プロニートの朝は早い
東京中野区。閑静な住宅街の一画。
ここに一軒のアパートがある。プロニートの仕事場である。
世界でも有数のプロニート。彼らの仕事は決して世間に知らされるものではない。
我々は、プロニートの一日を追った
Q.朝、早いですね?
- 「ははは、体調管理は大切ですからね。一日のスタートをどう切るか。これが大切なんです」
日が登る前、人々が行動する前から彼は動き始める。
「俺なんかがプロニートやれてるのは(働いてる)みんなの支えがあるからなんです。だから誰よりも早く動き始めないと」
そう語る彼の目は何よりも真剣だ。プロに一切の妥協はない。彼の誇りはそこにあるという。
Q.これからお仕事ですか?
- 「いえ、違います、あ、いや、そうなのかな?もう公私混同しちゃって(笑)」
朝の六時からみっちり30分、彼はジョギングをする。ニートを始めた時から、これを毎日続けている、と笑う。
「体が資本なところがありますからね。大切なんですよ、これ」
朝六時半
ジョギングから帰ってきたA氏は真っ先にテレビをつける。
Q.休憩ですか?
「いえ、社会情勢なんかをね。この時間は(テレビニュースが)比較的まともですから」
6時50分。彼がテレビから離れ、台所に向かう。取り出したのは手動のコーヒーミル。手馴れた動きで豆の分量を図り挽き始める。目線の先はテレビから離れない。 同時進行させることで、作業時間を減らす工夫だ。
Q.大変ですね?
- 「いやぁ、やっぱり挽きたての方が美味いですからね。なんと言っても」
7時。彼は急に慌ただしく動き始めた。湧いたお湯を片手にコーヒーを淹れながらトーストを焼く。すぐに出来上がるコーヒーと焼きたての食パン。これも、ニートを始めた頃から変わらないという。
「効率の面もありますけど、これを食べることで朝を迎えた、って気分のほうが大きいかな」
一切の抜かりはなく、素早く食べ終わるA氏。時刻はまだ7時半だ。
Q.これからお仕事ですか?
- 「すいません、静かに」
我々クルーを諌めるプロ。
「耳を済ましてください。声がほら、きた、きたきたきた、ほら声がするでしょう?笑い声が」
確かに遠くに笑い声がする。
「近所の中学校の登校時間なんですよ」
この声を聞くことで社会とつながっている実感をもつ、と彼は語る。
「ほら、こんな仕事でしょう?社会に切り離されてるんじゃ無いかって不安になってるころに、この声に気づいてね、それからは日課なんですよ」
こうして登校や出社する人々の声や足音を聞くことで出社した気分になる、と言う。プロならではの、技である。
== 7時45分 =- 「ふぅ、もういいかな」
沈黙を破ったのは、プロであった。
「これ以上は危険ですからね。見極めが大切なんですよ」
あまり深く聞き入ると、向こうにひきづりこまれる。プロの生命をたたれる可能性がある危険な作業なのだ。
Q.怖くは無いんですか?
- 「怖いといえばこわいですね。あと何年やれるか。わからない。その時どうなるのかも。ただ、続けたいですね。生きてる限りは」
そう笑う彼には、確かに、プロの面影が見えた。
8時
汗を流すために彼は風呂にはいる。風呂と同時に掃除も兼ねる。
「こうして朝に洗えば、夜には乾くでしょう?」
熟練の技が、光る。
Q.乾く、と言うと?
- 「風呂場が、ですね。日中は窓を開けてますから風がよく通るんですよ」
8時半
風呂から上がってきた彼は、おもむろにスーツを着出した。
Q.これから外出ですか?
- 「違いますよ、急な来客が来た時に、出勤前の雰囲気が出せるでしょう?昼なら早退。夕方になれば早く帰宅できた雰囲気が」
この気配りこそがプロならではの続ける秘訣である、と彼は語る。
9時
洗濯を終え、干した彼が部屋に戻ってくる。
Q.これからのご予定は?
