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(トークセット)
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== トークセット ==
 
== トークセット ==
  
* 初代  1989年10月3日 - 1990年5月15日
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* 2代目 1990年5月22日 - 1991年4月2日(緑・オレンジのライトが増えた)
 
* 2代目 1990年5月22日 - 1991年4月2日(緑・オレンジのライトが増えた)
 
* 3代目 1991年4月9日 - 1991年9月24日([[落書き]]調のイラストが描かれているもの。セットデザインは[[日比野克彦]]が担当した)
 
* 3代目 1991年4月9日 - 1991年9月24日([[落書き]]調のイラストが描かれているもの。セットデザインは[[日比野克彦]]が担当した)
 
* 4代目 1991年10月20日- 1992年8月9日(3代目のマイナーチェンジ版。白を基調としたセット)
 
* 4代目 1991年10月20日- 1992年8月9日(3代目のマイナーチェンジ版。白を基調としたセット)
 
* 5代目 1992年8月16日 - 1993年6月27日<!--(編集中)-->
 
* 5代目 1992年8月16日 - 1993年6月27日<!--(編集中)-->
* 6代目 1993年7月4日 - 1994年7月 (?)(シマウマ柄を特徴としたもの。一部は[[クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!]]や[[スーパークイズスペシャル]]のセットに使われた)
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* 6代目 1993年7月4日 - 1994年7月24日(シマウマ柄を特徴としたもの。一部は[[クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!]]や[[スーパークイズスペシャル]]のセットに使われた)
* 7代目 1994年7月 (?) - 1995年10月 (?)(漫画のひとコマ([[吹き出し]]など)が散りばめられたもの)
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* 7代目 1994年7月31日 - 1995年10月29日(漫画のひとコマ([[吹き出し]]など)が散りばめられたもの)
* 8代目 1995年10月 (?) - 1997年8月17日<!--(編集中)-->
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* 8代目 1995年11月5日 - 1997年8月17日<!--(編集中)-->
 
* 9代目 1997年8月24日 - 1999年6月27日([[モナ・リザ]]など、歴史上の絵画が数多く貼られていた)
 
* 9代目 1997年8月24日 - 1999年6月27日([[モナ・リザ]]など、歴史上の絵画が数多く貼られていた)
 
* 10代目 1999年7月11日 - 11月28日(6代目とほぼ同じ物を使用した)
 
* 10代目 1999年7月11日 - 11月28日(6代目とほぼ同じ物を使用した)
 
* 11代目 1999年12月5日 - 2005年11月19日([[ボウリング]]のピンが大量に描かれていた。セットデザインは[[田中秀幸 (アートディレクター)|田中秀幸]]([[フレイムグラフィックス]])が担当した)
 
* 11代目 1999年12月5日 - 2005年11月19日([[ボウリング]]のピンが大量に描かれていた。セットデザインは[[田中秀幸 (アートディレクター)|田中秀幸]]([[フレイムグラフィックス]])が担当した)
 
* 12代目 2005年11月20日 - 2010年12月31日(前作に続き田中秀幸が担当。魔法瓶と湯呑みをモチーフにしている、トークセットとして利用されることはなくなったが大晦日の笑ってはいけないシリーズでは利用されている。)
 
* 12代目 2005年11月20日 - 2010年12月31日(前作に続き田中秀幸が担当。魔法瓶と湯呑みをモチーフにしている、トークセットとして利用されることはなくなったが大晦日の笑ってはいけないシリーズでは利用されている。)
* 13代目 2011年3月6日 - 現在(背景は12代目のままだが、奥行きがあり壁、天井、床は白い無地で段差のあるところに座ってトークする。客を入れずにトークの形態が大きく変更)
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* 13代目 2011年3月6日 - 現在(背景は12代目のままだが、奥行きがあり壁、天井、床は白い無地で段差のあるところに座って5人でトークする。客を入れずにトークの形態が大きく変更)
  
 
== 出囃子 ==
 
== 出囃子 ==

2013年8月19日 (月) 04:16時点における版

トーク(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の企画)では、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!内の企画「トーク」について記述する。

