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! キイロショウジョウバエ
 
! キイロショウジョウバエ

2020年1月8日 (水) 04:13時点における版

{| border=1 cellspacing=0 cellpadding=2 align=right |- style="background-color: pink" ! キイロショウジョウバエ |- align=center |[[画像:55542main_maflies_med.jpg|270px|キイロショウジョウバエ成虫]]<br/><small>キイロショウジョウバエ成虫のオス(左)とメス(右)</small> |- style="background-color: pink" ! [[生物の分類|分類]] |- | {| align=center |界: ||[[動物界]] Animalia |- |門: ||[[節足動物門]] Arthropoda |- |綱: ||[[昆虫綱]] Insecta |- |目: ||[[双翅目]] Diptera |- |科: ||ショウジョウバエ科 Drosophilidae |- |属: ||ショウジョウバエ属 ''Drosophila'' |- |種: || キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster'' |} |- style="background-color: pink" ! [[学名]] |- style="font-style:italic;text-align:center;" | [[Wikispecies:Drosophila melanogaster|Drosophila melanogaster]] |- style="background-color: pink" ! 英名 |- style="text-align:center;" | Fruit fly |} '''ショウジョウバエ'''('''猩猩蠅''')はショウジョウバエ科に属する[[ハエ]]の総称である。赤い[[目]]を持つことや[[酒]]に好んで集まることから、顔の赤い酒飲みの妖怪「[[猩々]]」にちなんで名付けられた。日本では俗に'''コバエ'''(小蝿)や'''スバエ'''(酢蝿)などとも呼ばれる。学名の '''''Drosophila''''' は「湿気・露を好む」というギリシャ語 <font lang="el">δροσος</font> ('''drosos''') + <font lang="el">φιλα</font> ('''phila''') にちなむ。これはドイツ語での通称が露バエを意味する Taufliegen であることによる。英語では俗に '''fruit fly''' (果実蝿)、 vinegar fly (酢蝿)、 wine fly (ワイン蝿)などと呼ばれる。 多くの種は体長3[[ミリメートル|mm]]前後と小さく、自然界では熟した[[果物]]類や樹液およびそこに生育する天然の[[酵母]]を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝しアルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。大半の種は[[糞|糞便]]や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。 現在、ショウジョウバエ科には3千を超える種が記載されている。ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。生物学で単にショウジョウバエという場合は、実験動物として最も広く用いられている種である'''キイロショウジョウバエ''' ''D. melanogaster'' を指すことが多い。この種は[[アフリカ]]中央部に起源を持ち、現在では世界各地の暖かい地域で見られる。寒い地域でも夏場だけ移動してきたり、暖かい場所で冬を越したりする。冬眠することはない。日本では野外や人家で普通に見られる。以降、この記事でも'''ショウジョウバエ'''という言葉を単独で用いた場合はキイロショウジョウバエを意味する。 (余談だが、和名にはキイロとつくが、学名では「黒い腹」という意味の ''melanogaster'' となっている。これは体色は黄色がかっているが腹部の末端が黒いためだろう。) == モデル生物としての生物学的特性 == キイロショウジョウバエの[[モデル生物]]としての利点は以下のことが挙げられる。 * 飼育の容易さ: 小さい体、短い生活環、多産、特殊なエサは不要。 * 遺伝的特性: 小さい[[ゲノム]]サイズ。[[染色体]]が少ない(四対)。[[遺伝子]]の重複が少ない。 * [[遺伝学]]的知見・技術の蓄積。 * [[細胞生物学|細胞学]]的、[[発生生物学|発生学]]的記載の蓄積。 === 研究室での飼育 === [[画像:Drosophila_culture_l.jpg|thumb|right|ショウジョウバエの培養試験管]] ショウジョウバエの世代間隔は10日(25℃)。