板倉丈浩
板倉丈浩とは、インターネット上に出没する痛い知ったか歴史ヲタである。
板倉丈浩の珍言集
- はじめまして。板倉と申します。
王権論は私も感心があってちょっと調べたことがあるのですが、確かにヨーロッパのキリスト教と封建国家の分析には有用なんでしょうけど、これを日本に適用しようとすると、各論者が言っていることがバラバラすぎますし、あまりうまくいっていないような気がします。
さて、問題の信長発言ですが、「内裏」も天皇のことなんで、「王(皇)」の解釈がどちらであっても信長が自分は天皇だといったのは間違いないと思われます。 この発言の背景ですが、当時の天皇は宣教師追放の綸旨を出すなど宗教統制権を保持しており、宣教師たちは天皇による布教許可にこだわっていたということがあります。 いくら信長といえども叡慮には敬意を払わざるを得ないため、キリシタンに好意的でない天皇と宣教師を会わせたら面倒なことになる、という現実的な問題から出てきた遁辞であって、あまり深い意味はないのかなあ・・・というのが私の印象です。 2006/11/29(Wed) 21:19 | URL | 板倉丈浩
- 信長以前に三好や足利によって綸旨が無視されるなど、天皇に宗教的統制権はなかった。そして信長も天皇の綸旨を無視している。会わせたくないなら「天皇は会わないと言っている」と言えばいいだけのこと。
- >宣教師追放の綸旨
これは将軍義輝暗殺直後の永禄8年7月にも出されていて、宣教師は実際に京都を追い出され、堺に逃れています。その後、永禄12年4月に義昭・信長から相次いで京都居住の許可が出された後に、ご指摘の追放綸旨が発せられたのです。 また、信長が宣教師に「気にするな」と言ったのは事実でしょうが、その少し前で、信長は日乗に対して「全ては全日本の君である内裏に御一任する」と回答したとされていますから(フロイス日本史)、明確に綸旨を否定するというより、うまくごまかしたという感じです。
- なにが「実際に」なんだか。宣教師を追い出したのは「松永久秀と三好三人衆(うち2人)」である。信長が「内裏に一任する」と言ったのは綸旨に対してではない。その後の「(フロイスいわく)数ヵ条」が届けられた時である。そこで「信長は内裏に対して礼を失したくなかったので、この件では折り合うことを考え」、前述のように言ったのである。ちなみにこの時、足利義昭が真っ向からこの綸旨を否定している。信長の態度は義昭との微妙な関係を考慮したものだろう。つまり、後に朝廷を利用して義昭の上に立つことを考えていた予兆がここからも読み取れるのである。だいたい統制権があるなら京に建てられたセミナリヨの事をどう言い訳するのか。しかもセミナリヨの建築許可を出したのは信長の家臣の村井貞勝なのである。
- >外国人の目から客観的に見て、天皇の影響力は絶大であるという意識があったのだと思います。
- アホかwww フロイスは「天皇は日本の正当な君主ではあるものの、ほぼ何の権力もない」と書いとるわwwwww
- >信長のその後のキリシタン保護政策の展開
仰るとおりなんですが、ただ「既成事実化」や「朝廷の体面に配慮」ということからして、この問題をウヤムヤにしたい、棚上げにしたいという信長の政治的意図があり、その延長線上で「予が天皇」という遁辞を弄するに至ったのではないでしょうか。
- はいはい、論点ずらし論点ずらし。既成事実化は桐野氏が便宜的に用いている単語。朝廷の体面への配慮は義昭との対立。神道否定してる連中の件をウヤムヤとかwできるわけないだろw 信長が遁辞なんて使う理由もないしな。ってか、遁辞使ってるのはお前じゃんwww
- >神秘的な存在に漠然とした興味を抱いて
興味本位というのはどうでしょう? 実際に信長の機嫌を損ねていますし、ヴァリニャーノにしてはちょっと軽率すぎる気がしますが…。
- いつ信長の機嫌を損ねたんですか???妄想で語られても困ります。宣教師が積極的に説法・宗論をしたがるのは当然のことなんだが。
- >絹衣相論
むしろこういう案件は朝廷で処理すべきという一般的認識があったからこそ、当初は朝廷に解決が求められたのであり、イレギュラーな事例だと思います。
- いや実際の権力のこと話してんだけど。「持ち込まれたのが朝廷」ってのが問題じゃないの。朝廷が解決できたかどうかが論点なの。わかる?