概要

小規模な劇場・スタジオで収録される客前でのダウンタウンのトークが、番組初期からの柱である。

開始期は2人の漫才やコントが披露されたが、ネタが尽きたため1990年2月頃から全編フリートークになった。前半のフリートーク(2人の近況など)と、視聴者からのハガキによる質問に、松本が自在なボケで回答する後半のハガキトークに分かれるのが普通。

一部の視聴者は「2人のトークには台本がある」と誤認しているが、オープニングとは違い、トークは全てがぶっつけ本番。打ち合わせなどは一切なく(お互い恥ずかしいらしい)、2人の言葉の妙とその場のアドリブによって織り成されてゆく。そのため、松本がオチに窮するようなケースでも浜田は助け舟を出すことはあまりない。ボケの切れ味が鈍いと厳しく突っ込まず次の質問の候補に目を通していたり、松本を舞台上に一人置き去りにして袖に引っ込んだりすることもある。松本はそれを必死で阻止する。松本が浜田の言うことを理解できずに天然をかますと、鬼の形相で質問はがきを投げて切れることもある。

1998年頃までは基本的に毎回放送されていたが、1999年頃からトークの比重は年々減っている。新たに収録されたトークが放送されたのは2008年3月2日が最後だったが、2009年12月6日に約1年9カ月ぶりにトークが放送された。またこのトークの際に、浜田は松本の結婚についてばかり聞いており、松本は番組の最後に娘の名前をテレビで初めて公開した。

2011年3月6日放送分からは、不定期で番組の後半でトーク前のBGMで着ぐるみを着た5人のメンバーのオープニング映像の後、その中の2人が着ぐるみを半分脱いだ状態で床に座り、客を入れずにトークする「着ぐるみトーク」となり、画面左上には「○○×△△」とトーク相手が表示される。着ぐるみの種類は、並び順に左から「カッパ・ゾウ・シマウマ・タヌキ・トラ」で、浜田がタヌキ、松本がシマウマ、山崎がトラ、遠藤がゾウ、田中がカッパとなっている。またメンバーは腰フリおばちゃんTシャツを着用しており、浜田は黒、松本は灰色、山崎は黄色、遠藤は水色、田中は緑のTシャツとなっている。