- 「そうですね。まずは読書かな。今日読む本は、これです」
『エスキモーに氷を売る方法』
Q.これは? け「日々勉強することだらけですよ。マーケティングの知識だって、何かに活かせるかもしれない」
プロニートを続けるという覚悟は、決して譲らない。彼の気持ちは選ぶ本にも現れていた。
11時
本を閉じた彼は台所に立つ。
「これから料理するんです。朝があれなもんで、昼には少し力を入れないと」
そうして冷蔵庫から食材を取り出し、調理に取り掛かる。毎日、一時間かけて作っているというのだから、驚きだ。
Q.今日のメニューは?
- 「鳥肉がありますからね。した味つけてジーディーズンでも作ろうかな。って」
Q.バンジーディーズン?
- 「中華ですね。中国では一般的な家庭料理です。した味をつければ夜にも流用できますからね」
Q.お詳しいですね?
- 「まあ、レシピ見るの好きですし、これも読書時間の間に得た知識ですね」
こうして、本を通して得た知識をすぐに活かせるのがこの仕事の醍醐味であり、強みだという。一時間ほど調理をして出来上がる料理。我々クルーも頂いた。
「今日は特に上手にできたな」
満足の行く、出来らしい。
昼、1時
レンタルしてきたDVDを取り出しセットする。一つ一つの動作が洗練されて無駄の無い動きだ。
「そりゃあ、毎日、この時間になったら見てますからね。コツっていうか、慣れですよ。慣れ」
本日見るタイトルは『運動靴と赤い金魚』
「あまり有名じゃ無いかもしれませんが、この監督の作品はいい作品を撮るので」
長いニート期間の間に、過去の名作はほとんど網羅したというプロ。選び方にも、プロのセンスが光る。
Q.年間どれくらいの数を?
- 「そうですね。1日最低でも1本。ニートを始めてからは国内で公開中のものは基本、マイナーなものでもはしごして見る様になりましたから、年間500くらいかなぁ」
この膨大な量は、決して手は緩めない。
「プロとして第一線で活躍できる期間は限られてますからね。いかに効率よく時間を潰し、有意義に使うか。多分、他のプロたちも同じ命題と戦っていると思いますよ」
午後3時。エンディングのスタッフロールを見ながら豆を挽いていた彼はコーヒーを飲み干し、布団に入る。
Q.早いですね?
- 「まあ、いつもこの時間になるとすこし疲れが出ますからね。休憩もきちんと取らないと」
休憩の時すら、次を考える。プロとしてひと時も気が休めないと言うと、彼はおもむろにまぶたを閉じた。
「科学的にも証明されていますが、昼寝は体にいいわけですし。それでは、おやすみなさい」
午後4時半
布団から起き上がり、パソコンを起動する。Jane styleを開きVIPを眺める。道具は、昔はかちゅーしゃを使っていたが、選び抜いて今のブラウザに落ち着いたという。
「昔は選択肢がなかったけど、今はたくさんありますからね。恵まれてますよ。おっ」
早速、気になるスレを見つけたらしい。目つきが、鋭くなる。
「ふーん、なになに……今はファンタジーばっかでSFが少ない?」
「そもそもファンタジーのマナって基礎概念を作ったのはニーヴンだろ。そういう意味でファンタジーはSFの一ジャンル。にわか乙」
「このスレは……。なるほど、田舎はクソ、か。山口の山陰は神。特牛とか最高、何もなくて。お前らの好きな角島の最寄駅だぞ。一回行ってみろっと」
「野宿したことのある奴にしかわからないこと……えっと、高架下は割と安全地帯……と」
ものすごい早さでタイピング音が鳴り響く。プロの本領発揮だ。
「いや、広告の宣伝効果が全てだよ。予算低いとか有名なウィッチブレアも制作費は低くても宣伝費すごいし。億とかだし」
Q.お詳しいですね?
- 「ああ、さっき読んでた本に近いこと書いてあったので。既存の知識と結びつけたりするだけですよ。この仕事、やっぱりものは知っておかないとね」
Q.いろいろ書き込んでますけど?
- 「だいたいは体験談や自分の生きた意見ですよ。嘘を着くメリットもありませんし。野宿にしてもそうです。一時期は旅して回っていたからなぁ」
Q.それが、今に生きている、と?
