白蟻の巣

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白蟻の巣』(しろありのす)は、三島由紀夫戯曲1955年(昭和30年)、文芸雑誌「文藝」9月号に掲載され、同年10月29日に劇団青年座により俳優座劇場で初上演された。第2回(1955年度)岸田演劇賞を受賞した。単行本は翌年の1956年(昭和31年)1月25日に新潮社より刊行。現行版は近年まで新潮文庫熱帯樹』に収録されていたが、2012年(平成24年)現在では絶版となっている。

三島にとって初の3幕物の長編戯曲で、ブラジルでコーヒー農園を経営する夫婦と、その使用人夫婦の間の複雑に絡み合う奇妙な姦通関係とドラマを描いた作品である。福田恆存舟橋聖一など多くの作家や評論家から高い評価を受けた。

あらすじ

中年の刈屋義郎と妙子の夫婦はブラジルサンパウロ郊外のリンスでコーヒー農園を経営していた。夫婦は日本の名門の家柄であったが、財産がなくなり、ブラジル移民の刈屋家の老未亡人の籍に夫婦養子に入り、コーヒー農園を引き継いだのだった。刈屋邸には使用人の運転手・27歳の百島健次とその新妻の20歳の啓子、農園支配人の60歳の大杉安之助、女中・きぬが住み込みで働いていた。百島と刈屋の妻・30歳の妙子は一年前、心中未遂をしていたが、刈屋は寛大な対処で百島をそのまま運転手として使っていた。刈屋は地域の人々や農園の労働者からも、穏やかで寛大な人物として尊敬されていた。使用人とも一緒のテーブルで同じ食事をする「民主的」な園主であった。

百島の新妻・啓子は、夫が・妙子夫人と心中未遂事件を起したことを承知で百島と結婚した。しかし、ある時、夫と同じ首筋の傷を風呂上りの妙子の首にありありと見てから、はっきりと嫉妬に苦しめられはじめた。啓子はいっそのこと、もっとぎりぎりまで行ってしまえば却って気が安まると思い、夫と妙子がもう一度、心中事件を起して刈屋の怒りを買い、この邸から追い出され、二人が引き離された方がいいと、計画をめぐらした。そして、そのことを刈屋に相談するが、刈屋は百島と妻が再び心中を企てる可能性はないと言う。啓子は2人の邪魔をしているのは、刈屋のその寛大さだと言い、旦那様が邸を長期間留守にすれば、何もかも真裸のあらわになると言った。刈屋は少し興味を覚え、啓子の提案にのることにし、しばらくリオ・デ・ジャネイロまで旅行をすることにした。

生きた屍のように暮している妙子は、夫・刈屋の罠だと思い、留守中も刈屋の寛大さの呪縛の中にいた。しかし支配人の大杉から、リオで刈屋に女ができたという噂話を聞き、百島に接近する、しかし百島はあまり取り合わず、戯れに接吻しただけで何も起こらなかった。啓子は、「こんな小娘みたいな私の目を盗んで、たったそれだけ?」と夫を挑発し口げんかをする。その時、大杉が慌てて、玉蜀黍の倉庫に白蟻の大群が押し寄せてきたと知らせに来て、百島は白蟻退治に飛んでいった。

啓子から至急戻ってくるように電報を受けた刈屋が帰って来た。啓子は、「私が待っていたものが絵空事だったとわかりましたの」と言い、一人でこの邸を出てゆくと言った。刈屋は、そんなことはさせないと啓子をなぐさめ、髪や胸をなではじめた。そして刈屋は、百島と妙子が心中未遂を計った納屋へ啓子を誘い、「二人が死にそこなったあの場所で、われわれの結婚式をあげよう」と言い、二人は納屋へ入っていった。

納屋に入っていったのが刈屋と啓子だとわかった大杉は、白蟻退治を終えて啓子を探す百島に、「あなたには見る権利があります、あなたは」と言い、納屋を示すが、百島はそこへは行かずに室内に帰った。大杉は、「どうして行かないんです。そう訊くのも野暮だが。……どうして追って行って、あの人たちを殴り倒すわけにゆかないんです。そう訊くのも野暮ですがね」 と言い、私がいては邪魔だろうと百島を一人にしてやったが、彼は自室のベットへ帰った。

刈屋と啓子が納屋に行くのを3階の窓から妙子も見ていた。妙子も百島がピストルを持って納屋へ駆け出す姿を期待していた。百島は妙子に、私が苦しんだら旦那様の思う壺ですと言い、自分に旦那様の寛大さが伝染した、人をゆるすということはこんなに楽なことだったのか、そしてこんなに人間を無力にするものなのか、と言い出した。妙子は、そう思ったら、あなたはあの人になってしまうのよ、と百島に言い、また二人で心中しようと提案した。百島は先日、啓子に、「死ねるものならもう一度死んでみろ。死の恐怖を一度味わった人は、二度と自殺なんかできないものだ」と言われたことを思い出し、啓子の鼻を明かしてやろうと、妙子と早朝、自動車で「望みヶ淵」の断崖へ飛び込みに向かった。

啓子は自動車の爆音で目が醒めた。広間の卓上にあった二人の遺書を見て狂乱する啓子に、刈屋は寛大になるんだ、ゆるしたやるんだと言った。啓子は、あなたは人殺しだ、あなたの寛大さが二人を殺したんだ、あなたは偽善者だと刈屋を罵倒した。しかし、そんな啓子に刈屋は、怒っているおまえはブラジルの太陽だ、生きているおまえと心機一転、子供をたくさん作って新しい生きている生活をしようと、啓子に結婚を申し込んだ。そして、妻・妙子は以前から何度も別の男と心中未遂をして、その都度許しているうちに自分の苦しみが麻痺してしまったことを告げた。啓子はしだいに怒りを鎮め、刈屋の話を聞いているうちに、自分が新しい刈屋コーヒー園の女主人、女王蟻になることを夢見た。朝食のときには、もう刈屋を夫のように、「あなた」と呼んだ。

外から自動車が戻ってくる音がしてきた。啓子は半狂乱になりながら刈屋に、「今度こそゆるしてはいけないわ、『どこへでも行ってしまえ』と言うのよ」と、2人を追い出すように命令した。早く、早くとせき立てられる刈屋は、「とてもそんなことはできそうもない」と、おどおどする。高まる車の音に啓子は、「怖い、怖い、死人たちが生きかえる、白蟻がかえってくる」と怯えた。刈屋は、「とてもそんなことが…」と、つぶやきながら立ちすくんでいる。

作品評価・解説

本作について福田恆存は、「三島氏の小説と同じ水準に達した作品」[1]と高い評価をした。北原武夫も、「三島君はこの作品で初めて戯曲を書いたと思うんです」[2]と述べている。

舞台公演

おもな刊行本

脚注

  1. 福田恆存『卑俗な現実を切断―三島由紀夫著「白蟻の巣」』(図書新聞 1956年2月11日掲載)
  2. 北原武夫新劇合評」(新劇 1956年1月号掲載)

参考文献

  • 文庫版『熱帯樹』(付録・自作解題 三島由紀夫)(新潮文庫、1986年2月25日)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
  • 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第22巻・戯曲2』(新潮社、2002年)

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