2011年5月1日放送分は、浜田が風邪で番組を早退。代わりに松本・山崎・ココリコの4人による全編トークとなった。

長らく発言テロップが挿入されていなかったが、2011年12月4日放送分にて初めて使われた。

以下、放送日は関東地区ならびに同時ネット地域のもの。

トークにまつわるエピソード

  • トークでの何気ない一言から大きな企画が産まれる事が多々あり、対決&罰ゲームなどはその最たるものである。
  • 1990年1月、何気ないトークから紅白予想対決に発展。以降、数年にわたり紅白予想対決が行われた。
  • 1990年秋には第31回欽ちゃんの仮装大賞」に出演。当初二人は「タレントなら簡単に出演させてくれるだろう」とタカをくくっており、「カメレオン」というグダグダの演目(ハエ役の松本がカメレオンに食われ、ウンコになって出てくる)で予選に挑戦したが結果は不合格。目を覚まされた二人は真剣にネタを考え、浜田が欽ちゃんに、松本が点数を表示する得点盤に扮した「合格ライン」という演目で予選に出場し、見事合格。本選ではトリを飾り、19点という高得点を獲得した。収録後、緊張する二人に欽ちゃんは「うれしい洒落、粋な洒落だね」というねぎらいの言葉をかけ、二人を大感激させた。この企画が発端となり、以後数々の番組で有名人の仮装大賞挑戦が企画された。
  • 観覧にはしばしば有名人も訪れ、坂本龍一が観覧した縁で、1994年にはダウンタウンのラップユニット・「GEISHA GIRLS」が生まれた。
  • 1994年秋には静岡・相良シーサイドパーク野外ステージで24時間トークを開催。フィナーレは「サライ」で締め、二人の目には薄っすらと光るものが見えた。
  • 1995年には、松本が「まずいジュースを作らへん?まっず〜!体にも悪いよ〜、みたいな」と思い付いたのをきっかけにプロジェクトが立ち上がり、メンバーによるテイスティングの結果、ドリアンのフレーバーを使用したジュースを製造することが内定した。ところが、メーカー側から「ドリアンの臭気で、製造ラインに悪影響が出る恐れがある」とNGが出たことから再検討。その結果、唐辛子とニッキのフレーバーを使用した「ガキ水」が完成。発売初日、日本テレビ前のショップには早朝から行列ができる盛況ぶりだったが、入手後早速試飲したファンからは次々と口々に「まずい」とブーイングが上がった。
  • 1995年の春のスペシャルで、トークに三田佳子がサプライズゲストとして登場。当時松本と芸能人長者番付1位の座を争っており(当人同士は争っているつもりはなかったであろうが)、トークのなかでも幾度となく三田の話題が出たが、そんな二人が夢の共演を果たした。三田から「もういらないからあなたにあげる!」と長者番付1位のタスキを渡された松本は「そんなことないっすよ! 絶対三田さん今年も1位ですって! 今年もどんだけルル飲んだ思てるんすか!」(三田は当時風邪薬のCMに出演していた。ただ、実はルルではなくパブロンだったのだが)と返し、二人はお互いに1位の座を譲り合おうとした。
  • 2005年には「お二人は最近なぜおそろいの衣装で出演しないのですか?」というハガキがきっかけで、翌週二人で全く同じ衣装で出演した事もある。このおそろいの衣装はスーツなどではなく、Tシャツに左右で柄の違う長袖シャツ、ジーンズという、松本曰く「ありえない」衣装であった。
  • 2005年11月20日放送分で、6年ぶりにトークセットが一新された。理由は旧セットの老朽化であり、低予算で制作していることが窺い知れる。なおその前のトークで収録中に地震が起きており、松本が「前の地震の時にスタッフもやばいと思ったらしいですよ」とギャグにしていた。
  • 笑ってはいけないシリーズなどの罰ゲームは、このトークセットでメンバーと観客がVTRを見ながら合間にトークを挟む形式で進行する場合がほとんどである。
  • 前述の「着ぐるみトーク」はレギュラーメンバーだけの出演であるが、2012年3月18日放送分は、メンバー全員のトーク中に突如ヒヨコの着ぐるみを着た人物が登場。メンバーが驚く中、着ぐるみの頭を取ると小籔千豊で、小籔もトークに参加した。

松本休養関連の企画

  • 2010年7月4日放送分では、松本が左股関節唇損傷で休養を取る事となり、急遽松本の休養発表2日後である6月30日に収録が行われ、トークセットで浜田・山崎・ココリコがこの事についてのトークを展開、過去に松本のマネージャーであった藤原寛が詳細を発表した[1]
  • 同年8月1日放送分では、術後の松本の近況を藤原が説明した。この際のパネル上部のタイトルは『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS)のパロディで「藤原寛の夜ズバッ!」となっていた。その中で、藤原やヘイポーが自分の背丈の事を考えずにボードの捲りを高い位置に付けた為に届かず、呆れたメンバーが田中に剝させて、挙句の果てに松本の所へ行っていない事が判明し、メンバーからツッコまれた。
  • またこの2回の放送回に村上ショージがVTR出演、松本の見舞いに行った山崎が松本からメッセージを預かっており、7月4日放送分では「浜田が(股関節唇損傷に)なったら良かったのに」、8月1日放送分では「TVを見て何か知らんけど、田中ムカつく」とメッセージを贈った。
  • 松本の復帰第1弾となった同年8月18日の収録は、これらと同様の形式で松本本人を交えてスポーツ紙の記事などをボードで紹介したとみられる[2]。8月22日に放送される予定だったが見送られ(当日は「板尾創路の妖怪退治講習!」を通常通り放送)[3]、何らかの理由でお蔵入りになったものと思われる[4]

