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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-13T08:03:54Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E9%98%B2%E4%BA%BA/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B001&amp;diff=177911</id>
		<title>利用者・トーク:防人/過去ログ01</title>
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				<updated>2013-02-08T08:30:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: {{user2|このコミュニケーション能力じゃ郵便局で働けるとは思えない}}が作成したページの削除依頼&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;==ユアペディアにようこそ!==&lt;br /&gt;
{{ようこそリンク集}}&lt;br /&gt;
はじめまして、防人さん。ユアペディアにアカウントの作成ありがとうございます。&lt;br /&gt;
*折角なので「[[初心者のためのガイドブック/はじめに|'''初心者のためのガイドブック''']]」と「[[Yourpedia:基本方針|'''ユアペディアの基本方針''']]」は是非ご一読ください。&lt;br /&gt;
*編集の仕方については、「[[Help:編集の仕方|'''編集の仕方''']]」。より詳細なものについては[[Wiki:Wikipedia:編集の仕方|'''Wikipediaによる解説ページ''']]を参考にしてください。&lt;br /&gt;
*投稿の練習をしたいのなら、「[[yourpedia:サンドボックス|'''サンドボックス''']]」や「[[Template:テスト|'''テスト用テンプレート''']]」で自由に実験してください。&lt;br /&gt;
*また、「[[利用者:防人|'''利用者ページ''']]」は、あなたの自己紹介や、メモ帳などに使ってください。個人的な実験を誰にも邪魔されることなく行い、かつ保持しておきたいのであれば、「'''[[利用者:防人/Sandbox]]'''」「'''[[利用者:防人/Template]]'''」などを作成してみるのも良いでしょう。&lt;br /&gt;
それではまたどこかで。--[[利用者:User02|User02]] 2012年4月10日 (火) 05:36 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==  ==&lt;br /&gt;
[[目蒲東急之介]]での荒らし行為差し戻しありがとうございました。ところで、[[Mikomaidの真実]]というページにて汚染行為が行われているみたいなので、もし宜しかったら[[Yourpedia:削除依頼#Mikomaidの真実の削除依頼]]にもご意見等を御寄席頂ければ宜しいかと思います。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年4月25日 (水) 07:53 (UTC)&lt;br /&gt;
:何故に私の編集を取り消すのですか？荒らしではありませんのでご容赦ください。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年6月7日 (木) 09:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テンプレート:コピペディア転記 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者就任おめでとうございます。YPには[[コピペディア]](CP)への転記が望ましい項目が幾つか有るみたいです。取り敢えず[[:テンプレート:コピペディア転記]]、[[:カテゴリ:コピペディア転記]]を作ってみました。今後、同様のページを見つけた時には本TPを貼って頂ける様にお願いします。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月30日 (月) 00:42 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有難うございます。sysop氏がAbcdefghさんの提案をyourpedia方針として認可された際には、遵守してまいります。--[[利用者:防人|防人]] 2012年5月1日 (火) 14:28 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近の大量のSpam投稿へのユアペディア外部管理者として迅速なる対応は管理者としてふさわしいお仕事でした。御苦労さまです。つきましては、下記のIPの投稿ブロックをお願いします。いずれも海外のプロキシアカウントで過去、これらのIPからユアペディアの編集を行っています。今後、Spam投稿に利用される可能性もあり、事前の投稿ブロックをかけることが望ましいと思います。よろしくお願いします。--[[利用者:Oh! No! Shingo!|Oh! No! Shingo!]] 2012年5月25日 (金) 08:58 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPuser2|75.101.225.120 }}（アメリカ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPuser2|89.175.96.238}}（ロシア）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPuser2|89.222.171.3}}（ロシア）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPuser2|92.243.21.101}}（フランス）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPuser2|201.234.207.178}}（エクアドル）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== SpamIPについて ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このアカウントはSpamでしたので、即刻差し戻しをしておきました。貴方によるブロックをお願いします。--[[利用者:快速京都行き|快速京都行き]] 2012年6月1日 (金) 12:57 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPUser2|80.87.168.91}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPUser2|94.23.1.28}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{IPUser2|203.42.246.231}}&lt;br /&gt;
:私の方で対処しておきました。以下のIPもブロックしておきました。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年6月1日 (金) 22:48 (UTC)&lt;br /&gt;
*{{IPUser2|61.148.90.38}}&lt;br /&gt;
*{{IPUser2|213.144.132.98}}&lt;br /&gt;
*{{IPUser2|200.85.70.158}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ブロック依頼提出のお知らせ ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ブラック企業就職偏差値ランキング]]において、度重なる先編集主義違反が見られましたので、貴方に対するブロック依頼を提出いたしました[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia%3A%E8%8D%92%E3%82%89%E3%81%97%E5%A0%B1%E5%91%8A%E3%83%BB%E6%8A%95%E7%A8%BF%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E4%BE%9D%E9%A0%BC&amp;amp;action=historysubmit&amp;amp;diff=162138&amp;amp;oldid=161983]。今後このようなことをしないと制約していただけるのであれば取り下げます。--[[利用者:Mtodo|Mtodo]] 2012年6月26日 (火) 14:05 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==[[泊優稀の真実‎]]の編集について==&lt;br /&gt;
すみません。変な方法で記事を元に戻したために、[[泊優稀の真実‎]]の編集履歴が継承されませんでした。元通りにしていただければ幸いです。お手数をおかけして誠に申し訳ありません。--[[利用者:織田信長|織田信長]] 2012年7月4日 (水) 14:41 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 謝辞 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[VOCALOIDの発音]]に対する荒らしへのブロック対応、誠にありがとうございます。現時点では予断を許さない状況ですが、今後ともお力添え頂ければ幸いです。--[[利用者:ジャコウネズミ|ジャコウネズミ]] 2012年7月7日 (土) 04:02 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==　[[岡部健(荒らし) ]] について ==&lt;br /&gt;
この記事で特定され誹謗中傷されている岡部　健本人です。&lt;br /&gt;
まず、この記事でリンクされている2chのスレッドの書き込み者、そしてこの記事を書いた [[野田憲太郎]]を兵庫県警に名誉毀損罪で刑事告訴し受理され、現在捜査中です。&lt;br /&gt;
あなたは、ただ単にこのYourpediaというサイトのローカルルールで作業しているつもりなんだろうが、刑法＞＞ローカルルールであり、名誉毀損の幇助と見做します。&lt;br /&gt;
即刻内容を白紙あるいはリダイレクトした上で、永久保護してください。8・12日まで待ちますが、それまでに対処が確認されない場合、&lt;br /&gt;
本件について名誉毀損の幇助として同様に刑事告訴します。&lt;br /&gt;
岡部　健&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名誉毀損で告訴・受理でしたら証拠の保全を。 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記の話題「岡部健(荒らし) について」ですが&lt;br /&gt;
『名誉毀損で告訴し県警に受理された』との事ですので&lt;br /&gt;
「岡部健(荒らし)」ページをを保護し、名誉毀損の証拠として保全をするのが正しい判断かと思われます。&lt;br /&gt;
==「[[カッコ良すぎる女の一覧]]」の記事を「[[カッコ良すぎる姐の一覧]]」の記事に移動していただけますか==&lt;br /&gt;
お手数をかけさせてすみません。うまく移動できませんでした。元に戻したいのです。宜しくお願い申し上げます。--[[利用者:織田信長|織田信長]] 2012年8月19日 (日) 14:17 (UTC)&lt;br /&gt;
:戻しました--[[利用者:防人|防人]]2012年8月20日(月) 02:12(UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 保護依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
編集合戦が続いているので、以下の記事を白紙保護お願いします。&lt;br /&gt;
*[[岡部健 (俳優)]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健(荒らし)]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健 (FXST)]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健2]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健 (荒らし)]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健]]&lt;br /&gt;
*[[岡部健3]]--[[利用者:あんだあすろう|あんだあすろう]] 2012年9月12日 (水) 05:30 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 画像について ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%9B%8A%E9%87%8E%E5%8F%8B%E5%88%A9%E9%A6%99&amp;amp;action=historysubmit&amp;amp;diff=168819&amp;amp;oldid=168815&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは事件のことを少しは調べたのですか。殺害事件現場は国道沿いの林で家は近くにありません。したがってこれは容疑者の家宅捜索かなにかの画像でしょう。写っている捜査官は明らかに益野さんには該当しませんし、持ち運ばれいている物も遺体には小さいし、そもそも現場と全く関係ない家から運び出すはずがありません。したがってキャプションは虚偽だ。ノートページで持ち運ばれている中身が何が根拠がないとの指摘も無視。しかもこれは新聞記事なら、著作権をクリアしているはずがない。以上、回答を要求します。--[[特別:投稿記録/210.194.21.2|210.194.21.2]] 2012年9月16日 (日) 13:56 (UTC)&lt;br /&gt;
==　警告　==&lt;br /&gt;
 [[利用者:kenokabe]]&lt;br /&gt;
--[[利用者:Kenokabe|Kenokabe]] 2012年9月30日 (日) 09:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== あのな ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分は至って真面目に執筆しているだけですよ。Frommさんが、過激な内容を書かれていたので、少し柔らかくしただけですよ。--[[利用者:スパイ撲滅委員会|スパイ撲滅委員会]] 2012年10月7日 (日) 13:33 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== naze ==&lt;br /&gt;
なぜ差し戻す？--[[利用者:反響|反響]] 2012年10月25日 (木) 09:05 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名前を変更していないのに勝手にHereさんが名乗り出ます ==&lt;br /&gt;
私はまだ新しいアカウントを作成していないのに勝手に{{User|Here}}さんが私のページで名前を変更したと言い張ります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうしたら良いでしょうか？--[[利用者:There|There]] 2013年1月30日 (水) 04:31 (UTC)&lt;br /&gt;
:{{User|Here}}は他人の利用者ページ編集と、成り済ましにつき、無期限ブロックしておきました。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2013年1月30日 (水) 23:48 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ありがとうございます。もしも{{User|Here}}さんはHereさんの名前で活動するつもりなら解除しても良いと思います。--[[利用者:There|There]] 2013年1月31日 (木) 02:23 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== {{user2|このコミュニケーション能力じゃ郵便局で働けるとは思えない}}が作成したページの削除依頼 ==&lt;br /&gt;
[[yourpedia:削除依頼]]にも書きましたが、全然削除されません。削除お願いします。--[[利用者:ようｒぺぢあ|ようｒぺぢあ]] 2013年2月8日 (金) 08:30 (UTC)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

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		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:Sysop/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B02&amp;diff=177910</id>
		<title>利用者・トーク:Sysop/過去ログ2</title>
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				<updated>2013-02-08T08:28:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: {{user2|このコミュニケーション能力じゃ郵便局で働けるとは思えない}}が作成したページの削除依頼&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[/過去ログ1]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 管理者に立候補したいのですが ==&lt;br /&gt;
どうすればいいんでしょう？もしそのまま立候補できるのであれば、その[[YP維新の会本部|マニフェスト]]も用意しています。--[[利用者:泊優稀|Tomari]] 2012年2月26日 (日) 13:43 (UTC)&lt;br /&gt;
:お返事が遅くなりましたが、管理者として活動いただけるのでしたら、管理者権限を付与いたします。ただ、マニフェストにある「写真集としての使用」は、百科事典的では無いかと思います。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年3月29日 (木) 20:01 (UTC)&lt;br /&gt;
::(コメント)これまでの執筆実績から見て、少々疑問を感じざるを得ません。編集履歴を精査のうえで再検討が望ましいと思います。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年3月31日 (土) 00:21 (UTC)&lt;br /&gt;
:::(コメント)文体も幼稚で下劣。低俗。項目数が15000を越えている大規模掲示板なので、それにふさわしい内容が必要。学生であるならば掲示板の編集は不適当。数年後でも遅くはない。--[[利用者:間久部明|間久部明]] 2012年4月9日 (月) 10:49 (UTC)&lt;br /&gt;
::::条件（Wikipedia基準）は満たしています。私はやる気もあります。ただ１週間程度のご勝手Yourブレイクがたまにあるので、ご了承ください。それと間久部、お前には言われたくない。--[[利用者:泊優稀|Tomari]] 2012年4月13日 (金) 12:54 (UTC)&lt;br /&gt;
:::::とりあえず管理者権限を付与してみました。よろしくお願いします。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月14日 (土) 02:11 (UTC)&lt;br /&gt;
::::::分かりました。当分は削除依頼と保護依頼・即時削除を中心に対応させていただきます。--[[利用者:泊優稀|Tomari]] 2012年4月14日 (土) 04:40 (UTC)&lt;br /&gt;
私も、管理者に立候補致します。権限付与していただけるよう御願いいたします。--[[利用者:松葉憲太郎|松葉憲太郎]] 2012年3月30日 (金) 03:23 (UTC)&lt;br /&gt;
:(反対)アカウントを作ってすぐに立候補とは、虫がよすぎます。(アカウント名も、既存ユーザー名を捩ったもので、疑問があります)ある程度実績を作ってから、又立候補されると良いと思います。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年3月31日 (土) 00:21 (UTC)&lt;br /&gt;
:とりあえず、利用者ページも無いような、どこの誰ともわからない人に管理者権限を付与することは出来ません。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年3月31日 (土) 10:33 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
立候補すれば誰でもなれるようなので、私も管理者にしてください。--[[利用者:防人|防人]] 2012年3月30日 (金) 21:22 (UTC)&lt;br /&gt;
:(賛成)これまでの荒らし対応への実績から、管理者にふさわしいものと考えられます。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年3月31日 (土) 00:21 (UTC)&lt;br /&gt;
:とりあえず、利用者ページも無いような、どこの誰ともわからない人に管理者権限を付与することは出来ません。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年3月31日 (土) 10:33 (UTC)&lt;br /&gt;
:利用者ページを作りました。最近あまりにも「こんなの僕が考えるサイトじゃない!!こうあるべきだ!!」という思い込みだけで、削除したりブロックしたりする子供が多いので、yourpedia方針に則った管理をしたいと思います。--[[利用者:防人|防人]] 2012年4月29日 (日) 16:38 (UTC)&lt;br /&gt;
::とりあえず管理者権限を付与してみました。よろしくお願いします。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月29日 (日) 15:54 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も管理者に立候補します。--[[利用者:User02|User02]] 2012年4月1日 (日) 19:37 (UTC)&lt;br /&gt;
:(反対)利用者ページも編集実績も貧弱です。もう少し、百科事典的な編集を充実させてから、又立候補されるとよいでしょう。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月5日 (木) 00:02 (UTC)&lt;br /&gt;
:3年後にまた来てください。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月14日 (土) 02:02 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 住所記入問題のユーザーについて ==&lt;br /&gt;
そういえば、よくわかりませんが、住所記入問題のユーザーが増えていますよね?一応禁則事項にしてみればどうですか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Wikipediaの[[wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/身長記入問題|身長記入問題のユーザー]]みたいに、その名前の付くユーザーをブロックし、且つ住所を白紙保護 and ブラックリストにするのはどうですか？--[[利用者:泊優稀|Tomari]] 2012年3月10日 (土) 06:37 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メインページ改定案 ==&lt;br /&gt;
ということで、メインページを[[利用者:のび太Ｚ/メインページ改定案|こんなページ]]にしたいのですが、どうでしょうか？--[[利用者:のび太Ｚ|のび太Ｚ]] 2012年4月11日 (水) 10:54 (UTC)&lt;br /&gt;
:現在のメインページと、どこがどういう風に変わっていて、変更することによる利点と欠点を教えてください。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月14日 (土) 02:03 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*現在のメインページと、どこが変わっているか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*現在のユアペディアの状態に合わせたので、そこら辺が変わっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*変更することによる利点、欠点&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特になし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
詳しいことについては[[利用者:のび太Ｚ/メインページ改定案|ここを見て]]ください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
--[[利用者:のび太Ｚ|のび太Ｚ]] 2012年4月14日 (土) 09:53 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 管理範囲拡大、等 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、間久部明様から、管理範囲の拡大、併せて、「品位を貶める様な内容」の整理に付いての御提案を頂いております。削除依頼等を望まれる方の御期待に添える様にしたいのですが、如何でしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月14日 (土) 00:09 (UTC)&lt;br /&gt;
:Abcdefghさんのおっしゃる品位とは何ですか？良くわからないので、具体的に定義してください。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月14日 (土) 02:00 (UTC)&lt;br /&gt;
::「品位を貶める様な内容」とは具体的には例えば[[利用者:のび太Ｚ]]氏が行なってる様な一連の編集です(誹謗中傷を積極的に推奨したり、文章としての体を成さなかったり、罵詈雑言で埋め尽くされたり、等)。この他、「晒し上げ」「貶め」を目的にしたとおぼしき人名リスト、等です。こういうのに就いては、どの様な御見解をお持ちなのでしょうか？又、どの様に対処すれば宜しいでしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月15日 (日) 00:21 (UTC)&lt;br /&gt;
:::例については聞いていないので、挙げていただかなくても結構です。「『品位を貶める様な内容』の整理」をしたいとのことでしたので、そのような活動が行えるようにするかどうか検討したいので、定義を教えてください。なお、例が[[利用者:のび太Ｚ]]氏の編集しかないのでしたら、議論すべきは[[利用者:のび太Ｚ]]氏をブロックすべきかどうかであって、「品位」などという曖昧な概念を持ち出す理由がわかりません。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月15日 (日) 06:37 (UTC)&lt;br /&gt;
::::「品位」というのは、要するに「多くの人から尊敬・敬意を集める」、という内容です。然るに、間久部明様が言う所の「幼稚な中傷や性的に下劣な表現」は「多くの人から尊敬・敬意を集める」内容と言えるでしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月15日 (日) 23:58 (UTC)&lt;br /&gt;
::::或いはUCPに有る様な、誰も傷つけないが「思わずクスリとしてしまう」様な、ユーモアを効かせた内容、親近感を集める様な朗らかな内容、です。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月18日 (水) 00:07 (UTC)&lt;br /&gt;
::::: 品位の定義が「多くの人から尊敬・敬意を集める」ということでしたら、そういう記事のみ選別することは、「多数派の演説場所ではない」という基本方針に反しています。管理ではなく、議論によって解決すべき問題です。よって、現時点において管理範囲の拡大をする必要はありませんね。 --[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年4月20日 (金) 09:57 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Mikomaid(2)の復活依頼 ==&lt;br /&gt;
[[Mikomaid(2)]]が[[利用者:泊優稀|Tomari]]管理者 により削除されてしまいました。理由は「削除依頼」と「重い」と記載されていました。記事には、「先編集権」を冒頭に添付しており、ユアペディアが持つ、他の wiki サイトと一線を画す「フォーク」を用いて立項したものです。この記事の削除依頼においては、Mikomaid 氏の依頼者本人の身元確認が行われた形跡はありません。その手続きを踏まずに記事の削除はユアペディアの基本方針である「プロバイダ責任制限法ガイドラインに沿った対応」を無視した削除です。また「重い」との理由ですが、ユアペディアでは記事の容量の制限は設けていないにもかかわらず、管理者の主観で削除されたことに対して納得が行きません。管理者の増加は喜ばしい限りですが、新たな管理者の「主観」が先走る削除や投稿ブロックが目立ち、ユアペディアの理念や基本方針の理解に欠けているのではないかと思いが募ります。&lt;br /&gt;
このため、[[利用者:泊優稀|Tomari]]管理者が行った、記事の白紙保護を撤回し、Mikomaid(2)　の記事復活依頼をお願い申し上げるものです。なお、削除依頼を行った Mikomaid 氏の身元確認が行われ、正式な依頼であると判定されて、且つ、記事削除論議を経た削除であるものであれば、記事の削除に何ら異論を持たないことを申し添えます。修正--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年4月27日 (金) 15:06 (UTC)&lt;br /&gt;
;記事の復活を確認いたしました。早々の御対応に深く感謝申し上げます。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年4月27日 (金) 15:41 (UTC)&lt;br /&gt;
:これに就いては現在[[Yourpedia:削除依頼#Mikomaidの真実の削除依頼]]、[[Yourpedia:荒らし報告・投稿ブロック・保護依頼#再度ブロック依頼]]で議論、投票が進行中で、概ね好感触を頂いております。「身元確認」が必要、と言うのなら、誰に対して、どの様に行えば宜しいのでしょうか？基本方針には確かに「「多数派の演説場所」ではありません」と有りますが、一方で「議論によって何が正しいかを見極める道筋を保証します」とも書いてあり、現在、それが進行中です。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年4月28日 (土) 00:50 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者:大野慶吾というユーザーが上で話していますが、なぜこれほどにも[[Mikomaid(2)]]にこだわり続けるのでしょうか。全く異常なものです。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年4月28日 (土) 07:06 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 管理者[[利用者:泊優稀|Tomari]]の[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] の6か月ブロックについて ==&lt;br /&gt;
個人感情のみによるブロックではないでしょうか?。--[[利用者:防人|防人]] 2012年4月28日 (土) 17:20 (UTC)&lt;br /&gt;
:そうではないと思います。削除依頼に就いてはコンセンサスが出来つつあり、又、誹謗中傷を目的とした多重アカウント(ブロック破り)や荒らし行為が認められた事から、この対応は妥当と思われます。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年4月28日 (土) 10:15 (UTC)&lt;br /&gt;
[[利用者・トーク:大野慶吾]]にてブロック理由が書かれています。私の会話ページに不快なものを書きこんだので6ヵ月ブロックは相当です。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年4月29日 (日) 02:21 (UTC)&lt;br /&gt;
:本当に上記に目を通して頂けたのでしょうか？その上で解除した、と言うのであれば、どの様な点に不備があったのか、どの様な記述なら「不備無し」と認められるのか、お答え頂きたい。私の目には「難癖を付けてる」様にしか見えません。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年4月30日 (月) 13:30 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テンプレート:コピペディア転記 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
YPには[[コピペディア]](CP)への転記が望ましい項目が幾つか有るみたいです。取り敢えず[[:テンプレート:コピペディア転記]]、[[:カテゴリ:コピペディア転記]]を作ってみました。今後、同様のページを見つけた時には本TPを貼って頂ける様にお願いします。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年4月30日 (月) 00:42 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「このアカウントをブロックした管理人は死にます」氏のブロックに就いて ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに利用者ページの編集は有りますが、これは悪意によるものではないものと思われます。只、相手に対話を求め、項目に就いては、削除依頼の手続きを踏むべきでした。この点、「このアカウントをブロックした管理人は死にます」氏の行動は、やや拙速だったとは思います。ブロック期間を1週間程度に短縮する事が望ましいものと考えられますが、如何でしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 12:09 (UTC)&lt;br /&gt;
:「悪意によるものではない」とする具体的な根拠を教えてください。短期間に4度も編集していることから無期限でも良いかと思いましたが、一応、一ヶ月にとどめておきました。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年5月1日 (火) 12:32 (UTC)&lt;br /&gt;
::＞2012-04-29T11:13:47 (差分 | 履歴) 利用者:泊優稀/メインページ改定案(「Warning:Commercial SPAM is banned in this website!!!!」　を除去させていただきます) に就いて&lt;br /&gt;
::これは上記に書いた通りですが、これは、いきなり行うべきではなく、泊優稀氏に打診すべきだったと思います。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 13:04 (UTC)&lt;br /&gt;
::＞2012-04-29T15:16:55 (差分 | 履歴) 細 利用者:Example/残したい&lt;br /&gt;
::＞2012-04-29T15:28:19 (差分 | 履歴) 利用者:Example/残したい(Category:即時削除__)&lt;br /&gt;
::＞2012-04-29T15:46:32 (差分 | 履歴) 利用者:Example/残したい(無期限ブロックされた荒らしアカウントによる作成。膨大な容量・悪質な内容。いらない)&lt;br /&gt;
::＞2012-05-01T13:17:45 (差分 | 履歴) 細 利用者:Example/残したい(異常に残酷。)&lt;br /&gt;
::これらは、{{P|利用者:Example/残したい}}の履歴を良く見ると{{User2|Example}}氏が利用者ページのサブページに移動する前の標準空間だった頃の編集であり、これは問題にはならない筈です。尚、Example氏が移動したのは、それより後の2012-05-01T15:24:39です。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 13:04 (UTC)&lt;br /&gt;
::該当項目は内容が「陵辱」「近親相姦」「暴力的内容」「児童ポルノ小説」に該当する可能性があるとされたため、削除を目指したものと思われます。只、これもやはり、削除依頼の手続き、議論、投票を行う事が望ましいものと考えられたため、その旨のアドバイスをした矢先のことでした。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 13:04 (UTC)&lt;br /&gt;
::いずれにしろ、「短期間に4度」というのは誤認と思われ、実際には4月29日に１回だけです。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 13:04 (UTC)&lt;br /&gt;
::: 誤認である旨、理解できたため、ブロックを解除しました。なお、「陵辱」「近親相姦」「暴力的内容」「児童ポルノ小説」は、文章である限り削除対象にはなりえません。よって削除依頼の手続きや議論、投票を行う必要はありません。ただし、削除依頼以外（各ノートなど）で、議論を行うことを妨げるものではありません。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年5月1日 (火) 13:44 (UTC)&lt;br /&gt;
::::ありがとうございます。今回の件を伝えておきます。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月1日 (火) 13:55 (UTC)&lt;br /&gt;
(インデント戻し)2012-05-07T04:12:55付けで「spam投稿」を理由に1週間ブロックされましたが、何を以て「spam投稿」とされたのでしょうか？「このアカウントをブロックした管理人は死にます」氏には、確かに以下の様な編集は有ります。&lt;br /&gt;
*2012-05-04T15:15:00 ლიკა ქორქია (რუსთავი 2) ‎ (緊急即時削除) &lt;br /&gt;
*2012-05-04T15:14:29 ეკა ამირეჯიბი (რუსთავი 2) ‎ (緊急即時削除) &lt;br /&gt;
*2012-05-04T15:13:51 ბიბი კვაჭაძე (ანაბანა) ‎ (緊急即時削除) &lt;br /&gt;
*2012-05-04T15:11:53 მაია ასათიანი (ტელეჟურნალისტი) ‎ (緊急即時削除|) &lt;br /&gt;
*2012-05-04T15:10:40 ნინო ქარუმიძე (მხატვარი) ‎ (緊急即時削除) &lt;br /&gt;
これらは何れも項目名がグルジア語であり、環境によっては(古いブラウザや一部のスマホ)表示出来ず、表示出来ても読める人は少ない為、これを問題にしたものと思われます。WPでは漢字文化圏以外の外国人名・固有名詞は項目名をカタカナにする事が決められてますが、YPでは、どうなのでしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月7日 (月) 08:11 (UTC)&lt;br /&gt;
:2012-05-17T02:05:29付けで「spam投稿」を理由に再度2週間ブロックされましたが、何を以て「spam投稿」とされたのでしょうか？「このアカウントをブロックした管理人は死にます」氏が行った編集は{{User2|どんとだるま}}氏が乱立させたカテゴリに対する｛｛緊急即時削除｝｝TP張り付けであり、カテゴリの乱立こそがspamと思われ、問題になるはずです。これは問題にされないのでしょうか？「このアカウントをブロックした管理人は死にます」氏を見くびらない方が良いと思いますが、如何でしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月17日 (木) 00:13 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 泊優稀の管理者解任について ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者:泊優稀より[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Mikomid_(2)&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=158694 Mikomid (2) の保護] 処分を受けました。[[Mikomid (2)]] はユアペディアの特徴である「先編集権」を用いた記事でありながら、その保護理由のコメントに「不適切なページ。いい加減にしてください」と記載されていました。管理者:泊優稀より自分のトークページ、若しくは当該のトークページに事前に注意・警告はなされた形跡はありません。これは何故による処分となるのでしょうか。管理者:泊優稀の裁量次第で、気に入らない記事は何でも処分できるとするようなことであれば、管理者権限の越権行為に他なりません。&lt;br /&gt;
また、管理者:泊優稀はMikomid (2)の保護処分後に、[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%B3%8A%E5%84%AA%E7%A8%80&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=158696 利用者:泊優稀]にて「Mikomaid関連を中心にプライバシー侵害なども担当」と管理者就任の弁に追記されておりました。管理者:泊優稀は4月28日に、自分への理不尽な投稿ブロック処分を行い、Sysopの質問にも「依頼によるもの」と回答していましたが、処分通告の時間を調べると[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%85%B6%E5%90%BE&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=157747 それは嘘]であり、当日の投稿ブロック処分は依頼前に行使されたものです。加えて、[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%85%B6%E5%90%BE&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=157747 ユアペディアで禁止されている他者の利用者ページを編纂]しようとしたり、ユアペディアの編集内容も管理者としての管理行為よりも、チャクウイキを意識した記事を編集する等、ユアペディアが目指す方向とは違う路線を目指しているような編集行為が目立ちます。且つ、管理者就任の弁も特定の意図を持っていることを追記して明言していることから、本人の権力欲・支配力をユアペディア上で行使しようとの思惑が見え隠れ、ユアペディアの管理者としての資質・能力はないと判断せざるを得ず、Mikomid (2)の保護解除と泊優稀の管理者解任を求めるものです。加えて申し上げれば、法的責任能力・社会人経験を持たない未成年者が管理者に就任することは好ましくないと考え、いたずらに管理者希望者を就任させるのではなく、ユアペディア上で一定の編集実績や他の編集者の推薦を必要とするような就任基準を設けることを希望致します。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年5月10日 (木) 17:28 (UTC)&lt;br /&gt;
:上記の大野慶吾氏の発言には一部事実誤認が有る様です。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月10日 (木) 23:49 (UTC)&lt;br /&gt;
:＞処分通告の時間を調べるとそれは嘘であり&lt;br /&gt;
:実際にブロックされたのは2012-04-28T17:08:22で、処分通告の時間は2012-04-28T17:07:37であり、1分程度しか違いません。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月10日 (木) 23:49 (UTC)&lt;br /&gt;
:＞ユアペディアで禁止されている他者の利用者ページを編纂しようとしたり&lt;br /&gt;
:これは悪意によるものではなく、会話ページに書き込もうとして間違って書き込み、誤りに気づいてすぐに取り消し、改めて会話ページに書き込んでおります。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月10日 (木) 23:49 (UTC)&lt;br /&gt;
:＞当日の投稿ブロック処分は依頼前に行使されたものです&lt;br /&gt;
:これも完全に事実誤認であり、依頼があったのは2012-04-28T16:15:05で、ブロック処分は2012-04-28T17:08:22です。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月10日 (木) 23:49 (UTC)&lt;br /&gt;
:私は泊優稀氏に就いて、はじめは疑問を持ったのですが、就任してみると、概ね適切な管理をされてる様です。もう少し様子をみてあげて下さい。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月10日 (木) 23:49 (UTC)&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
大野慶吾(=どんとだるま=大野晋吾=アイザール)氏の要求を鵜呑みにする一方で私の要求に耳を貸さない感じでしょうか？この件に関しては[[Yourpedia:削除依頼#Mikomaidの真実の削除依頼]]、[[Yourpedia:荒らし報告・投稿ブロック・保護依頼#再度ブロック依頼]]で議論が進行中であり、現在の所、反対してるのは大野慶吾(=どんとだるま=大野晋吾=アイザール)氏'''だけ'''です。基本方針を盾に大野慶吾(=どんとだるま=大野晋吾=アイザール)氏の要求を鵜呑みにする一方で私の要求に耳を貸さない、という事が「Sysop様と大野慶吾(=どんとだるま=大野晋吾=アイザール)の性質は酷似する」様に感じられます。もし、これを否定されたいのであれば、私の要求にも耳を貸してください!!!!お願いします!!!!もし、私の身分開示を要求されるのであれば、公開しないで済む伝達方法を示してください。もし、私の要求にお応え頂けないのであれば、然るべき対応をさせて頂きたい、と思います。といっても、わたしには金はありません、が、ITの知識'''だけ'''は、それなりにあります。もしもの時には、ITの知識をフル動員させて頂こうと思っております。それで宜しいでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年5月11日 (金) 11:30 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Sysop様、上記の「もし、私の要求にお応え頂けないのであれば、然るべき対応をさせて頂きたい、と思います。といっても、わたしには金はありません、が、ITの知識'''だけ'''は、それなりにあります。もしもの時には、ITの知識をフル動員させて頂こうと思っております。それで宜しいでしょうか？」の記述は紙面にて記録に留めておいて下さい。自身のサーバーにサイバー攻撃が行われ、サイトの運営に支障が起こるかもしれないと脅威を感じた時点で刑法第二編　罪第32条の[[wiki:脅迫罪|脅迫罪]]が成立します。刑法犯であれば最寄りの警察署にその書面を添えて被害届を提出して刑事告訴することで対応できます。また、氏名不詳でも民事訴訟起こせますし、逆に相手方から民事訴訟が起こされれれば、当該の記事の立項には「自己責任が要求される記事」として予め明記されております。従って、文責は当該記述部分の記載者が負うこととなりますので、民事訴訟の際は応分の負担に応じることを申し添えます。その際は裁判で原告の実名・住所が判明しますのでサイトで公表なさることをお勧めします。脅迫には毅然とした態度で臨むことです。応援します。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年5月13日 (日) 16:03 (UTC)&lt;br /&gt;
::いいでしょう。だいたい、誹謗中傷・個人攻撃・罵詈造言・暴力・残酷・汚辱・等が蔓延し、更に芸能人・グラドル・等の画像の無断転載(著作権・パブリシティ権等侵害)を放置・容認・たまにお墨付きする様な'''違法状態のサイト'''の管理者が私を訴える事は不可能と思われ、訴えた所で、逆に、その様な違法状態が露になり、存続は不可能になるものと思われます。そもそも、YPで自分を悪く書かれた人物は私だけではなく数多く居り、削除依頼等が通らないのであれば自分が持つ知識・技術(呪詛・IT・等)を駆使してでもやめさせたいと思ってるのは私だけでない事は確実です。サーバーが何度も(最大3カ月弱)落ちた、という事実を重く受け止めて下さい。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年5月19日 (土) 01:19 (UTC)&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
誤解して頂きたくないのは、私は何もSysop様と対立・対決する事を希望してる訳ではない、という事です。寧ろ、逆であり、YPの基本方針に魅力を感じ、WPでは出来なかった'''のびのびとした自由な編集'''をさせて頂きたい、そして、'''Sysop様が理想とされた百科事典を作る為のお手伝いをさせて頂きたい'''、という事です。然るに、誹謗中傷・個人攻撃・罵詈造言・暴力・残酷・汚辱・等が蔓延する現状はSysop様が目指した理想と言えるのでしょうか？又、基本方針は、その様な醜い現状を維持する為に有るのでしょうか？[[Yourpedia:削除依頼#Mikomaidの真実の削除依頼]]、[[Yourpedia:荒らし報告・投稿ブロック・保護依頼#再度ブロック依頼]]に見られる様に、その様な現状を良しとしない人物が私だけではない、という事を、しっかり頭の中に叩き込んで頂きたい、と思います。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年5月11日 (金) 11:30 (UTC)&lt;br /&gt;
:付け加えておきますが「のびのびとした自由な編集」というのは'''「善意の第三者」を傷つけない'''、という意味です。然るに大野慶吾(=どんとだるま=大野晋吾=アイザール)氏は「善意の第三者」と言えるでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年5月11日 (金) 11:55 (UTC)&lt;br /&gt;
::同感。sys○pさんも反sys○p勢力を少しのことで投稿ブロックするのはやめるべき。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年5月14日 (月) 07:27 (UTC)&lt;br /&gt;
(インデント戻し)ところで、Sysop様は、エデンとハルマゲドンの、どちらがお好きでしょうか？又、YPの将来はエデンとハルマゲドンの、どちらになる事が望ましいと、お考えでしょうか？私を味方に付けて下されば、私はYPをエデンの園にしてあげる事を約束します。YPの将来は私を敵に回すか、味方に付けるか、で、大きく変わる、という事を念頭に置いた上で熟慮頂きたいと思います。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年5月19日 (土) 01:19 (UTC)&lt;br /&gt;
:Mikomaldさんはおそらく私と同じく呪術を習得しているので、上のコメントは脅しなどではなく本当のことでしょう。--[[利用者:このアカウントをブロックした管理人は死にます|このアカウントをブロックした管理人は死にます]] 2012年6月1日 (金) 07:20 (UTC)&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:WesselsBassett184&amp;amp;curid=53553&amp;amp;diff=159286&amp;amp;oldid=159263 利用者ページへの書き込み]は禁止事項であり、管理者としては許されない行為です。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年5月20日 (日) 10:58 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは無期限ブロックによる変更であり、悪意を持った書き込みではございません。そして、[[Yourpedia:利用者ページについて]]をもう一度見てください。本人と'''管理者以外は'''となっています。--[[利用者:泊優稀|&amp;lt;span style=&amp;quot;color:Blue&amp;quot;&amp;gt;'''Tomari'''&amp;lt;/span&amp;gt;]] 2012年5月20日 (日) 12:18 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:管理者と言えど、悪意があるなしにかかわらず、利用者ページへの書き込みは「[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia:%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6&amp;amp;diff=139110&amp;amp;oldid=80125 ブロックされたユーザーページを編集することは]」で明記されているように、管理者：[[利用者:泊優稀|泊優稀]] が行った行為は不要なものです。管理者としての[[利用者:泊優稀|泊優稀]] の資質や資格（'''未成年、且つ、保護者の同意がない'''）に問題があるものと思います。[[利用者:泊優稀|泊優稀]]の管理者権限を一時凍結し、一般ユーザーとしてユアペディアの編集に貢献していると周囲から認知されるまでの間は、管理者権限は付与すべきものではないと、再度、提案致します。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年5月20日 (日) 12:49 (UTC)&lt;br /&gt;
::それは違うと思います。利用者ページへの書き込み禁止は、あくまで一般ユーザーに対するものであり、管理者には適用されない筈です。只、該当のページは外国からの商業spamであり、削除が望ましいものと考えられ、私が見つけた時は全て削除(要約欄も白紙)と白紙保護を行っております。にもかかわらず、この様な依頼をする利用者:大野慶吾氏には、ある意図があるものと考えられます。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年5月20日 (日) 23:48 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:I,T,REVORUTION の投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者:I,T,REVORUTION　の投稿ブロック依頼をお願い申し上げます。--[[利用者:大野慶吾|大野慶吾]] 2012年5月20日 (日) 10:34 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
依頼理由&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1.[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Mikomaid_%EF%BC%882%EF%BC%89&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=159015 先編集権のあるページの白紙化]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2.[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Mikomaid_%EF%BC%882%EF%BC%89&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=159015 プライバシー侵害]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3.[http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/hobby/1321172484/l50#298 サーバー高負荷化工作]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== IPユーザーの無期限ブロックについて ==&lt;br /&gt;
