米韓自由貿易協定
米韓自由貿易協定は、アメリカ合衆国と大韓民国間の自由貿易協定。略称は米韓FTA。
目次
概要
交渉は2006年2月2日に開始され、2007年4月1日に締結し、2007年6月30日に調印された。米国での合意法案は2011年10月12日に下院を賛成278・反対151で、上院を賛成83・反対15で通過し可決された。一方、韓国国会における批准同意案は、2011年6月3日に韓国国会に提出され、野党が激しく反対し、2011年10月28日には、米韓FTAに反対するデモ隊が国会に乱入し、67人が逮捕された。その後11月22日、議長職権で上程され、米韓FTA批准同意案が可決された。
その後両国で発効のための詰めの協議を行った結果、2012年3月15日に発効。米韓FTAの発効により5年以内に95%の品目への関税を撤廃される。
議論
双務性
アメリカの国内法には国内法優先の規定があるが、米韓自由貿易協定にそのような文言があるわけではない。 尚、慣習国際法を法典化した条約法に関するウィーン条約第27条では、国内法を援用した条約不履行は国際法上認められていない[1]。
ISDS条項
日本の中野剛志、藤井厳喜、佐藤ゆかりらは、上記のS.D.Meyers事件、Metalclad事件、Etyl事件等を悪用の事例であるとして、ISDS条項は危険だと指摘している。
これら危険性の指摘に対して、金子洋一議員(民主党)や河野太郎議員(自民党)は政府側が敗訴した事例において政府が外国企業を不当に差別した事実や日本も韓国もほぼ全てのEPA/FTAでISDS条項を入れているのでアメリカと直接ISDS条項を結ぶ以前から既に米国企業が日韓政府を訴えることが可能な事実を説明しないミスリーディング、都市伝説と同じような誤解[2]であるとしている。
ラチェット条項
協定の留保項目には現状維持義務ありとなしがあり、現状維持義務のうち一度措置を協定に整合的な方向に緩和した場合、再度措置の強化ができないものをラチェットと言う。現状維持義務(ラチェット)の適用範囲は現在留保のみであり、内国民待遇、最恵国待遇、パフォーマンス要求のみで、協定の他の義務は留保できない(ラチェット条項が適用されない)。
日本の内閣官房は、投資、サービス分野において規定されるものであり、衛生植物検疫の分野とは関係がないため、食品安全の基準を再び厳しくすることができなくなるようなことはないとしている。また、米韓自由貿易協定でも、輸入急増時のセーフガードや人命や健康等を理由とするセーフガードは認められている。
非違反申立て
GATT23条[3]には、関税譲許(個別の品目に適用される撤廃・削減ルール)による貿易自由化の効果が、協定違反にならない締約国の措置によって損なわれた場合に、世界貿易機関小委員会に申立を行なう手続が規定されており、これを非違反申立てと言う。
非違反申立てには、申立国が、申立てを正当化するための詳細な根拠を提示しなければならず、申立てが認められた場合も、世界貿易機関小委員会又は上級委員会は提案を行なうだけで、この提案は紛争当事国を拘束せず、関係加盟国は当該措置を撤回する義務を負わない。
非違反申立ての殆どが却下されており、世界貿易機関小委員会又は上級委員会は非違反申立ての適用範囲をできるだけ限定的に捉えようとしていると考えられている。米国政府が日本を相手に非違反申立てを行なった日米フィルム戦争においても、米国政府の申立ては却下されている。
米韓FTAのISD条項で、韓国は63の法律改正に追い込まれている
TPPに盛り込まれた「ISD条項」。この条項は、一国の主権よりも一企業の利益が優先されてしまう危険性をはらんでいる。TPPのモデルともいえる米韓FTAでは、すでに韓国でその兆候が表れつつある。
「口火を切ったのは米系ファンドのローンスターでした。2012年6月、韓国政府にISD条項に基づいて訴訟を起こすと通知したのです」
