ダービーグランプリ
ダービーグランプリ | |
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開催地 | 水沢競馬場 |
施行時期 | |
格付け | 重賞 |
1着賞金 | 800万円 |
賞金総額 | |
距離 | ダート2000m |
出走条件 | サラブレッド系3歳 (地方競馬全国交流) |
負担重量 | 本文に記載 |
創設 | 1986年12月7日 |
特記事項:2006年以前、2007年は格付け・施行条件が異なる。本文参照 | |
テンプレート |
ダービーグランプリとは岩手県競馬組合が水沢競馬場のダート2000mで施行する地方競馬の重賞競走である。正式名称は「サンケイスポーツ杯 ダービーグランプリ」、サンケイスポーツを発行する産業経済新聞社(産経新聞社)が優勝杯を提供している。
概要[編集]
1986年に秋の地方競馬の4歳(現3歳)の最強馬を決める競走として創設され、水沢競馬場のダート2000mで施行された。設立の経緯には1986年当時、北海道、東北、南関東…と地方競馬独自のクラシック路線が確立されていたがそれはあくまでその地方のクラシック路線に過ぎず真の地方4歳最強馬はどの馬なのか憶測の域を出なかった。そこで真の地方4歳No.1はどの馬かを決定するというコンセプトのもと、初の地方競馬交流競走として設立された。
1996年に開催場を盛岡競馬場に移すと同時に中央・地方全国指定交流競走に指定、中央競馬(JRA)所属馬に門戸が開かれ、また中央競馬のユニコーンステークスと大井競馬場のスーパーダートダービーと共に4歳ダート3冠シリーズを形成、翌1997年には前年から施行されたダートグレード競走のGIに格付けされ名実共に秋の4歳ダート最強馬決定戦の位置付けとなった。
更に1999年にスーパーダートダービーがダートグレード競走から撤退すると、同年に新設された大井競馬場のジャパンダートダービーとユニコーンステークスと共に4歳ダート三冠を形成した。
また2001年には新設されたジャパンブリーディングファームズカップ(JBC)へのステップレースとしてRoad to JBCに指定、優勝馬にはJBCクラシックの優先出走権が与えられた。
2007年は馬インフルエンザの影響によりJRA所属馬などの移動が制限され出走ができなくなり交流レースとして機能できないためダートグレード競走としては実施せず、岩手競馬在籍馬による重賞競走として実施した。なお1着賞金は4000万円から600万円に大幅に減額された。また優勝馬のJBCクラシックの優先出走権も付与されなかった。
2008年からダートグレード競走として実施しないことが発表された。主催する岩手県競馬組合が地方3歳有力馬の確保の難しさなどを理由にダートグレード競走としての格付けの返上を申し入れ、2007年の開催を持って休止となった。
2010年から地方競馬全国交流競走として復活し施行競馬場を水沢競馬場に移して行われ[1]、更に産業経済新聞社から優勝杯の提供を受け名称を現在の「サンケイスポーツ杯 ダービーグランプリ」に変更された。また、岩手所属馬にとっては岩手3歳三冠競走の最終戦として位置付けられた。
本競走では2010年からスタリオンシリーズ競走に指定されており、2010年は「クロフネ賞」として優勝馬の馬主に副賞として種牡馬の配合権利が贈られる。
因みに中央交流競走時代には皐月賞馬イシノサンデーを始めレギュラーメンバー、ゴールドアリュール、ユートピア、カネヒキリといった、後に古馬ダートGIで活躍した馬もこのレースに勝利している。
負担重量は定量で56キロ、牝馬は54キロである。
総額賞金は1200万円で1着賞金800万円、2着賞金184万円、3着賞金104万円、4着賞金72万円、5着賞金40万円と定められている。
出走条件[編集]
2010年[編集]
地方競馬に所属するサラ系3歳(旧4歳)の競走馬に出走資格があり、下記競走の1着馬に限り優先出走権が与えられる。
- 優先出走権トライアル競走
競走名 | 競走格 | 施行競馬場 | 施行コース | 取得条件 | 備考 |
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黒潮盃 | 南関東SII | 大井競馬場 | ダート1800m | 1着入賞 | 地方全国交流競走 |
戸塚記念 | 南関東SIII | 川崎競馬場 | ダート2100m | 1着入賞 | |
サラブレッド大賞典 | 重賞 | 金沢競馬場 | ダート1900m | 1着入賞 | |
岐阜金賞 | SPI | 笠松競馬場 | ダート1900m | 1着入賞 | 北陸・東海・近畿・中国交流競走 |