多くのWikiでは、スパムや出没レンジでも最長でも1年くらいのブロックのようです。YourpediaもIPユーザーの無期限ブロックを撤回したほうが良いのでは?--[[利用者:塩津ハイヤー|塩津ハイヤー]] 2012年6月5日 (火) 11:37 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==[[Copipedia]]==&lt;br /&gt;
このサイト＞＞[http://ja.copipedia.org/wiki]にて「利用者:か」が荒らし行為をしています。ブロックしてもブロック破りする可能性があるので、しばらくは監視願います。--[[利用者:鳴り止まない苦情電話|鳴り止まない苦情電話]] 2012年6月10日 (日) 08:11 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== IPユーザー 222.146.152.128 の投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
依頼理由&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他人の利用者ページ編集--[[利用者:大野晋吾|大野晋吾]] 2012年6月10日 (日) 19:46 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記事「Mikomaid 」の白紙保護解除申請 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]により[[2011年]][[11月7日]]に記事「[[Mikomaid]]」が白紙保護されたままの状態となっていますが、記事の白紙保護解除の申請を以下の理由により申し上げます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://ja.yourpedia.org/wiki/Yourpedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E8%A6%81%E8%AB%8B%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%BF%9C%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3 「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」] に拠れば、管理者[[利用者:Mumbly]]が行った記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護依頼は著しく、「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」や「プロバイダ責任制限法ガイドライン」を逸脱した管理行為と言わざるを得ません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、その逸脱した管理行為の内容を列記すると&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」では削除依頼申請人の本人確認が要求されているのにもかかわらず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]がその依頼者の身元確認を行わず、記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護を行ったこと。また、それを[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:Mumbly&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=142809 「本人確認ができたとはいえません」]と管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]本人自身が認めていること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．削除依頼申請人[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]が主張するプライバシー侵害理由は、削除依頼申請人[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]が別人と主張している以上、[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]自身にプライバシー侵害を理由に削除依頼する権利がないにもかかわらず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]が記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護を行ったこと。すなわち、[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]が別人と主張している当該の人物自身からの削除依頼申請でなければ当該項目の削除・白紙保護依頼は認められないにもかかわらず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]が削除・白紙保護を行ったことは「プロバイダ責任制限法ガイドライン」や「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」から逸脱した管理行為となること。且つ、当該の管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]は[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=142473 「責任を持って削除しました」]と明言までしていること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．削除依頼申請人[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]の主張する、プライバシー侵害・誹謗・中傷理由が具体的な根拠を持って反証がなされていないこと。且つ、その依頼内容に[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=142513 虚偽の内容]があるにもかかわらず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]が確認もせずに一方的に[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]]の削除・白紙保護依頼を鵜呑みにして記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護を行ったこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４．削除依頼の内容に一つでも虚位の申請があればその削除申請依頼は要件を満たさず無効となることが「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」で明記されているにもかかわらず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]はその検証を行った形跡はないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５．Yourpedia:削除要請への対応ガイドラインに規定されている議論・追加証拠の要請等の行為を行わず、管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]が記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護を行ったこと。且つ、主筆していた当該のユーザーを一方的に一年間の投稿ブロック処分を行い、当事者の発言を封じたこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６．管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]がこの削除後、[[利用車:Sysop|Sysop]]から[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:Mumbly&amp;amp;diff=142745&amp;amp;oldid=142480 「プライバシー侵害による削除およびブロックについて」 ]や他のユーザーから指摘された疑問や批判に応えられず、その説明責任を果たしていないこと。また、その後はユアペディアの管理者活動を実質、放棄していることは、指摘された管理行為に問題があったと自ら認めていると推測されること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記の理由により、記事「[[Mikomaid]]」の削除・白紙保護は「プロバイダ責任制限法ガイドライン」や「Yourpedia:削除要請への対応ガイドライン」から著しく逸脱した管理者[[利用者:Mumbly|Mumbly]]の掲示板管理者業務の無知・錯誤・偏見によって不当に削除・白紙保護されたものであり、記事「[[Mikomaid]]」の白紙保護解除を申請するものです。&lt;br /&gt;
--[[利用者:大野晋吾|大野晋吾]] 2012年7月8日 (日) 03:24 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Mumbly管理者による一年間の投稿ブロック処分が明けて、白紙保護された[[Mikomaid]]の白紙保護解除を主筆した者として改めて申請します。なお、白紙保護を行ったMumbly管理者より明確、且つ、合理的な白紙保護理由を明示された場合はこの限りではありません。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2012年11月18日 (日) 00:45 (UTC)&lt;br /&gt;
::上記の発言から、上記の2アカウントは同一人物であり、極めて陰湿で狡猾で狂暴で凶悪で危険なゾンビ・キョンシー・魔獣であり、対話による解決は不可能である事が、改めて良く判りました。Sysop様が動いて下さらない限り、工作は次の段階に移行せざるを得ません。これで宜しいでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月18日 (日) 10:50 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===絶対反対===&lt;br /&gt;
上記の依頼は私(と混同の対象)に対する誹謗中傷・個人攻撃を正当化・合理化する為の詭弁であり、絶対に受け入れるべきではありません。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年7月8日 (日) 11:37 (UTC)&lt;br /&gt;
上記に対する反論は、以下の通りです。&lt;br /&gt;
#本人確認の手段としてはメールやウィキメール機能が有る筈ですが、管理者のメアドが非公開であり、尚且つ、MediaWiki更新時にウィキメール機能が削除され、創設者様にウィキメール機能の復活を要望したものの拒否された以上、「依頼者の身元確認」は事実上不可能であります。その様な状況でのMumbly氏の御対応は適切と考えられます。&lt;br /&gt;
#該当項目は私と「混同の対象」を混合した状態での誹謗中傷・個人攻撃であり、私にも削除要求の権利はあります。又、該当のガイドラインは、そもそも、企業からの依頼を想定したものと思われ、今回のようなケースは想定してないものと思われます。&lt;br /&gt;
#上記で展開した私の主張は正当なものであり、虚偽と決めつける方こそが虚偽であります。私が主張した内容や反論は、概ね[[Yourpedia:削除依頼]]に書かせて頂いた通りであり、その一方で「あなたが受けた具体的被害」「「私と同地域在住の別人」を私と「混同」する根拠」に就いての質問には全く答えがありません。&lt;br /&gt;
#何を持って虚位とするのかをお答え頂きたい。&lt;br /&gt;
#正当な御対応だと思います。「当該のユーザー」とは{{User|大野晋吾}}の別アカウントではありませんか？CUをすれば判る筈です。&lt;br /&gt;
#その後、職業(学業)が多忙となり、管理に手が回らなくなっただけであるものと思われます。&lt;br /&gt;
もし、私に就いて疑問をお持ちであれば、どんな事でも御質問下さい。プライバシーに係わらない内容であれば、即答という訳には行きませんが誠意を持ってお答えさせて頂こうと思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、{{User|大野晋吾}}の主張は{{User|アイザール}}と全くと言って同じであり、同一人物と言っても過言ではありません。更に、以下のアカウント群は全くと言って良いほど同じ主張をしてる事から同一人物である、と説明しても矛盾しないものと思われます。&lt;br /&gt;
*{{User2|YANCHARIKA}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|海燕}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Jesudonbay}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|アイザール}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|富岡市民}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|どんとだるま}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Polaris}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Mikomade}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野晋吾}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野慶吾}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野晴江}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野将希}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野久美子}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Mizusumashi}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野普吾監視委員会}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Oh! No! Shingo!}}	&lt;br /&gt;
これらのアカウント群に就いてCUの上、無期限ブロックを(外部管理者に許可する事を)強く、強く要求します。それとも、特定個人の誹謗中傷を行う為なら複数アカウント作成やブロック破りも許されるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は、私は、ある組織とコンタクトを持っており、又、現在、誹謗中傷をやめさせる為の技術的手段を開発中で、その組織からノウハウを習得中です。もし、私の要請に聞く耳を持たず、且つ、上記のアカウント群を擁護されるのであれば、最終手段として、その技術的手段を行使させて戴こうと思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知って頂きたいのは、創設者様に矛を向けてるのは私だけではない、という事であり、サーバーが何度も墜ちてる、という事が証明しております。幸いな事に私は賛同を集める事に或る程度成功しており、創設者様には、その重みを感じて頂きたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誤解して頂きたくないのは、私は好き好んで大野氏や創設者様と対立してる訳では無く、私に対する誹謗中傷・個人攻撃をやめる・やめさせる事を約束して頂けるのであれば、対決姿勢を解除させて頂き、YPを、よりよいネット百科事典にする為のお手伝いをさせて頂こうと思っております。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年7月8日 (日) 11:37 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公開質問 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は昨年11月11日に初代外部管理者であるMumbly氏から[[Mikomaid]]の記述で一年間の投稿ブロック処分を受けた者ですが、その投稿ブロック処分理由が「プライバシー侵害」とありましたが、それはどこの記述にあるのか具体的に指摘して戴ければ、今後の編集について参考となります。&lt;br /&gt;
申立人がプライバシーを侵害された当事者とは違うと明確に否定し、また、具体的な侵害箇所を指摘していない以上、「プライバシー侵害」はどうして成立するのか、また、「プライバシー侵害」とは具体的にどの記述を指すのか自分には理解に苦しむところです。記述した内容は証拠としてユアペディアの編集方針に則り、ネットで確認できるよう、引用部分にはリンクも張っております。また、相違があればいつでも改訂に応じると表明していても、申立人から具体的な指摘はなく、こちらとしては申立人の主張に沿うことはできませんでした。&lt;br /&gt;
Mumbly管理者はどの記述がプライバシーを侵害していると判断なさったのかを御指摘下さい。「私が責任を持って削除しました」とMumbly氏が明言した以上、投稿ブロック処分を下した管理者の責として説明責任は発生するものかと思います。他のwikiサイトでの管理者経験もあると言っている以上、管理者としてプロバイダ責任制限法ガイドラインの熟知し、また、ユアペディアにおける削除依頼対応ガイドラインおよびブロック方針の理解の上で行ったものであると自分は理解しておりますので、ご説明をして戴かなければ、今後の編集に支障を来すものですものです。対話もなく、一方的な投稿ブロック処分に納得ができません。投稿ブロック処分が明けて、初めてMumbly氏に問い合わせができる機会なので、公開質問の形として、他の編集者にも理解できるように、直接、Mumbly氏からご説明を求めるものです。Mumbly氏の管理者権限の濫用、不当処分と指摘されないように納得の行く回答を求めるものです。宜しく、ご説明をお願い申し上げます。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2012年11月17日 (土) 02:57 (UTC)&amp;lt;small&amp;gt;以上、[[利用者・トーク:Mumbly]]から転記[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;gt;「プライバシー侵害」はどうして成立するのか、また、「プライバシー侵害」とは具体的にどの記述を指すのか&lt;br /&gt;
*他サイトから無断転載されたものと見られる顔写真(これ自体が著作権侵害でもある)や、個人名と思しき部分(又は類推可能な部分)、これらに就いて「？？愛」「？？障害」等、と書き連ねた部分で、これらの記述には狂暴で邪悪な意図がある事は明白です。更に、本アカウントのみならず、本アカウントがブロックされてる間も特定の個人名を騙ったアカウント名を10個以上も使い、同様の記述や主張、詭弁を繰り広げており、この事からも、私と、混同の対象に対する激烈な怨念を持ってるものと思われます。本アカウントに就いてもブロック明け後直ちに活動再開してる事からも粘着性・狂暴性は明らかです。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&amp;gt;申立人から具体的な指摘はなく&lt;br /&gt;
*指摘は[[Yourpedia:削除依頼]]、等で過去に済ませてあります。未だ足りない部分が有りましたら具体的に再度指摘をお願いします。その一方で「あなたが受けた具体的被害(金銭的損害・いじめ・パワハラ・等)」に就いては回答がありませんでした。もし、私が、本アカウントに具体的被害を与えた、と言うのであれば、是非指摘して下さい。少なくとも私には特定他者に対する具体的加害に就いては身に覚えがありません。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&amp;gt;プロバイダ責任制限法ガイドラインの熟知し、また、ユアペディアにおける削除依頼対応ガイドラインおよびブロック方針の理解の上で&lt;br /&gt;
*この発言から判る通り、本アカウントには良心のかけら・呵責など全く無く、「プロバイダ責任制限法」と「YPのルール」さえ守れば他者の人権や「心の平和」を平気で蹂躙できる極めて狡猾で狂暴で凶悪で危険なゾンビ・キョンシー・魔獣である事は明白です。そもそも、「プロバイダ責任制限法」は他者に対する人権侵害を救済するための法律であり、使用目的が正反対と思われます。他者の人権を積極的に蹂躙する者が自分の人権を主張する事が筋が通る、とでも思ってるのでしょうか？寧ろ、この様な内容を放置する事の方こそ「プロバイダ責任制限法」に抵触するものと考えられます。違うでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&amp;gt;今後の編集に支障を来すものですものです。&lt;br /&gt;
*「今後の編集」とは本アカウントの1000回以上、300KB以上、4年以上に亘って延々と続く私と「混同の対象」に対する人権侵害内容、の事ですね。その様な編集を許せる、と思ってるのでしょうか？また、その様な内容を擁護するサイトを放置出来る、と思ってるのでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
*もしかして、本アカウントは、過去／現在の勤務先(又は学び舎)で、いじめやパワハラを受けてる、自分の人格・実績が認められない、という事に不満を持ってるのではありませんか？又、小学校～高校時代に、いじめの被害者だった、又は加害者だった、という事はありませんでしたか？勤務先が[[ブラック企業]]である、と感じるなら、その勤務先(又は学び舎)の(上司／教員の)事を4年以上、1000回以上、300KB以上に亙って書き募って不満への刷毛口にすれば良いのであって、直接の繋がりが無い私を攻撃対象にするのは筋違い、というものです。(実際、かつての勤務先や、その上司の事を延々と書き続けてる人物もいる様です)違うでしょうか？[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&amp;gt;対話もなく、一方的な投稿ブロック処分に納得ができません。&lt;br /&gt;
*本アカウントの主が上記の様な狂暴な魔獣である事を考えればMumbly様の御対応は極めて常識的と考えられます。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&amp;gt;Mumbly氏の管理者権限の濫用、不当処分と指摘されないように納得の行く回答を求めるものです。&lt;br /&gt;
*この様な狂暴な魔獣の詭弁に惑わされない事に期待します。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
:Sysop様もSysop様です。本来、YPが目指したのは「悪徳商法?マニアックス」のwiki版の筈ですよね!?この様な狂暴な魔獣の詭弁を易々と受け入れて他者の人権を蹂躙する様な邪悪な内容を放置と容認、たまにお墨付きする様なサイトが様々な攻撃を受けて、文句を言えると思いますか？私の削除依頼等が受け入れられないのであれば、持てる限りのIT知識をフル動員する、それしか有りません。現在、私は、YPの動作を少々重くする為の工作を行っておりますが、私の主張を御覧頂く為、暫く工作をお休みします。もし、Sysop様が私に対して、工作をやめさせたい、自分は魔獣ではない、僅かでも良心がある、YPは「悪魔の百科事典」「誹謗中傷やり放題」ではない、とお考えなのであれば、削除依頼を受け入れてくださる、又、関連の管理を外部の管理者に許可する、等の御対応をお願いします。自分に対する誹謗中傷・個人攻撃に就いての削除依頼等が通らない事に就いてSysop様に恨みを持ち、削除依頼が通らないのであれば策を弄してでもYPを潰そうと思ってるのは'''私だけではない'''、という事を、よ～～～～～く、頭の中にねじ込んでおいて下さい。全面解決すれば、私が矛を上げ続ける理由は解消されます。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2012年11月17日 (土) 11:01 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== spam対策お願いします。 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大規模なspam荒らしが続いており、防人さんがかなり多忙な仕事をしていますが、Chakuwiki[http://wiki.chakuriki.net/index.php/Chakuwiki:借井戸#.E3.82.B5.E3.83.BC.E3.83.93.E3.82.B9.E3.81.AE.E5.86.8D.E9.96.8B.E3.81.AB.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6 参考]のように、IPユーザーの編集と、ユーザーの新規登録を行う際、日本語のクイズをさせるように出来ないでしょうか？--[[利用者:あんだあすろう|あんだあすろう]] 2012年8月26日 (日) 07:29 (UTC)&lt;br /&gt;
:これに就いては、[https://www.mediawiki.org/wiki/Extension:ConfirmEdit ConfirmEdit]というプラグインを入れると解決するものと思われます。如何でしょうか？それ以外にも、[[wiki:特別:バージョン情報|こちら]]が参考になる筈です。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年9月1日 (土) 23:16 (UTC)&lt;br /&gt;
:後、既存のユーザー名と紛らわしいアカウントが乱立する傾向があるみたいです。これに就いては、[https://www.mediawiki.org/wiki/Extension:AntiSpoof AntiSpoof]というプラグインを入れると解決するものと思われます。如何でしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年9月1日 (土) 23:20 (UTC)&lt;br /&gt;
:この他、NGワードをいじってみたのですが、効いてないみたいです。[https://www.mediawiki.org/wiki/Extension:SpamBlacklist SpamBlacklist]、[https://www.mediawiki.org/wiki/Extension:Title_Blacklist Title_Blacklist]というプラグインを入れると解決するものと思われます。如何でしょうか？[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年9月5日 (水) 00:38 (UTC)&lt;br /&gt;
::Title_Blacklistプラグインを入れてみたのですが動いているのかどうか良くわかりません。ConfirmEdit は、質問を日本語にしてみました。--[[利用者:Sysop|Sysop]] 2012年9月5日 (水) 08:31 (UTC)&lt;br /&gt;
:::動作確認のため、[[利用者:あんだあすろう/Titleblacklist|このページ]]の内容を[[MediaWiki:Titleblacklist]]にコピーしてみて、「個人情報」という言葉を含むアカウントを作成してみてください。--[[利用者:あんだあすろう|あんだあすろう]] 2012年9月5日 (水) 17:57 (UTC)&lt;br /&gt;
::::どうも、機能してないみたいですね。機能してれば、[[特別:バージョン情報|こちら]]に出る筈ですが。周辺の設定ファイル等を見直してみては如何でしょうか？ConfirmEditの方は機能してるみたいで、今の処、外国からのSPAMは止まってる様です。あと、同様の対策をCopipediaの方にもしておく方が良いと思います。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2012年9月5日 (水) 23:47 (UTC)&lt;br /&gt;
:現在IPユーザーによるspam投稿が多発しています。非ログインユーザーが投稿する際にも、強制的にキーワード入力させるようにお願いします。--[[利用者:揖保川の水兵さん|揖保川の水兵さん]] 2012年10月16日 (火) 10:40 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 岡部健の記事の名誉毀損行為について ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はじめまして、岡部　健と申します。&lt;br /&gt;
本人確認については、メールアドレスをご指定いただいたら、そちらに私の住所および固定電話の番号を通知いたしますので、その電話番号にかけて頂ければ最低限の確認は取れると思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、おそらくこのサイトを運営されている当事者として、私を誹謗中傷する記事が長期間に渡り編集の上、不特定多数へ公開されていることはご存じであろうと思いますが、今回そのことについてご見解を伺いたいと思い、ご連絡いたしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私に関する記述は明らかに社会的信用を毀損する目的のもの、及び直近の編集では、こういう嫌がらせ[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B3%E3%83%99%E3%82%B3%E3%83%99%E9%AB%AA&amp;amp;curid=57625&amp;amp;action=history]行為が執拗になされており、看過できません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上の記事の写真は私のものですが、名誉毀損以前に、著作権肖像権を侵害するものであり、無断でこのような使い方をすることは許可していません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際、以上の記事や私の記事はなんら公益性もなく、詐欺罪で刑事告訴の動きもあった、だのニートだの事実無根の内容が多々含まれており、名誉毀損の構成要件を満たしますが、本記事群以前に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私への名誉毀損行為について、Twitterの特定個人複数名と２ちゃんねるスレッドの書き込みについて順次、&lt;br /&gt;
兵庫県警に刑事告訴し、現在捜査中です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の利用者ページにも「警告」としてその事実を記した上で、このYourpediaサイトにおける誹謗中傷、名誉毀損行為について刑事告訴する旨を明記しており、&lt;br /&gt;
実際今週の早い段階で刑事告訴するつもりでしたが、加害者の執拗さが悪質なため、タイミングを少しずらしてその行為を蓄積している段階です。&lt;br /&gt;
おそらく来週中にはまとめて刑事告訴するつもりですが、本サイトの管理者として、このような事態について、なんらかの対処をされるつもりがあるのかどうか？是非お考えをお聞かせください。&lt;br /&gt;
よろしくお願いします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡部　健 kenokabe@gmail.com&lt;br /&gt;
--[[利用者:Kenokabe|Kenokabe]] 2012年9月13日 (木) 12:33 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== {{user2|このコミュニケーション能力じゃ郵便局で働けるとは思えない}}が作成したページの削除依頼 ==&lt;br /&gt;
[[yourpedia:削除依頼]]にも書きましたが、全然削除されません。削除お願いします。--[[利用者:ようｒぺぢあ|ようｒぺぢあ]] 2013年2月8日 (金) 08:28 (UTC)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia:Template_%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E5%90%8D%E5%89%8D%E7%A9%BA%E9%96%93&amp;diff=177338</id>
		<title>Yourpedia:Template メッセージの一覧/利用者名前空間</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=Yourpedia:Template_%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E5%90%8D%E5%89%8D%E7%A9%BA%E9%96%93&amp;diff=177338"/>
				<updated>2013-01-28T09:17:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{TM-list}}&lt;br /&gt;
このリストは、利用者ページに使用するテンプレートの一覧です。[[:Category:利用者ページ用テンプレート]]も参照してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者ページであることの表示 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;br clear=&amp;quot;both&amp;quot; id=&amp;quot;整理用改行&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
* {&amp;amp;#123;[[Template:Userpage|Userpage]]}} - ミラーサイトへの注意。利用者ページの下部または上部に貼ります。&lt;br /&gt;
{| border=1 cellspacing=0 cellpadding=15 style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|valign=&amp;quot;top&amp;quot;| {{Userpage}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ユーザーボックス ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;floatright&amp;quot;&amp;gt;{{userbox|id=[[画像:Crystal kthememgr.svg|44px]]|info=ユーザーボックスの例}}&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{-}}&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:ユーザーボックス]]、[[Yourpedia:ウィキプロジェクト ユーザーボックス]]を参照。&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:バベル]] - 利用者言語テンプレートの一覧と、補助テンプレートがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[Yourpedia:投稿ブロックの方針|投稿ブロック]]関連 ==&lt;br /&gt;
=== 標準 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;4&amp;quot; style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background: #f0f0f0&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:30%&amp;quot;|名称等&lt;br /&gt;
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|- &lt;br /&gt;
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*'''1ヶ月以上'''ブロックされた利用者ページに使ってください。&lt;br /&gt;
* ブロック依頼のサブページ名が、このテンプレートを貼る利用者名と同じ場合には、''ブロック依頼のサブページ名''は省略できる：&amp;lt;br /&amp;gt;{&amp;amp;#123;[[Template:Blockeduser|Blockeduser]]|ブロックされた期間}}&lt;br /&gt;
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*'''1ヶ月以上'''ブロックされた利用者ページに使ってください。&lt;br /&gt;
* 投稿ブロック依頼のサブページでの議論が存在しない場合&lt;br /&gt;
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|}&lt;br /&gt;
'''注'''： ''ブロック依頼のサブページ名''とは、[&amp;amp;#91;Yourpedia:投稿ブロック依頼/だれだれ]]の'''だれだれ'''にあたる部分です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 無期限 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;4&amp;quot; style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background: #f0f0f0&amp;quot;&lt;br /&gt;
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!style=&amp;quot;width:auto&amp;quot;|内容または例示&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
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* ブロック依頼のサブページ名が、このテンプレートを貼る利用者名と同じ場合には、''ブロック依頼のサブページ名''は省略できる：&amp;lt;br /&amp;gt;{&amp;amp;#123;[[Template:Indefblockeduser|Indefblockeduser]]}}&lt;br /&gt;
| {{Indefblockeduser|page=''ブロック依頼のサブページ名''}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
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* 投稿ブロック依頼のサブページでの議論が存在しない場合&lt;br /&gt;
| {{Indefblockeduser|nopage=t}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
'''注'''： ''ブロック依頼のサブページ名''とは、[&amp;amp;#91;Yourpedia:投稿ブロック依頼/だれだれ]]の'''だれだれ'''にあたる部分です。&lt;br /&gt;
*IPユーザーには、[[テンプレート:無期限ブロックを受けたIPアドレス]]を使用して下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 公開アカウント ===&lt;br /&gt;
*公開アカウント（パスワードを公開したアカウント）は、[[テンプレート:無期限ブロックを受けたユーザー]]を使用して下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ユーザー名 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;4&amp;quot; style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background: #f0f0f0&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:30%&amp;quot;|名称等&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:auto&amp;quot;|内容または例示&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
|{&amp;amp;#123;[[Template:UsernameBlock|UsernameBlock]]}}&lt;br /&gt;
* 不適切なユーザー名&lt;br /&gt;
| {{UsernameBlock}}&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
|{&amp;amp;#123;[[Template:LongUsernameBlock|LongUsernameBlock]]}}&lt;br /&gt;
* 長すぎるユーザー名&lt;br /&gt;
| {{LongUsernameBlock}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 荒らしユーザー ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;4&amp;quot; style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background: #f0f0f0&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:30%&amp;quot;|名称等&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:auto&amp;quot;|内容または例示&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
|{&amp;amp;#123;[[Template:Vandaluser|Vandaluser]]|''&amp;amp;#91;&amp;amp;#91;サブページ名&amp;amp;#93;&amp;amp;#93;''}}&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:進行中の荒らし行為/長期]]にリストされている利用者が対象。&lt;br /&gt;
* ユーザー名とサブページ名が同じ場合は省略できる：&amp;lt;br /&amp;gt;{&amp;amp;#123;[[Template:Vandaluser|Vandaluser]]}}&lt;br /&gt;
| {{Vandaluser|&amp;lt;nowiki&amp;gt;[[サブページ名]]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 多重アカウント ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;4&amp;quot; style=&amp;quot;border: solid 1px #000&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background: #f0f0f0&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:30%&amp;quot;|名称等&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:auto&amp;quot;|内容または例示&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
|{&amp;amp;#123;[[Template:Sockpuppet|Sockpuppet]]|''だれだれ''|''&amp;amp;#91;&amp;amp;#91;根拠となるページ&amp;amp;#93;&amp;amp;#93;''}}&amp;lt;br /&amp;gt;{&amp;amp;#123;[[Template:Sockpuppet|Sockpuppet]]|''だれだれ''|evidence=''&amp;amp;#91;&amp;amp;#91;根拠となるページ&amp;amp;#93;&amp;amp;#93;''}}&lt;br /&gt;
* 根拠として[&amp;amp;#91;Yourpedia:進行中の荒らし行為/長期/だれだれ]]またはテンプレートを貼る利用者の投稿記録を示す場合は、[&amp;amp;#91;根拠となるページ]]は省略できる：&amp;lt;br /&amp;gt;{&amp;amp;#123;[[Template:Sockpuppet|Sockpuppet]]|''だれだれ''}}&lt;br /&gt;
| {{Sockpuppet|だれだれ|evidence=&amp;amp;#91;&amp;amp;#91;根拠となるページ&amp;amp;#93;&amp;amp;#93;}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:利用者ページ]]&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:ユーザーボックス#ユーザーボックスの分野一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:*りようしや}}&lt;br /&gt;
[[Category:利用者ページ用テンプレート]]&lt;br /&gt;
[[Category:Templateの一覧|りようしや]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88:IP%E7%84%A1%E6%9C%9F%E9%99%90%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E4%B8%AD&amp;diff=177329</id>
		<title>テンプレート:IP無期限ブロック中</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88:IP%E7%84%A1%E6%9C%9F%E9%99%90%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E4%B8%AD&amp;diff=177329"/>
				<updated>2013-01-28T09:11:05Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: ユーザーと混合しない為無期限ブロックを受けたIPアドレスのテンプレートを作成&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;border: solid 1px #000000; text-align: left; font-size:larger; padding:3px;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
　[[画像:30px-Stop x nuvola svg.png|30px]]　このIPアドレスは、[[Yourpedia:投稿ブロック（アクセス制限）についての方針|無期限の投稿ブロック]]を受けています。[[特別:投稿記録/{{PAGENAME}}|関連するログも参照してください。]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 使い方 ==&lt;br /&gt;
*ログインユーザーには[[テンプレート:無期限ブロックを受けたユーザー]]を使って下さい。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:無期限ブロックを受けたIPアドレス]]&lt;br /&gt;
[[category:投稿ブロック中のユーザー]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA:%E7%84%A1%E6%9C%9F%E9%99%90%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%9FIP%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9&amp;diff=177101</id>
		<title>カテゴリ:無期限ブロックを受けたIPアドレス</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA:%E7%84%A1%E6%9C%9F%E9%99%90%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%9FIP%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9&amp;diff=177101"/>
				<updated>2013-01-22T09:30:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: ユーザーと混合しない為無期限ブロックを受けたIPアドレスのカテゴリを作成&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;無期限ブロックを受けたIPアドレスのカテゴリ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[テンプレート:無期限ブロックを受けたIPアドレス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:むきけんふろつくをうけたあいぴーあどれす}}&lt;br /&gt;
[[Category:荒らし]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=174745</id>
		<title>角田美代子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=174745"/>
				<updated>2012-12-22T09:40:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子.JPG|300px|thumb|角田美代子の本当の顔]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子2.png|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''角田　美代子'''（すみだ　みよこ、[[1948年]] - [[2012年]]12月12日）とは、25年以上にわたって、[[尼崎市]]を中心に[[兵庫県]]、[[高知県]]、[[香川県]]、[[岡山県]]、[[滋賀県]]、[[京都府]]の6府県で、数世帯の家族が長期間[[虐待]]、監禁し、10人以上を[[虐殺]]した殺人犯である。以前の苗字は「月岡」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[11月]]の大江和子さんドラム缶事件で発覚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:李正則1.jpg|200px|thumb|李　正則]]&lt;br /&gt;
主犯・角田美代子（64歳・2012年）は、従犯とされる親族の[[在日韓国人]]の李38歳（2012年）やその他数名の取り巻きを従えて、標的とした複数の家族を暴力的に支配して、家庭に居座る、裸で外を歩かせる、などあらゆる虐待を繰り返し、結果死亡した女性はドラム缶に詰める、などした。角田美代子らによって暴力的・精神的に支配された被害者家族らは家ごと乗っ取られ、互いに殴打し合わされたり、監禁され[[暴行]]されたり、全財産を奪われたりしたが、角田美代子の手口は巧妙で、自ら手を出すことは控えめだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子らは、些細なことに難癖をつけては弱みを見せる相手を脅迫し、多数の無法者を引き連れて家庭に侵入し、金品をむしり取ることを生業としており、夜の街で獲物を探し歩いていた。角田美代子は普段から飲み仲間に、「交通事故に遭ったら金になる」など当たり屋の指導をするなどし、うっかり隙を見せて食い物になってしまった家族らのその後は凄惨で、[[高松市]]の谷本家は2003年5月頃、餓死寸前になり、服も着させて貰えず、父親の谷本誠さんが全裸で長女の茉莉子さんをおんぶして親族の元に「何か食べさせてほしい」と、助けを求めてきたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある時は谷本夫婦揃って全裸で泣きながら親族に金を借りに来ることもあり、やがては親族までもが呼び出され、次女・瑠衣が「お父さん、ごめんね」と泣きながら両親を顔が腫れるまで殴らせられている光景を目の当たりにし、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」とショックを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、警察（[[兵庫県警]]尼崎東署、[[香川県警]]高松東署、高松南署）は再三親族や、谷本誠さん、近隣住民などから被害相談や通報があったにも拘らず、全く対応することはなく、「事件ではないので動けない」などと繰り返し、結果的に長年の間、被害者たちはなすすべもなく角田らの暴力、虐待の前に見殺しにされ、2011年管轄外の[[大阪府警]]が大江香愛（ドラム缶遺体の大江和子さんの長女）の駆け込みを信じて捜査を行ったことで、ようやく事態が公になった。被害者たちは、何度も逃げたが、そのたびに連れ戻されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中には、保険金目的に崖から転落を強要されて殺された橋本さんもいるが、この時も警察は現場の聞き込みや生命保険契約有無の確認さえ怠り、角田美代子達の言うがまま事故として処理していた。また、兵庫県警は角田逮捕後も角田宅の現状維持さえ怠り、競売に出されるがままになっており、逮捕一年後、[[2012年]][[10月]]になってようやく家宅捜索を行うが、既に一味残党に証拠隠滅のため、監禁小屋を撤去されてしまうなど捜査の遅れが目立った。2012年11月7日、角田美代子や李、その内縁の夫など8人が再逮捕、または逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年12月12日、角田美代子は留置所にて[[自殺]]した。64歳。重要なニュースにもかかわらず、北朝鮮のミサイル発射や衆議院選挙などのニュースもあったためあまり報道されなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手口 ==&lt;br /&gt;
=== 接点 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の手口は、被害者たちを次第に取り込んでいくことであり、まずはきっかけから（あるいは口実を作って）接点を持ち、弱みを握り、相手の些細な「落ち度」を咎めて10人近くの集団で家に押しかけ、自宅に乗り込んで事実上占領し、職場にも押しかけて、挙句に被害者たちを虐待して意のままにすることであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家宅占領後 ===&lt;br /&gt;
そのうえで、なるだけ角田美代子自身は手を下さずに、李の他、取り巻き達を使い、あるいは恐怖によって怯えさせて家族同士を自分の指示通りに殴り合わさせることにより、家族間の信頼関係を破壊し、被害者宅の暴力支配を完成させていた。また、娘などの安全を肩にその両親を服従させることもしばしばだった。中には何年もの虐待の末に高松の谷本瑠衣などは、恐怖と安全への願いから角田美代子に[[洗脳]]されてしまうケースもあり、虐待された挙句、自ら角田美代子の[[養女]]になることを願い、次第に角田美代子の命じる[[犯行]]の実行犯となっていき、さらには角田美代子の息子と結婚させられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 集金 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の第一の目的は被害者の財産であり、集金方法には手段を選ばなかった。家含めて、被害者家庭の全資産を身ぐるみ剥いだのは言うまでもなく、「プライドを捨てさせるため」として被害者の子供に消費者金融から借りさせたり、両親、祖父母を脅迫して、親族の家までお金を借りに行かせたりした。また子供を脅して、子供の友人達からもお金を借りさせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者の待遇 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅2.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅3.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