キモい趣味
風光さん、こんばんは。 http://takaseyuka.moe-nifty.com/takaseyuka/2006/01/shuffle24_4526.html
>製作側の考えまでそう決め付けるのはどうかと。
むしろ制作者側の意欲が非常に感じられる作品でしたね。 脚本も演出も作監も存分に腕を振るっていたというか・・・。 一昔前のアニメはこういう作品が多かったんですけどね。 毎回テレビの前で「今日は何を見せてくれるんだろう」とワクワクしたものです。 私にとっての「SHUFFLE!」もそういう雰囲気を持った作品でした。
>Bパートは完全に監督の趣味で作られたんですよ。
そうですね。 キャラをデフォルメしまくり動かしまくり。 監督の「これがアニメーションなんだ!」という思いが感じられます。 最終回Bパートの「作画が悪い」という評判をちらほら見かけますが、私は決してそうは思いませんでした。 「AパートとBパートであんなに作画が違うのはどうよ」とは思いましたが・・・。 でも、このことは作品全体についてもいえることで、意欲的挑戦的であるがゆえに、完成度という点では若干マイナスに働いたような気がします。 でもまあ、ストーリーを上手くまとめていたので、基本的に評価は高いです。
>エンディングでのキキョウと楓のからみなどはあとのDVD最終巻に収録される内容の先出しというファンサービスですし
DVDでエピローグ追加ですか! それは朗報です。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.17 00:13
- こんなクソアニメ見てるのかよw
C.Mayaさん、こんにちは。
>ネットでの私は、全てニフティのフォーラムで育てて貰ってたりします。 >まあ、そんなことはどうでもいいのですが…(^^;。
いや、とてもいい話ですよ~。 私もパソコン通信時代のフォーラムから学ぶことは多かったです。 (アニメ以外の部屋が多かったのですが) 知らないことを教えてもらうだけではなく、いろんな人のいろんな考え方に触れることができて楽しかったです。 レスに感謝する気持ちって大切なんですよね・・・。自戒自戒(^^;
まあ件の方に理解していただけないのは非常に残念ですが、別にここでケンカするつもりは全くありませんので、ご安心を。 よりによってC.MayaさんのHPで、あんな発言をする人がいるとは思いもしなかったので、ちょっと感情的になってしまったのかもしれません。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.12 15:33
軟骨さん
>あなたもニフティ会員の恥にならないように、もう少し頑張ったらいかがですか。
ずいぶん偉そうな物言いに聞こえてしまいますが、私の気のせいでしょうか。
>「相手を納得させるつもりが無い」なんてのは、発言者として嘘ですよ。
嘘じゃありません。 物事の認識なんて人の数だけあるのだからと割り切っていますので。 だいたい、私の解釈や作品の楽しみ方が納得できないなら、それだけ書けばいいことです。 お説教やフォーラム批判は筋違いもいいところです。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.12 14:28
- 腹いてーw
ヴァンチ さん、こんにちは。
親衛隊が結成されたり、バーベナ学園内ではシア・ネリネ・楓が3大プリンセスだというのは間違いありませんが・・・。 私はシア・ネリネ・楓がメインで、亜沙・プリムラがサブとは最初から思いませんでした。 OPやEDの映像で5人は対等な扱いを受けていましたから。 出てくる順番は微妙に違いますが。 今から考えると、ED映像で亜沙が一番に映し出されるというのは、ラストを暗示していたんでしょうね。
エンディングクレジットで筆頭の女の子が選ばれるというのはアニメの「王道」(お約束?)かもしれませんけど、作品としての評価は別のような気がします。 このアニメのシリーズ後半は稟の初恋物語でもあるわけで、最終回のクライマックスに向けて、直球勝負というか、筋は通していると思いました。 まあ、一夫多妻制という救済措置がある世界ですから、主人公の争奪戦にしても盛り上がりようがなかったので、こうしたんでしょうね。
あと、プリムラ=ニコリス編では稟は頑張っていたと思います。 キキョウの扱いについては、私も同感です。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.12 11:52