鞆の浦賞 | 重賞 | 福山競馬場 | ダート2250m | 1着入賞 | |
黒潮菊花賞 | 重賞 | 高知競馬場 | ダート1900m | 1着入賞 | 近畿・中国・四国交流競走 |
ロータスクラウン賞 | KJ2 | 佐賀競馬場 | ダート1800m | 1着入賞 | |
荒炎賞 | KJ3 | 荒尾競馬場 | ダート1500m | 1着入賞 |
- 岩手枠トライアル競走
競走名 | 競走格 | 施行競馬場 | 施行コース | 取得条件 |
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不来方賞 | 重賞 | 盛岡競馬場 | ダート2000m | 上位2着入賞 |
2006年まで[編集]
サラ系3歳(旧4歳)の競走馬を前提として岩手所属馬4頭、岩手所属以外の地方所属馬5頭、JRA所属馬5頭と出走枠が定められており地方所属馬に限り優先出走権保持馬・指定馬が所属枠内の頭数で出走できた。その指定競走は以下のとおり。
- 優先出走権トライアル競走
競走名 | 競走格 | 施行競馬場 | 施行コース | 取得条件 | 備考 |
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ジャパンダートダービー | 統一JpnI | 大井競馬場 | ダート2000m | 1着入賞 | 中央・地方全国交流競走 |
黒潮盃 | 南関東G2 | 大井競馬場 | ダート1800m | 1着入賞 | 地方全国交流競走 |
- 南関東・岩手枠トライアル競走
競走名 | 競走格 | 施行競馬場 | 施行コース | 取得条件 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
不来方賞 | 重賞 | 盛岡競馬場 | ダート2000m | 1着入賞 | 地方全国交流競走 |
- 指定馬トライアル競走
競走名 | 競走格 | 施行競馬場 | 施行コース | 取得条件 | 備考 |
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王冠賞 | H2 | 旭川競馬場 | ダート1600m | 1着入賞 | |
MRO金賞 | 重賞 | 金沢競馬場 | ダート1700m | 1着入賞 | 東海・近畿・中国交流競走 |
ロータスクラウン賞 | KJ1 | 佐賀競馬場 | ダート1800m | 1着入賞 |
また上記以外のダートグレード競走の1着入賞馬、中央競馬における重賞競走(2歳芝重賞・障害重賞除く)及びオープン特別競走(ダート・障害・2歳競走を除く)の1着入賞馬にも指定馬としての権利が与えられた。
歴史[編集]
- 1986年 - 水沢競馬場のダート2000mの地方所属のサラブレッド系4歳(現3歳)限定の重賞競走「ダービーグランプリ」として創設。1着賞金は2000万円。
- 1990年 - 1着賞金を3000万円に増額。
- 1992年 - 1着賞金を5000万円に増額。
- 1996年
- 開催場を盛岡競馬場のダート2000mに変更。
- 中央・地方全国指定交流競走に指定され、JRA所属馬が出走可能になる。
- 1着賞金を6000万円に増額。
- 1997年 - ダート競走格付け委員会にGI(統一GI)に格付けされる。
- 1998年 - 盛岡競馬場の大雪(積雪)の影響で順延、水沢競馬場で順延開催。
- 2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件を「サラブレッド系4歳」から「サラブレッド系3歳」に変更。
- 2002年 - Road to JBCに指定される。
- 2004年
- 2007年
- 1着賞金を4000万円に減額。
- 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。
- 同年8月に発生した馬インフルエンザ流行の影響により全国的に競走馬の移動の制限が大きい事からダートグレード競走の扱いを取り止め岩手所属馬限定の重賞として実施し、1着賞金を600万円に変更。
- ダート競走格付け委員会に格付けを返上。
- 2008年 - 2007年開催で休止を発表。
- 2010年
- 開催場を水沢競馬場のダート2000mに変更、地方競馬全国交流競走として復活。
- 岩手3歳三冠競走の最終戦に指定。
- 産業経済新聞社から優勝杯の提供を受け、名称を現在の「サンケイスポーツ杯 ダービーグランプリ」に変更。
- スタリオンシリーズ競走に指定。
- 岩手のロックハンドスターが史上2頭目の岩手3歳三冠を達成。
歴代優勝馬[編集]
