自動車]]&lt;br /&gt;
**[[損保ジャパン]]&lt;br /&gt;
*[[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
*[[朝日新聞]]（かつて[[朝日放送|ABC]]でネットあったがANN系列でCMが流れている）&lt;br /&gt;
*[[消費者金融連絡会]]&lt;br /&gt;
**[[アイフル]]&lt;br /&gt;
*[[松下電器]]&lt;br /&gt;
**[[三洋電機]]&lt;br /&gt;
**[[松下電工]]&lt;br /&gt;
**[[パナホーム]]&lt;br /&gt;
*[[Yahoo!|ヤフー]]（[[東京放送|自社]]を買収した[[楽天]]のライバル）&lt;br /&gt;
**[[ソフトバンクテレコム]]&lt;br /&gt;
**[[ソフトバンクモバイル]]&lt;br /&gt;
他&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
* [[Japan News Network|JNN]](ネット)&lt;br /&gt;
* [[毎日放送テレビ番組一覧|MBS番組一覧]]&lt;br /&gt;
* [[TBSチャンネル]](CS放送)&lt;br /&gt;
* [[TBSニュースバード]](CSニュース)&lt;br /&gt;
* [[横浜ベイスターズ]]&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
* [[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ]]&lt;br /&gt;
** [[TBSラジオ番組一覧]]&lt;br /&gt;
** [[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ#TBSラジオで流れるCM|TBSラジオで流れるCM]]&lt;br /&gt;
* [[TBSテレビ制作スタッフ]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
;主要局&lt;br /&gt;
*[[東京放送|TBS]]・[[毎日放送|MBS]]・[[中部日本放送|CBC]]・[[RKB毎日放送|RKB]]・[[北海道放送|HBC]]・[[ビーエス・アイ|BS-i]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tbs.co.jp/company/guide/data03.html （株）TBSテレビの概況]&lt;br /&gt;
* [http://www.tbs.co.jp/job/ 2006 TBSテレビ採用情報]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Company-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ていーひーえす}}&lt;br /&gt;
[[Category:TBSテレビ|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビ番組一覧]]&lt;br /&gt;
[[Category:三井グループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:TBS|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価学会]]&lt;br /&gt;
[[Category:八百長]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E4%BA%95%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97&amp;diff=54153</id>
		<title>三井グループ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E4%BA%95%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97&amp;diff=54153"/>
				<updated>2009-07-06T04:53:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: TBSは正式に三井グループの一員となりました&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''三井グループ'''（みついグループ）は、[[日本]]の企業グループのひとつ。戦前の[[三井財閥]]の流れを汲む企業の連合体。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
戦前の三井財閥は日本最大級の[[財閥]]として財界に君臨したが、戦後の財閥解体後、同じ旧財閥の[[三菱グループ]]・[[住友グループ]]に比べて再結集が遅れたこと、本来中核となってグループに資金供給をすべき[[三井銀行]]が[[帝国銀行]]の分裂によって規模が縮小してしまっていたことなどから、三井グループはあまり結束が強くないと言われている。また、かつての三井銀行との関係などから、[[東芝]]や[[トヨタ自動車]]、[[サントリー]]などが、そして東芝との関係から[[IHI]]なども加わっているが、IHIは一般的に[[みずほグループ]]とみなされている他、各社ともどちらかといえば独立系であり、トヨタ自動車に至ってはそれ自体が「[[トヨタグループ]]」を形成する一大企業グループである。また、[[三井住友フィナンシャルグループ]]傘下の企業には住友グループとの結びつきが強く「三井グループ」とはいいがたい企業もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近の動きとしては、戦前[[三井物産]]より分離・独立した[[トーメン]]が[[トヨタ自動車]]の子会社である[[豊田通商]]に併合され、[[三井精機]]の筆頭株主が[[トヨタ自動車]]になるなど、同じグループとはいえトヨタの影響力を強く受けている。また、かつて御三家といわれた[[さくら銀行]]（旧三井銀行）は[[住友銀行]]に併呑され、[[三井鉱山]]は一度事実上の倒産を経験するなどの紆余曲折もあった。2008年4月には、三井財閥の源流である越後屋呉服店の後裔[[三越]]が、[[三菱東京UFJ銀行]]（旧[[三菱銀行]]）をメインバンクとする[[伊勢丹]]と共同持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」を設立し、経営統合（伊勢丹主導）した。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、[[二木会]]加盟の企業の中では、[[三井]]の名前を冠さない三井傍系の大企業が多数あり、それらと直系との強い結びつきを模索する動きが見られる。この潮流の一環として、[[2005年]]に開催された[[愛・地球博]]では[[三井・東芝館]]が三井グループより出展された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近、[[東京放送ホールディングス]]が二木会・月曜会・三井業際研究所に加盟し、その子会社・[[TBSテレビ]]も月曜会に加盟したため、三井グループは放送局もグループ内に抱えることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 三井グループ主要各社 ==&lt;br /&gt;
かつては三井銀行・三井鉱山・三井物産の三社（後には三井鉱山に替わって[[三井不動産]]）が「三井グループ御三家」と呼ばれていたこともあり、現在では三井直系の物産・不動産は当然であるものの、残り一つについては各方面において意見が別れる｡&amp;lt;br/&amp;gt;もっとも現時点において[[グループ]]・[[御三家]]などカテゴライズする意味合いが薄れていることも考慮する必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!社名!![[二木会]]!!三井広報委員会!!三井業際研究所!![[綱町三井倶楽部]]!!月曜会&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[IHI]]||○||-||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[イビデン]]||-||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[イビデングリーンテック]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[宇徳]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|エムオーツーリスト||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[エームサービス]]||-||○||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[王子製紙]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[極東石油]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[サッポロホールディングス]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[サッポロビール]]||-||○||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三機工業]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[サントリー]]||-||○||-||-||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[商船三井]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[昭和飛行機工業]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[新日本空調]]||-||○||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ジーエス・ユアサコーポレーション||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[住友三井オートサービス]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[セントラル警備保障]]||-||-||-||-||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[太平洋興発]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[太平洋セメント]]||○||-||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第一園芸]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[ダイセル化学工業]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[大和証券エスエムビーシー]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[中央三井トラスト・ホールディングス|中央三井トラストHD]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[中央三井アセット信託銀行]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[中央三井信託銀行]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[電気化学工業]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東亞合成]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東京放送ホールディングス]]||○||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[TBSテレビ]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東芝]]||○||-||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東セロ]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東洋エンジニアリング]]||-||○||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[東レ]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|東レインターナショナル||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[西日本電線]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[トヨタ自動車]]||○||-||○||○||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本紙パルプ商事]]||-||-||-||○||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本製鋼所]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本製紙グループ本社]]||○||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[日本製紙]]||-||-||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本製粉]]||○||-||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本ユニシス]]||-||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[フジクラ]]||-||-||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[富士フイルムホールディングス|富士フイルムHD]]（注3）||○||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[富士フイルム]]||-||-||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[物産不動産]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三国コカ・コーラボトリング]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井海洋開発]]||-||-||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井化学]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井共同建設コンサルタント]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井金属鉱業]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井鉱山]]||○||-||○||-||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井情報]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井住友海上グループホールディングス]]（注1）||○||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[三井住友海上火災保険]]（注1）||-||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[三井住友海上メットライフ生命保険]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井住友建設]]（注1）||○||-||○||-||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井住友フィナンシャルグループ|三井住友FG]]（注1）||-||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[三井住友銀行]]（注1）||○||○||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[三井住友カード]]（注1）||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[SMBCコンサルティング]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[SMBCファイナスサービス]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[さくらカード]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[さくら情報システム]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井住友ファイナンス&amp;amp;リース]]||-||○||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井精機工業]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井製糖]]||-||-||○||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井生命保険]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井石油]]||-||○||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井丸紅液化ガス]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井石油開発]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井倉庫]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井造船]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井デザインテック]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井農林]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井不動産]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井不動産販売]]||-||-||-||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井不動産レジデンシャル]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井物産]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井ホーム]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井松島産業]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井三池製作所]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三井リース事業]]||-||○||-||-||○|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三越伊勢丹ホールディングス]]||-||-||-||-||○&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|　[[三越]]||○||○||○||○||○&lt;br /&gt;
|}注1：[[三井住友フィナンシャルグループ]]（[[三井住友銀行]]、[[三井住友銀リース]]）、[[三井住友海上火災保険]]、[[三井住友建設]]は[[住友グループ]]でもある。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
注2：かつて三井業際研究所に加盟していた[[セントラル警備保障]]（略称：''CSP''、'''セン警'''）は現在、脱退しているためいずれの会にも未加盟。&lt;br /&gt;
注3：二木会には2007年10月加盟&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*二木会は、[[財閥解体]]で緩みかかったグループの連帯維持を目的に設けられた「月曜会」を母体として、1961年に発足し、グループ企業の会長・社長を集めて行う懇談昼食会を活動の中心としている。毎月第2[[木曜日]]に開かれるのでこの名がある。またグループの内部広報紙を発行する三友新聞社にも出資している。&lt;br /&gt;
*三井広報委員会は三井グループの広報を目的としている。&lt;br /&gt;
*三井業際研究所は、業種の枠を超えた「異業際分野における知識集団としての機能を果す」（同研究所公式ページより）事を目的に、二木会の直属機関として1978年に設立された。&lt;br /&gt;
*綱町三井倶楽部は、グループ企業の課長クラス以上の役職員・OBの親睦を図る目的で設立された会員制クラブで、同名の歴史的建造物（現在もグループの迎賓館として使用）を拠点としている。&lt;br /&gt;
*月曜会は、三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 三井グループと親密な企業 ==&lt;br /&gt;
*[[イトーヨーカ堂]] - 旧三井銀行と縁が深い。三井物産とも物流などの面で提携し、共同でショッピングモールの開発も行っている。&lt;br /&gt;
*[[オーケー食品工業]] - 三井物産と日本製粉が支援を行っている中堅食品メーカー&lt;br /&gt;
*[[オリエンタルランド]] - 三井不動産が大株主になっている。また、[[東京ディズニーランド]]・[[東京ディズニーシー]]内には三井住友銀行（旧三井銀行→さくら銀行、以下同）の出張所がある。&lt;br /&gt;
*[[カネボウ]] - 旧三井銀行をメインバンクとしていた。旧カネボウの業務を分割移管された投資ファンド系列の新会社とは現在は関係が薄い。[[カネカ]]（旧鐘淵化学）の元親会社で兄弟会社でもあった。&lt;br /&gt;
*[[倉敷紡績]]（クラボウ）&lt;br /&gt;
*[[相模鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[新日鉱ホールディングス]]&lt;br /&gt;
*[[鹿島建設]] - 三井不動産と緊密&lt;br /&gt;
*[[西部ガス]] - 三井住友銀行、三井生命保険、三井住友海上（旧大正海上火災→三井海上）等の三井系企業数社が主要株主として出資&lt;br /&gt;
*[[ソニー]] - 三井住友銀行がメインバンク。社外取締役に三井住友銀行の岡田会長（旧三井銀行出身）が就任していたことがある。また、三井住友銀行と共に[[ソニー銀行]]を設立した。&lt;br /&gt;
*[[ナイガイ]]&lt;br /&gt;
*[[野村ホールディングス|野村グループ]] - 三井グループ各社の主幹事を務めている。&lt;br /&gt;
*[[日野自動車]] - 現在はトヨタ自動車の子会社&lt;br /&gt;
*[[リゾートソリューション]] - 旧ミサワリゾートを野村プリンシパル・ファイナンス（野村グループ系列）と三井不動産が[[ミサワホームホールディングス]]から買収したことから。現在は野村プリンシパル・ファイナンスの株主異動により三井不動産が筆頭株主となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[三井家]]&lt;br /&gt;
*[[三井文庫]]&lt;br /&gt;
*[[三井記念美術館]]&lt;br /&gt;
*[[三井本館]]&lt;br /&gt;
*[[日本の企業グループ一覧]]&lt;br /&gt;
*[[三井ゴールデングラブ賞]]（[[日本]][[プロ野球]]）&lt;br /&gt;
*[[兼高かおる世界の旅]]（TBS系列、番組開始当初から[[1977年]]まで三井物産→三井グループが[[スポンサー]]だった）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.mitsuipr.com/ 三井広報委員会]&lt;br /&gt;
*[http://www.mitsui-gyoosai.com/ 三井業際研究所]&lt;br /&gt;
*[http://www.tsunamachimitsuiclub.co.jp/ 綱町三井倶楽部]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:三井グループ|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsui]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
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		<title>利用者:小西規勝</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* Yourpediaで私が作成したREDIRECT集 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;table style=&amp;quot;float: right; margin-left: 1em; margin-bottom: 0.5em; width: 242px; border: #99B3FF solid 1px&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;center&amp;gt;'''[[Yourpedia:バベル]]'''&amp;lt;/center&amp;gt;&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;{{User ja}}&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;{{User en-1}}&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さんこんにちは、'''[[利用者‐会話:小西規勝|小西規勝]]'''です。誰がなんと言おうと、私は本物の[[小西規勝]]です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア日本語版での私の活動状況 ==&lt;br /&gt;
*2004年5月5日より参加。それ以前の匿名参加は無し。&lt;br /&gt;
*2005年10月15日 00:39 (JST)よりsysop。&lt;br /&gt;
*2007年10月10日から2008年1月9日まで休止状態。&lt;br /&gt;
*[[wiki:Wikipedia:管理者の解任/ＮｉＫｅ_20080110|解任動議（2008年1月10日）]]によりsysop解任。2008年1月26日 22:43 （JST）、sysop権限解除。[http://meta.wikimedia.org/w/index.php?title=Special%3ALog&amp;amp;type=rights&amp;amp;user=Nick1915&amp;amp;page=User%3A%EF%BC%AE%EF%BD%89%EF%BC%AB%EF%BD%85%40jawiki&amp;amp;year=2008&amp;amp;month=1]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]での得意分野は（多分）卓上ゲームじゃないかと思ってる。あとはアニメに特撮にその他諸々。なお私には[[帯広市]]在住の親戚がいるため、[[Yourpedia|ユアペディア]]では[[十勝支庁|十勝・帯広]]関連の記事を執筆していこうと考えている（主に前述の親戚からの情報を元に記事化する予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア日本語版のメモ ==&lt;br /&gt;
''2007年5月20日 (日) 08:32 (UTC)更新''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;懸案事項&lt;br /&gt;
:*[[wiki:Category:シミュレーションゲーム]]の再編提案 - 2007/04/08に[[wiki:Portal‐ノート:ゲーム]]で、2007/04/22にカテゴリのノートで提案。いずれも反応無し。再度、具体的な分割提案を出してみよう。&lt;br /&gt;
:*（済）&amp;lt;s&amp;gt;[[wiki:Category:ゲーム雑誌の歴史]]の改名 - 2007/04/30提案、賛同3、反対0。そろそろ改名を実施しても良さそう。&amp;lt;/s&amp;gt;&lt;br /&gt;
:*[[wiki:Category:テーブルトークRPG]]の分割（'''未提案'''） - TRPGのシステム、TRPG雑誌、TRPG関連企業を分割すべきと考える。どれも結構な項目数になってきたので（特にシステム。FEARは良く出すよなあ）、整理は必須だろう。現状、人物と用語は他の方が分割しているので、これとも合っているはず。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;放置してしまった件&lt;br /&gt;
:*[[wiki:宇宙戦争]]の再編&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;他人様に期待している件&lt;br /&gt;
:*[[wiki:Wikipedia:ウィキプロジェクト TRPG]]（仮称）の開設&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;いつかはやろう&lt;br /&gt;
:*[[wiki:ガープス]]への加筆&lt;br /&gt;
:*[[wiki:テーブルトークRPGのタイトル一覧]]を調整&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Yourpediaで私が作成したREDIRECT集 ==&lt;br /&gt;
*[[八千代牧場]]&lt;br /&gt;
*[[帯広市動物園]]&lt;br /&gt;
*[[法学科]]&lt;br /&gt;
*[[法律学科]]&lt;br /&gt;
*[[政治学科]]&lt;br /&gt;
*[[法律学]]&lt;br /&gt;
*[[左翼人権屋]]&lt;br /&gt;
*[[右翼人権屋]]&lt;br /&gt;
*[[野駄犬]]&lt;br /&gt;
*[[立憲政友会正統派]]&lt;br /&gt;
*[[立憲政友会統一派]]&lt;br /&gt;
*[[立憲政友会中立派]]&lt;br /&gt;
*[[立憲政友会革新派]]&lt;br /&gt;
*[[立憲政友会革新同盟]]&lt;br /&gt;
*[[政友会正統派]]&lt;br /&gt;
*[[政友会統一派]]&lt;br /&gt;
*[[政友会中立派]]&lt;br /&gt;
*[[政友会革新派]]&lt;br /&gt;
*[[政友会革新同盟]]&lt;br /&gt;
*[[ウォッカアップル]]&lt;br /&gt;
*[[ウォッカ・アップル]]&lt;br /&gt;
*[[ウォッカアップルジュース]]&lt;br /&gt;
*[[ウォッカ・アップルジュース]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Yourpediaの編集の仕方が載っているページ ==&lt;br /&gt;
*[[Help:ページの編集]]&lt;br /&gt;
*[[Help:編集の仕方]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[[wiki:利用者:ＮｉＫｅ|ウィキペディア日本語版での私の利用者ページ]] - 私はウィキペディア日本語版では'''[[ないき|Ｎｉｋｅ]]'''のアカウント名で活動している。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B&amp;diff=53941</id>
		<title>マティーニ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B&amp;diff=53941"/>
				<updated>2009-07-01T07:32:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''マティーニ''' (''Martini'') は、ジンベースの著名なカクテル。通称'''カクテルの王様'''。  == 由来 == 諸説ある...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''マティーニ''' (''Martini'') は、[[ジン (蒸留酒)|ジン]]ベースの著名な[[カクテル]]。通称'''カクテルの王様'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 由来 ==&lt;br /&gt;
諸説あるが、&lt;br /&gt;
* [[1910年代]]に[[ニューヨーク]]のニッカボッカー・ホテルにいたマルティーニという名の[[バーテンダー]]が考案したことから（しかし現在のものとはレシピが異なる）&lt;br /&gt;
* マティーニの原型となったカクテルで使用されていた[[ベルモット]]が、[[イタリア]]の[[マルティーニ・エ・ロッシ]]社製であったことから&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などが有力とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* ただし、[[開高健]]の著作によると、マルティーニ・エ・ロッシ社が、自社の[[ベルモット]]を拡販するために、このカクテルに“マティーニ”と名づけて意図的に流行させた、というのが事実のようである。開高は[[サントリー]]の宣伝部に在籍していたので、この辺の事情には詳しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 標準的なレシピ ==&lt;br /&gt;
* ドライ[[ジン (蒸留酒)|ジン]] - 45[[ミリリットル|ml]]&lt;br /&gt;
* ドライ[[ベルモット]] - 15ml&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* あくまでも上記は参考程度に。ジンとベルモットの割合は好みによって、また作る者によって様々だからである。元々はジン1に対してベルモット2程度の割合であったが、その後辛口（ドライ）なものが流行し、一時期にはベルモット1滴の中にジンを注ぎ込むといった'''エクストラ・ドライ・マティーニ'''も供されることがあったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日ではジン3～4に対してベルモット1が標準的とされる。それよりジンが多い場合には'''ドライ・マティーニ'''と呼ばれることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作り方 ==&lt;br /&gt;
* 上記材料を[[ミキシンググラス]]に入れて[[ステア]]する。&lt;br /&gt;
* [[カクテルグラス]]に注ぎ、[[オリーブ]]を飾る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好みで上記材料に[[オレンジ・ビターズ]]数滴を加えたり、供する前に[[レモンピール]]を絞り加えることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
* [[イギリス]]の[[首相]]を務めた[[ウィンストン・チャーチル]]もマティーニ、特に辛口のエクストラ・ドライ・マティーニを好んだと言われる。ベルモットを口に含んだ執事に息を吐き掛けさせ（執事にベルモットと言わせたとの説も）、「ベルモットの香りがするジン」を好んだという話や、ベルモットの瓶を横目で眺めながら（正視すると「甘すぎる」らしい）（ベルモットが当時戦争相手だったイタリア生まれの酒だから、という説もある。）ジンを飲んだという逸話が伝えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 007シリーズで[[ジェームズ・ボンド]]が「[[:en:Vodka Martini|Vodka Martini]]. [[:en:Shaken, not stirred|Shaken, not stirred]].（[[ウォッカ]]マティーニを。ステアせずにシェィクで）」というセリフをキめるシーンがある。本来、ジンでつくるマティーニをウォッカで、おまけにシェイクして出せという意表を突いたセリフが受け流行となり、これは007シリーズの定番になった。しかし小説[[007 カジノ・ロワイヤル|カジノ・ロワイヤル]]では[[ジェームズ・ボンド|ボンド]]が、ゴードン・ジン　3、ウォッカ　1、キナ・リレ　1/2を、よくシェークしてシャンパン・グラスに注ぎ、レモンの皮を入れるというオーダーをする。このオーダーは2006年に同名の映画が公開されることにより有名になり、[[ボンドガール]]の名前をとり[[ヴェスパー (カクテル)|ヴェスパー]]あるいはヴェスパー・マティーニと呼ばれる定番になったが、このレシピが有名になることによって大量生産されていなかった、フランス製のヴェルモット「キナ・リレ」（Kina Lillet、現名: リレ・ブラン）は簡単には手に入れることができなくなり、このカクテル自体が希少品となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[第二次世界大戦]]を舞台にした[[アーネスト・ヘミングウェイ]]の小説『[[河を渡って木立の中へ]]』の中で、主人公がバーテンダーにマティーニを注文するさい｢[[バーナード・モントゴメリー|モンゴメリー]]将軍で｣と頼む。これは15：1のハードなドライ・マティーニの事で、アフリカ戦線の連合軍総司令官[[バーナード・モントゴメリー|モンゴメリー]]将軍がドイツ軍との戦力比が15対1以上にならないと決して攻勢を開始しなかった事に引っ掛けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バリエーションとして&lt;br /&gt;
* '''ウォッカ・マティーニ'''（ウォッカティーニ）　ジンの代わりに[[ウォッカ]]を用いたもの。&lt;br /&gt;
* '''スウィート・マティーニ'''　ドライベルモットの代わりにスウィートベルモットを用いたもの。&lt;br /&gt;
* '''サケ・マティーニ'''（サケティーニ）　ドライベルモットまたはジンのどちらかを[[日本酒]]に置き換えたもの。&lt;br /&gt;
* '''[[ギブソン (カクテル)|ギブソン]]'''　[[オリーブ]]の代わりに[[パールオニオン]]をデコレーションに用いたもの。&lt;br /&gt;
などがあり、上記以外にも実に多岐にわたるヴァリエーションが存在する。1979年に出版された『ザ・パーフェクト・マティーニ・ブック』では268種類のレシピが紹介されているといわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 欧米での綴りはいずれも Martini である。これを英語風に発音すると（マーを強く）「'''マー'''ティニ」となるが、英語圏でもイタリア風に「マル'''ティー'''ニ」、あるいは折衷的な「'''マー'''ティーニ」などと発音されているようである。日本では'''マティーニ'''と表記される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== マティーニ論争 ==&lt;br /&gt;
上記のようにマティーニには多種多様のバリエーションがあり、どれが正しい（おいしい、王道の）マティーニかを争う論争。全体的には「男らしさ」を追求するタイプの論者ほどジンを多めにと主張する傾向がある。バー等で客同士が熱烈に議論し酒の肴にするのは日常的に見られる風景である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連文献 ==&lt;br /&gt;
* 旭屋出版編集部『The Best of MARTINI Book　名バーテンダー・人気バーテンダー　珠玉のマティーニレシピ』旭屋出版、2004年5月、ISBN 4751104403&lt;br /&gt;
* 稲保幸『スタンダード・カクテル・ブック927　付録マティーニ・カクテル徹底研究821』しゅるい研究社、2004年7月、ISBN 443404625X&lt;br /&gt;
* 枝川公一著『日本マティーニ伝説 トップ・バーテンダー今井清の技』（『小学館文庫』）、小学館、2001年2月、ISBN 4094051716&lt;br /&gt;
** 年譜あり&lt;br /&gt;
* ギャップ出版編集部編『タンカレー・マティーニAtoZ』ギャップ出版、2001年6月、ISBN 4901594257, ISBN 4883571270&lt;br /&gt;
* 朽木ゆり子著『マティーニを探偵する』（『集英社新書』）、集英社、2002年7月、ISBN 4087201503&lt;br /&gt;
* 渡辺一也『カクテル1000&amp;amp;マティーニ100』ナツメ社、2005年10月、ISBN 4816340157&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[カクテルの一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://directory.google.com/Top/Home/Cooking/Beverages/Cocktails/Martinis/ Martinis Google:ディレクトリ]（英語）&lt;br /&gt;
*  [http://dir.yahoo.com/Society_and_Culture/Food_and_Drink/Drinks_and_Drinking/Alcohol_and_Spirits/Cocktails/Recipes/Martini/ Matini Yahoo]（英語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まていに}}&lt;br /&gt;
[[Category:ジンベースのカクテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Martini (cocktail)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=53940</id>
		<title>マンハッタン (カクテル)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=53940"/>
				<updated>2009-07-01T07:20:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''マンハッタン'''（''Manhattan''）とは、ウイスキーベースのカクテルの一種である。通称'''カクテルの女王'''と呼ばれる。  == ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''マンハッタン'''（''Manhattan''）とは、[[ウイスキー]]ベースの[[カクテル]]の一種である。通称'''カクテルの女王'''と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名前の由来 ==&lt;br /&gt;
諸説あるが、いずれも[[ニューヨーク]]の'''[[マンハッタン]]'''に由来する（例：マンハッタンに落ちる夕日をイメージした。等）。[[禁酒法]]時代を舞台にした映画「お熱いのがお好き」で[[マリリン・モンロー]]扮するシュガーたちが汽車内で作ろうとするシーンが有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 標準的なレシピ ==&lt;br /&gt;
*[[ライ・ウイスキー]]、[[バーボン・ウイスキー]]または[[カナディアン・ウイスキー]] 2&lt;br /&gt;
*[[ベルモット|スイート・ベルモット]] 1&lt;br /&gt;
*[[アンゴスチュラ・ビターズ]] 数滴&lt;br /&gt;
ライ・ウイスキーをベースにして作るのが本来のレシピだが、ライ・ウイスキーの代わりにバーボン・ウイスキーまたはカナディアン・ウイスキーをベースにして作られることも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作り方 ==&lt;br /&gt;
*材料を[[ミキシンググラス]]に入れて[[ステア]]する。&lt;br /&gt;
*[[カクテルグラス]]に注いで[[マラスキーノ・チェリー]]を飾る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バリエーション ==&lt;br /&gt;
* スイート・ベルモットをドライ・ベルモットに替え、チェリーを[[オリーブ]]に替えると「ドライ・マンハッタン」になる。また、チェリーの替わりに中央に[[パセリ]]の葉を置くと「セントラル・パーク」となる。&lt;br /&gt;
* ベースのライ・ウイスキー、またはバーボン・ウイスキーを[[スコッチ・ウイスキー]]に変えると「[[ロブ・ロイ (カクテル)|ロブ・ロイ]]」になる。&lt;br /&gt;
* ベースを[[ブランデー]]に変えると「キャロル」&lt;br /&gt;
* ベースを[[ラム酒|ラム]]に変えると「リトル・プリンセス」&lt;br /&gt;
* ベースがバーボン・ウイスキーのものをバーボン・マンハッタンなどと呼び分けることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[マティーニ]] - カクテルの王様と呼ばれている。&lt;br /&gt;
*[[カクテルの一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
上田和夫『Cocktail Technic』柴田書店 2000年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まんはつたん}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウイスキーベースのカクテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Manhattan (cocktail)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%AB%8B%E6%86%B2%E6%94%BF%E5%8F%8B%E4%BC%9A&amp;diff=53939</id>
		<title>立憲政友会</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%AB%8B%E6%86%B2%E6%94%BF%E5%8F%8B%E4%BC%9A&amp;diff=53939"/>
				<updated>2009-07-01T07:16:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''立憲政友会'''（りっけんせいゆうかい）は、[[日本]]の[[明治]]後期から[[昭和]]前期までの、[[立憲民政党]]とならぶ二大[[政党]]の1つである（[[1900年]][[9月15日]] - [[1940年]][[7月16日]]（正統派・統一派）/同[[7月30日]]（革新派））。略称は'''政友会'''（せいゆうかい）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
[[1900年]]（明治33年）[[9月15日]]、[[超然主義]]の破綻と[[政党政治]]の必要性を感じた[[伊藤博文]]が自らの与党として組織した。伊藤自身が初代[[総裁]]となり、伊藤系[[官僚]]と[[憲政党]]（旧自由党）・[[帝国党]]が中心となって創立された。政党に不信感を持っていた[[明治天皇]]は伊藤の政党結党に対して強く反対したが、伊藤は[[議会]]の中に天皇と[[国益]]を重んじる政党が必要であることを力説して了承を得る（このとき、伊藤を通じて下賜金2万円が政友会に与えられた）。10月に政友会を中心に[[第4次伊藤内閣]]を成立させる。だが、依然として超然主義を奉じる[[貴族院_(日本)|貴族院]]最大会派の[[研究会_(貴族院)|研究会]]は伊藤の入党要請を拒絶する会派決議を行ったばかりでなく、[[1901年]][[北清事変]]の軍費捻出のための増税案を他の5会派（[[茶話会]]・[[朝日倶楽部]]・[[庚子会]]・[[木曜会]]・[[無所属団]]）を糾合して否決、伊藤内閣を総辞職に追い込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次の[[第1次桂内閣]]で妥協と反対の両政策を取り、[[1902年]]の[[第7回衆議院議員総選挙|衆議院総選挙]]では190議席を獲得して過半数を制する。党内からは総裁専制との批判が起こり、翌年政党政治を嫌う[[山縣有朋]]は、伊藤を総裁から退かせるために[[枢密院 (日本)|枢密院]]議長に就任するよう推挽する（なお、この過程で桂内閣との妥協を推進した[[田健治郎]]とこれに反対した[[尾崎行雄]]&amp;lt;ref&amp;gt;のちにいったん復党して護憲運動で活躍するが、再び党幹部と対立して離党している。&amp;lt;/ref&amp;gt;はそれぞれの反対派に追われる形で離党している。この内紛によって所属衆議院議員の1/3が離党・除名された）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伊藤が総裁を辞任して枢密院議長となると、同院前議長の[[西園寺公望]]が後継総裁となる。[[1904年]][[日露戦争]]では桂内閣を支持した。[[1906年]]第1次西園寺内閣には2大臣を送る。年来の主張であった[[鉄道国有化]]を実現した。つづく第2次桂内閣にも与党、第2次西園寺内閣のもとでは[[原敬]]・[[松田正久]]を中心に党勢を拡大する。第3次桂内閣に対しては[[護憲運動]]を組織して倒閣に追い込んだ（[[大正政変]]）。[[1913年]][[第1次山本内閣]]の与党となった。西園寺と桂が交代で政権を担当したこの時代は[[桂園時代]]と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大正政変後、公家出身の西園寺は[[大正天皇]]から望まれていた第3次桂内閣への協力を拒否した政治的責任を取って辞表を提出した。後任には松田が望まれたが、松田が急死したために原敬が[[1914年]]に総裁となる。[[大正デモクラシー]]の波にのって成長し、[[1917年]]第一党に復帰、[[1918年]][[米騒動]]後、[[1918年]]（大正7年）に原敬が首班となって、日本最初の本格的な政党内閣を組織した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原敬の暗殺後、急遽新総裁に迎えられた[[高橋是清]]を支持する[[横田千之助]]と、それに反対する[[床次竹二郎]]の2派に分裂、床次らは分離して[[政友本党]]を結成する。横田らは[[第二次護憲運動]]にも参加し、[[加藤高明]]護憲三派内閣に参加。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1925年]]には元陸軍大臣[[田中義一]]が総裁となる。田中の下で政友会は次第に親軍的な保守色を帯びるようになる。1927年成立の田中内閣は[[田中外交]]と呼ばれる[[中国]]での積極政策を推進し左翼運動を弾圧するが、[[張作霖爆殺事件]]の処理を巡り退陣する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和に入って数年は[[立憲民政党|民政党]]と交替で政権をになったが、[[1932年]]（昭和7年）、[[五・一五事件]]で[[犬養毅]]が暗殺されてからは軍部に圧迫されて衰退し、[[1936年]]の[[第19回衆議院議員総選挙|総選挙]]では総裁の[[鈴木喜三郎]]が落選するなどの大惨敗を喫した。さらに[[1939年]]に次期総裁をめぐり[[久原房之助]]と[[中島知久平]]の2派に分裂する（後述）。1940年（昭和15年）に両派とも解党して新体制運動に参加、[[大政翼賛会]]に合流した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政友会分裂問題と解党 ==&lt;br /&gt;