軟骨さん
>なんか、ニフティのフォーラムが縮小されるのが分かるような…。
私は今でもそれほどアクティブじゃないのですが、 ここの管理人のC.Mayaさんなどは昔は非常に熱心に活動されておりました。 今でも会員の方はそれぞれ頑張って発言しておられます。 一部だけ見て全体を否定する、そういう決めつけは会員の皆さんに失礼だと思います。
私はあなたを納得させようなんて全く思っていませんので、そのへん誤解無きよう。 この作品を見て私はこう思いましたと書いているだけです。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.12 09:35
C.Mayaさん >キャラクター同士の関わりは、うまくリンクさせて欲しかったかなあ。
それは私も感じました。 マルチエンディングゲームが原作だと、 特定キャラのルートに入らないと抱えていた設定が吐き出されないから、 どうしても横軸のエピソードが不足するんですよね。
・ニコリスの墓に語りかけるネリネ ・親子のように仲良くなった神王・魔王・プリムラ ・綺麗になろうと努力する楓とシア/キキョウ(共同戦線?) ・もう耳を隠さなくてもよくなった亜麻と語り合う亜沙
それを補完するためにも、エンディングでさらっと流れた上記のような場面は、 丁寧にエピローグとして描いて欲しかったと思いました。
軟骨さん
>オブラートにくるむ必要がどこにあるのでしょう?
「SHUFFLE!」という題名が示すとおり、 神界・魔界・人間界がごちゃまぜになった、にぎやかで楽しい世界ですから、 作品世界の持つそういう雰囲気(テーマじゃないですよ)を ギリギリのところで壊さないようにするためでしょうね。
>どうして21話や23話で人を不快にさせるのでしょうか?
うーん。私は楓編は不快じゃなかったですけどね。 恐怖を煽る演出がされていましたが、それはあくまでも演出であって、 本筋としてはテーマに沿ったストーリー展開がされていたと思います。
亜沙も途中まで「わがままかなあ」とは思いましたが、不快じゃなかったです。 だって、この作品の稟というキャラクターが、他人の事情はわからなくても、 心の痛みはわかる人間として描かれていましたから。 心の痛みがわかるから、表に出た行動だけでわがままだといって責めることは絶対しない。 まあ私は一般人ですから、「何が彼女をそうさせたか」と気になってしまうわけですが(笑)
>板倉さんがそういう人を相手に頭を使って文章を考える手間をかけさせられている
いやいや、私、本を読んだり映像作品を見たりしていろいろ考えるのが好きなんで、 1から10まで説明してくれなきゃ感情移入できないなんてことはないんです。 もちろん、設定をしっかりと考えて作ってくれていることが前提ですけどね。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.11 23:34
軟骨さん、C.Mayaさん、こんばんは。
このアニメ、設定が非常に凝っているんですけど、オブラートにくるんでわかりにくくしているんですよね。 何回か見直して「実はこのシーンはあんな意味があったんだ」ということがわかるみたいな・・・。 受け止め方は人それぞれだと思いますが、私はそういう作品は嫌いじゃないです。
でも、作品全体のテーマは非常に明快ですよね。 「大切なのは一歩前に踏み出すこと」 最終回のラストが稟がいる場所に向かって楓が走っていくシーン(プリムラに手を引かれながらですが)というのは非常に象徴的で、テーマに沿ったいいラストシーンだと私は思いました。
>この作品、人の心の“軋み”や“痛み”に対する認識が決定的に欠如していると思います。 >19話、20話での楓の壊れっぷりがそれを表現したものであるならば評価出来るのですが、21話でそれを完全に無視しているので
これなんですが、楓の狂気の振る舞いを無視したのは、他ならない稟なんですよね。 楓の心の痛みを誰よりもわかっているからこそ、絶対に楓を責めないのだ・・・と私は受け止めました。 むしろ稟は「楓を傷つける方法でしか楓の背中を押してやることができない」と言って自分を責めているわけです。
「綺麗事」と言ってしまえばそれまでですが、誰もが他人のせいにして責任を押しつけ合うこの現代日本で、このアニメくらいは一服の清涼剤になってもいいんじゃないでしょうか?
