色名
色名(しきめい、いろめい)とは、赤や青などの色に与えられた名前のことである。
色と色名[編集]
現代では色を表現する方法として色空間という概念が確立しており、R(red)、G(Green)、B(Blue)や色相(hue)、彩度(saturation value)、輝度(value)などのパラメータで厳密に伝達することが可能である(例として、マンセル・カラー・システムを参照せよ)。 しかし、このような手法による色の伝達には色彩学の知識が前提として必要となり、専門分野以外の場面、とくに色彩学の詳しい知識の無い者が日常生活の中で色を表現する際に十分に活用できるとは言い難い。 そのため、伝統的・慣用的に用いられてきた色名が現代でも多くの場面で使用されている。
通常、あるひとつの色名が指し示す色のイメージにはある程度の幅があり、その幅は色名によってもさまざまに異なる。 そのため、色名と色(すなわち色相・彩度・輝度の組み合わせ)との関係は一対一であるとは限らず、 ある色名に対応する色が広範囲にわたることや、ある色の領域を指し示す色名が複数ある場合も少なくない。 たとえば、赤という色は可視光線のうち620nm付近を中心として約600~780nm程度の波長領域に相当するが、この中にはオレンジ色や紫に限りなく近いものまで含まれる。朱色や緋色・ワインレッドなどの狭い範囲を表す色名も一般的には赤に包含されると考えられている。 さらに、赤はピンクや茶色などの色名とは輝度や彩度によって区別されているが、これらとの境界もやはり曖昧であり、場合に応じてピンクや茶色が赤と表現されることもしばしばある。 すなわち、赤という色名に対応する色の範疇は広範囲にわたっており、また一方で同じ波長域の色を「赤」「緋色」「紅」と異なる色名で呼称する場合が多く見られるということになる。
色名と実際の色の対応は諸言語や個人間においても差があり、これには文化圏や生活環境が大きく影響していると考えられる。 例として日本語と英語を例にとってみると、日本語で赤と表現される色の領域は英語でredと表現される領域と極めて近い関係にあるが、日本語の話者が赤という色名にたいして思い浮かべるイメージがそのまま英語の話者がredという色に対して思い浮かべるイメージと厳密に一致しているかどうかは定かではない。 日本語の赤という色の概念が時として英語でorangeやpinkと呼ばれる色についても含んでいることなどを考慮すると、実際、赤やredという色名の概念はそれぞれの文化圏に依存しており、両言語間で翻訳される色名同士がまったく同じ色と言えるかどうかは非常に微妙な問題である。 虹を構成する色を表す色名の数が言語や民族によってさまざまであるという事実も、色名と実際の色のイメージが厳密に対応しているとは言えないことを示している。 このように、色名とは色を正確に伝達する記号というよりはむしろ色という抽象概念を共有するための表現手段に過ぎないのであって、「赤」という色名をマンセル記号で定義したり16進数で表記したりするのはあくまでも便宜上のものであり、数値そのものに意味があるわけではないことに注意しなければならない。
色名には、いくつかの種類が存在する。以下でそれらについて記載する。
基本色彩語[編集]
基本色彩語(basic color terms) とは、連続した色空間を日常生活に必要なもっとも基本的な単位に分類したものである。 すなわち、ある限られた範囲の色に与えられた固有の名前ではなく、色空間全体をいくつかの色名で概念的に把握するための言葉であり、多くの者が幼少時に文化的背景に応じて最初に覚える色の名前である。1969年にアメリカの文化人類学者ブレント・バーリンと言語学者ポール・ケイによって発表された報告によれば、さまざまな言語圏において共通する2個から11個の基本色彩語が存在する。
もっとも多くの言語において共通するのは白(white)と黒(black)を表す色名である。さらに赤(red)・青(blue)・黄(yellow)・緑(green)という概念も多くの言語に共通して存在している。 日本語や英語ではこれらの最も基本的な色名は、原料やイメージの元となる物の名前ではなく色そのものを表す言葉として存在している。 ただし、古典的な日本語など一部の言語では青が緑を内在するような場合もある。
日本語をはじめとする大部分の言語では、さらにこれら6つの中間的な色である灰色(gray)・茶色(brown)・ピンク(pink)・オレンジ(orange)・紫(purple)を加えて全11個の基本色彩語が存在する。 ただし、ピンクやオレンジは日本独自の色名ではなく、また英語のgray・brownが色そのものを表す語であるのに対し日本語の灰色や茶色・紫などは物や原料の名前で代用しているなどの違いが見られる。 ちなみに、英語のpinkとorangeについても同様に物の名前による代用がみられる。
基本色名[編集]
基本色名とは、伝達手段として色を言葉で表示する際に基本となる色の名前である。 有彩色と無彩色に分類される。色を系統的に分類する際のもっとも典型的な要素として扱われるため、これらの色に関しての経験と認知は誰にとっても共通のものであるという前提におかれる。
