江戸六地蔵
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江戸六地蔵(えどろくじぞうThe Six Stone Statues Of Jizo)は江戸の旅の安全と病苦平癒を祈るため、江戸の主要六街道の出入口付近に安置された六ケ所の地蔵菩薩像である。
概要
深川の地蔵坊正元発願の江戸六地蔵と、東都歳時記による江戸六地蔵とがある。後者はほとんどが現存しない。したがって一般には深川の地蔵坊正元発願の江戸六地蔵を指すことになる。
江戸六地蔵(地蔵坊正元)
地蔵坊が難病に罹患した時、地蔵の祈祷によって全快したことから京都六地蔵にならい病気の平癒や開運を祈願したと伝わる。1708年から江戸深川の地蔵坊正元が江戸庶民から寄進を募り、十年をかけて造立した地蔵菩薩を江戸の6つの主要街道に配置した。 7万2千名を越える寄進者があり、その名は台座や蓮華などに刻まれている。鋳造はいずれも江戸神田鍋町の鋳物師、太田駿河守藤原正儀である。 製作年代順に一番から六番がある。品川寺の地蔵が最も早い。第六番の永代寺地蔵は永代寺が明治維新の廃仏廃釈により廃寺となり、地蔵尊は川口の鋳物工場に払い下げられ、溶かされて現存しない。
一番から五番までの現存する地蔵はすべて東京都指定有形文化財に指定されている。
No | 寺院 | 街道名 | 宗派 | 像立 | 像高 | 所在地 |
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1 | 品川寺 | 旧東海道 | 真言宗醍醐派 | 1708年9月 | 2.75m | 東京都品川区南品川三丁目5-17 |
2 | 東禅寺 | 奥州街道 | 曹洞宗 | 1710年 | 2.71m | 東京都台東区東浅草二丁目12-13 |
3 | 太宗寺 | 甲州街道 | 浄土宗 | 1712年 | 2.67m | 東京都新宿区新宿二丁目9-2 |
4 | 真性寺 (豊島区) | 旧中山道 | 真言宗豊山派 | 1714年 | 2.68m | 東京都豊島区巣鴨三丁目21-21 |
5 | 霊巌寺 (江東区) | 水戸街道 | 浄土宗 | 1717年 | 2.73m | 東京都江東区白河一丁目3-32 |
6 | 永代寺 | 千葉街道 | 高野山真言宗 | 1720年 | 不明 | 東京都江東区富岡一丁目15-1 |
主意書
「当国六地蔵造立之意趣」(宝永3年5月吉祥日筆、『江戸六地蔵建立之略縁起』所収)
抑々予十二歳の比呂郷を出、十六歳にして剃髪受戒す。其後廿四歳の秋乃比より 重病を請、廿五歳の春の末に至て、医術も叶難く死既に極れり。・・・父母是を悲、偏に 地蔵菩薩に延命を祷奉る。自も親の歎骨髄に通、一心に地蔵菩薩に誓願すらく、我若 菩薩の慈恩を蒙て、父母存生の内命を延る事を得ば、尽未来際に至るまで、衆生の為 に菩薩の御利益を勧、多尊像を造立して衆生に帰依せしめ、共に安楽を得せしめんと 誓、其夜不思議の霊験を得て重病速に本復す。其後諸国を廻無縁の衆生に 多縁を結ばしむ。……帝都の六地蔵に同く、御当地の入口毎に一躰づつ金銅壱丈六尺 の地蔵菩薩を六所に都合六躰造立して、天下安全・武運長久・御城下繁栄を祝願し、 兼而ハ又諸国往来の一切衆生へ普く縁を結バしめんと誓。
江戸六地蔵(東都歳時記)
[専念寺の地蔵は、
No | 寺院 | 街道名 | 宗派 | 像立 | 像高 | 所在地 |
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1 | 瑞泰寺 | 浄土宗京都智恩院末 | 元禄年中 | 昭和61年再建 | 文京区向丘2-36-1 | |
2 | 専念寺 | 浄土宗 | 1691年(元禄4年) | 2.33m | 文京区千駄木1-22-22 | |
3 | 浄光寺 | 真言宗豊山派 | 1691年(元禄4年) | 1丈(約3メートル) | 荒川区西日暮里3-4-3 | |
4 | 心行寺 | 浄土宗 | 現存せず | 府中市紅葉丘2-32-14 | ||
5 | 福聚院 | 浄土宗 | 現存せず | 台東区上野公園16-13 | ||
6 | 正智院 | 聖観音宗 | 現存せず | 台東区浅草2-3-13 |