角田美代子は名義を変更させて被害者たちのマイホームを手に入れると、被害者たちを追い出し、自宅近くのワンルームのアパートに一家を丸ごと押し込んでいた。&lt;br /&gt;
角田美代子は集めた金で自身の[[分譲マンション]]に別ルームを購入し、そこにも他の被害者家族を押し込み、一部はベランダの犬小屋大の隔離[[小屋]]に起居させることもあった。また、逃亡を防止するため、時に裸で暮らさせ、被害者の妻は[[猿轡]]をかませられ、それを見た親族（女）の口からはとても言えないほど、卑猥で無残な姿で暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベランダのこの小屋は複数個あって、外から施錠できる仕組みになっており、そこに閉じ込められた被害者へは、主に脅迫された親族らから継続的に[[リンチ]]が行われ、少なくとも4名が衰弱して死亡している。またこの小屋を外から見られるのを防ぐため、ベランダの周囲には木製のフェンスが張り巡らされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また虐待の方法も凄惨、多様で、谷本隆さん(68)は、両耳をつぶされ、両手足をバーナーで焼かれていた。また監禁されていた川村博之の元妻・大江裕子は唇はえぐれて、発見時、放心状態であり、殺された[[仲島茉莉子]]さん(29)は形が分からないほどに殴られて顔が変形しており、後日リンチの最中と思われる「生きているか死んでいるか分からない」写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者・その被害 ==&lt;br /&gt;
角田らの犯行によって、数世帯が壊滅に追い込まれ、一家は離散し、多くが殺された。またここに紹介する以外にも、何軒もの家族が崩壊、虐殺、奴隷化の憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高松市の谷本誠一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子1.jpg|300px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷本誠一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女・茉莉子は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女・瑠衣は県内有数の進学校である[[高松高校]]に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、角田美代子達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則を、角田美代子に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本誠さんは、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、角田美代子達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、角田美代子らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも角田美代子の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、谷本誠さんは裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また角田美代子達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。結果的に彼女らは本意ではなくも、角田美代子達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、角田美代子の部下達何人もに、谷本夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日はT夫が殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本の妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、角田美代子らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金2000万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も[[高松高校]]を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣1.png|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣2.jpg|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで角田美代子らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は角田美代子に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。角田美代子らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて角田美代子と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本は慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は角田美代子から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も角田美代子の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子の優太郎と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は角田美代子の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本誠さんも身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、角田らの近所に潜伏した。また、谷本誠さんの兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎の大江一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
川村博之は大手電鉄会社に勤務しており、尼崎市内に二世帯住宅を構え、川村夫婦と妻の姉・大江香愛、妻の母・大江和子さん、子供二人の6人で幸せに暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田一味との接点は、2009年4月に谷本の次女・瑠衣が引くベビーカーが電車のドアに挟まれたと、角田がクレームをつけた事に始まった。クレーム係として応対に出た川村博之だったが、オフィスに訪れた角田は李を「元ヤクザ、怒ったら手がつけられない」と紹介して脅迫する一方、川村博之の小さな長所を褒め、以後もしばしば訪れて、川村博之との関係を深めていく。やがて雑談の折に、川村博之は喫茶店経営など自分の夢やプライベートなことを話し出すが、そこに角田は付け入り始め、開店用として高価なカップを贈ったり土地を探すなど、次第に関わりは複雑化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 一家の崩壊と家族会議 ====&lt;br /&gt;
角田は、脅し、透かしで喫茶店開店を勧め、ついには川村博之も「おいしいコーヒーを入れる店を」と店の開業を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電鉄会社は反対するが、川村博之は「なんで辞めさせへんねん」と会社に怒鳴り込む始末であった。住宅ローンや娘二人も抱えていたため、同じく川村の妻・大江裕美も反対し夫婦仲は冷却、離婚話にも発展し、そこに仲裁を買って出た角田は李や瑠衣を伴い、週に一度川村博之の家族・親族を集め「家族会議」を開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月についに川村夫婦は離婚するが、角田の催す「会議」はまだ終わらず、連日の招集になり食事や排泄制限、暴力までが入りはじめ、川村博之の妻の姉・大江香愛は会社を首になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は、話というより拷問に遭っている感じで、毎日一日16時間延々と繰り返され、寝る間もままならなかった、と述懐する。角田らはあらかじめ大江家の子供たちを自分の家に預けさせていたため、「会議」を断ることも難しかったのである。挙句の果てには、川村の妻で大江家の次女・大江裕美を売春宿[[飛田新地]]で働くよう強要し、川村の退職金も喫茶店開業資金として借りたお金も全て巻き上げられてしまった。こうして一家は完全に崩壊した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 祖母・大江和子さんの殺害 ====&lt;br /&gt;
角田の指示で、川村は家族と別れて主犯のマンションの近くのワンルームアパートに居住するが、やがて「娘の養育の責任」を口実に、大江一家全員のアパート移転を迫り、僅か一部屋に6人が雑居することになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
睡眠や食事、排泄は主犯らの許可が必要で、生活環境は劣悪だった。角田らからの暴力や虐待は常習で、時には川村の小5の娘までもが、角田の指示により、公園で大江家全員からリンチされることさえ起きていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族の信頼関係は完全に崩壊し、こうした中、ついには2011年「一緒に暮らしていけない」と大江家の祖母・和子さんが脱出し、東京の親戚宅に移るが、直ちに居場所を突き止められ、連れ戻されて角田の命を受けた家族達に連日暴行、一時はそれでも脱出して通行人にと助けを求めるが最後には虐待死する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、肋骨三本とのど骨の一部が折れており、胸や腹も強打され、喉が圧迫を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉・大江香愛の脱走と事件発覚 ====&lt;br /&gt;
[[Image:大江姉妹1.jpg|300px|thumb|大江家の姉妹(妹の裕美が川村の妻)]]&lt;br /&gt;
続いて2011年11月、姉・香愛が脱走し、兵庫県警を避けて大阪府警に相談したところ、自身も負傷していたため、府警は事件性があると判断し、尼崎東署に連絡した。府警の要請で県警は角田らを捜査、祖母・和子さんの殺害が発覚した。和子さんはコンクリート詰めにされ、ドラム缶に密封されており、ここでようやく角田ら5人が逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、5人のうち、角田、李を除くと残りは川村夫婦、姉・香愛であり、こうして大江家の生存者全員は、全てを失ったうえに犯罪者にまでなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江の親族は、角田に対して「子供のショックは大きく、回復にはかなり時間がかかるようです」「正直、死刑にするくらいではまだ足りない。お母さんのような極限の空腹状態を一片味合わせてやりたい」と悔しさを吐露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件発覚時、川村の妻は耳が欠け、唇がえぐれており、話しかけても放心したように無表情で、川村は、大江家祖母の殺害について「自分達がやった、資産管理は角田にお願いする」という遺書を書かされていた。角田は虐待するにあたって、通販カタログを丸く固めた「しばき棒」を使い、被害者の目や顔、唇を突き、傷ができ、かさぶたになると、その箇所をまた突いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・角田　美代子 ==&lt;br /&gt;
=== 宅配預かると「壊した」角田はクレーマー ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市のドラム缶遺体事件で、主犯格とされる無職・角田美代子は、ささいなことに激高し、謝罪を迫る「クレーマー」として近隣住民から敬遠されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもや身内には将来を案じる一面も見せていたが、住民らへの取材からは、執拗に他人をトラブルに巻き込んでいく姿が際立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人の宅配便は預かりたくなかった」。角田が7年ほど前まで住んでいた尼崎市内の賃貸マンションの住民が漏らす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田宛ての宅配便を預かって渡すと、「中身が壊れた」「調子が悪い」と弁償を要求され、住民らは次第に関わりを避けるようになった。角田は夫や子どもたちと同居しており、子ども同士がけんかすると、必ず相手の家にどなり込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の祖母宅近くに住む同市内の男性は、角田が20歳代の頃、「駐車違反を通報したやろ」と激しく詰め寄られた。角田は、祖母宅に立ち寄った際、男性宅前に車を止めていて駐車違反の取り締まりを受け、男性が通報したと因縁を付けた。男性が否定しても、自分の当時の交際相手まで呼び出し、2人がかりで何度も謝罪を求めた。男性は「若いのに暴力団かと思うぐらいの迫力でののしられ、会う度ににらまれた」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前には、角田が夫や妹、数人の男女など大勢を引き連れて出歩く姿も目撃されている。飲食店では、定職がないのに全員分の代金を支払っていたといい、住民らからは「どこから金が入っているのか」といぶかる声も出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 難癖付けて金品要求。夜の街では「獲物」探し。角田のカツアゲ人生 ===&lt;br /&gt;
3人を含め8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子は、弱みを見せる相手につけ込んではカネをむしり取る“カツアゲ”をシノギにしていた。生まれ育った尼崎のネオン街では、次の獲物を探し回るハイエナのような姿が度々目撃されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お前、この絨毯いくらする思てんねん！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約10年前、角田は尼崎市内の自宅アパートで当時30代の主婦をこう怒鳴りつけた。同被告の背後には巨漢の男2人が後ろ手で仁王立ちし、異様な緊張感に包まれていたという。事情を知る地元の関係者が振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（主婦が）手を滑らせて居間に敷かれていた絨毯にお茶をこぼしたのがトラブルの原因。それを材料に因縁を付け、(角田が)『弁償せえ。30万円払え』って言うてきたみたい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、この主婦は角田に言われるまま、近くの金融機関で30万円を下ろして支払った。コトが終わると角田は主婦の耳元でこう囁いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「警察にチクったら、地の果てまで追い込んだる。わかってんなぁ。いつも見張ってるからな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おびえきった主婦は数カ月後、住み慣れた地元を家族とともに夜逃げ同然に出ていったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もともと2人は知り合いで、(主婦が角田を)相談相手として信頼しとったみたい。それが、初めて家に招かれた所でいきなり豹変した」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親身に接し、心を開いたとみるや、難癖を付けて金を搾り取る。これが角田の常套手段だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の住民らによると、同被告は建設会社を経営する父親の下で尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校は中退し、10代から水商売を始めた。周囲には「スナックや喫茶店を経営していた」と語っていたが、「正業を持っているようには見えなかった」（地元商店主）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常軌を逸したクレーマーぶりで有名だったが、夜の街でも「獲物」を探し回っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飲み仲間の1人は「お酒はほとんど飲みませんでしたけど、店に客が入ってくるたびにすごい目つきでにらみつけて反応をうかがっていた。相手が『何や』とやり返すと引くけど、おとなしそうな人やと、ここぞとばかりに因縁を付ける。常にターゲットを探してる感じ」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭への執着は非常に強く、「右手にごっつい大きな指輪を3つもはめて来てた。それを何回も見せて『えーやろー？』って聞く。『金の切れ目が縁の切れ目』とか、『世の中、銭や』ってしょっちゅう言っていた」（先の飲み仲間）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この飲み仲間は、角田から「交通事故に遭ったらカネになる」と「当たり屋」の指南まで受けたという。なかでも印象的に残っているのがこの言葉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『金持ちでええなあ？』って聞いたら、ニヤリと笑って言ったんです。『一生食べていけんねん。生命保険もあるし』って。一体誰の生命保険やったんか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の心を支配したどす黒い欲望。その闇は底知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、息子の通う中学に因縁つけ→校長、事態収拾で辞表 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の息子・角田優太郎が通っていた兵庫県尼崎市の市立中学校の元校長(63)が10月23日、取材に応じ、2002年に息子の卒業をめぐって美代子らとトラブルとなり、事態を収拾するため、教育長に辞表を提出していたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には撤回されたが、「卒業させるために辞表を出した。今思えばおかしいが、それしか考えつかなかった」と当時の心境を振り返った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係者によると、角田優太郎は中学時代、ほとんど登校しておらず、美代子も「うちには家庭教師が3人おるからええんや」などと話していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、突然、「学校は息子を放置していた」と因縁をつけ、留年させるよう要求。元校長は、2002年初めから美代子の自宅を数回訪れて話し合う中で、「卒業との交換条件と感じた」と辞表を提出し、美代子も同意したという。ただ、卒業式前日、角田優太郎が出席の条件とされていた金髪を黒く染め直していなかったことを、教諭らが指摘したところ、美代子が激高。数人の男を引き連れ、学校に乗り込んできたという。角田優太郎は卒業式を欠席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子をめぐってはささいなことで執拗にクレームをつけ、現金などを要求するケースが複数確認されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 息子は溺愛…タレント養成所に。美代子の二つの顔 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田優太郎1.jpg|300px|thumb|角田　優太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子の両極端な素顔が浮かび上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退した。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに戸籍上の義理の妹、三枝子らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子の息子・角田優太郎の中学時代を知る女性によると、美代子は優太郎をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、幼いころに美代子が出入りしていたという無人の民家の近隣男性によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、美代子がよく買い物に訪れていた商店街では、息子・角田優太郎と谷本家の娘、瑠衣の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子のまわりの男達「金髪デブ軍団」と呼ばれてた ===&lt;br /&gt;
尼崎連続怪死事件の中心に位置するのが主犯とされる角田美代子(64）。夫、長男、孫娘などの“ロイヤルファミリー”の配下となるのが角田によって崩壊させられた一家の面々。さらに素性不明の若者も従え、外出時は最低でも5、6人を引き連れて行動。角田は「みんな欲しいもん買えや」と声をかけながら、地元の商店街を闊歩していた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
地元スナックママがいう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「角田のまわりの男の子たちはみんな太っていて金髪。だから近所では『金髪デブ軍団』って呼ばれていたんですよ」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
角田が住んでいたマンション近くの飲食店オーナーで、角田の家に訪れたことのある男性・Aさんは玄関口の二人の男を見たが、彼らも“金髪デブ軍団”の一員だった。彼らはボディガードというよりもマンションのトラブルメーカーだったようだ。マンション住人がおそるおそる口にする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「あの男たち、本当に恐ろしいんです。赤ちゃんの泣き声がうるさいという理由で隣の住人を引っ越しさせたのは有名な話です。また、隣の家のお婆さんがベランダ越しに『お花が綺麗ねぇ』といったら、軍団の一員が『人の家を覗くな』と声を荒らげたこともあった」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
別のマンション住人の話。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「一度、マンション住人の子がエレベータの隙間に鍵を落としてしまい、少しの間、エレベータがとまったことがあった。すると、その子のお母さんのもとに軍団の男たち5～6人が、『土下座せえ』って凄んでいた」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
彼らがどのような経緯をもって角田のもとに集ってきたのかは不明だ。だが、その“暴力装置”の中心には角田のいとこ・李正則（38）がいたという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
捜査関係者はこう語る。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「連続変死事件の様々なシーンで李の名前があがっている。李は元ノンプロの球児で腕力がとても強い。角田の右腕として地元の若者をリクルートして、集団を形成していったのではないでしょうか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子の“暴力装置”李はインシュリン打ち焼肉食う ===&lt;br /&gt;
角田美代子の「角田帝国」に組み込まれ、内部の有力な情報はほとんど明らかになっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、角田ファミリーと長らく交流を持つ人物・T氏を突き止めた。T氏は角田ファミリーの“暴力装置”と呼ばれる李正則の中学時代からの友人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元高校球児で腕力自慢の李は地元の若者を組織し、5～6人で商店街を闊歩していた。金髪で恰幅のいい李の風体から、近所住民は彼らを“金髪デブ軍団”と恐れた。&lt;br /&gt;
T氏は2年ほど前までは一団と交友関係にあり、お互いの家を行き来したりする仲だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過熱する報道では、主犯格の“黒い女王蜂”こと美代子は髪を巻いて宝石をつけた女性とされている。だが、週1回ぐらいの頻度で角田と会っていたT氏の抱く印象はまるで違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“おばはん”（角田）は、シャネルを着た大金持ちのように報じられているでしょ。でも、髪はボサボサで化粧もしない。指輪やネックレスさえつけてなかった。ジャージ姿だった時も多いですね。いつも陰険な感じでうつむいていて前歯がないのを覚えている。今出ている和服の写真(別人のものだった)なんてぜんぜんイメージちがうね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は家具や食器には異様な執着を見せる一方で、外見にはそこまで思い入れがないようだった。これは角田を取り巻く家族や仲間も同様だったそうだ。李を含めて皆ジャージ姿が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、角田は食については異様な関心を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのグループが住んでいたマンションには、何度も行ったことがある。仲がよかったので、おばはんに『メシ食いにきいや』と呼ばれたんです。マンションで出されたのは、特上の寿司、上質の牛肉をつかった焼肉など。台所にはビールサーバーがあって生ビー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルも出してくれる。卵も黄身が二つあるやつだったり、さくらんぼも桐箱に入った佐藤錦でした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一団が集団生活を送っていたマンションは恐喝や殺害によって手に入れた金で購入したと報じられている。だが角田被告は「若い時に横浜に貿易会社をつくり、そのお金で買った」と吹聴していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、最上階の3LDKが角田の「帝国」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おばはんが絶対君主で、唯一口答えできるのが息子だった。あとはマサ（李被告）も夫も妹もみんな奴隷みたいなもんですよ。トイレへ行くにも、水を飲むのにも許可がいる。食えといわれたら何でも食わなきゃならない。マサは100kg以上あって重度の糖尿病なんですが、おばはんに勧められるままにインシュリンを打ちながら焼肉をパクパク食べまくっていて……このまま殺されるんじゃないかと思ってたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子らパチンコ三昧。高級外車で閉店まで ===&lt;br /&gt;
橋本次郎さん(当時53歳)の死体遺棄容疑で兵庫県警に逮捕された角田美代子ら集団生活していた容疑者8人がパチンコ三昧の生活を送っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頻繁に泊まりがけで遠方の店へも出かけ、高級雑貨や洋酒を買い集めるぜいたくな暮らしぶりを自慢していた。県警はこうした生活を維持するために複数の家族に介入して金を巻き上げていたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は玉が出なくても、一日中、同じ台を打ち続ける」。美代子は約5年前、大阪市内のパチンコ店で知り合った自営業者の男性に、懐具合を自慢するように言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、この店には、美代子ら今回の逮捕者全員が高級外車など2台に分乗して頻繁に来店して閉店まで遊び続け、誰も定職についている様子はなかった。一行は新装開店や新規出店の情報に詳しく、「旅行を兼ねて遊んでくるわ」と言って、関東、北陸、中国地方などへも泊まりがけでパチンコに出かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は、尼崎市の美代子被告の自宅マンションに何度か招かれ、霜降り牛肉のしゃぶしゃぶなどを振る舞われた。美代子は、居間のショーケースに並ぶ高級洋酒などを指さして、「倉庫にもっとあるで」と自慢。男性は美代子らを資産家一家だと思い込んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、弁護士も洗脳されかけた ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎東署捜査本部は[[11月7日]]、橋本次郎さん(当時53)の遺体を岡山県の海に遺棄したなどとして、死体遺棄容疑で、無職角田美代子、義理のいとこの李正則ら8人を逮捕した。また美代子と接見した弁護士がマインドコントロールされそうになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尼崎東署捜査本部が事件の中心とみるのが美代子と李正則だ。美代子の指示で李が暴力を振るい、狙いを付けられた家族は引き裂かれ、離散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とにかく口がうまい。相手の心をすぐに引き込むことができる」とは美代子を知る弁護士。「接見した若手弁護士が長時間密室で話しているうちにマインドコントロールされかけたと聞いた」という別の弁護士の話もある。捜査関係者は「計算ではなく直感的にやっていると思う」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子と李は義理のいとこで血のつながりはない。周囲の証言からは、人を巧みに操り意のままに支配する美代子と、側近のように行動を共にし、暴力で信頼に応えようとした李の姿が浮かぶ。「まさ、まさ」と息子のようにかわいがる美代子を、李も「おばちゃん」と慕った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李は甲子園を夢見た野球少年。実力を認められて進学した香川県の高校を退学、約1年後に愛知県の高校へ編入した。「監督を甲子園に連れて行く」と練習に励んだ。李は高校卒業後、尼崎市に戻って正社員として働いたが、約2年で退職。2002年ごろ、美代子と知り合い、2004年に叔父の養子になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田の暮らしぶり ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅1.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション]]&lt;br /&gt;
角田は豪華なマンションに住み、入口には若い衆を侍らせ、室内を[[アンティーク]]家具などで飾っていた。また、バーが設けられた部屋では自慢の2億円相当の[[バカラ (ガラス)|バカラ]]の[[クリスタルガラス|クリスタルグラス]]が備えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の息子・優太郎は容姿に優れてたため、角田は幼少時から[[芸能界]]に進出させる夢を描いており、[[:Category:芸能関連の学校|タレント養成所]]に通わせ[[学校]]にはほとんど通わせなかった。角田は孫には幼少時から[[シャネル]]を着せ、[[金魚]]に興味を示すと600匹も購入するなど身内への愛情にこと欠かなかった。冬期になると家を[[アンパンマン]]などの[[キャラクター]]を表した[[イルミネーション]]で飾ることなどから近隣では有名な豪奢な暮らし振りであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大量殺人]]&lt;br /&gt;
*[[角田一派]]&lt;br /&gt;
*[[角田事件]]&lt;br /&gt;
*[[角田派]]&lt;br /&gt;
*[[北九州監禁殺人事件]] - 類似の事件 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すみた　みよこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=174744</id>
		<title>角田美代子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=174744"/>
				<updated>2012-12-22T09:38:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子.JPG|600px|thumd|角田美代子の本当の顔]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子2.png|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''角田　美代子'''（すみだ　みよこ、[[1948年]] - [[2012年]]12月12日）とは、25年以上にわたって、[[尼崎市]]を中心に[[兵庫県]]、[[高知県]]、[[香川県]]、[[岡山県]]、[[滋賀県]]、[[京都府]]の6府県で、数世帯の家族が長期間[[虐待]]、監禁し、10人以上を[[虐殺]]した殺人犯である。以前の苗字は「月岡」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[11月]]の大江和子さんドラム缶事件で発覚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:李正則1.jpg|200px|thumb|李　正則]]&lt;br /&gt;
主犯・角田美代子(64歳・2012年）は、従犯とされる親族の[[在日韓国人]]の李38歳（2012年）やその他数名の取り巻きを従えて、標的とした複数の家族を暴力的に支配して、家庭に居座る、裸で外を歩かせる、などあらゆる虐待を繰り返し、結果死亡した女性はドラム缶に詰める、などした。角田美代子らによって暴力的・精神的に支配された被害者家族らは家ごと乗っ取られ、互いに殴打し合わされたり、監禁され[[暴行]]されたり、全財産を奪われたりしたが、角田美代子の手口は巧妙で、自ら手を出すことは控えめだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子らは、些細なことに難癖をつけては弱みを見せる相手を脅迫し、多数の無法者を引き連れて家庭に侵入し、金品をむしり取ることを生業としており、夜の街で獲物を探し歩いていた。角田美代子は普段から飲み仲間に、「交通事故に遭ったら金になる」など当たり屋の指導をするなどし、うっかり隙を見せて食い物になってしまった家族らのその後は凄惨で、[[高松市]]の谷本家は2003年5月頃、餓死寸前になり、服も着させて貰えず、父親の谷本誠さんが全裸で長女の茉莉子さんをおんぶして親族の元に「何か食べさせてほしい」と、助けを求めてきたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある時は谷本夫婦揃って全裸で泣きながら親族に金を借りに来ることもあり、やがては親族までもが呼び出され、次女・瑠衣が「お父さん、ごめんね」と泣きながら両親を顔が腫れるまで殴らせられている光景を目の当たりにし、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」とショックを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、警察（[[兵庫県警]]尼崎東署、[[香川県警]]高松東署、高松南署）は再三親族や、谷本誠さん、近隣住民などから被害相談や通報があったにも拘らず、全く対応することはなく、「事件ではないので動けない」などと繰り返し、結果的に長年の間、被害者たちはなすすべもなく角田らの暴力、虐待の前に見殺しにされ、2011年管轄外の[[大阪府警]]が大江香愛（ドラム缶遺体の大江和子さんの長女）の駆け込みを信じて捜査を行ったことで、ようやく事態が公になった。被害者たちは、何度も逃げたが、そのたびに連れ戻されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中には、保険金目的に崖から転落を強要されて殺された橋本さんもいるが、この時も警察は現場の聞き込みや生命保険契約有無の確認さえ怠り、角田美代子達の言うがまま事故として処理していた。また、兵庫県警は角田逮捕後も角田宅の現状維持さえ怠り、競売に出されるがままになっており、逮捕一年後、[[2012年]][[10月]]になってようやく家宅捜索を行うが、既に一味残党に証拠隠滅のため、監禁小屋を撤去されてしまうなど捜査の遅れが目立った。2012年11月7日、角田美代子や李、その内縁の夫など8人が再逮捕、または逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年12月12日、角田美代子は留置所にて[[自殺]]した。64歳。重要なニュースにもかかわらず、北朝鮮のミサイル発射や衆議院選挙などのニュースもあったためあまり報道されなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手口 ==&lt;br /&gt;
=== 接点 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の手口は、被害者たちを次第に取り込んでいくことであり、まずはきっかけから（あるいは口実を作って）接点を持ち、弱みを握り、相手の些細な「落ち度」を咎めて10人近くの集団で家に押しかけ、自宅に乗り込んで事実上占領し、職場にも押しかけて、挙句に被害者たちを虐待して意のままにすることであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家宅占領後 ===&lt;br /&gt;
そのうえで、なるだけ角田美代子自身は手を下さずに、李の他、取り巻き達を使い、あるいは恐怖によって怯えさせて家族同士を自分の指示通りに殴り合わさせることにより、家族間の信頼関係を破壊し、被害者宅の暴力支配を完成させていた。また、娘などの安全を肩にその両親を服従させることもしばしばだった。中には何年もの虐待の末に高松の谷本瑠衣などは、恐怖と安全への願いから角田美代子に[[洗脳]]されてしまうケースもあり、虐待された挙句、自ら角田美代子の[[養女]]になることを願い、次第に角田美代子の命じる[[犯行]]の実行犯となっていき、さらには角田美代子の息子と結婚させられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 集金 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の第一の目的は被害者の財産であり、集金方法には手段を選ばなかった。家含めて、被害者家庭の全資産を身ぐるみ剥いだのは言うまでもなく、「プライドを捨てさせるため」として被害者の子供に消費者金融から借りさせたり、両親、祖父母を脅迫して、親族の家までお金を借りに行かせたりした。また子供を脅して、子供の友人達からもお金を借りさせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者の待遇 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅2.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅3.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
角田美代子は名義を変更させて被害者たちのマイホームを手に入れると、被害者たちを追い出し、自宅近くのワンルームのアパートに一家を丸ごと押し込んでいた。&lt;br /&gt;
角田美代子は集めた金で自身の[[分譲マンション]]に別ルームを購入し、そこにも他の被害者家族を押し込み、一部はベランダの犬小屋大の隔離[[小屋]]に起居させることもあった。また、逃亡を防止するため、時に裸で暮らさせ、被害者の妻は[[猿轡]]をかませられ、それを見た親族（女）の口からはとても言えないほど、卑猥で無残な姿で暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベランダのこの小屋は複数個あって、外から施錠できる仕組みになっており、そこに閉じ込められた被害者へは、主に脅迫された親族らから継続的に[[リンチ]]が行われ、少なくとも4名が衰弱して死亡している。またこの小屋を外から見られるのを防ぐため、ベランダの周囲には木製のフェンスが張り巡らされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また虐待の方法も凄惨、多様で、谷本隆さん(68)は、両耳をつぶされ、両手足をバーナーで焼かれていた。また監禁されていた川村博之の元妻・大江裕子は唇はえぐれて、発見時、放心状態であり、殺された[[仲島茉莉子]]さん(29)は形が分からないほどに殴られて顔が変形しており、後日リンチの最中と思われる「生きているか死んでいるか分からない」写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者・その被害 ==&lt;br /&gt;
角田らの犯行によって、数世帯が壊滅に追い込まれ、一家は離散し、多くが殺された。またここに紹介する以外にも、何軒もの家族が崩壊、虐殺、奴隷化の憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高松市の谷本誠一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子1.jpg|300px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷本誠一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女・茉莉子は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女・瑠衣は県内有数の進学校である[[高松高校]]に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、角田美代子達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則を、角田美代子に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本誠さんは、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、角田美代子達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、角田美代子らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも角田美代子の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、谷本誠さんは裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また角田美代子達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。結果的に彼女らは本意ではなくも、角田美代子達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、角田美代子の部下達何人もに、谷本夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日はT夫が殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本の妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、角田美代子らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金2000万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も[[高松高校]]を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣1.png|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣2.jpg|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで角田美代子らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は角田美代子に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。角田美代子らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて角田美代子と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本は慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は角田美代子から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も角田美代子の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子の優太郎と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は角田美代子の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本誠さんも身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、角田らの近所に潜伏した。また、谷本誠さんの兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎の大江一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
川村博之は大手電鉄会社に勤務しており、尼崎市内に二世帯住宅を構え、川村夫婦と妻の姉・大江香愛、妻の母・大江和子さん、子供二人の6人で幸せに暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田一味との接点は、2009年4月に谷本の次女・瑠衣が引くベビーカーが電車のドアに挟まれたと、角田がクレームをつけた事に始まった。クレーム係として応対に出た川村博之だったが、オフィスに訪れた角田は李を「元ヤクザ、怒ったら手がつけられない」と紹介して脅迫する一方、川村博之の小さな長所を褒め、以後もしばしば訪れて、川村博之との関係を深めていく。やがて雑談の折に、川村博之は喫茶店経営など自分の夢やプライベートなことを話し出すが、そこに角田は付け入り始め、開店用として高価なカップを贈ったり土地を探すなど、次第に関わりは複雑化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 一家の崩壊と家族会議 ====&lt;br /&gt;
角田は、脅し、透かしで喫茶店開店を勧め、ついには川村博之も「おいしいコーヒーを入れる店を」と店の開業を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電鉄会社は反対するが、川村博之は「なんで辞めさせへんねん」と会社に怒鳴り込む始末であった。住宅ローンや娘二人も抱えていたため、同じく川村の妻・大江裕美も反対し夫婦仲は冷却、離婚話にも発展し、そこに仲裁を買って出た角田は李や瑠衣を伴い、週に一度川村博之の家族・親族を集め「家族会議」を開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月についに川村夫婦は離婚するが、角田の催す「会議」はまだ終わらず、連日の招集になり食事や排泄制限、暴力までが入りはじめ、川村博之の妻の姉・大江香愛は会社を首になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は、話というより拷問に遭っている感じで、毎日一日16時間延々と繰り返され、寝る間もままならなかった、と述懐する。角田らはあらかじめ大江家の子供たちを自分の家に預けさせていたため、「会議」を断ることも難しかったのである。挙句の果てには、川村の妻で大江家の次女・大江裕美を売春宿[[飛田新地]]で働くよう強要し、川村の退職金も喫茶店開業資金として借りたお金も全て巻き上げられてしまった。こうして一家は完全に崩壊した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 祖母・大江和子さんの殺害 ====&lt;br /&gt;
角田の指示で、川村は家族と別れて主犯のマンションの近くのワンルームアパートに居住するが、やがて「娘の養育の責任」を口実に、大江一家全員のアパート移転を迫り、僅か一部屋に6人が雑居することになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
睡眠や食事、排泄は主犯らの許可が必要で、生活環境は劣悪だった。角田らからの暴力や虐待は常習で、時には川村の小5の娘までもが、角田の指示により、公園で大江家全員からリンチされることさえ起きていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族の信頼関係は完全に崩壊し、こうした中、ついには2011年「一緒に暮らしていけない」と大江家の祖母・和子さんが脱出し、東京の親戚宅に移るが、直ちに居場所を突き止められ、連れ戻されて角田の命を受けた家族達に連日暴行、一時はそれでも脱出して通行人にと助けを求めるが最後には虐待死する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、肋骨三本とのど骨の一部が折れており、胸や腹も強打され、喉が圧迫を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉・大江香愛の脱走と事件発覚 ====&lt;br /&gt;
[[Image:大江姉妹1.jpg|300px|thumb|大江家の姉妹(妹の裕美が川村の妻)]]&lt;br /&gt;
続いて2011年11月、姉・香愛が脱走し、兵庫県警を避けて大阪府警に相談したところ、自身も負傷していたため、府警は事件性があると判断し、尼崎東署に連絡した。府警の要請で県警は角田らを捜査、祖母・和子さんの殺害が発覚した。和子さんはコンクリート詰めにされ、ドラム缶に密封されており、ここでようやく角田ら5人が逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、5人のうち、角田、李を除くと残りは川村夫婦、姉・香愛であり、こうして大江家の生存者全員は、全てを失ったうえに犯罪者にまでなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江の親族は、角田に対して「子供のショックは大きく、回復にはかなり時間がかかるようです」「正直、死刑にするくらいではまだ足りない。お母さんのような極限の空腹状態を一片味合わせてやりたい」と悔しさを吐露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件発覚時、川村の妻は耳が欠け、唇がえぐれており、話しかけても放心したように無表情で、川村は、大江家祖母の殺害について「自分達がやった、資産管理は角田にお願いする」という遺書を書かされていた。角田は虐待するにあたって、通販カタログを丸く固めた「しばき棒」を使い、被害者の目や顔、唇を突き、傷ができ、かさぶたになると、その箇所をまた突いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・角田　美代子 ==&lt;br /&gt;
=== 宅配預かると「壊した」角田はクレーマー ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市のドラム缶遺体事件で、主犯格とされる無職・角田美代子は、ささいなことに激高し、謝罪を迫る「クレーマー」として近隣住民から敬遠されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもや身内には将来を案じる一面も見せていたが、住民らへの取材からは、執拗に他人をトラブルに巻き込んでいく姿が際立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人の宅配便は預かりたくなかった」。角田が7年ほど前まで住んでいた尼崎市内の賃貸マンションの住民が漏らす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田宛ての宅配便を預かって渡すと、「中身が壊れた」「調子が悪い」と弁償を要求され、住民らは次第に関わりを避けるようになった。角田は夫や子どもたちと同居しており、子ども同士がけんかすると、必ず相手の家にどなり込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の祖母宅近くに住む同市内の男性は、角田が20歳代の頃、「駐車違反を通報したやろ」と激しく詰め寄られた。角田は、祖母宅に立ち寄った際、男性宅前に車を止めていて駐車違反の取り締まりを受け、男性が通報したと因縁を付けた。男性が否定しても、自分の当時の交際相手まで呼び出し、2人がかりで何度も謝罪を求めた。男性は「若いのに暴力団かと思うぐらいの迫力でののしられ、会う度ににらまれた」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前には、角田が夫や妹、数人の男女など大勢を引き連れて出歩く姿も目撃されている。飲食店では、定職がないのに全員分の代金を支払っていたといい、住民らからは「どこから金が入っているのか」といぶかる声も出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 難癖付けて金品要求。夜の街では「獲物」探し。角田のカツアゲ人生 ===&lt;br /&gt;