ハガキ

  • 視聴者からの質問をダウンタウンが受け付けるコーナー。質問の投稿はハガキの他、現在は公式ホームページでも受け付けている。ハガキが読まれた視聴者にはテレホンカードや番組特製クオカードなどが贈呈される。
  • 暗黙のルールなのか、1990年代中盤以降の質問ハガキの冒頭には「○○で有名な松本さんに質問です」「昔○○だったという松本さん」(例「元ジャニーズJr.の松本さん」)など、いわゆるツカミの一言が添えられている事が多い。当初はそのツカミに対してあたかもその通りであるかのように平然とトークを進める松本に、浜田が「オーイ!」と激しいツッコミを入れるのがお決まりのパターンだったが、1990年代後半になると、浜田はツカミ部分のボケについては聞き流すようになった。
  • 質問を読むのはかつては松本の役割だったが、90年代半ばから浜田が読むようになり、現在に至る。
  • ハガキの束が乗ったカートは、現在スタッフによって持ち運ばれているが、初期の頃はハイレグを着た一般公募による女性やサプライズゲストが運んでいた。

トークセット

  • 初代 1989年10月3日 - 1990年5月15日
  • 2代目 1990年5月22日 - 1991年4月2日(緑・オレンジのライトが増えた)
  • 3代目 1991年4月9日 - 1991年9月24日(落書き調のイラストが描かれているもの。セットデザインは日比野克彦が担当した)
  • 4代目 1991年10月20日- 1992年8月9日(3代目のマイナーチェンジ版。白を基調としたセット)
  • 5代目 1992年8月16日 - 1993年6月27日
  • 6代目 1993年7月4日 - 1994年7月24日(シマウマ柄を特徴としたもの。一部はクイズ世界はSHOWbyショーバイ!!スーパークイズスペシャルのセットに使われた)
  • 7代目 1994年7月31日 - 1995年10月29日(漫画のひとコマ(吹き出しなど)が散りばめられたもの)
  • 8代目 1995年11月5日 - 1997年8月17日
  • 9代目 1997年8月24日 - 1999年6月27日(モナ・リザなど、歴史上の絵画が数多く貼られていた)
  • 10代目 1999年7月11日 - 11月28日(6代目とほぼ同じ物を使用した)
  • 11代目 1999年12月5日 - 2005年11月19日(ボウリングのピンが大量に描かれていた。セットデザインは田中秀幸フレイムグラフィックス)が担当した)
  • 12代目 2005年11月20日 - 2010年12月31日(前作に続き田中秀幸が担当。魔法瓶と湯呑みをモチーフにしている、トークセットとして利用されることはなくなったが大晦日の笑ってはいけないシリーズでは利用されている。)
  • 13代目 2011年3月6日 - 現在(背景は12代目のままだが、奥行きがあり壁、天井、床は白い無地で段差のあるところに座って5人でトークする。客を入れずにトークの形態が大きく変更)

出囃子

ダウンタウンがトークセットに登場する際に流れる音楽(出囃子)はフリートークコーナー開始当初から、コールドカットの楽曲「Stop This Crazy Thing」(1989年発売のアルバム『What's That Noise』に収録)を編集したものが使用されていたが、一時期1 - 2年に1回リニューアルされるのが恒例となっていた。松本がアドリブで作詞・作曲し、その場で収録されるが、ほとんどがあからさまなパロディである。1997年 - 2004年までは、松本のアドリブで発したフレーズに、日テレで唯一のクラシック班の斎藤政憲ディレクターが音楽などのアレンジを施して創られていた。