[[寿命]]は2か月。一匹のメスは、1日に50個前後の[[卵]]を産むことができる。体長2~3 mm。研究室では、成虫・幼虫ともに乾燥酵母、コーンミール、[[スクロース|蔗糖]]などを寒天で固めたエサで飼育される(写真)。 === 発生の概略 === ショウジョウバエは胚期、幼虫期、蛹期、成虫期の4つの[[発生 (生物学)|発生]]段階をもつ'''完全変態昆虫'''である。幼虫期には2回脱皮を行い、それぞれ一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫と呼ばれる。25℃で飼育すると、胚期: 一日、一齢幼虫期: 一日、二齢幼虫期: 一日、三齢幼虫期: 二日、蛹期: 五日を経て成虫になる。 卵には[[細胞核]]や栄養だけでなく、様々な遺伝子産物が母親から供給されている。これらの遺伝子産物には卵の中で片寄って存在しているものがあり、この偏りが胚内での位置情報となり、体軸や[[生殖細胞]]の形成などに重要な役割をもつ。受精核は分裂して細胞表層に移行し、'''表割'''を行う。極初期に決定された位置情報を元に[[シグナル伝達]]などを介した[[形態形成]]が速やかに進行する。幼虫期の脱皮・[[変態]]は[[幼若ホルモン]]や[[エクジソン]]によって制御されている。幼虫の体内には将来成虫の体を形成する[[成虫原基]]という[[組織 (生物学)|組織]]がある。成虫原基は三齢幼虫後期に増殖・分化し始め、蛹の間に成虫の体を形作る。 === 染色体・ゲノム === 四対の'''[[染色体]]'''があり、'''性染色体'''を第一染色体として、'''常染色体'''を第二、第三、第四染色体と呼ぶ。性染色体は[[ヒト]]と同じ XY 型だが[[性決定]]機構は異なる。Y 染色体と第四染色体は非常に短いため、しばしば無視される。幼虫の'''唾液腺'''の染色体は[[核分裂]]を伴わずにDNA複製を繰り返し、多糸化するため非常に巨大になる。この唾液腺染色体に見られるバンドパターンは詳細に記載され、組み換え価との比較から'''細胞学的遺伝子地図'''が作成された。[[ゲノム]]サイズは1.65x10<sup>8</sup>[[塩基対]]、おおよそ14,000の[[遺伝子]]があると推測されている。2000年には(ほぼ)すべてのゲノム塩基配列が解読された。[[多細胞生物]]としては[[C._elegans|線虫]]に次いで二番目([[ゲノムプロジェクト]])。 ヒトの病気の原因として知られている遺伝子の61%がショウジョウバエにもあり、遺伝的にはヒトとショウジョウバエは非常に似ているということができる。[[パーキンソン病]]や[[ハンチントン病]]などのヒト疾患の病理メカニズムを解明するためのモデルとしても注目されている。 === 行動・神経・脳 === 成虫は正の[[走光性]]と負の走地性をもつ。さらに分子解剖学的に[[脳]]の[[神経]]回路を全て記述する試みがなされている。[[交尾]]はショウジョウバエで最も詳しく観察された行動であり、[[性決定]]などに関する研究がある。夜(暗期)には哺乳類の[[睡眠]]に類似した行動を示す。これはサーカディアンリズム([[概日周期]])を刻み、この周期が変化する変異体も得られている。 さらに、1970年代後半から始まった研究により、ショウジョウバエは記憶や学習といった行動を示すことが明らかとなった。その後の、遺伝学的な解析から様々な記憶・学習に関係する遺伝子が同定され、近年では蛍光タンパクなどを用いた記憶や学習を司る脳の回路解析が行われている。 また、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデル動物も作成され、脳機能解析における実験動物として有用視されている。 == ショウジョウバエ研究史 == ショウジョウバエ研究は一世紀にわたる歴史を持つ。初期は[[遺伝学]]の材料として、現在では主に[[発生生物学]]の[[モデル生物]]として用いられている。[[動物]]の[[発生 (生物学)|発生]]における多くの知見は、ショウジョウバエ研究で最初に明らかにされてきた。 === 古典遺伝学の時代 === ショウジョウバエが生物学の材料として登場するのは、[[1901年]]、当時ハーバード大学にいたC.W.ウッドワースが大量飼育し、W.E. キャッスルに遺伝学の材料として薦めたのが最初と言われる。遺伝学の研究材料として有名にしたのは[[トーマス・ハント・モーガン|T.H. モーガン]]とその一派(C.B. ブリッジス、A.H. スターティヴァント、[[ハーマン・J・マラー|H.J. マラー]]ら)。彼等は[[1908年]]からショウジョウバエを用いはじめ、[[1910年]]には最初の[[突然変異]]体、''white''(白眼)を発見した。さらに、変異体と異常染色体の関連を観察し、遺伝子が染色体上に存在することを証明(三点交雑法により、染色体上の遺伝子の配列を表した連鎖地図を作成)し、[[染色体説]]を実証した。この業績によりモーガンは[[1933年]]に[[ノーベル生理学・医学賞]]を受賞。 遺伝学研究では突然変異体を用いるのが常法だが、自然状態で突然変異が起こる確率は非常に低く、発見が困難だった。