1937年、鈴木の総裁辞任後、[[鳩山一郎]]・[[前田米蔵]]・[[島田俊雄]]・中島知久平の4人が総裁代行委員となったが、1939年[[4月30日]]中島は政友会革新同盟を結成して総裁となる。一方、中島総裁に反対する鳩山らは病床の鈴木前総裁を動かし、新たに久原房之助・[[三土忠造]]・[[芳澤謙吉]]の3人を総裁代行委員に任命した。ここに政友会は、&lt;br /&gt;
*「正統派」（久原派ともいう。鳩山・久原・三土・芳沢ら）&lt;br /&gt;
*「革新派」（革新同盟、中島派ともいう。中島・前田・島田・[[田邊七六]]ら）&lt;br /&gt;
の2派に分裂した。正統派は久原を総裁に任命し、革新派は旧[[昭和会]]のうち[[望月圭介]]・[[山崎達之輔]]ら政友会出身者を合流させた。また、この分裂の際に正統派・革新派のどちらにも与しなかった[[金光庸夫]]・[[犬養健]]・[[太田正孝]]らは「中立派」（金光派ともいう）となり、翌[[1940年]]に発生した民政党の[[斎藤隆夫]][[除名]]問題で除名を支持して正統派内で孤立した議員が中立派に加わって「統一派」と名乗った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、同年7月16日に正統派（66名）と統一派（10名）が、7月30日には革新派（97名）が解党して大政翼賛会に合流した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この時の分裂問題を大正末期の横田千之助と床次竹二郎の争いによる分裂（政友本党結党）を第1次として、これと区別するために第2次分裂問題と規定する場合がある。また、解党後の[[1943年]]に完成した『立憲政友会史』では中島を正式な第8代総裁として記述しているが、これは第2次分裂以後、党機関紙及び党史の編集部門を革新派が掌握していたためである。もちろん、今日の政治史においては中島・久原どちらか一方のみを正統な総裁と規定することは不適切とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴代総裁 ==&lt;br /&gt;
'''立憲政友会総裁'''&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代||総裁||在任期間&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||1||[[伊藤博文]]||[[1900年]]（明治33年） - [[1903年]]（明治36年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||2||[[西園寺公望]]||1903年（明治36年） - [[1913年]]（大正2年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||3||[[原敬]]||[[1914年]]（大正3年） - [[1921年]]（大正10年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||4||[[高橋是清]]||1921年（大正10年） - [[1925年]]（大正14年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||5||[[田中義一]]||1925年（大正14年） - [[1929年]]（昭和4年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||6||[[犬養毅]]||1929年（昭和4年） - [[1932年]]（昭和7年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||7||[[鈴木喜三郎]]||1932年（昭和7年） - [[1937年]]（昭和12年）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''立憲政友会総裁代行委員'''&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代||総裁代行委員||在任期間&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||-||[[鳩山一郎]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[前田米蔵]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[島田俊雄]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[中島知久平]]||1937年（昭和12年） - [[1939年]]（昭和14年）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''立憲政友会革新同盟総裁'''&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代||総裁||在任期間&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||1||中島知久平||1939年（昭和14年） - [[1940年]]（昭和15年）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''立憲政友会正統派総裁'''&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代||総裁||在任期間&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||1||[[久原房之助]]||1939年（昭和14年） - 1940年（昭和15年）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[自由党 (日本)#日本自由党 (1945-1948)|日本自由党]] - 戦後に旧政友会正統派出身者主体で結成された政党。直接の前身団体は政党解消後に旧政友会正統派の翼賛政治に批判的な議員が中心となって結成した会派・[[同交会]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りつけんせいゆうかい}}&lt;br /&gt;
[[Category:解散した日本の政党]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Rikken Seiyūkai]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%87%91%E5%85%89%E5%BA%B8%E5%A4%AB&amp;diff=53938</id>
		<title>金光庸夫</title>
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				<updated>2009-07-01T07:05:04Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{政治家 |各国語表記 = かねみつ つねお |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = 1877年3月13日 |出生地 = 大分県 |没年...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = かねみつ つねお&lt;br /&gt;
|画像 =&lt;br /&gt;
|画像説明 =&lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1877年]][[3月13日]]&lt;br /&gt;
|出生地 = [[大分県]]&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1955年]][[3月5日]]&lt;br /&gt;
|死没地 =&lt;br /&gt;
|出身校 =&lt;br /&gt;
|前職 =&lt;br /&gt;
|現職 =&lt;br /&gt;
|所属政党 =&lt;br /&gt;
|称号・勲章 =&lt;br /&gt;
|世襲の有無 =&lt;br /&gt;
|親族（政治家） = [[金光義邦]]（長男）、[[佐藤一郎 (政治家)|佐藤一郎]]（娘婿）、[[佐藤謙一郎]]（孫）&lt;br /&gt;
|配偶者 =&lt;br /&gt;
|サイン =&lt;br /&gt;
|ウェブサイト =&lt;br /&gt;
|サイトタイトル =&lt;br /&gt;
|国旗 = 日本&lt;br /&gt;
|職名 = 第16代[[拓務省|拓務大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日 = [[1939年]][[8月30日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1940年]][[1月16日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 =&lt;br /&gt;
|元首職 =&lt;br /&gt;
|元首 =&lt;br /&gt;
|国旗2 = 日本&lt;br /&gt;
|職名2 = 第7代[[厚生省|厚生大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日2 = [[1940年]][[9月28日]]&lt;br /&gt;
|退任日2 = [[1941年]][[7月18日]]&lt;br /&gt;
|退任理由2 =&lt;br /&gt;
|元首職2 =&lt;br /&gt;
|元首2 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''金光 庸夫'''（かねみつ つねお、[[1877年]][[3月13日]] - [[1955年]][[3月5日]]）は[[日本]]の[[政治家]]、[[実業家]]。元[[拓務省|拓務大臣]]・[[厚生大臣]]。名前の「庸夫」は「やすお」とも読まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元[[経済財政政策担当大臣|経済企画庁長官]]の[[佐藤一郎 (政治家)|佐藤一郎]]は娘婿、前[[民主党_(1996-)|民主党]][[衆議院議員]]の[[佐藤謙一郎]]は孫（佐藤一郎の長男）にあたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴・人物 ==&lt;br /&gt;
[[大分県]]生まれ。高等小学校を卒業後税務官吏となり、長崎税関、福岡税務署長、熊本税務監督局勤務を経て、[[1908年]][[鈴木商店]]に入社する。[[1913年]]には[[大正生命保険]]（現・[[大和生命保険]]）を創設、社長となる。その他[[日本火災海上保険]]（現・[[日本興亜損害保険]]）役員、[[王子電気軌道]]社長など多数の企業の社長・役員を兼任し、東京商業会議所副会頭や、国際労働会議（[[1931年]]）資本家代表も務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[1920年]]に[[立憲政友会]]公認で旧大分2区から[[衆議院議員総選挙]]に立候補し当選、以後当選10回を数える。一時期[[政友本党]]に籍を置いたのち政友会に復帰し、[[1937年]][[衆議院副議長]]、[[1939年]][[阿部内閣]]で[[拓務省|拓務大臣]]として初入閣する。同年の政友会分裂に際しては[[太田正孝]]・[[犬養健]]とともに中立派（金光派）を形成する。[[近衛文麿]]の[[新体制運動]]に協力し、[[1940年]][[6月10日]]には[[陸軍省]]軍務局長の[[武藤章]]と会談し軍部の諒解を取り付ける。新体制準備委員会委員を経て、[[第2次近衛内閣]]で[[厚生大臣]]となる。以後、[[大日本産業報国会]]初代総裁、[[大政翼賛会]]顧問、同調査会長、[[翼賛政治会]]政務調査会長、[[大日本政治会]]総務会長などを務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後は[[進歩党_(日本)|日本進歩党]]の結成に関わるが、間もなく[[公職追放]]となる。[[1953年]][[第26回衆議院議員総選挙]]で[[自由党_(日本)|自由党]]公認で当選、同党顧問を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kanemitsu_y.html 歴史が眠る多磨霊園　金光庸夫]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[拓務大臣]]|第16代：1939 - 1940|[[小磯國昭]]|小磯國昭}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[厚生大臣]]|第7代：1940 - 1941|[[安井英二]]|[[小泉親彦]]}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かねみつ つねお}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:大分県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員(1947-)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:大分県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1877年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1955年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:鈴木商店]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%8A%AC%E9%A4%8A%E6%AF%85&amp;diff=53937</id>
		<title>犬養毅</title>
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				<updated>2009-07-01T06:58:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''犬養 毅'''（いぬかい つよし、時に いぬかい つよき 或いは いぬかい こわし、1855年6月4日（安政2年4月20日）- [[1932年...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''犬養 毅'''（いぬかい つよし、時に いぬかい つよき 或いは いぬかい こわし、[[1855年]][[6月4日]]（[[安政]]2年[[4月20日]]）- [[1932年]][[5月15日]]〉）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[犬養内閣|第29代]][[内閣総理大臣]]。[[立憲政友会]]第6代総裁。通称は仙次郎。[[号 (称号)|号]]は'''木堂'''。[[勲一等旭日桐花大綬章]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
[[備中国]][[賀陽郡]]庭瀬村（現･[[岡山県]][[岡山市]][[北区 (岡山市)|北区]]川入）に大[[庄屋]] 犬飼源左衛門の次男としてうまれる（後に犬養と改姓）。一時[[二松学舎]]にも通い、最終学歴は[[慶應義塾大学|慶應義塾]]退学。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
郵便報知新聞（後の[[報知新聞]]）の記者として西南戦争に従軍（ちなみに、[[抜刀隊]]が「[[戊辰戦争|戊辰]]の復讐!」と叫びながら突撃した事実は、一説には犬養の取材によるものとも言われている）。東海経済新報記者をへて、[[1882年]]（明治16年）、[[大隈重信]]が結成した[[立憲改進党]]に入党し、活躍する。[[1890年]]（明治23年）の[[第1回衆議院議員総選挙]]で当選し、以後42年間で18回連続当選という、[[尾崎行雄]]に次ぐ記録を作る。後に[[中国地方]]出身議員とともに[[中国進歩党]]を結成する（ただし、立憲改進党とは統一会派を組んでいた）が、[[進歩党_(明治)|進歩党]]・[[憲政本党]]の結成に参加、[[1898年]]（明治31年）の[[第1次大隈内閣]]では[[共和演説事件]]で辞任した尾崎の後を受けて[[文部大臣]]となった。[[1913年]]（[[大正]]2年）の[[第一次護憲運動]]の際は[[第3次桂内閣]]打倒に一役買い、尾崎行雄（咢堂）とともに「憲政の神様」と呼ばれた。しかし、当時所属していた[[立憲国民党]]は首相[[桂太郎]]の切り崩し工作により大幅に勢力を削がれ、以後犬養は辛酸をなめながら小政党を率いることとなった（[[立憲国民党]]はその後[[革新倶楽部]]となる）。犬養は政治以外にも[[神戸中華同文学校]]の名誉校長を務めるなどしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬養は第2次[[山本権兵衛]]内閣で文相兼[[逓信省#歴代の逓信大臣等|逓信大臣]]を務めた後、[[第2次護憲運動]]の結果成立した第1次[[加藤高明]]内閣（護憲三派内閣）においても、逓信相を務めた。しかし犬養は、ほどなくして小政党を率いることに限界を感じて[[革新倶楽部]]を[[立憲政友会]]に吸収させ、自身も政界から引退する。だが、世間は犬養の引退を許さず、岡山の支持者たちは勝手に犬養を立候補させ、[[衆議院]]選挙で当選させ続けた。さらに政友会総裁の[[田中義一]]が没すると後継総裁をめぐって内紛が生じ、犬養は幹部に乞われて[[1929年]]（昭和4年）に第6代立憲政友会総裁に就任する。[[1930年]]（昭和6年）ロンドン海軍軍縮条約に統帥権干犯を絡めて、鳩山一郎とともに政府を攻撃した。これは軍部に統帥権を武器として使えることを教え、自らの死につながった。[[1931年]]（昭和6年）12月に[[立憲民政党]]（民政党）の[[若槻禮次郎]]内閣が崩壊したため、反対党の総裁である犬養に組閣の大命が降下、[[内閣総理大臣]]に就任する。[[世界恐慌]]、そして[[満州事変]]の最中という荒波の中の船出であった。[[大蔵大臣]]には[[高橋是清]]を任じ、組閣と同時に金輸出再禁止を行い積極財政をとるなど、不況対策に努めた。また、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]には女婿の[[芳沢謙吉|芳澤謙吉]]を任じることにより、軍部に左右されがちな外交政策をリードしようとした。犬養の就任後は[[大逆事件|桜田門事件]]、[[血盟団事件]]と不穏な[[テロリズム|テロ事件]]が相次ぎ、[[ファシズム|ファッショ]]排撃を訴えた犬養自身も[[五・一五事件]]で、海軍将校の凶弾に倒れてしまった。享年77。墓所は[[港区 (東京都)|港区]]の[[青山霊園]]と岡山にある。&lt;br /&gt;
{{-}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・挿話 ==&lt;br /&gt;
=== 高潔にして毒舌の士 ===&lt;br /&gt;
犬養には常に毀誉褒貶が付きまとった。第1次護憲運動では尾崎行雄とともに「憲政の神様」と崇められ、[[東京朝日新聞]]の記者だった[[中野正剛]]は「咢堂が雄弁は珠玉を盤上に転じ、木堂が演説は霜夜に松籟を聞く」と評した。犬養の演説は理路整然としていて無駄がなく、聞く者の背筋が寒くなるような迫力があったという。その犬養が一旦藩閥政権である[[寺内内閣]]への[[内閣不信任案]]の共同提出を[[憲政会]]（桂に引き抜かれた元国民党議員が所属）に対して呼びかけながら、不信任案反対派の政友会と憲政会の足の引っ張り合いを皮肉って、政権を巡って右往左往する憲政会の態度を切って捨てて、そのまま[[衆議院解散]]に持ち込み、総選挙では孤立した憲政会に大打撃を与えた上で[[寺内正毅]]の要請を受けて寺内内閣の[[臨時外交調査会]]に入ったため、たちまち「変節漢」の悪罵を浴びた。その落差は大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も、山本権兵衛内閣や護憲三派による加藤高明内閣にも閣内協力をした。ただ、これだけで犬養を「変節漢」と呼ぶのはいささか酷かもしれない。犬養は[[普通選挙]]の実現をはじめ、経済的軍備論、南方進出論、産業立国論など独自の政策を温めていた。その実現のために、よりましと思われる政権に加わったとも解釈できる。明治の政界で隠然たる影響力を誇っていた[[山縣有朋]]が「朝野の政治家の中で、自分の許を訪れないのは[[頭山満]]と犬養毅だけ」と語ったという話もある。同じように藩閥支配に敵意を抱きながら、[[原敬]]は山県に接近し、その力を利用して自らの勢力拡大を図った。一方で犬養はその道をたどらず、ほとんど少数政党に身を置いて苦労を重ねた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬養は毒舌でも有名だった。親友の[[古島一雄]]は、犬養の毒舌がやたらに政敵を増やすのを見て「ご主人の出掛けに口を慎めと必ず言ってくれ」と夫人に頼んだほどである。これは、意志が強固で悪や卑劣を憎む犬養の性格からくるものからでもあったと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私生活では全く無欲の人で、細かいことには無頓着だった。嫌いな食べ物が出ても文句を言わず、着せられる着物を黙って着ていた。議会事務局で働く少年が病気になると、自宅に引き取って学校に通わせるなど、困った人を見ると援助の手を差し伸べずにはいられないところもあった。[[宮崎滔天]]ら革命派の[[大陸浪人]]を援助し、宮崎に頼まれて[[中国]]から[[亡命]]してきた[[孫文]]や[[蒋介石]]、[[インド]]から亡命してきた[[ラス・ビハリ・ボース]]らをかくまったこともあった。宮崎は当初、犬養が[[大隈重信]]寄りだったため警戒していたが、自宅で会ってみると、煙草盆片手にヒョロヒョロと出てきて、あぐらをかいて煙草を吸い全く気取らない。宮崎は直感的に「好きな人」と判断したという。ちなみに孫でエッセイストの[[安藤和津]]によると、ひどく女好きであったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 偶然が重なり総理に ===&lt;br /&gt;
そうした犬養が総理になったのにはいくつかの偶然が重なったからだった。これより前、犬養は一度政界を引退して、富士見高原の山荘に引きこもっている。自らの率いる革新倶楽部が選挙のたびに議席を減らすので、1925年（大正14年）に政友会と合同した責任を取ったのである。政友会の党首は長州閥で陸軍出身の[[田中義一]]だった。尾崎行雄はこれに激怒して訣別を表明し、藩閥勢力に屈したと非難を浴びた行動だったが、犬養は第1次加藤内閣の閣僚を辞し、議員も辞職して筋を通し、政界から引退したのだ。ところが、地元岡山の選挙民は納得しない。犬養の了承を得ないで、彼の引退に伴う補欠選挙で犬養自身を当選させてしまった。さらに田中義一政友会総裁が急死するという偶然が重なる。跡目を巡って[[鈴木喜三郎]]と[[床次竹二郎]]が激しく争い、党分裂の恐れが出た。党内の融和派が犬養担ぎ出しに動き、嫌がる犬養を強引に説得した。1929年（昭和4年）10月、犬養は大政党・立憲政友会の総裁に選ばれてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第2の偶然は対立する民政党政権の瓦解だった。まず、[[濱口雄幸]]総理が東京駅頭でテロリストに撃たれ、その傷がもとで退陣した。後を継いだ第2次若槻禮次郎内閣も、1931年（昭和6年）に勃発した満州事変を巡って閣内不統一に陥り、総辞職した。この頃は内閣が行き詰まって政権を投げ出したときは、野党第1党に政権を譲るという「[[憲政の常道]]」のルールが確立されていた。その上、[[元老]]・[[西園寺公望]]は犬養が満州事変を[[中華民国]]との話し合いで解決したいとの意欲を持つことを評価して、[[昭和天皇]]に野党・政友会総裁の犬養を推薦したのである。この時、犬養は数え年で77歳。新聞は「昭和の実盛」と書いた。白髪を黒く染めて戦った源平期の老武将[[斎藤実盛]]になぞらえたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬養は組閣の大命が下ると直ちに解散・総選挙を断行し、政友会の議席を大きく伸ばした。これによりまず国民の支持を取り付けた上で、高橋是清を蔵相に起用して経済不況の打開と取り組んだ。高橋は金輸出再禁止と兌換停止を断行、同時に積極財政へと転換を図った。これで日本経済は徐々に回復の方向に向かった。しかし、もう1つの課題の満州事変の処理は難物だった。犬養は[[満州国]]の承認を迫る軍部の要求を拒否し、[[中国国民党]]との間の独自のパイプを使って外交交渉で解決しようとした。犬養の解決案は、満州国の形式的領有権は中国にあることを認めつつ、実質的には満州国を日本の経済的支配下に置くというものだった。かねて支援していた元記者の萱野長知を[[上海市|上海]]に送って、国民党幹部と非公式の折衝に当たらせた。しかし不幸なことに、対中国強硬派の[[森恪]]が[[内閣書記官長]]の職に居た。森も若い頃は[[三井物産]]の社員として中国で働き、孫文の革命運動を支援したこともあったが、政界入りしてから右傾化し、軍内部の大陸権益拡張派や[[右翼]]との親交を深めていた。森は犬養の推進する対中融和路線には不満で、辞表を提出して犬養を困らせていた。犬養は秘密裡に交渉を進めていたが、交渉が煮詰まった段階で森の知るところとなり、森が萱野からの電報を握りつぶしてしまった。中国が最終的に犬養案を飲んだかという疑問は残るが、成功の可能性のあった交渉は挫折してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬養はまた、軍の青年将校の振舞いに深い憂慮を抱いていた。陸軍の長老・[[上原勇作]]元帥に手紙を書き、この風潮を改められないか訴えた。また天皇に上奏して、問題の青年将校ら30人程度を免官させようと考えていた。犬養はその考えを外相・芳沢謙吉と森に喋ったため、森を通じて陸軍に筒抜けとなり、軍は[[統帥権]]を侵害するものと憤激した。何故森を書記官長に据えたかと聞かれたとき、犬養は「手放しておくと危険だから、手近に置いた」と答えたという。このあたりの判断はかなり甘かったと言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 五月十五日 ===&lt;br /&gt;
1932年（昭和7年）5月15日はよく晴れた日曜日だった。犬養は[[総理大臣公邸|総理公邸]]でくつろいだ休日を過ごしていた。夫人、秘書官、護衛らも外出していた。犬養は往診に来た医者に鼻の治療を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
体にはなんの異常もなく、犬養は医者に「体中調べてどこも異常なしだ。あと100年はいきられそうじゃわい」と言っている。夕方5時半ごろ、海軍の青年将校と陸軍の士官候補生の一団が乱入してきた。犬養は少しも慌てず、将校たちを応接室に案内した。しばらくして応接室から「撃つぞ」「撃て」という叫びが聞こえ、ピストルの音が響いた。女中たちが駆けつけると、犬養は鼻の穴から血を流しながらも意識ははっきりしており、「いま撃った男を連れてこい。よく話して聞かすから」と言っている。最期まで言論で説得しようとする犬養らしい姿だった。このときしゃべったとされる「'''話せば分かる'''」という文句は非常に有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10時ごろ大量の吐血をしたが、驚く周囲に「胃にたまった血が出たのだよ。心配するな」と逆に励ますほど元気だった。しかしその後は次第に衰弱し、午後11時26分に絶命した。77歳、「昭和の実盛」の壮烈な死だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを[[五・一五事件]]という。事件後、森が手引きしたのではないかとの噂が絶えなかった。総理官邸に駆けつけた森の態度がおかしかったという[[古島一雄]]の証言もある。青年将校たちが、犬養の在宅をどうして知ったのかは事件後の取調べでもはっきりしなかったため、森の手引き説が消えなかったのである。森が犬養批判を強め、その行動を監視して軍に通報していたという事実もある。ただし、もとより状況証拠としても不十分なものばかりで、若い頃から犬養と親しかった森がそこまでやるはずはないという見方もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月19日、犬養の葬儀が[[総理大臣官邸|官邸]]の大ホールでしめやかにとり行われた。「憂国の大宰相・犬養毅閣下の永眠を謹んで哀悼す。[[チャーリー・チャップリン]]」— たまたま来日中で官邸からほど近い[[帝国ホテル]]に滞在していた喜劇王から寄せらた弔電に驚く参列者も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺骨は[[青山墓地]]に納められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 犬養の死後 ===&lt;br /&gt;
犬養の死は大きな後遺症を遺し、昭和史の分水嶺となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五・一五事件の犯人たちは[[軍法会議]]にかけられたものの軽い刑で済み、数年後に全員が恩赦で釈放され、満州や中国北部で枢要な地位についた。現職総理を殺したテロリストに死刑も適用しなかったことが、さらに大掛かりな[[二・二六事件]]の遠因となったとも言われる。なお、五・一五事件の海軍側軍法会議の判士長は「殉教者扱いされるから死刑を出すのは良くないと思った」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件後、テロを恐れるあまり政治家たちが反軍的な言動を差し控える風潮が広がった。新聞社は軍政志向への翼賛記事を書き始め、政治家は秘密の私邸を買い求め、ついには[[社会大衆党|無産政党]]までが「憎きブルジョワを人民と軍の統一戦線によって打倒する」などと言い始めた。[[昭和天皇]]は、続く二・二六事件に衝撃を受け、自身の政治発言が軍部を刺激することを自覚してしまったといわれる。中国戦線において、参謀本部に事変不拡大の意志を持つ[[石原莞爾]]がいるにも関わらず、彼を後押しをすることが出来なかった。かくして日本は陸軍[[統制派]]による軍閥政治への道を歩み出していくことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
*犬養氏：伝承によると、遠祖は[[吉備津彦命]]に従った犬飼健命（イヌカイタケルノミコト）、[[江戸時代]]には大[[庄屋]]を務めた豪家だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孫左衛門 ━ 次郎左衛門 ━ 忠兵衛 ━ 源左衛門 當展 ━ 幸左衛門 當謙 ━ 仙左衛門 當則 ━ 健蔵 當吉 ━ 源左衛門 當済 ━ 仙次郎 毅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*犬飼幸左衛門当謙は訥斎と号し、京都の守中翁若林強斎に遊学し、垂加翁山崎闇斎の学問を、吉備津に伝えた（岡次郎直養編『強斎先生雑話筆記』）。犬飼木堂は、崎門の宿老であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族 ==&lt;br /&gt;
* 長女：芳沢操 - 芳澤謙吉の妻。&lt;br /&gt;
* 女婿：[[芳澤謙吉]] - 外交官。&lt;br /&gt;
* 長男：[[犬養彰]] - 継母（毅の後妻）とそりが合わず廃嫡。彰の長男に[[犬養正男]]がいる。&lt;br /&gt;
* 三男（次男という説もある）：[[犬養健]] - 政治家、[[小説家]]。兄彰の廃嫡後、嗣子となる。&lt;br /&gt;
* 孫（健の長女）：[[犬養道子]] - [[評論家]]。&lt;br /&gt;
* 孫（健の次女）：[[安藤和津]] - [[エッセイスト]]。[[奥田瑛二]]夫人。健の愛人で柳橋の芸者との間に生まれ、その後、子として認知された。&lt;br /&gt;
* 孫（健の長男）：[[犬養康彦]] - [[共同通信社]]社長。&lt;br /&gt;
* 曾孫：[[緒方貞子]] - 日本政府アフガニスタン支援特別代表、元国連難民高等弁務官。母は、芳沢謙吉・操夫妻の長女・恒子。父は、外交官の中村豊一。&lt;br /&gt;
* 従兄弟：[[小松原慶太郎]]－実業家。倉敷紡績所、倉敷銀行（現中国銀行）などを設立。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作等 ==&lt;br /&gt;
*「犬養逓信大臣祝辞」(1925年3月22日、ラジオ放送初日に桑山鉄男逓信次官が代読、東京放送局より放送)、社団法人東京放送局編『ラヂオ講演集 第一輯』日本ラジオ協会、1925年11月、9～11頁。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注釈 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[犬養内閣]]&lt;br /&gt;
*[[ラス・ビハリ・ボース]]&lt;br /&gt;
*[[孫文]]&lt;br /&gt;
*[[潘佩珠]]&lt;br /&gt;
*[[神戸中華同文学校]]&lt;br /&gt;
*[[林醇平]]&lt;br /&gt;
*[[犬養木堂記念館]]&lt;br /&gt;
*[[報知新聞社]]&lt;br /&gt;
*[[秋田魁新報]]&lt;br /&gt;
*[[タイム誌#表紙を飾った日本人|『TIME』誌]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Tsuyoshi Inukai}}&lt;br /&gt;
{{Wikiquote|犬養毅}}&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/17.html 犬養毅 | 近代日本人の肖像]&lt;br /&gt;
*[http://www.burari2161.fc2.com/inukaituyosi.htm 犬養毅について]&lt;br /&gt;
*[http://www.jaja.co.jp/ts/iroiro/kibiji/kibiji5.htm 犬養毅生家]&lt;br /&gt;
*[http://www.maroon.dti.ne.jp/inukai.bokudo/ 犬養木堂記念館]&lt;br /&gt;
*[http://gos.but.jp/inuk.htm 犬養（犬飼）家系図]&lt;br /&gt;
*[http://episode.kingendaikeizu.net/12.htm 系図でみる近現代 第12回]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[犬養内閣|29]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1931年 - 1932年&lt;br /&gt;
|前代=28&lt;br /&gt;
|前首相名=若槻禮次郎&lt;br /&gt;
|次代=30&lt;br /&gt;
|次首相名=斎藤実}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]|第45代:1931年 - 1932年（兼任）|[[幣原喜重郎]]|[[芳澤謙吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]|第50代:1932年 - 1932年（兼任）|[[中橋徳五郎]]|[[鈴木喜三郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[文部大臣]]|第15代:1898年 - 1898年&amp;lt;br /&amp;gt;第35代:1923年 - 1923年（兼任）|[[尾崎行雄]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[鎌田榮吉]]|[[樺山資紀]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[岡野敬次郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[逓信省#歴代の逓信大臣等|逓信大臣]]|第27代:1923年 - 1924年&amp;lt;br /&amp;gt;第29代:1924年 - 1925年|[[前田利定]]&amp;lt;br /&amp;gt;藤村義朗|[[藤村義朗]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[安達謙蔵]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[立憲政友会]]総裁|第6代：1929年 - 1932年|[[田中義一]]|[[鈴木喜三郎]]}}&lt;br /&gt;
{{外務大臣}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いぬかい つよし}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のジャーナリスト]]&lt;br /&gt;
[[Category:報知新聞社]]&lt;br /&gt;
[[Category:岡山市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:岡山県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民権運動の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:暗殺された人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:アジア主義の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1855年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1932年没]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Inukai Tsuyoshi]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%AB%8B%E6%86%B2%E6%94%BF%E5%8F%8B%E4%BC%9A&amp;diff=53936</id>
		<title>立憲政友会</title>
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				<updated>2009-07-01T06:50:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''立憲政友会'''（りっけんせいゆうかい）は、[[日本]]の[[明治]]後期から[[昭和]]前期までの、[[立憲民政党]]とならぶ2大[[政党]]の1つである（[[1900年]][[9月15日]] - [[1940年]][[7月16日]]（正統派・統一派）/同[[7月30日]]（革新派））。略称は'''政友会'''（せいゆうかい）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
[[1900年]]（明治33年）[[9月15日]]、[[超然主義]]の破綻と[[政党政治]]の必要性を感じた[[伊藤博文]]が自らの与党として組織した。伊藤自身が初代[[総裁]]となり、伊藤系[[官僚]]と[[憲政党]]（旧自由党）・[[帝国党]]が中心となって創立された。政党に不信感を持っていた[[明治天皇]]は伊藤の政党結党に対して強く反対したが、伊藤は[[議会]]の中に天皇と[[国益]]を重んじる政党が必要である事を力説して了承を得る（このとき、伊藤を通じて下賜金2万円が政友会に与えられた）。[[10月]]に政友会を中心に第4次伊藤内閣を成立させる。だが、依然として超然主義を奉じる[[貴族院_(日本)|貴族院]]最大会派の[[研究会_(貴族院)|研究会]]は伊藤の入党要請を拒絶する会派決議を行ったばかりでなく、[[1901年]][[北清事変]]の軍費捻出のための増税案を他の5会派（[[茶話会]]・[[朝日倶楽部]]・[[庚子会]]・[[木曜会]]・[[無所属団]]）を糾合して否決、伊藤内閣を総辞職に追い込んだ。次の第一次[[桂太郎]]内閣で妥協と反対の両政策を取り、[[1902年]]の[[衆議院]]総選挙では190議席を獲得して過半数を制する。党内からは総裁専制との批判が起こり、翌年政党政治を嫌う[[山縣有朋]]は、伊藤を総裁から退かせるために[[枢密院]]議長に就任するよう推挽する（なお、この過程で桂内閣との妥協を推進した[[田健治郎]]とこれに反対した[[尾崎行雄]]&amp;lt;ref&amp;gt;後に一旦復党して護憲運動で活躍するが、再び党幹部と対立して離党している。&amp;lt;/ref&amp;gt;はそれぞれの反対派に追われる形で離党している。この内紛によって所属衆議院議員の1/3が離党・除名された）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伊藤が総裁を辞任して枢密院議長となると、同院前議長の[[西園寺公望]]が後継総裁となる。[[1904年]][[日露戦争]]では桂内閣を支持した。[[1906年]]第1次西園寺内閣には2大臣を送る。年来の主張であった[[鉄道国有化]]を実現した。つづく第2次桂内閣にも与党、第2次西園寺内閣のもとでは[[原敬]]、[[松田正久]]を中心に党勢を拡大する。第3次桂内閣に対しては[[護憲運動]]を組織して倒閣に追い込んだ（[[大正政変]]）。[[1913年]]第1次[[山本権兵衛]]内閣の与党となった。西園寺と桂が交代で政権を担当したこの時代は[[桂園時代]]と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政変後、[[公家]]出身の西園寺は[[大正天皇]]から望まれていた第3次桂内閣への協力を拒否した政治的責任を取って辞表を提出した。後任には松田が望まれたが、松田が急死したために原敬が[[1914年]]に総裁となる。[[大正デモクラシー]]の波にのって成長し、[[1917年]]第一党に復帰、[[1918年]][[米騒動]]後、[[1918年]]（[[大正]]7年）に原敬が首班となって、日本最初の本格的な政党内閣を組織した。原敬の暗殺後に急遽新総裁に迎えられた[[高橋是清]]を支持する[[横田千之助]]とそれに反対する[[床次竹二郎]]の2派に分裂、床次らは分離して[[政友本党]]を結成する。横田らは[[第二次護憲運動]]にも参加し、[[加藤高明]]護憲三派内閣に参加。[[1925年]]には元[[陸軍大臣]][[田中義一]]が総裁となる。田中の下で政友会は次第に親軍的な保守色を帯びるようになる。1927年成立の田中内閣は[[田中外交]]と呼ばれる[[中国]]での積極政策を推進し左翼運動を弾圧するが、[[張作霖爆殺事件]]の処理を巡り退陣する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和に入って数年は[[立憲民政党|民政党]]と交替で政権をになったが、[[1932年]]（昭和7年）、[[五・一五事件]]で[[犬養毅]]が暗殺されてからは軍部に圧迫されて衰退し、[[1936年]]の[[総選挙]]では総裁の[[鈴木喜三郎]]が落選するなどの大惨敗を喫した。更に[[1939年]]に次期総裁をめぐり[[久原房之助]]と[[中島知久平]]の2派に分裂する（政友会分裂に関しては歴代総裁の節で詳しく述べる）。1940年（昭和15年）に両派とも解党して新体制運動に参加、[[大政翼賛会]]に合流した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴代総裁 ==&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代||総裁||在任期間&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||[[伊藤博文]]||1900年 - 1903年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2||[[西園寺公望]]||1903年 - 1913年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|3||[[原敬]]||1914年 - 1921年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|4||[[高橋是清]]||1921年 - 1925年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5||[[田中義一]]||1925年 - 1929年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|6||[[犬養毅]]||1925年 - 1929年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|7||[[鈴木喜三郎]]||1932年 - 1937年&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}（以後、総裁代行委員制から1939年以後は中島知久平・久原房之助の2人の総裁が立って分裂状態になる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政友会分裂問題と解党 ===&lt;br /&gt;
鈴木の総裁辞任後、[[鳩山一郎]]、[[前田米蔵]]、[[島田俊雄]]、中島知久平の4人が総裁代行委員となったが、1939年[[4月30日]]中島は'''政友会革新同盟'''を結成して総裁となる。一方、中島総裁に反対する鳩山らは病床の鈴木前総裁を動かして新たに久原房之助、[[三土忠造]]、[[芳澤謙吉]]の3人を総裁代行委員に任命した。ここに政友会は'''正統派'''（久原派ともいう。鳩山、久原、三土、芳沢ら）と'''革新派'''（革新同盟、中島派ともいう。中島、前田、島田、[[田邊七六]]ら）の2派に分裂した。正統派は久原を総裁に任命し、革新派は旧[[昭和会]]のうち[[望月圭介]]、[[山崎達之輔]]ら政友会出身者を合流させた。また、この分裂の際に正統派、革新派のどちらにも与しなかった[[金光庸夫]]、[[犬養健]]、[[太田正孝]]らは'''中立派'''（金光派ともいう）となり、翌[[1940年]]に発生した民政党の[[斎藤隆夫]][[除名]]問題で除名を支持して正統派内で孤立した議員が中立派に加わって'''統一派'''と名乗った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、同年7月16日に正統派（66名）と統一派（10名）が、7月30日には革新派（97名）が解党して大政翼賛会に合流した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この時の分裂問題を大正末期の横田千之助と床次竹二郎の争いによる分裂（政友本党結党）を'''第1次'''として、これと区別するために'''第2次'''分裂問題と規定する場合がある。また、解党後の[[1943年]]に完成した『[[立憲政友会史]]』では中島を正式な第8代総裁として記述している&amp;lt;ref&amp;gt;第2次分裂以後、党機関紙及び党史の編集部門を革新派が掌握していたため。勿論、今日の政治史において中島・久原どちらか一方のみを正統な総裁と規定することは不適切とされている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 補注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[自由党 (日本)#自由党 (日本 1945-1948, 1950-1955)|日本自由党]] - 戦後に旧政友会正統派出身者主体で結成された政党。直接の前身団体は政党解消後に旧政友会正統派の翼賛政治に批判的な議員が中心となって結成した会派・[[同交会]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りつけんせいゆうかい}}&lt;br /&gt;
[[Category:解散した日本の政党]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Rikken Seiyūkai]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%8E%9F%E6%95%AC&amp;diff=53935</id>
		<title>原敬</title>
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				<updated>2009-07-01T06:48:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''原 敬'''（はら たかし、安政3年2月9日（1856年3月15日） -大正10年（1921年）11月4日）は、日本...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''原 敬'''（はら たかし、[[安政]]3年[[2月9日 (旧暦)|2月9日]]（[[1856年]][[3月15日]]） -[[大正]]10年（[[1921年]]）[[11月4日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]。幼名は健次郎。[[立憲政友会]]第3代総裁。第19代[[内閣総理大臣]]（在任[[1918年]][[9月29日]] - 1921年11月4日）。[[位階|正二位]][[大勲位]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
