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この思考実験の過程における各種現象は、量子力学的には全て対等であり、特別扱いする根拠のある現象は1つもない。 | この思考実験の過程における各種現象は、量子力学的には全て対等であり、特別扱いする根拠のある現象は1つもない。 | ||
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このように、可観測量がどのような過程において決定されるか分からず、「観測」が何を示すのか定義できないことを[[観測問題]]と呼ぶ。 | このように、可観測量がどのような過程において決定されるか分からず、「観測」が何を示すのか定義できないことを[[観測問題]]と呼ぶ。 | ||
2010年2月6日 (土) 20:04時点における版
シュレーディンガーの猫(シュレーディンガーのねこ)とは、物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーが提唱した思考実験である[1]。 この思考実験は、観測問題を示すパラドックスである。
目次
思考実験の内容
まず、外部との干渉が起きない頑丈な箱を用意し、その中に猫を入れる。他に、箱の中には、放射性物質と放射線粒子の検出器に連動した毒ガスの発生装置を入れておく。 ここで、箱の中にある放射性物質がラジウムがアルファ粒子を放出すると、それを粒子検出器が感知し、毒ガス発生装置を起動して、猫を死に至らしめる。 しかし、アルファ粒子が放出されなければ、粒子検出器が粒子を感知せず、毒ガス発生装置が起動しないので、猫は死なない。
この実験において、アルファ粒子発生の有無は、量子力学的な確率で決まるとされる。 仮にアルファ粒子が出る確率が50%となるような時間だけ猫を箱に閉じ込めたとして、その後、蓋を開けたとき、猫の生死はどうなっているだろうか。 これは、アルファ粒子を放出するかどうかという量子力学的な現象を、猫の生死に反映させる思考実験である。
歴史
1932年、ジョン・フォン・ノイマンは、今日の量子力学の数学的理論の元になる書籍を発行した[2]。フォン・ノイマンは、この中で、隠れた変数理論が実現しないことを証明したとされる。 これに反発したアルベルト・アインシュタインらは俗にERP論文と呼ばれる論文を発表し[3]、エルヴィン・シュレーディンガーはシュレーディンガーの猫と呼ばれる思考実験を発表した[4]。しかし、これらの論文では、フォン・ノイマンの数学的証明を覆すには至らなかった。
問題点
フォン・ノイマンの数学的理論では、隠れた変数理論は成り立たず(後に、デヴィッド・ボームがノイマンの証明を覆す)、可観測量を決定するためには観測行為が必要となる(射影仮説)[5]。 よって、観測前にはアルファ粒子の放出の有無は確定していないことになる。 それでは、アルファ粒子の放出の有無を確定せしめる「観測」は何時の段階で行なわれるのか。 当時の物理学の知見では、何が「観測」となるのか、明確に定義することは出来ない。 この思考実験の過程における各種現象は、量子力学的には全て対等であり、特別扱いする根拠のある現象は1つもない。 よって、いずれかの現象が状態を確定させるとすると、全ての現象が状態を確定させることになり、量子は波動性を持ち得ない。 しかし、いずれの現象でも状態が確定しないとしても、量子の粒子性と合致しない(右図は二重スリット実験の例)。 このように、可観測量がどのような過程において決定されるか分からず、「観測」が何を示すのか定義できないことを観測問題と呼ぶ。
様々な解釈
コペンハーゲン解釈
コペンハーゲン解釈で採用される射影仮説では、観測問題に全く踏み込んでいない。 コペンハーゲン解釈では、実験結果を重視し背後にある実在は考えないものとしているので、観測問題の解決策は示さない。
人間原理
人間原理的立場を取り、観測者の意識が状態を確定させると解釈する人もいるが、物理学者の中では少数派である。
隠れた変数理論
隠れた変数理論では、アルファ粒子の発生の有無が最初から確定しているので、猫の生死も確定している。 しかし、現在は、コッヘン・シュペッカーの定理[6]によって隠れた変数理論は否定されている。
GRW
GRWでは、システム全体の粒子の数が波動関数の収縮速度を決めるため、ミクロ系だけでは収縮が殆ど進まないのに対して、マクロ系と相互作用すると瞬時に収縮が起きる[7]。シュレーディンガーの猫では、検出器や発生装置や青酸ガス等との相互作用により、波動関数が瞬時に収縮し、猫の生死の重ねあわせは生じない。
量子デコヒーレンス理論
量子デコヒーレンス理論では、相互作用を及ぼす相手の大きさによって波動関数の収縮速度が変化する[8]。 観測問題を解決できる理由はGRWとほぼ同じ。
エヴェレット解釈
エヴェレット解釈では、猫は何時まで経っても生死の重ねあわせ状態である。 ただし、生きた(死んだ)猫の観測者と生きた(死んだ)猫が一対一で対応するため、観測者視点では初めから猫の生死が確定しているとする。 しかし、実験結果と整合させるために必須[9]の射影仮説がないため、厳しく批判されている[10]。
多世界解釈
多世界解釈では、量子デコヒーレンス理論を採用することで観測問題の解決を図っている。 尚、量子デコヒーレンス理論は、多世界解釈特有の理論ではない。
参考文献
- ↑ E. Schrödinger, "Die gegenwärtige Situation in der Quantenmechanik" Naturwissenschaften, 23(1935) pp.807-812 [1], pp. 823-828 [2], pp. 844-849 [3], 英訳 Proceedings of American Philosophical Society 124 (1980) pp. 323-338 [4] [5]
- ↑ 『量子力学の数学的基礎』 井上健・広重徹・恒藤敏彦訳、みすず書房、1957年。
- ↑ Einstein, A., Podolsky, B. and Rosen, N. (1935) Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?, Phys. Rev. 47, 777-780
- ↑ E. Schrödinger, "Die gegenwärtige Situation in der Quantenmechanik" Naturwissenschaften, 23(1935) pp.807-812 [6], pp. 823-828 [7], pp. 844-849 [8], 英訳 Proceedings of American Philosophical Society 124 (1980) pp. 323-338 [9] [10]
- ↑ 清水明「量子測定の原理とその問題点」
- ↑ S.Kochen and E.P. Specker, "The problem of hidden variables in quantum mechanics", Journal of Mathematics and Mechanics 17, 59-87 (1967).
- ↑ Colin Bruce著/和田純夫訳「量子力学の解釈問題―実験が示唆する『多世界』の実在」P.255-256
- ↑ Colin Bruce著/和田純夫訳「量子力学の解釈問題―実験が示唆する『多世界』の実在」P.131-138,167,168
- ↑ 清水明「量子測定の原理とその問題点」
- ↑ 清水明"Modern Theory of Quantum Measurement and its Applications"