社会的企業
社会的企業(しゃかいてききぎょう、Social Enterprise, Social Entrepreneurship)とは、社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体の事である。ソーシャル・ビジネスとも呼ぶ。こうした事業を創始した実業家などを社会起業家(もしくは企業家)と呼ぶ。
目次
概説
古くはロバート・オウエンの「ニュー・ラナーク」などの事例が存在するが、こうした事業体が注目を集めるようになったのは、1980年代以降である。レーガン政権下やサッチャー政権下で社会保障費が大幅に削減されると、それまで公的な助成金・補助金に大きく依存して運営されてきた米英のNPOは深刻な資金不足に陥った。そうした中で、従来のような内部補助(事業体のコア・ミッション以外の分野で展開される収益事業、例えば障害者施設が開催するバザーなど)としての収益事業ではなく、事業体のコア・ミッションそのものを収益事業とする事業モデルが有効な選択肢の一つとして浮上した。
こうした事業体は、営利企業の形を取るもの(グラミン銀行、ベン&ジェリーズ・ホームメイド (en:Ben & Jerry's Homemade) 、ザ・ボディショップ、パタゴニアなど)と、NPOの形を取るもの(フローレンス、コモングラウンド (en:Common Ground) など)、複数の企業やNPOを組み合わせたポートフォリオ形態を取るもの(ビッグイシューなど)など、形式は様々である。
イギリスでの社会的企業
イギリスでは事業体の所有形態や管理形態そのものも、共同体を基礎にしたものが多く、またそういったものを社会的企業と考える傾向が強い。こうした事情から、協同組合、ソーシャル・ファーム (en:Social firm) 、従業員所有会社 (en:Employee ownership) 、クレジット・ユニオン (en:Credit union) 、開発トラスト (en:Development trust) 、媒介的労働市場会社 (en:Internal labor market) 、コミュニティ・ビジネスなども社会的企業として認知されている。
特徴
ボランティアや慈善事業との違い
社会的課題の解決を目的とする事業体という点では、社会的企業はボランティア活動やチャリティー活動と相似であるが、以下のように大きく異なる部分も存在している。例えば従来のボランティア活動やチャリティ活動は無償による奉仕や喜捨を基本としているが、社会的企業は有料のサービス提供活動による社会的課題の解決を目指す。社会的企業が提供するサービスや製品は市場において充分な競争力を求められる為、成功した社会的企業においては、商品開発や商品・サービスの品質のレベルは高い。また企業からの人材の調達も活発である。
従来のボランティア事業の中には、公的な補助金・助成金に大きく依存していた為、資金の出所である国や自治体、各種財団などの事業内容への介入が事業展開に様々な制約を与えていた場合も少なくないが、社会的企業は主な資金源が自らの事業である為、より柔軟でスピーディーな事業展開が可能である。
従来の企業との違い
社会的企業の中には株式会社形態を取るものも少なくないが、一般的な株式会社と社会的企業の範疇に含まれる株式会社の違いとして、常に利潤最大化行動を採るかどうかという点がある。社会的企業は社会的課題の解決をミッションとして持っている為、単なる営利企業とは異なり、自社の利潤の最大化ではなくミッションの達成を最優先する。こうした点は社会的企業の弱点ともなりうるが、逆にその社会的企業の掲げるミッションがステークホルダーの共感・賛同を得た場合には、ステークホルダーからの支援が得られる為、こうした弱点は補われる。
福祉政策との違い
社会的企業が追求するミッションは、政府や自治体が行う福祉政策とも重なり合う部分が大きい。しかし福祉政策は住民全体に対する公平性を確保する為、サービスの内容は最大公約数的なものとなり、細かいニーズへの対応がし辛いという弱点を持っている。また実施される福祉政策そのものも、多くの有権者が望むものが優先されがちである。社会的企業は逆に、従来の福祉からも従来の営利企業のサービス対象からもこぼれ落ちた分野に特化した事業展開を行うことで、事業を成立させる事が多い。
社会変革の呼び水としての社会的企業
社会的企業は社会的課題を何らかの形で解決する新しいビジネスモデルを持っている。これらのビジネスモデルが模倣される事で、従来何らかの理由で市場から排除されていた社会集団が、新たに市場に参加しうる機会が増えてゆく。