[[郵便報知新聞]]記者を経て[[外務省]]に入省。後に[[農商務省 (日本)|農商務省]]に移って[[陸奥宗光]]や[[井上馨]]からの信頼を得た。陸奥[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]時代には外務官僚として重用されたが、陸奥の死後退官。その後、発足時から[[立憲政友会]]に参加。政界に進出し、大正7年（[[1918年]]）に[[内閣総理大臣]]に就任。[[爵位]]の受け取りを固辞し続けたため「'''平民宰相'''」と言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大正10年（1921年）[[11月4日]]、[[東京駅]][[丸の内]]南口コンコースにて、右翼青年[[中岡艮一]]に襲撃され、即死した。満{{没年齢|1856|3|15|1921|11|4}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、通称名である「'''はら けい'''」が用いられるケースもある（原敬記念館、原敬日記など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
原敬は、安政3年（1856年）2月9日、[[盛岡藩]][[盛岡城]]外の本宮村（現在の[[盛岡市]]本宮）で盛岡藩士原直治の次男として生まれた。後に「平民宰相」と呼ばれる原だが、原家は祖父・直記が[[家老]]職にあったほどの上級[[武士]]の[[家柄]]で、敬は20歳のときに分家して戸主となり、[[平民]]籍に編入された。[[徴兵制度]]の戸主は兵役義務から免除される規定を受けるため分籍した。彼は[[家柄]]についての誇りが強く、いつの場合も自らを卑しくするような言動をとったことがなかったとされる。また、後年、号を「一山」あるいは「逸山」と称したが、それは原の薩長藩閥への根深い対抗心を窺わせる。[[戊辰戦争]]で「朝敵」となった東北諸藩の出身者が、「白河以北一山百文」と薩長出身者から嘲笑、侮蔑されたことへの反発に基づいているからである（白河とは福島県[[白河市]]のことで、古来より「[[白河関]]」がみちのくへの入り口であった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 陸奥宗光の引き立て ===&lt;br /&gt;
[[明治]]3年（[[1870年]]）、原は再開された[[藩校]]「[[作人館]]」に入り、さらに翌年、上京して[[南部家]]が盛岡藩の青年のために設立した「[[共慣義塾]]」に入学したが、途中で学費が途絶えて数ヶ月で辞めてしまった。そこで、明治5年には費用のかからない[[カトリック教会|カトリック]][[神学校]]に入学した。翌明治6年には[[横浜市|横浜]]に移って[[神父]]宅に寄寓し、ここで受洗して「ダビデ」の洗礼名を受けている。明治9年（[[1876年]]）、[[司法省|司法省法学校]]を受験したところ、受験者中2番の成績で合格したが、学業途中で寄宿舎の待遇改善行動に関係したという理由で退校処分にあっている。法学校を追放された原は、[[中江兆民]]の[[仏学塾]]に在学の後、明治12年（[[1879年]]）、郷里の先輩のつてで、[[郵便報知新聞社]]に入社した。入社当初は[[フランス語]]新聞の翻訳を担当していたが、次第に論文も執筆するようになった。しかし、[[明治十四年の政変]]をきっかけに[[大隈重信]]の一派が同社に乗り込んでくると、彼らと反りが合わず退社した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
郵便報知新聞社を辞めた原に藩閥政府の高官が目をつけ、御用政党の機関紙「[[大東日報]]」の主筆とした。しかし、経営不振のため8ヶ月目で同社を離れた。この「大東日報」が縁で藩閥に接する機会を得た原は明治15年（[[1882年]]）、外務省に採用され、入省の翌年、[[天津市|天津]]領事に任命されて同地に赴いた。次いで明治18年（[[1885年]]）には[[外務書記官]]に任ぜられて[[パリ]]駐在を命じられた。そして、およそ3年余りパリ公使館に勤務し、帰国後農商務省[[参事官]]、大臣秘書官となった。駐米公使だった[[陸奥宗光]]が明治23年（[[1890年]]）に農商務大臣になると、陸奥の引きで原の運命が拓けることになる。すなわち、[[第2次伊藤内閣]]が発足すると陸奥は外相に就任し、彼の意向で原は通商局長として再び外務省に戻った。さらに[[日清戦争]]後の明治28年（[[1895年]]）には、[[外務省#組織|外務次官]]に抜擢された。当時、陸奥外相は病気療養中であったため、[[西園寺公望]][[文部大臣]]が外相臨時代理を兼任したが、実務は原がとることとなった。翌・明治29年（[[1896年]]）、陸奥が病気のため外相を辞任すると、原も[[朝鮮]]駐在公使に転じた。しかし、間もなく第2次伊藤内閣が崩壊し、[[第2次松方内閣]]が成立すると、大隈が外相となって入閣したため、大隈嫌いの原は見切りをつけて帰国し、外務省も辞めた。明治30年（[[1897年]]）には[[大阪毎日新聞]]社に入社し、翌・明治31年（[[1898年]]）には社長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政党政治家として ===&lt;br /&gt;
明治33年（[[1900年]]）に[[伊藤博文]]が[[立憲政友会]]を組織すると、原は伊藤と[[井上馨]]の勧めでこれに入党し、幹事長となった。同年12月、汚職事件で[[逓信大臣]]を辞職した[[星亨]]に代わって伊藤内閣の逓信大臣として初入閣する。原は政友会の結党前と直後の2度、[[貴族院 (日本)|貴族院]]議員になろうとして井上馨に推薦を要請している。一般には原は生涯[[爵位]]などを辞退し続け、その身を最期まで[[衆議院]]に置いてきたとされている。また、後年には貴族院議員を指して「錦を着た乞食」とまで酷評している。その原が貴族院議員を目指したのは、恐らく無官でいることからくる党内の影響力低下を懸念してのことだろう。結局、星亨の後任となって入閣したため、貴族院入り問題は立ち消えになってしまった。また、爵位授与に関しても実はこの時期に何度か働きかけを行っていた事実も明らかになっている（原自身が「平民政治家」を意識して行動するようになり、爵位辞退を一貫して表明するようになるのは、原が政友会幹部として自信を深めていった明治末期以後である）。現実主義者原敬の一端が垣間見える逸話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治34年（[[1901年]]）6月、桂太郎が組閣し原は閣外へ去るが同月星が暗殺され、その後は、[[第1次桂内閣]]に対する方針を巡る党内分裂の危機を防ぎ、[[松田正久]]とともに政友会の党務を担った。また、地方政策では星の積極主義（鉄道敷設などの利益誘導と引換に、支持獲得を目指す集票手法）を引き継ぎ、政友会の党勢を拡大した。党内を掌握した原は、伊藤や西園寺を時には叱咤しながら、融和と対決を使い分ける路線を採って党分裂を辛うじて防いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、原の積極主義は「我田引鉄」と呼ばれる利益誘導政治を生み出し、現代につながる日本の政党政治と利益誘導の構造をつくりあげることとなった。明治末期には原のこうした手法を嫌う西園寺との間で確執が生じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治35年（[[1902年]]）に行われた第7回衆議院総選挙で、盛岡市選挙区から立候補して衆議院議員に初当選。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日露戦争]]が始まった明治37年（[[1904年]]）12月、[[桂太郎]]首相は政局の安定を図るため、政友会との提携を希望して原と交渉を行った。政権授受の密約である。翌・明治38年（[[1905年]]）、桂内閣は総辞職し、明治39年（[[1906年]]）になって約束通りに西園寺公望に組閣の大命が下ると、原は[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]として加わった。これ以降、桂と政友会との間で政権授受が行われ、「情意投合の時代」とか「[[桂園時代]]」と呼ばれる政治的安定期を迎えることになるが、原は出来る限り[[山縣有朋]]との関係を調整することに努力する一方で、徐々に山県閥の基盤を切り崩して、政友会の勢力を拡大することも忘れなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、原は後に第2次西園寺内閣と[[第1次山本内閣]]でも内相を務めている（原の出身は佐幕派の南部藩であり、藩閥政治は出世のさまたげになった。だから自由な選挙により議会の多数を占める政党、藩閥と関係ない近代的官僚機構をつくった。内務大臣時代、藩閥によって任命された当時の都道府県知事を集めてテストを実施し、東京帝国大学卒の学歴を持つエリートに変えていった）。大正3年（[[1914年]]）6月18日には[[大正政変]]の道義的責任を取るとして辞任した西園寺の後任として第3代立憲政友会総裁に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 首相就任 ===&lt;br /&gt;
{{See also|原内閣}}&lt;br /&gt;
[[シベリア出兵]]に端を発した[[米騒動]]への対応を誤った[[寺内内閣]]が内閣総辞職に追い込まれると、ついに政党嫌いの山縣も原を後継首班として認めざるをえなくなった。こうして、大正7年（[[1918年]]）に成立した原内閣は、日本初の本格的政党内閣とされる。それは、原が初めて衆議院に議席を持つ政党の党首という資格で首相に任命されたことによるものであり、また[[閣僚]]も、[[陸軍大臣]]・[[海軍大臣]]・外務大臣の3相以外はすべて政友会員が充てられたためであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原内閣の政策は、外交における対英米協調主義と内政における積極政策、それに統治機構内部への政党の影響力拡大強化をその特徴とする。原は政権につくと、直ちにそれまでの外交政策の転換を図った。まず、[[対華21ヶ条要求]]などで悪化していた[[中華民国]]との関係改善を通じて、英米との協調をも図ろうというものである。そこで、原は寺内内閣の援段政策（中国国内の[[軍閥]]・[[段祺瑞]]を援護する政策）を組閣後早々に打ち切った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]から提起されていた日本・アメリカ・[[イギリス]]・[[フランス]]4ヶ国による新4国借款団（日本の支那への独占的進出を抑制する対中国国際借款団）への加入を、対英米協調の観点から決定した。[[第一次世界大戦]]の後始末をする[[パリ講和会議]]が開かれたのも、原内閣の時代だった。この会議では、アメリカ大統領[[ウッドロウ・ウィルソン]]の提唱によって[[国際連盟]]の設置が決められ、日本は常任理事国となった。しかし、シベリア出兵についてはなかなか撤兵が進まず、結局撤兵を完了するのは、原没後の大正11年（1922年）、[[加藤友三郎内閣]]時代のこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
内政については、かねてから政友会の掲げていた積極政策、すなわち、教育制度の改善、交通機関の整備、産業及び通商貿易の振興、国防の充実の4大政綱を推進した。とりわけ交通機関の整備、中でも地方の鉄道建設のためには[[公債]]を発行するなど極めて熱心であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、教育政策では高等教育の拡張に力を入れた。大正7年（[[1918年]]）、原内閣の下で「高等諸学校創設及拡張計画」が、4450万円の莫大な追加予算を伴って帝国議会に提出され可決された。その計画では官立[[旧制高等学校]]10校、官立[[高等工業学校]]6校、官立[[高等農業学校]]4校、官立[[高等商業学校]]7校、[[外国語学校 (旧制)|外国語学校]]1校、[[旧制薬学専門学校|薬学専門学校]]1校の新設、[[帝国大学]]4学部の設置、[[医科大学]]5校の昇格、[[旧三商大|商科大学]]1校の昇格であり、その後この計画はほぼ実現された。これらの官立高等教育機関の大半は、地方都市に分散設置された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また私立大学では大正9年（[[1920年]]）に[[大学令]]の厳しい要件にも関わらず、[[慶應義塾大学]]、[[早稲田大学]]、[[明治大学]]・[[法政大学]]・[[中央大学]]・[[日本大学]]・[[國學院大學]]・[[同志社大学]]の[[旧制大学]]への昇格が認可され、その後も多くの私立大学が昇格した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この高等教育拡張政策は[[大戦景気|第一次世界大戦の好景気]]を背景とした高等教育への、求人需要、志願需要の激増に応えたものである。そして高等教育拡散は皇室への危険思想につながるとしてこれを反対した[[山縣有朋]]を説得したものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[軍事費]]にも多額の予算を配分し、1921年予算は1917年度予算の2倍を超える15億8000万円にまで膨れ上がった。多額の公債発行を前提とする予算案には野党[[憲政会]]、貴族院から多くの反対意見が上がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また原は、地方への利益還元を図って政友会の地盤を培養する一方で、同党の支持層に見合った規模での選挙権拡張を行っている。大正8年（[[1919年]]）には[[公職選挙法|衆議院議員選挙法]]を改正し、[[小選挙区制]]を導入すると同時に、それまで直接国税10円以上が選挙人の資格要件だったのを3円以上に引き下げた。翌年の第42[[帝国議会]]で、[[憲政会]]や[[立憲国民党]]から[[普通選挙|男子普通選挙制度]]導入を求める選挙法改正案が提出されると、原はこれに反対して衆議院を解散し、小選挙区制を採用した有利な条件の下で総選挙を行い、単独過半数の大勝利を収めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首相就任前の民衆の原への期待は大きいものだったが、就任後の積極政策とされるもののうちのほとんどが政商、財閥向けのものであった。また、度重なる疑獄事件の発生や民衆の大望である[[普通選挙法]]の施行に否定的であったことなど、就任前後の評価は少なからず差がある。普通選挙法の実現は憲政会を率いた[[加藤高明内閣]]を待つこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、原は政友会の政治的支配力を強化するために、官僚派の拠点であった貴族院の分断工作を進め、同院の最大会派である「研究会」を与党化させた。このほか、高級官僚の自由任用制の拡大や、官僚派の拠点であった郡制の廃止、植民地官制の改正による武官総督制の廃止などを実施し、反政党勢力の基盤を次第に切り崩していった。しかし、一方で原は反政党勢力の頂点に立つ山縣有朋との正面衝突は注意深く避け、彼らへの根回しも忘れなかった。このように、原は卓越した政治感覚と指導力を有する政治家であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その原は、大正10年（[[1921年]]）11月4日、[[日本国有鉄道|国鉄]][[大塚駅 (東京都)|大塚駅]]転轍手であった[[中岡艮一]]によって東京駅で刺殺されてしまった（[[原敬暗殺事件]]）。65年の生涯であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の政治力が余りに卓抜していたために、原亡き後の政党政治はバランスを失ってしまうことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 原敬日記 ==&lt;br /&gt;
当時の政治の裏側を知るには、原の残した『[[原敬日記]]』（はらけいにっき）が格好の史料である。『原敬日記』は、一般には[[1875年]]に帰省した際の日記から、暗殺直前の[[1921年]][[10月25日]]までに書かれた日記の総称であるが、原が暗殺を予期して認めた遺書の中で「当分世間に出すべからず」と厳命（[[宮中某重大事件]]や[[大正天皇]]の病状問題が関連していると考えられている）しており、公開されたのは[[1950年]]のことである。近年では、原が大正天皇と近かったことから、大正天皇と『原敬日記』の関係についても研究されている。&lt;br /&gt;
*[[林茂]]、原奎一郎編　『原敬日記』全6卷　福村出版　新版2000年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一個人としての原敬の実像を知るには、原の養子である[[原圭一郎]]（本名、原貢）の回想録『ふだん着の原敬』が格好の資料である。この回想録では、養父である原とその妻原浅子と生活をともにした青少年期の思い出を中心に綴られている。以下は他と併せた参考文献。&lt;br /&gt;
*原奎一郎　『ふだん着の原敬』[[毎日新聞社]]、1971年&lt;br /&gt;
*原敬遺徳顕彰会　『原敬 　歿後五十年その生涯』  [[毎日新聞]]社、1970年     &lt;br /&gt;
*原奎一郎　『原敬』上下、[[盛岡]]大慈会・原敬遺徳顕彰会、1998－99年、抄版2002年   &lt;br /&gt;
*原敬文書研究会編　『原敬関係文書』全10巻別巻1　[[日本放送出版協会]]　1984－89年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*原奎一郎、山本四郎編　『原敬をめぐる人びと』正続、NHKブックス [[日本放送出版協会]]　1982年&lt;br /&gt;
*[[山本四郎]]　『評伝原敬』上下　[[東京創元社]]　1997年&lt;br /&gt;
*[[玉井清]]　『原敬と[[立憲政友会]]』　[[慶應義塾大学]]出版会 　1999年&lt;br /&gt;
*[[川田稔]]　『原敬と[[山県有朋]]  国家構想をめぐる外交と内政』[[中公新書]]　1998年&lt;br /&gt;
*[[テツオ・ナジタ]]、安田志郎訳　『原敬  政治技術の巨匠』読売選書・[[読売新聞]]社1974年&lt;br /&gt;
*前田蓮山　『原敬』日本宰相列伝7・[[時事通信社]]1985年　、初版1958年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
* [[大正9年]]9月7日:[[勲一等旭日桐花大綬章]]&lt;br /&gt;
* [[大正10年]]11月4日:[[大勲位菊花大綬章]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族 親族 ==&lt;br /&gt;
* 先妻 貞子（旧[[薩摩藩]][[武士|士]] 中井弘長女）&lt;br /&gt;
* 後妻 浅（あさ、岩手県・菅野弥太郎の娘、東京[[新橋]]の[[芸者]]）&lt;br /&gt;
* 養子 [[原圭一郎|貢]]（作家）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
* 原家の始祖三田村平兵衛は浅井新左衛門（[[浅井長政]]と同族）の二男三田村左衛門太夫定元の末流と伝える三田村太郎右衛門の二男として[[筑後国|筑後]]で誕生した&lt;br /&gt;
: 三田村平兵衛政澄（後に原氏に改める） - 平兵衛政舫 - 十蔵政直 - 茂平政親 - 平兵衛政芳 - 直記芳忠 - 平兵衛芳武 - 直記芳隆 - 直治政中 - '''敬''' … 貢&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
*[[平岡定太郎]]&lt;br /&gt;
*[[中岡艮一]]&lt;br /&gt;
*[[中村弥六]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Takashi Hara}}&lt;br /&gt;
*[[浅井氏]]&lt;br /&gt;
*[[原内閣]]&lt;br /&gt;
*[[士族]]&lt;br /&gt;
*[[平民]]&lt;br /&gt;
*[[鉄道と政治]] - 原のとった積極政策は「我田引鉄」と揶揄された。&lt;br /&gt;
*[[鉄道敷設法]]&lt;br /&gt;
*[[日本の改軌論争]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/172.html?c=2 原敬肖像写真]（国立国会図書館）&lt;br /&gt;
* [http://www.haratakashi.jp/top.html 原敬 遺徳顕彰事業団 '''（財）大慈会''']&lt;br /&gt;
* [http://homepage3.nifty.com/harakeijiten/ 原敬事典]&lt;br /&gt;
* [http://www2.city.morioka.iwate.jp/14kyoiku/harakei/hara/top/index.html 原敬記念館]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 上を2行あける--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[原内閣|19]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1918年 - 1921年&lt;br /&gt;
|前代=18&lt;br /&gt;
|前首相名=寺内正毅&lt;br /&gt;
|次代=20&lt;br /&gt;
|次首相名=高橋是清}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[逓信大臣]]|第11代:1900年 - 1901年&amp;lt;br /&amp;gt;第16代:1908年(兼任)|[[星亨]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[山縣伊三郎]]|[[芳川顯正]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[堀田正養]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣 (日本)|内務大臣]]|第25代:1906年 - 1908年(兼任)&amp;lt;br /&amp;gt;第27代:1911年 - 1912年&amp;lt;br /&amp;gt;第29代:1913年 - 1914年|[[清浦奎吾]]&amp;lt;br /&amp;gt;平田東助&amp;lt;br /&amp;gt;大浦兼武|[[平田東助]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[大浦兼武]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[大隈重信]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[司法大臣]]|第23代:1918年 - 1920年(兼任)|[[松室致]]|[[大木遠吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[立憲政友会]]総裁|第3代:1914年 - 1921年|[[西園寺公望]]|[[高橋是清]]}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はら たかし}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の外交官]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の官僚 (農商務省・商工省)]]&lt;br /&gt;
[[Category:岩手県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:毎日新聞社の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:暗殺された人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1856年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1921年没]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Hara Takashi]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%9B%E6%9C%88%E5%9C%AD%E4%BB%8B&amp;diff=53933</id>
		<title>望月圭介</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%9B%E6%9C%88%E5%9C%AD%E4%BB%8B&amp;diff=53933"/>
				<updated>2009-07-01T06:41:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''望月 圭介'''（もちづき けいすけ、1867年4月1日（慶応3年2月27日） - 1941年（昭和16年）1月1日）...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''望月 圭介'''（もちづき けいすけ、[[1867年]][[4月1日]]（[[慶応]]3年[[2月27日_(旧暦)|2月27日]]） - [[1941年]]（[[昭和]]16年）[[1月1日]]）は[[日本]]の[[政党]][[政治家]]。[[広島県]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
[[1867年]]（慶応3年）[[瀬戸内海]]、[[竹原市]]沖に浮かぶ[[大崎上島町|大崎上島]]東野村の生まれ。生家は廻船問屋で、13歳の時上京して、攻玉社、共立学校、明治英学校に学んだが17歳で帰郷し、家業を手伝う傍ら[[自由党_(日本)|自由党]]に近づき[[1898年]]（[[明治]]31年）初当選、以来[[衆議院議員]]に13回連続当選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治30年代は[[日清戦争]]の勝利で急速に成長した日本の[[資本主義]]が、[[帝国主義]]へ移って行く時期で、藩閥政府と政党との提携がはじまり、政党の力が次第に強まって行く時代であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
衆議院議員となった望月は自由党に属したが、同党が[[1900年]]（明治33年）、[[伊藤博文]]総裁で[[立憲政友会]]となってこれに属しのち[[1918年]]（[[大正]]7年）、[[米騒動]]で倒れた[[寺内内閣]]のあとをうけ、[[原敬]]の日本初の本格的政党内閣が誕生すると[[幹事長]]に就任。のちの政治活動の基盤を作った。その後総務などで同党の重鎮として活躍、[[1927年]]（昭和2年）[[田中義一内閣]]で[[逓信省#歴代の逓信大臣等|逓信大臣]]、翌年には[[内務大臣]]に転じた。大臣就任中[[治安維持法]]の改正を行い、それまで最高刑が十年であったものを改正により死刑をも課す事が出来るようにした。官僚から猛反対を受けたがこれを断行、官僚独善を強く訴え人々の支持を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、政友会にあって、鈴木総裁を中心とする主流への反感を強め、[[1934年]]（昭和9年）政友会の反対を押し切って[[岡田内閣]]の[[内閣審議会]]に入ったため長年尽くしてきた政友会から除名され、他の政友会脱退者と[[昭和会]]を結成。翌[[1935年]]（昭和10年）岡田内閣で再び逓信大臣に就任。[[1939年]]（昭和14年）、政友会が分裂すると昭和会のうち[[山崎達之輔]]らの政友会出身者とともに[[中島知久平]]率いる政友会革新同盟（革新派、中島派とも呼ばれる）に復党。[[1940年]]（昭和15年）、[[米内内閣]][[内閣参議]]に就任、同年政友会は[[大政翼賛会]]に合流。望月は[[太平洋戦争]]勃発年の[[1941年]]（昭和16年）1月没した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人情大臣として敬慕されたが一面、息子が[[竹原市|忠海町]]長だったため郷里に近い[[大久野島]]に[[毒ガス]]工場を誘致した史実もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同郷の[[池田勇人]]の生家・池田家は望月の支援者であり、また[[宮澤喜一]]の父・[[宮澤裕]]は望月の秘書官を務めるなどの関係があった。自身は[[総理大臣]]になれなかったが、門下から二人の総理を出したことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、大崎上島の生家は保存改修し、資料館として一般公開されている。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[瀬越憲作]]&lt;br /&gt;
*[[水野文相優諚問題]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/M/mochizuki_k.html 歴史が眠る多磨霊園　望月圭介] - 望月の墓は[[多磨霊園]]にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[逓信省#歴代の逓信大臣等|逓信大臣]]|1927 - 1928&amp;lt;br /&amp;gt;1935 - 1936|[[安達謙蔵]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[岡田啓介]]|[[久原房之助]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[頼母木桂吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣]]|第46代：1928 - 1929|[[田中義一]]|[[安達謙蔵]]}}　&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:もちつきけいすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:1867年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1941年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:広島県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:広島県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%89%8D%E7%94%B0%E7%B1%B3%E8%94%B5&amp;diff=53932</id>
		<title>前田米蔵</title>
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				<updated>2009-07-01T06:37:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* 所属政党 */ カテゴリ訂正&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = まえだ よねぞう&lt;br /&gt;
|画像 =&lt;br /&gt;
|画像説明 =&lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1882年]][[2月17日]]&lt;br /&gt;
|出生地 = [[和歌山県]]&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1954年]][[3月18日]]&lt;br /&gt;
|死没地 = [[東京都]]&lt;br /&gt;
|出身校 = [[中央大学|東京法学院]]&lt;br /&gt;
|前職 =&lt;br /&gt;
|現職 =&lt;br /&gt;
|所属政党 =[[#所属政党|所属政党の節]]を参照&lt;br /&gt;
|称号・勲章 =&lt;br /&gt;
|世襲の有無 =&lt;br /&gt;
|親族（政治家） =&lt;br /&gt;
|配偶者 =&lt;br /&gt;
|サイン =&lt;br /&gt;
|ウェブサイト =&lt;br /&gt;
|サイトタイトル =&lt;br /&gt;
|国旗 = 日本&lt;br /&gt;
|職名 = 第8代[[商工省|商工大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日 = [[1931年]][[12月13日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1932年]][[5月26日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 =&lt;br /&gt;
|元首職 =&lt;br /&gt;
|元首 =&lt;br /&gt;
|国旗2 =&lt;br /&gt;
|職名2 = 第13代[[鉄道省|鉄道大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日2 = [[1936年]][[3月9日]]&lt;br /&gt;
|退任日2 = [[1937年]][[2月2日]]&lt;br /&gt;
|退任理由2 =&lt;br /&gt;
|元首職2 =&lt;br /&gt;
|元首2 =&lt;br /&gt;
|国旗3 = 日本&lt;br /&gt;
|職名3 = 第3代[[運輸通信省|運輸通信大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日3 = [[1944年]][[7月22日]]&lt;br /&gt;
|退任日3 = [[1945年]][[4月7日]]&lt;br /&gt;
|退任理由3 =&lt;br /&gt;
|元首職3 =&lt;br /&gt;
|元首3 =&lt;br /&gt;
|国旗4 = 日本&lt;br /&gt;
|職名4 = 第7代[[内閣法制局長官|法制局長官]]&lt;br /&gt;
|就任日4 = [[1927年]][[4月20日]]&lt;br /&gt;
|退任日4 = [[1929年]][[7月3日]]&lt;br /&gt;
|退任理由4 =&lt;br /&gt;
|元首職4 =&lt;br /&gt;
|元首4 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''前田 米蔵'''（まえだ よねぞう、[[1882年]][[2月17日]] - [[1954年]][[3月18日]]）は、[[日本]]の[[政党]][[政治家]]。[[和歌山県]]出身だが、選挙区は[[中選挙区制]]時代の旧[[東京府]]第6区だった。[[衆議院]]議員[[選挙]]に通算10回当選し、[[大政翼賛会]]総務会長を務めたことで知られている。親軍派だったため戦後は不遇だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1902年]]：東京法学院（現・[[中央大学]]）を卒業。&lt;br /&gt;
* [[1903年]]：[[弁護士]]を開業。&lt;br /&gt;
* [[1917年]]：[[立憲政友会]]公認で総選挙に立候補し初当選。&lt;br /&gt;
* [[1925年]]：政友会幹事長に就任。&lt;br /&gt;
* [[1927年]]：[[田中義一内閣]]の[[内閣法制局|法制局長官]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1931年]]：[[犬養内閣]]の[[商工相|商工大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1936年]]：[[廣田内閣]]の[[鉄道省|鉄道大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1937年]]：政友会総裁の[[鈴木喜三郎]]が辞任したため[[鳩山一郎]]・[[島田俊雄]]・[[中島知久平]]とともに総裁代行委員に就任。&lt;br /&gt;
* [[1939年]]：[[平沼内閣]]の鉄道大臣に就任。政友会の分裂に際し中島・島田らとともに革新派に所属。&lt;br /&gt;
* [[1944年]]：[[小磯内閣]]の[[運輸通信省|運輸通信大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]：[[進歩党 (日本)|日本進歩党]]の結成に参加。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]：[[公職追放]]。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]：公職追放が解除されたので[[自由党 (日本)|自由党]]公認で総選挙に立候補し政界復帰。自由党内の旧政友会中島派の議員を結集して前田派を結成。&lt;br /&gt;
* [[1953年]]：初めて総選挙に落選。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所属政党 ==&lt;br /&gt;
* 公職追放前：立憲政友会→政友会革新同盟（革新派、中島派とも呼ばれる。総裁は中島知久平）→翼賛議員同盟→翼賛政治会→大日本政治会→日本進歩党&lt;br /&gt;
* 公職追放解除後：自由党→吉田自由党&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[法制局長官]]|1927 - 1929|[[山川端夫]]|[[川崎卓吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[商工大臣]]|1931 - 1932|[[桜内幸雄]]|[[中島久万吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[鉄道大臣]]|1936 - 1937&amp;lt;br /&amp;gt;1939|[[内田信也]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[中島知久平]]|[[伍堂卓雄]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[永井柳太郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[運輸通信大臣]]|1944 - 1945|[[五島慶太]]|[[豊田貞次郎]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まえた よねそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員(1947-)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の弁護士]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1882年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1954年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E9%81%94%E4%B9%8B%E8%BC%94&amp;diff=53930</id>
		<title>山崎達之輔</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{政治家 |各国語表記 = やまざき たつのすけ |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = 1880年6月19日 |出生地 = 福岡県[[...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = やまざき たつのすけ&lt;br /&gt;
|画像 =&lt;br /&gt;
|画像説明 =&lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1880年]][[6月19日]]&lt;br /&gt;
|出生地 = [[福岡県]][[大川市]]&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1948年]][[3月15日]]&lt;br /&gt;
|死没地 =&lt;br /&gt;
|出身校 = [[京都大学|京都帝国大学]]&lt;br /&gt;
|前職 =&lt;br /&gt;
|現職 =&lt;br /&gt;
|所属政党 =[[#所属政党|所属政党の節]]を参照&lt;br /&gt;
|称号・勲章 =&lt;br /&gt;
|世襲の有無 =&lt;br /&gt;
|親族（政治家） = [[山崎巌]]（弟）、[[山崎平八郎]]（甥）&lt;br /&gt;
|配偶者 =&lt;br /&gt;
|サイン =&lt;br /&gt;
|ウェブサイト =&lt;br /&gt;
|サイトタイトル =&lt;br /&gt;
|国旗 = 日本&lt;br /&gt;
|職名 = 第11代[[農林水産大臣|農林大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日 = [[1934年]][[7月8日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1936年]][[3月9日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 =&lt;br /&gt;
|元首職 =&lt;br /&gt;
|元首 =&lt;br /&gt;
|国旗2 = 日本&lt;br /&gt;
|職名2 = 第13代農林大臣&lt;br /&gt;
|就任日2 = [[1937年]][[2月2日]]&lt;br /&gt;
|退任日2 = [[1937年]][[6月4日]]&lt;br /&gt;
|退任理由2 =&lt;br /&gt;
|元首職2 =&lt;br /&gt;
|元首2 =&lt;br /&gt;
|国旗3 = 日本&lt;br /&gt;
|職名3 = 第21代農林大臣&lt;br /&gt;
|就任日3 = [[1943年]][[4月20日]]&lt;br /&gt;
|退任日3 = [[1943年]][[11月1日]]&lt;br /&gt;
|退任理由3 =&lt;br /&gt;
|元首職3 =&lt;br /&gt;
|元首3 =&lt;br /&gt;
|国旗4 = 日本&lt;br /&gt;
|職名4 = 初代[[農商務省 (日本)|農商大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日4 = [[1943年]][[11月1日]]&lt;br /&gt;
|退任日4 = [[1944年]][[2月19日]]&lt;br /&gt;
|退任理由4 =&lt;br /&gt;
|元首職4 =&lt;br /&gt;
|元首4 =&lt;br /&gt;
|国旗5 = 日本&lt;br /&gt;
|職名5 = 第40代[[逓信省|逓信大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日5 = [[1937年]][[2月2日]]&lt;br /&gt;
|退任日5 = [[1937年]][[2月10日]]&lt;br /&gt;
|退任理由5 =&lt;br /&gt;
|元首職5 =&lt;br /&gt;
|元首5 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''山崎 達之輔'''（やまざき たつのすけ、[[1880年]][[6月19日]] - [[1948年]][[3月15日]]）は、[[日本]]の[[官僚]]、[[政治家]]。[[1924年]]以来[[衆議院]]議員に連続7回当選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴・人物 ==&lt;br /&gt;
[[福岡県]][[大川市]]出身。[[自治省|自治大臣]]を務めた[[山崎巌]]は達之輔の弟にあたる。また、元[[国土庁長官]]の[[山崎平八郎]]は達之輔・巌兄弟の甥にあたるが、平八郎の実父・四郎（達之輔の弟で巌の兄）が早世したため、子供のいない達之輔が平八郎を引き取って実の息子のように育てた。そのため人名事典等で「山崎平八郎は達之輔の息子」という記述が見られることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
*[[1906年]]：[[京都大学|京都帝国大学]]法科大学独法科を卒業し、[[台湾]]総督府参事官として官界に入り、その後[[文部省]]に転じる。&lt;br /&gt;
*1924年：退官して総選挙に初当選。初め[[中正倶楽部]]に属したが、その後[[立憲政友会]]に転じた。&lt;br /&gt;
*[[1927年]]：[[田中義一]]内閣の文部政務次官に就任。&lt;br /&gt;
*[[1934年]]：[[岡田内閣]]に党議に反して農林大臣として入閣したため政友会を除名。&lt;br /&gt;
*[[1935年]]：[[床次竹二郎]]ら他の政友会除名・脱党組とともに[[昭和会]]を結成。&lt;br /&gt;
*[[1937年]]：[[林内閣]]の農相兼逓信大臣として入閣。この頃より親軍的新党の結成を目指す。&lt;br /&gt;
*[[1939年]]：旧昭和会のうち政友会出身者とともに政友会革新同盟に合流。&lt;br /&gt;
*[[1940年]]：[[聖戦貫徹議員連盟]]を結成、[[大政翼賛会]]総務に就任。&lt;br /&gt;
*[[1942年]]：[[翼賛政治会]]政調会長に就任。その後常任総務、代議士会長を歴任。&lt;br /&gt;
*[[1943年]]：[[東條内閣]]の農相として入閣。その後農商務大臣となる。&lt;br /&gt;
*[[1945年]]：[[進歩党 (日本)|日本進歩党]]の結成に参加。&lt;br /&gt;
*[[1946年]]：公職追放。&lt;br /&gt;
*1948年3月15日：不遇のうちに67歳で死去。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所属政党 ==&lt;br /&gt;
*中正倶楽部→立憲政友会→昭和会→政友会革新同盟（[[中島知久平]]派）→[[翼賛議員同盟]]→翼賛政治会→[[大日本政治会]]→日本進歩党&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 業績 ==&lt;br /&gt;
*文部省時代は普通学務局長、図書監査官等を歴任した。&lt;br /&gt;
*政友会では政調会長、総務等を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*[[保利茂]]の師匠にあたる（岡田内閣の農相時代に保利は農相秘書官を務めた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[京都大学の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[第五高等学校 (旧制)|旧制第五高等学校]] - 山崎が学んだ旧制高校。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[農林大臣]]|11代：1934 - 1936&amp;lt;br /&amp;gt;13代：1937&amp;lt;br /&amp;gt;21代：1943|[[後藤文夫]]&amp;lt;br /&amp;gt;島田俊雄&amp;lt;br /&amp;gt;[[井野碩哉]]|[[島田俊雄]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[有馬頼寧]]&amp;lt;br /&amp;gt;廃止}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[農商大臣]]|初代：1943 - 1944|新設|[[内田信也]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[逓信大臣]]（兼任）|40代：1937|[[頼母木桂吉]]|[[児玉秀雄]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまさき たつのすけ}} &lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の官僚 (1868-1949)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の文部官僚]]&lt;br /&gt;
[[Category:1880年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1948年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:官僚出身の国会議員]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B3%B6%E7%94%B0%E4%BF%8A%E9%9B%84&amp;diff=53927</id>
		<title>島田俊雄</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B3%B6%E7%94%B0%E4%BF%8A%E9%9B%84&amp;diff=53927"/>
				<updated>2009-07-01T06:32:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{政治家 |各国語表記 = しまだ としお |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = 1877年6月18日 |出生地 = 島根県[[江津市...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = しまだ としお&lt;br /&gt;
|画像 =&lt;br /&gt;
|画像説明 =&lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1877年]][[6月18日]]&lt;br /&gt;
|出生地 = [[島根県]][[江津市]]&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1947年]][[12月21日]]&lt;br /&gt;
|死没地 =&lt;br /&gt;
|出身校 = [[東京大学|東京帝国大学]]&lt;br /&gt;
|前職 =&lt;br /&gt;
|現職 =&lt;br /&gt;
|所属政党 =[[#所属政党|所属政党の節]]を参照&lt;br /&gt;
|称号・勲章 =&lt;br /&gt;
