ゲオルグ・ファウスト

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ゲオルグ・ファウスト(Georg Faustus、1480年? - 1540年?)とは16世紀のドイツ人占星術師、錬金術師。ファウスト博士Doktor Faustusとも。 Johann Fausten ヨハネス(ヨハン)・ファウスト として民衆本『実伝ファウスト博士』"Historia von D.Johann Fausten"(1585)がベストセラーになり有名となった。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの戯曲『ファウスト』のモデルでもある。

姓のFaustusはラテン語 faustus 「幸福な,祝福された」に由来する。

史実のゲオルグ・ファウスト

神聖ローマ帝国のドイツ王国のヴェルテンブルグのクニットリンゲンまたはハイデルベルクで生まれた。 1509年1月15日ハイデルベルク大学で神学の博士号(Doktor)16人の授与者の一人という記録があるとされるが別人説もある。各地を放浪した。 マルティン・ルターに悪魔の力を借りていると非難されたという。 1538年、ドイツのフォン・シュタオフェン男爵に雇われる。錬金術を実験中に爆死。五体はばらばらとなったという。このことが伝説の根拠となった。

物語のファウスト博士

民衆本

死後、他の魔術師の伝説も取り込まれ、ファウスト博士の伝説ができた。

1585年、民衆本(Volksbuch)"Historia von D.Johann Fausten"『実伝ファウスト博士』が書かれた。作者は不詳であるがヨーハン・シュピースという説もある。

ヨハネス(ヨハン)・ファウストは月夜のある日、魔法円を描きサタン召喚し、サタンの従者メフィストフェレスを呼び出した。そして、メフィストフェレスを24年間使役するかわりに、自分の肉体と魂を売る契約をした。

ファウストは贅沢な暮らしの中、近所の娘に恋をした。 その娘と結婚したいと欲するも、メフィストフェレスとの契約に違反するため願いは叶わなかった。

そしてファウストは、ギリシア神話のヘレンを連れてくるようにとメフィストフェレスに命じた。 同棲の末、ファウストとヘレンはユストゥスという息子を設けた。

だが最期にファウストはその息子ユストゥスに殺された。

他の創作

  • C.マーロー(1564年 - 1594年 イギリス):『フォースタス博士』(1588年 戯曲)
外部リンクDoctor Faustus
  • レッシング (ドイツ):(断片)
  • カール・ジムロック:『人形芝居ファウスト』(1846年 人形劇のより古いものに1746年のものもあるという)
  • ゲーテ:『ファウスト
  • F.M.クリンガー: (1791年),
  • N.レーナウ :(1836年)
  • ハインリッヒ・ハイネ :(1851年、バレエ台本),
  • トーマス・マン:『ファウストゥス博士』(1947)
  • バレリー:『モン・フォースト』(1946年)

その他オペラなどがある。

関連書

  • フリッツ・ハベック 中村利治 訳『ファウスト博士の行動と冒険』文芸社 ISBN 4-8355-1803-9
  • 藤代幸一、松浦純『ドイツ民衆本の世界 3 ファウスト博士』国書刊行会 ISBN 433602703X 
  • 清水俊夫 訳、サカイトシノリ 画『マリオネット ファウスト―旧きドイツの人形芝居』論創社 ISBN 484600421X

外部リンク

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