例えば、ロンドンで開発された「ビッグ・イシュー」のビジネスモデルは、他地域・他国にも移植され、ホームレスの社会的排除を解決する手段の一つとして利用されている。また日本国内では会員制で病児の在宅一時保育を行うというNPO・フローレンスのビジネスモデルが(フローレンス代表の回顧録によれば)厚生労働省に無断で模倣され、ファミリーサポート事業[1]や緊急サポートネットワーク事業[2]として全国展開が図られている。
このように社会的企業は、チェンジエージェントとしての役割も持っている。
課題・問題点
近年、社会的企業は注目されているが、幾つかの課題を抱えているのも事実である。
- 旧来のボランティア組織やチャリティー組織からの批判
- 社会的課題を金儲けの道具に使うことは倫理的に問題があるという批判が、ボランティアやチャリティーとして同じミッションに取り組む人々から浴びせられる事も多い。
- 行政との衝突
- 行政の理解が得られずに事業展開が頓挫したケースもある。例えば、任意団体時代のフローレンスが新宿区内で病児保育事業を開始しようとした際、当時の新宿区長の鶴の一声で助成金支給が阻まれ、事業断念に追い込まれた事例など。
- 人材の不足
- 従来、ボランティアやチャリティー、公的福祉が担当してきた分野では、ビジネスマンとしての能力を持つ人材が不足している場合もある。但しアメリカでは社会的企業の認知が進んでおり、ハーバード大学やコロンビア大学など超一流大学のビジネススクールやロースクールを出た人材が、キャリアパスの一つとして社会的企業を選択することも多い。イギリスでは、オックスフォード大学のサイード・ビジネス・スクールが人材育成に高い関心を払っている。
- 資金調達
- 社会的企業は革新的なビジネスモデルを元に創業される為、従来の金融市場では資金調達がし辛いという問題も指摘されている。ただし、近年欧米ではソーシャル・ファイナンス (en:Social finance) と呼ばれる金融分野が登場しており、こうした課題を抱える社会的企業への投融資を媒介している。
- 倫理観の欠如
- 社会的企業は日本においては発展途上であり、現役の社会起業家や、それを志す者の中には理念を正しく理解しておらず、ある種のブームとして捉えている向きも少なくない。実例として、支援者ないし指導者という優位な立場を笠に、常に「上から目線」で相手の自尊心を傷つけるような発言をしたり(情報番組やドキュメンタリー番組でしばしば見られる)、宿泊型の施設においては恫喝や暴力などで入所者を管理下に置く事例も度々報道されている。
「貧困ビジネス」問題
フォトグラファーの渡邊奈々は、社会的企業を多く取り上げた著書『社会起業家という仕事 チェンジメーカーII』において、簡易宿所と人材派遣業を組み合わせた企業「エム・クルー」を高く評価し、同社も自らを「社会的企業」と称していた。
しかし、貧困問題に取り組む湯浅誠は、エム・クルーが派遣1日当たり500円の不明朗な天引き(「安全協力費」「福利厚生費」名目)をしていた事、労働者派遣法で禁じられている建設現場への派遣(いわゆる偽装請負)を行っている事、中間マージン率が40%を超える高率である事(時給換算では1時間当たり500円強にしかならない)、同社が運営する簡易宿所「レストボックス」の劣悪な環境や、国民健康保険や国民年金保険料が自己負担出来ないほど低賃金である事などを指摘し、エム・クルーは古典的な「ドヤ・飯場」の現代版であり、社会的企業とは名ばかりの、貧困層を食い物にする「貧困ビジネス」であると批判している[3]。
関連書籍・参考文献
- 谷本寛治『ソーシャル・エンタープライズ-社会的企業の台頭』(中央経済社、2006/1) ISBN 4502381403
- 渡邊奈々『社会起業家という仕事 チェンジメーカーII』(日経BP、2007/11/1) ISBN 4822246183
- 駒崎弘樹『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(英治出版、2007/11/6) ISBN 486276018X
など、多数。
脚注
- ↑ 厚生労働省:ファミリー・サポート・センター事業の概要
- ↑ ファミリー・サポート・センター事業及び緊急サポートネットワーク事業の再編について
- ↑ 湯浅誠著『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』第5章(岩波書店・岩波新書)143-154ページ
関連項目
- 問題点
外部リンク
- Social Ecoo(ソーシャル エコー)
- 市民バンク(日本国内における先駆的ファイナンス活動団体)