3人を含め8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子は、弱みを見せる相手につけ込んではカネをむしり取る“カツアゲ”をシノギにしていた。生まれ育った尼崎のネオン街では、次の獲物を探し回るハイエナのような姿が度々目撃されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お前、この絨毯いくらする思てんねん！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約10年前、角田は尼崎市内の自宅アパートで当時30代の主婦をこう怒鳴りつけた。同被告の背後には巨漢の男2人が後ろ手で仁王立ちし、異様な緊張感に包まれていたという。事情を知る地元の関係者が振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（主婦が）手を滑らせて居間に敷かれていた絨毯にお茶をこぼしたのがトラブルの原因。それを材料に因縁を付け、(角田が)『弁償せえ。30万円払え』って言うてきたみたい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、この主婦は角田に言われるまま、近くの金融機関で30万円を下ろして支払った。コトが終わると角田は主婦の耳元でこう囁いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「警察にチクったら、地の果てまで追い込んだる。わかってんなぁ。いつも見張ってるからな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おびえきった主婦は数カ月後、住み慣れた地元を家族とともに夜逃げ同然に出ていったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もともと2人は知り合いで、(主婦が角田を)相談相手として信頼しとったみたい。それが、初めて家に招かれた所でいきなり豹変した」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親身に接し、心を開いたとみるや、難癖を付けて金を搾り取る。これが角田の常套手段だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の住民らによると、同被告は建設会社を経営する父親の下で尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校は中退し、10代から水商売を始めた。周囲には「スナックや喫茶店を経営していた」と語っていたが、「正業を持っているようには見えなかった」（地元商店主）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常軌を逸したクレーマーぶりで有名だったが、夜の街でも「獲物」を探し回っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飲み仲間の1人は「お酒はほとんど飲みませんでしたけど、店に客が入ってくるたびにすごい目つきでにらみつけて反応をうかがっていた。相手が『何や』とやり返すと引くけど、おとなしそうな人やと、ここぞとばかりに因縁を付ける。常にターゲットを探してる感じ」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭への執着は非常に強く、「右手にごっつい大きな指輪を3つもはめて来てた。それを何回も見せて『えーやろー？』って聞く。『金の切れ目が縁の切れ目』とか、『世の中、銭や』ってしょっちゅう言っていた」（先の飲み仲間）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この飲み仲間は、角田から「交通事故に遭ったらカネになる」と「当たり屋」の指南まで受けたという。なかでも印象的に残っているのがこの言葉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『金持ちでええなあ？』って聞いたら、ニヤリと笑って言ったんです。『一生食べていけんねん。生命保険もあるし』って。一体誰の生命保険やったんか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の心を支配したどす黒い欲望。その闇は底知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、息子の通う中学に因縁つけ→校長、事態収拾で辞表 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の息子・角田優太郎が通っていた兵庫県尼崎市の市立中学校の元校長(63)が10月23日、取材に応じ、2002年に息子の卒業をめぐって美代子らとトラブルとなり、事態を収拾するため、教育長に辞表を提出していたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には撤回されたが、「卒業させるために辞表を出した。今思えばおかしいが、それしか考えつかなかった」と当時の心境を振り返った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係者によると、角田優太郎は中学時代、ほとんど登校しておらず、美代子も「うちには家庭教師が3人おるからええんや」などと話していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、突然、「学校は息子を放置していた」と因縁をつけ、留年させるよう要求。元校長は、2002年初めから美代子の自宅を数回訪れて話し合う中で、「卒業との交換条件と感じた」と辞表を提出し、美代子も同意したという。ただ、卒業式前日、角田優太郎が出席の条件とされていた金髪を黒く染め直していなかったことを、教諭らが指摘したところ、美代子が激高。数人の男を引き連れ、学校に乗り込んできたという。角田優太郎は卒業式を欠席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子をめぐってはささいなことで執拗にクレームをつけ、現金などを要求するケースが複数確認されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 息子は溺愛…タレント養成所に。美代子の二つの顔 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田優太郎1.jpg|300px|thumb|角田　優太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子の両極端な素顔が浮かび上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退した。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに戸籍上の義理の妹、三枝子らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子の息子・角田優太郎の中学時代を知る女性によると、美代子は優太郎をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、幼いころに美代子が出入りしていたという無人の民家の近隣男性によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、美代子がよく買い物に訪れていた商店街では、息子・角田優太郎と谷本家の娘、瑠衣の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子のまわりの男達「金髪デブ軍団」と呼ばれてた ===&lt;br /&gt;
尼崎連続怪死事件の中心に位置するのが主犯とされる角田美代子(64）。夫、長男、孫娘などの“ロイヤルファミリー”の配下となるのが角田によって崩壊させられた一家の面々。さらに素性不明の若者も従え、外出時は最低でも5、6人を引き連れて行動。角田は「みんな欲しいもん買えや」と声をかけながら、地元の商店街を闊歩していた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
地元スナックママがいう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「角田のまわりの男の子たちはみんな太っていて金髪。だから近所では『金髪デブ軍団』って呼ばれていたんですよ」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
角田が住んでいたマンション近くの飲食店オーナーで、角田の家に訪れたことのある男性・Aさんは玄関口の二人の男を見たが、彼らも“金髪デブ軍団”の一員だった。彼らはボディガードというよりもマンションのトラブルメーカーだったようだ。マンション住人がおそるおそる口にする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「あの男たち、本当に恐ろしいんです。赤ちゃんの泣き声がうるさいという理由で隣の住人を引っ越しさせたのは有名な話です。また、隣の家のお婆さんがベランダ越しに『お花が綺麗ねぇ』といったら、軍団の一員が『人の家を覗くな』と声を荒らげたこともあった」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
別のマンション住人の話。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「一度、マンション住人の子がエレベータの隙間に鍵を落としてしまい、少しの間、エレベータがとまったことがあった。すると、その子のお母さんのもとに軍団の男たち5～6人が、『土下座せえ』って凄んでいた」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
彼らがどのような経緯をもって角田のもとに集ってきたのかは不明だ。だが、その“暴力装置”の中心には角田のいとこ・李正則（38）がいたという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
捜査関係者はこう語る。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「連続変死事件の様々なシーンで李の名前があがっている。李は元ノンプロの球児で腕力がとても強い。角田の右腕として地元の若者をリクルートして、集団を形成していったのではないでしょうか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子の“暴力装置”李はインシュリン打ち焼肉食う ===&lt;br /&gt;
角田美代子の「角田帝国」に組み込まれ、内部の有力な情報はほとんど明らかになっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、角田ファミリーと長らく交流を持つ人物・T氏を突き止めた。T氏は角田ファミリーの“暴力装置”と呼ばれる李正則の中学時代からの友人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元高校球児で腕力自慢の李は地元の若者を組織し、5～6人で商店街を闊歩していた。金髪で恰幅のいい李の風体から、近所住民は彼らを“金髪デブ軍団”と恐れた。&lt;br /&gt;
T氏は2年ほど前までは一団と交友関係にあり、お互いの家を行き来したりする仲だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過熱する報道では、主犯格の“黒い女王蜂”こと美代子は髪を巻いて宝石をつけた女性とされている。だが、週1回ぐらいの頻度で角田と会っていたT氏の抱く印象はまるで違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“おばはん”（角田）は、シャネルを着た大金持ちのように報じられているでしょ。でも、髪はボサボサで化粧もしない。指輪やネックレスさえつけてなかった。ジャージ姿だった時も多いですね。いつも陰険な感じでうつむいていて前歯がないのを覚えている。今出ている和服の写真(別人のものだった)なんてぜんぜんイメージちがうね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は家具や食器には異様な執着を見せる一方で、外見にはそこまで思い入れがないようだった。これは角田を取り巻く家族や仲間も同様だったそうだ。李を含めて皆ジャージ姿が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、角田は食については異様な関心を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのグループが住んでいたマンションには、何度も行ったことがある。仲がよかったので、おばはんに『メシ食いにきいや』と呼ばれたんです。マンションで出されたのは、特上の寿司、上質の牛肉をつかった焼肉など。台所にはビールサーバーがあって生ビー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルも出してくれる。卵も黄身が二つあるやつだったり、さくらんぼも桐箱に入った佐藤錦でした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一団が集団生活を送っていたマンションは恐喝や殺害によって手に入れた金で購入したと報じられている。だが角田被告は「若い時に横浜に貿易会社をつくり、そのお金で買った」と吹聴していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、最上階の3LDKが角田の「帝国」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おばはんが絶対君主で、唯一口答えできるのが息子だった。あとはマサ（李被告）も夫も妹もみんな奴隷みたいなもんですよ。トイレへ行くにも、水を飲むのにも許可がいる。食えといわれたら何でも食わなきゃならない。マサは100kg以上あって重度の糖尿病なんですが、おばはんに勧められるままにインシュリンを打ちながら焼肉をパクパク食べまくっていて……このまま殺されるんじゃないかと思ってたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子らパチンコ三昧。高級外車で閉店まで ===&lt;br /&gt;
橋本次郎さん(当時53歳)の死体遺棄容疑で兵庫県警に逮捕された角田美代子ら集団生活していた容疑者8人がパチンコ三昧の生活を送っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頻繁に泊まりがけで遠方の店へも出かけ、高級雑貨や洋酒を買い集めるぜいたくな暮らしぶりを自慢していた。県警はこうした生活を維持するために複数の家族に介入して金を巻き上げていたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は玉が出なくても、一日中、同じ台を打ち続ける」。美代子は約5年前、大阪市内のパチンコ店で知り合った自営業者の男性に、懐具合を自慢するように言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、この店には、美代子ら今回の逮捕者全員が高級外車など2台に分乗して頻繁に来店して閉店まで遊び続け、誰も定職についている様子はなかった。一行は新装開店や新規出店の情報に詳しく、「旅行を兼ねて遊んでくるわ」と言って、関東、北陸、中国地方などへも泊まりがけでパチンコに出かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は、尼崎市の美代子被告の自宅マンションに何度か招かれ、霜降り牛肉のしゃぶしゃぶなどを振る舞われた。美代子は、居間のショーケースに並ぶ高級洋酒などを指さして、「倉庫にもっとあるで」と自慢。男性は美代子らを資産家一家だと思い込んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、弁護士も洗脳されかけた ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎東署捜査本部は[[11月7日]]、橋本次郎さん(当時53)の遺体を岡山県の海に遺棄したなどとして、死体遺棄容疑で、無職角田美代子、義理のいとこの李正則ら8人を逮捕した。また美代子と接見した弁護士がマインドコントロールされそうになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尼崎東署捜査本部が事件の中心とみるのが美代子と李正則だ。美代子の指示で李が暴力を振るい、狙いを付けられた家族は引き裂かれ、離散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とにかく口がうまい。相手の心をすぐに引き込むことができる」とは美代子を知る弁護士。「接見した若手弁護士が長時間密室で話しているうちにマインドコントロールされかけたと聞いた」という別の弁護士の話もある。捜査関係者は「計算ではなく直感的にやっていると思う」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子と李は義理のいとこで血のつながりはない。周囲の証言からは、人を巧みに操り意のままに支配する美代子と、側近のように行動を共にし、暴力で信頼に応えようとした李の姿が浮かぶ。「まさ、まさ」と息子のようにかわいがる美代子を、李も「おばちゃん」と慕った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李は甲子園を夢見た野球少年。実力を認められて進学した香川県の高校を退学、約1年後に愛知県の高校へ編入した。「監督を甲子園に連れて行く」と練習に励んだ。李は高校卒業後、尼崎市に戻って正社員として働いたが、約2年で退職。2002年ごろ、美代子と知り合い、2004年に叔父の養子になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田の暮らしぶり ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅1.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション]]&lt;br /&gt;
角田は豪華なマンションに住み、入口には若い衆を侍らせ、室内を[[アンティーク]]家具などで飾っていた。また、バーが設けられた部屋では自慢の2億円相当の[[バカラ (ガラス)|バカラ]]の[[クリスタルガラス|クリスタルグラス]]が備えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の息子・優太郎は容姿に優れてたため、角田は幼少時から[[芸能界]]に進出させる夢を描いており、[[:Category:芸能関連の学校|タレント養成所]]に通わせ[[学校]]にはほとんど通わせなかった。角田は孫には幼少時から[[シャネル]]を着せ、[[金魚]]に興味を示すと600匹も購入するなど身内への愛情にこと欠かなかった。冬期になると家を[[アンパンマン]]などの[[キャラクター]]を表した[[イルミネーション]]で飾ることなどから近隣では有名な豪奢な暮らし振りであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大量殺人]]&lt;br /&gt;
*[[角田一派]]&lt;br /&gt;
*[[角田事件]]&lt;br /&gt;
*[[角田派]]&lt;br /&gt;
*[[北九州監禁殺人事件]] - 類似の事件 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すみた　みよこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E3%82%88%E3%81%86%EF%BD%92%E3%81%BA%E3%81%A2%E3%81%82&amp;diff=174743</id>
		<title>利用者:ようｒぺぢあ</title>
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				<updated>2012-12-22T09:36:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 何故かこうしないと表示されない&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|600px|[[角田美代子]]]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子.JPG|600px|[[角田美代子]]]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

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		<title>利用者:ようｒぺぢあ</title>
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				<updated>2012-12-22T09:32:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: ページの作成：「[[角田美代子]] [[角田美代子]]」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|600px|[[角田美代子]]]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子.jpg|600px|[[角田美代子]]]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

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		<title>ファイル:角田美代子.JPG</title>
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				<updated>2012-12-22T09:31:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 角田一派による尼崎事件主犯、角田美代子。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;角田一派による尼崎事件主犯、角田美代子。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=173960</id>
		<title>角田美代子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=173960"/>
				<updated>2012-12-13T07:04:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子2.png|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''角田　美代子'''（すみだ　みよこ、[[1948年]] - [[2012年]]12月12日）とは、25年以上にわたって、[[尼崎市]]を中心に[[兵庫県]]、[[高知県]]、[[香川県]]、[[岡山県]]、[[滋賀県]]、[[京都府]]の6府県で、数世帯の家族が長期間[[虐待]]、監禁し、10人以上を[[虐殺]]した殺人犯である。以前の苗字は「月岡」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[11月]]の大江和子さんドラム缶事件で発覚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:李正則1.jpg|200px|thumb|李　正則]]&lt;br /&gt;
主犯・角田美代子(64歳・2012年）は、従犯とされる親族の[[在日韓国人]]の李38歳（2012年）やその他数名の取り巻きを従えて、標的とした複数の家族を暴力的に支配して、家庭に居座る、裸で外を歩かせる、などあらゆる虐待を繰り返し、結果死亡した女性はドラム缶に詰める、などした。角田美代子らによって暴力的・精神的に支配された被害者家族らは家ごと乗っ取られ、互いに殴打し合わされたり、監禁され[[暴行]]されたり、全財産を奪われたりしたが、角田美代子の手口は巧妙で、自ら手を出すことは控えめだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子らは、些細なことに難癖をつけては弱みを見せる相手を脅迫し、多数の無法者を引き連れて家庭に侵入し、金品をむしり取ることを生業としており、夜の街で獲物を探し歩いていた。角田美代子は普段から飲み仲間に、「交通事故に遭ったら金になる」など当たり屋の指導をするなどし、うっかり隙を見せて食い物になってしまった家族らのその後は凄惨で、[[高松市]]の谷本家は2003年5月頃、餓死寸前になり、服も着させて貰えず、父親の谷本誠さんが全裸で長女の茉莉子さんをおんぶして親族の元に「何か食べさせてほしい」と、助けを求めてきたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある時は谷本夫婦揃って全裸で泣きながら親族に金を借りに来ることもあり、やがては親族までもが呼び出され、次女・瑠衣が「お父さん、ごめんね」と泣きながら両親を顔が腫れるまで殴らせられている光景を目の当たりにし、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」とショックを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、警察（[[兵庫県警]]尼崎東署、[[香川県警]]高松東署、高松南署）は再三親族や、谷本誠さん、近隣住民などから被害相談や通報があったにも拘らず、全く対応することはなく、「事件ではないので動けない」などと繰り返し、結果的に長年の間、被害者たちはなすすべもなく角田らの暴力、虐待の前に見殺しにされ、2011年管轄外の[[大阪府警]]が大江香愛(ドラム缶遺体の大江和子さんの長女)の駆け込みを信じて捜査を行ったことで、ようやく事態が公になった。被害者たちは、何度も逃げたが、そのたびに連れ戻されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中には、保険金目的に崖から転落を強要されて殺された橋本さんもいるが、この時も警察は現場の聞き込みや生命保険契約有無の確認さえ怠り、角田美代子達の言うがまま事故として処理していた。また、兵庫県警は角田逮捕後も角田宅の現状維持さえ怠り、競売に出されるがままになっており、逮捕一年後、[[2012年]][[10月]]になってようやく家宅捜索を行うが、既に一味残党に証拠隠滅のため、監禁小屋を撤去されてしまうなど捜査の遅れが目立った。2012年11月7日、角田美代子や李、その内縁の夫など8人が再逮捕、または逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年12月12日、角田美代子は留置所にて[[自殺]]した。64歳。重要なニュースにもかかわらず、北朝鮮のミサイル発射や衆議院選挙などのニュースもあったためあまり報道されなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手口 ==&lt;br /&gt;
=== 接点 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の手口は、被害者たちを次第に取り込んでいくことであり、まずはきっかけから（あるいは口実を作って）接点を持ち、弱みを握り、相手の些細な「落ち度」を咎めて10人近くの集団で家に押しかけ、自宅に乗り込んで事実上占領し、職場にも押しかけて、挙句に被害者たちを虐待して意のままにすることであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家宅占領後 ===&lt;br /&gt;
そのうえで、なるだけ角田美代子自身は手を下さずに、李の他、取り巻き達を使い、あるいは恐怖によって怯えさせて家族同士を自分の指示通りに殴り合わさせることにより、家族間の信頼関係を破壊し、被害者宅の暴力支配を完成させていた。また、娘などの安全を肩にその両親を服従させることもしばしばだった。中には何年もの虐待の末に高松の谷本瑠衣などは、恐怖と安全への願いから角田美代子に[[洗脳]]されてしまうケースもあり、虐待された挙句、自ら角田美代子の[[養女]]になることを願い、次第に角田美代子の命じる[[犯行]]の実行犯となっていき、さらには角田美代子の息子と結婚させられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 集金 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の第一の目的は被害者の財産であり、集金方法には手段を選ばなかった。家含めて、被害者家庭の全資産を身ぐるみ剥いだのは言うまでもなく、「プライドを捨てさせるため」として被害者の子供に消費者金融から借りさせたり、両親、祖父母を脅迫して、親族の家までお金を借りに行かせたりした。また子供を脅して、子供の友人達からもお金を借りさせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者の待遇 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅2.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅3.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
角田美代子は名義を変更させて被害者たちのマイホームを手に入れると、被害者たちを追い出し、自宅近くのワンルームのアパートに一家を丸ごと押し込んでいた。&lt;br /&gt;
角田美代子は集めた金で自身の[[分譲マンション]]に別ルームを購入し、そこにも他の被害者家族を押し込み、一部はベランダの犬小屋大の隔離[[小屋]]に起居させることもあった。また、逃亡を防止するため、時に裸で暮らさせ、被害者の妻は[[猿轡]]をかませられ、それを見た親族（女）の口からはとても言えないほど、卑猥で無残な姿で暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベランダのこの小屋は複数個あって、外から施錠できる仕組みになっており、そこに閉じ込められた被害者へは、主に脅迫された親族らから継続的に[[リンチ]]が行われ、少なくとも4名が衰弱して死亡している。またこの小屋を外から見られるのを防ぐため、ベランダの周囲には木製のフェンスが張り巡らされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また虐待の方法も凄惨、多様で、谷本隆さん(68)は、両耳をつぶされ、両手足をバーナーで焼かれていた。また監禁されていた川村博之の元妻・大江裕子は唇はえぐれて、発見時、放心状態であり、殺された[[仲島茉莉子]]さん(29)は形が分からないほどに殴られて顔が変形しており、後日リンチの最中と思われる「生きているか死んでいるか分からない」写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者・その被害 ==&lt;br /&gt;
角田らの犯行によって、数世帯が壊滅に追い込まれ、一家は離散し、多くが殺された。またここに紹介する以外にも、何軒もの家族が崩壊、虐殺、奴隷化の憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高松市の谷本誠一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子1.jpg|300px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷本誠一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女・茉莉子は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女・瑠衣は県内有数の進学校である[[高松高校]]に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、角田美代子達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則を、角田美代子に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本誠さんは、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、角田美代子達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、角田美代子らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも角田美代子の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、谷本誠さんは裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また角田美代子達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。結果的に彼女らは本意ではなくも、角田美代子達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、角田美代子の部下達何人もに、谷本夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日はT夫が殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本の妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、角田美代子らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金2000万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も[[高松高校]]を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣1.png|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣2.jpg|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで角田美代子らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は角田美代子に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。角田美代子らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて角田美代子と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本は慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は角田美代子から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も角田美代子の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子の優太郎と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は角田美代子の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本誠さんも身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、角田らの近所に潜伏した。また、谷本誠さんの兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎の大江一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
川村博之は大手電鉄会社に勤務しており、尼崎市内に二世帯住宅を構え、川村夫婦と妻の姉・大江香愛、妻の母・大江和子さん、子供二人の6人で幸せに暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田一味との接点は、2009年4月に谷本の次女・瑠衣が引くベビーカーが電車のドアに挟まれたと、角田がクレームをつけた事に始まった。クレーム係として応対に出た川村博之だったが、オフィスに訪れた角田は李を「元ヤクザ、怒ったら手がつけられない」と紹介して脅迫する一方、川村博之の小さな長所を褒め、以後もしばしば訪れて、川村博之との関係を深めていく。やがて雑談の折に、川村博之は喫茶店経営など自分の夢やプライベートなことを話し出すが、そこに角田は付け入り始め、開店用として高価なカップを贈ったり土地を探すなど、次第に関わりは複雑化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 一家の崩壊と家族会議 ====&lt;br /&gt;
角田は、脅し、透かしで喫茶店開店を勧め、ついには川村博之も「おいしいコーヒーを入れる店を」と店の開業を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電鉄会社は反対するが、川村博之は「なんで辞めさせへんねん」と会社に怒鳴り込む始末であった。住宅ローンや娘二人も抱えていたため、同じく川村の妻・大江裕美も反対し夫婦仲は冷却、離婚話にも発展し、そこに仲裁を買って出た角田は李や瑠衣を伴い、週に一度川村博之の家族・親族を集め「家族会議」を開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月についに川村夫婦は離婚するが、角田の催す「会議」はまだ終わらず、連日の招集になり食事や排泄制限、暴力までが入りはじめ、川村博之の妻の姉・大江香愛は会社を首になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は、話というより拷問に遭っている感じで、毎日一日16時間延々と繰り返され、寝る間もままならなかった、と述懐する。角田らはあらかじめ大江家の子供たちを自分の家に預けさせていたため、「会議」を断ることも難しかったのである。挙句の果てには、川村の妻で大江家の次女・大江裕美を売春宿[[飛田新地]]で働くよう強要し、川村の退職金も喫茶店開業資金として借りたお金も全て巻き上げられてしまった。こうして一家は完全に崩壊した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 祖母・大江和子さんの殺害 ====&lt;br /&gt;
角田の指示で、川村は家族と別れて主犯のマンションの近くのワンルームアパートに居住するが、やがて「娘の養育の責任」を口実に、大江一家全員のアパート移転を迫り、僅か一部屋に6人が雑居することになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
睡眠や食事、排泄は主犯らの許可が必要で、生活環境は劣悪だった。角田らからの暴力や虐待は常習で、時には川村の小5の娘までもが、角田の指示により、公園で大江家全員からリンチされることさえ起きていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族の信頼関係は完全に崩壊し、こうした中、ついには2011年「一緒に暮らしていけない」と大江家の祖母・和子さんが脱出し、東京の親戚宅に移るが、直ちに居場所を突き止められ、連れ戻されて角田の命を受けた家族達に連日暴行、一時はそれでも脱出して通行人にと助けを求めるが最後には虐待死する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、肋骨三本とのど骨の一部が折れており、胸や腹も強打され、喉が圧迫を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉・大江香愛の脱走と事件発覚 ====&lt;br /&gt;
[[Image:大江姉妹1.jpg|300px|thumb|大江家の姉妹(妹の裕美が川村の妻)]]&lt;br /&gt;
続いて2011年11月、姉・香愛が脱走し、兵庫県警を避けて大阪府警に相談したところ、自身も負傷していたため、府警は事件性があると判断し、尼崎東署に連絡した。府警の要請で県警は角田らを捜査、祖母・和子さんの殺害が発覚した。和子さんはコンクリート詰めにされ、ドラム缶に密封されており、ここでようやく角田ら5人が逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、5人のうち、角田、李を除くと残りは川村夫婦、姉・香愛であり、こうして大江家の生存者全員は、全てを失ったうえに犯罪者にまでなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江の親族は、角田に対して「子供のショックは大きく、回復にはかなり時間がかかるようです」「正直、死刑にするくらいではまだ足りない。お母さんのような極限の空腹状態を一片味合わせてやりたい」と悔しさを吐露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件発覚時、川村の妻は耳が欠け、唇がえぐれており、話しかけても放心したように無表情で、川村は、大江家祖母の殺害について「自分達がやった、資産管理は角田にお願いする」という遺書を書かされていた。角田は虐待するにあたって、通販カタログを丸く固めた「しばき棒」を使い、被害者の目や顔、唇を突き、傷ができ、かさぶたになると、その箇所をまた突いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・角田　美代子 ==&lt;br /&gt;
=== 宅配預かると「壊した」角田はクレーマー ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市のドラム缶遺体事件で、主犯格とされる無職・角田美代子は、ささいなことに激高し、謝罪を迫る「クレーマー」として近隣住民から敬遠されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもや身内には将来を案じる一面も見せていたが、住民らへの取材からは、執拗に他人をトラブルに巻き込んでいく姿が際立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人の宅配便は預かりたくなかった」。角田が7年ほど前まで住んでいた尼崎市内の賃貸マンションの住民が漏らす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田宛ての宅配便を預かって渡すと、「中身が壊れた」「調子が悪い」と弁償を要求され、住民らは次第に関わりを避けるようになった。角田は夫や子どもたちと同居しており、子ども同士がけんかすると、必ず相手の家にどなり込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の祖母宅近くに住む同市内の男性は、角田が20歳代の頃、「駐車違反を通報したやろ」と激しく詰め寄られた。角田は、祖母宅に立ち寄った際、男性宅前に車を止めていて駐車違反の取り締まりを受け、男性が通報したと因縁を付けた。男性が否定しても、自分の当時の交際相手まで呼び出し、2人がかりで何度も謝罪を求めた。男性は「若いのに暴力団かと思うぐらいの迫力でののしられ、会う度ににらまれた」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前には、角田が夫や妹、数人の男女など大勢を引き連れて出歩く姿も目撃されている。飲食店では、定職がないのに全員分の代金を支払っていたといい、住民らからは「どこから金が入っているのか」といぶかる声も出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 難癖付けて金品要求。夜の街では「獲物」探し。角田のカツアゲ人生 ===&lt;br /&gt;
3人を含め8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子は、弱みを見せる相手につけ込んではカネをむしり取る“カツアゲ”をシノギにしていた。生まれ育った尼崎のネオン街では、次の獲物を探し回るハイエナのような姿が度々目撃されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お前、この絨毯いくらする思てんねん！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約10年前、角田は尼崎市内の自宅アパートで当時30代の主婦をこう怒鳴りつけた。同被告の背後には巨漢の男2人が後ろ手で仁王立ちし、異様な緊張感に包まれていたという。事情を知る地元の関係者が振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（主婦が）手を滑らせて居間に敷かれていた絨毯にお茶をこぼしたのがトラブルの原因。それを材料に因縁を付け、(角田が)『弁償せえ。30万円払え』って言うてきたみたい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、この主婦は角田に言われるまま、近くの金融機関で30万円を下ろして支払った。コトが終わると角田は主婦の耳元でこう囁いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「警察にチクったら、地の果てまで追い込んだる。わかってんなぁ。いつも見張ってるからな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おびえきった主婦は数カ月後、住み慣れた地元を家族とともに夜逃げ同然に出ていったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もともと2人は知り合いで、(主婦が角田を)相談相手として信頼しとったみたい。それが、初めて家に招かれた所でいきなり豹変した」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親身に接し、心を開いたとみるや、難癖を付けて金を搾り取る。これが角田の常套手段だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の住民らによると、同被告は建設会社を経営する父親の下で尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校は中退し、10代から水商売を始めた。周囲には「スナックや喫茶店を経営していた」と語っていたが、「正業を持っているようには見えなかった」（地元商店主）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常軌を逸したクレーマーぶりで有名だったが、夜の街でも「獲物」を探し回っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飲み仲間の1人は「お酒はほとんど飲みませんでしたけど、店に客が入ってくるたびにすごい目つきでにらみつけて反応をうかがっていた。相手が『何や』とやり返すと引くけど、おとなしそうな人やと、ここぞとばかりに因縁を付ける。常にターゲットを探してる感じ」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭への執着は非常に強く、「右手にごっつい大きな指輪を3つもはめて来てた。それを何回も見せて『えーやろー？』って聞く。『金の切れ目が縁の切れ目』とか、『世の中、銭や』ってしょっちゅう言っていた」（先の飲み仲間）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この飲み仲間は、角田から「交通事故に遭ったらカネになる」と「当たり屋」の指南まで受けたという。なかでも印象的に残っているのがこの言葉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『金持ちでええなあ？』って聞いたら、ニヤリと笑って言ったんです。『一生食べていけんねん。生命保険もあるし』って。一体誰の生命保険やったんか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の心を支配したどす黒い欲望。その闇は底知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、息子の通う中学に因縁つけ→校長、事態収拾で辞表 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の息子・角田優太郎が通っていた兵庫県尼崎市の市立中学校の元校長(63)が10月23日、取材に応じ、2002年に息子の卒業をめぐって美代子らとトラブルとなり、事態を収拾するため、教育長に辞表を提出していたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には撤回されたが、「卒業させるために辞表を出した。今思えばおかしいが、それしか考えつかなかった」と当時の心境を振り返った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係者によると、角田優太郎は中学時代、ほとんど登校しておらず、美代子も「うちには家庭教師が3人おるからええんや」などと話していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、突然、「学校は息子を放置していた」と因縁をつけ、留年させるよう要求。元校長は、2002年初めから美代子の自宅を数回訪れて話し合う中で、「卒業との交換条件と感じた」と辞表を提出し、美代子も同意したという。ただ、卒業式前日、角田優太郎が出席の条件とされていた金髪を黒く染め直していなかったことを、教諭らが指摘したところ、美代子が激高。数人の男を引き連れ、学校に乗り込んできたという。角田優太郎は卒業式を欠席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子をめぐってはささいなことで執拗にクレームをつけ、現金などを要求するケースが複数確認されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 息子は溺愛…タレント養成所に。美代子の二つの顔 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田優太郎1.jpg|300px|thumb|角田　優太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子の両極端な素顔が浮かび上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退した。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに戸籍上の義理の妹、三枝子らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子の息子・角田優太郎の中学時代を知る女性によると、美代子は優太郎をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、幼いころに美代子が出入りしていたという無人の民家の近隣男性によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、美代子がよく買い物に訪れていた商店街では、息子・角田優太郎と谷本家の娘、瑠衣の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子のまわりの男達「金髪デブ軍団」と呼ばれてた ===&lt;br /&gt;
尼崎連続怪死事件の中心に位置するのが主犯とされる角田美代子(64）。夫、長男、孫娘などの“ロイヤルファミリー”の配下となるのが角田によって崩壊させられた一家の面々。さらに素性不明の若者も従え、外出時は最低でも5、6人を引き連れて行動。角田は「みんな欲しいもん買えや」と声をかけながら、地元の商店街を闊歩していた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
地元スナックママがいう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「角田のまわりの男の子たちはみんな太っていて金髪。だから近所では『金髪デブ軍団』って呼ばれていたんですよ」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
角田が住んでいたマンション近くの飲食店オーナーで、角田の家に訪れたことのある男性・Aさんは玄関口の二人の男を見たが、彼らも“金髪デブ軍団”の一員だった。彼らはボディガードというよりもマンションのトラブルメーカーだったようだ。マンション住人がおそるおそる口にする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「あの男たち、本当に恐ろしいんです。赤ちゃんの泣き声がうるさいという理由で隣の住人を引っ越しさせたのは有名な話です。また、隣の家のお婆さんがベランダ越しに『お花が綺麗ねぇ』といったら、軍団の一員が『人の家を覗くな』と声を荒らげたこともあった」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
別のマンション住人の話。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「一度、マンション住人の子がエレベータの隙間に鍵を落としてしまい、少しの間、エレベータがとまったことがあった。すると、その子のお母さんのもとに軍団の男たち5～6人が、『土下座せえ』って凄んでいた」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
彼らがどのような経緯をもって角田のもとに集ってきたのかは不明だ。だが、その“暴力装置”の中心には角田のいとこ・李正則（38）がいたという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
捜査関係者はこう語る。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「連続変死事件の様々なシーンで李の名前があがっている。李は元ノンプロの球児で腕力がとても強い。角田の右腕として地元の若者をリクルートして、集団を形成していったのではないでしょうか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子の“暴力装置”李はインシュリン打ち焼肉食う ===&lt;br /&gt;
角田美代子の「角田帝国」に組み込まれ、内部の有力な情報はほとんど明らかになっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、角田ファミリーと長らく交流を持つ人物・T氏を突き止めた。T氏は角田ファミリーの“暴力装置”と呼ばれる李正則の中学時代からの友人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元高校球児で腕力自慢の李は地元の若者を組織し、5～6人で商店街を闊歩していた。金髪で恰幅のいい李の風体から、近所住民は彼らを“金髪デブ軍団”と恐れた。&lt;br /&gt;
T氏は2年ほど前までは一団と交友関係にあり、お互いの家を行き来したりする仲だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過熱する報道では、主犯格の“黒い女王蜂”こと美代子は髪を巻いて宝石をつけた女性とされている。だが、週1回ぐらいの頻度で角田と会っていたT氏の抱く印象はまるで違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“おばはん”（角田）は、シャネルを着た大金持ちのように報じられているでしょ。でも、髪はボサボサで化粧もしない。指輪やネックレスさえつけてなかった。ジャージ姿だった時も多いですね。いつも陰険な感じでうつむいていて前歯がないのを覚えている。今出ている和服の写真(別人のものだった)なんてぜんぜんイメージちがうね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は家具や食器には異様な執着を見せる一方で、外見にはそこまで思い入れがないようだった。これは角田を取り巻く家族や仲間も同様だったそうだ。李を含めて皆ジャージ姿が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、角田は食については異様な関心を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのグループが住んでいたマンションには、何度も行ったことがある。仲がよかったので、おばはんに『メシ食いにきいや』と呼ばれたんです。マンションで出されたのは、特上の寿司、上質の牛肉をつかった焼肉など。台所にはビールサーバーがあって生ビー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルも出してくれる。卵も黄身が二つあるやつだったり、さくらんぼも桐箱に入った佐藤錦でした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一団が集団生活を送っていたマンションは恐喝や殺害によって手に入れた金で購入したと報じられている。だが角田被告は「若い時に横浜に貿易会社をつくり、そのお金で買った」と吹聴していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、最上階の3LDKが角田の「帝国」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おばはんが絶対君主で、唯一口答えできるのが息子だった。あとはマサ（李被告）も夫も妹もみんな奴隷みたいなもんですよ。トイレへ行くにも、水を飲むのにも許可がいる。食えといわれたら何でも食わなきゃならない。マサは100kg以上あって重度の糖尿病なんですが、おばはんに勧められるままにインシュリンを打ちながら焼肉をパクパク食べまくっていて……このまま殺されるんじゃないかと思ってたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子らパチンコ三昧。高級外車で閉店まで ===&lt;br /&gt;
橋本次郎さん(当時53歳)の死体遺棄容疑で兵庫県警に逮捕された角田美代子ら集団生活していた容疑者8人がパチンコ三昧の生活を送っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頻繁に泊まりがけで遠方の店へも出かけ、高級雑貨や洋酒を買い集めるぜいたくな暮らしぶりを自慢していた。県警はこうした生活を維持するために複数の家族に介入して金を巻き上げていたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は玉が出なくても、一日中、同じ台を打ち続ける」。美代子は約5年前、大阪市内のパチンコ店で知り合った自営業者の男性に、懐具合を自慢するように言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、この店には、美代子ら今回の逮捕者全員が高級外車など2台に分乗して頻繁に来店して閉店まで遊び続け、誰も定職についている様子はなかった。一行は新装開店や新規出店の情報に詳しく、「旅行を兼ねて遊んでくるわ」と言って、関東、北陸、中国地方などへも泊まりがけでパチンコに出かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は、尼崎市の美代子被告の自宅マンションに何度か招かれ、霜降り牛肉のしゃぶしゃぶなどを振る舞われた。美代子は、居間のショーケースに並ぶ高級洋酒などを指さして、「倉庫にもっとあるで」と自慢。男性は美代子らを資産家一家だと思い込んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、弁護士も洗脳されかけた ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎東署捜査本部は[[11月7日]]、橋本次郎さん(当時53)の遺体を岡山県の海に遺棄したなどとして、死体遺棄容疑で、無職角田美代子、義理のいとこの李正則ら8人を逮捕した。また美代子と接見した弁護士がマインドコントロールされそうになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尼崎東署捜査本部が事件の中心とみるのが美代子と李正則だ。美代子の指示で李が暴力を振るい、狙いを付けられた家族は引き裂かれ、離散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とにかく口がうまい。相手の心をすぐに引き込むことができる」とは美代子を知る弁護士。「接見した若手弁護士が長時間密室で話しているうちにマインドコントロールされかけたと聞いた」という別の弁護士の話もある。捜査関係者は「計算ではなく直感的にやっていると思う」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子と李は義理のいとこで血のつながりはない。周囲の証言からは、人を巧みに操り意のままに支配する美代子と、側近のように行動を共にし、暴力で信頼に応えようとした李の姿が浮かぶ。「まさ、まさ」と息子のようにかわいがる美代子を、李も「おばちゃん」と慕った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李は甲子園を夢見た野球少年。実力を認められて進学した香川県の高校を退学、約1年後に愛知県の高校へ編入した。「監督を甲子園に連れて行く」と練習に励んだ。李は高校卒業後、尼崎市に戻って正社員として働いたが、約2年で退職。2002年ごろ、美代子と知り合い、2004年に叔父の養子になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田の暮らしぶり ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅1.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション]]&lt;br /&gt;