この問題はH.J.マラーの研究によって解消される。マラーは、ショウジョウバエに[[X線]]を照射すると、表現型に遺伝的な影響を及ぼすことを発見し、これがX線による遺伝子突然変異であることを明らかにした([[1927年]])。この業績により彼は[[1946年]]にノーベル生理学・医学賞を受賞している。以降、多数の突然変異体系統や異常染色体系統が樹立された。 このようにして古典遺伝学は隆盛を見る。しかしここまでの遺伝学では[[表現型]]の観察は主に成虫を用いており、発生に関する知見は乏しかった。 === ホメオボックスの発見 === 動物発生学では主に胚を研究材料としていた。[[観察]]や[[実験]]操作の容易さから大きな卵を持つカエルやウニが用いられることが多く、ショウジョウバエの胚は小さく、不透明な卵殻を持っているため発生学には向かないとされていた。また昆虫の発生はヒトとは全く異なるため、研究する意義が低いと考えられていた。しかし顕微鏡や観察技術、分子生物学の発展にともない[[ホメオボックス]]が発見されるに至ると、ショウジョウバエで培われた遺伝学は発生学と融合することになる。 ホメオボックスはホメオティック変異の研究から発見された。'''ホメオティック変異''' (homeotic mutation) とはある組織や器官が別の組織や器官になるという変異である。ショウジョウバエで初めてのホメオティック変異 ''bx'' (''bithorax'') はモーガン研究室のブリッジスによって1915年に発見されていた。''bx'' 変異体の組み合わせによっては胸部第三節が第二節に変化し、四対の翅をもつようになる。モーガンの孫弟子にあたる E.B. ルイスは多数の bx 変異を作成し、この変異表現型が BX 遺伝子群によって引き起こされるという説を発表した(1978年)。 この間に'''遺伝子発現'''の定義が[[分子生物学]]によってなされ、ショウジョウバエでも遺伝子クローニングや遺伝子導入といった分子生物学的手法が導入された。また小さな胚を扱うための顕微鏡や観察技術も発展した。さらに幸運なことに1976年には'''P因子'''と呼ばれる[[トランスポゾン]]が発見され、1982年頃からはそれまで細菌や酵母でしか行えなかった遺伝子導入が比較的容易に行えるようになった。以降P因子を用いた様々な技術が開発されている。 分子生物学的手法を用いて、1983年から84年にかけて、W.J. ゲーリングらと T. カウフマンらによってホメオティック変異の原因遺伝子が独立に[[クローニング]]された。塩基配列を決定したところホメオティック遺伝子には 180 bp (60 [[アミノ酸|aa]]) の共通した配列があり、'''ホメオボックス'''と名付けられた。驚くことに、ホメオボックスを持つ遺伝子はショウジョウバエだけでなく、[[ヒト]]から[[C._elegans|線虫]]、[[植物]]、[[酵母]]など[[真核生物]]に広く存在していることが明らかになった。生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていたのである。このことは[[C. elegans|線虫]]を始め、他の[[モデル生物]]研究を加速させた。 1980年代、C. ニュスライン-フォルハルトとE.F. ウィーシャウスは大量の突然変異系統を樹立し、ショウジョウバエ胚の体節形成に注目した表現型の観察を行った。彼等は胚におけるタンパク質の濃度勾配が体節形成に重要であることを明らかにし、この研究でホメオティック遺伝子の発現機構が解明された。 このように[[発生 (生物学)|発生]]を[[遺伝子]]の言葉で説明することができるようになり、発生学と遺伝学は統合された。このことは[[1995年]]に「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」により E.B. ルイス、ニュスライン-フォルハルト、ウィーシャウスらがノーベル生理学・医学賞を受賞していることに象徴的される。発生学の分野では[[1935年]]の[[ハンス・シュペーマン]]の受賞から60年後のことである。 === ゲノムプロジェクト以降 === [[ゲノムプロジェクト]]によるゲノム解読終了は、分子生物学的研究をさらに発展させることになる。また比較[[ゲノミクス|ゲノム学]]的な観点から、[[進化]]の研究も行いやすくなった。キイロショウジョウバエのいくつかの近縁種でもゲノムプロジェクトが進行中である。 == ショウジョウバエの遺伝子名 == 遺伝子の命名法は生物種によって多少異なる。ここではショウジョウバエについて紹介する。 突然変異の解析から同定された遺伝子は、最初に得られた変異体の表現型にちなんだ命名をされる。この場合、遺伝子はその機能と'''逆の'''名前がつけられる。遺伝子名は斜体で表記し、'''劣性'''変異は小文字で、'''優性'''変異は大文字で始める。近年は、ほ乳類などで解析が進んでいたものをショウジョウバエでも[[遺伝学|逆遺伝学]]的に研究する例も増え、その場合はしばしば ''D. melanogaster'' の省略である d や D、Dm を遺伝子名の前につけることが、かつてあった。