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.11 00:49
軟骨さん、こんにちは。 ニフティのトップページからたどり着くのは難しいかもしれませんので、 URL張って置きますね(セミオープンなので、誰でも閲覧できます)。 下記会議室の2220番発言です。
「@nifty:アニメフォーラム:掲示板:テレビ :テレビアニメの話題と感想」 http://bbs.com.nifty.com/mes/cf_wrent/FANIME_B002
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.09 18:19
C.Mayaさん、こんにちは。
>テレビアニメ会議室、見ましたよ(^^)。
ありがとうございます。
>最初、何処にあるのかが分からず、GO FANTVA MESなんて、コマンドを打ち込みたくなっちゃいました。
GOコマンド、懐かしいですねー。 今じゃフォーラムも片隅に追いやられてヒドイ扱いです(^^
>魔王や神王が越して来た街に今も留まり続けているのは、(亜沙先輩の)お父さんとの思い出の街、だからなのでしょうか。
それもあると思いますが、亜麻は亜沙が第一ですから、 亜沙が稟を好きなことに薄々気づいており、 自分が連れ戻されることはある程度覚悟の上で、 娘が好きな男の子と離ればなれにしたくなかったというのが 理由としては大きかったではないでしょうか。
最終話Bパートで亜沙が稟の腕に抱きつくシーンがありましたが、 これは第1話でも全く同じ構図のシーンがあったことから、 亜沙は実は最初から(魔王や神王が来る前から)稟のことを好きだった ということを暗示しているものと思われます。
>それは亜沙先輩じゃ無くって稟に伝えて欲しかったんですよね。
亜沙には「死んじゃえばいいんだ」という決定的な言葉をぶつけていますので、 あそこで互いに許し合うというのが、ストーリー上不可欠だったんでしょうね。 (楓を見舞おうとするシーンを見る限り、亜沙は楓のあのセリフを聞く前に意識を失った可能性が高いと思われますが) 最終話で楓が「亜沙先輩の許しをいただいていますから」と言っていることから、 「先輩の許し」が楓の新しい心の拠り所になったということなんじゃないかと。 まあ思いこみの強い楓のことですから、「見ているだけでいい」なんてことには絶対ならず、とことんまで突っ走るでしょうけどね。
そんなことを考えさせられる最終回でした。
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.09 16:00
C.Mayaさん、板倉と申します。初めまして。 いつも楽しく拝見させていただいています。
さて、最終回Aパートについてですが・・・。 やるなやるなと思っていましたが、 いざアレを見せられると心臓に悪いですね。 あれだけ血がどくどく出るのだから動脈をザックリ切っている。 傷は神経に達しているだろうから半端な痛さではないはず。
まあ、稟はもともと顔にカッターを投げつける幼なじみを むしろ気づかい守ろうとするような人ですので、 大切な人のためなら全身切り刻まれても笑っていそうです。 (カッター攻撃はあれ1回だけとはとても思えない・・・) だから、ヒロインたちの中で稟の行為に一番驚かなかったのは、 実は楓だったんじゃなかったかなと思っています。 (楓と稟の過去話は最終話に向けた伏線だったのかもしれません)
亜沙の魔法嫌いについては、こう解釈しています。 SHUFFLE!の登場人物は何でも自分で抱え込む傾向があります。 人工生命体である亜麻は実験施設に戻されることを恐れており、 過剰なまでに(家族を守るため)人間であろうとしていた。 そして亜沙は亜麻の過去について詳しくは知らされていないため、 (人工生命体ではなく、普通の魔族だと思っている) 尊敬する母の生き様を見て、その事情を誤解し、 魔法を徹底的に拒否するようになったのではないか・・・と。
ちなみに楓エンドについては、原作ゲームシステムでは、 他ヒロインの誰ともうまくいかない場合に楓とくっつくという、 バッドエンドの代わりみたいな扱いらしいです。 となると、アニメ化して一見悪そうに見える楓の扱いも、 実はそんなに悪くはないのかな・・・とも思えます。 過去に捕らわれていた楓の姿勢も前向きになりましたし。
「SHUFFLE!」全体の感想については、 ニフティのテレビアニメ会議室で書きましたので、 よかったら読んでください
投稿: 板倉丈浩 | 2006.01.08 23:36