保有する韓国外喚銀行の株式を売却しようとしたところ、韓国政府が承認をわざと遅らせたため、14億ユーロ(約1800億円)の損害を被ったというのが、ローンスターの主張だ。また、一連の株売却で得た利益4兆7000億ウォン(約4100億円)に対し、韓国政府が3930億ウォン(約340億円)の税金を課したことにも、ローンスターは不服を申し立てた。
「韓国で得た利益への課税を拒否するなんて、とんでもないことです。しかし、そんな主張がまかり通るのが、ISD条項の怖いところなのです」
課税権という一国の主権より企業の自由な営利活動が優先されるなんて、あまりにも異常だ。韓国・漢陽大学の金ジョンゴル教授もため息をつく。
「米韓FTAで韓国は間違いなく主権の一部を失ったのです。24章からなる協定文に韓国の法律や政策が触れないよう、細心の注意を払わなくてはいけなくなってしまった。韓国政府は大きな手かせ足かせを負ったのです」
こうした米国企業からの訴訟を防ぐため、韓国は大幅な法律の見直しに乗り出すはめとなった。それまでの法律や規制が外国企業から不公平で差別的と見なされたら訴訟となり、負ければ巨額の補償金支払いを迫られるからだ。
そうした動きの典型が、CO2削減のために韓国政府が導入した「低炭素車協力金制度」だ。これはCO2の排出が少ない車を買うと、最大300万ウォン(約26万円)の補助金が交付され、逆に排出量が多い車には最大で300万ウォンの負担金を課すというもの。
「ところが、この制度が米韓FTA9章の『貿易に対する技術障壁』に当たると、アメリカの自動車業界が反発したのです。アメリカ車はCO2の排出量が多い大型車が中心で、この制度下ではアメリカ車が売れなくなってしまうと危惧したのでしょう。そのため、韓国政府は2013年7月に導入する予定だったこの制度を、2015年に延期せざるを得なくなってしまった。環境に配慮した韓国の公共政策が否定され、CO2削減に努力しない米自動車産業の基準が優先されてしまったのです」(金教授)
このような法律や制度の見直しが進んだ結果、韓国では実に63もの法律が改正されることになってしまった。
政府だけではない。自治体もまた地域の主権を奪われようとしている。例えば、学校給食。韓国の自治体の多くが地産地消を進めようと、学校給食に地元の食材を優先的に使う条例を定めている。韓国・京郷新聞の徐義東東京支局長が憤る。
「この条例があると、アメリカ産の食材は学校給食から排除されます。そのため、韓国政府はISD条項に触れかねないと、各自治体に地産地消の条例をやめるよう指示を出し、9割の自治体が応じてしまったのです。地域の農業振興にもつながるよい条例だっただけに、この変更は残念です」
注目すべきは、こうしたISD条項圧力によって、アメリカの要求前から、制度変更の動きが韓国内で起きているという点だ。多摩大学の金美徳教授が言う。
「米韓FTA発効を受け、韓国電力が電気料金の値上げに動こうとしたことがありました。韓国電力は自社株を保有する外国人から、『電気料金が安いから利益が上がらず、損をした』と訴えられてはまずいと、自ら値上げを検討したのです」
アメリカ企業との紛争予防的な動きは、電力以外の公共ビジネス部門にも及んでいる。
「ソウル市の地下鉄9号線で2012年4月、運賃値上げが公示されました。これは米韓FTA16条の『独占的営業行為の禁止』を受けてのことと説明されています。16条には独占事業者に反競争的行為の禁止、被差別的待遇の改善などの義務が課せられています。地下鉄9号線は運賃が安く、16条に違反しかねないと考えたのでしょう。同じように、ガスや水道、韓国版新幹線KTXの民営化論議も始まっています。でも、公共交通の料金は本来、安くあるべき。米韓FTAは企業のビジネスを優先し、庶民の暮らしや公益には冷淡なのです」(前出・エコノミスト)
企業利益のためなら、公共政策を歪め、一国の主権すら踏みにじるのがISD条項の正体なのだ。