論文等における発表では、このような表記が使われることはあるが、事実上の標準であるFlyBaseに登録されるとき、こうした接頭語は冗長であるとの理由により修正される。通常、遺伝子名は遺伝子記号と呼ばれる略称で表記される。初期に発見された遺伝子は一文字や二文字(例えば ''white'' は ''w'')だったが、近年では三文字以上を用いる。 例)遺伝子名(遺伝子記号)- 備考 * ''white'' (''w'') - 白眼変異体の原因遺伝子。劣性変異。 * ''Antennapedia'' (''Antp'') - 触角 (Antena) が脚 (pedia) になる優性のホメオティック変異の原因遺伝子。 * ''p53'' - ほ乳類の[[癌抑制遺伝子]] ''p53'' のショウジョウバエ相同遺伝子。 ショウジョウバエ研究者はウィットを利かせた(ときとしてダジャレのような)遺伝子名を付ける伝統を持つ。例えば ''[[musashi]]''(毛が二本になる→二刀流の宮本'''[[宮本武蔵|武蔵]]''')、 ''satori''(オスが交尾をしない→'''[[悟り]]'''の境地)、 ''hamlet''(神経になるべきかならざるべきか→シェークスピアの戯曲「'''[[ハムレット]]'''」)など。他生物種の研究者の中にはこのような習慣に否定的な意見をもつ人もおり、Nature 誌で議論がなされたことがあったが、ショウジョウバエ研究者は概ねこの伝統を誇りにしているようである。 == ショウジョウバエ属の分類 == [[画像:Drosophila_melanogaster_-_side_%28aka%29.jpg|thumb|200px|ショウジョウバエ成虫オス]] ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。以下に日本で見られるものについて示す。スターティヴァントは亜属を Drosophila の[[アナグラム]]で命名した。 * ショウジョウバエ属 ''Drosophila'' Fallen ** マメジョウバエ亜属 ''Scaptodrosophila'' 10種 ** ニセオトヒメショウジョウバエ亜属 ''Psilodorha'' 1種 ** フサショウジョウバエ亜属 ''Hirtodrosophila'' 32種 ** ニセヒメショウジョウバエ亜属 ''Lordiphosa'' 8種 ** シマショウジョウバエ亜属 ''Sophophora'' Sturtevant 28種 *** ウスグロショウジョウバエ種群 ''D. obscura'' sp. group **** ウスグロショウジョウバエ ''D. obscura'' *** キイロショウジョウバエ種群 ''D. melanogaster'' sp. group **** '''キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster''''' **** オナジショウジョウバエ ''D. simulans'' ** ショウジョウバエ亜属 ''Drosophila'' Fallen 38種 *** クロショウジョウバエ種群 ''D. virilis'' sp. group **** クロショウジョウバエ ''D. virilis'' ** ヒョウモンショウジョウバエ亜属 ''Dorsilopha'' Sturtevant 1種 <!-- == 関連項目 == --> <!-- == 参考文献 == --> == 外部リンク == {{Commonscat|Drosophilidae|ショウジョウバエ科}} {{wikispecies|Drosophila_melanogaster|''D. melanogaster''}} * [http://flybase.net/ FlyBase] - 総合的データベース(英語) * [http://www.ceolas.org/fly/ The WWW Virtual Library Drosophila] - ショウジョウバエ入門(英語) * [http://sdb.bio.purdue.edu/fly/aimain/1aahome.htm The Interactive Fly] - 遺伝子の解説(英語) * [http://www.dgrc.kit.ac.jp/index.html ショウジョウバエ遺伝資源センター (Drosophila Genetic Resource Center)] ** [http://kyotofly.kit.jp/JDD/index.html Japan Drosophila Database] - 遺伝子、染色体地図、形態など(日本語) * [http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/index_j.html Jfly] - 日本のショウジョウバエ研究者によるノウハウ集、実験プロトコルなど(日本語) {{jawp}} [[Category:昆虫|しようしようはえ]] [[Category:モデル生物|しようしようはえ]] [[Category:遺伝学|しようしようはえ]] [[Category:発生生物学|しようしようはえ]]