|世襲の有無 =&lt;br /&gt;
|親族（政治家） =&lt;br /&gt;
|配偶者 =&lt;br /&gt;
|サイン =&lt;br /&gt;
|ウェブサイト =&lt;br /&gt;
|サイトタイトル =&lt;br /&gt;
|国旗 = 日本&lt;br /&gt;
|職名 = 第36代[[衆議院議長]]&lt;br /&gt;
|就任日 = [[1945年]][[6月9日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1945年]][[12月18日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 = 衆議院解散による失職&lt;br /&gt;
|元首職 =&lt;br /&gt;
|元首 =&lt;br /&gt;
|国旗2 = 日本&lt;br /&gt;
|職名2 = 第12代[[農林水産大臣|農林大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日2 = [[1936年]][[3月9日]]&lt;br /&gt;
|退任日2 = [[1937年]][[2月2日]]&lt;br /&gt;
|退任理由2 =&lt;br /&gt;
|元首職2 =&lt;br /&gt;
|元首2 =&lt;br /&gt;
|国旗3 = 日本&lt;br /&gt;
|職名3 = 第18代農林大臣&lt;br /&gt;
|就任日3 = [[1940年]][[1月16日]]&lt;br /&gt;
|退任日3 = [[1940年]][[7月22日]]&lt;br /&gt;
|退任理由3 =&lt;br /&gt;
|元首職3 =&lt;br /&gt;
|元首3 =&lt;br /&gt;
|国旗4 = 日本&lt;br /&gt;
|職名4 = 第3代[[農商務省 (日本)|農商大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日4 = [[1944年]][[7月22日]]&lt;br /&gt;
|退任日4 = [[1945年]][[4月7日]]&lt;br /&gt;
|退任理由4 =&lt;br /&gt;
|元首職4 =&lt;br /&gt;
|元首4 =&lt;br /&gt;
|国旗5 = 日本&lt;br /&gt;
|職名5 = 第29代[[内閣法制局長官|法制局長官]]&lt;br /&gt;
|就任日5 = [[1931年]][[12月13日]]&lt;br /&gt;
|退任日5 = [[1932年]][[5月26日]]&lt;br /&gt;
|退任理由5 =&lt;br /&gt;
|元首職5 =&lt;br /&gt;
|元首5 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''島田 俊雄'''（しまだ としお、[[1877年]]（[[明治]]10年）[[6月18日]] - [[1947年]]（[[昭和]]22年）[[12月21日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]][[選挙]]に9回当選し、[[農林水産大臣|農林大臣]]・[[衆議院議長]]等を務めた。[[島根県]][[江津市]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1900年]]：[[東京大学|東京帝国大学]]法科大学政治学科を卒業、[[雑誌]][[編集者]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1903年]]：[[東京市]]吏員となる。&lt;br /&gt;
* [[1905年]]：[[中国]][[雲南省]]法制学堂講師となる。&lt;br /&gt;
* [[1907年]]：帰国。&lt;br /&gt;
* [[1911年]]：退官して[[弁護士]]を開業。&lt;br /&gt;
* [[1912年]]：郷里の島根から総選挙に立候補し初当選。&lt;br /&gt;
* [[1913年]]：[[立憲政友会]]に入党。政友会では院内総務、幹事長等を歴任。&lt;br /&gt;
* [[1931年]][[12月13日]]：[[犬養内閣]]の[[内閣法制局長官|法制局長官]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1936年]][[3月9日]]：[[廣田内閣]]の農林大臣に就任。&lt;br /&gt;
* [[1937年]]：[[鈴木喜三郎]]政友会総裁の辞任に伴い[[鳩山一郎]]、[[前田米蔵]]、[[中島知久平]]とともに政友会総裁代行委員に就任。2年後政友会が分裂した際には中島、前田らとともに革新派に属する。&lt;br /&gt;
* [[1939年]][[1月5日]]：[[平沼内閣]]の顧問に就任。&lt;br /&gt;
* [[1939年]][[8月30日]]：[[阿部内閣]]でも引き続き顧問を務める。&lt;br /&gt;
* [[1940年]][[1月16日]]：[[米内内閣]]の農相に就任。&lt;br /&gt;
* [[1944年]][[7月22日]]：[[小磯内閣]]の[[農商務省 (日本)|農商大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]：衆議院議長に就任。終戦後、[[進歩党 (日本)|日本進歩党]]の結成に参加。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]：[[公職追放]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所属政党 ==&lt;br /&gt;
無所属→立憲政友会→政友会革新同盟（革新派、中島派とも呼ばれる。総裁は中島知久平）→[[翼賛議員同盟]]→[[翼賛政治会]]→[[大日本政治会]]→日本進歩党&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 政界入りする前、地方自治の現場にいて地方自治の研究をした数少ない人物だった。&lt;br /&gt;
* 雄弁家としても知られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[法制局長官]]|第29代：1931 - 1932|[[斎藤隆夫]]|[[堀切善次郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[農林大臣]]|第12代：1936 - 1937&amp;lt;br /&amp;gt;第18代：1940|山崎達之輔&amp;lt;br /&amp;gt;[[酒井忠正]]|[[山崎達之輔]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[近衛文麿]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[農商大臣]]|第3代：1944 - 1945|[[内田信也]]|[[石黒忠篤]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[衆議院議長]]|第36代：1945|[[岡田忠彦]]|[[樋貝詮三]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しまた としお}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:島根県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の弁護士]]&lt;br /&gt;
[[Category:編集者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1877年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1947年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%89%8D%E7%94%B0%E7%B1%B3%E8%94%B5&amp;diff=53926</id>
		<title>前田米蔵</title>
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				<updated>2009-07-01T06:29:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{政治家 |各国語表記 = まえだ よねぞう |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = 1882年2月17日 |出生地 = 和歌山県 |没...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{政治家&lt;br /&gt;
|各国語表記 = まえだ よねぞう&lt;br /&gt;
|画像 =&lt;br /&gt;
|画像説明 =&lt;br /&gt;
|国略称 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|生年月日 = [[1882年]][[2月17日]]&lt;br /&gt;
|出生地 = [[和歌山県]]&lt;br /&gt;
|没年月日 = [[1954年]][[3月18日]]&lt;br /&gt;
|死没地 = [[東京都]]&lt;br /&gt;
|出身校 = [[中央大学|東京法学院]]&lt;br /&gt;
|前職 =&lt;br /&gt;
|現職 =&lt;br /&gt;
|所属政党 =[[#所属政党|所属政党の節]]を参照&lt;br /&gt;
|称号・勲章 =&lt;br /&gt;
|世襲の有無 =&lt;br /&gt;
|親族（政治家） =&lt;br /&gt;
|配偶者 =&lt;br /&gt;
|サイン =&lt;br /&gt;
|ウェブサイト =&lt;br /&gt;
|サイトタイトル =&lt;br /&gt;
|国旗 = 日本&lt;br /&gt;
|職名 = 第8代[[商工省|商工大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日 = [[1931年]][[12月13日]]&lt;br /&gt;
|退任日 = [[1932年]][[5月26日]]&lt;br /&gt;
|退任理由 =&lt;br /&gt;
|元首職 =&lt;br /&gt;
|元首 =&lt;br /&gt;
|国旗2 =&lt;br /&gt;
|職名2 = 第13代[[鉄道省|鉄道大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日2 = [[1936年]][[3月9日]]&lt;br /&gt;
|退任日2 = [[1937年]][[2月2日]]&lt;br /&gt;
|退任理由2 =&lt;br /&gt;
|元首職2 =&lt;br /&gt;
|元首2 =&lt;br /&gt;
|国旗3 = 日本&lt;br /&gt;
|職名3 = 第3代[[運輸通信省|運輸通信大臣]]&lt;br /&gt;
|就任日3 = [[1944年]][[7月22日]]&lt;br /&gt;
|退任日3 = [[1945年]][[4月7日]]&lt;br /&gt;
|退任理由3 =&lt;br /&gt;
|元首職3 =&lt;br /&gt;
|元首3 =&lt;br /&gt;
|国旗4 = 日本&lt;br /&gt;
|職名4 = 第7代[[内閣法制局長官|法制局長官]]&lt;br /&gt;
|就任日4 = [[1927年]][[4月20日]]&lt;br /&gt;
|退任日4 = [[1929年]][[7月3日]]&lt;br /&gt;
|退任理由4 =&lt;br /&gt;
|元首職4 =&lt;br /&gt;
|元首4 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''前田 米蔵'''（まえだ よねぞう、[[1882年]][[2月17日]] - [[1954年]][[3月18日]]）は、[[日本]]の[[政党]][[政治家]]。[[和歌山県]]出身だが、選挙区は[[中選挙区制]]時代の旧[[東京府]]第6区だった。[[衆議院]]議員[[選挙]]に通算10回当選し、[[大政翼賛会]]総務会長を務めたことで知られている。親軍派だったため戦後は不遇だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1902年]]：東京法学院（現・[[中央大学]]）を卒業。&lt;br /&gt;
* [[1903年]]：[[弁護士]]を開業。&lt;br /&gt;
* [[1917年]]：[[立憲政友会]]公認で総選挙に立候補し初当選。&lt;br /&gt;
* [[1925年]]：政友会幹事長に就任。&lt;br /&gt;
* [[1927年]]：[[田中義一内閣]]の[[内閣法制局|法制局長官]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1931年]]：[[犬養内閣]]の[[商工相|商工大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1936年]]：[[廣田内閣]]の[[鉄道省|鉄道大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1937年]]：政友会総裁の[[鈴木喜三郎]]が辞任したため[[鳩山一郎]]・[[島田俊雄]]・[[中島知久平]]とともに総裁代行委員に就任。&lt;br /&gt;
* [[1939年]]：[[平沼内閣]]の鉄道大臣に就任。政友会の分裂に際し中島・島田らとともに革新派に所属。&lt;br /&gt;
* [[1944年]]：[[小磯内閣]]の[[運輸通信省|運輸通信大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]：[[進歩党 (日本)|日本進歩党]]の結成に参加。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]：[[公職追放]]。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]：公職追放が解除されたので[[自由党 (日本)|自由党]]公認で総選挙に立候補し政界復帰。自由党内の旧政友会中島派の議員を結集して前田派を結成。&lt;br /&gt;
* [[1953年]]：初めて総選挙に落選。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所属政党 ==&lt;br /&gt;
* 公職追放前：立憲政友会→政友会革新同盟（革新派、中島派とも呼ばれる。総裁は中島知久平）→翼賛議員同盟→翼賛政治会→大日本政治会→日本進歩党&lt;br /&gt;
* 公職追放解除後：自由党→吉田自由党&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[法制局長官]]|1927 - 1929|[[山川端夫]]|[[川崎卓吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[商工大臣]]|1931 - 1932|[[桜内幸雄]]|[[中島久万吉]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[鉄道大臣]]|1936 - 1937&amp;lt;br /&amp;gt;1939|[[内田信也]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[中島知久平]]|[[伍堂卓雄]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[永井柳太郎]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[運輸通信大臣]]|1944 - 1945|[[五島慶太]]|[[豊田貞次郎]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まえた よねそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の弁護士]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1882年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1954年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=45464</id>
		<title>ビッグアップル (カクテル)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB_(%E3%82%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AB)&amp;diff=45464"/>
				<updated>2009-01-20T10:47:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''ビッグアップル'''は、ウォッカベースのカクテルの一種である。スクリュー・ドライバーのオレンジジュースをアップ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ビッグアップル'''は、[[ウォッカ]]ベースの[[カクテル]]の一種である。[[スクリュー・ドライバー]]のオレンジジュースをアップルジュースに変えただけだが、この名前はあまり知られていない。それはこのカクテルが単に'''ウォッカ・アップル'''若しくは'''ウォッカ・アップルジュース'''と呼ばれることが多いからと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 標準的なレシピ ==&lt;br /&gt;
* ウォッカ - 45ml&lt;br /&gt;
* アップルジュース - 適量&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作り方 ==&lt;br /&gt;
*グラスに氷を入れてから、材料を全てグラスに入れステアする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バリエーション ==&lt;br /&gt;
*ベースのウォッカを[[ジン (蒸留酒)|ジン]]に変えると「ジン・アップル」 &lt;br /&gt;
*ベースを[[クレーム・ド・カシス]]に変えると「カシス・アップル」&lt;br /&gt;
両者ともビッグアップル同様一般的にはあまり知られていないカクテルであり、[[居酒屋]]の一部でメニューに取り上げられている程度である。但しカシス・アップルは一部の[[カラオケボックス]]や[[コスプレ系飲食店|メイド喫茶]]のメニューにも取り上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[リンゴ]]&lt;br /&gt;
*[[カクテルの一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひつくあつふる}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウォッカベースのカクテル]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%84%BC%E3%81%8D%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4&amp;diff=45463</id>
		<title>焼きリンゴ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%84%BC%E3%81%8D%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4&amp;diff=45463"/>
				<updated>2009-01-20T10:43:51Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''焼きリンゴ'''（やきリンゴ、baked apple）は、リンゴを使ったデザートのひとつ。  肉料理の付け合せとして用いられること...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''焼きリンゴ'''（やきリンゴ、baked apple）は、[[リンゴ]]を使った[[デザート]]のひとつ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
肉料理の付け合せとして用いられることもある。固くて[[酸味]]・[[香り]]の強い[[リンゴ#主な品種|紅玉]]や[[リンゴ#主な品種|国光]]などの品種が適する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 一般的な作り方 ==&lt;br /&gt;
# 皮付きのリンゴの芯をスプーンなどで繰り抜く。ただし底を1cmほど残し、下まで貫通させないように注意する。&lt;br /&gt;
# 繰り抜いたあとの穴に、[[バター]]と[[砂糖]]（または[[グラニュー糖]]と[[シナモン]]パウダーを混ぜたシナモン・シュガー）を詰める。風味付けに[[ラム酒|ラム]]を加えたり、リンゴの酸味が足りない場合には[[レモン]]汁を加えても良い。&lt;br /&gt;
# 160℃の[[オーブン]]で10-20分焼き上げる。皮が乾燥しないように途中で下に溜まった汁をかけながら焼く。[[キャンプ]]などアウトドアで調理する場合には、2)を[[アルミホイル]]で二重から三重にしっかり包み、焚き火の中で10-20分焼いてもよい。&lt;br /&gt;
# 焼きあがったらそのまま、あるいはホイップした[[クリーム (食品)|生クリーム]]を添えて供する。[[アイスクリーム]]を添えてもおいしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やきりんこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:洋菓子]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%91%E3%82%A4&amp;diff=45462</id>
		<title>アップルパイ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%91%E3%82%A4&amp;diff=45462"/>
				<updated>2009-01-20T10:41:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''アップルパイ'''（apple pie、もしくはapple tart）は、フルーツを包んだパイの一種。  多くの場合リンゴのみが用いら...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アップルパイ'''（apple pie、もしくはapple tart）は、[[果物|フルーツ]]を包んだ[[パイ]]の一種。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの場合[[リンゴ]]のみが用いられ、表面もパイ生地で覆うことが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本]]では、アップルパイは[[砂糖]]のみの味付けであり、[[レーズン]]や[[サツマイモ]]が時に用いられるぐらいであるが、海外では[[シナモン]]や[[ナツメグ]]を効かせたアップルパイが一般的である。[[キイチゴ]]や[[チェダーチーズ]]を加えた[[レシピ]]も存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リンゴはパイ生地に包むに先だって甘煮にする。生、[[缶詰]]、干しリンゴのどれでも作ることができるが、食感に違いが出る。保存方法が限られていた時代には、砂糖漬けにされたリンゴや干しリンゴが使用されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アップルパイに[[アイスクリーム]]を添えて供されるものは、アップルパイ・ア・ラ・モードと呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アメリカのアップルパイ ==&lt;br /&gt;
アップルパイは[[アメリカ合衆国|アメリカ]]を代表する[[デザート]]で、「アップルパイのようにアメリカ的だ（'As American as apple pie'）」という慣用句があり&amp;lt;ref&amp;gt;「世界の食文化〈12〉アメリカ」（本間 千枝子、有賀 夏紀、石毛 直道 著、[[農山漁村文化協会]]、2004年4月、ISBN 978-4-540-04085-6）&amp;lt;/ref&amp;gt;、日本人にとっての[[味噌汁]]同様に「[[おふくろの味]]」を連想させる。ヒットしたアメリカの[[コメディ]]映画（青春映画）にも『[[アメリカン・パイ]]』という作品があり、[[英語]]学習用の教材にも、[[ケイ・ヘザリ]]『American Pie』シリーズ（[[日本放送出版協会]]）がある。いずれもアップルパイを想定して名称がつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカでのアップルパイの歴史は、[[イギリス]]からやってきた[[清教徒|ピルグリム]]がリンゴの種を蒔いて育て、収穫したリンゴでアップルパイを作ったことにさかのぼる。[[感謝祭|サンクスギビング]]には、[[七面鳥]]の丸焼きや[[コーンブレッド]]の他にアップルパイを出すことが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
19世紀にアメリカ西部に乗り出した[[開拓者]]たちの間で、リンゴを使わずにアップルパイのようなものを作る方法が考え出された。これは ''mock apple pie'' と呼ばれて、これを[[ナビスコ]]のリッツクラッカーを使って作るレシピが1930年代に広められた。この菓子は、本物のアップルパイには及ばないものの、レモンや[[シナモン]]を使っており、リンゴを使って作ったものと近い味を出すように作られている。アップルパイという名称こそ付いているが、クッキーなどをパイ生地の代わりにするレシピとは別物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://portal.nifty.com/2007/01/23/b/ りんごをまったく使わないアップルパイとは？] - [[デイリーポータルZ]] モックアップルパイと普通のアップルパイの食べ比べ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あつふるはい}}&lt;br /&gt;
[[Category:ケーキ]]&lt;br /&gt;
[[Category:北米の食文化]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Apple_pie]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4&amp;diff=45456</id>
		<title>リンゴ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4&amp;diff=45456"/>
				<updated>2009-01-20T10:34:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses}}&lt;br /&gt;
'''リンゴ'''（林檎）は、[[バラ科]]リンゴ属に属する[[樹木]]、またはその[[果実]]。学名は ''Malus pumila'' var. ''domestica''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 植物学上の特徴 ==&lt;br /&gt;
原産地は[[カザフスタン]]南部、[[キルギスタン]]、[[タジキスタン]]、[[中国]]の[[新疆ウイグル自治区]]など中央[[アジア]]の山岳地帯、[[カフカス]]から西アジアにかけての寒冷地だといわれている。現在[[日本]]で栽培されているものは、[[明治時代]]以降に導入されたもの。病害抵抗性、食味、収量などの点から品種改良が加えられ、現在7500以上の品種が栽培されている。亜寒帯、亜熱帯及び温帯で栽培可能だが、暑さに弱いため熱帯での栽培は難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リンゴの木は落葉高木で晩春頃に白い5弁花が開花する。リンゴの果実は直径約3 - 15cm、重さ約35 - 1000gで、色は赤や緑色をしており、熟すると[[蝋]]状の分泌物に覆われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栽培法と品種 ==&lt;br /&gt;
=== 栽培法 ===&lt;br /&gt;
リンゴに限らず商品価値の高い果実を収穫するためには、開花直前から開花時期に優位な花を残す「花摘み」。結実後30日程度を目安に実を間引く「摘果」作業が必要。&lt;br /&gt;
リンゴには果実に袋をかける有袋栽培とかけない無袋栽培がある。無袋の方が日光が多くあたり糖度も上がるが、ふじ等の一部の品種は果実の色を鮮やかにし商品価値を上げるため有袋栽培を行う。また、有袋栽培には貯蔵性が向上する効果もある。名称の頭に「サン」が付くリンゴは無袋で栽培されたことを示す。着色には日光が大きな役割を果たすため、果実の日当たりをよくするため摘葉および玉まわし（着色ぐあいを均一にするため、樹上の果実を回転させること）、太陽光を反射させるためのアルミシート敷設などが行われる。なお、これらの作業は農家にとって大きな負担となるため、近年では着色促進剤が使われることもあるが、着色系と呼ぶ色付きの優れた選抜亜種への更新も行われる。また、有袋栽培と摘葉は行わない方が見栄えは悪いが甘く美味しいリンゴが採れる。&lt;br /&gt;
樹形は矮性が主流となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な品種 ===&lt;br /&gt;
; ふじ&lt;br /&gt;
: 年間生産量約1230万t。[[1939年]]に青森県[[藤崎町]]にあった農林省園芸試験場東北支場(1961年に岩手県盛岡市に移転、現在は[[果樹研究所]]リンゴ研究拠点）で、新津宏らの尽力で[[国光]]とデリシャスを交配させ生まれ、[[1958年]]に「東北七号」と仮称命名され、[[1962年]]に「ふじ」と命名された。品種名の由来は、育成地である青森県藤崎町と名峰富士山にちなんだ。発売当初は、[[バナナ]]の売れ行きの前に、苦戦を強いられたが、それを乗り越えて、現在では、生産量で世界一の品種となっている。甘みが強く歯ごたえもよいし日持ちもする、日本で最も一般的に栽培され、日本国内のみならず海外にさかんに輸出されている。世界的にも最も生産量の多い品種であることが2001年に米国人学者達による調査によって確認された。中国・北アメリカ・オーストラリアなどでの栽培が多い。無袋で日光を十分に浴びさせて栽培したものは｢サンふじ｣の名で出荷される。&lt;br /&gt;
; デリシャス&lt;br /&gt;
: 年間生産量約930万t。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]で誕生し、[[1913年]]に[[岡山県]]の花房省吾の手によって日本に導入された。&lt;br /&gt;
; ゴールデンデリシャス&lt;br /&gt;
: 年間生産量約880万t。アメリカの[[ウェストバージニア州]]で偶発実生として発見された品種。日本には[[1923年]]に導入された。&lt;br /&gt;
; 王林（おうりん）&lt;br /&gt;
: [[福島県]]の大槻只之助がゴールデンデリシャスと印度を交配させ生まれる。緑色に斑点のついた外見が特徴の晩生品種で、香りと甘みが強い。[[1952年]]命名。貯蔵性は非常に優れており、春先までよく出回っている。&lt;br /&gt;
; 紅玉（こうぎょく）&lt;br /&gt;
: 英名ジョナサンJonathan. [[1800年]]頃、アメリカ[[ニューヨーク州]]のリック農園で偶発実生として発見。[[1871年]]に[[開拓使]]によって導入され、[[1900年]]に邦名を紅玉と命名された。美味しいリンゴの代名詞として、国光とともに一世を風靡する。その名の通りつややかな深紅のリンゴで、やや小玉で酸味が強く現代では生食用としては一般的ではないが、芳香があり菓子（アップルパイ）などへの加工用途に用いられることが多い。&lt;br /&gt;
; 国光（こっこう）&lt;br /&gt;
: 戦前から1950年代にかけては、上記の「紅玉」と並ぶ、、日本ではもっともポピュラーなりんご品種だった。アメリカ合衆国産で、原名はRall's Janett. 果皮は黒ずんだ赤色で、果肉はかたく、比較的さっぱりした味わいである。「ふじ」などの交配親として利用されたが、現在市場には出ていない。&lt;br /&gt;
; つがる&lt;br /&gt;
: 果汁が多く、甘みが強い。[[1930年]]に[[青森県]]りんご試験場でゴールデンデリシャスと紅玉を交配させて作り出される。[[1970年]]に「青り2号」と仮称命名され、[[1973年]]に「つがる」と命名。[[1975年]]に種苗登録される。&lt;br /&gt;
; 千秋（せんしゅう）&lt;br /&gt;
: 果汁が多い深紅のリンゴ。[[1980年]]品種登録。秋田県で作成され[[千秋公園]]の名から品種名がとられた。&lt;br /&gt;
; アルプス乙女&lt;br /&gt;
: ミニりんご。実の重さは30gほど。[[1964年]]、[[長野県]][[松本市]]で波多腰邦男がふじと紅玉の間の実生から発見した偶発実。&lt;br /&gt;
; 世界一&lt;br /&gt;
: 最大の品種。500 - 1000gほどの大きさになる。[[1930年]]に青森県りんご試験場がデリシャスとゴールデンデリシャスを交配させ生まれる。&lt;br /&gt;
; 印度&lt;br /&gt;
: 日本生まれの品種。[[1875年]]に[[弘前市]]で誕生したとされるがその経緯は不明な点が多い。&amp;lt;ref&amp;gt; [http://homepage3.nifty.com/malus~pumila/appls/indo/indo.htm] &amp;lt;/ref&amp;gt; 水分が少なく歯ごたえに欠けるが、甘味が強くて酸味はほとんどない。戦後、高級リンゴとして出回ったが、その後、他品種が広がるとともに一時姿を消す。[[2002年]]頃にまた同国内で出回るようになった。&lt;br /&gt;
; 旭 (''McIntosh'')&lt;br /&gt;
: 1870年にカナダのアラン・マッキントッシュ農園で偶然発見された品種。北米ではポピュラーな品種。早生で強い芳香があるが、日持ちがしないために日本ではほとんど出回らなくなっている。積雪に強いことから北海道でわずかに栽培されている。パソコン「[[Macintosh]]」の名前の由来。（後述）&lt;br /&gt;
; ジョナゴールド&lt;br /&gt;
: [[1943年]]、アメリカの[[ニューヨーク州]]立農業試験場でゴールデンデリシャスと紅玉を交配させて生まれ、1970年に秋田県果樹試験場によって導入された。酸味と甘みのバランスが良く、生食の他にお菓子･料理用に向く。&lt;br /&gt;
; 祝&lt;br /&gt;
: アメリカ原産の早生の小玉リンゴ。8月下旬に熟するが、8月上旬に未熟な状態で収穫され青リンゴとして売られている。&lt;br /&gt;
; フラワー オブ ケント&lt;br /&gt;
: 俗称、'''ニュートンのリンゴ'''。落ちる実を見て、ニュートンが万有引力の法則についてヒントを得たという逸話（[[#リンゴにまつわる話|後述]]）で知られる。落果しやすい性質を持ち、生食用ではなく、料理用として使われる。味は渋みと酸味が強いが追熟させると甘く、酸の効いたいい味になるという。&lt;br /&gt;
; シナノスイート&lt;br /&gt;
: 「ふじ」と「つがる」を交配して、[[1978年]]に長野県果樹試験場で生まれ[[1996年]]に品種登録された。10月中旬頃熟す。果汁が多く、甘さも強く、香りもよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 貯蔵 ==&lt;br /&gt;
=== 一般家庭 ===&lt;br /&gt;
*水分の蒸発を抑えるため、出来るだけ密閉し冷蔵庫の野菜室などで。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 生産地 ===&lt;br /&gt;
*低温倉庫&lt;br /&gt;
*長期保存の場合、[[低温]]低[[酸素]]高[[二酸化炭素]]雰囲気で行われる。&amp;lt;ref&amp;gt; [http://www.ca-ringo.jp/hattatu.html 青森県りんごCA貯蔵研究会 - リンゴ貯蔵の発達史] &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産地 ==&lt;br /&gt;
2006年現在世界では年間約6千万tのリンゴが栽培されている。生産量は中国がトップで[[アメリカ合衆国]]、[[フランス]]などが続く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本]]では[[青森県]]、[[長野県]]、[[岩手県]]で主に栽培されており、青森県は全国の50%のリンゴを生産している。[[日本]]の都市でリンゴの生産量が最も多いのは[[弘前市]]で全国の約20%を生産している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== リンゴの歴史 ==&lt;br /&gt;
[[トルコ]]で約8000年前（2007年から見て以後同じ）の炭化したリンゴが発見されている。[[スイス]]では遺跡から約4000年前のリンゴの化石が見つかっており、その時点で既にリンゴは栽培されていたとする研究がある。16 - 17世紀頃になるとヨーロッパでリンゴの栽培が盛んになり、17世紀前半には[[ヨーロッパ]]からアメリカへ持ち込まれ、現在では世界中の寒冷地でリンゴが栽培されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本へは[[中国]]から最初に持ち込まれ「和りんご」などと呼ばれていたが、西洋から西洋リンゴが持ち込まれると日本でも西洋リンゴの方が一般的になった。現在、和リンゴは[[長野県]][[上水内郡]][[飯綱町]]で一軒の農家が栽培してその姿を伝えている。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nagano-sci.or.jp/n-boast/mure/mure.html 牟礼村 - 高坂リンゴ] &amp;lt;/ref&amp;gt;。 和リンゴの実は、大きさ直径3 - 4cm、重さは30gぐらい。熟すると赤くなり、収穫適期は[[お盆]]前である。&lt;br /&gt;
また2003年より「'''彦根りんごを復活する会'''」が、全国に残存するワリンゴや野生種を調査し数十種類の木（数百本）を育て、収穫した実はお盆に各地の寺社に奉納している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国の書物『本草綱目』に「''{{Lang|zh|林檎一名来禽,言味甘熟則来禽也。}}''」（林檎（りんきん）の果は味が甘く能く多くの禽（[[鳥類|鳥]]の意）をその林に来らしむ。故、来禽（らいきん）の別名がある）との記述がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平安時代中頃の書物『和名類聚抄』には「利宇古宇（りうこう、りうごう）」としてリンゴが記述されており、これが訛って「りんご」になったと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 食品としての利用 ==&lt;br /&gt;
=== 栄養 ===&lt;br /&gt;
[[食物繊維]]や[[ビタミン|ビタミンC]]、[[ミネラル]]、[[カリウム]]が豊富。1日1個のリンゴは医者を遠ざける (''An apple a day keeps the doctor away.'')という諺があるように、リンゴは栄養価が高い果実として食されてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リンゴに含まれるリンゴ[[ポリフェノール]]には[[脂肪]]の蓄積を抑制する効果があるともいわれる。&amp;lt;ref&amp;gt; [http://www.asahibeer.co.jp/aboutus/research/rd/report/0005/index.html アサヒビール - リンゴ・ポリフェノールの脂肪蓄積抑制作用 2004] &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 食用 ===&lt;br /&gt;
表面には薄い皮があり、そのままでも食べられるが、表面に付着する農薬等の問題や、食べやすさの点から、皮をむいて食べられることが多い。味は酸味と甘みが強い。リンゴは貯蔵が利き、リンゴの出荷は11月 - 翌年7月ごろまで約10ヶ月間行われほぼ一年中食べることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生のまま食用にするほか、[[ジュース]]や[[アップルパイ]]、[[ジャム]]、[[焼きリンゴ]]、リンゴ酒（[[シードル]]、[[カルヴァドス]]など）などにする。また、まるごと[[飴]]で覆った[[リンゴ飴]]が、[[縁日]]の[[出店]]などで売られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リンゴの「蜜」は、[[ソルビトール]]である。「ゴールデンデリシャス」「つがる」は蜜ができやすく、「ふじ」「スターキング」は蜜ができにくい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 実験への利用 ==&lt;br /&gt;
りんごはそれ自身が熟成するにつれて[[エチレン]]ガスを多く発生する。そのためエチレンガスを必要とする実験によく使われる。&lt;br /&gt;
;花の開花実験&lt;br /&gt;
:まだつぼみの状態の花を2本それぞれ別のビニール袋に密閉し、片方にりんごを入れる。すると、りんごを入れた方が先に開花する。&lt;br /&gt;
;キウイフルーツの熟成&lt;br /&gt;
:熟成していない[[キウイフルーツ]]とりんごとを同じ場所に保管するとキウイフルーツの熟成が促進される。バナナやオレンジなど他のフルーツも同様である。&lt;br /&gt;
;ツバキの落葉実験&lt;br /&gt;
:葉のついた[[ツバキ]]の茎2本をりんごと一緒にしたものとそうでないものそれぞれ別の袋に密閉する。すると、りんごと一緒にした方が先に落葉する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このようにりんごから発生するエチレンガスは植物の熟成を促進するので、促進させたくない場合はそれぞれ別々に密閉して保存する必要がある。ただし、下記のような効果もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;ジャガイモの発芽抑制&lt;br /&gt;
:熟成したリンゴと[[ジャガイモ]]を密閉状態に置くと、ジャガイモの発芽が抑制される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== リンゴにまつわる話 ==&lt;br /&gt;
; ニュートンのリンゴ&lt;br /&gt;
: 近代理論科学の先駆者である[[アイザック・ニュートン]]は、木から落ちるリンゴを見て[[万有引力の法則]]に気づいたといわれるが、この良く知られた逸話は史実ではないとされる（詳しくは[[アイザック・ニュートン]]の項参照）。最初に「ニュートンのリンゴの木」と言われたものは既に枯れてしまったが、接木をして増やした2世代以降の木は世界各地で今も栽培されている。なお、この「ニュートンのリンゴ」は「ケントの花（華）」といい、生食用ではなく料理用である（[[#主な品種]]を参照）。&lt;br /&gt;
: [[1964年]]3月、[[イギリス]][[物理学]]研究所より日本学士院に対してニュートンのリンゴの苗が寄贈されたが、防疫検査により、この苗木はすでに高接病[[ウイルス]]に汚染されていることが発覚。一時は焼却処分が検討されたが、学術上貴重なものであること等から例外的に[[東京大学]]理学部附属[[小石川植物園]]に隔離され、ウイルス除去の研究対象となった。[[1980年]]、ようやくこの木からウイルスに汚染されていない接ぎ穂の切り出しに成功。これ以降、ニュートンのリンゴは国内各地に移植されている。&lt;br /&gt;
; 聖書におけるリンゴ&lt;br /&gt;
: [[旧約聖書]]に登場する[[アダムとイヴ]]が、蛇にそそのかされて食べた善悪を知る果実がリンゴであるというのは、後の時代に創作された俗説である。当時旧約聖書の舞台となったメソポタミア地方にはリンゴは分布せず、またその時代のリンゴは食用に適していなかった。なお、イチジクの実でもない。なお、あわてて飲み込もうとしたアダムが善悪を知る果実をのどにつかえさせ、これが[[のどぼとけ]]の始まりであるとの故事から、男性ののどぼとけは「アダムのリンゴ」ともいわれる。&lt;br /&gt;
; ギリシャ神話におけるリンゴ&lt;br /&gt;
: [[ギリシア神話]]には、「最も美しい女神に与えられる」と言われた黄金のリンゴを巡って3女神が争い、遂に[[トロイア戦争]]に至るエピソードがある（[[パリスの審判]]）。また、[[ヘラクレス]]の12の冒険の中にも黄金のリンゴをとってくる話がある。&lt;br /&gt;
; アップル・レコード&lt;br /&gt;
: [[イギリス|英国]]のロックバンド [[ビートルズ]]が1968年に設立したレコード会社である[[アップル・レコード]]のマークは、日本ではあまりポピュラーではない「グラニースミス・アップル」という品種がモデルである(形は丸ではなく若干横長の楕円形)。[[アップル・レコード]]名義のレコードジャケットには一部を除いて、目立つ位置にリンゴマークが描かれており、一目で[[アップル・レコード]]と分かる。このリンゴマークは[[ポール・マッカートニー]]が所有する[[ベルギー]]の画家、[[ルネ・マグリット]]の青いリンゴの絵がヒントになっている。ちなみに[[アップル・レコード]]の影響を受けて、食べ物を題材にしたマークの[[レコードレーベル]]が日本にもいくつか設立されている。 &lt;br /&gt;
; アップルコンピュータ&lt;br /&gt;
: [[コンピュータ]]メーカーである[[アップルコンピュータ]]社 (''Apple Inc.'') は、リンゴを会社のロゴマークとしている（1997年頃までは6色、1999年以降はほとんど単色で用いられる）。ちなみに「バイト」と呼ばれる左上の囓られた様な跡は、元々「Apple」の社名ロゴが重なっていた部分である。また同社の主力製品である[[パソコン]]「マッキントッシュ（[[Macintosh]]、マック）」もリンゴの品種名「McIntosh」(日本名：旭)から採られている（[[マッキントッシュ・ラボ|オーディオメーカー]]の[[商標]]と区別する都合で綴りが変えられている）。&lt;br /&gt;
; その他&lt;br /&gt;
:* [[通話表#和文通話表|和文通話表]]で、「[[り]]」を送る際に「リンゴのリ」という。&lt;br /&gt;
:* 眠気覚ましに[[コーヒー]]に含まれる[[カフェイン]]が有効であるのは知られているが、リンゴを皮ごとまるかじりするほうが即効性がある。{{要出典}}&lt;br /&gt;
:* リンゴの産地である青森県の[[青森県立藤崎園芸高等学校|藤崎園芸高校]]は「りんご科」という学科を設置している。&lt;br /&gt;
:* [[DEATH NOTE]]に登場する死神のリュークの好物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== リンゴ（林檎）が題名及び歌詞に出てくる楽曲 ==&lt;br /&gt;
* [[リンゴの唄]] - [[並木路子]]&lt;br /&gt;
* リンゴ追分 - [[美空ひばり]]&lt;br /&gt;
* [[初恋]] - [[小林旭]]・[[舟木一夫]]&lt;br /&gt;
* [[林檎殺人事件]] - [[郷ひろみ]]&amp;amp;[[樹木希林]]&lt;br /&gt;
* 過ぎてしまえば - [[森田公一]]とトップギャラン&lt;br /&gt;
* [[センチメンタルな私小説]] - [[大塚博堂]]&lt;br /&gt;
* 林檎の皮 - 大塚博堂&lt;br /&gt;
* 帰ってこいよ - [[松村和子]]&lt;br /&gt;
* ガラスの林檎 - [[松田聖子]]&lt;br /&gt;
* [[踊り子 (村下孝蔵)|踊り子]] - [[村下孝蔵]]&lt;br /&gt;
* 林檎をかじりながら - [[あさみちゆき]]&lt;br /&gt;
* [[りんごのうた]] - [[椎名林檎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Malus|{{PAGENAME}}}}&lt;br /&gt;
* [[食物アレルギー]]&lt;br /&gt;
* [[シードル]]（アップル・ワイン）&lt;br /&gt;
* [[アップル・ブランデー]]（りんごの蒸留酒）&lt;br /&gt;
* [[カルヴァドス]]（[[ノルマンディー]]産のアップル・ブランデー）&lt;br /&gt;
* [[ビッグアップル (カクテル)|ビッグアップル]]（[[ウォッカ]]とリンゴジュースで作る[[カクテル]]）&lt;br /&gt;
* [[りんご娘.]]（[[日本]]の[[青森県]][[弘前市]]を中心に活躍している、ダンス&amp;amp;ボーカルユニット）&lt;br /&gt;
* [[りんごまるかじり条例]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://homepage3.nifty.com/malus~pumila/hajimeni/rinngo_hajimeni.htm 青い森の片隅から - 青森県のりんご]　（約160種についての特徴、歴史、写真）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りんこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:木]]&lt;br /&gt;
[[Category:果物]]&lt;br /&gt;
[[category:バラ科]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Apple]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC&amp;diff=45455</id>
		<title>アップル・ブランデー</title>