  • (タイトルなし。通称「そこはダメなのよ」、1997年)
  • バカチコ!」(1997年 - 1998年)
    • サディスティック・ミカ・バンドWA-KAH!/CHICO」、少年隊デカメロン伝説
      • 洋楽っぽいテイストのナンバーというコンセプトで造られたが、単に松本が「バカチコ!」「逆バカチコ!」「Not バカチコ!」と連呼しているだけ。録音中にネタ切れし、松本がいっぱいいっぱいになった瞬間、浜田が「国歌?」とツッコんで助け舟を出した。「バカチコ」とは「私達の恋を応援して欲しい」という意味らしいが、今となっては真相は闇の中。だが、この出囃子は後に奥田民生が大絶賛している。
  • タクシー・ドライバー」(1998年 - 1999年)
    • コロムビア・ローズ東京のバスガール
      • 当初は松本が即興で歌ったものに横森良造の伴奏を乗せたアコーディオンバージョン。イントロからメロディの間に、通常の楽譜上では絶対にあり得ない転調をするのが特徴である。
      • 後につんくにアレンジを依頼し、シャ乱Qによるバージョンが登場。このバージョンではイントロのコードをメロディに揃えてあるため、メロディラインは比較的滑らか。後につんくがこの「タクシー・ドライバー」を「(シャ乱Qの)アルバムに収録したい」と別番組で松本に持ちかけたところ、あっさり拒否。しかし最終的には快諾し、1999年3月25日発売『ベストアルバム おまけつき '96〜'99』に収録された。ただし、アレンジ等を主導したのがはたけだったため、クレジット上は「はたけのプロデュースによる楽曲」となっている。
  • ようかん夫妻」(1999年 - 2000年)
    • 速水けんたろう茂森あゆみだんご3兄弟
      • 「だんご3兄弟」に対抗して子供ウケをねらったが、歌詞には「夜は栗ようかん」「あの手この手で豆ようかん」「ダンナは梅ようかん」などといった思わせぶりなフレーズが散りばめられており、更にそこへ「○○○○○の事やね」「あー前戯がね」「病気になったいう事やね」と露骨にツッコむ台詞が入るハードな下ネタ。
      • 当初は松本がソロで歌ったバージョン。その後松本のプロデュースによって、浜田と和田アキ子によるデュエットバージョンが収録される。「栗ようかん」のツッコミには和田も赤面してしまった(その後、この部分の合いの手は和田の「フハーッ!」という唸りに差し替えられた)。2番と3番の間には浜田によるセリフが入り(「わしはお前の事が好きや!ようかんがえたら好きや!」)、それが終わると和田の「いい日、カニ玉」のセリフが入る。収録時にはバックバンドとして山崎・遠藤・田中も参加したが、3人ともあまりに演奏が下手だったため和田がアカペラで歌い、後から演奏を入れた。
  • 松ちゃんBABY」(2000年 - 2001年)
    • 中尾ミエ可愛いベイビー」。
      • 前曲に飽きたということで急遽作られた。ダウンタウンの二人は自分たちで作っておきながら、舞台に出るタイミングが分かりにくいため幾度も戸惑っていた。
  • 浜田の耳毛がよ〜」(2001年 - 2002年)
  • 松本・浜田の薬箱」(2001年 - 2002年)
  • ガキガキ君
    • ポカスカジャン「ガリガリ君のうた」(2002年 - 2004年)
      • 2002年誕生。「グリム童話ハーメルンの笛吹き男で笛を吹けば町中のネズミが男の元に集まってきたように一度その唄を口ずさめばたちまち街中の老若男女が集まり踊り出すという、松本さん作詞作曲の出囃子が有ると聞きました」という手紙を受け誕生。
      • 何故か最後の歌詞だけ本家と同じ「ガリガリ君」である。浜田はガリガリ君の発売元・赤城乳業からのクレームを恐れたが、当の赤城乳業は商品の宣伝効果を感謝し、松本にガリガリ君を山ほど送った。また赤城乳業は、2009年大晦日に放送された「絶対に笑ってはいけないホテルマン24時」においても制作協力している。
  • 人志はアジアのパピヨン」(2004年)

これ以降は、スタート当時からの「Stop This Crazy Thing」に戻っている。また1回のトーク収録を数回に分けて放送することが多くなり、出囃子の意義は事実上なくなった。

脚注

  1. 本来2010年7月4日に放送される予定だった「章造遠藤のクイズ!まぁまぁまぁ!」は7月18日に振替放送された。
  2. 松ちゃん、車いすで登場「ガキ使」収録で仕事復帰スポーツ報知、2010年8月19日
  3. 「ガキ使」松本の復帰映像は放送見送りサンケイスポーツ、2010年8月22日
  4. 9月5日まで松本復帰前に収録した企画を放送し、放送上の松本復帰第1弾は9月12日放送の「友近七変化」であった。
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