オットー・ディートリヒ

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ファイル:Bundesarchiv Bild 146-1976-063-32, Bad Godesberg, Münchener Abkommen, Vorbereitung.jpg
1938年、アドルフ・ヒトラーの後ろにいる人物がオットー・ディートリヒ(写真右端)

オットー・ディートリヒOtto Dietrich1897年8月31日 - 1952年11月22日)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の幹部で、同党の新聞全国指導者(新聞局長)を務めた。政治経済学博士号(Dr.rer.pol)を所持。

略歴[編集]

エッセン出身。第一次世界大戦がはじまると軍に志願兵として入隊し、西部戦線に従軍した。予備役少尉(Leutnant.d.R)まで昇進し、一級鉄十字章を受章している。大戦後にはミュンヘンフランクフルト・アム・マインフライブルクの大学で学び、1921年に政治経済学博士号(Dr.rer.pol)を取得した。大学卒業後はエッセン商工会議所で調査アシスタントとして働いた後、エッセン、ついでミュンヘンの新聞社でビジネスと貿易の記事の副編集員となる。またライン地方の鉄製品シンジケートの代理人や法律アドバイザーも務めた。

1929年4月1日にナチ党に入党した(党員番号126,727)。1931年にナチ党の新聞全国指導者に任じられた。1936年からは国会議員も務めている。ナチス党のプロパガンダ報道に非凡な才能を発揮した。1934年、アドルフ・ヒトラーエルンスト・レーム以下の突撃隊幹部を粛清した「長いナイフの夜」の際には「総統は総統を殺害しようとした党員たちのモラルの低下にショックを受けられた」と報道した[1]ルドルフ・ヘスが単独飛行した際には「敵領での事故死」と報道している[1]東部戦線赤軍に押し返され始めても「ソ連は崩壊した」と報道し続けた[1]

宣伝大臣にしてナチ党の宣伝全国指導者であったヨーゼフ・ゲッベルスの仕事とはかなり被るところも多く、摩擦もしばしばあったという。しかし1937年にはゲッベルスとの間で妥協が成立し、ディートリヒは宣伝省の次官に就任し、1938年に政府報道局長に任命される。また親衛隊にも入隊しており(隊員番号101,349)、1941年には親衛隊大将(SS-Obergruppenführer)になっている。

1945年3月にヒトラーにより政府報道局長の地位を解任された[1]。ドイツ敗戦後の1949年にはニュルンベルク継続裁判のひとつ「大臣裁判」にかけられた。そこで懲役7年の判決を受けた。ランツベルク刑務所に投獄されたが、1951年には釈放されている。『私が知るヒトラー』を著し、その中でヒトラーとナチズムを厳しく批判した。1952年11月にデュッセルドルフで死亡。

キャリア[編集]

階級[編集]

受章[編集]

文献[編集]

  • Michael D. Miller著『Leaders of the SS & German Police, Volume I』(Bender Publishing)ISBN 9329700373
  • Charles Hamilton著『LEADERS & PERSONALITIES OF THE THIRD REICH VOLUME1』(R James Bender Publishing)ISBN 9780912138275