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				<updated>2009-01-20T10:27:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''アップル・ブランデー'''（Apple Brandy）とは、リンゴの果汁を醗酵させて作った醸造酒（リンゴ酒）を[[蒸留]...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アップル・ブランデー'''（Apple Brandy）とは、[[リンゴ]]の果汁を[[醗酵]]させて作った[[醸造酒]]（[[シードル|リンゴ酒]]）を[[蒸留]]して作られる、[[蒸留酒]]のことである。（アップル＝リンゴの、ブランデー＝焼いた酒＝蒸留酒）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
アップル・ブランデーは各地で作られているが、その内、特定の地域で作られたものを[[カルヴァドス]]と言う。したがって、カルヴァドスもアップル・ブランデーの範疇に入る。アップル・ブランデーの製法は、[[ブドウ]]の果汁を醗酵させて作った醸造酒（[[ワイン]]）を蒸留して作る[[ブランデー]]と、基本的には同じと考えて良い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ブドウの搾りカスを原料とする、いわゆる[[カストリ]]のブランデーが存在するように、リンゴの搾りカスに[[水]]を加えたものを醗酵させて作った醸造酒を蒸留して作る、いわゆるカストリのアップルブランデーも作られている。[[フランス語]]では、通常のアップル・ブランデーを「オー・ド・ヴィ・ド・シードル」、カストリのアップル・ブランデーを「オー・ド・ヴィ・ド・マール・ド・シードル」と呼んで区別する。ただし、カストリと聞くと悪いイメージを抱く者もいるが、粗悪品というわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フルーツ・ブランデーとしての位置付け ==&lt;br /&gt;
ブドウ以外の[[果物]]を原料としたブランデーと名のつく酒&amp;lt;!--蒸留酒とは限らない--&amp;gt;を、フルーツ・ブランデーとひとくくりにし、アップル・ブランデーもフルーツ・ブランデーの一種と分類されることもある&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
橋口孝司 『スピリッツ銘酒事典』 p.42 新星出版社　2003年5月15日発行 ISBN 4-405-09064-5&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。（なお、ブドウ原料の蒸留酒である通常の[[ブランデー]]は、フルーツ・ブランデーには分類されず、単にブランデー、または、グレープ・ブランデーと呼ばれ、果物を原料としているのにも関わらず、フルーツ・ブランデーとは区別される。）&lt;br /&gt;
しかし、チェリー・ブランデーやアプリコット・ブランデーやピーチ・ブランデーなどは、蒸留酒ではなく、[[リキュール]]に分類される&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
吉田 芳二郎 『カラーブックス 828 洋酒入門』 p.116 p.122 保育社 1968年8月1日発行 ISBN 4-586-50828-0&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。&lt;br /&gt;
これはアップル・ブランデーとは製法が異なっているためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== チェリー・ブランデー ===&lt;br /&gt;
例えばチェリー・ブランデーの場合は、[[サクランボ]]をブランデーに浸漬することで、サクランボの香味をつけて作られている。つまり、アップル・ブランデーや通常のブドウ原料のブランデーのように、果汁を醗酵させて醸造酒を作り、それを蒸留するという作り方がなされていないのだ。この点には注意が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、例えば[[キルシュヴァッサー]]のように、サクランボの果汁（[[果肉]]だけではなく、果肉と[[種子]]を圧搾して採取する果汁）を醗酵させて作った醸造酒を、蒸留して作った蒸留酒も存在する。しかし、アップル・ブランデーのように、いわゆるカストリのものは作られていない。フルーツ・ブランデーに分類されることのある蒸留酒で、いわゆるカストリのものが作られるのは、アップル・ブランデーだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、似た名前の酒として、キルシュという酒があるが、こちらはキルシュヴァッサーにダークチェリーを浸漬させて作られた、リキュールである&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
橋口孝司 『スピリッツ銘酒事典』 p.183 新星出版社　2003年5月15日発行 ISBN 4-405-09064-5&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、これらは、そのまま飲まれることもある他、[[カクテル]]の材料としても使用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アプリコット・ブランデー ===&lt;br /&gt;
アプリコット・ブランデーは、アプリコット（アンズ）の香味を加えたリキュールである。[[アンズ]]をブランデーに浸漬することで作られている。そのまま飲まれることもある他、しばしばカクテルの材料としても使用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ピーチ・ブランデー ===&lt;br /&gt;
ピーチ・ブランデーは、黄桃の香味を加えたリキュールである。そのまま飲まれることもある他、カクテルの材料としても使用される。これが使用されるカクテルとしては、[[ファジー・ネーブル]]などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プラム・ブランデー ===&lt;br /&gt;
スリボビッツ（チェコスロバキアやルーマニアで作られている）、&lt;br /&gt;
スリボバ（ブルガリアで作られている）、テュイカ（ルーマニアで作られている）、&lt;br /&gt;
ミラベル（フランスで作られている）は、&lt;br /&gt;
通常のブランデーと同じ製法で作られいる蒸留酒である可能性があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
キイチゴのブランデー、オー・ド・ビー・ド・フランボワーズ。&lt;br /&gt;
ナシのブランデー、オー・ド・ビー・ド・ボワール。&lt;br /&gt;
これも、通常のブランデーと同じ製法で作られいる蒸留酒である可能性があります。&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 吉田 芳二郎 『カラーブックス 828 洋酒入門』 保育社 1968年8月1日発行 ISBN 4-586-50828-0&lt;br /&gt;
* 稲 保幸 『洋酒とカクテル入門』 日東書院 1987年2月10日発行 ISBN 4-528-00361-9&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[シードル|リンゴ酒]]&lt;br /&gt;
* [[ブランデー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.calvadoshof.com/Tunnel/aboutcalvados.html カルバドス(Calvados)について]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あつふるふらんて}}&lt;br /&gt;
[[category:蒸留酒]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%82%B9&amp;diff=45454</id>
		<title>カルヴァドス</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{{Otheruses||フランスの県|カルヴァドス県}} '''カルヴァドス''' (Calvados) とは、フランスのノルマンディー地方で...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses||フランスの県|カルヴァドス県}}&lt;br /&gt;
'''カルヴァドス''' (Calvados) とは、[[フランス]]の[[ノルマンディー|ノルマンディー地方]]で造られる、[[リンゴ|林檎]]を原料とする[[蒸留酒]]である。なお、この地域以外で作られる同様の蒸留酒がカルヴァドスを名乗ることはできず、[[アップル・ブランデー]]（リンゴの焼いた酒）と呼ばれ、区別される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお100％リンゴで作られるカルヴァドスは少数であり、10～30％程度の洋ナシを伝統的に使用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産地について ==&lt;br /&gt;
カルヴァドスは、[[アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ|AOC]]（原産地呼称規制）の対象である。「カルヴァドスAC」(Appellation Calvados contrôlée)地区は、[[カルヴァドス県|カルヴァドス]]、[[マンシュ県|マンシュ]](Manche)、[[オルヌ県|オルヌ]](Orne)の各県の全域に加えて、[[ウール県|ウール]](Eure)、[[マイエンヌ県|マイエンヌ]](Mayenne)、[[サルト県|サルト]](Sarthe)と[[ウール・エ・ロワール県|ウール・エ・ロワール]](Eure-et-Loire)の一部を含む。より限定された「カルヴァドス・ペイ・ドージュAC」(Appellation Calvados Pays d'Auge contrôlée)の地区は、カルヴァドス県の東端と、その幾つかの隣接地域に限られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ポム・プリゾニエール ==&lt;br /&gt;
多くの銘柄で、林檎1個が丸のまま漬け込まれたものが販売されている。たいていは瓶の口よりも大きな林檎で、春先から小さい林檎に瓶をかぶせて成長させることで作り出す。このようなカルヴァドスを「ポム・プリゾニエール（La Pomme Prisonnière）」（閉じ込められた林檎）と呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[リンゴ]]&lt;br /&gt;
* [[シードル]]（アップル・ワイン）&lt;br /&gt;
* [[凱旋門 (文学)|凱旋門]]（[[レマルク]]による本作にはたびたびカルヴァドスが登場し、この酒を有名にした）&lt;br /&gt;
* [[ブランデー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.calvadoshof.com/Tunnel/aboutcalvados.html カルバドス(Calvados)について]&lt;br /&gt;
* [http://vimoutiers.net/AppleCiderCalvados.htm ノルマンディーのりんご、りんご酒およびカルバドス Apples, cider and Calvados in Pays d'Auge, Normandy] ''''多言語''''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かるうあとす}}&lt;br /&gt;
[[Category:フランスの食文化]]&lt;br /&gt;
[[category:蒸留酒]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Calvados (spirit)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB&amp;diff=45453</id>
		<title>シードル</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''シードル''' （仏:シードル cidre 、英:サイダー cider ）または'''リンゴ酒'''とは、林檎を発酵させて造られる[[アルコー...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''シードル''' （仏:シードル cidre 、英:サイダー cider ）または'''リンゴ酒'''とは、[[リンゴ|林檎]]を発酵させて造られる[[アルコール飲料]]で、発泡性であることも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[フランス]]の[[ブルターニュ]]地方と[[ノルマンディー|ノルマンディー地方]]のものが、とくに知られている。シードルを蒸留すると林檎の[[ブランデー]]が得られ、中でも有名なものに「[[カルヴァドス]]」がある。また、シードルと類似するものに[[ナシ|梨]]を原料とした[[ペリー (酒)|ペリー]]がある。19世紀末ごろまではヨーロッパでは衛生上生水を飲むことが大変危険なこととされたので幼児のうちからこれを飲んでいた{{要出典}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランスでは、[[ワイン]]と同様に原産地呼称規制([[アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ|AOC]])の対象である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[イギリス]]では同じくリンゴ酒（多くの場合発泡性のもの）を指す。イギリスでは無名ブランドのものは非常に安価で売られており、また口当たりもいいことからアルコールを飲み始めた10代の労働者階級の子供が飲む最初のアルコールとしてポピュラーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
植民地時代の[[アングロアメリカ]]でも、衛生的な飲料水が手に入りにくかったことからリンゴ酒がよく飲まれていた。[[1920年代]]の[[アメリカ合衆国憲法修正第十八条|禁酒法]]施行とほぼ時を同じくして、[[アメリカ合衆国]]では、'''サイダー'''というと通常は発泡性のリンゴジュースのことを指すようになったが、これはかつてリンゴ酒の代替品の「ノンアルコールサイダー」として宣伝されていた[[:en:Martinelli's|マーティネリ]]社の「マーティネリズ・スパークリング・アップルサイダー」の影響があるらしい。現在でも[[アメリカ合衆国|アメリカ]]と[[カナダ]]の一部では、普通サイダーというとアルコール分を含まない果汁100%のリンゴジュースのことを指すが、その性質は地方によって異なる。例えば、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の一部の地域では、濾過や熱加工をしていない果汁100%のリンゴジュースのことを指す。秋から冬にかけての季節商品で、褐色をしており、熱処理していないので日持ちせず、時間が経つと濁って、自然発酵で二酸化炭素が発生し、炭酸飲料のような味になる&amp;lt;!--（アルコールにはならない）--&amp;gt;&amp;lt;!--発酵するのであれば、アルコール分ゼロということはありえないです--&amp;gt;。アルコール分が0.15％を超えるサイダーは'''ハードサイダー''' (hard cider) に分類される。また、他の地域では無濾過未発酵&amp;lt;!--unfiltered, unfermented--&amp;gt;のリンゴジュースのことを指す。[[ペンシルバニア州]]の州法では、アップルサイダーとは「リンゴから絞った、琥珀色、不透明、未発酵のアルコール分を全く含まないジュース」と規定されている。なお、前述のマーティネリ社のスパークリングサイダーは琥珀色の透明であり、地方によって「サイダー」あるいは「ジュース」という名称で販売されている。日本で販売されている炭酸飲料を「[[サイダー]]」と言うのはこのサイダー (炭酸が入ったリンゴジュース) に由来する。ハードサイダーは[[ニューヨーク州]]と[[ニューイングランド]]地方が主産地であり、'''サイダージャック''' (ciderjack) と呼ばれることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ドイツ]]では、[[フランクフルト・アム・マイン|フランクフルト]]のリンゴ酒が有名だが、こちらは[[アップフェルヴァイン]]（[[:de:Apfelwein]]）と呼ばれフランス産のシードル（[[:de:Cidre]]）とは区別されており、フランス産のものとは味も異なる。特に発泡の具合がきめの細かいフランス産に対しこちらは大粒なのが特徴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サイダーからは、琥珀色のリンゴ[[酢]]（サイダービネガー）が作られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[カルヴァドス]]：リンゴの蒸留酒&lt;br /&gt;
*[[サイダーハウス・ルール]]：タイトルは「サイダー小屋（リンゴから果汁を絞るために使われる小屋）の規則」という意味である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Cider|シードル}}&lt;br /&gt;
*[http://vimoutiers.net/AppleCiderCalvados.htm Apples, Cider and Calvados in Normandy, France] 日本語翻訳有り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Template:アルコール飲料}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しいとる}}&lt;br /&gt;
[[Category:醸造酒]]&lt;br /&gt;
[[Category:フランスの食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヨーロッパの食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:北米の食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:果実酒]]&lt;br /&gt;
[[Category:ブルターニュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Cider]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%83%A0&amp;diff=44754</id>
		<title>アルミニウム</title>
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				<updated>2009-01-08T10:45:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width: 20em; float: right; margin-left: 0.5em; background: white; font-size: 95%&amp;quot;&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: white&amp;quot;&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: center&amp;quot; |&lt;br /&gt;
{| &lt;br /&gt;
| || style=&amp;quot;border-style: none; text-align: center&amp;quot; | [[マグネシウム]] - '''アルミニウム''' - [[ケイ素]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none; text-align: center; vertical-align: middle&amp;quot; | [[ホウ素|B]]&amp;lt;br /&amp;gt;'''Al'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[ガリウム|Ga]]&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none&amp;quot; | [[画像:Al-TableImage.png|250px]]&amp;lt;div style=&amp;quot;text-align: right&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[周期表]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #cccccc&amp;quot; | 一般特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;width: 43%&amp;quot; | [[元素の名前順一覧|名称]], [[元素の記号順一覧|記号]], [[元素の番号順一覧|番号]] || アルミニウム, Al, 13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[元素の分類|分類]] || [[卑金属]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[元素の族|族]], [[元素の周期|周期]], [[元素のブロック|ブロック]] || [[第13族元素|13 (IIIB)]], [[第3周期元素|3]] , [[pブロック元素|p]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[密度]], [[モース硬度|硬度]] || 2700 kg·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;, 2.5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 単体の色 || style=&amp;quot;text-align: center&amp;quot; | 銀白色&amp;lt;br /&amp;gt;[[Image:Lingot aluminium.jpg|120px|アルミニウム]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #cccccc&amp;quot; | 原子特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[原子量]] || 26.9815386 [[原子質量単位|u]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[原子半径]] （計測値） || 125 (118) [[ピコメートル|pm]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[共有結合半径]] || 118 pm&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[ファンデルワールス半径|VDW半径]] || no data&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電子配置]] || &amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[ネオン|Ne]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt; 3[[s軌道|s]]&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt; 3[[p軌道|p]]&amp;lt;sup&amp;gt;1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電子殻]] || 2, 8, 3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[酸化数]]（[[酸化物]]） || 3（[[酸化物|両性酸化物]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[結晶構造]] || [[面心立方構造]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background-color: #cccccc&amp;quot; | 物理特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[相]] || [[固体]] （[[常磁性]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[融点]] || 933.47 [[ケルビン|K]]&amp;lt;br /&amp;gt;(660.32 [[摂氏|°C]], 1220.58 °[[華氏|F]])&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[沸点]] || 2792 K&amp;lt;br /&amp;gt;(2519 [[摂氏|°C]], 4566 °[[華氏|F]])&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[モル体積]] || 10.00 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[気化熱]] || 293.4 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[融解熱]] || 10.79 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[蒸気圧]] || 24.2 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−21&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; [[パスカル|Pa]] (933 K)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[音速|音の伝わる速さ]] || 5100 [[メートル毎秒|m·s&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;]] (293.15 K)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #cccccc&amp;quot; | その他&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[クラーク数]] || 7.56[[パーセント|%]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電気陰性度]] || 1.61 （[[ライナス・ポーリング|ポーリング]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[比熱容量]] || 900 J·kg&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[導電率]] || 37.7 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;6&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;/m·[[オーム|Ω]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[熱伝導率]] || 237 W·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;10&amp;quot; | [[イオン化エネルギー]] || 第1: 577.5 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第2: 1816.7 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第3: 2744.8 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第4: 11577 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第5: 14842 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第6: 18379 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第7: 23326 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第8: 27465 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第9: 31853 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第10: 385473 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #cccccc&amp;quot; | （比較的）安定同位体&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width: 98%; margin: 0; background: white&amp;quot; &lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;font-size: 85%; text-align: center; font-weight: bold&amp;quot;&lt;br /&gt;
| [[同位体]] || [[天然存在比|NA]] || [[半減期]] || [[崩壊モード|DM]] || [[崩壊エネルギー|DE]]/[[メガ|M]][[電子ボルト|eV]] || [[崩壊生成物|DP]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;26&amp;lt;/sup&amp;gt;Al || [[放射性同位体|{syn.}]] || 7.17×10&amp;lt;sup&amp;gt;5&amp;lt;/sup&amp;gt; [[年]] || [[電子捕獲|&amp;amp;epsilon;]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[ベータ崩壊|&amp;amp;beta;+]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[ガンマ崩壊|γ]] || &amp;amp;nbsp;&amp;lt;br /&amp;gt;1.17&amp;lt;/br /&amp;gt;1.808 || [[マグネシウム|&amp;lt;sup&amp;gt;26&amp;lt;/sup&amp;gt;Mg]]&amp;lt;br /&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;26&amp;lt;/sup&amp;gt;Mg&amp;lt;br /&amp;gt;&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;27&amp;lt;/sup&amp;gt;Al || '''100%''' || colspan=&amp;quot;4&amp;quot; | [[中性子]]14個で[[安定]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #cccccc; font-size: 85%&amp;quot; | 注記がない限り[[国際単位系]]使用及び[[標準状態]]下。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''アルミニウム'''（英 ''Aluminium'', 米 ''Aluminum''）は[[原子番号]]13の[[元素]]である。[[元素記号]]は'''Al'''。軽銀やアルミニウムを略してアルミと言うこともある。鋁と書くこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[単体]]は常温常圧では良い[[熱伝導性]]・[[電気伝導性]]を持つ[[金属]]。[[融点]]660.2°C、[[沸点]]2060°C（2467°C、2400°Cという実験値あり）。[[密度]]は 2.7g/cm&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt; で、金属としては軽量である。常温では[[面心立方格子構造]]が最安定となる。[[酸]]や[[アルカリ]]に侵されやすいが、[[空気]]中では[[表面]]に酸化膜（[[アルマイト]]）ができ、内部は侵されにくくなる。また濃[[硝酸]]に対しても表面に酸化皮膜を生じ反応の進行は停止する（[[不動態]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 単体の性質 ==&lt;br /&gt;
=== 化学的性質 ===&lt;br /&gt;
アルミニウムは両性金属で、酸にもアルカリにも溶解する。アルカリ性の水溶液では、以下の反応によって[[水]]が[[還元]]されて[[水素]]を発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:6 OH&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt; + 2 Al + 6 H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O &amp;amp;rarr; 6 OH&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt; + 2 Al(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt; + 3 H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&amp;lt;math&amp;gt;\rm 6OH^- + 2Al + 6H_2O \longrightarrow 6OH^- + 2Al(OH)_3 + 3H_2&amp;lt;/math&amp;gt;--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、生成する[[水酸化アルミニウム]]の[[溶解度積]] ([Al&amp;lt;sup&amp;gt;3+&amp;lt;/sup&amp;gt;][OH&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt;]&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;) は 1.92 &amp;amp;times; 10&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;32&amp;lt;/sup&amp;gt; であり、ほとんど水に溶解しない。したがって、薄いアルカリでは皮膜が発生して反応が止まる。しかし、強アルカリ条件では水酸化アルミニウムが次式によって水溶性の'''アルミン酸'''を形成するため、反応は表面のみでなく内部まで進行する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:OH&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt; + Al(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt; + 2 H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O &amp;amp;rarr; [Al(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;(H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;]&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&amp;lt;math&amp;gt;\rm OH^- + Al(OH)_3 + 2H_2O \longrightarrow [Al(OH)_4 (H_2O)_2]^-&amp;lt;/math&amp;gt;--&amp;gt;&lt;br /&gt;
したがってアルミニウムと強塩基水溶液との反応はこれらの式を合わせて以下のようになる。&lt;br /&gt;
:2 Al + 10 H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O  + 2 OH&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt;　&amp;amp;rarr; 2 [Al(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;(H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;]&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;amp;minus;&amp;lt;/sup&amp;gt; + 3 H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 機械的性質 ===&lt;br /&gt;
アルミニウムは鉄の約 35 % の比重であり、密度は (2.70 [g/cm&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;]) と低く金属の中でも軽量な方に属し、[[展性]]に富む。純アルミニウムは強度は低いが、[[ジュラルミン]]などのアルミニウム合金はその軽量さ、加工のしやすさを活かしつつ強度を飛躍的に改善しているため、様々な製品に採用され産業界で幅広く活躍している（「用途」を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルミニウム合金は軟鋼などと違い、[[応力]]がかかった時の変形に降伏現象を示さない。それは[[侵入型固溶体]]である炭素によるコットレル雰囲気を持つ鉄合金とは違い、アルミニウム合金には[[置換型固溶体]]合金が多いことに起因する。よって、構造設計等の計算を行う場合には、材料力学では「[[引張応力]]」として「0.2 % 耐力」が代わりに用いられる。「0.2 % 耐力」とは、応力をかけた際の永久ひずみが 0.2 % になる時の応力である。ただし、アルミニウム合金には常温クリープと呼ばれる現象が顕著であり、どんな小さな力、衝撃でも数千、数万回と加え続ければひずみが蓄積して行きいつか必ず破壊されるという点で、鉄とは大きな違いを持つため、機械設計時には構造体の寿命計算等に厳重な注意が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生産 ==&lt;br /&gt;
アルミニウムは、鉱物の[[ボーキサイト]]を原料として[[ホール・エルー法]]で生産されるのが一般的である。ボーキサイトを[[水酸化ナトリウム]]で処理し、アルミナ（[[酸化アルミニウム]]）を取り出した後、溶融し[[電気分解]]を行う。したがって、アルミニウムを作るには大量の[[電気|電力]]が消費されることから「電気の缶詰」と呼ばれることもある。ちなみに、ホール・エルー法での純度は約98%なので、より高純度なアルミニウムを得るには[[三層電解法]]を使う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電力価格が高いためコスト競争に弱い日本国内のアルミニウム精錬事業は、[[オイルショック]]後採算困難になり、大部分は国外に拠点が移った。現在、日本国内で原石（ボーキサイト）から製品まで一貫生産を行っているのは、自前の[[水力発電]]所により自家発電を行っているため低価格の電力が入手可能な[[日本軽金属]]（工場所在地は[[静岡市]][[清水区]]）のみである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボーキサイトからアルミニウムを精練するのに比し、アルミニウム屑から[[リサイクル]]して地金を作る方がコストやエネルギーが少なく済む。そのため、回収された空き缶等をリサイクル原料とし、電気炉等を用いる形態で再生するケースは徐々に増えている。アルミニウム屑を溶解するにあたっても[[融点]]が約660℃と[[銅]]や[[鉄]]などの主要金属の中では低い方なので少ないエネルギーで行うことができる。この利点をとらえて、アルミニウムはしばしば「リサイクルの優等生」や「リサイクルの王様」と表現される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルミニウムの生産量は2002年時点で2574万トンに及ぶ。[[中華人民共和国|中国]]が約 1/6 を生産し、これに[[ロシア]]、[[カナダ]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]を加えた4カ国で生産量の過半数を占める。中国、ロシア、アメリカはボーキサイト原産国でもある。他のボーキサイト原産国である[[オーストラリア]]、[[ブラジル]]、[[インド]]も世界生産量のシェア10位以内に含まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 用途 ==&lt;br /&gt;
アルミニウムは金属の中では軽量であるために利用しやすく、また、軟らかくて[[展性]]も高いなど加工し易い性質を持っており、さらに表面にできる酸化皮膜のために[[イオン化傾向]]が大きい割には耐食性もあることから、[[一円硬貨]]や[[アルミホイル]]、缶（[[アルミ缶]]）、[[鍋]]、窓枠（アルミ[[サッシ]]）、[[外構|エクステリア]]、建築物の外壁、道路標識、[[鉄道車両]]や[[自動車]]の車体、[[自転車]]の[[リム]]、パソコンや家電製品の筐体など、様々な用途に使用されている。ただし大抵は[[アルミニウム合金]]としての利用であり、1円硬貨のようなアルミニウム 100% のものはむしろ稀な存在である。有名な合金としては[[ジュラルミン]]が挙げられる。ジュラルミンは[[航空機]]材料などに用いられているが、[[金属疲労]]に弱く、腐食もしやすいという欠点を持つため、航空機などでは十分な点検体制を取ることが求められている。なお、一時期自動車も航空機材料にならうかたちでアルミ化が進んだが、車体強度と安全性を両立させるため、現在はアルミではなくハイテン材料（[[高張力鋼]]）の適用が進みつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高圧送電線にもアルミニウム線が使用される。[[銅]]に比べ単位体積あたりの電気伝導度は劣るが、密度が低いため断面積を大きく取る（太くする）ことができ、かつ軽いので、単位質量当りの電気伝導度は寧ろ銅を上回り、かつ材料費はほぼ拮抗する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[真性半導体]]である[[ケイ素]]に微量のアルミニウムを添加することにより、[[P型半導体]]が得られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俗に「銀ペン」とも呼ばれる、[[銀色]]の[[塗料]]には、アルミニウムの微粉末が顔料として加えられている。耐食性があるため、[[橋梁]]などの建築物によく使われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アルミニウム粉 ==&lt;br /&gt;
粉末になったアルミニウムは可燃物であり、[[粉塵爆発]]を起こす場合がある。アルミニウム粉は燃焼熱が大きく、燃焼するときにガスを生じないため熱が集積して高温となり、強い白色の光を発する。これを利用して[[火薬]]類に発熱剤として添加される。アルミニウム粉の性質は表面積の大きさによって左右されるため、等級は粒度ではなく重量当たりの表面積を示す[[水面拡散面積]]で表示される場合が多い。粒度で表示されるような粒の大きい物は粒状アルミニウム粉（アトマイズドアルミニウム粉）と呼んで区別することが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[スラリー爆薬]]などの水湿状態の火薬に混ぜるとアルミニウムの表面で以下のような反応が起きて発熱する。このため、アルミニウム粉の火災には水をかける事は禁忌とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2Al + 6H&amp;lt;SUB&amp;gt;2&amp;lt;/SUB&amp;gt;O → 2Al(OH)&amp;lt;SUB&amp;gt;3&amp;lt;/SUB&amp;gt; + 3H&amp;lt;SUB&amp;gt;2&amp;lt;/SUB&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルミニウム粉末は塗料に混ぜて使う場合もある。また、[[指紋]]の検出などでアルミニウムの粉を使用することもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルミニウム粉と[[酸化鉄(III)]]との混合物は[[テルミット]]と呼ばれ、[[マグネシウム]]リボンで着火すると激しく反応し、酸化アルミニウムおよび溶融鉄を生じる。この反応は[[鉄]]の溶接にも使われている[[テルミット反応]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の[[消防法]]では、150[[マイクロメートル|µm]]の網ふるいを通過する量が50%を超える[[金属粉|アルミニウム粉]]を[[危険物|第2類危険物]]と定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アルミニウムと植物 ==&lt;br /&gt;
アルミニウムは[[長石]]および[[粘土鉱物]]などとして普遍的に存在するため[[地殻]]を構成する[[元素]]としては[[酸素]]、[[珪素]]に次いで3番目に多い（[[クラーク数]]:7.56%、重量比）。工業的に多彩な用途が見出される一方、[[酸性]][[土壌]]中のアルミニウム含量は、[[植物]]の成長に影響する重要な要素である。[[農業]]や[[園芸]]における人工的な栽培環境では中性付近に調整された土壌を用いる場合が多いが、それでも有害なアルミニウムイオン（Al&amp;lt;sup&amp;gt;3+&amp;lt;/sup&amp;gt;）が[[根]]の伸長成長を阻害する事が知られている。これは、火山性の酸性土壌が広く分布する日本において重要な問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 作用機序 ===&lt;br /&gt;
土壌中のアルミニウムは、pHが5.0を下回ると急激にイオン化して溶解度が高まり、pH3.5ではほぼ完全に溶存体となる。水溶化したアルミニウムイオンが農作物その他の植物に及ぼす害として、以下のようなもの知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[肥料]]として土壌に添加した[[リン酸]]と結合し、難溶性の塩を形成する。結果として施肥効率が低下する。&lt;br /&gt;
* 根の成長阻害を引き起こす。アルミニウムイオンは根の細胞の[[細胞壁]]～[[アポプラスト]]領域へ結合し、種々の応答反応を引き起こす。応答反応としてはβ-1, 3 グルカンである[[カロース]]の分泌などが知られるが、成長阻害の具体的なメカニズムは分かっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
成長阻害に関する研究は今も進められているが、アルミニウムが[[活性酸素]]の発生を促し、[[脂質]]の過酸化や[[ミトコンドリア]]の機能障害を引き起こすとする意見が有力である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アルミニウム耐性植物 ===&lt;br /&gt;
[[コムギ]]や[[トウモロコシ]]、[[アジサイ]]、[[ソバ]]など一部の植物は、アルミニウム耐性を持つ（あるいは高アルミニウム環境にも適応し得る）事が知られている。アルミニウムを無毒化するメカニズムは様々であるが、一般に[[カルボン酸]]（[[シュウ酸]]、[[クエン酸]]、[[リンゴ酸]]など）を中心とした有機酸でアルミニウムイオンを[[キレート]]し、水溶性の[[錯体]]を形成する機構によると言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルミニウム耐性に関与する[[遺伝子]]は最初にコムギにおいて発見された。耐性関連遺伝子はトウモロコシからも見つかっている。これらの植物においては単一の遺伝子によりアルミニウム耐性が実現されているが、全ての植物のアルミニウム耐性が同一の機構によるわけではないと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アルミニウム耐性土壌菌 ===&lt;br /&gt;
[[遺伝子組み換え作物|遺伝子組み換え]]によりアルミニウム耐性植物を作出する際、その遺伝子源として注目されているものに、土壌性のアルミニウム耐性菌がある。[[根粒菌]]として知られる ''Rhizobium'' もアルミニウム耐性菌の一種である。強酸性（pH3.0）高アルミニウム条件にて[[スクリーニング (生物学)|選抜]]されてくる菌はほとんどが[[糸状菌]]であり、従ってアルミニウムの多い土壌ではこれらの生物が優占していると考えられる。以下はアルミニウム耐性菌を含む[[属 (分類学)|属]]の一部。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* ''Emericellopsis''、''Paecilomyces''、''Mortierella''（[[クサレケカビ]]）、''Sporothrix''、''Penicillium''（[[アオカビ]]）、''Aspergillus''（[[コウジカビ]]）、''Metarhizium''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== この節の参考文献 ===&lt;br /&gt;
* アルミニウム耐性土壌菌の選抜 金澤 晋二郎 [http://133.5.207.201/Textbook/keika/New-S/s6.4.pdf PDF]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 化合物 ==&lt;br /&gt;
合金については[[アルミニウム合金]]を参照。&lt;br /&gt;
