定機関

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定機関(さだきかん)は、1944年日本占領下のマレー半島に設置された特務機関。機関長・幸定夫中佐。ケダ州タイピンに本部を置き、ビルマ国境のビクトリア・ポイントEnglish版タイ南部のプーケットクワンタンおよびトラン、マレー北部・アロルスターの支部に陸軍中野学校出身者を配置し、支部を結ぶ一帯の情報収集と、連合軍の上陸作戦を想定したゲリラ戦の準備を行った。

設置の経緯[編集]

日本軍占領後のマレー半島には、日本軍 (第29軍)が配置された。その情報工作は、軍司令部に配置された陸軍中野学校出身の将校、はじめ檜山益己中尉(乙II長)、後に大沢孝人少尉(4丙)が担当していた[1]

1944年初に第29軍は、アンダマン・ニコバル諸島方面からの連合軍の上陸作戦を警戒して、第7方面軍に中野学校出身者の配置増強を要請し、山岸敬信大尉(乙II短)以下10人が第29軍司令部付として配置された[1]

第29軍の情報主任参謀・幸定夫中佐は、自らを機関長とする「定機関」を編成。ケダ州タイピンに本部を置き、ビルマ国境のビクトリア・ポイントEnglish版タイ南部のプーケットクワンタンおよびトラン、マレー北部・アロルスターに支部を置き、支部を結ぶ一帯の情報収集と、連合軍の上陸後に備えたゲリラ拠点の設定、後方撹乱のための諸準備を行った[1]

拠点・機関員[編集]

以下、特に断わり書きのない場合の出典は、中野校友会 (1978 557-558)。

機関本部[編集]

  • 場所:ケダ州タイピン
  • 機関長:幸定夫中佐(第29軍参謀)
  • 代理:山岸敬信大尉(乙II短)
  • 機関員:中野学校出身将校4人、兵科下士官2、経理下士官1、兵2、通訳2

機関本部は、各支部の統括のほか、現地住民の中から選抜した兵士にゲリラ戦教育を実施して各支部に配属したり、各支部と浪機関茨木機関との間に無線連絡網を構築したり、連合軍が上陸した後、潜伏先とする予定の拠点との無線通信手段を準備するなどした。[2]

プーケット支部[編集]

  • 支部長:宮内盛人中尉(中野3丙)
  • 機関員:中野学校出身将校1人、下士官2、兵2、通訳1

プーケット支部は、ビクトリアポイント支部や光機関と連絡を取りながら、インド洋沿岸地域の踏査を行い、潜伏先とする予定の拠点に爆薬を配備するなどの準備を進めた[2]

ビクトリアポイント支部[編集]

  • 支部長:筑波天海中尉(中野4丙)
  • 機関員:下士官2、兵2

アロルスター支部[編集]

  • 支部長:今井次男少尉(中野6丙)
  • 機関員:兵2

アロルスター支部は、北部マレーのマレー人民解放軍の動向調査も任務とした[3]

クワンタンおよびトラン支部[編集]

  • 支部長:大石少尉
  • 機関員:兵2

クワンタン支部は、南タイ分岐鉄道の終点にあたり、また港町でもあったため、密出入国者が多く、内偵活動が困難だった[2]

付録[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 中野校友会 (1978) 中野校友会(編)『陸軍中野学校』中野校友会、JPNO 78015730