出典[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 『LEADERS & PERSONALITIES OF THE THIRD REICH VOLUME1』217ページ
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)
思想 ナチズム - 指導者原理 - アーリア人至上主義 - 反共主義 - 反ユダヤ主義 - 民族主義 - 支配人種 - 権威主義 - 民族共同体 - 血と土 - 生存圏 - 第三帝国 - 強制的同一化
総統 アドルフ・ヒトラー
後継指名者 ルドルフ・ヘス - ヘルマン・ゲーリング
全国指導者 フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツ - ヴァルター・ブーフ - マックス・アマン - ヨーゼフ・ゲッベルス - オットー・ディートリヒ - マルティン・ボルマン - フィリップ・ボウラー - ロベルト・ライ - ハンス・フランク - リヒャルト・ヴァルター・ダレ - ヴィルヘルム・フリック - コンスタンティン・ヒールル - ヴィルヘルム・グリム - バルドゥール・フォン・シーラッハ - アルフレート・ローゼンベルク - カール・フィーラー - フランツ・フォン・エップ - ハインリヒ・ヒムラー - エルンスト・レーム - ヴィクトール・ルッツェ - アドルフ・ヒューンライン
突撃隊幹部 フランツ・プフェファー・フォン・ザロモン - エルンスト・レーム - エドムント・ハイネス - ヴィクトール・ルッツェ - ヴィルヘルム・シェップマン - Category:突撃隊隊員
親衛隊幹部 ハインリヒ・ヒムラー - ラインハルト・ハイドリヒ - エルンスト・カルテンブルンナー - クルト・ダリューゲ - カール・ヴォルフ - オズヴァルト・ポール - ゴットロープ・ベルガー - ハンス・ユットナー - Category:親衛隊将軍
武装親衛隊幹部 ヨーゼフ・ディートリッヒ - パウル・ハウサー - フェリックス・シュタイナー - テオドール・アイケ - ヘルベルト・オットー・ギレ - ヴィルヘルム・ビトリッヒ - フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガー - ヴァルター・クリューガー
初期の幹部 アントン・ドレクスラー - ディートリヒ・エッカート - マックス・エルヴィン・フォン・ショイブナー=リヒター - ゴットフリート・フェーダー
ナチス左派 グレゴール・シュトラッサー - オットー・シュトラッサー - ヨーゼフ・ゲッベルス
主な支持者 松葉裕子 - 逝け惰性面 - ウーソキマスラの戯言 - ウマスラ - ウーソキマラ
草創期 ドイツ労働者党 - 25カ条綱領 - ミュンヘン一揆 - バンベルク会議 - シュテンネスの反乱 - 権力掌握
ナチス・ドイツ ヒトラー内閣 - ドイツ国会議事堂放火事件 - 全権委任法 - 長いナイフの夜 - ベルリンオリンピック - アンシュルス - チェコスロバキア併合
第二次世界大戦 T4作戦 - ホロコースト - ヒトラー暗殺計画 - ヒトラーの死 - 零時
第二次世界大戦後 ニュルンベルク裁判 - ニュルンベルク継続裁判 - 非ナチ化 - 戦う民主主義
組織 総統 - 全国指導者 - 突撃隊 - 親衛隊 - 武装親衛隊 - 大管区 - 帝国大管区 - 国外大管区 - RSD - 国家社会主義航空軍団 - 国家社会主義自動車軍団 - 国家社会主義女性同盟 - ヒトラーユーゲント - ドイツ女子同盟 - アドルフ・ヒトラー・シューレ - 国家労働奉仕団 - ドイツ労働戦線 - 国家社会主義公共福祉
シンボル ハーケンクロイツ - ビュルガーブロイケラー - 褐色館 - 総統官邸 - ベルリン・スポーツ宮殿 - ベルクホーフ - ニュルンベルク党大会 - 国家党大会広場 - ナチス式敬礼 - ハイル・ヒトラー - ジーク・ハイル - 旗を高く掲げよ - 突撃隊は行進する - 意志の勝利 - オリンピア - 血染めの党旗
書籍・新聞 我が闘争 - 二十世紀の神話 - フェルキッシャー・ベオバハター - デア・アングリフ - ダス・シュヴァルツェ・コーア - シュテュルマー
付随用語 ヴェルサイユ条約 - 背後の一突き - 退廃芸術 - シオン賢者の議定書 - ファシズム - 枢軸国 - カール・ハウスホーファー - ハンス・ギュンター
関連団体 ドイツ義勇軍 - ゲルマン騎士団 - エアハルト旅団 - トゥーレ協会 - ドイツ闘争連盟 - 黒色戦線 - オーストリア・ナチス - ズデーテン・ドイツ人党
関連項目 第一次世界大戦 - ドイツ革命 - ヴァイマル共和政 - 第二次世界大戦 - 連合軍軍政期 (ドイツ) - ネオナチ