馬謖
~ 馬謖 について、諸葛亮
~ 馬謖 について、佐藤藍子
~ 馬謖 について、矢口真里
馬謖(ばしょく、Ma Su 190年 - )は中国湖北省あたり出身の登山家・アイドル。張郃ことマイケル・ジャクソンの被害者としても有名。
略歴[編集]
愛と栄光の登山[編集]
比較的裕福な家に産まれた5人兄弟の末っ子で、「幼常」というあだ名で呼ばれていた。たびたび、いけないお兄さん・お姉さんの魔の手が忍び寄ったりしているという。
中学の頃から登山に目覚め、高校の頃には国内の主要35山を制覇、一躍喝采を浴びることとなる。その後、(株)蜀漢のスポンサードの元に巴蜀の急峻を次々と踏破し、220年のTIME誌「パーソンオブイヤー」にアジア人として初めて選出されている。
その一方で過剰なパフォーマンスも多く、その発言によるブログの炎上も日常的に起こっていた。また、彼と師事関係にあった諸葛亮氏との密会の噂なども絶えず、常に注目を集める人物であったとされている。
だがそのパフォーマンスを煙たがっていた劉備は生前、諸葛亮に「ヤツは口だけのパフォーマーだから重用するな」と助言した。しかし愛弟子相手ゆえか目が曇っていた諸葛亮はその助言を聞こうとはしなかった。
マイケル事件[編集]
228年春、馬謖は街亭の山頂に引き籠もる「エクストリーム山頂布陣」に挑戦していた。当初は順調に事が運んでいたが、予定していた2週間の滞在期間が過ぎた頃、新記録を伸ばすことを重視したテレビ局側の意向によって滞在期間を2ヶ月延長されてしまう。
1ヶ月を過ぎた頃、悲劇は突然に訪れた。深夜に張郃ことマイケル・ジャクソン率いるダンサー軍団が、「ッポゥッ!」と奇声を発しながら布陣に突撃してきたのであった。思わぬ事態に加え、マイケルマジック(スリラー)で陣は壊滅、マイケルの好みに適ってしまった馬謖はそのまま犯されてしまった。
これに先立って、王平はエクストリーム山頂布陣の危険性を指摘し、中止を求めていたが、馬謖は「DA☆MA☆RE! 字もしらないクズが!」と絶叫し、これを入れず、マイケルの悲劇に繋がった。
相手がマイケルであったため「仕方なかった」で済まされてしまった上、多数のスポンサーを得ての大企画を潰してしまい、多額の負債を抱え込んでしまう。こうして馬謖は社会的にSATSUGAIされてしまった。これ転じて、「馬謖を斬る」とは「マイケルに立ち向かってはならない」ということを意味する隠語となった。
主な逸話[編集]
- 全漢登山部活動インターハイ・団体の部優勝。
- 雲南地域で現地人の暮らしぶりに密着、ウルルン体験を重ねる。
- 228年、山頂布陣に失敗。多額の借金を抱える。
- 司馬仲達の大ファンだが、数寄が高じて彼の賞賛を分別なく書き込み、かえってアンチを増やしてしまう。
- 「前世は趙括大先生だった説」があり、事実コーエー三国志では藺相如に嫌悪されている。一方で「趙括の方がマシ」との評もあり、一定の解を見ない。