回数 | 施行日 | 優勝馬 | 性齢 | 所属 | 勝時計 | 優勝騎手 | 管理調教師 | 馬主 |
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第1回 | 1986年12月7日 | トミアルコ | 牝3 | 大井 | 2:09.9 | 宮浦正行 | 田中康弘 | 富岡喜平 |
第2回 | 1987年11月22日 | スタードール | 牝3 | 大井 | 2:12.4 | 早田秀治 | 太田進 | 矢田勝 |
第3回 | 1988年11月20日 | アエロプラーヌ | 牡3 | 大井 | 2:09.5 | 的場文男 | 赤間清松 | 笹澤英一 |
第4回 | 1989年11月26日 | スイフトセイダイ | 牡3 | 岩手 | 2:13.0 | 小竹清一 | 城地藤男 | 中村正子 |
第5回 | 1990年11月25日 | サンドリーズン | 牡3 | 岩手 | 2:11.6 | 菅原勲 | 酒井清 | 古川賀悦 |
第6回 | 1991年11月24日 | リバーストンキング | 牡3 | 北海道 | 2:10.8 | 松本隆宏 | 鈴木亮平 | 石川武 |
第7回 | 1992年11月22日 | トミシノポルンガ | 牡3 | 笠松 | 2:12.7 | 安藤勝己 | 加藤健 | 冨士野年恭 |
第8回 | 1993年11月21日 | ミスタールドルフ | 牡3 | 金沢 | 2:07.5 | 渡辺壮 | 飯沼三郎 | 杉本久義 |
第9回 | 1994年11月20日 | ブラッククロス | 牡3 | 岩手 | 2:14.1 | 菅原勲 | 千葉博 | (有)日胆上水牧場 |
第10回 | 1995年11月19日 | ルイボスゴールド | 牡3 | 笠松 | 2:16.1 | 坂口重政 | 大倉護 | (株)リガメェントワールド |
第11回 | 1996年11月23日 | イシノサンデー | 牡3 | JRA | 2:06.9 | 石崎隆之 | 山内研二 | (株)イシジマ |
第12回 | 1997年11月3日 | テイエムメガトン | 牡3 | JRA | 2:07.5 | 菊地昇吾 | 鹿戸明 | 竹園正繼 |
第13回 | 1998年12月14日 | ナリタホマレ | 牡3 | JRA | 2:07.8 | M.ロバーツ | 谷潔 | 山路秀則 |
第14回 | 1999年11月3日 | タイキヘラクレス | 牡3 | JRA | 2:08.6 | 藤田伸二 | 蛯名信広 | (有)大樹ファーム |
第15回 | 2000年11月3日 | レギュラーメンバー | 牡3 | JRA | 2:05.0 | 松永幹夫 | 山本正司 | (有)ノースヒルズマネジメント |
第16回 | 2001年9月24日 | ムガムチュウ | 牡3 | JRA | 2:07.0 | 藤田伸二 | 清水出美 | 寺田寿男 |
第17回 | 2002年9月23日 | ゴールドアリュール | 牡3 | JRA | 2:08.1 | 武豊 | 池江泰郎 | (有)社台レースホース |
第18回 | 2003年9月23日 | ユートピア | 牡3 | JRA | 2:07.6 | 安藤勝己 | 橋口弘次郎 | 金子真人 |
第19回 | 2004年9月20日 | パーソナルラッシュ | 牡3 | JRA | 2:02.8 | 安藤勝己 | 山内研二 | 深見富朗 |
第20回 | 2005年9月19日 | カネヒキリ | 牡3 | JRA | 2:03.8 | 武豊 | 角居勝彦 | 金子真人ホールディングス(株) |
第21回 | 2006年9月18日 | マンオブパーサー | 牡3 | JRA | 2:06.3 | 木幡初広 | 大久保龍志 | 鈴木義孝 |
第22回 | 2007年9月17日 | ハルサンヒコ | 牡3 | 岩手 | 2:06.0 | 村上忍 | 鈴木七郎 | 加賀邦彦 |
第23回 | 2010年11月22日 | ロックハンドスター | 牡3 | 岩手 | 2:12.8 | 菅原勲 | 瀬戸幸一 | 千葉浩 |
アクシデント[編集]
- 2006年に行われた本レースでスタート前にタイセイスーパーがゲート入りを嫌い、騎手を振り落とし柵を飛び越え放馬してしまうアクシデントがあった。馬体に異常はなくレースは発走予定時刻より20分遅れてスタートした。放馬したタイセイスーパーはシンガリ負けとなった。
その他[編集]
全国の地方競馬にさきがけて、このレースから「生産者賞」「生産者招待」を行っている。
出典[編集]
関連項目[編集]
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