*[[酸化アルミニウム]] - 通称'''アルミナ'''。[[モース硬度]]が 9 と高く、[[研磨剤]]として利用される。[[サファイア]]や[[ルビー]]もほぼ同じ組成である。&lt;br /&gt;
*[[塩化アルミニウム]]&lt;br /&gt;
*[[ミョウバン]]&lt;br /&gt;
*[[窒化アルミニウム]]&lt;br /&gt;
*[[硫酸アルミニウム]]&lt;br /&gt;
*[[水素化アルミニウム]]&lt;br /&gt;
*[[水酸化アルミニウム]]&lt;br /&gt;
*[[氷晶石]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1807年]]&amp;lt;!-- 1808/1809とする資料がそれぞれ複数ある --&amp;gt; - [[イギリス]]の[[ハンフリー・デービー]]は水素気流中で融解[[アルミナ]]を[[電気分解]]する手法でアルミニウムと鉄の合金を得た。鉄はアルミナの不純物によるものであった。合金からアルミナを生成できたため、何らかの未知の元素の存在が確認できたことになる。デービーはアルミニウムの硫酸塩である[[ミョウバン]]を表すラテン語の単語 ''Alumen'' から、未知の新元素を Alumium と名付けた。&amp;lt;!-- Aluminiumではない --&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[1825年]] - [[デンマーク]]物理学者[[ハンス・クリスティアン・エルステッド|エルステッド]]が、[[塩化アルミニウム]]を[[カリウム]][[アマルガム]]により還元し、世界で初めてアルミニウムの[[単離]]に成功した。ただし[[水銀]]などの不純物が多かったとされる。[[カリウム]]を[[還元]]剤としたため生産性は極端に低く、[[貴金属]]としての扱いを受けた。&lt;br /&gt;
*[[1827年]] - [[フリードリヒ・ヴェーラー|ヴェーラー]]が[[塩化アルミニウム]]を[[カリウム]]で還元して純粋なアルミニウムを得たため、ヴェーラーをアルミニウムの発見者とすることもある。&lt;br /&gt;
*[[1846年]] - [[フランス]]の科学者ドビーユがエルステッドの手法を改良し、[[カリウム]]の代わりに[[ナトリウム]]を用いる還元法を開発した。生産コストを下げることに成功し、電解法も開発した。&lt;br /&gt;
*[[1855年]] - ドビーユは粘土から電解法で生産したアルミニウムを[[パリ]]の[[万国博覧会]]に展示した。出品タイトルは「粘土からの銀」であった。展示を見た[[ナポレオン3世]]はドビーユに援助を始める。目的は甲騎兵の防具を改良するためであった。また、皇帝夫妻専用にアルミ製食器を作らせ、晩餐会では銀製食器を使う来賓の前でこのアルミ食器を自慢して食事をした。&lt;br /&gt;
*[[1886年]] - アメリカのホールとフランスのエルーが[[アルミナ]]と[[氷晶石]]を用いた融解塩電解法をそれぞれ独自に発明した（ホール・エルー法）。これは今日でも利用されている手法である。&lt;br /&gt;
*1888年 - オーストリアのバイヤーが、ボーキサイトから高純度のアルミナを効率的に製造する方法を発明した（バイヤー法）。&lt;br /&gt;
*[[19世紀]]後半 - 電気[[精錬]]の手法が進歩するが、肝心の発電、送電技術が未熟であり、生産性は依然として低いままであった。&lt;br /&gt;
*[[20世紀]]中～後半 - 大規模で効率的な発電所の建設が可能になるとともに、送電システムが確立された。大規模な電気精錬が行えるようになり、大量生産が可能となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[アルツハイマー型痴呆]] - アルミニウムの過剰摂取が原因であると[[疫学]]的には警鐘を鳴らされているが、医学的メカニズムは検証の途上にある。&lt;br /&gt;
*[[非鉄金属]]&lt;br /&gt;
*[[テルミット反応]]&lt;br /&gt;
*[[アルミニウム合金]]&lt;br /&gt;
*[[ホンダ・NSX]]（世界で初めてオールアルミモノコックボディを採用した）&lt;br /&gt;
*[[アルミホイル]]&lt;br /&gt;
*[[アルミホイール]]&lt;br /&gt;
*[[ルビー]]（[[クロム]]＋アルミニウム）&lt;br /&gt;
*[[サファイヤ]]（[[鉄]]・[[チタン]]＋アルミニウム）&lt;br /&gt;
*[[含アルミニウム泉]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.aluminum.or.jp/index.htm （社）日本アルミニウム協会]&lt;br /&gt;
*[http://www.ne.jp/asahi/aluminium/mania/al_mania_homepage_new.htm アルミニウムマニア]&lt;br /&gt;
*[http://www.alu-scout.com/perl/lp.pl?SESID=1340813jzxcv565688&amp;amp;file=index.htm&amp;amp;lang=en Alu-Scout]&lt;br /&gt;
*[http://www.kallos.co.jp/ カロス出版]&lt;br /&gt;
*[http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail970.html アルミニウムとアルツハイマー病の関連情報 - 「健康食品」の安全性・有効性情報] （[[国立健康・栄養研究所]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{元素周期表}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あるみにうむ}}&lt;br /&gt;
[[Category:元素]]&lt;br /&gt;
[[Category:アルミニウム|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:アルミニウムの化合物|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Aluminium]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%8A%85&amp;diff=44753</id>
		<title>銅</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%8A%85&amp;diff=44753"/>
				<updated>2009-01-08T10:40:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; align=&amp;quot;right&amp;quot;&amp;gt; &amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;2&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&amp;gt; &amp;lt;table align=&amp;quot;center&amp;quot; border=&amp;quot;0&amp;quot;&amp;gt; &amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;2&amp;quot; alig...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; align=&amp;quot;right&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;2&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;table align=&amp;quot;center&amp;quot; border=&amp;quot;0&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;&amp;gt;[[ニッケル]] - '''銅''' - [[亜鉛]]&amp;lt;/td&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td rowspan=&amp;quot;3&amp;quot; valign=&amp;quot;center&amp;quot;&amp;gt;'''Cu'''&amp;lt;br/&amp;gt;[[銀|Ag]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;amp;nbsp;&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;amp;nbsp;&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td align=&amp;quot;center&amp;quot;&amp;gt;[[画像:Cu-TableImage.png]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;text-align:right&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[周期表]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;'''一般特性'''&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[元素の名前順一覧|名称]], [[元素の記号順一覧|記号]], [[元素の番号順一覧|番号]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;銅, Cu, 29&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[元素の分類|分類]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[遷移元素]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[元素の族|族]], [[元素の周期|周期]], [[元素のブロック|ブロック]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[第11族元素|11 (IB)]], [[第4周期元素|4]] , [[dブロック元素|d]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[密度]], [[モース硬度|硬度]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;8920 kg/m&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;, 3.0&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;単体の色&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td align=&amp;quot;center&amp;quot;&amp;gt;淡赤色、金属色&amp;lt;br/&amp;gt;[[画像:Cu,29.jpg|120px|銅]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;'''原子特性'''&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[原子量]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;63.546 [[原子質量単位|u]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[原子半径]] （計測値）&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;135 (145) [[ピコメートル|pm]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[共有結合半径]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;138 [[ピコメートル|pm]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[ファンデルワールス半径|VDW半径]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;140 [[ピコメートル|pm]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[電子配置]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[アルゴン|Ar]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;3[[d軌道|d]]&amp;lt;sup&amp;gt;10&amp;lt;/sup&amp;gt;4[[s軌道|s]]&amp;lt;sup&amp;gt;1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[電子殻]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;2, 8, 18, 1&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[酸化数]]（[[酸化物]]）&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;'''2''', 1（[[塩基|弱塩基性]][[酸化物]]）&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[結晶構造]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[面心立方構造]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;'''物理特性'''&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[相]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;固体 ([[反磁性]])&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[融点]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;1357.6 [[ケルビン|K]] (1084.4 [[摂氏|℃]])&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[沸点]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;2840 [[ケルビン|K]] (2567 ℃)&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[モル体積]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;7.11 &amp;amp;times;10&amp;lt;sup&amp;gt;-6&amp;lt;/sup&amp;gt; m&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[気化熱]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;300.3 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[融解熱]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;13.05 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[蒸気圧]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;0.0505 [[パスカル|Pa]] (1358 [[ケルビン|K]])&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[音速|音の伝わる速さ]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;3570 [[メートル毎秒|m/s]] (293.15 [[ケルビン|K]])&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;'''その他'''&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[クラーク数]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;0.01 [[パーセント|%]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[電気陰性度]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;1.9 ([[ライナス・ポーリング|ポーリング]])&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[比熱容量]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;380 J/(kg*K)&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[導電率]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;59.6 10&amp;lt;sup&amp;gt;6&amp;lt;/sup&amp;gt;/m [[オーム|Ω]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;[[熱伝導率]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt; 401 W/(m*K)&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;第1[[イオン化エネルギー]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;745.5 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;第2イオン化エネルギー&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;1957.9 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;第3イオン化エネルギー&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;3555 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;第4イオン化エネルギー&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;5536 kJ/mol&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;'''（比較的）安定同位体'''&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td colspan=&amp;quot;2&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; width=&amp;quot;100%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[同位体]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[天然存在比|NA]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[半減期]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[崩壊モード|DM]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[崩壊エネルギー|DE]]&amp;lt;/small&amp;gt; &amp;lt;small&amp;gt;[[メガ|M]][[電子ボルト|eV]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;th&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[崩壊生成物|DP]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;63&amp;lt;/sup&amp;gt;Cu&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;69.17%&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;4&amp;quot;&amp;gt;[[中性子]]34個で[[安定同位体|安定]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;64&amp;lt;/sup&amp;gt;Cu&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[放射性同位体|{syn.}]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;12.7 h&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[電子捕獲|&amp;amp;epsilon;]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;1.675&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[ニッケル|&amp;lt;sup&amp;gt;64&amp;lt;/sup&amp;gt;Ni]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;64&amp;lt;/sup&amp;gt;Cu&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[放射性同位体|{syn.}]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;12.7 h&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[ベータ崩壊|&amp;amp;beta;&amp;lt;sup&amp;gt;-&amp;lt;/sup&amp;gt;]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;0.579&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;[[亜鉛|&amp;lt;sup&amp;gt;64&amp;lt;/sup&amp;gt;Zn]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;td&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;65&amp;lt;/sup&amp;gt;Cu&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td&amp;gt;30.83%&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;td colspan=&amp;quot;4&amp;quot;&amp;gt;[[中性子]]36個で[[安定同位体|安定]]&amp;lt;/td&amp;gt;&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;th colspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; bgcolor=&amp;quot;#ffc0c0&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;font size=&amp;quot;-1&amp;quot;&amp;gt;注記がない限り[[国際単位系]]使用及び[[標準状態]]下。&amp;lt;/font&amp;gt;&amp;lt;/th&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/tr&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''銅'''（どう、[[ラテン語|羅]]：''Cuprum''、[[英語|英]]：''Copper''）は、[[原子番号]] 29 の[[金属]]、[[元素記号]]は '''Cu'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[周期表]]では[[金]]、[[銀]]と同じく 11 族に属する。元素記号の Cu は、[[ラテン語]]の cuprum から。この語はさらに Cyprium aes（キュプロス島の[[真鍮]]）に由来し、[[キプロス]]に[[フェニキア]]の銅採掘場があったことによる。日本語では、その色から'''赤銅'''（しゃくどう、せきどう）または、'''赤金'''、'''銅'''（あかがね）と呼ばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[金属]]では銀の次に導電性が高く、価格も比較的安い事から電線・ケーブルの材料としてよく使われる。また銅イオンは殺菌作用を持つ事から、抗菌仕様の靴下や靴の中敷などによく使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺菌作用と導電性を生かした物として[[絨毯]]、[[マット]]などに使用されている。特に細い導線を容易に作成できる為、絨毯に織り込んで使用する。これにより、[[静電気]]の発生しにくい絨毯として[[ホテル]]などのロビーで使用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[近代オリンピック|オリンピック]]はじめ様々な大会やコンクールなどは金、銀に次ぐ3位の色としても知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年現在、[[中国]]の[[北京オリンピック]]に向けた[[インフラストラクチャー|インフラ]]整備に伴う需要増により、国際的な価格高騰を起こしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
銅は[[先史時代]]から使われてきた金属である。銅と[[錫]]の[[鉱石]]は混在することから、[[メソポタミア]]では紀元前3500年頃から銅に錫が混ざった[[青銅]]で道具を作るようになった。青銅器は[[エジプト]]、[[中国]]（[[殷]]王朝）などでも使われるようになり、世界各地で[[青銅器時代|青銅器文明]]が花ひらいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
耐食性の高さなどから 古来[[お金|貨幣]]の材料としても利用されてきた（[[銅貨]]）。日本の硬貨では[[五円硬貨|5円玉]]が[[黄銅]]製、[[十円硬貨|10円玉]]が青銅製、[[五十円硬貨|50円玉]]、[[百円硬貨|100円玉]]（昔は[[銀]]がはいっていたが、現在は入っていない）、旧[[五百円硬貨|500円玉]]が[[白銅]]、新500円玉が[[ニッケル黄銅]]という銅の合金である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[西洋占星術]]など神秘主義哲学では、[[金星]]を象徴する金属とされた。これは、銅の産地として知られていたキプロスが、金星の守護神とされる[[アプロディテ]]の聖地でもあったことに由来する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産地 ==&lt;br /&gt;
{{Main|銅山}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銅鉱石の生産は世界全体で1510万トン（2005年現在）である。その内訳は[[チリ]]が35.2%と大半を占め、以下[[アメリカ合衆国|米国]]7.5%、[[インドネシア]]7.1%、[[ペルー]]6.7%、[[オーストラリア]]6.1%、[[中国]]5.0%、[[ロシア]]4.6%と続く。かつて日本は[[足尾銅山]]、[[別子銅山]]、[[日立銅山]]等の大[[鉱山]]をかかえ輸出国であったが現在はこれらは全て廃鉱となり100%輸入に頼っている状態である。&amp;lt;!--福舟鉱山が操業中?--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 銅鉱石 ===&lt;br /&gt;
銅鉱石を構成する[[鉱石鉱物]]には、次のようなものがある。&lt;br /&gt;
* [[自然銅]] - Cu&lt;br /&gt;
* [[輝銅鉱]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;S&lt;br /&gt;
* [[斑銅鉱]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;5&amp;lt;/sub&amp;gt;FeS&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[銅藍]]（コベリン） - CuS&lt;br /&gt;
* [[黄銅鉱]] - CuFeS&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[硫砒銅鉱]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;AsS&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[安四面銅鉱]] - (Cu,Fe,Zn)&amp;lt;sub&amp;gt;12&amp;lt;/sub&amp;gt;Sb&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;S&amp;lt;sub&amp;gt;13&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[赤銅鉱]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O&lt;br /&gt;
* [[黒銅鉱]] - CuO&lt;br /&gt;
* [[藍銅鉱]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;(CO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;){{sub|2&amp;lt;/sub&amp;gt;(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[孔雀石]] - Cu&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;(CO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;)(OH)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 製錬 ==&lt;br /&gt;
銅鉱山で得られた[[黄銅鉱]]（主成分CuFeS&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;）に[[コークス]]のほか[[融剤]]として[[石灰石]]と[[珪砂|ケイ砂]]を加えて溶錬炉で溶融し、鉄分を除く。銅分は'''銅マット'''や'''銅鈹'''（どうかわ。銅精製への中間製品。[[硫化銅]]と[[硫化鉄]]の化合物から成る）の形で濃縮される。同時に生じる鉄分はケイ砂によって取り除かれる。また、ケイ砂と石灰石から[[ケイ酸カルシウム]]が生成し、これが融剤として銅の融点を下げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:&amp;lt;math&amp;gt;\rm 4CuFeS_2 + 9O_2 \longrightarrow 2Cu_2S + 2Fe_2O_3 + 6SO_2&amp;lt;/math&amp;gt;&lt;br /&gt;
:&amp;lt;math&amp;gt;\rm 2Fe_2O_3 + C + 4SiO_2 \longrightarrow  4FeSiO_3 + CO_2&amp;lt;/math&amp;gt;&lt;br /&gt;
:&amp;lt;math&amp;gt;\rm SiO_2 + CaCO_3 \longrightarrow CaSiO_3 + CO_2&amp;lt;/math&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、銅マットを[[転炉]]に入れて、空気を吹き込んで不純物（[[硫黄]]、鉄など）を酸化除去し、粗銅（銅含有率は約98%）を精錬する。このとき2000℃を越える高温になり、還元される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:&amp;lt;math&amp;gt;\rm Cu_2S + O_2 \longrightarrow 2Cu + SO_2&amp;lt;/math&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いかなる金属元素も高温にすれば還元されるのは、酸素､硫黄は気体となり粒子数が増大する方向に平衡が移動するからである。&lt;br /&gt;
その後、粗銅は[[電解精錬]]によって、99.99%以上の純銅に精製される。電解精錬によって得られた銅は'''電気銅'''とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 用途 ==&lt;br /&gt;
前述のとおり、銅は[[古代]]から[[人類]]とのかかわりが大きく、現代でも鉄に次ぐ最も重要な金属材料といえる。現在、銅の用途の大部分は工業をはじめあらゆる分野においての[[電気器具]]の[[配線]]、部品、[[回路]]などにある。これは銅が他の金属とくらべ高い[[電気伝導性]]を持つことと、銅以上の電気伝導性を持つ物質（[[銀]]など）と比べた際に[[コスト]]が格段に安いことから使われている。また、他の金属の電気伝導性をはかる[[国際基準]]としても使われる。銅は、銅線や銅版などの形で身近に見ることができる数少ない単体金属である。帆船の船底銅包板としてフナクイムシから船体をまもる為に使われた時期もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合金の用途も広い。[[貨幣]]に使われる[[白銅]]は[[ニッケル]]との合金であり、[[アルミ]]との合金の[[アルミ銅]]は[[延性]]に富んだ黄金色であるため[[金箔]]の代わりとして使われるなどしている。銅と[[亜鉛]]を合金させたものを一般に[[黄銅]]とよび、亜鉛の含有率を変化させることで、連続的に色彩が変化し[[融点]]が低下する。[[金管楽器]]や[[仏具]]などに使われる[[真鍮]]は黄銅の一つである。真鍮は錆びにくく、色が黄金色で美しいことから[[模造金]]や[[装飾具]]などとしてもよく見かける金属である。古代から[[武器]]や通貨などとして用いられた[[青銅]]は[[スズ]]と銅の合金であり、現在でもブロンズ像など、[[彫刻]]の材料である。しかし、最近では「青銅」という呼び名は変化してきており、一定以上のスズを含んでいるその他の銅合金や青銅と似たような色や[[結晶構造]]をもつような[[鋳造]]用合金の総称としても用いられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
青銅や黄銅と呼ばれる銅合金で代表的なものには、[[光輝黄銅]]・[[工業用青銅]]・[[赤色黄銅]]・[[ジュエリー青銅]]・[[低濃度黄銅]]・[[カートリッジ黄銅]]・[[黄色黄銅]]・[[ムンツメタル]]・[[鉛黄銅]]・[[リン青銅]]・[[シリコン青銅]]・[[アルミニウム青銅]]・[[洋白|洋銀（洋白）]]・[[キュブロニッケル]]などがあり、その性質は様々で利用分野においても簡単に分別できないほど多岐にわたっている。&lt;br /&gt;
また、主な工業用の合金として、[[高純度銅合金]]や[[純銅]]と呼ばれる極めて高い[[純度]]の銅にごくわずかな添加物を加えた合金がある。代表的な高純度銅合金には[[カドミウム銅]]・[[クロム銅]]・[[テリウム銅]]・[[ベリリウム銅]]などがあり、工業的に用いられる純銅は[[電解タフピッチ銅]]・[[脱酸銅]]・[[無酸素銅]]・[[銀含有銅]]・[[ヒ素銅]]・[[快削銅]]などで、機械工業をはじめとした分野で利用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銅は[[化合物]]または[[触媒]]としても用途が広く、代表的な銅の化合物としては[[アセトヒ素銅]]・[[塩化銅]]・[[酢酸銅]]・[[酸化銅]]・[[シアン化銅]]・[[水酸化銅(II)]]・[[水素銅]][[ヨウ化銅]]・[[硫酸銅]]　などがあり、各種触媒や、[[防腐剤]]、[[殺虫剤]]、[[顔料]]などに用いられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な銅の化合物 ==&lt;br /&gt;
*[[硫化銅]] (CuS)&lt;br /&gt;
*[[塩化銅]](I) (CuCl)&lt;br /&gt;
*[[塩化銅]](II) (CuCl&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;)&lt;br /&gt;
*[[酸化銅(I)]] (Cu&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O)&lt;br /&gt;
*[[酸化銅(II)]] (CuO)&lt;br /&gt;
*[[硫酸銅]] (CuSO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銅の反応 ==&lt;br /&gt;
銅は[[イオン化傾向]]が小さいため[[塩酸]]や[[希硫酸]]といった酸とは反応しないが、[[硝酸]]や[[熱濃硫酸]]のような[[酸化力]]の強い酸とは反応する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*希硝酸との反応&lt;br /&gt;
:3Cu + 8HNO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt; → 3Cu(NO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt; + 4H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O + 2[[一酸化窒素|NO]]↑&lt;br /&gt;
*濃硝酸との反応&lt;br /&gt;
:Cu + 4HNO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt; → Cu(NO&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;)&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt; + 2H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O + 2[[二酸化窒素|NO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;]]↑&lt;br /&gt;
*熱濃硫酸との反応&lt;br /&gt;
:Cu + 2H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;SO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt; → CuSO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt; + 2H&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O + [[二酸化硫黄|SO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生体内での働きと毒性 ==&lt;br /&gt;
植物における銅の役割としては、生体内における数種類の[[酸化還元反応]]にかかわる[[酵素]]を活性化する働きや、[[光合成]]に必要な[[クロロフィル]]に銅が結合しており、クロロフィルの合成に銅が不可欠であるということが分かっている。しかし、クロロフィルの合成段階において銅がどのような役割を担っているのかなど詳しいことについてはまだわかっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[植物]]において銅が不足すると、黄白化、光合成能力の低下、[[種子]]の形成異常あるいは枯死などが起こる。しかし、銅が過剰に存在する場合にも同様に毒性を示すため注意が必要である。[[下等植物]]の生育や増殖に少量の銅が不可欠であることが知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
動物においても、前項にもあるが、銅は必須微量元素の一つであり、ヒト一人当たり100から150 mgの銅が含まれ主に[[骨]]や[[肝臓]]に存在する。銅の役割りとしては、[[ヘモグロビン]]を合成するために不可欠である元素であることが知られている。しかし、ヘモグロビンそのものには銅は存在しない。一方、[[節足動物]]や[[軟体動物]]において、ほ乳類のヘモグロビンに相当する酸素結合タンパク質である[[ヘモシアニン]]の活性中心は銅である。さらには、[[スーパーオキシドアニオン]]を消去する[[スーパーオキシドディスムターゼ]]、[[ミトコンドリア]]における[[呼吸鎖]]関連酵素の[[シトクロムcオキシダーゼ]]、[[コラーゲン]]合成に必須な[[モノアミンオキシダーゼ]]や[[リジルオキシダーゼ]]の活性中心である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銅が不足することでは、鉄の吸収量が低下し[[貧血]]となることや骨異常などが起こりうる。鉄吸収量減少の少なくとも一部は、[[トランスポーター]]が鉄を細胞に取り込む際に、銅による還元が必須であることに起因する。しかし、銅は要求量がそれほど多くなく、食品中に豊富に存在するためそのようなことはまれである。ただし、特に[[反芻動物]]は銅に対して敏感な性質を持つため、家畜などにおいては銅の不足により[[神経障害]]や貧血、下痢などが発生することがある。これは飼料に銅を含んだ[[ミネラル]]分を添加することで改善される。また、[[亜鉛]]の過剰摂取は小腸細胞において金属結合性タンパク質である[[メタロチオネイン]]が誘導され、銅がこのタンパク質にトラップされる結果、銅の摂取が阻害される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、銅は生物の代謝が正常に行われるうえで必須の元素であるが、同時に過剰供給されると、[[足尾銅山鉱毒事件]]に見られるように毒性を示す。例えば多くの[[動物]]にとって慢性的に過剰な銅の摂取は毒性であり、反芻動物では銅の過多により[[肝硬変]]や発育不全、[[黄疸]]、などが起こりうる。また[[無脊椎動物]]の多くは過剰供給となって代謝異常を起こす閾値が[[脊椎動物]]よりも低い。例えば水槽内で海産魚を飼育するときに魚病薬として硫酸銅の水溶液を少量飼育水に添加することがあるが、この処置をいったん行った水槽は、飼育水中に微量の銅イオンが溶け出すため、もはや海産無脊椎動物の飼育には不適当といわれている。植物にとっても銅イオンの過剰供給が毒性を示すことは同様であり、そのような環境下では銅イオン耐性の強い特殊な植物が繁茂する。例えば、[[寺社]]の銅屋根を伝った水が滴るような場所には銅イオン耐性の強い[[ホンモンジゴケ]]が優占することがよく知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 一日の所要量 ===&lt;br /&gt;
*成人男性　1.8mg&lt;br /&gt;
*成人女性　1.6mg&lt;br /&gt;
*許容上限摂取量　9mg&lt;br /&gt;
欠乏、過剰症はまれ。貧血・骨異常・脳障害等が欠乏症として知られている、過剰症は[[遺伝病]]である[[肝レンズ核変性症|ウィルソン病]]等極少数。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 枯渇問題 ==&lt;br /&gt;
銅は2040年頃に枯渇すると予測されている&amp;lt;ref&amp;gt;物質・材料研究機構 材料ラボによるレポート&amp;lt;/ref&amp;gt;。ただしこれは、採掘コストに見合った採掘が可能な銅鉱山が枯渇するという意味であり、地球の銅埋蔵量はまだ十分にあると考えられている。したがって採掘技術の進歩や、採掘が容易な銅鉱山の発見によってこの問題は回避される可能性もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このことを見越して現物の銅を買い占める業者が現れ始め、先物の思惑買いも入り銅の価格は徐々に上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Copper}}&lt;br /&gt;
*[[銅山]]&lt;br /&gt;
*[[黄銅]]（真鍮）&lt;br /&gt;
*[[青銅]]&lt;br /&gt;
*[[白銅]]&lt;br /&gt;
*[[緑青]]（銅の錆び）&lt;br /&gt;
*[[粗銅]]&lt;br /&gt;
*[[耐候鋼]]&lt;br /&gt;
*[[耐食合金]]&lt;br /&gt;
*[[非鉄金属]]&lt;br /&gt;
*[[硫酸銅]]（学校の教材）&lt;br /&gt;
*[[タフピッチ銅]]&lt;br /&gt;
*[[無酸素銅]]&lt;br /&gt;
*[[農用地の土壌の汚染防止等に関する法律]]&lt;br /&gt;
*[[足尾鉱毒事件]]&lt;br /&gt;
*[[ヘモシアニン]]&lt;br /&gt;
*[[三菱伸銅]]&lt;br /&gt;
*[[銅欠乏症]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.jogmec.go.jp/mric_web/index.html 金属資源情報センター]&lt;br /&gt;
*[http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail674.html 銅解説 -「健康食品」の安全性・有効性情報] （[[国立健康・栄養研究所]]）&lt;br /&gt;
*[http://hfnet.nih.go.jp/contents/indiv_agreement.html?582 銅 -「健康食品」の安全性・有効性情報] （国立健康・栄養研究所）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{元素周期表}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とう}}&lt;br /&gt;
[[Category:元素]]&lt;br /&gt;
[[Category:銅|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:銅の化合物|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:労働安全]]&lt;br /&gt;
[[Category:労働災害]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link FA|es}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Copper]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%A0&amp;diff=44751</id>
		<title>クロム</title>
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				<updated>2009-01-08T10:35:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: '{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width: 20em; float: right; margin-left: 0.5em; background: white; font-size: 95%&amp;quot; |- style=&amp;quot;background-color: white&amp;quot; | colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width: 20em; float: right; margin-left: 0.5em; background: white; font-size: 95%&amp;quot;&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: white&amp;quot;&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: center&amp;quot; |&lt;br /&gt;
{| &lt;br /&gt;
