フィルム・ノワール
フィルム・ノワール (film noir) は、フランス語で「暗黒映画」の意味である。 ジャンルとしての「フィルム・ノワール」を正確に定義することは難しい。 特に1940年代前半から1950年代後期にかけて、ハリウッドで製作された、暗い照明を用いた 影と白黒のコントラストを強調する、ドイツ印象主義の影響を受ける映画である。
由来
フランスの映画雑誌「レクラン・フランセ」(仏語:L'Écran Français)1946年8月号でニーノ・フランクが 「フィルム・ノワール」の用語をはじめて用いた。 当初は、第二次世界大戦中にアメリカで製作された「マルタの鷹」「飾窓の女」などの犯罪映画を 指して使われていた。 一般的には1941年製作の『マルタの鷹』から、1958年製作の『黒い罠』(監督:オーソン・ウェルズ、 主演:チャールトン・ヘストン)までが「フィルム・ノワール」の製作時期といわれる。
特徴
登場人物に私立探偵、警官、判事、富裕層の市民、弁護士、ギャング、無法者などが登場する。 シニカルな人生観、悲観的な人間観、裏切り、冷酷・残酷な行動、支配欲、煙草の煙、男を破滅 へ導く女性などがしばしば描かれる。
代表作品
- (20)「キッスで殺せ!Kiss Me Deadly()」(監督:ロバート・オルドリッチ,1955)
- (19)「復讐は俺に任せろ(The Big Heat)」(監督:フリッツ・ラング,1953)
- (18)「ビッグ・コンボ(The Big Combo)」(監督:ジョーゼフ・H・ルイス,1955)
- (17)「恐怖のまわり道(Detour)」(監督:エドガー・G・ウルマー,1945)
- (16)「ブロンドの殺人者(Murder My Sweet)」(監督:エドワード・ドミトリク,1944)
- (15)「ローラ殺人事件(Laura)」(監督:オットー・プレミンジャー,1944)
主演:ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース) 虚栄に満ちた文化人たち同士の歪んだ愛憎関係。
- (14)「殺人者( The Killers)」(監督: ロバート・シオドマク,1946)
主演:エヴァ・ガードナー、バート・ランカスター) 悪女の裏切りによるボクサーの転落と破滅。
- (13)「街の野獣( Night and the City)」(監督:ジュールズ・ダッシン,1946)
- (12)「黒い罠(Touch of Evil)」(監督:オーソン・ウェルズ,1958)
技巧を凝らした画面と演出。
- (11)「成功の甘き香り(Sweet Smell of Success)」(監督:アリグザンダー・マッケンドリック,1957)
- (10)「現金(ゲンナマ)に体を張れ(The Killing)」(監督:スタンリー・キューブリック,1956)
- (9)「裏切りの街角(Criss Cross)」(監督:ロバート・シオドマク,1949)
- (8)「悪魔の往く町(Nightmare Alley)」(監督:エドマンド・グールディング,1947)
- (7)「過去を逃れて(Out of the Past)」(監督:ジャック・ターナー,1947)
- (6)「アスファルト・ジャングル(The Asphalt Jungle)」(監督:ジョン・ヒューストン,1950)
- (5)「孤独な場所で(In a Lonely Place)」(監督:ニコラス・レイ,1951)
- (4)「マルタの鷹(The Maltese Falcon)」(監督:ジョン・ヒューストン,1950)
- (3)「サンセット大通り(Sunset Boulevard)」(監督:ビリー・ワイルダー,1950)
サンセット大通りの大邸宅で起こる殺人事件
- (2)「三つ数えろ(The Big Sleep)」(監督:ハワード・ホークス,1946)
主演:ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール)虚実入り乱れる錯綜した状況。
- (1)「深夜の告白(Double Indemnity)」(監督:ビリー・ワイルダー,1944)
主演:フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック。欲望に囚われたの男女による保険金目的の完全犯罪。
フレンチ・フィルム・ノワールと香港ノワール
一方で、ジャン=ピエール・メルヴィルやジョゼ・ジョヴァンニなどの作品を含むフランス製ギャング映画を、フレンチ・フィルム・ノワール(フランス製フィルム・ノワール)と呼んで分類する場合がある。ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』(1954年)およびジュールズ・ダッシン監督の『男の争い』(1955年)をそのはしりとし、このジャンルの映画の系譜はおおむね1970年代まで盛んに続いた。
根元的には、第二次世界大戦後にフランスで興隆してきた「セリ・ノワール」(暗黒小説)と呼ばれるギャング物の犯罪小説を起源としており(前述2作も、アルベール・シモナンと、オーギュスト・ル・ブルトンの、それぞれ共に1953年発表の小説を映画化したものである)、更にそのセリ・ノワールもまた、戦後流入したアメリカのハードボイルド小説とフィルム・ノワールの影響を多かれ少なかれ受けていた。