- 「はは、まあそうですね」
そうして、2時間。午後7時。モニタから顔を離すと、台所に向かう。
「先ほどした味付けてたんで、すぐですね」
さっと調理し、皿を抱えて、モニタの前へ。食事しながらも、2chはやめない。これもまた、効率の果てだという。
「これはまあ、アマチュアの人たちもやってる技ですからね。自然体って奴ですよ」
午後8時
ようやく一段落ついたらしく、体もこちらに向ける。手元にあったエレキギターを引っ張り出して、ヘッドフォンをつけるA氏。
「防音とは言え、音はもれない様にね」
普段は日中にしているというギターも今日は2chが予定より押したためにこの時間になったという。
1時間。その間にも何度か2chを見はするものの基本、ギターに打ち込んだ。
Q.なぜ、ギターを?
- 「建前をいえば世間体ですかね。ギターが趣味、といえば、許容されやすいですから。もっともワーホリですから仕事が趣味みたいなところがあるんですけど(笑)」
午後9時
またも2chにいりびたる。夜になろうとタイピング音が鳴り止むことは無い。衰えないどころか勢いはさらに増す。
「この時間は、本当に勢いがありますから。つい熱が入っちゃって」
この日、2chは、11時まで続いた。時刻はとうに11時半。風呂に向かうA氏だが、休む気配は無い。
Q.休まないんですか?
- 「これからアニメありますからね。風呂はいって頭と目を覚まさないと。まあご飯食べて4時間たってるから寝てもいいんですけど」
食事は寝る4時間前には済ませる。これもプロの譲れない流儀だ。アニメの無い日はこのまま寝てしまうこともあるという。
「さて、始まるか」
彼は真剣な表情でテレビを眺める。膝にはパソコンにつながったキーボードの姿が。
「実況しながら。これが最高なんです」
アニメと同時に、キーの音は部屋に広がる。
「もともと、アニメを作る仕事に就こうか迷ったこともあるんですよ、でも今の(プロのニート)をとった。後悔は無いですね」
そう語ったA氏。志していただけに見る目も厳しい。
「あー、イマジナリーライン飛ばしてるよ、おいおい誰だよ演出は」
「このカット、田中っぽいな、絶対そうだよ」
「おっおっおっ、ぶひいいぃぃぃ!!」
「あー、やっぱ演出はこいつか。マジひでえ」
「作監補いすぎだろ(笑)」
現場には専門用語が次々と飛び出す。アニメに対する詳しさも普段見ている映画の知識からだという。
「オマージュ元やネタ元がわかれば、より深く楽しめますからね」
「いい最終回だった」
時刻は朝の3時
彼はこれから寝るという。
Q.睡眠時間短く無いです?
- 「確かにね。でも体調管理は気をつけているし、昼寝も効果あるからね。むしろ眠く無いよ(笑)」
Q.これを365日、つらくないんですか?
- 「正直、はじめのうちはやめたいと思ったこともある。毎日、溜め込まれる知識の行き場所もこれでいいのか。ってね。ただ、プロとして譲っちゃいけないラインを考えた時、アマとプロの違いは何だろうって考えて。それからかな。ふっきれて専念できる様になったのは(笑)」
Q.プライド、ですか?
- 「なんていうのかな。俺にはこれが向いてる!っていう確信めいたものがあって。ほら、昔はプロどころか、ニートって、なかったじゃん」
Q.確かにありませんでしたが
- 「それが今、プロになれる。だからこそ頑張ろうって。それが今の俺で。プロを維持するのは大変だけど、毎日この決まった生活は満足してるよ」
現在、日本に存在するニートはおよそ65万人。その多くはプロではないアマチュアだという。
プロの門は決して広くなく、なったあとも容易なものでは無い。
それでも確かに、プロのニートはいた。世間の影に隠れ、プライドを持ってニートをするものがいる。
プロニート。
彼らは、己の矜持を守り今日もまた、現場で働く。
午前4時。消灯し、彼の部屋は闇に包まれたが、布団には明かりがあった。
手元にあるiphoneで、BB2Cを起動し絶え間なくvipをチェックする。
まばゆく光る画面を見つめ真剣に打ち込む姿。ニートのプロはそこにいた。
プロニート。
彼は明日の朝もまた、6時には起きるという。