角田は豪華なマンションに住み、入口には若い衆を侍らせ、室内を[[アンティーク]]家具などで飾っていた。また、バーが設けられた部屋では自慢の2億円相当の[[バカラ (ガラス)|バカラ]]の[[クリスタルガラス|クリスタルグラス]]が備えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の息子・優太郎は容姿に優れてたため、角田は幼少時から[[芸能界]]に進出させる夢を描いており、[[:Category:芸能関連の学校|タレント養成所]]に通わせ[[学校]]にはほとんど通わせなかった。角田は孫には幼少時から[[シャネル]]を着せ、[[金魚]]に興味を示すと600匹も購入するなど身内への愛情にこと欠かなかった。冬期になると家を[[アンパンマン]]などの[[キャラクター]]を表した[[イルミネーション]]で飾ることなどから近隣では有名な豪奢な暮らし振りであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大量殺人]]&lt;br /&gt;
*[[角田一派]]&lt;br /&gt;
*[[角田事件]]&lt;br /&gt;
*[[角田派]]&lt;br /&gt;
*[[北九州監禁殺人事件]] - 類似の事件 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すみた　みよこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A2%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;diff=173959</id>
		<title>クソババアの一覧</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A2%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;diff=173959"/>
				<updated>2012-12-13T07:02:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: +角田美代子&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''クソババアの一覧'''は、クソババアを集めた一覧である。クソババアとは、糞のような成年女性のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== あ行 ==&lt;br /&gt;
*[[蒼樹うめ]] あおきうめ ？.8.3 - &lt;br /&gt;
*[[秋元才加]] あきもとさやか 1988.07.26 - &lt;br /&gt;
*[[秋元優里]] あきもとゆり 1983.10.25 - &lt;br /&gt;
*[[アグネス・チャン]] あぐねすちやん 1955.08.20 - &lt;br /&gt;
*[[麻木久仁子]] あさぎくにこ 1962.11.12 -&lt;br /&gt;
*[[甘噛 S.らむね]] あまかみえすらむね &lt;br /&gt;
*[[天海祐希]] あまみゆうき 1967.08.08 -&lt;br /&gt;
*[[有賀さつき]] ありがさつき 1965.09.09 - &lt;br /&gt;
*[[杏 (ファッションモデル)|杏]] あん 1986.04.14 -  &lt;br /&gt;
*[[安藤優子]] あんどうゆうこ 1958.11.19 - &lt;br /&gt;
*[[五十嵐かおる]] いがらしかおる 1979.01.05 -&lt;br /&gt;
*[[井川遥]] いがわはるか 1976.06.29 -&lt;br /&gt;
*[[池田香峯子]] いけだかねこ 1935.02.27 -&lt;br /&gt;
*[[石原さとみ]] いしはらさとみ 1986.12.24 -&lt;br /&gt;
*[[泉ピン子]] いずみぴんこ 1947.09.11 -   &lt;br /&gt;
*[[磯野貴理子]] いそのきりこ 1964.02.01 - &lt;br /&gt;
*[[板野友美]] いたのともみ 1991.07.03 - &lt;br /&gt;
*[[市川房枝]] いちかわふさえ&lt;br /&gt;
*[[伊知地昭子]] いちじしょうこ 1960.10.05 -&lt;br /&gt;
*[[稲田朋美]] いなだともみ 1959.02.20 -&lt;br /&gt;
*[[井上和香]] いのうえわか 1980.05.13 - &lt;br /&gt;
*[[猪口邦子]] いのぐちくにこ 1952.05.03 - &lt;br /&gt;
*[[岩井志麻子]] いわいしまこ 1964.12.05 -&lt;br /&gt;
*[[いわさきちひろ]] いわさきちひろ 1918.12.15 - 1974.08.08&lt;br /&gt;
*[[岩佐美咲]] いわさみさき 1995.01.30 - &lt;br /&gt;
*[[インリン・オブ・ジョイトイ]] いんりんおぶじょいと 1976.02.15 - &lt;br /&gt;
*[[植木理恵]] うえきりえ 1975 -&lt;br /&gt;
*[[上原さくら]] うえはらさくら 1977.03.31 - &lt;br /&gt;
*[[内山理名]] うちやまりな 1981.11.07 - &lt;br /&gt;
*[[梅田彩佳]] うめだあやか 1989.01.03 -&lt;br /&gt;
*[[梅田悠]] うめだはるか 1988.03.15 - &lt;br /&gt;
*[[梅津弥英子]] うめづやえこ 1978.01.30 - &lt;br /&gt;
*[[梅本まどか]] うめもとまどか 1992.07.17 -  &lt;br /&gt;
*[[江川紹子]] えがわしょうこ 1958.08.04 -&lt;br /&gt;
*[[江角マキコ]] えすみまきこ 1966.12.18 - &lt;br /&gt;
*[[大川きょう子]] おおかわきょうこ 1965.08.22 -&lt;br /&gt;
*[[大木聖子]] おおきさとこ 1978 - &lt;br /&gt;
*[[大久保佳代子]] おおくぼかよこ 1971.05.12 -&lt;br /&gt;
*[[大河内奈々子]] おおこうちななこ 1977.06.05 -&lt;br /&gt;
*[[大沢あかね]] おおさわあかね 1985.08.16 - &lt;br /&gt;
*[[大島麻衣]] おおしままい 1987.09.11 -&lt;br /&gt;
*[[大島美幸]] おおしまみゆき 1980.01.13 - &lt;br /&gt;
*[[大島優子]] おおしまゆうこ 1988.10.17 - &lt;br /&gt;
*[[太田光代]] おおたみつよ 1964.07.06 -  &lt;br /&gt;
*[[おおたわ史絵]] おおたわふみえ 1964.10.15 -&lt;br /&gt;
*[[大場美奈]] おおばみな 1992.04.03 - &lt;br /&gt;
*[[大堀恵]] おおほりめぐみ 1983.08.25 -&lt;br /&gt;
*[[大桃美代子]] おおももみよこ 1965.05.29 -  &lt;br /&gt;
*[[大宅映子]] おおやえいこ&lt;br /&gt;
*[[大矢真那]] おおやまさな 1990.11.06 - &lt;br /&gt;
*[[大家志津香]] おおやしずか 1991.12.28 - &lt;br /&gt;
*[[小笠原貞子]] おがさわらさだこ 1920.04.20 - 1995.10.09&lt;br /&gt;
*[[岡本玲]] おかもとれい 1991.06.18 - &lt;br /&gt;
*[[小木曽汐莉]] おぎそしおり 1992.09.15 - &lt;br /&gt;
*[[沖直実]] おきなおみ 1964.10.24 - &lt;br /&gt;
*[[小沢真珠]] おざわまじゅ 1977.01.03 - &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== か行 ==&lt;br /&gt;
*[[河西智美]] かさいともみ 1991.11.16 - &lt;br /&gt;
*[[柏木由紀]] かしわぎゆき 1991.07.15 - &lt;br /&gt;
*[[片山さつき]] かたやまさつき&lt;br /&gt;
*[[片山陽加]] かたやまはるか 1990.05.10 -&lt;br /&gt;
*[[勝間和代]] かつまかずよ 1968.12.14 -&lt;br /&gt;
*[[加藤綾子]] かとうあやこ 1985.04.23 -&lt;br /&gt;
*[[加藤ミリヤ]] かとうみりや 1988.06.22 -  &lt;br /&gt;
*[[上坂冬子]] かみさかふゆこ&lt;br /&gt;
*[[菊川怜]] きくかわれい 1978.02.28 -  &lt;br /&gt;
*[[菊地亜美]] きくちあみ 1990.09.05 - &lt;br /&gt;
*[[岸本加世子]] きしもとかよこ   &lt;br /&gt;
*[[北川悦吏子]] きたがわえりこ 1961.12.24 -&lt;br /&gt;
*[[北原佐和子]] きたはらさわこ 1964.03.19 - &lt;br /&gt;
*[[北原みのり]] きたはらみのり 1970.11.24 - &lt;br /&gt;
*[[北原里英]] きたはらりえ 1991.06.24 - &lt;br /&gt;
*[[木下優樹菜]] きのしたゆきな 1987.12.04 -&lt;br /&gt;
*[[キム・テヒ]] きむてひ 1980.03.29 -&lt;br /&gt;
*[[木村恭子]] きむらきょうこ  &lt;br /&gt;
*[[倉木麻衣]] くらきまい 1982.10.28 -&lt;br /&gt;
*[[倉持明日香]] くらもちあすか 1989.09.11 - &lt;br /&gt;
*[[桑原みずき]] くわばらみずき 1992.02.19 -&lt;br /&gt;
*[[黒沢宗子]] くろさわかずこ 1978.10.17 - &lt;br /&gt;
*[[小網美恵]] こあみみえ  &lt;br /&gt;
*[[小池百合子]] こいけゆりこ&lt;br /&gt;
*[[剛力彩芽]] ごうりきあやめ 1992.08.27 - &lt;br /&gt;
*[[小嶋陽菜]] こじまはるな 1988.04.19 - &lt;br /&gt;
*[[小林香菜]] こばやしかな 1991.05.17 - &lt;br /&gt;
*[[小宮悦子]] こみやえつこ 1958.04.18 -&lt;br /&gt;
*[[小宮山泰子]] こみやまやすこ 1965.04.23 -  &lt;br /&gt;
*[[小宮山洋子]] こみやまようこ 1948.09.17 -&lt;br /&gt;
*[[小森純]] こもりじゅん 1985.11.22 -&lt;br /&gt;
*[[近藤春菜]] こんどうはるな 1983.02.23 - &lt;br /&gt;
*[[コンドリーサ・ライス]] こんどりーさらいす　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== さ行 ==&lt;br /&gt;
*[[紗栄子]] さえこ 1986.11.16 - &lt;br /&gt;
*[[酒井法子]] さかいのりこ 1971.02.14 -&lt;br /&gt;
*[[坂口杏里]] さかぐちあんり 1991.03.03 - &lt;br /&gt;
*[[櫻井よしこ]] さくらいよしこ　&lt;br /&gt;
*[[佐々木希]] ささきのぞみ 1988.02.08 -&lt;br /&gt;
*[[指原莉乃]] さしはらりの 1992.11.21 -  &lt;br /&gt;
*[[佐藤亜美菜]] さとうあみな 1990.10.16 - &lt;br /&gt;
*[[佐藤かよ]] さとうかよ 1988.12.26 -&lt;br /&gt;
*[[佐藤夏希]] さとうなつき 1990.07.01 - &lt;br /&gt;
*[[佐藤ゆかり]] さとうゆかり&lt;br /&gt;
*[[重盛さと美]] しげもりさとみ 1988.09.04 - &lt;br /&gt;
*[[篠田麻里子]] しのだまりこ 1986.03.11 -&lt;br /&gt;
*[[島崎和歌子]] しまざきわかこ 1973.03.02 -&lt;br /&gt;
*[[末永遥]] すえながはるか 1986.07.22 -&lt;br /&gt;
*[[すえのぶけいこ]] すえのぶけいこ 1979.03.23 -&lt;br /&gt;
*[[杉田かおる]] すぎたかおる 1964.11.27 -&lt;br /&gt;
*[[鈴木京香]] すずききょうか 1968.05.31 - &lt;br /&gt;
*[[鈴木紗理奈]] すずきさりな 1977.07.13 -&lt;br /&gt;
*[[鈴木奈々]] すずきなな 1988.07.09 -  &lt;br /&gt;
*[[鈴木まりや]] すずきまりや 1991.04.29 - &lt;br /&gt;
*[[須田亜香里]] すだあかり 1991.10.31 - &lt;br /&gt;
*[[角田美代子]] すみだみよこ 1948 - 2012.12.12&lt;br /&gt;
*[[住吉美紀]] すみよしみき 1973.04.05 - &lt;br /&gt;
*[[瀬尾佳美]] せおかみ&lt;br /&gt;
*[[瀬戸朝香]] せとあさか 1976.12.12 - &lt;br /&gt;
*[[瀬戸内寂聴]] せとうちじゃくちょう 1922.05.15 - &lt;br /&gt;
*[[芹那]] せりな 1985.05.19 - &lt;br /&gt;
*[[曽野綾子]] そのあやこ　1931.09.17 - 　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== た行 ==&lt;br /&gt;
*[[高市早苗]] たかいちさなえ 1961.03.07 -&lt;br /&gt;
*[[高木美保]] たかぎみほ 1962.07.29 - &lt;br /&gt;
*[[高島彩]] たかしまあや 1979.02.18 - &lt;br /&gt;
*[[高島礼子]] たかしまれいこ 1964.07.25 -&lt;br /&gt;
*[[高城亜樹]] たかじょうあき 1991.10.03 - &lt;br /&gt;
*[[高橋みなみ]] たかはしみなみ 1991.04.08 - &lt;br /&gt;
*[[高柳明音]] たかやなぎあかね 1991.11.29 - &lt;br /&gt;
*[[滝川クリステル]] たきがわくりすてる 1977.10.01 - &lt;br /&gt;
*[[田嶋陽子]] たじまようこ 1941.04.06 -&lt;br /&gt;
*[[田名部生来]] たなべみく 1992.12.02 - &lt;br /&gt;
*[[谷村美月]] たにむらみつき 1990.06.18 - &lt;br /&gt;
*[[谷亮子]] たにりょうこ 1975.09.06 -  &lt;br /&gt;
*[[千葉景子]] ちばけいこ 1948.05.11 -  &lt;br /&gt;
*[[辻希美]] つじのぞみ 1987.06.17 -&lt;br /&gt;
*[[辻元清美]] つじもときよみ 1960.04.28 -&lt;br /&gt;
*[[出口陽]] でぐちあき 1988.03.14 - &lt;br /&gt;
*[[土井たか子]] どいたかこ 1928.11.30 -&lt;br /&gt;
*[[遠野なぎこ]] とおのなぎこ 1979.11.22 - &lt;br /&gt;
*[[戸田恵梨香]] とだえりか 1988.08.17 -&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== な行 ==&lt;br /&gt;
*[[内藤聡子]] ないとうさとこ 1974.11.03 -&lt;br /&gt;
*[[中上真亜子]] なかがみまあこ 1987.09.13 - &lt;br /&gt;
*[[仲川遥香]] なかがわはるか 1992.02.10 -&lt;br /&gt;
*[[長澤まさみ]] ながさわまさみ 1987.06.03 - &lt;br /&gt;
*[[中田あすみ]] なかだあすみ 1988.04.05 -  &lt;br /&gt;
*[[中田ちさと]] なかだちさと 1990.10.08 -&lt;br /&gt;
*[[中谷美紀]] なかたにみき 1976.01.12 -&lt;br /&gt;
*[[中西優香]] なかにしゆか 1989.01.24 -  &lt;br /&gt;
*[[中原理恵]] なかはらりえ 1958.06.17 -&lt;br /&gt;
*[[仲俣汐里]] なかまたしおり 1992.07.25 - &lt;br /&gt;
*[[仲谷明香]] なかやさやか 1991.10.15 -  &lt;br /&gt;
*[[夏まゆみ]] なつまゆみ 1962.03.23 - &lt;br /&gt;
*[[菜々緒]] ななお 1988.10.28 - &lt;br /&gt;
*[[西川史子]] にしかわあやこ 1971.04.05 - &lt;br /&gt;
*[[仁藤萌乃]] にとうもえの 1992.07.22 - &lt;br /&gt;
*[[野田聖子]] のだせいこ&lt;br /&gt;
*[[野中美郷]] のなかみさと 1991.04.20 -&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== は行 ==&lt;br /&gt;
*[[秦佐和子]] はたさわこ 1988.09.14 - &lt;br /&gt;
*[[原沙知絵]] はらさちえ 1978.05.01 -&lt;br /&gt;
*[[早川沙世]] はやかわさよ 1983.05.23 - &lt;br /&gt;
*[[坂東眞理子]] ばんどうまりこ 1946.08.17 - &lt;br /&gt;
*[[久本雅美]] ひさもとまさみ 1958.07.09 -&lt;br /&gt;
*[[樋口可南子]] ひぐちかなこ 1958.12.13 - &lt;br /&gt;
*[[雛形あきこ]] ひながたあきこ 1978.01.27 -&lt;br /&gt;
*[[樋井明日香]] ひのいあすか 1991.01.08 -   &lt;br /&gt;
*[[平井理央]] ひらいりお 1982.11.15 -&lt;br /&gt;
*[[平嶋夏海]] ひらじまなつみ 1992.05.28 - &lt;br /&gt;
*[[平林都]] ひらばやしみやこ 1961.05.14 -&lt;br /&gt;
*[[平松可奈子]] ひらまつかなこ 1991.11.14 - &lt;br /&gt;
*[[深田わかば]] ふかだわかば 1972.06.09 -  &lt;br /&gt;
*[[深津絵里]] ふかつえり 1973.01.11 - &lt;br /&gt;
*[[福田明日香]] ふくだあすか 1984.12.17 -   &lt;br /&gt;
*[[福島瑞穂]] ふくしまみずほ 1955.12.24 - &lt;br /&gt;
*[[藤井リナ]] ふじいりな 1984.07.02 -&lt;br /&gt;
*[[藤岡みなみ]] ふじおかみなみ 1988.08.09 -&lt;br /&gt;
*[[藤川優里]] ふじかわゆり 1980.03.08 - &lt;br /&gt;
*[[メリー喜多川|藤島メリー泰子]] ふじしまめりーやすこ 1926.12.25 - &lt;br /&gt;
*[[藤田朋子]] ふじたともこ 1965.08.03 -   &lt;br /&gt;
*[[藤森麻由]] ふじもりまゆ 1988.11.11 -&lt;br /&gt;
*[[古川愛李]] ふるかわあいり 1989.12.13 - &lt;br /&gt;
*[[レベッカ・恵理・レイボーン|ベッキー]] べっきー 1984.03.06 - &lt;br /&gt;
*[[細木数子]] ほそきかずこ 1938.04.04 -&lt;br /&gt;
*[[堀北真希]] ほりきたまき 1988.10.06 - &lt;br /&gt;
*[[本田朋子]] ほんだともこ 1983.08.16 -  &lt;br /&gt;
*[[本田由紀]] ほんだゆき 1964.12 -&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ま行 ==&lt;br /&gt;
*[[マーガレット・サッチャー]] まーがれっとさっちゃー &lt;br /&gt;
*[[前田敦子]] まえだあつこ 1991.07.10 - &lt;br /&gt;
*[[増田有華]] ますだゆか 1991.08.03 -&lt;br /&gt;
*[[益若つばさ]] ますわかつばさ 1985.10.13 - &lt;br /&gt;
*[[松井咲子]] まついさきこ 1990.12.10 - &lt;br /&gt;
*[[松井玲奈]] まついれな 1991.07.27 - &lt;br /&gt;
*[[松葉裕子]] まつばゆうこ&lt;br /&gt;
*[[松原照子]] まつばらてるこ　1946 - &lt;br /&gt;
*[[松原夏海]] まつばらなつみ 1990.06.19 - &lt;br /&gt;
*[[松村香織]] まつむらかおり 1990.01.17 -&lt;br /&gt;
*[[松村幸姫]] まつむらゆきひ 1986 - 2012.04.23&lt;br /&gt;
*[[松本明子]] まつもとあきこ 1966.04.08 -&lt;br /&gt;
*[[松本美奈]] まつもとみな 1974 -&lt;br /&gt;
*[[マリエ (モデル)|マリエ]] まりえ 1987.06.20 -&lt;br /&gt;
*[[丸高愛実]] まるたかまなみ 1990.06.12 - &lt;br /&gt;
*[[水川あさみ]] みずかわあさみ 1983.07.24 - &lt;br /&gt;
*[[三田佳子]] みたよしこ 1941.10.08 -&lt;br /&gt;
*[[南明奈]] みなみあきな 1989.05.15 -&lt;br /&gt;
*[[峯岸みなみ]] みねぎしみなみ 1992.11.15 - &lt;br /&gt;
*[[箕輪はるか]] みのわはるか 1980.01.01 -   &lt;br /&gt;
*[[宮崎あおい]] みやざきあおい 1985.11.30 -&lt;br /&gt;
*[[宮崎美子]] みやざきよしこ 1958.12.11 - &lt;br /&gt;
*[[宮澤佐江]] みやざわさえ 1990.08.13 -&lt;br /&gt;
*[[村上知子]] むらかみともこ 1980.01.02 - &lt;br /&gt;
*[[室井佑月]] むろいゆづき 1970.02.27 -    &lt;br /&gt;
*[[元谷芙美子]] もとやふみこ 1947.07.08 - &lt;br /&gt;
*[[ももち麗子]] ももちれいこ 生年不詳.02.25 -&lt;br /&gt;
*[[森脇英理子]] もりわきえりこ 1981.10.04 -&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== や行 ==&lt;br /&gt;
*[[柳原可奈子]] やなぎはらかなこ 1986.02.03 -&lt;br /&gt;
*[[山田邦子]] やまだくにこ 1960.06.13 -&lt;br /&gt;
*[[山田菜々]] やまだなな 1992.04.03 - &lt;br /&gt;
*[[山本美香]] やまもとみか 1967.05.26 - 2012.08.20&lt;br /&gt;
*[[山本モナ]] やまもともな 1976.02.11 -&lt;br /&gt;
*[[山本リンダ]] やまもとりんだ&lt;br /&gt;
*[[柳美里]] ゆうみり 1968.06.22 -&lt;br /&gt;
*[[柚木まい]] ゆずきまい 1992.08.26 -&lt;br /&gt;
*[[横山由依]] よこやまゆい 1992.12.08 - &lt;br /&gt;
*[[吉木りさ]] よしきりさ 1987.07.27 -   &lt;br /&gt;
*[[吉永小百合]] よしながさゆり 1945.03.13 - &lt;br /&gt;
*[[米沢瑠美]] よねざわるみ 1991.06.06 -&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ら行 ==&lt;br /&gt;
*[[蓮舫]] れんほう 1967.11.28 - &lt;br /&gt;
*[[ローラ (モデル)|ローラ]] ろーら 1990.03.30 - &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== わ行 ==&lt;br /&gt;
*[[和田アキ子]] わだあきこ 1950.04.10 -&lt;br /&gt;
*[[渡辺直美]] わたなべなおみ 1987.10.23 - &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[クソジジイの一覧]]&lt;br /&gt;
*[[クソガキの一覧]]&lt;br /&gt;
*[[カッコ良すぎる姐の一覧]]（正反対の人々）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{蛆虫}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:くそははあ}}&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:一覧]]&lt;br /&gt;
[[Category:ババア|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:クソババア|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:女性と政治]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%B2%E5%B3%B6%E8%8C%89%E8%8E%89%E5%AD%90&amp;diff=173958</id>
		<title>仲島茉莉子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%B2%E5%B3%B6%E8%8C%89%E8%8E%89%E5%AD%90&amp;diff=173958"/>
				<updated>2012-12-13T06:59:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 角田美代子　自殺&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:仲島茉莉子1.jpg|250px|thumb|仲島　茉莉子さん(旧姓:谷本)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''仲島　茉莉子'''(なかしま　まりこ)とは、[[高松市]]の谷本一家の長女である。[[角田美代子]]一味により殺され、[[尼崎市]]の祖母・皆吉ノリさん(87)宅の床下から遺体で発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実妹は、後に角田の実子と結婚することになる谷本瑠衣。叔父は同じ場所で遺体で発見された、[[谷本隆]]さん(68)である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母親の兄の妻の連れ子が、韓国籍の李である。従兄弟だが谷本家と血縁関係はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さん（1982年生まれ旧姓谷本）&lt;br /&gt;
* 小学生の頃　絵本作家を目指す夢のある少女 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 社会人になって高松市のIT会社に勤める。優秀さを発揮し、デザイナーのエースに &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2002年初め「英語を勉強して、海外で働きたい」と休暇を取り英国語学留学 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2002年11月帰国 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2003年2月角田美代子が乗り込んでくる &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2003年4月会社を辞め角田美代子に尼崎に連行される &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2007年角田マンションに同居していた仲島康司という沖縄出身の男と結婚させられる &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 沖縄逃亡 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2008年角田に見つかって連れ戻され暴行されて死亡(享年29歳)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暗転 ==&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子1.jpg|250px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
谷本一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女は県内有数の進学校に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[角田美代子]]達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則（谷本妻の兄の妻の連れ子）を、[[角田美代子]]に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。茉莉子・瑠衣姉妹にとっては従兄弟にあたるが血縁関係は無い。野球の上手い従兄弟という印象を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本夫は、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹2.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、[[角田美代子]]達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、[[角田美代子]]らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田犯らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも[[角田美代子]]の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、夫は裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[角田美代子]]達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結果的に彼女らは本意ではなくも、[[角田美代子]]達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、[[角田美代子]]の部下達何人もに、T夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日は谷本誠さんが殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本さんの妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、[[角田美代子]]らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金二千万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も高校を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹3.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで[[角田美代子]]らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は[[角田美代子]]に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。[[角田美代子]]らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて[[角田美代子]]と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は[[角田美代子]]から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も[[角田美代子]]の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は[[角田美代子]]の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本夫も身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、主犯らの近所に潜伏した。また、谷本夫の兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子は2012年12月12日に、留置所にて[[自殺]]している。この自殺によって、捜査は困難を極め、事件の真実は闇に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件報道 ==&lt;br /&gt;
=== 捜索の住宅床下から2遺体(2012年10月) ===&lt;br /&gt;
兵庫県警は[[10月14日]]、殺人容疑で家宅捜索していた同市内の住宅の床下から遺体を発見した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺体が発見された民家は木造平屋の長屋で、約50年前に夫婦と子供計6人の家族が借り、暮らしていた。約10年前、2人暮らしになっていた皆吉ノリさん(87)とその長男(69)が行方不明になった。長男は角田の知人で、その後、角田と一時同居。現在は別の場所で暮らしているが、皆吉ノリさんの行方はわかっていない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江さんを殴り死亡させたとして、傷害致死罪などで起訴された角田美代子(64)の自宅に出入りしていた人のうち、男女数人が行方不明となり、家族が捜索願を出していたことも判明。さらに最近になって、角田の関係者から「尼崎市内の民家に複数の遺体があると聞いた」との情報が得られた。県警は事件に巻き込まれた可能性が高いとみて、捜査している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜索先の住宅には、角田の義理の娘・瑠衣(27歳。窃盗罪で起訴)の祖母が、約10年前まで息子らと暮らしていた。その後、祖母の行方が分からず、瑠衣のおじに当たる祖母の次男も2007年ごろから行方不明となっていた。またそれ以外に4人の男女が行方不明になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義理の娘・瑠衣は、角田とは戸籍上の関係で血縁はない。角田と血縁のない戸籍上の関係の義妹(59)とともに祖母や叔父(69)の口座から年金を不正に引き出したとして、神戸地検尼崎支部に窃盗罪で起訴されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜索は13日に始まり、14日昼ごろ、住宅の床下の土の中から、うつぶせの状態で埋められている遺体を発見した。着衣はなく、白髪まじりで女性とみられる。目立った外傷はなく、両足の一部が白骨化していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2人目の遺体は1人目から約2メートル離れた場所で全身が白骨化した状態で見つかり、黒髪で、性別は不明という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれの遺体も死後1年以上経過しているとみられ、県警は司法解剖するなどして身元の確認を急ぐ。また、2遺体の周辺から複数の小さな骨片が見つかっており、人骨かどうかも調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異常な犯行経緯から注目を集めた事件が、角田を中心に、さらなる広がりを見せ始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 10年間空き家 ====&lt;br /&gt;
2遺体が見つかった民家は、[[阪神電鉄]][[杭瀬駅]](くいせえき)の南東約100メートルの住宅街に建つ古い平屋建て。夫に先立たれた皆吉ノリさん(87)や60代の長男らが生活していたが、皆吉ノリさんは約10年前から所在不明になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地主の女性(81)は、皆吉ノリさんが姿を消した後、「次男が地代を支払いに来ていた」と説明。しかし、ここ数年は「孫を名乗る女性」に代わっていたといい、皆吉ノリさんの孫で、美代子の息子と結婚した角田瑠衣(27)が支払いに訪れていたとみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
住民によると、皆吉ノリさんの長男の妻の連れ子が、美代子と同居していた戸籍上のいとこ・李正則で、大江さんの事件で実刑判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 3人目の遺体発見 ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹4.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家から3人の遺体が見つかり、ほかにも多数の行方不明者が出ている事件で、民家で発見された男性の遺体の死亡推定時期は2003年頃だったことが、県警への取材でわかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は高松市に住んでいた2人姉妹の伯父・谷本隆さん(68)とみられ、この時期は、姉妹の長女・仲島茉莉子さん(29)が、ドラム缶遺体事件の主犯格・角田美代子らに連れ去られたのと同じ頃に当たる。県警は、仲島茉莉子さんを心配して付き添ったとされる谷本隆さんが高松市を離れて間もなく死亡し、遺棄されたとみて、経緯について角田の周辺者から詳しく事情を聞く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さんは民家の住人・皆吉ノリさん(87)の孫で、10月14日に見つかった女性2遺体のうちの1人とみられる。この遺体は、2008年頃に死亡したと推定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さんは、家族とともに高松市内で暮らしていた約10年前、角田ら数人に、夜中などに連日自宅に押しかけられるようになった。角田らは数か月間居座った後、仲島茉莉子さんと、後に角田の実子と結婚する妹の角田瑠衣(27)を連れて出て行った。伯父はその際、姉妹を心配して同行したとされ、それ以後、行方がわからなくなっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高松市で仲島茉莉子さんが勤務していた会社の関係者によると、仲島茉莉子さんは2003年の初め頃から「家がもめている」などと言ってふさぎ込むようになり、同3～4月頃、「大阪に行く」と打ち明け、高松市を離れた。4～5月頃には、同社の大阪営業所で2週間～1か月勤務したが、すぐ退職したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性の死亡推定時期は、ちょうどこの時期に当たり、県警は、谷本隆さんが仲島茉莉子さんらと関西に移動してすぐ、角田らと何らかのトラブルになった可能性があると判断。高松市を離れた後の谷本隆さんや仲島茉莉子さんの足取りを調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、民家以外の場所に遺棄されたという3遺体について、角田周辺の関係者が、民家の住人女性ら3人と証言していることが、県警への取材で新たにわかった。3人には、県警が行方不明としている人以外の人物も含まれるという。逆に、行方不明者とされている角田の養子の兄の溶接工男性(36)は、これまで殺人などの被害者として名前は挙がっていないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら3遺体のうち、ドラム缶に入れられて遺棄されたとされる1体は、コンクリート詰めにされて岡山県東部の海に沈められたとみられることも判明。別の1体は高松市内の民家の敷地に埋められ、もう1体は兵庫県内に遺棄された可能性があるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎市の男性遺体、高松市の谷本さんと特定 ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家から男性1人、女性2人の3遺体が見つかった事件で、県警は10月18日、DNA鑑定の結果、男性を高松市の谷本隆さん(68)と特定した、と発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2人目は安藤みつゑさん ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市梶ケ島の民家で3人の遺体が見つかった事件で、県警は10月19日、このうちの1人の身元を同市の安藤みつゑさん(1941年生まれ)と確認した。これで3人のうち2人の身元が確認された。安藤さんは、2011年発覚したドラム缶遺体事件で中心的な役割を果たしたとされる角田美代子の兄の交際相手で、角田らと同居していた。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3人目の遺体は29歳女性・仲島茉莉子さん ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかった事件で、県警尼崎東署捜査本部は10月22日、3人目の遺体の身元は尼崎市の無職、仲島茉莉子さん(29)と判明したと発表した。仲島さんは、ドラム缶詰め遺体事件で起訴された角田美代子らとトラブルになっていた高松市の夫婦の長女。これで3人の遺体の身元がすべて確認された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんの祖母は、遺体が見つかった民家で暮らしていた皆吉ノリさん(87)。仲島さんは高松市の実家で、両親、妹の角田瑠衣(27)らと暮らしていたが、美代子らとトラブルになった後の2003年ごろに家を出て、その後、親族らと連絡が途絶えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の遺体は、仲島さんの伯父、谷本隆さん(68)と、美代子の自宅マンションの元所有者の連帯債務者だった安藤みつゑさん(71)と判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死亡の仲島さん、沖縄逃亡もわずか1日で捕まり ==&lt;br /&gt;
仲島(旧姓・谷本)茉莉子さんが平成20年ごろ、角田美代子の自宅マンションから沖縄に逃亡したが、わずか1日で美代子の周辺者に見つかり、連れ戻されていた。仲島さんはその後、暴行の激化などで死亡したとみられ、県警が詳しい経緯を調べている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんは美代子の義理の娘、瑠衣の姉。美代子が平成15年、仲島さんの高松市内の実家に半年余り居座った後、尼崎市に戻る際に連れ出された。仲島さんはその後、美代子の自宅マンションや近くの賃貸マンションで暮らし、美代子の仲介で同居していた沖縄県出身の仲島康司と平成19年ごろに結婚。しかし、美代子の指示で日常的に続けられた暴行に耐えかね、翌20年ごろに夫とともにマンションを抜け出し、沖縄へ逃亡した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、美代子の周辺者は2人の逃亡先をすぐに沖縄と判断し、以前から把握していた仲島さんの夫の実家へ急行。わずか1日後に2人の居場所を突き止め、自宅マンションまで連れ戻したという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逃亡を図った仲島さんに対する暴行はさらに激しさを増し、マンションのバルコニーで裸のまま水をかけられるなどの虐待も受けた。さらに、バルコニーにある小屋に数日間にわたって監禁。食事や水をほとんど与えてもらえず、衰弱して死亡した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「音楽をやりたいって将来の夢も話していたのに……」。 ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹1.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、同市内の民家で見つかった遺体の3人目の身元は、同市の仲島茉莉子と確認された。妹の角田瑠衣はドラム缶詰め遺体事件の角田美代子側に付いていた。「仲が良かった姉妹。何でこんなことになったのか……」。知人や親族は唇をかんだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんの親族らによると、両親は親戚だった李正則を巡り、2003に美代子らとトラブルになった。美代子とみられる女や数人の男が高松市の自宅に乗り込み、両親を殴ったり、多額の金を要求したりした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母親は和歌山県に逃げたが、美代子の関係者に見つかり、暴行されて入院したこともあった。そして、2011年に病死した。父親も家を出て、知人らにかくまわれながら生活した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両親が自宅から逃げた後、仲島さんの姿が消えた。一方、瑠衣は美代子から気に入られ、「後継者にする」とも言われた。美代子の息子と結婚して子どもをもうけた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知人によると、瑠衣は幼いころから、仲島さんのまねをしたがる「お姉ちゃん子」だった。そろばんやピアノも、仲島さんに続いて習った。知人は「お姉ちゃんに負けじと勉強でも遊びでも頑張った。周囲がうらやむ仲が良い姉妹だった」と振り返る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は「（瑠衣は）美代子にマインドコントロールされてしまった」と嘆く。高校時代に仲島さんと同級生だったという女性は「何でも相談に乗ってくれる優しい子で友達も多かった。こんなトラブルに巻き込まれていたなんて。気付いてあげられず、申し訳ない」とうつむいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんは一家がトラブルに巻き込まれる直前の2003年1月、高松市内であった成人式に出席していた。小中学と一緒だった女性は晴れ着姿の仲島さんを見つけ、「久しぶり」と声を掛けると「元気？」と笑顔で応じてきたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、親族の男性は「むごいことになった。父親がかわいそうや。娘の茉莉子と瑠衣を大事にしていたのに」とうなだれていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、瑠衣は、民家からわずか約700メートル先のマンションで、美代子らと暮らしていたが、ドラム缶詰め遺体事件の捜査の過程で、祖母の年金を勝手に引き出した窃盗罪で起訴された。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2002年8月、英国。19歳だった茉莉子さんの留学先を、17歳だった瑠衣が訪れた写真が残っている。湖水地方、チェスターの五つ星ホテル――。巡る先々で、姉妹はじゃれ合いながら写真に納まった。 &lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
2人は、高松市で保険代理店を営む父と、兵庫県尼崎市から来た母の間に生まれた。手入れの行き届いた黄や紫の花の鉢植えが庭を彩り、ピアノの音色が毎日のように聞こえる家。2階の子ども部屋で、姉妹は一緒に育った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 引き裂かれた仲良し姉妹、花見写真の2年後に ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹5.jpg|300px|thumb|桜をバックにポーズを取る茉莉子さん(左)と瑠衣被告。「2001年4月8日」の日付がある(高松市内で)幼い頃には一つの布団で寄り添って眠り、少女時代には満開の桜を背景にＶサイン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかり、多数の行方不明者も出ている事件に巻き込まれた高松市の一家の親族宅には、長女仲島茉莉子さん、次女角田瑠衣被告の姉妹を中心に一家の日常が切り取られた500枚以上の写真が残る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自宅前で幼い茉莉子さんが乗ったおもちゃの車を押す瑠衣被告、高松市の名勝・[[栗林公園]]で撮影した家族4人の記念写真など、カメラ好きだった一家の父親(60)が撮りためていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花見に出かけた際に撮られたとみられる桜の写真には、「2001年4月8日」の日付が残る。その約2年後に角田美代子らが入り込み、一家は崩壊。姉妹は引き裂かれ、茉莉子さんは兵庫県尼崎市の民家から遺体で見つかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なかしま　まりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の警察不祥事]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:香川県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市]]&lt;br /&gt;
[[Category:殺人被害者]]&lt;br /&gt;
[[Category:転落人生]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=2012%E5%B9%B4&amp;diff=173957</id>
		<title>2012年</title>
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				<updated>2012-12-13T06:55:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: ページの作成：「2012年とは、2011年の次の年。和暦では平成24年。  == できごと == 12月12日-尼崎事件の主犯の角田美代子（64）が留置所に...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;2012年とは、[[2011年]]の次の年。和暦では平成24年。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと ==&lt;br /&gt;
12月12日-[[尼崎事件]]の主犯の[[角田美代子]]（64）が留置所にて[[自殺]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{stub}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=173956</id>
		<title>角田美代子</title>
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				<updated>2012-12-13T06:52:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 角田美代子　自殺&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子2.png|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''角田　美代子'''（すみだ　みよこ、[[1948年]] - [[2012年]]12月12日）とは、25年以上にわたって、[[尼崎市]]を中心に[[兵庫県]]、[[高知県]]、[[香川県]]、[[岡山県]]、[[滋賀県]]、[[京都府]]の6府県で、数世帯の家族が長期間[[虐待]]、監禁し、10人以上を[[虐殺]]した殺人犯である。以前の苗字は「月岡」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[11月]]の大江和子さんドラム缶事件で発覚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:李正則1.jpg|200px|thumb|李　正則]]&lt;br /&gt;
主犯・角田美代子(64歳・2012年）は、従犯とされる親族の[[在日韓国人]]の李38歳（2012年）やその他数名の取り巻きを従えて、標的とした複数の家族を暴力的に支配して、家庭に居座る、裸で外を歩かせる、などあらゆる虐待を繰り返し、結果死亡した女性はドラム缶に詰める、などした。角田美代子らによって暴力的・精神的に支配された被害者家族らは家ごと乗っ取られ、互いに殴打し合わされたり、監禁され[[暴行]]されたり、全財産を奪われたりしたが、角田美代子の手口は巧妙で、自ら手を出すことは控えめだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子らは、些細なことに難癖をつけては弱みを見せる相手を脅迫し、多数の無法者を引き連れて家庭に侵入し、金品をむしり取ることを生業としており、夜の街で獲物を探し歩いていた。角田美代子は普段から飲み仲間に、「交通事故に遭ったら金になる」など当たり屋の指導をするなどし、うっかり隙を見せて食い物になってしまった家族らのその後は凄惨で、[[高松市]]の谷本家は2003年5月頃、餓死寸前になり、服も着させて貰えず、父親の谷本誠さんが全裸で長女の茉莉子さんをおんぶして親族の元に「何か食べさせてほしい」と、助けを求めてきたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある時は谷本夫婦揃って全裸で泣きながら親族に金を借りに来ることもあり、やがては親族までもが呼び出され、次女・瑠衣が「お父さん、ごめんね」と泣きながら両親を顔が腫れるまで殴らせられている光景を目の当たりにし、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」とショックを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、警察（[[兵庫県警]]尼崎東署、[[香川県警]]高松東署、高松南署）は再三親族や、谷本誠さん、近隣住民などから被害相談や通報があったにも拘らず、全く対応することはなく、「事件ではないので動けない」などと繰り返し、結果的に長年の間、被害者たちはなすすべもなく角田らの暴力、虐待の前に見殺しにされ、2011年管轄外の[[大阪府警]]が大江香愛(ドラム缶遺体の大江和子さんの長女)の駆け込みを信じて捜査を行ったことで、ようやく事態が公になった。被害者たちは、何度も逃げたが、そのたびに連れ戻されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中には、保険金目的に崖から転落を強要されて殺された橋本さんもいるが、この時も警察は現場の聞き込みや生命保険契約有無の確認さえ怠り、角田美代子達の言うがまま事故として処理していた。また、兵庫県警は角田逮捕後も角田宅の現状維持さえ怠り、競売に出されるがままになっており、逮捕一年後、[[2012年]][[10月]]になってようやく家宅捜索を行うが、既に一味残党に証拠隠滅のため、監禁小屋を撤去されてしまうなど捜査の遅れが目立った。2012年11月7日、角田美代子や李、その内縁の夫など8人が再逮捕、または逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年12月12日、角田美代子は留置所にて[[自殺]]した。64歳。重要なニュースにもかかわらず、北朝鮮のミサイル発射や衆議院選挙などのニュースもあったためあまり報道されなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手口 ==&lt;br /&gt;