日本のJIS規格では、無彩色に白(white)・灰色(gray)・黒(black)の3種類が用いられている。 有彩色には赤(red)・黄(yellow)・緑(green)・青(blue)・紫(purple)に加え、これらの中間的な色を表す基本色名として黄赤(yellow red, orange)・黄緑(yellow green)・青緑(blue green)・青紫(purple blue, violet)・赤紫(red purple)の10種類が採用されている。 また、JIS規格に影響を与えたアメリカのISCC-NBS色名法では、もっとも基本的な色名としてwhite・gray・black・red・orange・yellow・yellow green・green・blue・purple・pink・brown・oliveの13種類を採用している。
これらの基本色名は、それぞれの文化的な背景を強く反映しており、マンセル・カラー・システムにおける表記とは必ずしも一致していない。
系統色名[編集]
系統色名はJIS規格においては「物体色を系統的に分類して表現できるようにした色名」と定義されるが、具体的には基本色名に修飾語を組み合わせた色の表記方法のことである。
基本色名は色を分類する上でもっとも基本になる色名であるが、複数の基本色名の境界領域に存在する色を表すには不十分であり、これらの色名だけでは色空間の中に命名することができない色域が残されてしまう。 つまり基本色名のみであらゆる物体色を表示するのは不可能であり、基本色名にさらに修飾語を付加することによって命名不能の色域が生まれないように表示することが必要である。 ここで述べる修飾語とは、誰もが理解できるような明度・彩度・色相に関する形容詞等を指している。すなわち、明るい(light)・暗い(dark)・鮮やかな(vivid)・くすんだ(dull)・濃い(deep)・薄い(pale)、あるいは赤みの(reddish)・黄みの(yellowish)、といった表現である。 JIS規格では、このような修飾語は
- 有彩色の明度及び彩度に関する修飾語
- 鮮やかな(vivid),明るい(light),強い(strong),濃い(deep),薄い(pale),柔らかい(soft),くすんだ(dull),暗い(dark),ごく薄い(very pale),明るい灰みの(light grayish),灰みの(grayish),暗い灰みの(dark grayish),ごく暗い(very dark)
- 無彩色の明度に関する修飾語
- 薄い(pale),明るい(light),中位の(medium),暗い(dark)
- 色相に関する修飾語
- 赤みの(reddish),黄みの(yellowish),緑みの(greenish),青みの(bluish),紫みの(purplish)
(無彩色ではさらに細かく分類される)
の3つに分類されている。これらの修飾語と基本色名を用いて、鮮やかな黄みの赤(vivid yellowish red)といった命名が可能になる。このような表示方法を用いることによって、色空間におけるあらゆる色を系統色名で命名することができる。また、系統色名から色を想像することも容易となる。一方、ひとつの系統色名が表す色域はある程度の幅を持っており、明度・彩度・色相を記号や数字を用いて表示する方法に比べて厳密性に欠けるという特徴があるため、正確な色表示にはやや不向きである。
固有色名[編集]
基本色名や系統色名は、色空間に属する色域を分割し区別するための表示方法であるが、固有色名はそれらとは異なり、ある特定の色に対して与えられた個別の名称のことである。 この個別の名称は、それが用いられる文化圏においてそれぞれの何らかの由来や意味を持っていることが普通である。 たとえば、その色を得る直接の材料となった染料や顔料に由来する色名や、その色から喚起されるイメージに合う動植物や自然物・人工物などから採用された色名などが一般的である。 染料や顔料に由来する例としては、タデアイの葉を染料として得られた藍色や硫化水銀を原料とする朱色などが挙げられよう。 色のイメージに由来する例はさらに多く、たとえば桜色などは桜の花をイメージさせるごく淡い赤のことであるが、これは決して原料が桜の花であることを意味していない。 空色や水色もまた色のイメージから命名された典型的な例である。 利休茶や新橋色、ロイヤルブルーといったように人物・地名・身分など、実にさまざまな対象が色のイメージに重ねられる。 固有色名は、その喚起されるイメージによって季節感や感情などとも密接に結びついており、その社会における色彩に対する感受性を色濃く反映しているといえるだろう。
慣用色名[編集]
固有色名の中でも、特に日常的に使われ一般に広く知れ渡っているものを慣用色名と呼ぶ。 茜色や山吹色、ラベンダーなど。
日本工業規格(JIS)ではJIS慣用色名(JIS Z 8102:2001)として269色の物体色を規定している。
伝統色名[編集]
古来から使われ続けてきた伝統的な色名。 慣用色名と重なることも多い。 花田色や瓶覗、萌葱色等。
流行色名[編集]
時代の風俗や技術を反映し、一時的に流行して生まれた色名。商業的な目的で色のイメージを美化するために採用された恣意的な色名であることがしばしばある。 慣用色名と重なることも多い。 新橋色やミッドナイトブルーなど。
参考文献[編集]
- 福田邦夫 著『色の名前はどこからきたか』,青娥書房,1999 ISBN 4790601803
関連項目[編集]
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