| || style=&amp;quot;border-style: none; text-align: center&amp;quot; | [[バナジウム]] - '''クロム''' - [[マンガン]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none; text-align: center; vertical-align: middle&amp;quot; | '''Cr'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[モリブデン|Mo]]&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none&amp;quot; | [[画像:Cr-TableImage.png|250px]]&amp;lt;div style=&amp;quot;text-align: right&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[周期表]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #ffc0c0&amp;quot; | 一般特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;width: 43%&amp;quot; | [[元素の名前順一覧|名称]], [[元素の記号順一覧|記号]], [[元素の番号順一覧|番号]] || クロム, Cr, 24&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[元素の分類|分類]] || [[遷移金属]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[元素の族|族]], [[元素の周期|周期]], [[元素のブロック|ブロック]] || [[第6族元素|6 (IVA)]], [[第4周期元素|4]] , [[dブロック元素|d]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[密度]], [[モース硬度|硬度]] || 7150 kg·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;, 8.5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 単体の[[色]] || style=&amp;quot;text-align: center&amp;quot; | 銀白色&amp;lt;br /&amp;gt;[[Image:Chrom 1.jpg|120px|クロム]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #ffc0c0&amp;quot; | 原子特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[原子量]] || 51.9961 [[原子質量単位|u]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[原子半径]] （計測値） || 140 (166) [[ピコメートル|pm]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[共有結合半径]] || 127 pm&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[ファンデルワールス半径|VDW半径]] || no data&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電子配置]] || &amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[アルゴン|Ar]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;3[[d軌道|d]]&amp;lt;sup&amp;gt;5&amp;lt;/sup&amp;gt; 4[[s軌道|s]]&amp;lt;sup&amp;gt;1&amp;lt;/sup&amp;gt; &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電子殻]] || 2, 8, 13, 1 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[酸化数]]（[[酸化物]]） || 2, '''3''', 4, 6 （[[酸化物|両性酸化物]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[結晶構造]] || [[体心立方構造]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background-color: #ffc0c0&amp;quot; | 物理特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[相]] || [[固体]] ([[反強磁性]])&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[融点]] || 2180 [[ケルビン|K]] &amp;lt;br/&amp;gt; (1907 [[摂氏|℃]], 3465 °[[華氏|F]])&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[沸点]] || 2944 K &amp;lt;br/&amp;gt;(2671 ℃, 4840 °F)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[モル体積]] || 7.23 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[気化熱]] || 339.5 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[融解熱]] || 21.0 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[蒸気圧]] || 990 [[パスカル|Pa]] (2180 K)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[音速|音の伝わる速さ]] || 5940 [[メートル毎秒|m/s]] (293.15 K)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #ffc0c0&amp;quot; | その他&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[クラーク数]] || 0.02[[パーセント|%]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[電気陰性度]] || 1.66 （[[ライナス・ポーリング|ポーリング]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[比熱容量]] || 450 J·kg&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[導電率]] || 7.74 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;6&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;-1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·[[オーム|Ω]]&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;-1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[熱伝導率]] || 93.9 W·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;6&amp;quot; | [[イオン化エネルギー]] || 第1: 652.9kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第2: 1590.6 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第3: 2987 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第4: 4743 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第5: 6702 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| 第6: 8744.9 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;-1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #ffc0c0&amp;quot; | （比較的）安定同位体&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width: 98%; margin: 0; background: white&amp;quot; &lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;font-size: 85%; text-align: center; font-weight: bold&amp;quot;&lt;br /&gt;
| [[同位体]] || [[天然存在比|NA]] || [[半減期]] || [[崩壊モード|DM]] || [[崩壊エネルギー|DE]]/[[メガ|M]][[電子ボルト|eV]] || [[崩壊生成物|DP]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;50&amp;lt;/sup&amp;gt;Cr || 4.345% || 1.8×10&amp;lt;sup&amp;gt;17&amp;lt;/sup&amp;gt; [[年]] || [[二重電子捕獲|&amp;amp;epsilon;&amp;amp;epsilon;]] || &amp;amp;nbsp; || [[チタン|&amp;lt;sup&amp;gt;50&amp;lt;/sup&amp;gt;Ti]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;51&amp;lt;/sup&amp;gt;Cr || [[放射性同位体|{syn.}]] || 27.7 [[日]] || &amp;amp;epsilon;&amp;lt;br/&amp;gt;[[ガンマ崩壊|γ]] || &amp;amp;nbsp;&amp;lt;br /&amp;gt;0.320 || [[バナジウム|&amp;lt;sup&amp;gt;51&amp;lt;/sup&amp;gt;V]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;52&amp;lt;/sup&amp;gt;Cr || ''' 83.789% ''' || colspan=&amp;quot;4&amp;quot; | [[中性子]]28個で[[安定同位体|安定]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;53&amp;lt;/sup&amp;gt;Cr || 9.501% || colspan=&amp;quot;4&amp;quot; | 中性子29個で安定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &amp;lt;sup&amp;gt;54&amp;lt;/sup&amp;gt;Cr || 2.365 || colspan=&amp;quot;4&amp;quot; | 中性子30個で安定&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background: #ffc0c0; font-size: 85%&amp;quot; | 注記がない限り[[国際単位系]]使用及び[[標準状態]]下。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''クロム'''（[[ラテン語|羅]]''Chromium'' [[英語|英]]''Chromium''）は[[原子番号]] 24 の[[元素]]。[[元素記号]]は '''Cr'''。[[クロム族元素]]の一つ。銀白色の[[金属]]で、硬く、[[融点]]は[[摂氏]]1903度、[[沸点]]は摂氏2200度（他に融点に関しては1857℃、沸点に関しては2670℃、2690℃という値がある）。常温、常圧で安定な[[結晶構造]]は、[[体心立方構造]] (BCC)。表面はすぐさま酸化皮膜に覆われ[[不動態]]を形成するので[[錆|さび]]にくく、[[鉄]]の[[めっき]]によく用いられる（クロムめっき）。希[[塩酸]]、[[希硫酸]]には溶けるが、[[濃硝酸]]、[[王水]]など[[酸化]]力の強い[[酸]]には[[不動態]]をつくり[[反応]]しにくい。クロムに1%程度の[[マンガン]]を混ぜると[[反強磁性]]金属となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
[[1797年]]に[[フランス]]の[[ルイ＝ニコラ・ヴォークラン]]によって[[シベリア]]産の[[紅鉛鉱]](クロム酸鉛、PbCrO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;)から発見され、酸化状態によってさまざまな色を呈することから[[ギリシャ語]]のχρωμα(chrōma, 色)にちなんで命名された。ヴォークランはこの翌年（[[1798年]]）[[ルビー]]が赤いこと、[[エメラルド]]が緑色であることについて、クロムが[[不純物]]として入っているためであることを発見した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 用途 ==&lt;br /&gt;
金属としての利用は、光沢があること、固いこと、[[腐食|耐食性]]があることを利用するクロムめっきとしての用途が大きい。また、鉄と[[ニッケル]]と10.5%以上のクロムを含む[[合金]]([[フェロクロム]])は[[ステンレス鋼]]と呼ぶ。ステンレス鋼ではクロムが不動態皮膜を形成するため、ほとんど[[錆]]を生じないので[[車両]]や[[機械]]といった重工業製品から[[流し台]]、[[包丁]]などの[[台所|台所用品]]まで幅広い用途がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この金属は、[[日本]]国内において[[産業]]上重要性が高いものの、産出地に偏りがあり供給構造が脆弱である。日本では国内で消費する[[鉱物]][[資源]]の多くを他国からの[[輸入]]で支えている実情から、万一の国際情勢の急変に対する[[安全保障]]策として国内消費量の最低60[[日]]分を国家備蓄すると定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 必須元素としてのクロム ==&lt;br /&gt;
[[インスリン]]が体内で[[レセプター]]と結合するのを助ける働きをしている[[耐糖因子]]を構成する材料となる3価のクロムが体内で不足すると、糖代謝の異常が起こり[[糖尿病]]の発症に至る可能性があることが&amp;lt;!-- 最近の研究により ←いつ頃ですか? --&amp;gt;明らかにされている。この方面の研究によって、[[人間]]にとって必須の[[栄養素]]であることがわかってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一日の必要量は、50[[キログラム#分量・倍量単位|マイクログラム]]～200マイクログラム。クロムを多く含む[[食品]]は、[[酵母|ビール酵母]]、[[レバー (肝臓)|レバー]]、[[エビ]]、未精製の[[穀物|穀類]]、[[豆|豆類]]、[[キノコ|キノコ類]]、[[コショウ|黒胡椒]]などである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと、クロムは体内に吸収されにくいミネラルであるが、穀物を精製するとクロムが大幅に失われてしまう問題が存在する。[[小麦粉]]の場合、精白すると98%のクロムが失われ、[[米]]を精米すると92%のクロムが失われるとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== クロムの毒性 ==&lt;br /&gt;
クロム単体および3価のクロムには毒性が知られていない。ステンレスなどの工業製品として出回っている物の中に含まれているクロムは毒性を持たない。3価のクロムは人体の必須栄養素でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6価のクロム化合物は極めて[[毒|毒性]]が高い。かつては[[六価クロム|6価クロム]]をめっき用途として使うことが多かったが、[[土壌汚染]]を起こすなどでしばしば問題視され、使われなくなってきている。また、4価のクロム化合物は[[世界保健機関|WHO]]の下部機関'''IARC'''より[[発癌性]]があると(Type1)勧告されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== RoHS規制物質としてのクロム ==&lt;br /&gt;
EU-[[RoHS]]においては[[六価クロム|6価クロム]]の濃度を1000ppm以下に抑えること、中国版RoHSにおいては意図的添加、処理を対象としている。検出方法としてはジフェニルカルバジド法を用いる。これは6価クロムが1,5-ジフェニルカルボノヒドラジドと酸性溶液中で反応してクロム‐ジフェニルカルバゾン錯体を形成することを利用したもので、紫外可視分光光度計を用いて吸光度を測定し、濃度を求める。この際、共存元素（3価[[鉄]]、5価[[バナジウム]]、6価[[モリブデン]]）の影響を受けるので注意が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== クロムの化合物 ==&lt;br /&gt;
*[[酸化クロム]]…5種類が存在する。&lt;br /&gt;
*[[クロム酸カリウム]] (K&amp;lt;SUB&amp;gt;2&amp;lt;/SUB&amp;gt;CrO&amp;lt;SUB&amp;gt;4&amp;lt;/SUB&amp;gt;)…6価の化合物で、強力な[[酸化剤]]。劇物として扱われ、6価クロムによる汚染の際、問題になる事も多い。&lt;br /&gt;
*[[二クロム酸カリウム]] K&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;Cr&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;O&amp;lt;sub&amp;gt;7&amp;lt;/sub&amp;gt;…同じく、強力な酸化剤。&lt;br /&gt;
*[[三酸化クロム]] (CrO&amp;lt;SUB&amp;gt;3&amp;lt;/SUB&amp;gt;)&lt;br /&gt;
*[[クロム酸鉛]] (PbCrO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;)…紅鉛鉱として天然に産するほか、[[黄色]][[顔料]]・[[黄鉛]]（クロムイエロー）として使われる。&lt;br /&gt;
*[[クロム酸亜鉛]] (ZnCrO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;)…黄色顔料・[[ジンククロメート]]（亜鉛黄、ジンクイエロー）として使われる。&lt;br /&gt;
*[[クロム酸ストロンチウム]] (SrCrO&amp;lt;sub&amp;gt;4&amp;lt;/sub&amp;gt;)…黄色顔料・[[ストロンチウムクロメート]]（ストロンシャンイエロー、ストロンチウムイエロー）として使われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[クロム鋼]]&lt;br /&gt;
*[[クロムモリブデン鋼]]&lt;br /&gt;
*[[クロム鉄鉱]]&lt;br /&gt;
*[[耐候鋼]]&lt;br /&gt;
*[[耐熱鋼]]&lt;br /&gt;
*[[ニクロム]]&lt;br /&gt;
*[[ニッケル・クロム鋼]]&lt;br /&gt;
*[[ヴィリジアン]]&lt;br /&gt;
*[[オキサイド・オブ・クロミウム]]&lt;br /&gt;
*[[クロムグリーン]]&lt;br /&gt;
*[[クロムチタンイエロー]]&lt;br /&gt;
*[[ピーコック (顔料)|ピーコック]]&lt;br /&gt;
*[[クロムスズピンク]]&lt;br /&gt;
*BAC (Biologically Active Chromium)&lt;br /&gt;
*[[耐糖因子|GTF]] (Glucose Tolerance Factor)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail758.html クロム解説 -「健康食品」の安全性・有効性情報] （[[国立健康・栄養研究所]]）&lt;br /&gt;
*[http://hfnet.nih.go.jp/contents/indiv_agreement.html?34 クロム -「健康食品」の安全性・有効性情報] （国立健康・栄養研究所）&lt;br /&gt;
*[http://riodb02.ibase.aist.go.jp/geochemmap/zenkoku/japanCr.htm クロムの地球化学図]&lt;br /&gt;
{{元素周期表}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:くろむ}}&lt;br /&gt;
[[Category:元素]]&lt;br /&gt;
[[Category:クロム|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:クロムの化合物|*]] &lt;br /&gt;
[[en:Chromium]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Los688&amp;diff=43375</id>
		<title>Los688</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Los688&amp;diff=43375"/>
				<updated>2008-12-21T08:11:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''Los688'''（ロス688）は、[[ウィキペディア日本語版の管理者]]である。[[宮城県]]の[[被差別部落]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
投稿ブロックやリバートは迅速だが、それゆえにその乱発が目立つ。[[竹麦魚]]と同じくいつまで経っても会話ページの半保護を解除せず、何が良くて何が悪いのかの区別を付ける事の出来ない典型的チキン野郎。[[Wikimail]]経由で自身の行動に対する説明を求めても完全に黙殺する卑怯者。[[右翼]][[イデオロギー]]で凝り固まった典型的な[[ネット右翼]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
投稿記録を一見すると典型的な軍事オタクだが、実は某宗教信者でもあり、そのためか自民党政治家の批判を削除しまわっていたことがある。自分の信仰する宗教団体を擁護するRVを行ったことで有名。彼はCUでもないのに、利用者のアクセスログ及び書き込みログが照会できる地位にいる。それをプロバイダに売るのが彼の仕事である。カルト宗教にはまるこの管理者は一味も二味も異なり、臭いさえも異なる事からハエがたかって来るのだが実はそれさえもブロックしてさえいる。Wikipediaメーリングリストでも[[海獺]]と並んで批判が集中しているキチガイ管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ログインやログアウトのログも観察して、利用者を尾行するのが趣味というWikipedia上のスパイウェア。悪戯を差し戻すのならともかく、普通の投稿も観察し「誰がどの項目を書いたか」を日誌につけて[[今泉誠]]や[[岩瀬透]]に報告する[[ストーカー]]並みの性格と言って差し支えない。[[麻原彰晃]]の如く念仏を唱えてブロックを行い、それを「仏罰」と称しているのではないかとも推測され、こういうのが仏教にハメられた典型。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうしてストーカーの如き行為の下に得た個人情報、つまり「誰がどこを書いたか、どのような内容を書いたか」を[[闇業界]]に売り捌き、その利益を某宗教の他ウィキメディア財団に「お布施」する。これは日本語版のみならずどこの言語版でも行われている可能性が高い。その寄付金の額で「年単位靴下が買える」システムが機能していれば、正常な書き込みが即座にRVされても全くおかしくはない。本人には気の毒だと思うが、某宗教団体の宣伝をするような管理者はここまでスッパ抜かれて然るべき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
31歳で結婚するも程なく[[離婚]]。破局の原因は言うまでもなく、カルトへの傾倒と[[消費者金融]]からの[[借金]]だった。さらに軽度の[[知的障害]]があるため一般の利用者とのコミニュケーション能力に欠けトラブルが多く、全く[[迷惑]]な管理者としてその誉れは高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおLos688は[[アダルトビデオ]]マニアであり、[[AV女優]]の項目にある[[公式サイト]]を削除した[[良識派利用者]]に投稿ブロックをかけている。Los688は「AV女優と[[性行為|SEX]]したい」と妄想している」変態エロジジイである。このことからLos688は[[天海麗]]や[[吉沢明歩]]（ともに[[ウィキペディア日本語版]]の彼女らの項目において良識派利用者が除去した外部リンクをLos688によって復活させられた）を[[おかず]]にして[[オナニー]]していることが証明される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [[wiki:利用者:Los688]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ろす688}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアの管理者]]&lt;br /&gt;
[[Category:宮城県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B0%8F%E6%A3%AE_%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%BF&amp;diff=42516</id>
		<title>小森 まなみ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B0%8F%E6%A3%AE_%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%BF&amp;diff=42516"/>
				<updated>2008-11-22T16:31:51Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 小森まなみへのリダイレクト&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[小森まなみ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%A2%A8%E9%87%8E%E8%88%9E%E5%AD%90&amp;diff=42515</id>
		<title>風野舞子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E9%A2%A8%E9%87%8E%E8%88%9E%E5%AD%90&amp;diff=42515"/>
				<updated>2008-11-22T16:29:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''風野 舞子'''（かざの まいこ、[[1981年]][[2月3日]] - ）は、元[[グラビアアイドル]]。[[東京都]]出身（[[埼玉県]]出身という説もある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
デビュー当時の芸名は、'''結城 つばさ'''。いわゆる[[お菓子系アイドル]]出身で、[[グラビア]]やオリジナルビデオなどで活躍した。お菓子系時代は「超V.I.P.」に出演したりするなどお菓子系アイドルの枠を越えて人気を集めたが、所属事務所の力が弱いため[[ヌード写真|ヌード]]にならざるを得なかった。その後も、[[周防郁雄]]が率いる[[バーニングプロダクション]]による圧力もあって、メジャーなメディアに出演できなかった。[[2004年]][[9月]]いっぱいで芸能界を[[引退]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月11日]]に[[写真集]]の発売を記念してヌード撮影会が行われたが、これは一時的な復帰である。2007年8月に復活イメージDVDが発売された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== イメージビデオ ==&lt;br /&gt;
*クレープビデオ - 結城つばさ名義（1998年9月、[[バウハウス (出版)|バウハウス]]）&lt;br /&gt;
*美少女ソナタ第6番　道草（2000年9月、バウハウス）&lt;br /&gt;
*美少女ソナタスペシャル（2001年2月、バウハウス）&lt;br /&gt;
*純情～スキトオルカゼ～（2001年5月、バウハウス）&lt;br /&gt;
*微熱～コイノユクエ～（2001年10月、バウハウス）&lt;br /&gt;
*恋する少女（2002年2月、バウハウス）&lt;br /&gt;
*秘密（2002年7月、[[竹書房]]）&lt;br /&gt;
*舞風（2003年2月、[[コンマビジョン]]）&lt;br /&gt;
*風野舞子 かざのまいこ（2003年6月、コンマビジョン）&lt;br /&gt;
*Venus Alive 風野舞子（2007年8月、QH映像）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
*[[土曜ワイド劇場]] [[混浴露天風呂連続殺人]]（2003年12月20日、[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オリジナルビデオ ===&lt;br /&gt;
*[[まいっちんぐマチコ先生]] LET'S臨海学校（2003年9月、TMC）&lt;br /&gt;
*極道刑事（2003年12月、TMC）&lt;br /&gt;
*新・くノ一忍法伝 灼熱の乱舞（2004年7月、ENGEL）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベント・舞台 ===&lt;br /&gt;
*ビデオ、DVD「秘密」発売記念イベント　2002年8月24日　秋葉原石丸電気パソコンタワーにて&lt;br /&gt;
*ミュージカル　「トランスルーセント・ベイビー」 出演　2002年8月28日～9月1日　六行会ホールにて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 写真集 ==&lt;br /&gt;
*「四季の花火」 結城つばさ名義　撮影・井上一真 / 1998年6月　[[バウハウス]]&lt;br /&gt;
*「A BABY DOLL」 撮影・馬場ひろし / 2001年2月　バウハウス&lt;br /&gt;
*「TENNYO 8」 撮影・宮澤正明 / 2001年6月　[[英知出版]]&lt;br /&gt;
*「MEMORIES」 撮影・吉田裕之 / 2001年10月　英知出版&lt;br /&gt;
*「月桃」 撮影・[[加納典明]] / 2002年2月　[[竹書房]]&lt;br /&gt;
*「らぶぱら記念日（メモリアル）」 撮影・槙原進 / 2002年4月　竹書房&lt;br /&gt;
*「XTC（エクスタシー）」 撮影・中村誠作・ばくはつ五郎・吉田裕之・丸山裕・馬場ひろし・田村浩章 / 2002年8月　英知出版&lt;br /&gt;
*「diva vol.01」 撮影・田村浩章 / 2002年10月　[[マイウェイ出版]]&lt;br /&gt;
*「ラブコメ！」 撮影・安藤青太 / 2003年3月　[[三和出版]]&lt;br /&gt;
*「KARAMI Special edition 風野舞子」　撮影・安藤青太 / 2003年4月　三和出版&lt;br /&gt;
*「風野舞子」　撮影・安藤青太 / 2007年2月　[[リトル・モア]]…引退直前の2004年9月に撮影&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
*ウェブサイトなどで時々[[AV女優]]としているものがあるが、AV出演歴はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.qh-eizo.com/ QH映像]&lt;br /&gt;
*[http://www.qh-eizo.com/products/entry/000001.html Venus Alive 風野舞子]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かさのまいこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアダルトモデル]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:お菓子系アイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:1981年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E8%90%8C%E5%AD%90&amp;diff=42061</id>
		<title>松下萌子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E8%90%8C%E5%AD%90&amp;diff=42061"/>
				<updated>2008-11-09T03:16:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''松下 萌子'''（まつした もえこ、[[1982年]][[12月19日]] - ）は[[日本]]の[[歌手]]、[[俳優|女優]]、[[タレント]]。[[兵庫県]][[神戸市]][[垂水区]]出身。[[オスカープロモーション]]所属。レコードレーベルは[[avex trax]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[1997年]]、第7回[[全日本国民的美少女コンテスト]]でマルチメディア賞受賞。3年余りのレッスンを経て、[[2001年]]にシングル『夏色』で歌手デビュー。4枚目のシングル『[[卒業 (斉藤由貴)|卒業]]』は[[斉藤由貴]]のデビューシングルの、5枚目のシングル『[[雨 (森高千里)|雨]]』は[[森高千里]]の10枚目のシングルのカヴァーということで話題になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]][[10月10日]]から放送された『ヤンキー母校に帰る』で女優デビュー。同年[[11月27日]]に発売されたファースト写真集『MOECO』では最初で最後の[[水着]]姿を披露し、多くの男性ファンのハートをつかんだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]現在、歌手としてはライヴを中心に活動している。女優としては[[2004年]][[9月27日]]から放送された『愛のソレア』で[[下着]]姿を披露したが、肌の露出が少なく今までの清楚なイメージを崩さなかったため、ファンを一安心させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年[[6月25日]]には[[東京都]][[中野区]]の映画館・[[ポレポレ東中野]]で公開された『誰が心にも龍は眠る』で[[映画]]デビューし、[[2006年]][[7月22日]]から[[7月30日]]まで東京・[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]の[[三越劇場]]で公演される『眠れる森の美女』で[[演劇|舞台]]デビューする等、活動の場を広げている。彼女の演技は新進気鋭の映画監督等から評価されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
芸能活動の傍ら[[ファッション]][[ブランド]]『Some Moan Love』のデザインも手がけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音楽 ==&lt;br /&gt;
=== シングル ===&lt;br /&gt;
*夏色（2001年[[6月13日]]）作詞：[[田辺智沙]]　作曲：[[bice]]　編曲：[[有賀啓雄]]&lt;br /&gt;
:c/w　A Place In The Sun　作詞：[[久世まりあ]]　作曲：[[松原憲]]　編曲：[[鈴木俊介]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*雨あがり（2001年[[8月29日]]）作詞：田辺智沙　作曲：[[原一博]]　編曲：[[小西貴雄]]&lt;br /&gt;
:c/w　Sunflower　作詞：田辺智沙　作曲：[[林哲司]]　編曲：小西貴雄&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*HELLO（2001年[[11月21日]]）作詞：[[中山加奈子]]・[[岸谷香]]　作曲：岸谷香　編曲：小西貴雄&lt;br /&gt;
:c/w　BREAK THROUGH　作詞・作曲：[[障子久美]]　編曲：小西貴雄&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*卒業（[[2002年]][[2月14日]]）作詞：[[松本隆]]　作曲：[[筒美京平]]　編曲：小西貴雄&lt;br /&gt;
:c/w　still...　作詞：moeco　作曲・編曲：bice　ストリングスアレンジ：[[木田俊介]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[雨 (森高千里)|雨]]（2003年[[1月8日]]）作詞：[[森高千里]]　作曲：[[松浦誠二]]　編曲：[[岩戸崇]]&lt;br /&gt;
:c/w　Summer Breeze　作詞：[[川村サイコ]]　作曲：[[TSUKASA (作曲家)|TSUKASA]]　編曲：[[上杉洋史]]　&lt;br /&gt;
:c/w　ド・キ・ド・キ～自転車に乗って～　作詞：moeco　作曲・編曲：[[黒沢秀樹]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD ===&lt;br /&gt;
*Moeco TV（2002年[[3月13日]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== テレビ ===&lt;br /&gt;
*[[NBAまにあ]]（2001年[[10月]]-2002年[[7月]]　[[東京放送|TBSテレビ]]　メインパーソナリティレギュラー）&lt;br /&gt;
*BEAT BOX!!（2002年[[1月]] - [[3月]]　[[東京メトロポリタンテレビジョン|MXテレビ]]　月・水レギュラー）&lt;br /&gt;
*[[お宝映像クイズ 見ればナットク!]]（2003年　[[日本放送協会|NHK総合テレビ]]　ゲストパネラー）&lt;br /&gt;
*[[ヤンキー母校に帰る]]（2003年10月-[[12月]]　TBSテレビ　手塚真弓役）&lt;br /&gt;
*[[美少女戦士セーラームーン (テレビドラマ)|美少女戦士セーラームーン]]（実写　2004年　[[中部日本放送|CBCテレビ]]　日下陽菜役　ゲスト出演）&lt;br /&gt;
*[[愛のソレア]]（2004年[[9月]]-12月　[[東海テレビ放送|東海テレビ]]　田所凛子役　出演は[[10月21日]]まで）&lt;br /&gt;
*[[産隆大學應援團]]（2005年[[2月16日]]　[[フジテレビジョン|フジテレビ]]・[[ディビジョン1]]　笹本純子役　ゲスト出演）&lt;br /&gt;
*[[湯けむりウォーズ～女将になります～]]（2005年[[4月19日]]、[[5月16日]]　TBSテレビ　川村直子役　第31話と第35話にゲスト出演）&lt;br /&gt;
*佐藤4姉妹（2005年[[5月]]　[[ビーエス・アイ|BS-i]]　西川典子役　全4話）&lt;br /&gt;
*逆送致　東京地検検事・山村伝次郎（2006年春　フジテレビ　東山瞳役）&lt;br /&gt;
*12の星座の物語　4月・牡牛座（2006年[[4月]]　[[西日本放送]]　主演）&lt;br /&gt;
*[[土曜ワイド劇場]]　[[狩矢父娘シリーズ|山村美紗サスペンス]]　花の艶殺人事件（2006年[[4月8日]]　[[テレビ朝日]]　祇園のホステス役）&lt;br /&gt;
*[[水曜ミステリー9]]　新米事件記者・三咲2（2006年[[5月17日]]　[[テレビ東京]]　青木リナ役）&lt;br /&gt;
*[[弁護士のくず]]（2006年[[5月18日]]　TBSテレビ　水原理沙役　第6話にゲスト出演）&lt;br /&gt;
*[[アンナさんのおまめ]]（2006年[[12月1日]]　テレビ朝日　宝部さやか役　第8話にゲスト出演）&lt;br /&gt;
*僕と彼女の間の北緯38度線（[[2007年]][[3月31日]]　[[関西テレビ放送|関西テレビ]]　崔花未役）&lt;br /&gt;
*[[学問ノススメ]]（2007年4月-6月　[[朝日放送]]　[[ABC土曜深夜ドラマ]]　五十嵐玲子役）&lt;br /&gt;
*[[相棒]]Season6 第6話（2007年[[11月28日]]、テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[安宅家の人々]]（2008年1月-、東海テレビ　池田マリ役　第17話より出演）&lt;br /&gt;
*[[ホームドラマチャンネル]]　放送開始10周年記念番組　虹への手紙（2008年8月、[[衛星劇場 (企業)|衛星劇場]]　第6話にゲスト出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*誰が心にも龍は眠る（2005年6月25日公開、脚本／監督・[[堀江慶]]　相澤知恵役）&lt;br /&gt;
*[[嫌われ松子の一生 (映画)|嫌われ松子の一生]]（2006年[[6月]]公開、原作・[[山田宗樹]]、脚本／監督・[[中島哲也]]　小野寺の女役）&lt;br /&gt;
*真夜中の少女たち～＜第1話 シブヤドロップス＞（2006年[[8月]]公開、トモコ役）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞台 ===&lt;br /&gt;
*[[眠れる森の美女]]（三越劇場での公演は2006年7月22日-7月30日、地方公演は2006年[[8月5日]] - [[9月18日]]、2007年[[7月26日]] - [[9月27日]]　ヒロインの王女役）&lt;br /&gt;
*クロスセンス（[[ル・テアトル銀座]] 2007年[[1月27日]]、[[1月28日]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*TBS『RIDE ON MUSIC内&amp;quot;NEXT TRACKS・MOECO club&amp;quot;』レギュラー（2001年7月-9月）&lt;br /&gt;
*全国7局ネット『松下萌子のもえっCOクラブ』（2001年10月-2003年3月）&lt;br /&gt;
*TFM・JFN系全国33局ネット　[[ラジオ黄金時代]]・[[しんドル|しんドルパーラー]]内 『松下萌子のパイン・アラモード』（2002年1月-[[6月]]）&lt;br /&gt;
*CSデジタル音楽放送『[[J's Journal|松下萌子・根食真実のJ's JOURNAL]]』（2005年4月-2006年9月 [[J-WAVE]]製作だが、原則としてJ-WAVEでは聞けず、[[USEN]]やJ-WAVEの放送をネットしている一部の[[コミュニティ放送局]]で聴くことができた。[[根食真実]]とパーソナリティを務めた）&lt;br /&gt;
*地元神戸の放送局[[ラジオ関西]]の2006年7月リスナーズウィークのキャンペーン隊長でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM・広告 ===&lt;br /&gt;
*オタフク焼きそばソース（2001年7月）&lt;br /&gt;
*長沼静きもの学院 イメージキャラクター（2003年1月）&lt;br /&gt;
*みたままつり イメージキャラクター（2003年7月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍・雑誌 ==&lt;br /&gt;
=== 写真集 ===&lt;br /&gt;
*松下萌子ファースト写真集 MOECO （2003年、[[ワニブックス]]、撮影・[[木村晴]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 雑誌連載 ===&lt;br /&gt;
*[[MUSIQ?]]（[[アウト・オブ・ミュージック]]）連載コラム『moeco to you』（vol.1～vol.6まで連載、『MUSIQ?』に付いているDVDのMCもvol.1～vol.6まで務めていた。なおコラムのみvol.10より再開）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://moecopage.seesaa.net/ moeco*page] - 松下萌子オフィシャルブログ&lt;br /&gt;
*[http://www.avexnet.or.jp/moeco/ 松下萌子公式サイト]&lt;br /&gt;
*[http://www.oscarpro.co.jp/profile/matsushita/info.html オスカープロモーション内プロフィールページ]&lt;br /&gt;
*[http://www.j-wave.co.jp/contents/navigator/matsushita.htm J-WAVE内プロフィールページ]&lt;br /&gt;
*[http://k-tai.impress.co.jp/static/column/oscar/2002/06/10/ あなたのケータイ見せてください　第1回　ゲスト：松下萌子]&lt;br /&gt;
*[http://k-tai.impress.co.jp/static/column/oscar/2003/02/21/ あなたのケータイ見せてください　第5回　ゲスト：松下萌子]&lt;br /&gt;
*[http://www.yukan-fuji.com/archives/2005/06/post_2605.html 夕刊フジBLOG　脱少女、松下萌子]&lt;br /&gt;
*[http://www.sonymagazines.jp/digi/game/girl/girl0105/ Girls on the Web FILE No.69　松下萌子]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b1206_B070626.jpg 松下萌子の画像1]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b0105msm_A061125.jpg 松下萌子の画像2]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b1206_B070426.jpg 松下萌子の画像3]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b1231msm_2000070417.jpg 松下萌子の画像4]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b1030_B070820.jpg 松下萌子の画像5]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/b1212_A070123.jpg 松下萌子の画像6]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/bM070220.jpg 松下萌子の画像7]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/bM070106.jpg 松下萌子の画像8]&lt;br /&gt;
*[http://14.dtiblog.com/i/idoltubez/file/bp48.jpg 松下萌子の画像9]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まつしたもえこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:1982年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の歌手]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:神戸市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:オスカープロモーション]]&lt;br /&gt;
[[Category:エイベックス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Moeko Matsushita]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%BC&amp;diff=39328</id>
		<title>チョマトー</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''チョマトー'''は、北海道帯広市にある沼である。アイヌ民族の聖地とされる。'''チョマト沼'''・'''チョチョマ沼'''と...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''チョマトー'''は、[[北海道]][[帯広市]]にある沼である。[[アイヌ民族]]の[[聖地]]とされる。'''チョマト沼'''・'''チョチョマ沼'''とも。語源は[[アイヌ語]]の「チ・ホマ（害を受けるの意）」と沼を意味する「トウ」から構成される（従って、”チョマト沼”は沼が重複している）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アイヌ古戦場伝説 ==&lt;br /&gt;