=== 接点 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の手口は、被害者たちを次第に取り込んでいくことであり、まずはきっかけから（あるいは口実を作って）接点を持ち、弱みを握り、相手の些細な「落ち度」を咎めて10人近くの集団で家に押しかけ、自宅に乗り込んで事実上占領し、職場にも押しかけて、挙句に被害者たちを虐待して意のままにすることであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家宅占領後 ===&lt;br /&gt;
そのうえで、なるだけ角田美代子自身は手を下さずに、李の他、取り巻き達を使い、あるいは恐怖によって怯えさせて家族同士を自分の指示通りに殴り合わさせることにより、家族間の信頼関係を破壊し、被害者宅の暴力支配を完成させていた。また、娘などの安全を肩にその両親を服従させることもしばしばだった。中には何年もの虐待の末に高松の谷本瑠衣などは、恐怖と安全への願いから角田美代子に[[洗脳]]されてしまうケースもあり、虐待された挙句、自ら角田美代子の[[養女]]になることを願い、次第に角田美代子の命じる[[犯行]]の実行犯となっていき、さらには角田美代子の息子と結婚させられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 集金 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の第一の目的は被害者の財産であり、集金方法には手段を選ばなかった。家含めて、被害者家庭の全資産を身ぐるみ剥いだのは言うまでもなく、「プライドを捨てさせるため」として被害者の子供に消費者金融から借りさせたり、両親、祖父母を脅迫して、親族の家までお金を借りに行かせたりした。また子供を脅して、子供の友人達からもお金を借りさせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者の待遇 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅2.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅3.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
角田美代子は名義を変更させて被害者たちのマイホームを手に入れると、被害者たちを追い出し、自宅近くのワンルームのアパートに一家を丸ごと押し込んでいた。&lt;br /&gt;
角田美代子は集めた金で自身の[[分譲マンション]]に別ルームを購入し、そこにも他の被害者家族を押し込み、一部はベランダの犬小屋大の隔離[[小屋]]に起居させることもあった。また、逃亡を防止するため、時に裸で暮らさせ、被害者の妻は[[猿轡]]をかませられ、それを見た親族（女）の口からはとても言えないほど、卑猥で無残な姿で暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベランダのこの小屋は複数個あって、外から施錠できる仕組みになっており、そこに閉じ込められた被害者へは、主に脅迫された親族らから継続的に[[リンチ]]が行われ、少なくとも4名が衰弱して死亡している。またこの小屋を外から見られるのを防ぐため、ベランダの周囲には木製のフェンスが張り巡らされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また虐待の方法も凄惨、多様で、谷本隆さん(68)は、両耳をつぶされ、両手足をバーナーで焼かれていた。また監禁されていた川村博之の元妻・大江裕子は唇はえぐれて、発見時、放心状態であり、殺された[[仲島茉莉子]]さん(29)は形が分からないほどに殴られて顔が変形しており、後日リンチの最中と思われる「生きているか死んでいるか分からない」写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者・その被害 ==&lt;br /&gt;
角田らの犯行によって、数世帯が壊滅に追い込まれ、一家は離散し、多くが殺された。またここに紹介する以外にも、何軒もの家族が崩壊、虐殺、奴隷化の憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高松市の谷本誠一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子1.jpg|300px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷本誠一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女・茉莉子は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女・瑠衣は県内有数の進学校である[[高松高校]]に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、角田美代子達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則を、角田美代子に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本誠さんは、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、角田美代子達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、角田美代子らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも角田美代子の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、谷本誠さんは裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また角田美代子達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。結果的に彼女らは本意ではなくも、角田美代子達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、角田美代子の部下達何人もに、谷本夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日はT夫が殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本の妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、角田美代子らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金2000万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も[[高松高校]]を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣1.png|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣2.jpg|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで角田美代子らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は角田美代子に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。角田美代子らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて角田美代子と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本は慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は角田美代子から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も角田美代子の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子の優太郎と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は角田美代子の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本誠さんも身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、角田らの近所に潜伏した。また、谷本誠さんの兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎の大江一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
川村博之は大手電鉄会社に勤務しており、尼崎市内に二世帯住宅を構え、川村夫婦と妻の姉・大江香愛、妻の母・大江和子さん、子供二人の6人で幸せに暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田一味との接点は、2009年4月に谷本の次女・瑠衣が引くベビーカーが電車のドアに挟まれたと、角田がクレームをつけた事に始まった。クレーム係として応対に出た川村博之だったが、オフィスに訪れた角田は李を「元ヤクザ、怒ったら手がつけられない」と紹介して脅迫する一方、川村博之の小さな長所を褒め、以後もしばしば訪れて、川村博之との関係を深めていく。やがて雑談の折に、川村博之は喫茶店経営など自分の夢やプライベートなことを話し出すが、そこに角田は付け入り始め、開店用として高価なカップを贈ったり土地を探すなど、次第に関わりは複雑化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 一家の崩壊と家族会議 ====&lt;br /&gt;
角田は、脅し、透かしで喫茶店開店を勧め、ついには川村博之も「おいしいコーヒーを入れる店を」と店の開業を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電鉄会社は反対するが、川村博之は「なんで辞めさせへんねん」と会社に怒鳴り込む始末であった。住宅ローンや娘二人も抱えていたため、同じく川村の妻・大江裕美も反対し夫婦仲は冷却、離婚話にも発展し、そこに仲裁を買って出た角田は李や瑠衣を伴い、週に一度川村博之の家族・親族を集め「家族会議」を開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月についに川村夫婦は離婚するが、角田の催す「会議」はまだ終わらず、連日の招集になり食事や排泄制限、暴力までが入りはじめ、川村博之の妻の姉・大江香愛は会社を首になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は、話というより拷問に遭っている感じで、毎日一日16時間延々と繰り返され、寝る間もままならなかった、と述懐する。角田らはあらかじめ大江家の子供たちを自分の家に預けさせていたため、「会議」を断ることも難しかったのである。挙句の果てには、川村の妻で大江家の次女・大江裕美を売春宿[[飛田新地]]で働くよう強要し、川村の退職金も喫茶店開業資金として借りたお金も全て巻き上げられてしまった。こうして一家は完全に崩壊した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 祖母・大江和子さんの殺害 ====&lt;br /&gt;
角田の指示で、川村は家族と別れて主犯のマンションの近くのワンルームアパートに居住するが、やがて「娘の養育の責任」を口実に、大江一家全員のアパート移転を迫り、僅か一部屋に6人が雑居することになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
睡眠や食事、排泄は主犯らの許可が必要で、生活環境は劣悪だった。角田らからの暴力や虐待は常習で、時には川村の小5の娘までもが、角田の指示により、公園で大江家全員からリンチされることさえ起きていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族の信頼関係は完全に崩壊し、こうした中、ついには2011年「一緒に暮らしていけない」と大江家の祖母・和子さんが脱出し、東京の親戚宅に移るが、直ちに居場所を突き止められ、連れ戻されて角田の命を受けた家族達に連日暴行、一時はそれでも脱出して通行人にと助けを求めるが最後には虐待死する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、肋骨三本とのど骨の一部が折れており、胸や腹も強打され、喉が圧迫を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉・大江香愛の脱走と事件発覚 ====&lt;br /&gt;
[[Image:大江姉妹1.jpg|300px|thumb|大江家の姉妹(妹の裕美が川村の妻)]]&lt;br /&gt;
続いて2011年11月、姉・香愛が脱走し、兵庫県警を避けて大阪府警に相談したところ、自身も負傷していたため、府警は事件性があると判断し、尼崎東署に連絡した。府警の要請で県警は角田らを捜査、祖母・和子さんの殺害が発覚した。和子さんはコンクリート詰めにされ、ドラム缶に密封されており、ここでようやく角田ら5人が逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、5人のうち、角田、李を除くと残りは川村夫婦、姉・香愛であり、こうして大江家の生存者全員は、全てを失ったうえに犯罪者にまでなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江の親族は、角田に対して「子供のショックは大きく、回復にはかなり時間がかかるようです」「正直、死刑にするくらいではまだ足りない。お母さんのような極限の空腹状態を一片味合わせてやりたい」と悔しさを吐露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件発覚時、川村の妻は耳が欠け、唇がえぐれており、話しかけても放心したように無表情で、川村は、大江家祖母の殺害について「自分達がやった、資産管理は角田にお願いする」という遺書を書かされていた。角田は虐待するにあたって、通販カタログを丸く固めた「しばき棒」を使い、被害者の目や顔、唇を突き、傷ができ、かさぶたになると、その箇所をまた突いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・角田　美代子 ==&lt;br /&gt;
=== 宅配預かると「壊した」角田はクレーマー ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市のドラム缶遺体事件で、主犯格とされる無職・角田美代子は、ささいなことに激高し、謝罪を迫る「クレーマー」として近隣住民から敬遠されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもや身内には将来を案じる一面も見せていたが、住民らへの取材からは、執拗に他人をトラブルに巻き込んでいく姿が際立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人の宅配便は預かりたくなかった」。角田が7年ほど前まで住んでいた尼崎市内の賃貸マンションの住民が漏らす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田宛ての宅配便を預かって渡すと、「中身が壊れた」「調子が悪い」と弁償を要求され、住民らは次第に関わりを避けるようになった。角田は夫や子どもたちと同居しており、子ども同士がけんかすると、必ず相手の家にどなり込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の祖母宅近くに住む同市内の男性は、角田が20歳代の頃、「駐車違反を通報したやろ」と激しく詰め寄られた。角田は、祖母宅に立ち寄った際、男性宅前に車を止めていて駐車違反の取り締まりを受け、男性が通報したと因縁を付けた。男性が否定しても、自分の当時の交際相手まで呼び出し、2人がかりで何度も謝罪を求めた。男性は「若いのに暴力団かと思うぐらいの迫力でののしられ、会う度ににらまれた」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前には、角田が夫や妹、数人の男女など大勢を引き連れて出歩く姿も目撃されている。飲食店では、定職がないのに全員分の代金を支払っていたといい、住民らからは「どこから金が入っているのか」といぶかる声も出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 難癖付けて金品要求。夜の街では「獲物」探し。角田のカツアゲ人生 ===&lt;br /&gt;
3人を含め8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子は、弱みを見せる相手につけ込んではカネをむしり取る“カツアゲ”をシノギにしていた。生まれ育った尼崎のネオン街では、次の獲物を探し回るハイエナのような姿が度々目撃されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お前、この絨毯いくらする思てんねん！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約10年前、角田は尼崎市内の自宅アパートで当時30代の主婦をこう怒鳴りつけた。同被告の背後には巨漢の男2人が後ろ手で仁王立ちし、異様な緊張感に包まれていたという。事情を知る地元の関係者が振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（主婦が）手を滑らせて居間に敷かれていた絨毯にお茶をこぼしたのがトラブルの原因。それを材料に因縁を付け、(角田が)『弁償せえ。30万円払え』って言うてきたみたい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、この主婦は角田に言われるまま、近くの金融機関で30万円を下ろして支払った。コトが終わると角田は主婦の耳元でこう囁いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「警察にチクったら、地の果てまで追い込んだる。わかってんなぁ。いつも見張ってるからな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おびえきった主婦は数カ月後、住み慣れた地元を家族とともに夜逃げ同然に出ていったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もともと2人は知り合いで、(主婦が角田を)相談相手として信頼しとったみたい。それが、初めて家に招かれた所でいきなり豹変した」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親身に接し、心を開いたとみるや、難癖を付けて金を搾り取る。これが角田の常套手段だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の住民らによると、同被告は建設会社を経営する父親の下で尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校は中退し、10代から水商売を始めた。周囲には「スナックや喫茶店を経営していた」と語っていたが、「正業を持っているようには見えなかった」（地元商店主）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常軌を逸したクレーマーぶりで有名だったが、夜の街でも「獲物」を探し回っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飲み仲間の1人は「お酒はほとんど飲みませんでしたけど、店に客が入ってくるたびにすごい目つきでにらみつけて反応をうかがっていた。相手が『何や』とやり返すと引くけど、おとなしそうな人やと、ここぞとばかりに因縁を付ける。常にターゲットを探してる感じ」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭への執着は非常に強く、「右手にごっつい大きな指輪を3つもはめて来てた。それを何回も見せて『えーやろー？』って聞く。『金の切れ目が縁の切れ目』とか、『世の中、銭や』ってしょっちゅう言っていた」（先の飲み仲間）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この飲み仲間は、角田から「交通事故に遭ったらカネになる」と「当たり屋」の指南まで受けたという。なかでも印象的に残っているのがこの言葉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『金持ちでええなあ？』って聞いたら、ニヤリと笑って言ったんです。『一生食べていけんねん。生命保険もあるし』って。一体誰の生命保険やったんか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の心を支配したどす黒い欲望。その闇は底知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、息子の通う中学に因縁つけ→校長、事態収拾で辞表 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の息子・角田優太郎が通っていた兵庫県尼崎市の市立中学校の元校長(63)が10月23日、取材に応じ、2002年に息子の卒業をめぐって美代子らとトラブルとなり、事態を収拾するため、教育長に辞表を提出していたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には撤回されたが、「卒業させるために辞表を出した。今思えばおかしいが、それしか考えつかなかった」と当時の心境を振り返った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係者によると、角田優太郎は中学時代、ほとんど登校しておらず、美代子も「うちには家庭教師が3人おるからええんや」などと話していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、突然、「学校は息子を放置していた」と因縁をつけ、留年させるよう要求。元校長は、2002年初めから美代子の自宅を数回訪れて話し合う中で、「卒業との交換条件と感じた」と辞表を提出し、美代子も同意したという。ただ、卒業式前日、角田優太郎が出席の条件とされていた金髪を黒く染め直していなかったことを、教諭らが指摘したところ、美代子が激高。数人の男を引き連れ、学校に乗り込んできたという。角田優太郎は卒業式を欠席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子をめぐってはささいなことで執拗にクレームをつけ、現金などを要求するケースが複数確認されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 息子は溺愛…タレント養成所に。美代子の二つの顔 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田優太郎1.jpg|300px|thumb|角田　優太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子の両極端な素顔が浮かび上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退した。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに戸籍上の義理の妹、三枝子らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子の息子・角田優太郎の中学時代を知る女性によると、美代子は優太郎をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、幼いころに美代子が出入りしていたという無人の民家の近隣男性によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、美代子がよく買い物に訪れていた商店街では、息子・角田優太郎と谷本家の娘、瑠衣の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子のまわりの男達「金髪デブ軍団」と呼ばれてた ===&lt;br /&gt;
尼崎連続怪死事件の中心に位置するのが主犯とされる角田美代子(64）。夫、長男、孫娘などの“ロイヤルファミリー”の配下となるのが角田によって崩壊させられた一家の面々。さらに素性不明の若者も従え、外出時は最低でも5、6人を引き連れて行動。角田は「みんな欲しいもん買えや」と声をかけながら、地元の商店街を闊歩していた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
地元スナックママがいう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「角田のまわりの男の子たちはみんな太っていて金髪。だから近所では『金髪デブ軍団』って呼ばれていたんですよ」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
角田が住んでいたマンション近くの飲食店オーナーで、角田の家に訪れたことのある男性・Aさんは玄関口の二人の男を見たが、彼らも“金髪デブ軍団”の一員だった。彼らはボディガードというよりもマンションのトラブルメーカーだったようだ。マンション住人がおそるおそる口にする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「あの男たち、本当に恐ろしいんです。赤ちゃんの泣き声がうるさいという理由で隣の住人を引っ越しさせたのは有名な話です。また、隣の家のお婆さんがベランダ越しに『お花が綺麗ねぇ』といったら、軍団の一員が『人の家を覗くな』と声を荒らげたこともあった」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
別のマンション住人の話。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「一度、マンション住人の子がエレベータの隙間に鍵を落としてしまい、少しの間、エレベータがとまったことがあった。すると、その子のお母さんのもとに軍団の男たち5～6人が、『土下座せえ』って凄んでいた」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
彼らがどのような経緯をもって角田のもとに集ってきたのかは不明だ。だが、その“暴力装置”の中心には角田のいとこ・李正則（38）がいたという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
捜査関係者はこう語る。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「連続変死事件の様々なシーンで李の名前があがっている。李は元ノンプロの球児で腕力がとても強い。角田の右腕として地元の若者をリクルートして、集団を形成していったのではないでしょうか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子の“暴力装置”李はインシュリン打ち焼肉食う ===&lt;br /&gt;
角田美代子の「角田帝国」に組み込まれ、内部の有力な情報はほとんど明らかになっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、角田ファミリーと長らく交流を持つ人物・T氏を突き止めた。T氏は角田ファミリーの“暴力装置”と呼ばれる李正則の中学時代からの友人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元高校球児で腕力自慢の李は地元の若者を組織し、5～6人で商店街を闊歩していた。金髪で恰幅のいい李の風体から、近所住民は彼らを“金髪デブ軍団”と恐れた。&lt;br /&gt;
T氏は2年ほど前までは一団と交友関係にあり、お互いの家を行き来したりする仲だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過熱する報道では、主犯格の“黒い女王蜂”こと美代子は髪を巻いて宝石をつけた女性とされている。だが、週1回ぐらいの頻度で角田と会っていたT氏の抱く印象はまるで違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“おばはん”（角田）は、シャネルを着た大金持ちのように報じられているでしょ。でも、髪はボサボサで化粧もしない。指輪やネックレスさえつけてなかった。ジャージ姿だった時も多いですね。いつも陰険な感じでうつむいていて前歯がないのを覚えている。今出ている和服の写真(別人のものだった)なんてぜんぜんイメージちがうね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は家具や食器には異様な執着を見せる一方で、外見にはそこまで思い入れがないようだった。これは角田を取り巻く家族や仲間も同様だったそうだ。李を含めて皆ジャージ姿が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、角田は食については異様な関心を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのグループが住んでいたマンションには、何度も行ったことがある。仲がよかったので、おばはんに『メシ食いにきいや』と呼ばれたんです。マンションで出されたのは、特上の寿司、上質の牛肉をつかった焼肉など。台所にはビールサーバーがあって生ビー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルも出してくれる。卵も黄身が二つあるやつだったり、さくらんぼも桐箱に入った佐藤錦でした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一団が集団生活を送っていたマンションは恐喝や殺害によって手に入れた金で購入したと報じられている。だが角田被告は「若い時に横浜に貿易会社をつくり、そのお金で買った」と吹聴していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、最上階の3LDKが角田の「帝国」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おばはんが絶対君主で、唯一口答えできるのが息子だった。あとはマサ（李被告）も夫も妹もみんな奴隷みたいなもんですよ。トイレへ行くにも、水を飲むのにも許可がいる。食えといわれたら何でも食わなきゃならない。マサは100kg以上あって重度の糖尿病なんですが、おばはんに勧められるままにインシュリンを打ちながら焼肉をパクパク食べまくっていて……このまま殺されるんじゃないかと思ってたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子らパチンコ三昧。高級外車で閉店まで ===&lt;br /&gt;
橋本次郎さん(当時53歳)の死体遺棄容疑で兵庫県警に逮捕された角田美代子ら集団生活していた容疑者8人がパチンコ三昧の生活を送っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頻繁に泊まりがけで遠方の店へも出かけ、高級雑貨や洋酒を買い集めるぜいたくな暮らしぶりを自慢していた。県警はこうした生活を維持するために複数の家族に介入して金を巻き上げていたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は玉が出なくても、一日中、同じ台を打ち続ける」。美代子は約5年前、大阪市内のパチンコ店で知り合った自営業者の男性に、懐具合を自慢するように言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、この店には、美代子ら今回の逮捕者全員が高級外車など2台に分乗して頻繁に来店して閉店まで遊び続け、誰も定職についている様子はなかった。一行は新装開店や新規出店の情報に詳しく、「旅行を兼ねて遊んでくるわ」と言って、関東、北陸、中国地方などへも泊まりがけでパチンコに出かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は、尼崎市の美代子被告の自宅マンションに何度か招かれ、霜降り牛肉のしゃぶしゃぶなどを振る舞われた。美代子は、居間のショーケースに並ぶ高級洋酒などを指さして、「倉庫にもっとあるで」と自慢。男性は美代子らを資産家一家だと思い込んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、弁護士も洗脳されかけた ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎東署捜査本部は[[11月7日]]、橋本次郎さん(当時53)の遺体を岡山県の海に遺棄したなどとして、死体遺棄容疑で、無職角田美代子、義理のいとこの李正則ら8人を逮捕した。また美代子と接見した弁護士がマインドコントロールされそうになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尼崎東署捜査本部が事件の中心とみるのが美代子と李正則だ。美代子の指示で李が暴力を振るい、狙いを付けられた家族は引き裂かれ、離散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とにかく口がうまい。相手の心をすぐに引き込むことができる」とは美代子を知る弁護士。「接見した若手弁護士が長時間密室で話しているうちにマインドコントロールされかけたと聞いた」という別の弁護士の話もある。捜査関係者は「計算ではなく直感的にやっていると思う」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子と李は義理のいとこで血のつながりはない。周囲の証言からは、人を巧みに操り意のままに支配する美代子と、側近のように行動を共にし、暴力で信頼に応えようとした李の姿が浮かぶ。「まさ、まさ」と息子のようにかわいがる美代子を、李も「おばちゃん」と慕った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李は甲子園を夢見た野球少年。実力を認められて進学した香川県の高校を退学、約1年後に愛知県の高校へ編入した。「監督を甲子園に連れて行く」と練習に励んだ。李は高校卒業後、尼崎市に戻って正社員として働いたが、約2年で退職。2002年ごろ、美代子と知り合い、2004年に叔父の養子になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田の暮らしぶり ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅1.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション]]&lt;br /&gt;
角田は豪華なマンションに住み、入口には若い衆を侍らせ、室内を[[アンティーク]]家具などで飾っていた。また、バーが設けられた部屋では自慢の2億円相当の[[バカラ (ガラス)|バカラ]]の[[クリスタルガラス|クリスタルグラス]]が備えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の息子・優太郎は容姿に優れてたため、角田は幼少時から[[芸能界]]に進出させる夢を描いており、[[:Category:芸能関連の学校|タレント養成所]]に通わせ[[学校]]にはほとんど通わせなかった。角田は孫には幼少時から[[シャネル]]を着せ、[[金魚]]に興味を示すと600匹も購入するなど身内への愛情にこと欠かなかった。冬期になると家を[[アンパンマン]]などの[[キャラクター]]を表した[[イルミネーション]]で飾ることなどから近隣では有名な豪奢な暮らし振りであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大量殺人]]&lt;br /&gt;
*[[拷問殺人]]&lt;br /&gt;
*[[北九州監禁殺人事件]] - 類似の事件 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すみた　みよこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=173359</id>
		<title>角田美代子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%92%E7%94%B0%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90&amp;diff=173359"/>
				<updated>2012-11-29T08:37:47Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 一部画像縮小&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:角田美代子1.jpg|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子2.png|300px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''角田　美代子'''（すみだ　みよこ、[[1948年]] - ）とは、25年以上にわたって、[[尼崎市]]を中心に[[兵庫県]]、[[高知県]]、[[香川県]]、[[岡山県]]、[[滋賀県]]、[[京都府]]の6府県で、数世帯の家族が長期間[[虐待]]、監禁し、10人以上を[[虐殺]]した殺人犯である。以前の苗字は「月岡」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[11月]]の大江和子さんドラム缶事件で発覚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:李正則1.jpg|200px|thumb|李　正則]]&lt;br /&gt;
主犯・角田美代子(64歳・2012年）は、従犯とされる親族の[[在日韓国人]]の李38歳（2012年）やその他数名の取り巻きを従えて、標的とした複数の家族を暴力的に支配して、家庭に居座る、裸で外を歩かせる、などあらゆる虐待を繰り返し、結果死亡した女性はドラム缶に詰める、などした。角田美代子らによって暴力的・精神的に支配された被害者家族らは家ごと乗っ取られ、互いに殴打し合わされたり、監禁され[[暴行]]されたり、全財産を奪われたりしたが、角田美代子の手口は巧妙で、自ら手を出すことは控えめだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田美代子らは、些細なことに難癖をつけては弱みを見せる相手を脅迫し、多数の無法者を引き連れて家庭に侵入し、金品をむしり取ることを生業としており、夜の街で獲物を探し歩いていた。角田美代子は普段から飲み仲間に、「交通事故に遭ったら金になる」など当たり屋の指導をするなどし、うっかり隙を見せて食い物になってしまった家族らのその後は凄惨で、[[高松市]]の谷本家は2003年5月頃、餓死寸前になり、服も着させて貰えず、父親の谷本誠さんが全裸で長女の茉莉子さんをおんぶして親族の元に「何か食べさせてほしい」と、助けを求めてきたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある時は谷本夫婦揃って全裸で泣きながら親族に金を借りに来ることもあり、やがては親族までもが呼び出され、次女・瑠衣が「お父さん、ごめんね」と泣きながら両親を顔が腫れるまで殴らせられている光景を目の当たりにし、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」とショックを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、警察（[[兵庫県警]]尼崎東署、[[香川県警]]高松東署、高松南署）は再三親族や、谷本誠さん、近隣住民などから被害相談や通報があったにも拘らず、全く対応することはなく、「事件ではないので動けない」などと繰り返し、結果的に長年の間、被害者たちはなすすべもなく角田らの暴力、虐待の前に見殺しにされ、2011年管轄外の[[大阪府警]]が大江香愛(ドラム缶遺体の大江和子さんの長女)の駆け込みを信じて捜査を行ったことで、ようやく事態が公になった。被害者たちは、何度も逃げたが、そのたびに連れ戻されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中には、保険金目的に崖から転落を強要されて殺された橋本さんもいるが、この時も警察は現場の聞き込みや生命保険契約有無の確認さえ怠り、角田美代子達の言うがまま事故として処理していた。また、兵庫県警は角田逮捕後も角田宅の現状維持さえ怠り、競売に出されるがままになっており、逮捕一年後、[[2012年]][[10月]]になってようやく家宅捜索を行うが、既に一味残党に証拠隠滅のため、監禁小屋を撤去されてしまうなど捜査の遅れが目立った。2012年11月7日、角田美代子や李、その内縁の夫など8人が再逮捕、または逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手口 ==&lt;br /&gt;
=== 接点 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の手口は、被害者たちを次第に取り込んでいくことであり、まずはきっかけから（あるいは口実を作って）接点を持ち、弱みを握り、相手の些細な「落ち度」を咎めて10人近くの集団で家に押しかけ、自宅に乗り込んで事実上占領し、職場にも押しかけて、挙句に被害者たちを虐待して意のままにすることであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家宅占領後 ===&lt;br /&gt;
そのうえで、なるだけ角田美代子自身は手を下さずに、李の他、取り巻き達を使い、あるいは恐怖によって怯えさせて家族同士を自分の指示通りに殴り合わさせることにより、家族間の信頼関係を破壊し、被害者宅の暴力支配を完成させていた。また、娘などの安全を肩にその両親を服従させることもしばしばだった。中には何年もの虐待の末に高松の谷本瑠衣などは、恐怖と安全への願いから角田美代子に[[洗脳]]されてしまうケースもあり、虐待された挙句、自ら角田美代子の[[養女]]になることを願い、次第に角田美代子の命じる[[犯行]]の実行犯となっていき、さらには角田美代子の息子と結婚させられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 集金 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の第一の目的は被害者の財産であり、集金方法には手段を選ばなかった。家含めて、被害者家庭の全資産を身ぐるみ剥いだのは言うまでもなく、「プライドを捨てさせるため」として被害者の子供に消費者金融から借りさせたり、両親、祖父母を脅迫して、親族の家までお金を借りに行かせたりした。また子供を脅して、子供の友人達からもお金を借りさせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者の待遇 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅2.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅3.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション。監禁部屋は木の塀でかこわれていた]]&lt;br /&gt;
角田美代子は名義を変更させて被害者たちのマイホームを手に入れると、被害者たちを追い出し、自宅近くのワンルームのアパートに一家を丸ごと押し込んでいた。&lt;br /&gt;
角田美代子は集めた金で自身の[[分譲マンション]]に別ルームを購入し、そこにも他の被害者家族を押し込み、一部はベランダの犬小屋大の隔離[[小屋]]に起居させることもあった。また、逃亡を防止するため、時に裸で暮らさせ、被害者の妻は[[猿轡]]をかませられ、それを見た親族（女）の口からはとても言えないほど、卑猥で無残な姿で暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベランダのこの小屋は複数個あって、外から施錠できる仕組みになっており、そこに閉じ込められた被害者へは、主に脅迫された親族らから継続的に[[リンチ]]が行われ、少なくとも4名が衰弱して死亡している。またこの小屋を外から見られるのを防ぐため、ベランダの周囲には木製のフェンスが張り巡らされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また虐待の方法も凄惨、多様で、谷本隆さん(68)は、両耳をつぶされ、両手足をバーナーで焼かれていた。また監禁されていた川村博之の元妻・大江裕子は唇はえぐれて、発見時、放心状態であり、殺された[[仲島茉莉子]]さん(29)は形が分からないほどに殴られて顔が変形しており、後日リンチの最中と思われる「生きているか死んでいるか分からない」写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者・その被害 ==&lt;br /&gt;
角田らの犯行によって、数世帯が壊滅に追い込まれ、一家は離散し、多くが殺された。またここに紹介する以外にも、何軒もの家族が崩壊、虐殺、奴隷化の憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高松市の谷本誠一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子1.jpg|300px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷本誠一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女・茉莉子は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女・瑠衣は県内有数の進学校である[[高松高校]]に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、角田美代子達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則を、角田美代子に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本誠さんは、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、角田美代子達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、角田美代子らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも角田美代子の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、谷本誠さんは裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また角田美代子達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。結果的に彼女らは本意ではなくも、角田美代子達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、角田美代子の部下達何人もに、谷本夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日はT夫が殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本の妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、角田美代子らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金2000万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も[[高松高校]]を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣1.png|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:角田瑠衣2.jpg|300px|thumb|角田に洗脳され共犯者となった妹の角田瑠衣(旧姓・谷本　瑠衣)]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで角田美代子らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は角田美代子に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。角田美代子らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて角田美代子と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本は慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は角田美代子から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も角田美代子の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子の優太郎と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は角田美代子の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本誠さんも身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、角田らの近所に潜伏した。また、谷本誠さんの兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎の大江一家 ===&lt;br /&gt;
==== きっかけ ====&lt;br /&gt;
川村博之は大手電鉄会社に勤務しており、尼崎市内に二世帯住宅を構え、川村夫婦と妻の姉・大江香愛、妻の母・大江和子さん、子供二人の6人で幸せに暮らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田一味との接点は、2009年4月に谷本の次女・瑠衣が引くベビーカーが電車のドアに挟まれたと、角田がクレームをつけた事に始まった。クレーム係として応対に出た川村博之だったが、オフィスに訪れた角田は李を「元ヤクザ、怒ったら手がつけられない」と紹介して脅迫する一方、川村博之の小さな長所を褒め、以後もしばしば訪れて、川村博之との関係を深めていく。やがて雑談の折に、川村博之は喫茶店経営など自分の夢やプライベートなことを話し出すが、そこに角田は付け入り始め、開店用として高価なカップを贈ったり土地を探すなど、次第に関わりは複雑化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 一家の崩壊と家族会議 ====&lt;br /&gt;
角田は、脅し、透かしで喫茶店開店を勧め、ついには川村博之も「おいしいコーヒーを入れる店を」と店の開業を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電鉄会社は反対するが、川村博之は「なんで辞めさせへんねん」と会社に怒鳴り込む始末であった。住宅ローンや娘二人も抱えていたため、同じく川村の妻・大江裕美も反対し夫婦仲は冷却、離婚話にも発展し、そこに仲裁を買って出た角田は李や瑠衣を伴い、週に一度川村博之の家族・親族を集め「家族会議」を開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月についに川村夫婦は離婚するが、角田の催す「会議」はまだ終わらず、連日の招集になり食事や排泄制限、暴力までが入りはじめ、川村博之の妻の姉・大江香愛は会社を首になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は、話というより拷問に遭っている感じで、毎日一日16時間延々と繰り返され、寝る間もままならなかった、と述懐する。角田らはあらかじめ大江家の子供たちを自分の家に預けさせていたため、「会議」を断ることも難しかったのである。挙句の果てには、川村の妻で大江家の次女・大江裕美を売春宿[[飛田新地]]で働くよう強要し、川村の退職金も喫茶店開業資金として借りたお金も全て巻き上げられてしまった。こうして一家は完全に崩壊した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 祖母・大江和子さんの殺害 ====&lt;br /&gt;
角田の指示で、川村は家族と別れて主犯のマンションの近くのワンルームアパートに居住するが、やがて「娘の養育の責任」を口実に、大江一家全員のアパート移転を迫り、僅か一部屋に6人が雑居することになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
睡眠や食事、排泄は主犯らの許可が必要で、生活環境は劣悪だった。角田らからの暴力や虐待は常習で、時には川村の小5の娘までもが、角田の指示により、公園で大江家全員からリンチされることさえ起きていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族の信頼関係は完全に崩壊し、こうした中、ついには2011年「一緒に暮らしていけない」と大江家の祖母・和子さんが脱出し、東京の親戚宅に移るが、直ちに居場所を突き止められ、連れ戻されて角田の命を受けた家族達に連日暴行、一時はそれでも脱出して通行人にと助けを求めるが最後には虐待死する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
司法解剖の結果、肋骨三本とのど骨の一部が折れており、胸や腹も強打され、喉が圧迫を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉・大江香愛の脱走と事件発覚 ====&lt;br /&gt;
[[Image:大江姉妹1.jpg|300px|thumb|大江家の姉妹(妹の裕美が川村の妻)]]&lt;br /&gt;
続いて2011年11月、姉・香愛が脱走し、兵庫県警を避けて大阪府警に相談したところ、自身も負傷していたため、府警は事件性があると判断し、尼崎東署に連絡した。府警の要請で県警は角田らを捜査、祖母・和子さんの殺害が発覚した。和子さんはコンクリート詰めにされ、ドラム缶に密封されており、ここでようやく角田ら5人が逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、5人のうち、角田、李を除くと残りは川村夫婦、姉・香愛であり、こうして大江家の生存者全員は、全てを失ったうえに犯罪者にまでなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江の親族は、角田に対して「子供のショックは大きく、回復にはかなり時間がかかるようです」「正直、死刑にするくらいではまだ足りない。お母さんのような極限の空腹状態を一片味合わせてやりたい」と悔しさを吐露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件発覚時、川村の妻は耳が欠け、唇がえぐれており、話しかけても放心したように無表情で、川村は、大江家祖母の殺害について「自分達がやった、資産管理は角田にお願いする」という遺書を書かされていた。角田は虐待するにあたって、通販カタログを丸く固めた「しばき棒」を使い、被害者の目や顔、唇を突き、傷ができ、かさぶたになると、その箇所をまた突いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・角田　美代子 ==&lt;br /&gt;
=== 宅配預かると「壊した」角田はクレーマー ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市のドラム缶遺体事件で、主犯格とされる無職・角田美代子は、ささいなことに激高し、謝罪を迫る「クレーマー」として近隣住民から敬遠されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どもや身内には将来を案じる一面も見せていたが、住民らへの取材からは、執拗に他人をトラブルに巻き込んでいく姿が際立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人の宅配便は預かりたくなかった」。角田が7年ほど前まで住んでいた尼崎市内の賃貸マンションの住民が漏らす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田宛ての宅配便を預かって渡すと、「中身が壊れた」「調子が悪い」と弁償を要求され、住民らは次第に関わりを避けるようになった。角田は夫や子どもたちと同居しており、子ども同士がけんかすると、必ず相手の家にどなり込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の祖母宅近くに住む同市内の男性は、角田が20歳代の頃、「駐車違反を通報したやろ」と激しく詰め寄られた。角田は、祖母宅に立ち寄った際、男性宅前に車を止めていて駐車違反の取り締まりを受け、男性が通報したと因縁を付けた。男性が否定しても、自分の当時の交際相手まで呼び出し、2人がかりで何度も謝罪を求めた。男性は「若いのに暴力団かと思うぐらいの迫力でののしられ、会う度ににらまれた」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前には、角田が夫や妹、数人の男女など大勢を引き連れて出歩く姿も目撃されている。飲食店では、定職がないのに全員分の代金を支払っていたといい、住民らからは「どこから金が入っているのか」といぶかる声も出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 難癖付けて金品要求。夜の街では「獲物」探し。角田のカツアゲ人生 ===&lt;br /&gt;