アメリカン・フィルム・ノワールとの最も大きな違いは、「男同士の友情と裏切り」を多く主題としている点である。フレンチ・フィルム・ノワールには、アメリカン・フィルムノワールにおける「ファム・ファタール」としての強いキャラクターを備えた「悪女」はあまり登場せず、場合によっては女性が一人も登場しない作品もある。従ってアメリカン・フィルム・ノワールのようなニューロティックな傾向は希薄であり、むしろ情念の濃厚なギャング映画という性格が強い(ジャン・ピエール・メルヴィルの作品の一部のような例外もある)。
このような性質上、フレンチ・フィルム・ノワール作品の多くは、暗黒街におけるギャングと警察、もしくはギャング同士の対立を軸に構成されている。
これは1980年代以降、ジョン・ウーなどが監督・製作した香港製犯罪映画(日本では、香港ノワール等とも言われる)にも通じる傾向である。香港ノワールは、アクション性の強さでは(アメリカン・フィルム・ノワール以外の)ハリウッド製アクション映画との親和性・近似性を備えるが、ギャング映画としての基本的ベクトルはフレンチ・フィルム・ノワールに近い。
フィルム・ノワールの代表的作品
狭義の「フィルム・ノワールの代表例」とされる事の多い作品を、そのモチーフと共に挙げるが、主演女優の多くははっきりとした悪女(ファム・ファタール)役であり、そうでない場合でも、結果的に主人公の男を破滅させる原因を作ることの多い役柄である。
また以下の作品に関係する多くの監督・俳優は、フィルム・ノワール的な作品・役柄を得意としている。
- 『拳銃貸します』 This Gun for Hire (1942)
- 監督:フランク・タトル、主演:アラン・ラッド、ヴェロニカ・レイク。裏切りによって追い詰められた殺し屋の孤独な復讐と破滅。
- 『飾窓の女』 The Woman in the Window (1944)
- 監督:フリッツ・ラング、主演:エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット) 悪女に誘惑された、凡庸な常識人の破滅。
- 『ギルダ』 Gilda (1946)
- 監督:チャールズ・ヴィダー、主演:リタ・ヘイワース、グレン・フォード) 犯罪組織の内紛、悪女との愛憎。
- 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 The Postman Always Rings Twice (1946)
- 監督:テイ・ガーネット、主演:ラナ・ターナー、ジョン・ガーフィールド) 欲望に憑かれたアウトロー・カップルの破滅。
- 『殺人者』 The Killers (1946)
- 監督:ロバート・シオドマク、主演:エヴァ・ガードナー、バート・ランカスター) 悪女の裏切りによるボクサーの転落・破滅。
- 『三つ数えろ』 The Big Sleep (1946)
- 監督:ハワード・ホークス、
- 『過去を逃れて』 Out of the Past (1947)
- 監督:ジャック・ターナー、主演:ロバート・ミッチャム、ジェーン・グリア) 悪女の裏切りによる私立探偵の破滅。
- 『上海から来た女』 The Lady from Shanghai (1948)
- 監督兼主演:オーソン・ウェルズ、主演:リタ・ヘイワース) 謎めいた女に翻弄され、殺人の冤罪に問われる主人公。最終的なカタストロフの到来。
- 『白熱』 White Heat (1949)
- 監督:ラオール・ウォルシュ、主演:ジェームズ・キャグニー、ヴァージニア・メイヨ) 精神に異常を来した凶悪ギャングの暴走的破滅と、その妻である悪女の裏切り。
- 『夜の人々』 They Live by Night (1949)
- 監督:ニコラス・レイ、主演:キャシー・オドンネル、ファーリー・グレンジャー) 若く純粋な若者達がアウトローに堕し、破滅。
- 『アスファルト・ジャングル』 The Asphalt Jungle (1950)
- 監督:ジョン・ヒューストン、主演:スターリング・ヘイドン)
- 『現金に体を張れ』 The Killing (1956)
- 監督:スタンリー・キューブリック、主演:スターリング・ヘイドン) 周到な犯罪計画と、僅かな齟齬の連鎖。
- 『狩人の夜』 The Night of the Hunter (1955)
- 監督:チャールズ・ロートン、主演:ロバート・ミッチャム) 異常性格者の伝道師が引き起こす偏執的凶悪行為。
- 『キッスで殺せ!』 Kiss Me Deadly (1955)
- 監督:ロバート・アルドリッチ、主演:ラルフ・ミーカー) 錯綜した状況下での、暴力の応酬による真相追求と、それらのあらゆる暴力をも超越する「圧倒的な力」がもたらす破滅。
- 『めまい』 Vertigo (1958)
- 監督:アルフレッド・ヒッチコック、主演:ジェームズ・ステュアート、キム・ノヴァク) 謎めいた女に翻弄される主人公。追いつめられて行く両者の心理と、最終的な破滅の到来。
註