1800年頃（或いはそれ以前）に[[北見国|北見]]アイヌ(一説には[[日高国|日高]]アイヌ。以下同じ。)が宝物や美女を獲得すべく[[十勝国|十勝]]アイヌの[[コタン]]を攻撃した。当初は劣勢に立たされていた十勝アイヌが神に祈りを捧げると状況は変わり、北見アイヌはチョマトに退避する。北見アイヌはそこで[[水鳥]]を捕獲して空腹を満たしていると、十勝アイヌに包囲されており、逃げ場を失った北見アイヌは沼に飛び込んだ。沼が赤く見えるのはその時の戦士達の血が多く流れたからだという。その為『'''血で染まった沼チョマト-'''』とも云われ、漢字では「血妖魔沼」と表記し、「血妖魔沼戦没者慰霊碑」が建っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十勝地方に古くから伝わる伝説の中でも登場する史蹟が現存するのは数少なく、伝説の信憑性に疑義が唱えられてはいるが歴史的価値は高いと評価されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伝説の信憑性が疑われる理由の一つに、アイヌ民族の長老達は沼の事を「トウカムイ（神のいる沼）」と呼んでいる為、神聖な沼に戦士達が飛び込むとは考え難いという。同地では古くからアイヌ民族による慰霊祭が行われていたが、一時期中断し[[1973年]]に42年ぶりに実施された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沼の埋立 ==&lt;br /&gt;
従来から水質汚染等による蚊の発生や隣接する[[市町村道|市道]]が大きく湾曲している事等から隣接市道の直線化が議論されていたが、近年議論が再燃し市道の直線化議論が起こり一部住民の反対もある中沼の一部埋立を含む工事が2004年5月に開始された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[日本の湖沼一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ちよまと}}&lt;br /&gt;
[[Category:北海道の地理]]&lt;br /&gt;
[[Category:北海道の自然景勝地]]&lt;br /&gt;
[[Category:帯広市]]&lt;br /&gt;
[[Category:アイヌ]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の湖]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の沼]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B8%AF%E5%BA%83%E5%B8%82%E6%B6%88%E9%98%B2%E6%9C%AC%E9%83%A8&amp;diff=39327</id>
		<title>帯広市消防本部</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''帯広市消防本部'''（おびひろししょうぼうほんぶ）は、北海道帯広市の消防部局（消防本部）。  == 沿革 == *1950年4月1...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''帯広市消防本部'''（おびひろししょうぼうほんぶ）は、[[北海道]][[帯広市]]の消防部局（[[消防本部]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
*[[1950年]]4月1日　'''帯広市消防本部'''を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1952年]]7月1日　'''帯広市消防署'''を開設する。大通分遣所を鉄南出張所に改称する。&lt;br /&gt;
*[[1960年]]9月1日　緑ケ丘出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1963年]]11月6日　消防庁舎を新築する。&lt;br /&gt;
*[[1964年]]4月10日　救急業務を開始する。&lt;br /&gt;
*[[1969年]]1月10日　西出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1970年]]5月10日　救急車のサイレンを電子音（ピーポーサイレン）に取り替える。&lt;br /&gt;
*[[1971年]]12月1日　大空出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]4月1日　大正分遣所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1977年]]12月15日　南出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1979年]]2月1日　帯広市消防音楽隊が発足する。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]12月21日　大正分遣所が大正出張所に昇格する。&lt;br /&gt;
*[[1981年]]2月25日　大正出張所で救急業務を開始する。&lt;br /&gt;
*1981年3月1日　大正出張所空港詰所を開設する。&lt;br /&gt;
*1981年12月21日　東出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1985年]]4月1日　南出張所で救急業務を開始する。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]7月1日　大正出張所空港詰所を廃止する。&lt;br /&gt;
*[[1993年]]12月27日　森の里出張所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]3月1日　[[高規格救急車]]の運用を開始する。&lt;br /&gt;
*1995年11月1日　森の里出張所で救急業務を開始する。&lt;br /&gt;
*[[1999年]]7月19日　消防庁舎を新築し現在地に移転する。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]4月7日　鉄南出張所で救急業務を開始する。&lt;br /&gt;
*[[2001年]]4月1日　帯広市消防音楽隊を廃止する。&lt;br /&gt;
*2001年10月1日　川西分遣所を開設する。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]9月1日　消防本部Webサイトを開設する。&lt;br /&gt;
*[[2008年]]4月1日　南出張所と大空出張所を統合し（新）南出張所を開設する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 組織 ==&lt;br /&gt;
*本部&lt;br /&gt;
**総務課－総務係、消防団係&lt;br /&gt;
**消防課－消防係、予防係、火災原因調査担当&lt;br /&gt;
**通信課－通信第1係、通信第2係、通信第3係、通信第4係&lt;br /&gt;
*消防署&lt;br /&gt;
**警防課－管理1係、管理2係、警防1係、警防2係&lt;br /&gt;
**救急課－救急1係、救急2係&lt;br /&gt;
**よぼう普及課－よぼう普及1係、よぼう普及2係&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主力機械 ==&lt;br /&gt;
2007年12月31日現在&lt;br /&gt;
*水槽付消防ポンプ車：8&lt;br /&gt;
*消防ポンプ車：1&lt;br /&gt;
*はしご車：1&lt;br /&gt;
*屈折はしご車：1&lt;br /&gt;
*化学車：2&lt;br /&gt;
*救助工作車：1&lt;br /&gt;
*救急車：6&lt;br /&gt;
*その他：10&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 消防署 ==&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;10&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-align=center&lt;br /&gt;
!bgcolor=#cccccc|消防署&lt;br /&gt;
!住所&lt;br /&gt;
!出張所&lt;br /&gt;
!分遣所&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|bgcolor=#cccccc|帯広市消防署&lt;br /&gt;
|西6条南6丁目3-1&lt;br /&gt;
|緑ケ丘：緑ケ丘東通西1&amp;lt;br /&amp;gt;西：西19条北1丁目6-5&amp;lt;br /&amp;gt;東：東7条南11丁目1-3&amp;lt;br /&amp;gt;鉄南：大通南20丁目2&amp;lt;br /&amp;gt;南：西17条南41丁目5&amp;lt;br /&amp;gt;大正：大正本町西1条1丁目2-3&amp;lt;br /&amp;gt;森の里：西22条南4丁目1-3&lt;br /&gt;
|川西：清川町西2線128-10&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*平成19年版消防年報（帯広市消防本部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.obihiro.hokkaido.jp/hp/data/page000005300/hpg000005256.htm 帯広市消防本部]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おひひろししようほうほんふ}}&lt;br /&gt;
[[Category:消防本部]]&lt;br /&gt;
[[Category:帯広市|しようほうほんふ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B8%AF%E5%BB%A3%E7%A5%9E%E7%A4%BE&amp;diff=39326</id>
		<title>帯廣神社</title>
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				<updated>2008-09-10T09:52:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: 新しいページ: ''''帯廣神社'''（おびひろじんじゃ）は、北海道帯広市にある神社である。旧社格は県社。  大國魂神・[[大国...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''帯廣神社'''（おびひろじんじゃ）は、[[北海道]][[帯広市]]にある[[神社]]である。旧[[社格]]は[[県社]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[国魂|大國魂神]]・[[大国主|大那牟遲神]]・[[スクナビコナ|少彦名神]]を祀る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 由緒 ==&lt;br /&gt;
[[明治]]16年（[[1853年]]）、開拓団体「晩成社」が帯広に移住し、明治18年（[[1855年]]）ごろから祭祀を行っていた。明治23年に祠を建てて「帯廣神社」と称した。これが当社の起源ともされるが、帯廣神社側では、晩成社による神社と現在の帯廣神社との関係は不明としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治42年、現在地に新たに神社を創立することとなり、明治43年（[[1910年]]）に神社創立願が北海道庁に提出された。同年9月24日、札幌神社（現 [[北海道神宮]]）から分霊の勧請を受けた。明治44年5月に[[無格社]]に列し、[[大正]]7年（[[1918年]]）に[[郷社]]、[[昭和]]5年（[[1930年]]）に県社に昇格した。昭和51年（[[1976年]]）に[[神社本庁]]の[[別表神社]]に加列された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.obihirojinja.jp/ 帯廣神社]（公式サイト）&lt;br /&gt;
*[http://www.hokkaidojinjacho.jp/data/14/14001.html 帯廣神社]（北海道神社庁）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おひひろしんしや}}&lt;br /&gt;
[[Category:帯広市]]&lt;br /&gt;
[[category:北海道の神社]]&lt;br /&gt;
[[Category:府県社]]&lt;br /&gt;
[[Category:別表神社]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%B8%AF%E5%BA%83%E5%B8%82&amp;diff=39325</id>
		<title>帯広市</title>
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				<updated>2008-09-10T09:51:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;小西規勝: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{日本の市|&lt;br /&gt;
自治体名=帯広市|&lt;br /&gt;
地方=[[北海道地方]]|&lt;br /&gt;
都道府県=北海道|&lt;br /&gt;
支庁=[[十勝支庁]]|&lt;br /&gt;
コード=01207-6|&lt;br /&gt;
隣接自治体=[[芽室町]]、[[幕別町]]、[[音更町]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[更別村]]、[[中札内村]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[新冠町]]、[[平取町]]、[[日高町 (北海道)|日高町]]|&lt;br /&gt;
木=[[シラカバ]]|&lt;br /&gt;
花=[[クロユリ]]|&lt;br /&gt;
シンボル名=市の鳥|&lt;br /&gt;
鳥など=[[ヒバリ]]|&lt;br /&gt;
郵便番号=080-8670|&lt;br /&gt;
所在地=帯広市西5条南7丁目1番地&amp;lt;br&amp;gt;&amp;lt;center&amp;gt;[[画像:Obihiro city-office.jpg|200px|帯広市役所]]&amp;lt;/center&amp;gt;|&lt;br /&gt;
電話番号=0155-24-4111|&lt;br /&gt;
外部リンク=[http://www.city.obihiro.hokkaido.jp/ 帯広市]|&lt;br /&gt;
経度=東経143度11分59.96秒|&lt;br /&gt;
緯度=北緯42度55分16.99秒|&lt;br /&gt;
特記事項=人口は住民基本台帳による&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''帯広市'''（おびひろし）は、[[北海道 (地方公共団体)|北海道]][[十勝支庁]]管内にある[[市]]。[[十勝支庁]]所在地で、十勝地方の中心都市。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帯広の街は、官主導の[[屯田兵]]や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の[[依田勉三]]率いる[[晩成社]]一行が[[1883年]]（明治16年）5月に入植したのが開拓の始まりである。その後の開墾は冷害や虫害など苦難の連続であったが、[[1895年]]（明治28年）に北海道釧路集治監十勝分監（通称十勝監獄。現在の[[グリーンパーク]]一帯）が開設されると、受刑者によって大通が整備されていき、市街地が形成されていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつては十勝地方の農産物の集散地としていたが、自衛隊の旅団化に伴う人員削減や官公署の統廃合、民間事業所の集約に伴い人口の減少が続いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帯広の名の由来は、アイヌ語「オペレペレケプ」（川尻が幾つにも裂けている所）または「オベリベリ」（オペレペレケプの和人なまり）からといわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
東北海道西端の十勝平野のほぼ中央に位置する。市街は計画的に整備されており、帯広駅を中心に碁盤目状の区画が四方に広がるが、大通公園から北東、北西、南東、南西に対角線方向の道路（火防線）が設けられている。1891年（明治24年）北海道庁によって帯広を基点として帯広・十勝の植民地区画の設計を開始、翌1892年、帯広市街地の基礎となる壮大な碁盤目状の街区整備が行われたことにより開発は本格化する。900間四方を大画、参百間四方を中画、さらにこれらを六分割して小区画とした。これを入植者に1戸分として貸付する。最初から都市としての機能を備えるため1893年（明治26年）に市街地の区画整理・市街予定地区画(殖民地区画)が行なわれ、1900 戸分を測設、その後順次市街地が開放されていく。現在の石狩通(国道38号)と大通(国道236号)の交差点と基点にして60間の大区画と中央部6間の道路用地をとり東西に2分しさらにそれぞれを6間間隔で10等分したものを162坪で1戸分とした。大区画を北海道開拓時代に札幌市で始めた区画割りを帯広にも適応、1ブロックは通りを除いて1辺60間(109m程度)の正方形で条と丁目で示し、さらに12間幅の火防線を配置するなどの近代的な都市整備を実施した。これは鉄道線予定地や停車場の予定地も見込んだ計画で、また当初から、斜めの道路と格子状の道路の交わる箇所に消防署を配置する計画となっていた。開拓当時計画され幻となった[[十勝川河口都市]]も帯広市と同様の殖民区画の都市計画形態であり道路配置はそっくりで、現代でも殖民区画の都市計画がかいまみられるのは珍しい。火防線が交わる交差点は6差路となり、交通事故もしばしば起きた。現在では交差点の手前で幹線と合流するように付け替えが行われている。その後1896年には貸付停止となっていた十勝植民区画地を解除し、翌1897年（明治30年）には国有未開地の開墾入植を奨励するための「北海道国有未開地処分法」が公布され、終戦直後まで実施する殖民地選定事業によって大量移民が始まる。このとき入植地の区画は300間(546m)四方の中区画と、その中をさらに150間×100間の小区画6個に分け、この5町歩(ha)が1戸の割当てとなった。また圃場のまわりには防風林が設けられ、日高山脈から吹き降ろす強風対策のほか、入植当時は燃料対策としても保持されていく。これらが十勝の代表的な農地景観である300間区画の圃場と幾何学的に並んだ木々が溶け込み、新緑の春、秋の紅葉、冬の雪景色など四季折々の美しい景観を提供することになる。のちに1918（大正7）年の「区画測設心得」で、「防風林は50間以上100間以内の幅を存置すること」と規定、翌1919（大正8）年には「殖民地選定心得」で防霧林という考え方を取り入れ、「現に林相をなさざるも将来植樹造林によりて防風若しくは防霧林の設定を必要と認めたもの」として、森林状態をなしていない場合は防風林予定地としてあらかじめ土地利用区分上は防風林に算入させ、保安林制度の拡充とともに国有保安林に編入していく。1905年（明治38年）から1907年（明治40年）にかけては、札幌方面と釧路方面とを結ぶ鉄道が開通したことで、十勝の拠点都市として発展を遂げる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*山: [[戸蔦別岳]]1959 m、[[札内岳]]1895 m　 &lt;br /&gt;
*河川: [[十勝川]]、[[札内川]]、[[戸蔦別川]]、[[岩内川]]、[[帯広川]]、[[売買川]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===気候===&lt;br /&gt;
内陸部にあるため気候は寒暖の差が激しく、夏は30℃以上、冬は-20℃以下になる事もある。冬には風の弱い快晴の日も多く穏やかな気候である。快晴の日は放射冷却現象により強く冷え込む。[[1902年]][[1月26日]]には最低気温-38.2℃を記録しており、日本観測史上2位。積雪量は北海道内でも少ない。その一方、夏は高緯度の割に気温が高く、フェーン現象などにより猛暑となることもある。2007年8月15日に35.5℃など、猛暑日の記録もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
*[[1893年]]（明治26年） - 河西、河東、上川3郡各村戸長役場が置かれる。&lt;br /&gt;
*[[1901年]]（明治34年） - 下帯広村8村戸長役場に改称。&lt;br /&gt;
*[[1902年]]（明治35年） - 二級町村制施行、帯広町となる。&lt;br /&gt;
*[[1915年]]（大正4年） - [[伏古村]]の一部を併合。一級町村制施行。&lt;br /&gt;
*[[1919年]]（大正8年） - [[十勝毎日新聞]]の前身となる帯広新聞が設立、発行される。&lt;br /&gt;
*[[1933年]]（昭和8年） - 市制施行、帯広市となる。&lt;br /&gt;
*[[1936年]]（昭和11年）11月 - [[NHK帯広放送局]]が開局（[[NHKラジオ第1放送|ラジオ第1放送]]、コールサインJOOG。但し、送信所は[[河東郡]][[音更町]]にある）。&lt;br /&gt;
*[[1950年]]（昭和25年）4月 - NHK帯広放送局に[[NHKラジオ第2放送|ラジオ第2放送]]が開局（コールサインJOOC）。&lt;br /&gt;
*[[1952年]]（昭和27年） - 帯広市にて水道事業開始。&lt;br /&gt;
*1952年（昭和27年）[[3月4日]] - [[十勝沖地震]]が発生（死傷者217人、家屋全壊311戸）。&lt;br /&gt;
*[[1955年]]（昭和30年） - 第1回[[七夕]]祭りが開催。&lt;br /&gt;
*1955年（昭和30年）8月 - [[北海道放送]]（HBC）帯広放送局が開局（HBCラジオ、コールサインJOHW。但し、送信所は[[中川郡 (十勝国)|中川郡]][[幕別町]]にある）。&lt;br /&gt;
*[[1957年]]（昭和32年） - [[河西郡]][[川西村（北海道）|河西村]]及び[[大正村]]を編入。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]（昭和34年）12月 - NHK帯広放送局に[[NHK総合テレビジョン|総合テレビジョン]]が開局（コールサインJOOG-TV）。&lt;br /&gt;
*1962年（昭和37年）10月 - NHK帯広放送局に[[NHK教育テレビジョン|教育テレビジョン]]が開局（コールサインJOOC-TV）。&lt;br /&gt;
*[[1963年]]（昭和38年）[[7月31日]] - 帯広動物園が開園。&lt;br /&gt;
*1963年（昭和38年）7月 - HBC帯広放送局にテレビ放送局が開局（HBCテレビ、コールサインJOHW-TV）。&lt;br /&gt;
*1963年（昭和38年）7月 - [[札幌テレビ放送]]（STV）帯広放送局が開局（STVテレビ、コールサインJOWL-TV。但し、送信所は河東郡音更町にある）&lt;br /&gt;
*[[1964年]]（昭和39年）1月 - 帯広中央公園にて第一回帯広氷まつりが開催。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）3月 - STV帯広放送局にラジオ放送局が開局（[[STVラジオ]]（現在は分社）、コールサインJOWM）。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）[[9月27日]] - 青少年[[科学館]]と児童文化センターの機能を併せ持つ帯広市児童会館が開館。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）12月 - [[帯広空港]]が開港。&lt;br /&gt;
*1964年（昭和39年）12月 - NHK帯広放送局に[[NHK-FM放送|FM放送]]が開局（コールサインJOOG-FM）&lt;br /&gt;
*[[1968年]]（昭和43年） - [[国民体育大会|国体]][[スケート]]大会が帯広で開催（二回目）。&lt;br /&gt;
*1969年（昭和44年） - [[北海道テレビ放送]]（HTB）帯広送信所が開局（但し、送信所は河東郡音更町にある）。&lt;br /&gt;
*1972年（昭和47年） - [[北海道文化放送]]（UHB）帯広送信所が開局（但し、送信所は河東郡音更町にある）。&lt;br /&gt;
*[[1982年]]（昭和57年） - 百年記念館　開館（帯広市開基100年を記念し、建設）。&lt;br /&gt;
*1985年（昭和60年） - 十勝毎日新聞系列の[[ケーブルテレビ]]放送局・[[帯広シティーケーブル]]（OCTV）が開局。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]（昭和62年） - 帯広北高校が[[全国高等学校野球選手権大会|夏の甲子園]]出場。&lt;br /&gt;
*1987年（昭和62年） - [[エフエム北海道]]（AIR-G'）帯広送信所が開局（但し、送信所は河東郡音更町にある）。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]（昭和63年） - 帯広市営バスターミナルが廃止。&lt;br /&gt;
*1988年（昭和63年） - 帯広市民会館が閉館。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]（平成元年） - 第44回 [[国民体育大会|国体]]冬季大会（はまなす国体スケート・アイスホッケー大会）が開催。&lt;br /&gt;
*1989年（平成元年） - 帯広駅南口に帯広市民文化ホールが開館。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]（平成3年） - 北海道立帯広[[美術館]]が開館。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]（平成4年） - 帯広市役所本庁舎が新築（地上12階、地下1階）。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]（平成4年）[[7月25日]]-[[8月23日]] - 緑の地球博「みどりいむ'92」が開催。&lt;br /&gt;
*[[1993年]]（平成5年） - [[エフエム・ノースウェーブ]]（NORTHWAVE）帯広送信所が開局（但し、送信所は河東郡音更町にある）。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]（平成9年） - 中小小売商業高度化事業([[TMO]])構想が始動。&lt;br /&gt;
*[[1998年]]（平成10年）[[1月17日]] - [[ジェイ・アール北海道バス|JR北海道バス]]の帯広市内バス22系統が全線撤退廃止。十勝バス・北海道拓殖バスが継承。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]（平成15年） - 帯広市民文化ホールを帯広市が買収。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]（平成16年） - 9月下旬～10月上旬 [[世界ラリー選手権|WRC]]ラリージャパンが初の十勝開催。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]（平成17年） - 帯広市立病院が閉院。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]（平成18年）[[3月3日]] - 新帯広市立[[図書館]]が開館。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]（平成19年）[[10月1日]] - NHK帯広放送局と民放4局（HBC・STV・HTB・UHB）が[[地上デジタル放送]]開始（送信所は河東郡音更町[[十勝川温泉]]の近くにある[[十勝ヶ丘]]に置かれた。[[テレビ北海道]](TVh)は開局の計画はあったが凍結）。&lt;br /&gt;
*[[2008年]]（平成20年）[[2月7日]]－市の人口が16万9895人となり、14年ぶりに17万人割れになったと市が公表。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産業 ==&lt;br /&gt;
帯広を含む十勝の[[農業]]は大型[[農業機械]]による大規模畑作経営が中心である。市内の[[農家]]1戸あたりの平均耕地面積は約24 haで、北海道の平均17.41 ha、全国の平均1.57 haを大きく上回っており、カロリーベースの食料自給率は約280%(約48万人分)と人口の割に非常に高い。主な作物は[[コムギ|小麦]]・[[ジャガイモ]]・[[テンサイ|ビート]]・[[豆]]で、近年は[[長イモ]]や[[ごぼう]]といった、この地域特産の野菜の生産も進んでいる。全国的にも知名度の高い菓子製造会社[[六花亭]]や[[柳月]]、[[クランベリー (洋菓子店)|クランベリー]]は、帯広市に本社を置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===立地企業===&lt;br /&gt;
*六花亭製菓株式会社&lt;br /&gt;
*株式会社柳月&lt;br /&gt;
*イズヤパン株式会社&lt;br /&gt;
*[[明治乳業]]株式会社 十勝帯広工場&lt;br /&gt;
*株式会社[[TBK]]十勝試験場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==郵便==&lt;br /&gt;
*帯広郵便局（[[日本郵便]]帯広支店・[[ゆうちょ銀行]]帯広店・[[かんぽ生命]]帯広支店併設）&lt;br /&gt;
*西帯広郵便局（日本郵便西帯広支店併設）&lt;br /&gt;
*大正郵便局&lt;br /&gt;
*清川郵便局&lt;br /&gt;
*広野郵便局&lt;br /&gt;
*川西郵便局&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 姉妹都市・提携都市 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 海外 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*姉妹都市&lt;br /&gt;
** {{flagicon|United States}} [[スワード市]]（[[アメリカ合衆国]]、[[アラスカ州]]）&lt;br /&gt;
** {{flagicon|United States}} [[マディソン]]市（[[アメリカ合衆国]]、[[ウィスコンシン州]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国内 ===&lt;br /&gt;
*姉妹都市&lt;br /&gt;
**[[松崎町]]（[[静岡県]]）&lt;br /&gt;
**[[大分市]]（[[大分県]]）&lt;br /&gt;
**[[徳島市]]（[[徳島県]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 国の施設 ==&lt;br /&gt;
* [[法務省]]&lt;br /&gt;
** [[帯広刑務所]]&lt;br /&gt;
** [[帯広少年院]]&lt;br /&gt;
** [[釧路地方検察庁]]帯広支部&lt;br /&gt;
**帯広[[区検察庁]]&lt;br /&gt;
** 釧路[[地方法務局]]帯広支局&lt;br /&gt;
** 釧路[[保護観察所]]帯広駐在官事務所&lt;br /&gt;
* [[外務省]]&lt;br /&gt;
** [[国際協力機構]]（JICA）帯広国際センター&lt;br /&gt;
* [[財務省 (日本)|財務省]]&lt;br /&gt;
** [[北海道財務局]]帯広財務事務所&lt;br /&gt;
** 帯広[[税務署]]&lt;br /&gt;
** [[日本銀行]]釧路支店帯広事務所（財務省所管の特殊法人）&lt;br /&gt;
* [[厚生労働省]]&lt;br /&gt;
** 帯広[[公共職業安定所]]&lt;br /&gt;
** 帯広[[労働基準監督署]]&lt;br /&gt;
** [[国立病院機構帯広病院]]&lt;br /&gt;
** [[社会保険庁]]帯広[[社会保険事務所]]&lt;br /&gt;
* [[農林水産省]]&lt;br /&gt;
** [[北海道森林管理局]]帯広事務所&lt;br /&gt;
** [[北海道統計・情報事務所]]帯広統計・情報センター&lt;br /&gt;
** [[北海道農政事務所]]地域第6課&lt;br /&gt;
** [[さけます資源管理センター]]十勝支所&lt;br /&gt;
** [[種苗管理センター]]十勝農場&lt;br /&gt;
* [[国土交通省]]&lt;br /&gt;
** [[北海道運輸局]][[帯広運輸支局]]&lt;br /&gt;
** [[北海道開発局]][[帯広開発建設部]]&lt;br /&gt;
** 釧路[[地方気象台]]帯広[[測候所]]（機構改革の一環として釧路地方気象台に組織統合され廃止される予定）&lt;br /&gt;
** [[軽自動車検査協会]]&lt;br /&gt;
** [[東京航空局]][[帯広空港]]出張所&lt;br /&gt;
** [[自動車検査独立行政法人]][[北海道検査部]]帯広事務所&lt;br /&gt;
** [[航空大学校]]帯広分校&lt;br /&gt;
* [[防衛省]]&lt;br /&gt;
** [[陸上自衛隊]][[北部方面隊]][[第5旅団 (陸上自衛隊)|第5旅団]]司令部&lt;br /&gt;
** 帯広地方協力本部&lt;br /&gt;
** [[防衛施設庁]]帯広防衛施設支局&lt;br /&gt;
* [[裁判所]]&lt;br /&gt;
** [[釧路地方裁判所]]帯広支部&lt;br /&gt;
** [[釧路家庭裁判所]]帯広支部&lt;br /&gt;
** 帯広[[簡易裁判所]]&lt;br /&gt;
** 帯広[[検察審査会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地域 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
*大学&lt;br /&gt;
**[[帯広畜産大学]]（[[国立大学法人]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*大学校&lt;br /&gt;
**[[航空大学校]]帯広分校（[[独立行政法人]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*専修学校&lt;br /&gt;
**帯広コア専門学校（旧帯広コンピュータ・福祉専門学校）&lt;br /&gt;
**[[帯広高等看護学院]]&lt;br /&gt;
**社会事業協会帯広看護専門学校&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*高等学校&lt;br /&gt;
**道立高等学校&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広工業高等学校]]&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広三条高等学校]]&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広農業高等学校]]&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広柏葉高等学校]]&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広緑陽高等学校]]&lt;br /&gt;
**市立高等学校&lt;br /&gt;
***[[北海道帯広南商業高等学校]]&lt;br /&gt;
**私立高等学校&lt;br /&gt;
***[[帯広大谷高等学校]]&lt;br /&gt;
***[[帯広北高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*中学校&lt;br /&gt;
**大空、帯広第一、帯広第二、帯広第三、帯広第四、帯広第五、帯広第六、帯広第七、帯広第八、川西、清川、西陵、南町、八千代、緑園&lt;br /&gt;
*小学校&lt;br /&gt;
**愛国、稲田、大空、帯広、柏、開西、川西、清川、啓西、啓北、広陽、光南、栄、大正、つつじが丘、豊成、西、花園、東、広野、北栄、緑丘、明星、明和、森の里、若葉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*特殊学校&lt;br /&gt;
**帯広盲学校&lt;br /&gt;
**帯広聾学校&lt;br /&gt;
**帯広養護学校&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 空港 ===&lt;br /&gt;
* [[帯広空港|とかち帯広空港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鉄道 ===&lt;br /&gt;
*[[北海道旅客鉄道]]（JR北海道釧路支社）&lt;br /&gt;
**[[根室線]] : [[西帯広駅]] - [[柏林台駅]] - [[帯広駅]]&lt;br /&gt;
かつては[[士幌線]]、[[広尾線]]が通っていたが、現在はともに廃止されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バス ===&lt;br /&gt;
*都市間バス&lt;br /&gt;
**[[十勝バス]]（札幌行、旭川行、釧路行）&lt;br /&gt;
**[[北海道中央バス]]（札幌行）&lt;br /&gt;
**[[北都交通]]（札幌行）&lt;br /&gt;
**[[ジェイ・アール北海道バス|JR北海道バス]]（札幌行）&lt;br /&gt;
**[[北海道拓殖バス]]（札幌行、旭川行）&lt;br /&gt;
**[[くしろバス]]（釧路行）&lt;br /&gt;
**[[道北バス]]（旭川行）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*路線バス&lt;br /&gt;
**[[十勝バス]]&lt;br /&gt;
**[[北海道拓殖バス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
*[[高速道路]]&lt;br /&gt;
**[[帯広広尾自動車道]] [[芽室帯広インターチェンジ|芽室帯広IC]]・[[帯広川西インターチェンジ|帯広川西IC]]&lt;br /&gt;
　　※[[道東自動車道]] [[音更帯広インターチェンジ|音更帯広IC]]の所在地は音更町である。&lt;br /&gt;
*[[一般国道]]&lt;br /&gt;
**[[国道38号]] 滝川－富良野－狩勝峠－帯広－釧路&lt;br /&gt;
**[[国道236号]] 帯広－大樹－野塚峠－浦河 &lt;br /&gt;
**[[国道241号]] 帯広－足寄－阿寒湖畔－弟子屈&lt;br /&gt;
*[[バイパス道路|バイパス]]&lt;br /&gt;
**[[国道241号]]帯広北バイパス（フロンティア通り）&lt;br /&gt;
*[[都道府県道]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道26号帯広停車場線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道55号清水大樹線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道62号豊頃糠内芽室線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道75号帯広新得線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道109号新帯広空港線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道151号幕別帯広芽室線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道214号川西芽室音更線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道216号八千代帯広線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道238号更別幕別線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道240号上札内帯広線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道419号大正停車場線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道440号西帯広停車場線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道595号愛国停車場線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道715号芽室東四条帯広線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道962号愛国停車場古舞線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道1084号帯広の森公園線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道1152号芽室帯広インター線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道1153号帯広川西インター線]]&lt;br /&gt;
**[[北海道道1157号幸福インター線]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 ==&lt;br /&gt;
帯広市周辺のものも含む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===文化財===&lt;br /&gt;
*アイヌ古式舞踊（国指定重要無形民俗文化財）&lt;br /&gt;
*札内川流域化粧柳自生地（北海道指定天然記念物）&lt;br /&gt;
*大正のカシワ林（北海道指定天然記念物）&lt;br /&gt;
*帯広畜産大学農場の構造土十勝坊主（北海道指定天然記念物）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レジャー・スポーツ ===&lt;br /&gt;
* [[帯広競馬場]]（[[ばんえい競走|ばんえい競馬]]）&lt;br /&gt;
* [[帯広の森運動公園]]（[[帯広の森野球場]]・帯広の森アイスアリーナ）&lt;br /&gt;
**[[芽室町]]に立地。&lt;br /&gt;
* [[とかちフェアスカイ・ジェネシス]]&lt;br /&gt;
* [[帯広FC]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 観光 ===&lt;br /&gt;
* [[グリーンパーク]]（緑ヶ丘公園）&lt;br /&gt;
* [[北海道立帯広美術館]]&lt;br /&gt;
* [[帯広市児童会館]]（科学館）&lt;br /&gt;
* [[帯広百年記念館]]&lt;br /&gt;
* [[おびひろ動物園]]&lt;br /&gt;
* [[帯広市野草園]]&lt;br /&gt;
* [[愛国駅]]、[[幸福駅]]（旧[[広尾線]]）&lt;br /&gt;
* お菓子屋（[[六花亭]]・[[柳月]]・[[クランベリー (洋菓子店)|クランベリー]]等）&lt;br /&gt;
* パブ＆レストラン　[[十勝ビール]]&lt;br /&gt;
* [[豚丼]]屋&lt;br /&gt;
* [[八千代牧場]]&lt;br /&gt;
* 成田山松光寺（[[北海道三十三観音霊場]]19番札所）&lt;br /&gt;
* [[グリュック王国]]は廃園（事実上の経営破綻）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 祭り・イベント ===&lt;br /&gt;
* 氷まつり（1月下旬　3日間開催）&lt;br /&gt;
* ゆめ気球とかち（2月中旬）&lt;br /&gt;
* 帯広桜祭り（5月 第2日曜）&lt;br /&gt;
* 十勝健康マラソン（6月下旬）&lt;br /&gt;
* 七夕祭り（8月上旬　開催）&lt;br /&gt;
* 勝毎花火大会（8月中旬）&lt;br /&gt;
* 道新十勝川花火大会（8月）&lt;br /&gt;
* 平原まつり（8月14・15・16日を中心に3日間開催）&lt;br /&gt;
* 国際農業機械展 in 帯広（8月下旬。4年に1度開催、次回開催予定は2006年）&lt;br /&gt;
* ツール・ド・北海道（9月～10月）&lt;br /&gt;
* [[世界ラリー選手権]] [[ラリージャパン]]&lt;br /&gt;
** ラリーヘッドクオーターやサービスパークが設置される。&lt;br /&gt;
** 2006年よりスーパーSSがサービスパークに隣接して設置される。&lt;br /&gt;
* 帯広菊まつり（10月末～11月頭）&lt;br /&gt;
* 帯広市イルミネーション（11月中旬～翌年2月中旬）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
* [[豚丼]]、中華ちらし発祥の地とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出身有名人 ==&lt;br /&gt;
* [[秋場大輔]] - [[ニューヨーク市立大学大学院センター]]教授・[[心理学]][[博士]]&lt;br /&gt;
* [[安住紳一郎]] - [[東京放送|TBS]]アナウンサー&lt;br /&gt;
* [[あべなぎさ]] - [[女優]]&lt;br /&gt;
* [[安東ウメ子]] - [[音楽家]]&lt;br /&gt;
* [[eastern youth]] - [[ミュージシャン]]&lt;br /&gt;
* [[池澤夏樹]] - [[小説家]]&lt;br /&gt;
* [[石澤良昭]] - [[上智大学]][[総長]]・東南アジア史&lt;br /&gt;
* [[近江谷太朗]] - [[俳優]]&lt;br /&gt;
* [[大場美智恵]] - [[プロゴルファー]]&lt;br /&gt;
* [[小野寺昭]] - 俳優&lt;br /&gt;
* [[高倉陵]] - [[お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
* [[岡田博美]] - [[ピアニスト]]&lt;br /&gt;
* [[帯ひろ志]] - [[漫画家]]&lt;br /&gt;
* [[柏木真介]] - [[バスケットボール選手]]&lt;br /&gt;
* [[加山利治]] - [[プロボクサー]]&lt;br /&gt;
* [[川瀬カヨ]] - [[天運教]][[天地正教]]初代教祖&lt;br /&gt;
* [[葛西純]] - [[プロレスラー]]&lt;br /&gt;
* [[北勝鬨準人]] - 元[[大相撲]][[力士]]&lt;br /&gt;
* [[キャデラックスリム]] - [[1981年]][[ヤマハ]][[ポプコン]]出身のロックバンド（現在解散）&lt;br /&gt;
* [[熊切和嘉]] - [[映画監督]]&lt;br /&gt;
* [[後藤麻衣 (声優)|後藤麻衣]] - [[声優]]&lt;br /&gt;
* [[小堀勝啓]] - [[中部日本放送|CBC]]アナウンサー&lt;br /&gt;
* [[彩木雅夫]] - [[作曲家]]&lt;br /&gt;
* [[島崎京子]] - [[スピードスケート]]選手&lt;br /&gt;
* [[清水宏保]] - スピードスケート選手&lt;br /&gt;
* [[進藤榮一]] - [[筑波大学]]教授・[[国際政治学]]&lt;br /&gt;
* [[荘田悦宏]] - [[ウィキペディアン]]兼[[ユアペディアン]]（[[ウィキペディア日本語版]]でのアカウント名は[[wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Yukarin|Yukarin]]他多数、[[Yourpedia]]でのアカウント名は[[利用者:Lonicera]]、[[利用者:たりぼー]]及び[[利用者:Los688]]）&lt;br /&gt;
* [[平淑恵]] - 女優&lt;br /&gt;
* [[高倉新一郎]] - [[農業経済学者]]、[[歴史学者]]&lt;br /&gt;
* [[栂安亜紀]] - [[北日本放送]]アナウンサー&lt;br /&gt;
* [[中島みゆき]] - [[シンガーソングライター]]&lt;br /&gt;
* [[中城ふみ子]] - [[歌人]]&lt;br /&gt;
* [[鳴海章]] - 小説家&lt;br /&gt;
* [[南部昌江]] - [[キーボーディスト]]・作曲家&lt;br /&gt;
* [[野月貴弘]] - ミュージシャン・[[SUPER BELL&amp;quot;Z]]&lt;br /&gt;
* [[原千晶]] - 女優・[[タレント]]&lt;br /&gt;
* [[舟橋元]] - 俳優&lt;br /&gt;
* [[本名武]] - [[政治家]]&lt;br /&gt;
* [[武藤裕代]] - 女子プロレスラー&lt;br /&gt;
* [[本谷美加子]] - [[オカリナ]]奏者&lt;br /&gt;
* [[吉川静夫]] - [[作詞家]]&lt;br /&gt;
* [[高野哲]] - ミュージシャン・[[nil]]（元[[MALICE MIZER]]→[[MEGA８BALL]]→[[ZIGZO]]）&lt;br /&gt;
* [[飯坂友佳子]] - 漫画家&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[藤丸]]&lt;br /&gt;
* [[帯広シティーケーブル]]&lt;br /&gt;
* [[十勝毎日新聞]]&lt;br /&gt;
* [[帯広信用金庫]]&lt;br /&gt;
* [[グリュック王国|旧グリュック王国]]&lt;br /&gt;
* [[サニーデパート]]&lt;br /&gt;
* [[インデアンカレー]]&lt;br /&gt;
* [[チョマトー]]&lt;br /&gt;
* [[帯廣神社]]&lt;br /&gt;
* [[帯広市消防本部]]&lt;br /&gt;
* [[チョマトー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.obihiro.hokkaido.jp/ 帯広市]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おひひろし}}&lt;br /&gt;
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		<author><name>小西規勝</name></author>	</entry>

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