3人を含め8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子は、弱みを見せる相手につけ込んではカネをむしり取る“カツアゲ”をシノギにしていた。生まれ育った尼崎のネオン街では、次の獲物を探し回るハイエナのような姿が度々目撃されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お前、この絨毯いくらする思てんねん！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約10年前、角田は尼崎市内の自宅アパートで当時30代の主婦をこう怒鳴りつけた。同被告の背後には巨漢の男2人が後ろ手で仁王立ちし、異様な緊張感に包まれていたという。事情を知る地元の関係者が振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「（主婦が）手を滑らせて居間に敷かれていた絨毯にお茶をこぼしたのがトラブルの原因。それを材料に因縁を付け、(角田が)『弁償せえ。30万円払え』って言うてきたみたい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、この主婦は角田に言われるまま、近くの金融機関で30万円を下ろして支払った。コトが終わると角田は主婦の耳元でこう囁いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「警察にチクったら、地の果てまで追い込んだる。わかってんなぁ。いつも見張ってるからな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おびえきった主婦は数カ月後、住み慣れた地元を家族とともに夜逃げ同然に出ていったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もともと2人は知り合いで、(主婦が角田を)相談相手として信頼しとったみたい。それが、初めて家に招かれた所でいきなり豹変した」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親身に接し、心を開いたとみるや、難癖を付けて金を搾り取る。これが角田の常套手段だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の住民らによると、同被告は建設会社を経営する父親の下で尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校は中退し、10代から水商売を始めた。周囲には「スナックや喫茶店を経営していた」と語っていたが、「正業を持っているようには見えなかった」（地元商店主）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常軌を逸したクレーマーぶりで有名だったが、夜の街でも「獲物」を探し回っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飲み仲間の1人は「お酒はほとんど飲みませんでしたけど、店に客が入ってくるたびにすごい目つきでにらみつけて反応をうかがっていた。相手が『何や』とやり返すと引くけど、おとなしそうな人やと、ここぞとばかりに因縁を付ける。常にターゲットを探してる感じ」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭への執着は非常に強く、「右手にごっつい大きな指輪を3つもはめて来てた。それを何回も見せて『えーやろー？』って聞く。『金の切れ目が縁の切れ目』とか、『世の中、銭や』ってしょっちゅう言っていた」（先の飲み仲間）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この飲み仲間は、角田から「交通事故に遭ったらカネになる」と「当たり屋」の指南まで受けたという。なかでも印象的に残っているのがこの言葉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『金持ちでええなあ？』って聞いたら、ニヤリと笑って言ったんです。『一生食べていけんねん。生命保険もあるし』って。一体誰の生命保険やったんか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の心を支配したどす黒い欲望。その闇は底知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、息子の通う中学に因縁つけ→校長、事態収拾で辞表 ===&lt;br /&gt;
角田美代子の息子・角田優太郎が通っていた兵庫県尼崎市の市立中学校の元校長(63)が10月23日、取材に応じ、2002年に息子の卒業をめぐって美代子らとトラブルとなり、事態を収拾するため、教育長に辞表を提出していたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には撤回されたが、「卒業させるために辞表を出した。今思えばおかしいが、それしか考えつかなかった」と当時の心境を振り返った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係者によると、角田優太郎は中学時代、ほとんど登校しておらず、美代子も「うちには家庭教師が3人おるからええんや」などと話していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、突然、「学校は息子を放置していた」と因縁をつけ、留年させるよう要求。元校長は、2002年初めから美代子の自宅を数回訪れて話し合う中で、「卒業との交換条件と感じた」と辞表を提出し、美代子も同意したという。ただ、卒業式前日、角田優太郎が出席の条件とされていた金髪を黒く染め直していなかったことを、教諭らが指摘したところ、美代子が激高。数人の男を引き連れ、学校に乗り込んできたという。角田優太郎は卒業式を欠席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子をめぐってはささいなことで執拗にクレームをつけ、現金などを要求するケースが複数確認されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 息子は溺愛…タレント養成所に。美代子の二つの顔 ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田優太郎1.jpg|300px|thumb|角田　優太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田美代子が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子の両極端な素顔が浮かび上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退した。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに戸籍上の義理の妹、三枝子らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子の息子・角田優太郎の中学時代を知る女性によると、美代子は優太郎をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、幼いころに美代子が出入りしていたという無人の民家の近隣男性によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、美代子がよく買い物に訪れていた商店街では、息子・角田優太郎と谷本家の娘、瑠衣の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子のまわりの男達「金髪デブ軍団」と呼ばれてた ===&lt;br /&gt;
尼崎連続怪死事件の中心に位置するのが主犯とされる角田美代子(64）。夫、長男、孫娘などの“ロイヤルファミリー”の配下となるのが角田によって崩壊させられた一家の面々。さらに素性不明の若者も従え、外出時は最低でも5、6人を引き連れて行動。角田は「みんな欲しいもん買えや」と声をかけながら、地元の商店街を闊歩していた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
地元スナックママがいう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「角田のまわりの男の子たちはみんな太っていて金髪。だから近所では『金髪デブ軍団』って呼ばれていたんですよ」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
角田が住んでいたマンション近くの飲食店オーナーで、角田の家に訪れたことのある男性・Aさんは玄関口の二人の男を見たが、彼らも“金髪デブ軍団”の一員だった。彼らはボディガードというよりもマンションのトラブルメーカーだったようだ。マンション住人がおそるおそる口にする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「あの男たち、本当に恐ろしいんです。赤ちゃんの泣き声がうるさいという理由で隣の住人を引っ越しさせたのは有名な話です。また、隣の家のお婆さんがベランダ越しに『お花が綺麗ねぇ』といったら、軍団の一員が『人の家を覗くな』と声を荒らげたこともあった」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
別のマンション住人の話。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「一度、マンション住人の子がエレベータの隙間に鍵を落としてしまい、少しの間、エレベータがとまったことがあった。すると、その子のお母さんのもとに軍団の男たち5～6人が、『土下座せえ』って凄んでいた」&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
彼らがどのような経緯をもって角田のもとに集ってきたのかは不明だ。だが、その“暴力装置”の中心には角田のいとこ・李正則（38）がいたという。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
捜査関係者はこう語る。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
「連続変死事件の様々なシーンで李の名前があがっている。李は元ノンプロの球児で腕力がとても強い。角田の右腕として地元の若者をリクルートして、集団を形成していったのではないでしょうか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田美代子の“暴力装置”李はインシュリン打ち焼肉食う ===&lt;br /&gt;
角田美代子の「角田帝国」に組み込まれ、内部の有力な情報はほとんど明らかになっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、角田ファミリーと長らく交流を持つ人物・T氏を突き止めた。T氏は角田ファミリーの“暴力装置”と呼ばれる李正則の中学時代からの友人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元高校球児で腕力自慢の李は地元の若者を組織し、5～6人で商店街を闊歩していた。金髪で恰幅のいい李の風体から、近所住民は彼らを“金髪デブ軍団”と恐れた。&lt;br /&gt;
T氏は2年ほど前までは一団と交友関係にあり、お互いの家を行き来したりする仲だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過熱する報道では、主犯格の“黒い女王蜂”こと美代子は髪を巻いて宝石をつけた女性とされている。だが、週1回ぐらいの頻度で角田と会っていたT氏の抱く印象はまるで違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“おばはん”（角田）は、シャネルを着た大金持ちのように報じられているでしょ。でも、髪はボサボサで化粧もしない。指輪やネックレスさえつけてなかった。ジャージ姿だった時も多いですね。いつも陰険な感じでうつむいていて前歯がないのを覚えている。今出ている和服の写真(別人のものだった)なんてぜんぜんイメージちがうね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田は家具や食器には異様な執着を見せる一方で、外見にはそこまで思い入れがないようだった。これは角田を取り巻く家族や仲間も同様だったそうだ。李を含めて皆ジャージ姿が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、角田は食については異様な関心を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのグループが住んでいたマンションには、何度も行ったことがある。仲がよかったので、おばはんに『メシ食いにきいや』と呼ばれたんです。マンションで出されたのは、特上の寿司、上質の牛肉をつかった焼肉など。台所にはビールサーバーがあって生ビー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルも出してくれる。卵も黄身が二つあるやつだったり、さくらんぼも桐箱に入った佐藤錦でした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一団が集団生活を送っていたマンションは恐喝や殺害によって手に入れた金で購入したと報じられている。だが角田被告は「若い時に横浜に貿易会社をつくり、そのお金で買った」と吹聴していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、最上階の3LDKが角田の「帝国」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おばはんが絶対君主で、唯一口答えできるのが息子だった。あとはマサ（李被告）も夫も妹もみんな奴隷みたいなもんですよ。トイレへ行くにも、水を飲むのにも許可がいる。食えといわれたら何でも食わなきゃならない。マサは100kg以上あって重度の糖尿病なんですが、おばはんに勧められるままにインシュリンを打ちながら焼肉をパクパク食べまくっていて……このまま殺されるんじゃないかと思ってたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子らパチンコ三昧。高級外車で閉店まで ===&lt;br /&gt;
橋本次郎さん(当時53歳)の死体遺棄容疑で兵庫県警に逮捕された角田美代子ら集団生活していた容疑者8人がパチンコ三昧の生活を送っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頻繁に泊まりがけで遠方の店へも出かけ、高級雑貨や洋酒を買い集めるぜいたくな暮らしぶりを自慢していた。県警はこうした生活を維持するために複数の家族に介入して金を巻き上げていたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は玉が出なくても、一日中、同じ台を打ち続ける」。美代子は約5年前、大阪市内のパチンコ店で知り合った自営業者の男性に、懐具合を自慢するように言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、この店には、美代子ら今回の逮捕者全員が高級外車など2台に分乗して頻繁に来店して閉店まで遊び続け、誰も定職についている様子はなかった。一行は新装開店や新規出店の情報に詳しく、「旅行を兼ねて遊んでくるわ」と言って、関東、北陸、中国地方などへも泊まりがけでパチンコに出かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は、尼崎市の美代子被告の自宅マンションに何度か招かれ、霜降り牛肉のしゃぶしゃぶなどを振る舞われた。美代子は、居間のショーケースに並ぶ高級洋酒などを指さして、「倉庫にもっとあるで」と自慢。男性は美代子らを資産家一家だと思い込んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 美代子、弁護士も洗脳されかけた ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎東署捜査本部は[[11月7日]]、橋本次郎さん(当時53)の遺体を岡山県の海に遺棄したなどとして、死体遺棄容疑で、無職角田美代子、義理のいとこの李正則ら8人を逮捕した。また美代子と接見した弁護士がマインドコントロールされそうになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尼崎東署捜査本部が事件の中心とみるのが美代子と李正則だ。美代子の指示で李が暴力を振るい、狙いを付けられた家族は引き裂かれ、離散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とにかく口がうまい。相手の心をすぐに引き込むことができる」とは美代子を知る弁護士。「接見した若手弁護士が長時間密室で話しているうちにマインドコントロールされかけたと聞いた」という別の弁護士の話もある。捜査関係者は「計算ではなく直感的にやっていると思う」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美代子と李は義理のいとこで血のつながりはない。周囲の証言からは、人を巧みに操り意のままに支配する美代子と、側近のように行動を共にし、暴力で信頼に応えようとした李の姿が浮かぶ。「まさ、まさ」と息子のようにかわいがる美代子を、李も「おばちゃん」と慕った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李は甲子園を夢見た野球少年。実力を認められて進学した香川県の高校を退学、約1年後に愛知県の高校へ編入した。「監督を甲子園に連れて行く」と練習に励んだ。李は高校卒業後、尼崎市に戻って正社員として働いたが、約2年で退職。2002年ごろ、美代子と知り合い、2004年に叔父の養子になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 角田の暮らしぶり ===&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子の自宅1.jpg|300px|thumb|角田美代子のマンション]]&lt;br /&gt;
角田は豪華なマンションに住み、入口には若い衆を侍らせ、室内を[[アンティーク]]家具などで飾っていた。また、バーが設けられた部屋では自慢の2億円相当の[[バカラ (ガラス)|バカラ]]の[[クリスタルガラス|クリスタルグラス]]が備えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
角田の息子・優太郎は容姿に優れてたため、角田は幼少時から[[芸能界]]に進出させる夢を描いており、[[:Category:芸能関連の学校|タレント養成所]]に通わせ[[学校]]にはほとんど通わせなかった。角田は孫には幼少時から[[シャネル]]を着せ、[[金魚]]に興味を示すと600匹も購入するなど身内への愛情にこと欠かなかった。冬期になると家を[[アンパンマン]]などの[[キャラクター]]を表した[[イルミネーション]]で飾ることなどから近隣では有名な豪奢な暮らし振りであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大量殺人]]&lt;br /&gt;
*[[拷問殺人]]&lt;br /&gt;
*[[北九州監禁殺人事件]] - 類似の事件 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すみた　みよこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%B2%E5%B3%B6%E8%8C%89%E8%8E%89%E5%AD%90&amp;diff=173358</id>
		<title>仲島茉莉子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%B2%E5%B3%B6%E8%8C%89%E8%8E%89%E5%AD%90&amp;diff=173358"/>
				<updated>2012-11-29T08:35:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 一部画像縮小&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:仲島茉莉子1.jpg|250px|thumb|仲島　茉莉子さん(旧姓:谷本)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子2.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
[[Image:仲島茉莉子3.jpg|250px|thumb|拷問の末、殺された[[仲島茉莉子]]さん(旧姓・谷本　茉莉子さん)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''仲島　茉莉子'''(なかしま　まりこ)とは、[[高松市]]の谷本一家の長女である。[[角田美代子]]一味により殺され、[[尼崎市]]の祖母・皆吉ノリさん(87)宅の床下から遺体で発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実妹は、後に角田の実子と結婚することになる谷本瑠衣。叔父は同じ場所で遺体で発見された、[[谷本隆]]さん(68)である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母親の兄の妻の連れ子が、韓国籍の李である。従兄弟だが谷本家と血縁関係はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さん（1982年生まれ旧姓谷本）&lt;br /&gt;
* 小学生の頃　絵本作家を目指す夢のある少女 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 社会人になって高松市のIT会社に勤める。優秀さを発揮し、デザイナーのエースに &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2002年初め「英語を勉強して、海外で働きたい」と休暇を取り英国語学留学 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2002年11月帰国 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2003年2月角田美代子が乗り込んでくる &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2003年4月会社を辞め角田美代子に尼崎に連行される &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2007年角田マンションに同居していた仲島康司という沖縄出身の男と結婚させられる &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 沖縄逃亡 &lt;br /&gt;
:↓ &lt;br /&gt;
* 2008年角田に見つかって連れ戻され暴行されて死亡(享年29歳)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暗転 ==&lt;br /&gt;
[[Image:角田美代子1.jpg|250px|thumb|角田　美代子]]&lt;br /&gt;
谷本一家は裕福で高松で保険代理店を経営し、マイホームの他に田畑等を持ち、地元の住民の話では上昇気流に乗っており、幸せな家庭を営んでいた。家族構成は、夫婦、姉妹の4人家族で、長女は英国に語学留学の後、IT企業に就職、ウェブデザイナーになることを夢見ていた。また上司の言うところによると、会社では非常に優秀で、デザイナーのエースだった。また次女は県内有数の進学校に通い、成績優秀で、運動神経も非常によく友達も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[角田美代子]]達と接点を持ってから、運命は暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事の始まりは、2003年[[2月]]、かつて谷本家でも過ごしたことのある遠縁の李正則（谷本妻の兄の妻の連れ子）を、[[角田美代子]]に執拗に頼まれて、「更生のため」として一時預かりを引き受けたことだった。茉莉子・瑠衣姉妹にとっては従兄弟にあたるが血縁関係は無い。野球の上手い従兄弟という印象を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
李正則は素行は不良で、常に暴力をふるい、金銭を盗むことは日常的でT家のお金を500万円も使い込んだ。また次女の瑠衣を強姦したりもしたため、業を煮やした谷本夫は、李正則を角田の元に返したが、それが角田が谷本家に付け入るきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 角田の乗り込み ====&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹2.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
角田は李を追い出したことに「抗議」するため、[[2003年]][[4月]]、やくざ風の若い衆10人ばかりを引き連れて、谷本家に乗り込んできた。あまりの剣幕と気勢、そして多少の弱みもあったため、谷本誠さんは話し合いのため、[[角田美代子]]達をとりあえず家の中にあげてしまったが、あっという間に主客転倒し、[[角田美代子]]らは谷本家に以後ずっと居座り続け、暴行などあらゆる狼藉を繰り返し、谷本家を完全に支配下に置いてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家の中では、谷本家の家族が外部に角田犯らに勝手に助けを求めにいくことを防ぐため、家の扉には外部から暗証番号式の鍵がかけられ、また服を脱がされ全裸にされ、食事は無論、大小便の回数まで制限され（排泄は1日に2回以下）、何をするにも[[角田美代子]]の許可が要るようになった。やがて食べ物も水（水は一日500mlに制限）も満足に与えられず、夫は裸のまま、娘を背負って昼間に親族の家に食べ物を求めに行く姿さえ、目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[角田美代子]]達は自らも暴力は振るったが、事件化を恐れて控えめで、なるべく家族達を脅して相互に争わせることに注力した。最初に取り込まれたのは、姉妹（茉莉子当時21歳、瑠衣18歳）で、彼女達を屈服させるために暴力は勿論、全裸で街中を駆け回らせるような羞恥の極み的な手法が用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結果的に彼女らは本意ではなくも、[[角田美代子]]達の理不尽な言いつけを聞くようになり、ある日は次女の瑠衣が泣きながら「お父さんごめん」と言いつつ、顔が腫れ上がるまで殴り続ける光景が目撃されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は、[[角田美代子]]の部下達何人もに、T夫婦が水をかけられており、こうした光景を呼び出されて見学させられた親族らは、「情けなくてつらくて、ノイローゼになるかと思った」「あの当時は地獄だった」と振り返る。時には、夫婦で共に全裸のまま親族宅まで金を借り行かせられることもあり、ある日は谷本誠さんが殴られて形も留めぬほど、耳の外観が変わってしまった姿を見られており、あまりに沢山の血を流しながら歩いていた、と近隣の者が証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またある日は谷本さんの妻が裸で正座させられているのを近隣住民が見かけており、こうした手法で、[[角田美代子]]らは谷本家の全財産に加えて、親族らから現金二千万円を巻き上げ、当然ながら、谷本家の稼業も廃業になり、長女・谷本茉莉子は後述する尼崎移転後は大阪営業所に転勤したが、すぐに退社、次女・瑠衣も高校を退学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 尼崎への連行 ====&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹3.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
[[Image:谷本隆.jpg|300px|thumb|殺害された谷本誠さんの兄・谷本　隆さん]]&lt;br /&gt;
こうして、すっかり取るものを取りつくしてしまった角田らは、谷本の長女・茉莉子と次女・瑠衣を連れて尼崎に引き上げたが、谷本の妻は、ショックと心労で一時和歌山まで逃亡する。程なくして高松の実家に戻ったところで、また暴行を受け、倒れて通行人に発見されるが、脳挫傷を負い入院、急性肺炎にかかり死亡する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく、谷本家の妻方の祖母・皆吉ノリさん(87)とその長男である叔父、叔母も相次いで[[角田美代子]]らに襲われ、皆吉ノリさん(87)は監禁され、虐待死し、叔母も行方不明に、叔父は東京まで逃亡して病死している。この皆吉さんの家の床下から3人の遺体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また引き揚げる際、茉莉子は「新天地で心機一転、やり直すことにしたの」と同僚に説明し、事件のことは「聞かないで」と友人にさえ隠していた。やがて、彼女は[[角田美代子]]に命令されて、「上納するから」と友達からお金を借りて回るようになり、その後職場を退社。[[角田美代子]]らと同居していた一味の仲島康司をあてがわれて結婚、入籍、改姓するが、やがて[[角田美代子]]と他の誘拐家族らから凄惨なリンチを受けるようになり、最後はベランダの犬小屋大の小屋に押し込められ、鍵を架けられて冬場でも全裸でそこで起居した。冬場に水をかけられる光景も目撃されており、最後はリンチの末に屋外の小屋に繋がれて虐待死した。仲島茉莉子は顔面を数限りなく殴打され、また足で踏みつけられ、瞼には煙草を押し当てられ、死亡時には容貌は形が全く分からないほど変わり果て、写真を見せられた父親の谷本誠さんは慟哭した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、取り込まれてしまった次女・瑠衣は[[角田美代子]]から好かれて、「跡取りにしたい」と言われるようになり、自身も[[角田美代子]]の養女になることを希望して、改姓、さらには角田の実子の一人息子と結婚する。角田息子と次女との間には、二人の子供が生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以後、次女・瑠衣は[[角田美代子]]の犯行の先棒を担うようになり、[[2012年]]、窃盗罪で逮捕された。他方、高松の谷本夫も身の危険を感じて家を出て、友人宅に一年間引きこもり、自身の受けた被害を警察に打ち明け、捜査を願うも、どの警察署からも相手にされず、「蜂の一突き」を願って偽名を使い、主犯らの近所に潜伏した。また、谷本夫の兄・谷本隆さん(68)も「弟が心配」と40万円を持って出向いたところを、他の被害者らと同様に監禁され、殺害されて埋められており、警察はその家族の捜索願を受理しながらも、捜査をしようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件報道 ==&lt;br /&gt;
=== 捜索の住宅床下から2遺体(2012年10月) ===&lt;br /&gt;
兵庫県警は[[10月14日]]、殺人容疑で家宅捜索していた同市内の住宅の床下から遺体を発見した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺体が発見された民家は木造平屋の長屋で、約50年前に夫婦と子供計6人の家族が借り、暮らしていた。約10年前、2人暮らしになっていた皆吉ノリさん(87)とその長男(69)が行方不明になった。長男は角田の知人で、その後、角田と一時同居。現在は別の場所で暮らしているが、皆吉ノリさんの行方はわかっていない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大江さんを殴り死亡させたとして、傷害致死罪などで起訴された角田美代子(64)の自宅に出入りしていた人のうち、男女数人が行方不明となり、家族が捜索願を出していたことも判明。さらに最近になって、角田の関係者から「尼崎市内の民家に複数の遺体があると聞いた」との情報が得られた。県警は事件に巻き込まれた可能性が高いとみて、捜査している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜索先の住宅には、角田の義理の娘・瑠衣(27歳。窃盗罪で起訴)の祖母が、約10年前まで息子らと暮らしていた。その後、祖母の行方が分からず、瑠衣のおじに当たる祖母の次男も2007年ごろから行方不明となっていた。またそれ以外に4人の男女が行方不明になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義理の娘・瑠衣は、角田とは戸籍上の関係で血縁はない。角田と血縁のない戸籍上の関係の義妹(59)とともに祖母や叔父(69)の口座から年金を不正に引き出したとして、神戸地検尼崎支部に窃盗罪で起訴されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜索は13日に始まり、14日昼ごろ、住宅の床下の土の中から、うつぶせの状態で埋められている遺体を発見した。着衣はなく、白髪まじりで女性とみられる。目立った外傷はなく、両足の一部が白骨化していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2人目の遺体は1人目から約2メートル離れた場所で全身が白骨化した状態で見つかり、黒髪で、性別は不明という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれの遺体も死後1年以上経過しているとみられ、県警は司法解剖するなどして身元の確認を急ぐ。また、2遺体の周辺から複数の小さな骨片が見つかっており、人骨かどうかも調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異常な犯行経緯から注目を集めた事件が、角田を中心に、さらなる広がりを見せ始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 10年間空き家 ====&lt;br /&gt;
2遺体が見つかった民家は、[[阪神電鉄]][[杭瀬駅]](くいせえき)の南東約100メートルの住宅街に建つ古い平屋建て。夫に先立たれた皆吉ノリさん(87)や60代の長男らが生活していたが、皆吉ノリさんは約10年前から所在不明になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地主の女性(81)は、皆吉ノリさんが姿を消した後、「次男が地代を支払いに来ていた」と説明。しかし、ここ数年は「孫を名乗る女性」に代わっていたといい、皆吉ノリさんの孫で、美代子の息子と結婚した角田瑠衣(27)が支払いに訪れていたとみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
住民によると、皆吉ノリさんの長男の妻の連れ子が、美代子と同居していた戸籍上のいとこ・李正則で、大江さんの事件で実刑判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 3人目の遺体発見 ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹4.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家から3人の遺体が見つかり、ほかにも多数の行方不明者が出ている事件で、民家で発見された男性の遺体の死亡推定時期は2003年頃だったことが、県警への取材でわかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性は高松市に住んでいた2人姉妹の伯父・谷本隆さん(68)とみられ、この時期は、姉妹の長女・仲島茉莉子さん(29)が、ドラム缶遺体事件の主犯格・角田美代子らに連れ去られたのと同じ頃に当たる。県警は、仲島茉莉子さんを心配して付き添ったとされる谷本隆さんが高松市を離れて間もなく死亡し、遺棄されたとみて、経緯について角田の周辺者から詳しく事情を聞く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さんは民家の住人・皆吉ノリさん(87)の孫で、10月14日に見つかった女性2遺体のうちの1人とみられる。この遺体は、2008年頃に死亡したと推定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島茉莉子さんは、家族とともに高松市内で暮らしていた約10年前、角田ら数人に、夜中などに連日自宅に押しかけられるようになった。角田らは数か月間居座った後、仲島茉莉子さんと、後に角田の実子と結婚する妹の角田瑠衣(27)を連れて出て行った。伯父はその際、姉妹を心配して同行したとされ、それ以後、行方がわからなくなっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高松市で仲島茉莉子さんが勤務していた会社の関係者によると、仲島茉莉子さんは2003年の初め頃から「家がもめている」などと言ってふさぎ込むようになり、同3～4月頃、「大阪に行く」と打ち明け、高松市を離れた。4～5月頃には、同社の大阪営業所で2週間～1か月勤務したが、すぐ退職したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性の死亡推定時期は、ちょうどこの時期に当たり、県警は、谷本隆さんが仲島茉莉子さんらと関西に移動してすぐ、角田らと何らかのトラブルになった可能性があると判断。高松市を離れた後の谷本隆さんや仲島茉莉子さんの足取りを調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、民家以外の場所に遺棄されたという3遺体について、角田周辺の関係者が、民家の住人女性ら3人と証言していることが、県警への取材で新たにわかった。3人には、県警が行方不明としている人以外の人物も含まれるという。逆に、行方不明者とされている角田の養子の兄の溶接工男性(36)は、これまで殺人などの被害者として名前は挙がっていないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら3遺体のうち、ドラム缶に入れられて遺棄されたとされる1体は、コンクリート詰めにされて岡山県東部の海に沈められたとみられることも判明。別の1体は高松市内の民家の敷地に埋められ、もう1体は兵庫県内に遺棄された可能性があるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尼崎市の男性遺体、高松市の谷本さんと特定 ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家から男性1人、女性2人の3遺体が見つかった事件で、県警は10月18日、DNA鑑定の結果、男性を高松市の谷本隆さん(68)と特定した、と発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2人目は安藤みつゑさん ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市梶ケ島の民家で3人の遺体が見つかった事件で、県警は10月19日、このうちの1人の身元を同市の安藤みつゑさん(1941年生まれ)と確認した。これで3人のうち2人の身元が確認された。安藤さんは、2011年発覚したドラム缶遺体事件で中心的な役割を果たしたとされる角田美代子の兄の交際相手で、角田らと同居していた。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3人目の遺体は29歳女性・仲島茉莉子さん ===&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかった事件で、県警尼崎東署捜査本部は10月22日、3人目の遺体の身元は尼崎市の無職、仲島茉莉子さん(29)と判明したと発表した。仲島さんは、ドラム缶詰め遺体事件で起訴された角田美代子らとトラブルになっていた高松市の夫婦の長女。これで3人の遺体の身元がすべて確認された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんの祖母は、遺体が見つかった民家で暮らしていた皆吉ノリさん(87)。仲島さんは高松市の実家で、両親、妹の角田瑠衣(27)らと暮らしていたが、美代子らとトラブルになった後の2003年ごろに家を出て、その後、親族らと連絡が途絶えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の遺体は、仲島さんの伯父、谷本隆さん(68)と、美代子の自宅マンションの元所有者の連帯債務者だった安藤みつゑさん(71)と判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死亡の仲島さん、沖縄逃亡もわずか1日で捕まり ==&lt;br /&gt;
仲島(旧姓・谷本)茉莉子さんが平成20年ごろ、角田美代子の自宅マンションから沖縄に逃亡したが、わずか1日で美代子の周辺者に見つかり、連れ戻されていた。仲島さんはその後、暴行の激化などで死亡したとみられ、県警が詳しい経緯を調べている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんは美代子の義理の娘、瑠衣の姉。美代子が平成15年、仲島さんの高松市内の実家に半年余り居座った後、尼崎市に戻る際に連れ出された。仲島さんはその後、美代子の自宅マンションや近くの賃貸マンションで暮らし、美代子の仲介で同居していた沖縄県出身の仲島康司と平成19年ごろに結婚。しかし、美代子の指示で日常的に続けられた暴行に耐えかね、翌20年ごろに夫とともにマンションを抜け出し、沖縄へ逃亡した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、美代子の周辺者は2人の逃亡先をすぐに沖縄と判断し、以前から把握していた仲島さんの夫の実家へ急行。わずか1日後に2人の居場所を突き止め、自宅マンションまで連れ戻したという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逃亡を図った仲島さんに対する暴行はさらに激しさを増し、マンションのバルコニーで裸のまま水をかけられるなどの虐待も受けた。さらに、バルコニーにある小屋に数日間にわたって監禁。食事や水をほとんど与えてもらえず、衰弱して死亡した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「音楽をやりたいって将来の夢も話していたのに……」。 ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹1.jpg|300px|thumb|茉莉子さんと瑠衣被告]]&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の連続変死事件で、同市内の民家で見つかった遺体の3人目の身元は、同市の仲島茉莉子と確認された。妹の角田瑠衣はドラム缶詰め遺体事件の角田美代子側に付いていた。「仲が良かった姉妹。何でこんなことになったのか……」。知人や親族は唇をかんだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんの親族らによると、両親は親戚だった李正則を巡り、2003に美代子らとトラブルになった。美代子とみられる女や数人の男が高松市の自宅に乗り込み、両親を殴ったり、多額の金を要求したりした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母親は和歌山県に逃げたが、美代子の関係者に見つかり、暴行されて入院したこともあった。そして、2011年に病死した。父親も家を出て、知人らにかくまわれながら生活した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両親が自宅から逃げた後、仲島さんの姿が消えた。一方、瑠衣は美代子から気に入られ、「後継者にする」とも言われた。美代子の息子と結婚して子どもをもうけた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知人によると、瑠衣は幼いころから、仲島さんのまねをしたがる「お姉ちゃん子」だった。そろばんやピアノも、仲島さんに続いて習った。知人は「お姉ちゃんに負けじと勉強でも遊びでも頑張った。周囲がうらやむ仲が良い姉妹だった」と振り返る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親族は「（瑠衣は）美代子にマインドコントロールされてしまった」と嘆く。高校時代に仲島さんと同級生だったという女性は「何でも相談に乗ってくれる優しい子で友達も多かった。こんなトラブルに巻き込まれていたなんて。気付いてあげられず、申し訳ない」とうつむいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仲島さんは一家がトラブルに巻き込まれる直前の2003年1月、高松市内であった成人式に出席していた。小中学と一緒だった女性は晴れ着姿の仲島さんを見つけ、「久しぶり」と声を掛けると「元気？」と笑顔で応じてきたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、親族の男性は「むごいことになった。父親がかわいそうや。娘の茉莉子と瑠衣を大事にしていたのに」とうなだれていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、瑠衣は、民家からわずか約700メートル先のマンションで、美代子らと暮らしていたが、ドラム缶詰め遺体事件の捜査の過程で、祖母の年金を勝手に引き出した窃盗罪で起訴された。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2002年8月、英国。19歳だった茉莉子さんの留学先を、17歳だった瑠衣が訪れた写真が残っている。湖水地方、チェスターの五つ星ホテル――。巡る先々で、姉妹はじゃれ合いながら写真に納まった。 &lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
2人は、高松市で保険代理店を営む父と、兵庫県尼崎市から来た母の間に生まれた。手入れの行き届いた黄や紫の花の鉢植えが庭を彩り、ピアノの音色が毎日のように聞こえる家。2階の子ども部屋で、姉妹は一緒に育った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 引き裂かれた仲良し姉妹、花見写真の2年後に ==&lt;br /&gt;
[[Image:谷本姉妹5.jpg|300px|thumb|桜をバックにポーズを取る茉莉子さん(左)と瑠衣被告。「2001年4月8日」の日付がある(高松市内で)幼い頃には一つの布団で寄り添って眠り、少女時代には満開の桜を背景にＶサイン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかり、多数の行方不明者も出ている事件に巻き込まれた高松市の一家の親族宅には、長女仲島茉莉子さん、次女角田瑠衣被告の姉妹を中心に一家の日常が切り取られた500枚以上の写真が残る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自宅前で幼い茉莉子さんが乗ったおもちゃの車を押す瑠衣被告、高松市の名勝・[[栗林公園]]で撮影した家族4人の記念写真など、カメラ好きだった一家の父親(60)が撮りためていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花見に出かけた際に撮られたとみられる桜の写真には、「2001年4月8日」の日付が残る。その約2年後に角田美代子らが入り込み、一家は崩壊。姉妹は引き裂かれ、茉莉子さんは兵庫県尼崎市の民家から遺体で見つかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なかしま　まりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の警察不祥事]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:香川県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:高松市]]&lt;br /&gt;
[[Category:殺人被害者]]&lt;br /&gt;
[[Category:転落人生]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%A4%A7%E9%87%8F%E6%AE%BA%E4%BA%BA&amp;diff=173357</id>
		<title>大量殺人</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%A4%A7%E9%87%8F%E6%AE%BA%E4%BA%BA&amp;diff=173357"/>
				<updated>2012-11-29T08:12:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: /* 戦後の大量殺人事件 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''大量殺人'''（たいりょうさつじん）とは、1人の人間もしくは組織が一度に多数の人間を[[殺害]]する[[殺人]]行為。犯人が[[偏執病|パラノイア]]の場合「'''古典的大量殺人'''」と「'''家族大量殺人'''」の二種類に分類される。大量殺人を侵した者を'''大量殺人犯'''、または'''大量殺人者'''（'''Mass murderer'''）という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 分類 ==&lt;br /&gt;
===古典的大量殺人===&lt;br /&gt;
数分から数時間、あるいは数日間といった期間をかけて1人の人間の手で行われる。動機は怒りや復讐心であり抱えている心理的問題が限界に達した時、怒りが爆発し所属している場所の人間や全く無関係な人々が狙われる。通常は計画的に行われ犯人はその場で自殺するか殺されるか現行犯逮捕されることがほとんどである。最初から逃げることは考えていないように思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯人は20~30代の男性であることが多く、孤独な社会不適応者や精神を病んでいる者、薬物による中毒者が多く占める。凶器は主に銃や刃物を使用する。特に[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では[[銃社会]]ということあって近年、銃の乱射による事件が増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例&lt;br /&gt;
*[[津山事件]] ： [[1938年]]に[[日本]]で発生、犠牲者（死者のみ）30人&lt;br /&gt;
*[[テキサスタワー乱射事件]]： [[1966年]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]、14人&lt;br /&gt;
*[[禹範坤]]による事件 ： [[1982年]]、[[大韓民国|韓国]]、57人（短時間・単独犯では記録上世界最悪）&lt;br /&gt;
*[[ポートアーサー事件]] ： [[1996年]]、[[オーストラリア]]、35人&lt;br /&gt;
*[[コロンバイン高校銃乱射事件]] ： [[1999年]]、アメリカ、13人　※実行犯は2名&lt;br /&gt;
*[[附属池田小事件]] ： [[2001年]]、日本、8人&lt;br /&gt;
*[[バージニア工科大学銃乱射事件]] ： [[2007年]]、アメリカ、32人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 家族大量殺人 ===&lt;br /&gt;
家族内で行われる殺人。家族のうち四人以上が殺され犯人も自殺した場合は「'''大量殺人および自殺'''」（一般的には[[無理心中]]）、犯人が自殺しなかった場合は「'''家族殺戮'''」（''ファミリー・キリング''）と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例&lt;br /&gt;
*[[ジョン・リスト事件|ジョン・リスト]]（[[1971年]]、[[ニュージャージー州]]。家族5人を殺害後逃亡。終身刑）&lt;br /&gt;
*[[ジェレミー・バンバー]]（[[1985年]]、[[イギリス]]。遺産および保険金目的で両親、姉、姉の息子ふたりを殺害。終身刑）&lt;br /&gt;
*[[ロナルド・ジーン・シモンズ]]（[[1987年]]、[[アーカンソー州]]。家族14人を殺害後、自分を解雇した元上司やストーキングを行なった女性など計16人を殺害。1991年、死刑執行）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大量殺人者 ==&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot; |人物名||年||場所||事件名||人数(犯人は除く)&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ジョン・D・リー&lt;br /&gt;
|1857||{{左|{{USA}}}}||マウンテン・メドウの大虐殺||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!John Filip Nordlund&lt;br /&gt;
|1900||{{左|{{SWE}}}}||プリンス・カール号事件||死者5,負傷8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Simone Pianetti&lt;br /&gt;
|1915||{{左|{{ITA}}}}||||死者7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!アンドリュー・フィリップ・キーホー&lt;br /&gt;
|1927||{{左|{{USA}}}}||[[バス学校爆破事件]]||死者45&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[都井睦雄]]&lt;br /&gt;
|1938||{{左|{{JPN}}}}||[[津山事件]]||死者30,負傷3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Howard Unruh&lt;br /&gt;
|1949||{{左|{{USA}}}}||||死者13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[アルベール・ガイ]]&lt;br /&gt;
|1949||{{左|{{CAN}}}}||[[カナディアン航空機爆破事件]]||死者23&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Tore Hedin&lt;br /&gt;
|1952||{{左|{{SWE}}}}||||死者9&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ジャック・ギルバート・グラハム&lt;br /&gt;
|1955||{{左|{{USA}}}}||[[ユナイテッド航空629便爆破事件]]||死者44&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Edgar Ray Killen&lt;br /&gt;
|1964||{{左|{{USA}}}}||||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[チャールズ・ホイットマン]]&lt;br /&gt;
|1966||{{左|{{USA}}}}||[[テキサスタワー乱射事件]]||死者14,負傷31&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ハリー・ロバーツ&lt;br /&gt;
|1966||{{左|{{GBR}}}}||||死者3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!リチャード・スペック&lt;br /&gt;
|1966||{{左|{{USA}}}}||||死者8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Victor Ernest Hoffman&lt;br /&gt;
|1967||{{左|{{CAN}}}}||[[シェル湖殺人事件]]||死者9&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!John Linley Frazier&lt;br /&gt;
|1970||{{左|{{CAN}}}}||||死者5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ジョン・リスト事件|ジョン・リスト]]&lt;br /&gt;
|1971||{{左|{{USA}}}}||||死者5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Edward Charles Allaway&lt;br /&gt;
|1976||{{左|{{USA}}}}||||死者7,負傷2&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ジム・ジョーンズ]]&lt;br /&gt;
|1978||{{左|{{GUY}}}}||||死者914&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[禹範坤]]&lt;br /&gt;
|1982||{{左|{{KOR}}}}||||死者57&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Denis Lortie&lt;br /&gt;
|1984||{{左|{{CAN}}}}||||死者3,負傷13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!James Oliver Huberty&lt;br /&gt;
|1984||{{左|{{USA}}}}||[[マクドナルド事件]]||死者21,負傷19&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ジェレミー・バンバー]]&lt;br /&gt;
|1985||{{左|{{ENG}}}}||||死者5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!アンドリュー・ウォーカー&lt;br /&gt;
|1985||{{左|{{SCO}}}}||||死者3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Inaki de Juana Chaos&lt;br /&gt;
|1985-6||{{左|{{SPA}}}}||||死者25&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Patrick Sherrill&lt;br /&gt;
|1986||{{左|{{USA}}}}||||死者14,負傷6&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!David Burke&lt;br /&gt;
|1987||{{左|{{USA}}}}||||死者43&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!マイケル・リアン&lt;br /&gt;
|1987||{{左|{{ENG}}}}||[[ハンガーフォード事件]]||死者16,負傷15&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ロナルド・ジーン・シモンズ]]&lt;br /&gt;
|1987||{{左|{{USA}}}}||||死者16,負傷3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!デビッド・ブロム&lt;br /&gt;
|1988||{{左|{{USA}}}}||||死者4&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Patrick Edward Purdy&lt;br /&gt;
|1989||{{左|{{USA}}}}||||死者5,負傷29&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Jeffrey Don Lundgren&lt;br /&gt;
|1989||{{左|{{USA}}}}||||死者5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Marc Lepine&lt;br /&gt;
|1989||{{左|{{CAN}}}}||||死者14,負傷14&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Julio Gonzalez&lt;br /&gt;
|1990||{{左|{{USA}}}}||[[ハッピーランド放火事件]]||死者87&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!デビッド・グレー&lt;br /&gt;
|1990||{{左|{{NZL}}}}||||死者13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!George Jo Hennard&lt;br /&gt;
|1991||{{左|{{USA}}}}||[[ルビーズカフェテリア事件]]||死者23,負傷20&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Juan Luna&lt;br /&gt;
|1993||{{左|{{USA}}}}||[[ブラウンズ・チキン事件]]||死者7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Kenneth French, Jr.&lt;br /&gt;
|1993||{{左|{{USA}}}}||||死者4,負傷7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Colin Ferguson&lt;br /&gt;
|1994||{{左|{{USA}}}}||||死者6,負傷19&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!マティアス・フリンク&lt;br /&gt;
|1994||{{左|{{SWE}}}}||||死者7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[バールーフ・ゴールドシュテイン]]&lt;br /&gt;
|1994||{{左|{{ISR}}}}||[[マクペラの洞窟虐殺事件]]||死者29,負傷125&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ティモシー・マクベイ]]&lt;br /&gt;
|1995||{{左|{{USA}}}}||[[オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件]]||死者168&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!トマス・ハミルトン&lt;br /&gt;
|1996||{{左|{{SCO}}}}||[[ダンブレーン事件]]||死者17,負傷17&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Martin Bryant&lt;br /&gt;
|1996||{{左|{{AUS}}}}||[[ポートアーサー事件]]||死者35&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Mohammad Ahman al-Naziri&lt;br /&gt;
|1997||{{左|{{YEM}}}}||[[サヌア事件]]||死者8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ミシェル・ジョンソン&amp;lt;br/ &amp;gt;アンドリュー・ゴールデン&lt;br /&gt;
|1998||{{左|{{USA}}}}||[[ジョーンズボロ銃乱射事件]]||死者5,負傷10&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Matthew Beck&lt;br /&gt;
|1998||{{左|{{USA}}}}||||死者5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Larry Gene Ashbrook&lt;br /&gt;
|1999||{{左|{{USA}}}}||||死者7,負傷7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Susan Eubanks&lt;br /&gt;
|1999||{{左|{{USA}}}}||||死者4&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Buford O. Furrow, Jr.&lt;br /&gt;
|1999||{{左|{{USA}}}}||||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!エリック・ハリス&amp;lt;br/ &amp;gt;ディアン・クレボルド&lt;br /&gt;
|1999||{{左|{{USA}}}}||[[コロンバイン高校銃乱射事件]]||死者13,負傷24&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Byran Uyesugi&lt;br /&gt;
|1999||{{左|{{USA}}}}||||死者7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Michael McDermott&lt;br /&gt;
|2000||{{左|{{USA}}}}||||死者8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[ディペンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴ]]&lt;br /&gt;
|2001||{{左|{{NPL}}}}||[[ネパール王族殺害事件]]||死者9~11&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[宅間守]]&lt;br /&gt;
|2001||{{左|{{JPN}}}}||[[附属池田小事件]]||死者8,負傷15&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Robert Steinhauser&lt;br /&gt;
|2002||{{左|{{GER}}}}||[[エアフルト事件]]||死者17,負傷7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Richard Durn&lt;br /&gt;
|2002||{{左|{{FRA}}}}||[[ナンテール事件]]||死者8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ジェフ・ワイス&lt;br /&gt;
|2005||{{左|{{USA}}}}||[[レッドレイク高校事件]]||死者9&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Terry Ratzmann&lt;br /&gt;
|2005||{{左|{{USA}}}}||||死者7&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Kyle Huff&lt;br /&gt;
|2006||{{左|{{USA}}}}||[[キャピトルヒル事件]]||死者6,負傷2&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Charles Carl Roberts IV&lt;br /&gt;
|2006||{{左|{{USA}}}}||[[アーミッシュ学校乱射事件]]||死者5,負傷5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
![[チョ・スンヒ]]&lt;br /&gt;
|2007||{{左|{{USA}}}}||[[バージニア工科大学銃乱射事件]]||死者31,負傷29&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!Nikola Radosavljevic&lt;br /&gt;
|2007||{{左|{{SRB}}}}||||死者9&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本おける大量殺人事件 ==&lt;br /&gt;
===貰い子殺人===&lt;br /&gt;
日本にかつてあった大量殺人の類型のひとつに[[貰い子殺人]]があった。これは刑法では[[堕胎]]が禁止されているため人工中絶が非合法であったが、そのため[[私生児]]が誕生した場合や夫以外の男性の子を出産した場合には育児できないことから養育費を添えて貰い子に出す場合が少なくなかった。しかし貰い子を引き受ける者のなかには養育費目当てての輩も少なくなく。現金を受け取った後で殺害する事件が多発した。これらの事件は連続かつ大量殺人にいたる場合もあった。[[1909年]]の[[佐賀貰い子殺人事件]]（被害者60人以上）、[[1913年]]の名古屋貰い子殺人事件（200人以上）、[[1930年]]の[[板橋貰い子殺し事件]]（被害者41人以上）などが上げられるが、10人以上の貰い子殺人も少なくなかった。戦後発覚した[[寿産院事件]]では預かっていた乳幼児を虐待で大量殺害しており、被害者数は103人説のほか85人から169人の間とされている。なお、同種の犯罪は社会的大多数が貧しい時代では多発していたが、現代では養育費をつけて里子にだすことは廃れているため同種の犯罪が起きる可能性は低い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 戦後の大量殺人事件 ===&lt;br /&gt;
下記は1945年から2009年現在までに発生した大量殺人のうち、犯人を除き6人以上が犠牲になった事件のうち連続殺人によるものを除外した表である。一部[[テロ]]事件や[[放火]]事件も含まれている。なお、連続殺人については[[連続殺人#日本における連続殺人|別表]]を参照のこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot; |事件名||犠牲者||発生年||備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[歌舞伎町ビル火災]]||44||2001年||放火の可能性が強いが真相は不明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[大阪個室ビデオ店放火事件]]||16||2008年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[長崎屋火災]]||15||1990年||放火の可能性が強いが真相は明らかにならず公訴時効成立&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[帝銀事件]]||12||1948年||[[冤罪]]が指摘されている毒殺事件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[山岳ベース事件]]||12||1971-72年||[[連合赤軍]]によるリンチ殺人&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[地下鉄サリン事件]]||12||1995年||[[オウム真理教]]によるテロ事件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[尼崎事件]]||10||2003-11年||[[角田美代子]]らが多数の家庭を乗っ取り、住民を殺害した。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[茨城・徳宿村精米業一家殺害事件]]||9||1954年||毒殺後住居を放火した事件。被疑者が逮捕後に青酸カリで自殺&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[和歌山一家9人殺害事件]]||9||1945年||母親に冷たい仕打ちをしたと思いこんだ弟が兄一家を虐殺。死刑判決が出たが後に恩赦され1968年に仮出獄&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道・音江村一家8人殺害事件]]||8||1948年||物証がないうえに無免許医による司法解剖が裁判所に証拠として認められなかったといった捜査機関の不手際が重なった為、逮捕起訴された被告人は無罪になった。迷宮入り。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[青森・新知村一家8人殺害事件]]||8||1953年||実家に味噌を盗みに入った男が家にあった猟銃で父親一家を殺害し放火。裁判で犯行時心神耗弱にあったと認定され無罪判決が確定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[福岡・豊津村一家8人殺害事件]]||8||1953年||家族11人が同棲していた理髪師の男に襲われ8人が死亡。男には2年後に死刑が確定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[昭島・昭和郷アパート放火事件]]||8||1957年||火災保険金目当てに自宅アパートを放火。類焼により大惨事に。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱重工爆破事件]]||8||1974年||[[東アジア反日武装戦線]]「狼」による無差別爆弾テロ事件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[附属池田小事件]]||8||2001年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[長野・市田村一家7人殺害事件]]||7||1946年||物取りによる計画的犯行とみられるが、時効を迎え迷宮入り&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[川崎市一家7人殺害事件]]||7||1957年||高校をノイローゼのため中退した男が家族を皆殺しに。検察は[[統合失調症]]と判断し不起訴処分にし[[精神病院]]に強制収容措置とした。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[岩槻一家7人殺害事件]]||7||1959年||家庭環境に疲れ果てた男が無理心中しようとして自宅を放火。1審では無期懲役であったが控訴審で死刑となり後に確定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[熊野一族7人殺害事件]]||7||1980年||ノイローゼの男が親族会議の場を斧や猟銃で襲撃。篭城後自殺した。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[加古川7人殺害事件]]||7||2004年||近隣住民に恨みを抱いていた男による大量殺人。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[松本サリン事件]]||7||1994年||オウム真理教によるテロ事件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北九州監禁殺人事件]]||7||2002年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[秋葉原通り魔事件]]||7||2008年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[寝屋川工場主一家殺害事件]]||6||1945年||住み込み従業員が一家を虐殺し家財を処分して逃亡。1948年に死刑執行&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[中間町・雑貨商一家殺害事件]]||6||1946年||博打で負けたために一張羅を取られた炭鉱夫が逆上して雑貨商一家をツルハシで虐殺。1948年に死刑執行&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日光中宮祠事件]]||6||1946年||警察は旅館経営者一家が心中したとして処理したが、1955年になって実際は強盗放火事件であったことが判明。実行犯2人が死刑執行になったのは1974年のことであった。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[一勝地村農家6人殺害事件]]||6||1946年||朝鮮半島へ引揚げようとした朝鮮人3人による犯行&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三鷹事件]]||6||1949年||[[国鉄三大ミステリー事件]]のひとつ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道拓殖銀行美深支店事件]]||6||1950年||銀行住宅にいた支店長夫妻とその娘2人、支店長代理夫妻が殺害され支店事務室にあった現金約100万円を強奪。支店長の娘3人は別室にいて助かったが、犯人が特定できず未解決。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[黒山事件]]||6||1951年||大阪府の北八下村で発生した青物商一家放火殺人事件。未解決。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[仁保事件]]||6||1954年||著名な冤罪事件のひとつ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道・真狩村一家6人殺害事件]]||6||1959年||農家で住み込みで働いていた男による犯行。1962年に無期懲役が確定。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[四国連続強盗殺人事件]]||6||1963年||強盗で服役していた男が出所後、四国各地で強盗殺人をしながら逃走。被害額は2870円と食料であったが、3県で6人を殺害。1970年死刑執行。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[島原酒造元一族殺害事件]]||6||1970年||遺言状により自宅と酒造元常務の地位を親族会議で剥奪された男が、遺言状により財産を譲り受けた叔母夫婦を殺害し自身の家族4人も殺害して自殺&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[池袋のアパート放火事件]]||6||1975年||家賃免除で生活していた男が、大家に無賃で働かされていた事にむしゃくしゃしてアパートに放火&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[高知・安芸連続射殺事件]]||6||1975年||統合失調症の病歴のある男が近隣の住民を猟銃で無差別発砲。裁判では検察が心神耗弱状態であったとして無期懲役を求刑し裁判所も無期を言い渡した。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[熊本・義姉一家ら6人殺害事件]]||6||1977年||妻に出て行かれた男が妻をかくまっていると疑った義姉一家4人を殺害、自らも子供3人を抱え焼身自殺を図り、うち2人を焼死させ、自身も死亡&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[新宿西口バス放火事件]]||6||1980年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[夕張保険金殺人事件]]||6||1980年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[新宿西口バス放火事件]]||6||1980年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[須賀川女性祈祷師信者殺害事件]]||6||1995年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[横浜・麻雀店放火事件]]||6||1999年||麻雀店の経営者と店長が喧嘩し、店長が放火したため経営者と客ら6人が死亡し自身も焼死した&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[宇都宮宝石店放火殺人事件]]||6||2000年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[武富士弘前支店強盗殺人・放火事件]]||6||2001年||リンク先参照&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書籍 ==&lt;br /&gt;
*『大量殺人者』　タイム・ライフ編&lt;br /&gt;
*『快楽殺人の心理　FBI心理分析官のノートより』&lt;br /&gt;
*『日本の大量殺人総覧』(村野薫、新潮社）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[殺人]]&lt;br /&gt;
*[[スプリー・キラー]]&lt;br /&gt;
*[[大量虐殺]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://abcnews.go.com/US/story?id=2872452&amp;amp;page=1 What makes a Mass Killer?]&lt;br /&gt;
*[http://www.fullspectrumottawa.com/exposure/exposure_mass_murder.php Mass Murder: A Small Person's Way to Immortality]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:殺人|たいりようさつしん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%9B%A3%E7%A6%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=173355</id>
		<title>北九州監禁殺人事件</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%9B%A3%E7%A6%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=173355"/>
				<updated>2012-11-29T07:05:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: 関連項目。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:北九州監禁殺人事件1.jpg|500px|thumb|北九州監禁殺人事件]]&lt;br /&gt;
'''北九州監禁殺人事件'''（きたきゅうしゅうかんきんさつじんじけん）は、[[2002年]]（[[平成]]14年）3月に[[北九州市]][[小倉北区]]で発覚した[[監禁]]、[[殺人]]事件である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 現在の状況 ==&lt;br /&gt;
北九州市のマンションで少女を監禁し、少女の父親など6人を殺害した罪に問われ、1審と2審で死刑判決を受けた男の裁判が最高裁判所で開かれ、被告側が「関与していない」と無罪を主張したのに対し、検察は「史上まれに見る凶悪事件で、極刑は当然だ」として、死刑を求めた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[松永太]]被告（50）は、交際していた緒方純子被告（49）と共に、北九州市のマンションで少女を監禁し、平成10年までの2年4か月の間に少女の父親や緒方被告の親族合わせて６人を次々に殺害したとして、殺人などの罪に問われ、1審と2審は死刑を言い渡した。[[2011年]][[11月21日]]、最高裁判所で開かれた裁判で、松永被告の弁護士は「殺害の指示も実行もしていない」として、改めて無罪を主張。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、検察は「生活資金を得る目的で、被害者たちを暴力で支配したうえ、利用価値がなくなると家族どうしで殺害させ、みずからの手を汚すことなく犯罪を行った。史上まれにみる凶悪事件で、極刑をもって臨むほかない」として、死刑にするよう求めた。判決は、近く言い渡される見通し。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
共犯の罪で起訴された緒方被告は１審で死刑を言い渡されたが、2審で無期懲役となり、検察が上告している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
人の弱みにつけこんで監禁をして金を巻き上げ、拷問と虐待によってマインドコントロール下に置き、お互いの不満をぶちまけさせて相互不信を起こして逆らえなくし、被害者同士で虐待をさせることで相互不信を一層深くさせ、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた（裁判では6人の殺害と1人の傷害致死）。犯罪史上稀に見る凶悪犯罪とされ、第一審で[[検察]]側は「鬼畜の所業」と[[容疑者]]の松永と緒方を厳しく非難した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
非常な残虐性・悪質性にもかかわらず、事件に[[報道規制]]がかけられたとされ、事件の知名度は高くない。当初は地元の報道機関を中心に報道をしていたが、内容があまりに残虐であるため途中から報道機関が自主規制し、全国の報道機関での集中報道には結びつかなかったともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[画像:北九州監禁殺人事件.jpg|thumb|400px|事件関係者の相関図]]&lt;br /&gt;
便宜上加害者と被害者としたが、状況に応じて加害者緒方純子が被害者になったり、被害者が加害者になったりした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 加害者 ===&lt;br /&gt;
* [[松永太]] - 1961年4月28日生。北九州市小倉北区出身。両親は畳屋。7歳の時に父が実家の布団販売業を引き継ぐため[[柳川市]]に転居。高校卒業数年後に父の店を受け継ぎ有限会社化のちに株式会社にする。社名ワールド。1992年に詐欺罪で指名手配されるまで詐欺商法を繰り返す。1992年に前妻と離婚。病的な嘘つきで自意識が強く目立ちたがり屋。饒舌でいくつもの顔を持ち、エリートを演じる傾向がある。礼儀正しく愛想が良いが、猜疑心・嫉妬心が強い（アフェクションレスキャラクターの傾向） 。異常なまでに執念深く嗜虐的。神経質で臆病な面もあるが虚勢を張る。&lt;br /&gt;
* [[緒方純子]] - 1962年2月25日生。[[久留米市]]出身。短大を出て幼稚園教諭になる。従順で没個性的。法廷では虐待の過程で松永から喉を攻撃されたため、40代ながら老婆のような声になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者 ===&lt;br /&gt;
*A - 2002年に脱出した少女(脱出した当時は17歳)。松永と緒方に虐待されていた。&lt;br /&gt;
*B - 元不動産会社勤務。Aの父。1番目に死亡。&lt;br /&gt;
*C - 緒方　誉さん。農協副理事長。緒方の父。享年61歳。心配性で世間体を気にする性格。2番目に死亡。&lt;br /&gt;
*D - 緒方　静美さん。主婦。緒方の母。3番目に死亡。享年58歳。&lt;br /&gt;
*E - 理恵子さん。歯科衛生士。緒方の妹。4番目に死亡。享年33歳。&lt;br /&gt;
*F - 主也さん。農協関連団体職員。理恵子さんの夫で、緒方からみて義弟にあたる。元千葉県警警察官。緒方の家族の中で唯一緒方と血のつながりがない。1986年に理恵子さんと結婚したが、家を出ていた義姉・緒方純子とは事件まで面識はなく、「トラブルを起こす義姉」と見ていた。5番目に死亡。享年38歳。&lt;br /&gt;
*G - 彩ちゃん。小学生。理恵子さんと主也さんの長女。緒方からみて姪にあたる。7番目に死亡。享年10歳。&lt;br /&gt;
*H - 優貴くん。保育園児。理恵子さんと主也さんの長男で彩ちゃんの弟。緒方からみて甥にあたる。緒方の家族の中で唯一虐待を受けていなかった。6番目に死亡。享年5歳。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件 ==&lt;br /&gt;
=== 緒方純子虐待事件 ===&lt;br /&gt;
1980年に松永が卒業アルバムを見て同級生の緒方に電話したことで、緒方は松永と交際が始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
緒方の両親であるCとDは松永が結婚していることで緒方との交際が不倫関係になっているために、緒方に対して松永と別れるように主張していた。松永が緒方の父Cの資産状況だけでなく、緒方の母Dの実家の資産状況をも調べており、Dは私立探偵に松永の調査を依頼していた。しかし、松永が緒方の親であるCとDに料亭で会った際に礼儀正しく好青年らしく振る舞い、CとDをすっかり懐柔した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松永は緒方に当初はやさしく対応していたが、緒方が昔交際していた男友達の話をしたのをきっかけに暴力をふるうようになり、緒方に古い日記帳を持ってくるように命じ、事細かに詰問しながら殴打するようになった。松永に信用してもらえる方法を懇願した緒方に対し、松永は緒方に身体へのタバコの痕と刺青に自分の名前を刻ませた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年2月に緒方が実家で自殺未遂事件を起こす。このことを盾に松永の暴力はさらに加速し、緒方を幼稚園教諭を辞めさせたり、実家から分籍させたりした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 父娘二人監禁事件 ===&lt;br /&gt;
松永と緒方は、[[布団]]販売業を営んでいたが、二束三文の布団を高値で販売する詐欺的な商法や客を脅して無理やり布団を買わせる暴力的な商法が警察の知るところとなり、[[詐欺罪]]と[[恐喝罪]]で警察に指名手配された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、松永と緒方はかつて架空の新会社設立をもちかけた松永の知人Bとその娘Aがいる北九州市内に潜伏するようになる。松永はBの些細な軽犯罪の過去を知り、弱みにつけこみ虐待と拷問をするようになる。[[1996年]]2月、松永と緒方は、電気ショックを与えるなどの拷問を繰り返したり、食事を満足に与えないなどBを虐待して衰弱死させた（'''第1の殺人'''）。松永は、緒方とAに遺体の解体を命じ、Bの遺体は海に投じられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松永はAに対し死亡直前のBに歯型がつく程噛ませた後に写真を撮り、殺害に加担した罪悪感を受け付けさせて虐待を繰り返し、監視下に置いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 女性監禁事件 ===&lt;br /&gt;
松永がAを介して知り合った36歳の女性に対し、[[京大]]卒の[[河合塾]]講師を装って結婚を約束。この女性は3歳の次女を連れて松永や緒方と同居を始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年12月30日から1997年3月16日にかけ、松永と緒方は女性（36歳）と次女（当時3歳）を同市小倉南区のアパート二階の四畳半和室に閉じこめ、連日暴行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3月16日未明、女性はすきを見て部屋の窓から路上に飛び降り脱出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性の逃亡後、松永らは同居していたアパートをすぐに引き払って姿をくらました。次女は女性の前夫宅の玄関前に置き去りにされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性はその後、精神科に長期入院した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 一家六人監禁事件 ===&lt;br /&gt;
B殺害後に松永は金を稼がせるために緒方に大分県湯布院町でホステスとして働かせたが、緒方が松永の元に帰ってこなくなると、松永は緒方がBを殺したことを口実に、身内に殺人犯がいることを露見すると世間体が悪くなることを盾に緒方の父母および妹から松永が住むマンションに呼び寄せた。また、松永は緒方を自分の下に置くために、緒方と度々会っていた妹Eを通じて松永自身の自殺・葬儀を捏造することで、緒方を呼び戻して再び支配下に置いた。そして、緒方に大分県湯布院町の勤め先の雇い主や同僚に罵詈雑言の浴びせる電話をかけさせ、自分以外に戻れる場所をなくした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
緒方を再び支配下に置いた後も松永は緒方の問題で緒方の父母および妹をマンションに呼び寄せて、逃亡資金などとして金品をまきあげた。さらにCに殺害現場である配管を交換させ、証拠隠滅に加担させた負い目を負わせた。さらに、Eの夫Fが頻繁に出かけるEを不審に思っていた。しかし、松永はFに会った際にCの土地が譲渡される問題が不履行であることやEが妊娠中絶の経験があったことを知らされて、義父Cや妻Eに不信感を募らせるように仕向けた。さらに松永はFに対して良き理解者であることをアピールしながら「あなたは騙されて養子に来たんだ」「こんなに騙されて馬鹿ですね。殴るのが当然だし、殴ったって構わないですよ」とFに義父C、義母D、妻Eも殴らせた。一方で、Eが自宅の寝室にダブルベットを置いて部屋のスペースを狭くする愚痴では、松永はEの側になってFを責め立てた。さらにFにB殺害現場の浴室タイルを張り替えさせ、Fに証拠隠滅の負い目を負わせた。後に、松永はFに対して証拠隠滅に加担したことを蒸し返して共犯意識を負わせた。これによりFがCの一家を率いて抵抗する事態はありえなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、Fは「子供たちを残して小倉に来るのは心配で中々こられない」と松永に漏らしたのをきっかけに、松永はEとFの子供である娘Gと息子Hを連れてくるよう説得し、8月の夏祭りをきっかけにGとHは小倉の松永のマンションに呼び寄せられたが、それ以降GとHを帰さなかった。9月までにF一家4人は住民票登録上は熊本市に引っ越すという形で小学女児であるGと保育園児であるHは元々の小学校や保育園に通わなくなったが、熊本市での居住実態はなくGは小学校に通わなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一家の奇妙な小倉通いは続く。松永のマンション滞在時は一家4人の免許証と車のキーが取り上げられ、必要最低限のお金しか持てず、ガソリン代や駐車料金は逐一松永に報告して代金を貰い、借用書を書かされた。久留米に戻っているときも、携帯電話で頻繁に連絡を入れて、どこで何をしているのか報告しなければならなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金が足りなくなるとCは農協からお金を借りたり、Dが[[消費者金融]]から金を借りたり、EやFを退職させて退職金を作るなどして、金をつくらせた。さらに、一家4人の行動を不審に思った親類が出てきたが、一家4人は親類に対して絶縁状を送りつけ、親類から孤立化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
緒方の父母および妹一家が金を借りられなくなると、松永は緒方の父母および妹一家を最終的に監禁状態にし、拷問によって自分たちの言うことを聞かせ、さらに個々の弱みにつけこんで互いが争うように疑心暗鬼に陥らせた。このようにして当時同じように松永の支配下におかれていたAと同様に、緒方の家族は松永の支配下に置かれることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===一家六人殺害事件===&lt;br /&gt;
[[1997年]]12月、松永は緒方に命じて、その父親Cを感電させ、結果Cは死亡した（'''第2の殺人'''。ただし、裁判では傷害致死と認定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
度重なる通電によって奇声を発するようになった緒方の母親Dを殺害するよう緒方、その妹E、Eの夫Fに命じ、[[1998年]]1月、緒方らに体を押えつけさせた上でFに絞殺させた（'''第3の殺人'''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、度重なる通電によって耳が遠くなったEに対して、松永は「おかしくなった」などと因縁をつけ、FとYの姪G（=''Eの娘''）に殺害を命じ、1998年2月、緒方らに体を押えつけさせた上でFに絞殺させた（'''第4の殺人'''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
度重なる通電と食事制限でFが衰弱すると、松永は浴室にFを閉じ込めて、1998年4月、衰弱死させた（'''第5の殺人'''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年5月、大人たちが全員死亡すると、Gは松永に対して、「このことは誰にも言いません。弟Hにも言わせません」として、自宅への帰宅を願い出ている。それに対し、松永は「死体をバラバラにしているから、警察に捕まっちゃうよね。Hが何もしゃべらなければいいけど、そうはいかないんじゃないかな。Hは可哀相だから、お母さん（E）のところへ行かせてやる？」と暗にHを殺すことを命じた。GはHに「お母さん（E）のところに連れて行ってあげる」とうそをつき、緒方とともに、Hを殺した（'''第6の殺人'''）。Gは、大人たちの事情もわからないまま事件に巻き込まれ、殺害や遺体の解体を手伝わされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、松永は「あいつは口を割りそうだから処分しなきゃいけない」と緒方に殺害をもちかけ、Gに満足な食事を与えず通電を繰り返し、翌6月には緒方とAにGを絞殺させた。そのとき、Gは静かに横たわり、首を絞めやすいように首を持ち上げたという（'''第7の殺人'''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記の事件について、松永が緒方とその一族に遺体の解体を命じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===少女逃亡失敗監禁事件===&lt;br /&gt;
2002年1月30日に少女Aが松永の隙をみて　北九州に住む祖父母の家へ逃亡。成功して半月ほど祖父母と一緒に暮らし　アルバイト先を決めたり、国民健康保険に加入したりと生活の基盤を築き始めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、2月14日に松永の交際相手である伯母のM（Bの姉にあたる）より松永に行方がばれ、強引に連れ戻される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、少女Aは松永と緒方から体に電気を流されたり、爪をペンチではがされたりするなどの虐待を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 発覚 ===&lt;br /&gt;
2002年[[3月6日]]、少女A（当時17歳）が[[祖父]]の家に助けを求めてきたことから事件が発覚した。翌[[3月7日]]、松永と緒方が逮捕された。松永と緒方は、容疑や名前も含めて完全黙秘を続け、身分証は偽造されたものばかりであったため、当初は身元が不明であったが、Yが所持していた写真集をきっかけに判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は松永と緒方の2人によるAへの傷害と監禁事件と思われた。その後、Aの証言により、松永と緒方は、Aの父親B（当時34歳）の知り合いで、5～6年前から4人で暮らすようになったが、暮らし始めて約1年後にBが行方不明になり、その後は3人で暮らしていたとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後日、別の場所で、Aが世話をさせられていた4人の子どもが発見された。2人については、[[DNA鑑定]]で松永と緒方の子供と判明した。残り2人は双子で、別の女性の家庭の不和につけ込んで預かった子供であり、女性から約2500万円を貢がせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数日後、Aが「Bは松永と緒方に殺された」と証言したことから、事件の解明は大きく動いた。さらにAは、緒方の家族6人が殺害され、遺体は解体されて[[海]]などにばらまかれたと証言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[警察]]は、Aの証言を元に「殺害現場と思われる場所の配管」まで切り出し、[[DNA鑑定]]を行ったが、松永が配管や浴室のタイルを交換するなどの証拠隠滅工作をしたことや、7人の遺体がすでに完全に消滅しているために、[[物的証拠]]が何もないという状態であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後は緒方が[[自白]]したことで、改めて事件の概要が判明した。脅迫や虐待をされる中で被害者たちが作成させられた「事実確認書」、物的証拠はなかったが、AとYの二人の供述から解体に使われたノコギリやミキサーを購入した時期を示すレシート、死体解体を不審に思ったマンション住人の証言などの間接証拠が集められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 手法 ==&lt;br /&gt;
松永がこの事件で用いた手法は以下の通りである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;弱み&lt;br /&gt;
:松永はまず対象者に言葉巧みに近づいて信用させる一方で、何かしらの弱みを握る。&lt;br /&gt;
:そして、Xは相手の弱みに乗じて対象者に自分に金を持ってくることを要求させた。松永はこのような対象者を「金主」と呼んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;虐待&lt;br /&gt;
:相手の弱みを握った松永は被害者に対して様々な暴力・虐待を強いた。&lt;br /&gt;
:特に裸にした電気コードの先にクリップをつけ身体に挟んで瞬間的に電流を流す「通電」という方法が主に用いられた。激痛が走り目の前は真っ白になり患部は火傷を起こし酷い時には水ぶくれになる。&lt;br /&gt;
:元々は松永が経営していた従業員がお遊びで始めたことがきっかけであるが、後にこれはXが相手を支配するのに非常に重要なツールとなった。&lt;br /&gt;
:松永は通電について、被害者らへのしつけが目的の「秩序型通電」と松永が腹を立てた時の「激昴型通電」の二種類であったとしている。&lt;br /&gt;
:なお、虐待について5歳男児であるHのみは免れたが、10歳女児であるGを含めた他の被害者全員が対象となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;書類&lt;br /&gt;
:松永は「弱み」「虐待」を盾に被害者に「事実確認書」などの書類を作らせた。主に以下のようなものがあった。&lt;br /&gt;
:*被害者が将来において書類の中身を実行するもの&lt;br /&gt;
::相手に無理難題を実行させることを約束させるもので、相手に書類の中身について実行させなければならないと思わせるように仕向けた。&lt;br /&gt;
:*被害者が過去の弱みを告白するもの&lt;br /&gt;
::署名したことを理由に書類の中身が真実でなくても真実であるように思い込ませて、さらなる弱みを握ったりX自身の責任を逃れるように仕向けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;マインドコントロール&lt;br /&gt;
:松永は相手の「弱み」「虐待」「書類」を盾に、「食事」「排泄」「睡眠」など様々な生活制限を強いた。違反した場合は、さらなる虐待を強いた。これらによって被害者を精神的に追い詰めた。&lt;br /&gt;
:さらに松永は自分を頂点として被害者を序列化した。通電される者は下位の人間であった。松永を頂点とする社会においてどんなに些細な理由でも被害者に通電された。また序列の高い被害者が下位の被害者を通電させるように仕向け、逆らったら下位に落とされて通電されるようにした。&lt;br /&gt;
:またXは、被害者が別の被害者の悪口や不満をしゃべれば序列の下位から免れるように仕向け、被害者たちの悪口を聞き出した。Xがそれらの悪口や不満を当事者である被害者に吹聴させることによって、被害者たちはお互いを憎しみ合うように仕向けられた。また松永の指示で上位の被害者が下位の被害者に対して通電させた。そのため、被害者たちの個々人が孤立化してしまい、一致団結して松永に逆らうということが無くなった。&lt;br /&gt;
:またこれらのマインドコントロールによって、被害者が親族である他の被害者を攻撃することに抵抗感を無くさせ、松永は自らの手を汚さずに被害者に殺人や死体解体をさせる土壌を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 殺人・死体解体 ===&lt;br /&gt;
松永は直接実行をしなかったが、緒方らへのマインドコントロールを通じて、以下のことを実行した。&lt;br /&gt;
;殺人&lt;br /&gt;
:松永は金を巻き上げられなくなって用済みになると、自分の手を汚さずに支配している人間を誘導して殺害をさせるよう仕向けた。&lt;br /&gt;
:松永は明確な言葉で殺害を命じなかったが、Xは被害者らに問題処理の決断を迫る一方で殺害以外の選択肢をことごとく却下して、最終的に被害者らに殺人を選択させるように仕向けさせた。&lt;br /&gt;
:松永は全て被害者が直接着手する様仕向けた。&lt;br /&gt;
:上記の経緯から殺害の実行行為に着手せず明確に殺人を命じなかったXを殺人罪で裁くことが出来るのかが裁判で注目された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;死体処理&lt;br /&gt;
:遺体は浴室でのこぎりとミキサーで分解し、鍋で煮込んで解体処理させるようにアイディアを出し、被害者に選択させ、死体解体の進捗状況が遅いと虐待で急かすように仕向けた。解体された遺体を海や[[公衆便所]]などに投棄した。&lt;br /&gt;
:また水道管や浴室のタイルなどは交換して、証拠を隠滅した。そのため、遺骨や血痕などの殺害の直接証拠が全く無く、捜査機関はAおよびYの証言に依拠せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元幼稚園教諭に児童を殺害や死体処理をさせたり、元警察官に殺害や死体処理をさせ、さらに10歳の[[児童]]にまで自分の祖父母や両親の殺害や遺体解体に参加させ、さらには姉に弟を殺させ、残った姉も容赦なく殺すといった行為は前代未聞である。第一審判決では、この点について「見逃せないのは、児童が犯行の巻き添えや痛ましい犠牲になっていることである。これらは犯行の残忍で冷酷な側面を如実に示している」と指摘している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また生存者であるAも死体処理に加担し、また1人の殺害に直接加担したことにはなる（なおAは当時13歳だったため、14歳未満の刑事責任を問うことを禁じた少年法の規定により刑事責任には問われない）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他の被害者 ==&lt;br /&gt;
これらの事件は被害届が出ていなかったり、嫌疑不十分だったりするため、刑事訴訟となっていない。&lt;br /&gt;
* ワールド（''松永が経営していた会社''）の元従業員男性 - 詐欺罪の指名手配で逃亡中だった松永に同行。金の工面をしていたが虐待に耐えかね逃走。&lt;br /&gt;
* Xの同窓生女性 - 結婚を餌に1180万円を奪われる。1994年3月に[[大分県]]の[[別府湾]]に飛び込み自殺（他殺説あり）。1993年9月に当時1歳だった女性の子供も不自然な事故死をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 裁判 ==&lt;br /&gt;
[[2005年]][[9月28日]]、[[福岡地方裁判所]]小倉支部において第一審判決が下された。[[裁判所]]は、Xの支配下に置かれてお互いを憎み合っていた緒方とAの証言がほとんど一致し、緒方は自分にとって不利なことも進んで証言していること、一方、無罪を主張する松永の証言には一貫性がないことなどから、松永と緒方がB、C、D、E、F、H、Gの計7人を死に至らしめたと認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、Cに関しては「[[蘇生]]させようとした」ことから殺意はみとめられないとして「[[傷害致死]]」とし、それ以外を「[[殺人]]」と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
裁判所は、容疑者の松永と緒方を「甚だしい人命無視の態度には戦慄（せんりつ）を覚える」「残酷、非道で血も涙も感じられない」「悪質さが突出し、犯罪史上まれに見る凶悪事件」と厳しく非難し、[[死刑]]の判決を下した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松永と緒方は控訴し、2007年9月26日に福岡高裁で判決が下された。松永の死刑判決が維持された。一方で緒方についてはFが元警察官でありながら解体作業や殺害などに加担したことから松永による通電などの虐待が被害者の人格に影響を与えていたことを考慮し、松永に暴力支配を受けており従属的だったと指摘し、捜査段階での自白や公判での反省の態度も考慮されて無期懲役に減刑された。松永はこれに不服を唱え即座に上告、緒方については「量刑不当」として検察側が上告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 民事訴訟 ==&lt;br /&gt;
その後、事件の最中に6年間に亘り監禁されてきたAは、[[福岡県公安委員会]]に対し[[2006年]][[2月]]に、[[犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律|犯罪被害者等給付金支給法]]に基づき[[犯罪被害者給付金|給付金]]を申請した。しかし同委員会は、申請時点でBが殺害されてから10年が経過しているとして、[[2007年]][[3月]]に申請を却下し不支給と裁定。これを不服とするAは、[[福岡地方裁判所]]に支給を求め訴えを起こした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]][[7月8日]]に同地裁は、「Bには期限内に申請ができない特別な事情があったのに、機械的に申請期限を当てはめるのは、[[被害者]]救済を目的とする制度の趣旨や正義の観念に著しく反する」として、同委員会の裁定を取り消す判決を言い渡し、2011年9月に最高裁で不支給取り消しが確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
[[新堂冬樹]]の小説「殺し合う家族」はこの事件をモチーフとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書籍 ==&lt;br /&gt;
* [[豊田正義]]「消された一家 ――北九州・連続監禁殺人事件」（新潮社）&lt;br /&gt;
* [[佐木隆三]]「なぜ家族は殺し合ったのか」（青春出版社）&lt;br /&gt;
* 中尾圭司「絶望裁判」（小学館）&lt;br /&gt;
* 新潮45編集部「殺戮者は二度わらう」（新潮文庫）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[マインドコントロール]]&lt;br /&gt;
* [[尼崎事件]] - 類似の事件&lt;br /&gt;
* [[共謀罪]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://web.archive.org/web/20050305022013/kyushu.yomiuri.co.jp/special/kankin/kankinmain.htm 北九州市の監禁・殺人事件]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きたきゆうしゆうかんきんさつしんしけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:シリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の詐欺事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2002年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:北九州市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:小倉北区]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

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		<title>尼崎事件</title>
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				<updated>2012-11-29T07:02:19Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ようｒぺぢあ: ページの作成：「&amp;lt;big&amp;gt;角田美代子&amp;lt;/big&amp;gt;を参照のこと。」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;big&amp;gt;[[角田美代子]]&amp;lt;/big&amp;gt;を参照のこと。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ようｒぺぢあ</name></author>	</entry>

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